【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百五話 その戦う理由

影時間――ムーンライトブリッジ

 

 七歌たちが振り返れば、そこには冬らしく分厚いコートを着込んだ玉藻の前とソフィアが立っていた。

 彼女たちは七歌たちの後ろにいる。という事は、最初から人工島側にいたということになる。

 湊と綾時の戦いを避けて橋を渡れるはずがないので、彼女たちは二人が戦う事が分かっていて待機していたと見て良いだろう。

 このまま二人の戦いを近くで見ていても意味はない。何か戦いを止めるヒントがあるとすれば、事情を知っているこの二人からしか得られない。

 そう考えた七歌たちは二人の言葉に従って後退し、彼女たちの許までやって来ると話しかけた。

 

「ねえ、どうして二人はここにいるの?」

《保険ですよ。保険。人とシャドウの違いはあれど、あの二人は強さにおいてその種で最も優れた存在ですからねぇ。ぶつかり合えば予想外の被害が出ることも当然考えられるので、私たちはそれを防ぐためご主人様から待機しておくよう命じられていたのです》

 

 軽い調子で答える玉藻だが、それを聞いている七歌たちは相手が何を言っているのか理解出来ず困惑する。

 言葉の意味は分かる。戦う前に湊が被害を抑えるための手を打っていただけの話だ。

 しかし、戦う事を報されていたのなら、あの二人が殺し合うと知ったのなら、その時点で何故止めなかったのだと美鶴が二人に詰め寄った。

 

「どうしてあの二人が戦うと知っていて止めなかったっ!! 二人は友人同士、有里にとって望月はただ一人の友達なんだぞ?!」

「と言われましても、この戦いは最初から決まっていた事ですもの」

《はい。皆さん、色々言いたい事があるのは分かりますけど、これに関しては他人が何を言おうと止められるものじゃないんですよ。だって、そういう“呪い”なんですから》

 

 影時間の戦いに関して、湊は誰にも不満や文句を漏らさずに一人で処理し続けているイメージがある。

 そのイメージはほとんどが正しく、だからこそ、その裏で彼が何を想っているのかを考えるとこれ以上の無茶を止めたくなる。

 美鶴もそう考えているためにソフィアたちに詰め寄り、どうしてその時点で止めなかったのか問い質した。

 だが、玉藻から予想外の答えが返ってきた事で全員の意識がそちらに向き、同じ疑問を持っている中でチドリが代表してその意味を尋ねる。

 

「……呪いって何? どういう意味?」

《そのままの意味ですよ。この戦い。綾時さんにとっては自分たちの母たる神を殺し得る危険な存在を排除する事が目的です。そこにあるのは宣告者としての義務感やら、シャドウとしての本能やら、自分を殺して欲しいという自殺願望やらでしょうが、基本的に彼は彼の意思でご主人様と戦っています》

 

 今も戦い続けている両者には、それぞれの立場というものがある。

 望月綾時としては友人に殺される事で、他の仲間たちが残る時間を平穏に生きて欲しいと想っているだろう。

 だが、デスとしての彼にとっては、人類の存亡を無視すればニュクスを殺し得る湊の存在は看過出来ない。

 

《一方、ご主人様にはそういった小難しい理由はありません。まぁ、雑魚メンタルなので心の奥では泣いている可能性もありますが、戦う理由はそうするように命じられたからです》

 

 対する湊にはデスと戦う意味や意義はない。単純にそう命じられたから戦っているだけだと、腕を組みつつ右手の人差し指を頬に当てて小首を傾げて玉藻は楽しげに話す。

 あれだけ必死に、全身を血に濡らすようにしながら戦っているというのに、そこに特別な理由がないなどと言われて誰が信じられるだろう。

 湊がその変化の力を求めて配下にしたものの、元から湊の破滅する時を見たいがために共にいるような女だ。

 今も自我持ちの中で一人だけ外に出ているが、その裏に何かしらの不穏な匂いを感じ、完全に信用出来ないと思いつつゆかりがその命令とやらについて質問した。

 

