【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

389 / 504
第三百八十九話 違和感の正体

11月29日(日)

昼――巌戸台分寮

 

 無事に職場体験学習も終わり、二年生のアイギスたちにも普段通りの生活が戻ってきた。

 幾月の敵対に始まり、湊の復活、桐条グループの襲撃、修学旅行に職場体験学習と本当に目が回るような忙しさだった。

 無論、自分たちよりも蘇った青年の方が忙しい日々を過しているのは分かっている。

 彼は自分がいなかったおよそ一月の間に滞っていた仕事を進め、通う必要の無い学業と両立しながら企業全体に色々と指示を飛ばしているのだ。

 以前の彼であれば時間を圧縮していくらでも時間に融通を付けることも出来ただろうが、エールクロイツが変化した湊に時流操作は使えない。

 仕事上のパートナーであるソフィアも日本に滞在し、しばらくは手伝っていく予定のようで、彼が倒れるような事は無いだろう。

 しかし、彼は一月も死んだままでいたのだ。

 まだ全快ではないのではと思えてしまい。このまま忙しい時間が続けば過労で倒れてしまうのではと心配になっても無理はない。

 まぁ、もし倒れても彼は病院が併設されたEP社にいるのだから、すぐに医者が派遣されて適切な処理がされるとは思う。

 あとは自分がそこに見舞いに行けば完璧だろうと考えたアイギスは、学校に提出する職場体験学習のレポートをファイルに閉じると部屋を出て一階へと降りていく。

 今日は休みなので寮生たちは寮でのんびりするか遊びに出掛けているはずだが、今は誰かいるだろうかと一階に着けば七歌とゆかりがソファーのところで筆記用具を広げていた。

 二人もやってきたアイギスにすぐ気付いたようで、テーブルの方から顔を上げると七歌が振り返って声をかけてくる。

 

「お、アイギスだ。おはようで合ってるのか分からないけどおはよう!」

「はい、おはようございます。今日はお二人は寮で過されるのですか?」

「まぁ、レポートもあるしね。夕方にコンビニに少し出掛けるかもだけど、基本はゆったりな予定」

 

 どうやら七歌たちも学校に提出するレポートを仕上げていたらしく、二人の許へ行くとそれぞれ自分なりの特徴を持たせたレポートが作られていた。

 七歌はその破天荒な性格とは対照的な非常に硬い印象を持つ形式でまとめており、色も黒と赤と緑くらいしか使っていない。

 一方のゆかりはサバサバした性格の割りには、年頃の女子らしくポップな字体で全体的にカラフルに見える。

 アイギスは報告書という認識でいたので、どちらかと言えば七歌に近い形にまとめている。

 むしろ、ここ寮生では報告書のような硬い文章を選ばない者の方が少なく、若者らしい楽しげな雰囲気のレポートを作るのはゆかりと順平だけだと思われた。

 

「わたしも先ほど完成したばかりで、お昼を食べようかと降りて来ました」

「そうなんだ。今、寮にいるのは私たちだけだよ。美鶴さんはお見舞い、真田先輩は荒垣先輩と出かけて、風花は実家、天田君は買い物、順平と綾時君はクラスの男子らと遊ぶってさ」

 

 寮生たちは影時間にタルタロスへ行くという予定を組んだ時以外は基本的に自由行動だ。

 桐条グループ系の組織としてカウントされているが、美鶴の父である桐条武治がかけておいた保険によって桐条グループの組織図には組み込まれておらず、元々は桐条家の管轄として扱われていたので行動の制限等は緩い。

 また桐条が幾月の凶弾に倒れ、桐条グループの新代表として高寺一郎が選ばれてからは、有事の際に効力を発揮する桐条の遺言状によって全権が湊に移されている。

 本人も貰えるものは貰っておくと了承したことで、今の特別課外活動部は名実ともに湊の傘下組織という扱いだった。

 とはいえ、特別課外活動部が湊の物になったからと言って、彼から何かしらの指示を受けたりはしていない。

 強いて言えば転校してきた綾時の受け入れくらいで、監督役として雇われた眞宵堂店主の栗原も続投となっている。

 以前と変わらぬ状態で活動を続けられるだけでなく、青年に匹敵する戦力が追加された事は喜ばしい事だろう。

 だが、影時間の戦いは終わっておらず、世界の破滅を願う人間の敵であるストレガや幾月らも残っている。

 だというのに、湊から特に指示が無い事は不思議でならないが、アイギスはその新たに仲間に加わった少年のことが気になるようでやや呆れ気味に呟く。

 

