【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百二十三話 少女の進路面談

1月25日(月)

放課後――月光館学園

 

 三学期が始まり一月が経とうとしている。

 この時期、月光館学園では一年生と二年生を対象に進路希望調査と進路面談を行なっていた。

 高校卒業後の進路は将来を考える上で非常に重要だ。卒業後すぐに働き始めるのか、目的の有無を別にして進学するかは各々の自由。

 進学するにしても、大学、短大、専門学校と分野によって選ぶ物も違ってくるだろう。

 自分が何をしたいか未だに決まっていない者もいれば、とりあえず大学進学だけはしたいと具体的ではないが方向性だけは決まっている者もいる。

 学校もそういった生徒側の事情をある程度は察しているので、とりあえずは進学か就職かを聞いてさらに成績などから文系コースか理系コースかを選ばせるパターンが多い。

 どうせ基本的な必修科目は共通しているのだ。後は選択授業で何を選ぶかの違いでしかない。

 教師たちとしては出来る限り本人の希望通りの進路に進んで貰いたいが、本人の能力と希望する進路が一致している者ばかりではないので、今回はそういった理想と現実のすり合わせも兼ねた話し合いが目的だ。

 そうして、自分の順番になった事で職員室の端にある面談スペースへ呼ばれたアイギスは、厚めのファイルを持った担任の鳥海と机を挟んで向かい合って座る。

 

「はい。では、今から進路面談を始めます。まぁ、面談と言ってもそう堅苦しいものじゃないの。アイギスさんがどういった進路を選びたいのか。その進路へ進むにはどういった準備が必要なのか。それを三年生になる前に知ったり調べたりしましょうって話なの」

 

 これまでの統計で見れば月光館学園の生徒は圧倒的に進学が多い。

 中学時代に湊が目立った事で余計に倍率が高まってしまったが、そも、この学校は都内でも有数の進学校。

 なので、元々成績が悪かった順平でも同じ学力のまま他の高校でテストを受ければ、その学校の平均並みの成績は取れたりするのだ。

 そんな順平も湊に勉強を教わって基礎がある程度出来るようになったので、今では校内の定期考査で平均より少し上の成績を取っている。

 他の特別課外活動部メンバーたちはさらに成績が良い事もあって、日本最高学府を目指すでもなければある程度は自由が利く状態だ。

 鳥海もそれが分かっているので、相手がどんな進路を希望しても大丈夫だろうと安心して尋ねることが出来た。

 

「それじゃあ、最初に聞いておくけど、アイギスさんは就職と進学どちらが希望かしら?」

「わたしは進学しようと思っています。まだ具体的には決めていませんが四年制大学に行こうかと」

「そうね。具体的になりたい職業が決まっている人や、経済的な事情でもなければ、今はそういった傾向が強いから別にそれでいいと思うわ」

 

 話を聞きながら鳥海は面談用紙に四年制大学希望と書き込む。

 社会に出た者たちからは大学は人生のモラトリアムなどと呼ばれる事もあるものの、そこで過す時間を遊び呆ける事に使うか、自身のスキルアップに使うかは本人の努力次第だ。

 幼少期に泥臭い方法で様々な技術を習得した青年曰く、どこで学ぶかはそれほど重要ではなく、そこで何を学ぶかが重要なのだという。

 例えば翌日に料理で対決させるとして、一人は材料だけは揃ったキッチンに、一人はレシピだけは揃った図書室に連れて行って一日自由にさせる。

 前者はレシピが分からない分、実際に作って味を確かめつつ試行錯誤して手際をよくする練習などをするだろう。

 後者は実際に食材に触れられない分、正確な文量などを頭に叩き込んで失敗しないように努めるだろう。

 どちらが美味しく出来るかは実際にやってみなければ分からないが、キッチンでも図書室でも工夫すれば料理を勉強することは出来るのだ。

 大学などもそれと同じで、有名な大学は確かに設備や指導者の面で優れている事が多いだろう。

 けれど、そうでない場所でも全く学べないという事はない。学びたい内容とあまりにかけ離れた場所をわざわざ選ぶでもなければ、どこを選んでもそれなりに学ぶことが出来る。

 なので、鳥海も今の学生にはそういう傾向が多い分、企業側もそれを前提にした募集要項を挙げている会社が増えていると説明する。

 

「アイギスさんが医者や薬剤師を目指すでもなければ、学部も含めてある程度は自由が利きます。就活サイトとかに載せてる会社は四年制大学卒を応募条件にしているところもあるし、職種によっては必要な資格があって大学在学中に取得する必要もあるけど、全ての大学でそれが取得出来るとは限りません。事前にしっかり調べて進学先を考えるようにしてね」

 