「誰が有里君にそんな事を命じたの? っていうか、そんな命令聞く必要あるわけ?」

《ですから、“呪い”だと言ったじゃないですか。必要かどうかではなく、そうするように魂を言の葉の鎖で縛り付けられ強制されているんです。魂に干渉したものですからね。義務感というより“そうしなければならない”という強迫観念に突き動かされているような状態といった方が正しいかもです》

 

 単なる言葉による命令であれば湊を動かすことはほぼ不可能。

 内容が影時間に関する事であれば、湊以上に詳しい者もいないので、知った気になって首を突っ込むなと逆に釘を刺される可能性の方が高い。

 しかし、それが特殊な方法を使った魂魄縛りの呪法による精神への干渉であれば、湊であっても抗うことは難しくなる。

 そう簡単に魂に干渉されるような呪いを受けることはないのだが、彼の精神と繋がっている玉藻が言うのだから現実に“呪い”は存在するのだろう。

 だが、一体誰があの青年にそんな高度な呪いを掛けられたのかと皆が考えていれば、強張った表情で唇を震わせながらアイギスが玉藻に問うた。

 

「その呪いの正体は……わたしが結んだ契約ですか?」

 

 彼女の言葉に全員の視線が二人に集まる。

 玉藻も元々呪いなどに精通した存在だ。呪いに感づいていれば、それが誰に掛けられたものかも分かっているだろう。

 そんな相手に自分との契約が呪いの正体かと尋ねたのなら、アイギス自身もきっと身に覚えがあるに違いない。

 そうして、二人の会話に注目していれば、問われた玉藻が拍手と共に嬉しそうな笑顔を浮かべ頷いた。

 

《ピンポーン! 大正解です。あの時、アイギスさんにとってデスを倒す事は使命であり自分の存在理由の全てでした。であれば、当然、結ばれる契約も同等の重さになります。何も知らない子どもに契約を持ちかけて、ご自身にも出来ない事を自分の全てを懸けてでもやれと命令するだなんて、いやーなんとも酷い人ですねぇ》

 

 あの時のアイギスに契約を持ちかけたつもりなど一切無かった。

 ただ、自分が死んででも果たさなければならない使命だと思っていたために、湊に持ちかけた契約も同じだけの重さで契約されてしまっていた。

 さらなる誤算があったとすれば、不完全な契約であったからこそ、正しい契約として結ばれる際に湊の認識で改竄され、アイギスが求めた“デスを倒す事に協力する”から“デスを倒す”という内容に変わってしまったことだろうか。

 様々な偶然と不運が重なったために起きた契約の変質。玉藻の言う通りそれは青年を戦いへと駆り立てる呪いと言い換えていいものであった。

 あの時、他に取れる手段がなかったとは言え、二人の戦いの原因を作ってしまった事をアイギスは激しく後悔する。

 ただ、アイギスを責めて楽しんでいる玉藻に、話の中で引っかかる部分があった荒垣が待ったをかけた。

 

「おい、ちょっと待て。そりゃ、おかしくねぇか? もし、本当に有里がその契約とやらに縛られて自分の全てを懸けてたなら、吉野を助けるために命を使ったり出来なかったはずだろ?」

 

 もし、本当に湊が契約の呪いによってデスを倒す事に全てを懸けていたならば、それを果たせなくなるような真似をした説明が付かない。

 湊が復活したのはエリザベスが可能性に賭けて動いた偶然の結果だ。

 エリザベスの働きがなければストレガたちに遺体を分解され、戻ってくるための肉体を失ってそのまま死後の世界から事の成り行きを見守るしかなかったはず。

 やはり玉藻の話には矛盾がある。アイギスを精神的に追い詰めるためだけに嘘を吐いたのだろうと指摘すれば、ここで玉藻ではなくソフィアの方から荒垣の疑問に対する説明が入った。

