【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百十五話 相談を受ける

1月8日(金)

放課後――月光館学園

 

 冬休みも終わり、学校が再開して三学期に突入した。

 三年生の生徒にしてみれば自由登校が始まる前の今月が学校に通う最後の期間と言える。

 進学にしろ、就職にしろ、高校を卒業すれば同級生だった者たちと再び会う事はほとんどなくなるだろう。

 だからこそ、残る学園生活を悔いの無いものにするために、プリンス・ミナトの会長を務める雪広繭子は久しぶりに登校してきた湊に会っていた。

 冬休み明けの放課後という事もあって校舎に残っている生徒は少ない。

 職員室の入っている実習棟を歩いていても生徒とは全くすれ違わず、静かな廊下では湊と雪広の歩く音だけが響く。

 青年の方は元からそれほど話すタイプでないが、雪広は組織を率いる立場もあってよく話す方だった。

 けれど、今は少しだけ顔を俯かせており、普段と違ってどこか儚げな印象すら感じる様子を見せている。

 どうして彼女がこのような状態になっているかと言えば、プリンス・ミナトの会則である“抜け駆け禁止”を犯しているからという訳ではない。

 今回は単純に真面目なトーンで相談があると彼に持ちかけ、相手も真剣な様子で相談を受けてくれたために少々緊張しているのだ。

 少女が憧れていた青年は中等部で成長期を迎えてから、他の生徒よりも遙かに大人びた姿になっていた。

 新任の教師よりも年上に見えるくらいで、しかし、老けているかと聞かれれば若いのは間違いないと自信を持って言える。

 何せ髪や肌が綺麗なのだ。女生徒は勿論、女性教師たちも普段はどのような手入れをしているのか真剣な様子で尋ねるくらいに一目見て分かる上質な髪と肌をしている。

 そんな見ているだけで照れから顔が熱くなるような相手と二人きりの状態。

 心の中では喜びのあまり奇声を上げながら草原を走り回っているのだが、現実には走り回るような草原などないし、並んで歩いていた相手がそんな事を始めれば、真面目に相談に乗るつもりだった湊は呆れて立ち去るに違いない。

 故に、雪広は淑女の仮面を被って青年にどこまで移動するのかを尋ねた。

 

「お、皇子、あの……どちらまで行かれるのですか?」

「……静かな場所の方がいいとの事だったので、屋上にでも行こうかと」

 

 冬真っ只中の屋上であれば、まともな神経をしていれば近寄る事はないだろう。

 何せここは人口島の上にあり、海風が吹く事もあって寒いのだ。

 ここ最近は何度も雪が降っているため、下手をすると屋上にもまだ雪が残っている可能性すらある。

 そんな場所に受験前の三年生の女生徒を連れて行くなど非常識でしかない。

 しかし、雪広はその部分には何も突っ込まず、行き先を知ってからは黙って歩き続ければ、階段を上って屋上前の扉で青年が立ち止まった。

 

「……先輩の体調を考えると外に出るのは拙いので、ここで話しましょうか。とりあえず、温かい物でも飲みながら」

 

 言いながら湊は雪広に缶のホットココアを渡す。

 本人は“ただの白湯!”とパッケージに書かれたペットボトルを取りだし、それに口をつけたので雪広も貰ったココアに口をつけ、ホッと一息吐いてから改めて彼に話しかけた。

 

「それで、あの、相談というのは進路についてなのです。私の受験する大学には、短大卒認定制度がありまして、二年で卒業する事も可能なのです」

 

 雪広が改まって湊に相談しに来たのは、今後のプリンス・ミナトの活動を踏まえてアドバイスが欲しかったからだ。

 彼女は大学に進学すると決めている。そこは既に決まっているし、どの大学を受験するかもちゃんと考えて選び終わっている。

 ただ、代表になっている自分が学生生活をしている間、プリンス・ミナトの動きは非常に鈍ってしまう。

 以前のプリンス・ミナトは湊を崇め奉る単なるファンクラブでしかなかったが、湊の知名度が爆発的に上がって全国規模の人気を見せると、様々なスキルを持った大人たちも所属するようになり、プリンス・ミナトは本人の許可を得て彼のライセンス品の権利を扱う会社として成長する事が出来た。