 在学中に取れる資格の中には、決まった講義の単位をいくつか取る必要があるものもある。

 しかし、大学によっては全ての講義は開講しておらず、一部講義は姉妹校提携している他の大学や遠隔講義で受ける必要があるなど、しっかり調べておかないと後々面倒な事になる罠もあった。

 そういった具体的な話は志望校を決める段階で詰めていく事になるので、また少しずつ調べておいて欲しいと伝えると鳥海は少し話題を変えた。

 

「あとは、えっと……あ、そうだ。出席についてね。アイギスさん、一時期休んでいたでしょう? まぁ、親しい人が亡くなって落ち込んでいたって事情は分かるけど、進学や就職だと病気で入院してるとかハッキリした理由がないとあんまり考慮されないの。全体の何割出席している事って感じで条件がついてる場合もあるから注意してね」

「はい。あの時は、自分たちも辛かったはずの姉さんだけでなく、他の方たちにも心配と迷惑をお掛けしました。結果的に八雲さんは戻ってこられましたが、ああいった事がないよう強くいたいと思います」

「うん。まぁ、悲しむなって事ではないし。親しい人が亡くなって悲しいのは当たり前の事だから、強くいる事ばかりを気にして無理しないようにね」

 

 あまり気にし過ぎても潰れてしまう恐れがあるので、強くなる事を心掛けるのは良いが、無理をして強くあろうとする必要はないと鳥海が釘を刺す。

 湊が死んだと報された後、アイギス以外にも学校を休んだ者は大勢いた。

 ほとんどはプリンス・ミナトの会員たちで、そうでない者も湊に助けられた事があって恩と淡い想いを胸に秘めていた者たちばかりだった。

 教師の中にも強く動揺していた者もおり、佐久間など学校に来て授業などはしていたが、湊が死んでからは笑わなくなっていた。

 あれだけ他の人間に影響を与えていた青年を傍で見ていたなら、アイギスたちの感じた喪失感は想像がつかないほどの物だったに違いない。

 アイギスが彼に抱く感情が恋なのか愛なのかは分からないが、そこまで想い想われる関係は素直に羨ましいと鳥海は苦笑する。

 

「ふふ、けど、有里君ね。私はあんまり話した事はないけど不思議な子よね。特待生で自由登校が認められているから、ここ最近はまた学校で見なくなったけど」

「はい。色々と他にやる事があるようで忙しくしていらっしゃるそうです」

「あー、一般人を自称しながら芸能活動もしてたわね。才能って言葉で片付けちゃいけないんでしょうけど多才で羨ましい限りね」

 

 学校が湊を自由にさせているのは、彼の行動が基本的に全て学校の評判を上げることに繋がっているからだ。

 普段の人助けは勿論、部活動でのコンクール応募や受けた全国模試で一位以外取った事がないなど、学生として評価される活動だけでなく、今では芸能活動も時々行なっているようで、彼を自由にさせているだけで月光館学園が勝手に有名になっていく。

 出資者の娘である桐条美鶴も全国模試や部活動で優秀な成績を収めているものの、やはり彼女の場合は“桐条グループのご令嬢”という肩書きが邪魔をするようで、出自が“一般人”という枠になっている青年の活躍の方が大衆受けも良いらしい。

 学校の人気が高まったせいで余計なトラブルも稀に起こるが、その対応へのお詫びも兼ねて教師たちの給料は湊の入学前より大幅に増えている。

 彼が卒業した後にどうなるかは不明なものの、仮に不満があって異動するとなっても、“あの月光館学園”から異動して来たとなれば相応の扱いは期待出来る。

 よって、教師たちにしても湊の存在はむしろありがたいくらいなのだが、学校としては彼の進路について色々と悩んでいるようで、それとなく鳥海も探りを入れてくる。

 

「アイギスさんは有里君の進路について何か聞いてる? 進学か、それとも就職かっていう簡単な事でも良いんだけど」

「いえ、特には聞いていません。ですが、わたしと同じ寮で暮らす方々の相談に乗れるよう、色々と資料を揃えていらっしゃった事は知ってます」

「え、どういう事? 有里君、自分も生徒なのに他の子の進路相談に乗ってあげてるの?」

「直接相談を受けている訳ではありませんが、大学や短大のデータベース化を行なって、簡単に検索出来るソフトを配っていました。順平さんなどは最初は就職向きで考えていたそうですが、綾時さんと色々と話して金銭的に問題がないなら大学進学も検討したいと」

 

 順平はそれほど進路について真面目に考えていた訳ではなかった。

 ボンヤリと就職かなと思っていたくらいで、自分の将来について明確なイメージなど持ち合わせていなかったのだ。

 けれど、寮で他の者たちと進路面談の話をしていた時に、桐条グループと湊がそれぞれ独自にメンバーらの進学資金を負担する事を考えていたと告げられた。

 桐条グループは世界の存亡をかけた戦いという想定外の事態への詫びで、仮に就職を選ぶにしても桐条グループ傘下で条件に合う会社へコネ入社させてくれるという。

 一方の湊は同じ被害者側だというのに、巻き込まれた第三者である七歌たちが本来の生活を取り戻す助けとして、進学支援金を桐条グループと一切の相談もなく用意していたらしい。