 

「湊様は魂の容量が常人とは違います。そのため四名と四つの契約を結んでおり、チドリさんの件で言えばチドリさん自身と結んだ“最期まで守り続ける”という契約を果たすためにご自身の命を一度は使い切ったのです」

《まぁ、その契約は既に果たされたので、その分アイギスさんの契約にリソースが割かれる事になった訳です》

 

 そう言って玉藻が視線を向けた先では、湊が相手の大剣を蹴り上げて弾き、着地してすぐに完全にガードが外れた相手に向かって跳んで左手で頭部を掴んでいた。

 パワーではシャドウである敵の方が上だが、反応速度と身体操作では湊の方が勝っている。

 であれば、ここは手数でダメージを稼ぐべきだと感じた七歌たちの前で、湊は片手で掴んだまま相手を引き倒し、その頭部を地面に叩き付けてめり込ませていた。

 先ほどまで僅かに劣勢だったはずだというのに、怪我が増えて来てからの方が動きのキレが増しているように見える。

 無論、叩き付けられたデスの方もやられてばかりではない。狙いを定めず雷撃を放ち、湊を力技で離れさせてから氷結スキルの範囲攻撃で相手を追い詰めようとしていた。

 こんな戦いがいつまでも続くわけがない。取り返しが付かなくなる前に止めなければと再確認したアイギスが、事情を知っているであろう玉藻たちに原因を取り除けば良いのかと尋ねる。

 

「なら、わたしが契約はもういいと言えば戦いは終わるんですよね? このままでは二人とも無事ではっ」

「他人の魂を変質させるものを言葉だけで破棄出来るはずがないでしょう。あの方が契約を果たすためにかけた時間は十年。最終目標が影時間を消す事であったとしても、血反吐を吐いて死ぬような想いをしながら力をつけてきたと聞いています」

 

 始まりはアイギスが持ちかけた物であったとしても、契約が結ばれた以上は一方的に破棄出来る訳がない。

 何せ湊はその契約を果たすために十年戦って力を付けてきたのだ。

 今更その契約をなかった事にしてくれと、もういいだなどと勝手な要求が通るわけがない。

 ソフィアはこれまで七歌たちに見せていた外向けの仮面を外し、彼女本来の冷たい表情と声で他の者たちを諭す。

 

「この戦いを止めたい。そう思うのは結構。ですが、その行為は湊様の、百鬼八雲という人間の生きてきた十年間を否定する行為です。貴方たちにその資格はありますか? 理由はどうあれこれは湊様自身が望んだ状況です。何の権利があってあの方の覚悟を踏みにじろうと言うのですか?」

「だってこの戦いに意味なんてないじゃない!? 私たちは八雲君に一緒にニュクスと戦うって伝えてっ」

《どっちにしろこの戦いが終わらないとニュクスとは戦えませんよ。だって、ご主人様ったらデスを倒さない限り解けない暗示でペルソナ能力を封じてしまってますから》

 

 七歌たちにすれば二人が戦う理由など存在しない。むしろ、クリスマスパーティーで自分たちの選択を伝えていた事もあって、逆に裏切られたような気持ちですらある。

 しかし、ここで玉藻が特大の爆弾を落とした事で、どうしてそんな事になっているんだと順平が思わず叫んだ。

 

「なんでわざわざ自分が不利になるような事してんだよっ!?」

《えー? だってぇ、敵の力を使って相手に勝っても自分の勝ちだって言えないじゃないですかぁ。因みに、暗示の魔眼も同じ条件で封印しちゃっているので、暗示の重ね掛けで封印を解くことは出来ませーん》

 