 活動理念は変わっていない。しかし、そこに子どもの小遣いでは済まない額の金銭の動きがついてくると、真面目な彼女は私事よりそちらを優先すべきではないかと考えてしまった。

 

「会社はちゃんと回っています。皆さんの給料と活動資金を確保した上で、余剰分は毎月寄付していけるようになってます。ですが、お金を無駄にする訳にはいかず、寄付する先の選定も時間が掛かります」

 

 プリンス・ミナトにとって湊は神にも等しき存在だ。

 そんな彼がプリンス・ミナトに権利の扱いを任せる際、余った金は救いを求める者たちへ寄付するようにと告げてきた。

 色付きの羽根の募金を除けば、コンビニの盲導犬を増やすための募金くらいにしかお金を出した事の無かった雪広にすれば、救いを求める者たちへの寄付などやり方すら分からなかった。

 他の者と一緒に調べてみれば、事故で親を失った子どもの生活支援であったり、砂漠化が進んでろくに食べ物を食べられず多くの住人が餓死しかけている地域の復興など、お金を必要としながらもお金だけでは解決出来ない事柄が多くあると知った。

 それでも、自分は傍にいけない。自分一人では世界中の人間を救う事は出来ないからと、湊はせめてお金を出す事で一人でも多く救われるように動いた。

 雪広たちも彼の意思を理解し、寄付金で私腹を肥やすような詐欺師にお金が渡る事などないよう細心の注意を払い。自分たちの寄付したお金が適切な使い方のされる場所へと寄付し続けてきた。

 それは湊が死んでいた間もしっかりと継続していて、この数年の活動で寄付した団体や地方自治体に国などからも感謝状が届くようになった程である。

 

「私は皇子の言葉に従って活動を続けてきました。ですが、今は自分でもそういった事に興味を持って、より専門的に学びたいと考えるようになったのです」

「では、進学先はボランティア関係の事を学べる大学なんですか?」

「ボランティアに限定している訳ではありませんが、福祉や開発や復興活動などについて学べる学校ですね。自分が現地に行くのか、経済的な支援や人材を派遣するのか、選ぶ手段で手続き含め色々とやる事は変わってきますから、基礎を身に付けた時点で動くべきなのではと考えたりしています」

 

 今この瞬間にも救いを必要としている人間がいるのならば、最低限の基礎を身に付けた時点で動き始め、残りの部分は動きながら実践で学べばいいのではと考えてしまう。

 真面目だからこそ何も出来ない事、何もしていない状況が歯がゆく感じてしまうのだろう。

 少女が自分の悩みを口にした事で、その内にあるものを読み込んだ青年は、少し考える素振りを見せてからペットボトルの白湯を一口飲んだ。

 

「……経験から言えば、どちらも間違ってはいません。早く始めればその分救える人間は増えるかもしれない。いや、確実に増えはするでしょう」

「何か問題もあるのですか?」

「ええ。一つは先輩自身の未熟さ。もう一つはコネクション、パイプ作りです」

 

 どちらを選んでも間違いでは無いと言いつつも、湊は短大卒認定を受ける事にあまり賛成ではない様子を見せる。

 アドバイスを受けに来たためそんな態度に腹を立てたりはしないが、どうしてそう思うのか疑問に思って雪広が尋ね返せば、指を一つ二つと立てながら湊は静かに続ける。

 

「基礎を知っているくらいでは対応出来ない事などいくらでもあります。会社として動くと簡単には止まれない。なのに、事態はその場で先輩に決断を迫ってきます。大勢を巻き込むなら“出来ません”と簡単に投げ出す事は許されない」