 流石の順平もそこまで用意されれば真面目に考える気になったようで、綾時と相談しながら自分なりに進みたい方向性は決めたという。

 順平はアイギスよりも先に進路面談を終えていたため、彼の進路希望などを既に聞いていた鳥海は、あのおちゃらけた生徒がどうして真剣に進路の話をしていたのかようやく理解したようで、とても納得がいったと頷いている。

 

「あー、あれはそういう事だったのね。普段の様子からは考えられないくらい真面目に考えてたから、先生もすごく意外に思ってたのよ。けど、切っ掛けはどうあれ真剣に考えて出した答えならいいと思うわ」

「そうですね。わたしはまだ具体的には考えられていないので、正直、少し出遅れているようで焦ってしまいます」

「んー、別にそれほど焦る必要はまだないけどね。勿論、進学先によってはすぐ準備を始めないといけないでしょうけど、うちは結構指定校推薦も持ってるからハードルは他より下がるし」

 

 アイギスの学業成績は現代文や古文など、所謂国語系の教科が少し弱いくらいで、英語や歴史はむしろそこそこ点数が取れている。

 理系科目も別に悪くはないので、どちらかと言えば文系かなというタイプな印象だ。

 対して、姉のラビリスは湊がずっと勉強を教えていた事もあり、どの教科も優秀な成績を収めているものの、彼女自身は人格モデルになった少女の願いもあって“教師”という仕事に興味を持っている。

 どの教科の教師になるかまでは考えておらず、とりあえずは教育大学を中心に進学先を絞っていこうという段階だ。

 同じ対シャドウ兵器だった姉妹でも、人の中で生きた期間の違いからこのように差が出ており、周りの人間は本当に二人が普通の人間として生きられるようになったんだなと感慨深く思っていたりする。

 ただ、姉よりも自我の形成が遅れていたアイギスは、人間だけでなく同じ元対シャドウ兵器だった姉よりも考えがまとまっていない事が焦りに繋がるようで、生徒の不安を感じ取った鳥海は優しく微笑んでこんな選び方もあるとアドバイスする。

 

「まぁ、何がしたいか思い浮かばなかった時は、最終的に偏差値高い学校でも選んでおけば良いと思うわ。出身校を聞いてビビっちゃうような小さな会社とかでもなきゃ高学歴が不利なることはあまりないから」

「ですが、その場合には就職面接で志望動機が弱いと感じられたりするのでは?」

「まぁ、仕事によってはどうして専門的な分野を学べる学校に行かなかったか聞かれるかもね。でも、その段階になればアイギスさんも希望職種は決まっていると思うの。希望職種が決まれば考え方や答え方のパターンも思い浮かぶでしょうから、そこまで辿り着いていない現状でそれを気にする必要はないわね」

 

 将来の事を考えるなら、当然それぞれの道において専門的な分野の事を学べていた方が良い。

 料理人になりたいなら専門学校へ行くのもありで、四年制大学への進学は逆に足を引っ張ることになる場合もある。

 けれど、アイギスはそんな将来の仕事について考える前の段階。

 将来に向けて準備するのはいいが、その時のことを考えすぎて何もかもが中途半端になっては意味がない。

 今のアイギスは焦りで気持ちが空回りしているようなもの。

 だから、とりあえずは落ち着いてと鳥海は微笑みかけた。

 

「別に進路相談は今回で終わりじゃないの。学校でも有里君がくれた大学情報でも良いから、とりあえず興味がある分野とそれに関わりのある学校を見つけてきて。それがある程度固まったら私や進路指導の先生がまた相談に乗るから」

「はい、分かりました」

 

 別に今日を逃せばもう相談出来ない訳ではない。

 学校側はいつだって相談に乗るし、それに答えるだけの資料も揃っている。

 なので、後はアイギスのやる気と方向性のイメージがあれば大丈夫だと落ち着かせ、鳥海はアイギスの進路面談を終えて立ち上がる。

 クラスには学校で目立っている生徒や、普段の様子から進路について真面目に考えていない可能性のある生徒がいたが、蓋を開けてみれば意外と充実した話が出来ていた。

 その裏に一人の青年の存在があった事は予想外だった物の、教師としてしっかり生徒の相談に乗れた充足感を覚えていた鳥海は、礼をして去って行くアイギスを見送ると、お茶の準備をしてから自分の机に戻って今日の面談内容をまとめる作業を開始するのだった。

 

 

 


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