 クスクスと薄い笑みを浮かべながら、玉藻は他の者を煽るようにわざとぶりっ子口調で説明する。

 湊が暗示の魔眼を持っている事は他の者たちも知っている。その能力が“暗示”というレベルを超えており、認識や記憶の改竄に及ぶ事も分かっている。

 だからこそ、その力を使って封印を施したならば、条件を達成するか同じ力でしか封印を解くことは出来ないだろう。

 もしも魔眼が使えればチドリやアイギスがそれで力を取り戻すように言っていた。

 湊もそれを予測していた可能性もあるが、能力を永劫失うリスクを負ってでも“自分の力”で勝つ事に執着して戦いに臨んだらしい。

 ずっと体術と武器のみで戦っていた事を不思議に思っていた事もあり、彼がペルソナの力を使わない理由を理解した者たちは全員が複雑な表情を浮かべていた。

 他の者が同じ事をすれば自殺行為だと思うところだが、湊であればシャドウと体術や武器だけで戦えてしまう。

 完全な死から蘇った湊は適性値も跳ね上がった事で、シャドウたちに干渉する力が上がっている。

 七歌たちもここに来るまでにデスを通常兵器で押さえ込めていた場面を見ており。推測するに湊はかなり前からニュクス由来の力を使わずにデスを倒すと決めて、それに合せた鍛錬を積んでいたのだろう。

 現実として彼は自身の体術と兵器だけでデスと渡り合っていた。

 これが先ほど言った彼が十年かけて手にした力であると、何も分かっていなかった者たちにソフィアが告げる。

 

「過去に貴方たちは湊様から戦いより手を引くように言われたと聞いています。湊様がいればアルカナシャドウは問題なく討伐でき、平時のシャドウ狩りもあの方だけで十分にこなせていた。ですが、貴方たちは“世界”より“自分たちの使命”とやらを優先して拒否したらしいですね。その時よりも成長したというのなら邪魔だけはしないでください。湊様にとっても、世界にとっても、この戦いは重要な事なのですから」

 

 七歌たちは既に一度世界の平穏より自分たちのエゴを優先して動いた事がある。

 本当に世界の平穏を願うのであれば、湊の要求を聞いて戦いから身を退いておくべき状況で、ここまで来て他人に任せられるかと反発した。

 そういった過去がある以上、彼女たちの戦いに対する想いに個人のエゴが含まれている事は否定出来ない。

 そんな人間がいくら誰かのためだという言葉を口にしても完全に信用出来るはずもなく、最初から七歌たちの監視も目的に含めていた玉藻が追い打ちをかけるように言った。

 

《心配しているというのは本当なのでしょうが、本人たちに大きなお世話だと言われた以上は邪魔しないでくださいね。まぁ、能力封印の話を聞いたら邪魔出来ないでしょうし。そもそも、まともに介入出来るほど強くないでしょうけど》

 

 七歌たちの認識としてはあくまで戦いを止めるという物だったが、戦っている本人たちにすれば因縁に決着を付ける重要な戦いへの横槍でしかない。

 湊がデスを倒さない限り力を取り戻せないと知った事で、七歌たちも下手に動けなくなった訳だが、玉藻は人を莫迦にするのが愉しいのか一言二言多かった。

 もっとも、それが事実で反論出来ないのが余計に悔しくさせるのだが、七歌たちがそんな風に話していると突然辺りが明るくなった。

 一体何だと視線を光源に向ければ、そこには極光を頭上に集めるデスの姿があった。

 極光を操るスキルなど万能属性しかない。だが、それらはどれも途轍もない威力を持っている。

 そんなただでさえ強力なスキルを収束させ、さらに力を込めたデスは、上空から叩き付けるようにしてスキルを放った。

 

「だめっ!!」

 

 思わずアイギスが叫ぶも言葉だけでは放たれた攻撃は止まらない。

 極光が空から降り注ぐ時、七歌たちは橋の上に青年が倒れているのを目撃した。

 何かを言おうとするも間に合わない。そして、光が橋を直撃したとき離れた場所にいた七歌たちの視界は白く染まった。

 

 


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