「綾時さんは随分と人と打ち解けるのがはやいのですね」

「まぁ、一緒に馬鹿やったのもあるんじゃない? 有里君が言うには先輩たちだけじゃなくて、二年の男子とも覗きに行ってたっぽいし」

 

 男というのは共に死線を潜り抜けた者は戦友として認識する。

 例え仲間を裏切って自分だけ助かろうとしていたとしても、最終的に全員が断罪されたなら臭い飯を食った者同士で仲間意識が生まれるのだ。

 女子たちはそれを馬鹿だなと冷たい眼で見ているのだが、普通にしていてもモテそうな綾時がモテない芋野郎たちと一緒に行動するのは確かに不思議な感じがすると七歌も話す。

 

「綾時君って転校してすぐに八雲君の後釜に納まるモテ男子って評判だったのに、どうしてモテない順平たちと一緒に行動してるのかとは思うよね。本人は女の子と仲良くしたいって言ってたし。それなら泥船に乗ってるのはおかしくないかって思うじゃん」

「あー、確かにね。まぁ、有里君が唯一の友達って認めてるのに放置してるのが原因かもだけど」

 

 随分と酷い言い様だが七歌とゆかりの意見は他の女子の共通認識でもある。

 湊が親しい者だろうと友達と認めていない事は有名だ。

 本人がそう言っていた上に、確かに彼の友人と呼べるような対等な人物が誰も思い浮かばなかったので、その言葉は事実なのだろうと皆に認識されていた。

 だが、そんな彼がただ一人友達だと認めていると公言している事で、綾時の存在は本人たちが思っている以上に話題になっている。

 見た目はどことなく似ている部分もあるが、性格や纏う雰囲気は対極と言っていい。

 そんな二人だからこそ並び立てるのだろうかというのがファンクラブの会員らの見解だが、ゆかりは順平から綾時についてある事を聞いていたため七歌とアイギスにその事を伝えた。

 

「そういえば、順平が言ってたんだけどさ。綾時君って話してみると有里君と価値観って言えばいいのか中身が似てるらしいよ」

「それはあり得ないであります。八雲さんと綾時さんが似ているなど大変な侮辱です!」

 

 自分の大切な人が綾時と似ていると言われ、アイギスは絶対にそれだけは何があってもあり得ないと言葉を荒げる。

 突然の大声に七歌とゆかりはビクリと肩を揺らすが、そこまで出会ったばかりの相手を否定するような事を言わなくてもと七歌は苦笑した。

 

「いや、そりゃ覗き魔と取り締まる側で真逆だったけど、何もそこまで言わなくても」

「そこだけではありません。綾時さんはダメであります」

「具体的にどこが?」

「全部です。何故、八雲さんが綾時さんをご友人だと言っているのかも理解できません」

 

 アイギスも流石に湊の人間関係を全て管理したいとは思っていない。

 強いて言えば女性関係は完全にゼロにして自分だけを見て欲しいと思っているが、綾時が男である以上ここでは関係がない。

 だというのに、アイギスは湊が綾時を友達だと言っている事も理解に苦しむと真面目な様子で口にした。

 これには話を聞いていたゆかりらも、仲間として背中を預け合っているのにそれはないだろうと苦言を呈する。

 

「いくら何でも会ったばっかりなのに嫌い過ぎだよ? そりゃ、修学旅行でも色々とダメな行動はあったけどさ」

「そんな小さなことを言っているんじゃありません。皆さんはあの人に何も感じないのですか?」

 

 修学旅行での覗き行為は確かに問題だ。いくら未成年でも十分に公的な処分を受ける犯罪である。

 けれど、アイギスが彼を否定するのはそんな事が理由ではない。

 アイギス自身も具体的に何が悪いのかは分からないが、彼を信用してはいけないと、味方ではなく敵として認識すべきだと忠告する声が胸の奥から聞こえるのだ。

 ただ気に食わないというレベルではなく、本能が彼の存在を受け入れる事を拒んでいる。

 だからこそ、彼女は他の者たちが何も違和感を覚えず、普通に接している事を不思議に思っていた。

 今もアイギスの言葉に二人は首を傾げており、やはり他の者たちは何を感じていないのかという小さな苛立ちを覚える。

 ただ、七歌たちもアイギスがただ生理的に受け付けないからと拒絶している訳ではないと思ったのか、少し考える様子を見せてから口を開いた。

 