「そう、ですね。今も大勢の方に力を借りて会社を回している状態です。皆さん、皇子の指示だからと嬉しそうに楽しそうに仕事をしていますが、皆さんにも生活があります。余計な負債を抱える事は出来ません」

 

 自分から協力すると言っておきながら、その時になって自分たちの力じゃ出来ませんなどと口にすれば、途端に信用を失ってしまう。

 プリンス・ミナトは湊のライセンスを扱う事で儲けているだけであり、グッズの開発を除けば本当に自分たちの力のみでお金を稼いでいるとは言えない。

 そこでさらに信用まで失ってしまえば、本来の目的である湊のライセンス管理も難しくなってくるだろう。

 社員たちの生活、会社、湊の皇子としてのブランド、それらを守るためには絶対に力が必要だ。

 

「そこで効いてくるのがパイプです。先輩たちの本業は福祉活動ではない。本来はグッズ開発も行なう俺の個人事務所的な形だったはずです」

「はい。今、務めている方の中には大手芸能事務所におられた方もいますし、出版社の広報担当だった方もおられます。グッズはデザインから製作まで本業の方がいますので、皇子のライセンス管理に抜かりはありません」

「なら、福祉活動も同じようにすればいいんです。専門家を引っ張ってくるか、どこかと提携して新しい部署を立ち上げるか。方法は任せますが、代表を務める先輩が実働隊として動く必要はありません」

 

 雪広の志は素晴らしいものだと思うが、EP社を動かすようになって人を使う事を覚えた湊にすれば、どうして人材を集める力があるのに本人が動いているのか疑問に思ってしまう。

 自分が福祉活動に力を注ぎたいのであれば代表を他の者に任せるべきだし、そうでなく結果が出ればいいのであれば信頼出来るパートナー企業を作って金だけ出せばいい。

 大学に四年も通えばその業界の知り合いも増えるだろう。業界大手の裏話なども聞けるかもしれない。

 今の雪広は結果を求めて焦っているように見える。

 急がば回れではないが、本当に力を入れて取り組みたいのであれば、四年という時間を掛けて取り込める物は全て取り込み、質と量を備えたパイプ作りを行なった方が結果的に多くの人間を救えるはず。

 湊がその事を静かに説明すれば、どこか肩の力が抜けた様子の雪広が笑みを浮かべていた。

 

「そうですね。私は少し焦っていたのかもしれません。この学園を卒業すれば皇子との接点も減ります。であれば、会社の運営も皇子の手を離れ、私たちが中心になってくると思います。皇子は私たちに任せてくれていますが、だからこそ結果を出す必要があると思っていたんです」

 

 湊はプリンス・ミナトの運営には関わっていない。

 アドバイスや許可を求めて連絡を取る事はあるが、あくまで協力者であって実際に会社を動かしているのはプリンス・ミナトの会員たちだ。

 だが、だからこそ代表の雪広と湊の接点が減れば、企業の運営方針は雪広たちに任されるようになる。

 丸投げされている状態なのに好きには動けず、されど結果は求められ、湊の皇子としてブランドを汚すような真似も出来ない。

 大人の部下を多数抱える十八歳の少女がそんな状況で不安を持って、焦りを覚えるのも無理はないだろう。

 湊からの指摘で自分が焦っていた事を自覚した雪広は、相談に来た時と違って晴れ晴れとした表情で湊に話し続ける。

 

「自分の手で全てをやりきる必要ない。これまでも多くの人の手を借りてきました。なら、今度もそうやって行けば良いんですよね」

「ええ。会社としてやりたい事があるなら、EP社の相談担当デスクに電話してください。会社名と俺からの紹介だと言えば通じるようにしておきますから、その分野に強いアドバイザーが相談に乗ってくれます」

 

 EP社は多数の傘下企業を持っているため、やりたい事を伝えれば出来る限り相談に乗って、さらに協力してくれる傘下企業の紹介まで可能だ。

 勿論、協力して何かをするには報酬を払って契約を結ぶ必要もあるが、何の知識もない状態で見切り発車するよりは良いだろう。

 取り出したメモに番号を書いた湊は、それを雪広に渡して大抵の事は相談出来ると伝えた。

 受け取った雪広は嬉しそうにそれを胸に抱くと、無くさないように手帳に書き写してから挿み込む。

 

「何から何までありがとうございます。私は皇子と同じ事をしないといけないと思っていました。私欲を捨て、皇子のように大勢の人の助けになって、皇子のように救いを求める声を聞いて、そうやって皇子のしてきた事を真似る事でしか結果を残せないと思い込んでいました」

「買いかぶりですよ。俺は私欲なんて捨ててない。人を助けていたのだって、目の前で嘆く顔が、救いを求める声が鬱陶しいと感じたから問題を排除して黙らせただけです」

 

 湊は大勢の人間を助けている内に、周囲から聖人のように思われ、誰であろうと救いの手を差し伸べる存在のように扱われる事が増えた。

 けれど、本人にそういった意識は一切ない。

 人を助けてきたのは、両親や被験体など自分が巻き込んで殺した者たちへの贖罪でしかない。

 誰かを救えば殺した罪が薄れるのではないかと、優しかった彼らが救うはずだったものの一部でも肩代わり出来るのではないかと、そんな独善的な意識で救ってきたに過ぎない。

 

「……最初から他人に興味なんてないんです。相手側の理由なんて知らない。俺は自分の意見を押し付けて助けた気になっていただけです」

「皇子がそう思っていたとしても、実際に救われた者もおります。中等部の頃、電車で痴漢に遭った事があります。怖いのに声をあげる事が出来なくて、誰も助けてくれなくて、恐怖と不安で倒れそうになっていた時、貴方は私を助けてくれました」

 

 雪広が湊を慕うようになったのは、その見た目に惹かれた事だけが理由ではない。

 彼女が中等部に通っていた時、電車で痴漢に遭った際に同じ電車に乗っていた湊が「その汚い手を離せ、屑」と相手の手を捻りあげ助けてくれたのだ。

 聞けば彼女以外にも痴漢から助けられた者が大勢いて、中にはバスケ部の渡邊のように不良たちから暴力を受けている場面に現われて大人数人をぶちのめして助けられた者もいる。

 湊がどのような考えで助けたのかは分からない。けれど、それでも確かに救われた者はいるのだと、雪広はどこか自分を責めているように見える青年の頬に手を添えて感謝を伝えた。

 

「助けてくれてありがとう。貴方のおかげで私は今も笑っていられます」

 

 雪広は湊が今何かについて悩んでいる事は察していた。

 ずっと彼を見続けていたのだ。無表情に見えても、どこか張り詰めた様子があればすぐに気付く。

 彼と親しい者たち、七歌やチドリやアイギスも一時は何かを悩んでいたようだが、二学期の終わり頃には吹っ切れた顔をしていた。

 だというのに、青年の表情だけは曇っている。他の者たちと対照的なせいで余計に目立つ状態だ。

 恐らくそれは自分では何も力になれない事なのだろう。

 他の者たちは気付いているのか、それとも気付いていないのかは分からないが、周りにいる人間にもどうしようもないのなら、自分に出来るのは少しでも彼の心の重石を取り除いてあげる事だけだ。

 頬に触れられて優しい笑顔を向けられた青年は、少しの間相手を見つめ返す。

 不思議な色をしている彼の瞳の奥には何も見えず、彼が何を考えているのかも分からない。

 だが、少し経ってから湊はポツリと「そうですか」と呟いて雪広から離れた。

 相談が終われば用事もない。湊は途中まで送っていくと言って雪広と共に生徒玄関まで移動し、靴を履き替えると相手を駅まで送って相手と別れた。

 

 


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