「んー、別に敵意とかそういうのは感じていないかな。順平らと馬鹿やってる限りじゃ、本当に仲良くしたいって雰囲気だし」

「私も特におかしいとは感じてないけど、アイギスはどこがそこまで気になってるの?」

 

 七歌もゆかりも綾時に対して悪感情は抱いていない。

 ここの寮生である男子の中では荒垣と同じくらい紳士的で、海外生活が長かったからか日本の文化に疎い部分はあるが、きわめて良好な関係を築いていると言ってもいい。

 それなのにアイギスがここまで警戒するからには、明確な理由なりがあるのだろう。

 ゆかりがそれを尋ねれば、アイギスは僅かに表情を歪めて何とか自分が抱いている違和感を言葉にしようとする。

 

「……明確に、どこがどうという訳ではありません。ですが、胸の奥から彼を信用してはいけないと誰かが忠告してくる声が聞こえるんです」

「八雲君のペルソナみたいな感じで別人の声?」

「いえ、恐らくわたしの声です」

 

 湊には血に宿った過去の名切りが憑いているので、ペルソナとして存在が確立していなくともその声が聞こえることもある。

 また、自分と同型のメモリーデータを全て得たラビリスも、死んでいった姉妹機たちの記憶のようなものを垣間見る事や、負の側面が分かれたシャビリスという人格を持っていたりもする。

 それに近い物をアイギスも持っているのだろうかと七歌たちは思ったのだが、アイギスは自信なさげにしながらも自分自身の声だと言った。

 これではアイギスが無意識に彼を拒絶しているのか、それとも元対シャドウ兵器の勘から来るものなのかが判断できない。

 レポートを書く手を止めていた七歌たちがどうしたものかと考えていると、胸の奥から聞こえる忠告以外にも彼を警戒する要素はあるとアイギスは続けた。

 

「皆さんは不思議に思わないんですか? どうしてこのタイミングで八雲さんと同等の力を持つペルソナ使いが現われたのか」

「え? いや、連れてきたのは有里君でしょ? 本人から何も聞いてないの?」

「八雲さんは現世に戻ってきて月に刺さった九尾切り丸を回収すると、真っ直ぐ地球を目指したと言っていました。どこで彼と合流したのかは誰にも話していないはずです」

 

 幾月らに追い詰められたあの戦いで分断されていた七歌たちは、同時に湊と綾時が助けに向かわなければ死んでいた可能性が高い。

 蘇った湊が自分の友人だからと連れてきて、そのまま仲間の命を救ってくれた事もあって受け入れていたが、言われてみれば綾時の過去は謎に包まれている。

 一応、本人の話では海外での生活が長くて日本には今回初めてきたとの事だが、家族の話やどこで元々は暮らしていたのかなどの話は聞いていない。

 またどうして海外にいてあそこまでの適性値を得られたのかも謎ではあった。

 腕を組んで考えていた七歌は、よく一緒にいる順平ならばもう少し彼の事を知っているのだろうかと思いつつ、アイギスが言った通り自分たちが彼について詳しくないことを認める。

 

「うーん。言われてみればまだ何も知らないね」

「でも、有里君は昔から知り合いだったんでしょ? 中等部の時に友達は一人だけって既に言ってたはずだし」

 

 突然現われたような印象を持っているが、ゆかりは過去に湊がその存在を匂わせる発言をしていた事を知っている。

 であるならば、湊が警戒していない彼を、一緒に戦ってくれているというのに信用しないのは失礼に当たる。

 アイギスが警戒するのは自由だが、他の者まで不安にさせるような発言は控えるべきだとゆかりは釘を刺した。

 

「アイギス、急に現われたような彼を簡単に信用出来ないのは分かるけど、それを他の人にまで押し付けるのはダメだよ。あなたのお姉さんやチドリだって彼がいたから助かったんだから」

「それは……でも……」

 

 遙か上空からの砲撃で地上のシャドウを薙ぎ払った湊だが、時流操作が使えなくなったせいで二箇所同時に助けに向かう事は出来なかった。

 順平たちがいたあの場にはストレガの別働隊が残っていたので、綾時が助けに向かわなければやられていた可能性が高い。

 それを言われればアイギスも強くは否定出来ないようだが、未だ納得していない様子なのは見れば分かるため、七歌は警戒は続けてもいいから大人の対応をしてくれと頼んだ。

 

「別に親の仇って訳じゃないんだからさ。無理に仲良くしろとは言わないけど、常に喧嘩腰で接するとかだけは注意してよ。アイギスも寮内の空気を悪くしたい訳じゃないでしょ?」

「……はい。分かりました」

 

 アイギスとて明確に実害が出ていないことは分かっているのだ。

 そんな状態でいくら言おうと信じて貰える訳もなく、否定する材料を持たない以上は他人の付き合いをどうこう言える立場ではない事も分かっている。

 なので、ゆかりからだけでなく、特別課外活動部のリーダーである七歌からもチーム全体の事を考えて対応は気をつけるように言われれば素直に従うしかない。

 どことなく落ち込んだ様子で二人から離れ、昼食の準備のためキッチンへと向かうアイギス。

 だが、そこでアイギスは先ほどの七歌の言葉に僅かな引っかかりを覚え、冷蔵庫の扉に手をかけながら自分が何に引っかかったのかを考える。

 先ほどの言葉に感じた僅かな引っかかりは、恐らく自分が綾時を警戒している理由に繋がっている。

 しかし、何が引っかかったのか。七歌の言葉を頭の中でゆっくりと思い出す。

 

(……親の……仇?)

 

 アイギスはエルゴ研の研究室で作られた人型兵器。設計者やボディを組み立てた者などはいるが、それらを親と思うような感情は一切持っていない。

 強いて言えば自分の人格プログラムを構築する際のマザーデータを提供した者が一番近いのだろうが、ラビリスと違ってアイギスの人格ベース提供者は存命である。

 となれば、それは自分の事ではない。

 では、一体誰の話だと深く考え込もうとしたところで、アイギスは再び胸の奥から忠告の言葉が聞こえる感覚を味わい。同時にとある映像が一瞬脳裏を過ぎった。

 横転し炎上する車、憎悪に燃える瞳を持つ少年、そして――――黒い死神。

 

(っ…………そういう事ですか)

 

 アイギスはずっと不思議に思っていた。どうして綾時が彼と同じペルソナを持っているのかと。

 そして、そのペルソナが生者が持ち得ないアルカナであることにも僅かな違和感を覚えていた。

 けれど、もしアイギスの想像が正しければ、全てに説明がつく。

 どうやって湊と意思疎通を取っていたのかは分からないが、強大な力を持つ彼の存在であれば封印されながらでもパスの繋がった青年とは会話出来てもおかしくない。

 

(……だから、全てのアルカナシャドウが倒されてから現われたのですね)

 

 湊がチドリを蘇生させたあの日、彼は自分の力と共にタナトスをチドリに渡していた。

 その後、ラビリスからチドリを守るためにペルソナを譲渡していたらしいと聞いたが、もし、渡したタナトスと守るためのタナトスが別物であったとすればどうだろう。

 彼がチドリを守るためにかけた保険はあくまで生命力と共に術式を組んでおり、逆に一瞬の顕現だけですぐにチドリに吸収されたタナトスはその力をチドリの蘇生に使うことが可能で、さらに死にゆく自分以外の人間に封印する必要があったのではないか。

 

(そう……十年前、わたしが衰弱した八雲さんにしたように……)

 

 十年前の戦いで傷ついたアイギスのメモリはデータが一部破損していた。

 けれど、その破損データ自体は消去される事なくアイギスの中に残って、人間の身体になるときにも移植されていた。

 おかげでアイギスは十年前の戦いの結末を思い出すことが出来、どうして綾時の存在をこうまで敵視してしまうのかも納得がいった。

 

(……八雲さんが神やシャドウの力を宿したように、綾時さんも八雲さんを通じて人の力を得たのですね)

 

 湊の先祖が自我を持ったペルソナになれたのだから、シャドウが自我を持っても不思議ではない。

 今の彼からは確かに敵意は感じないが、それは湊から得た人の力によって理性が働いているためだろう。

 幾月の求める滅びに到る計画には宣告者であるシャドウの王の力が必要だと言っていた。

 ならば、その存在を事前に排除すれば滅びを迎えることは不可能になる。

 ポケットから携帯を取りだしたアイギスは日付を確認し、次の満月の日を計算した。

 

(もし、あなたが本性を現わすなら次の満月のはず。つまりは三日後ですか)

 

 今は人間の姿をしているが、アルカナシャドウと同じように満月にその姿を現わす可能性がある。

 十年前の後始末に、影時間の戦い、それら全てに決着を付けるのは三日後の影時間になるらしい。

 日付を確認したアイギスは、冷たい瞳でメール画面を開くと綾時に一通のメールを送った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。