【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百八十話 温泉ばったり作戦

夜――旅館

 

 本日も京都の観光地を巡ってから旅館に戻ってきた湊は、泊っている部屋に併設された屋上庭園で夜景を眺めて一人休んでいた。

 自我持ちたちは部屋で休んでいる者もいれば、露天風呂に入っている者もいる。

 これまで戦いばかりでまともに休めることなど少なかっただけに、こうやって死に戻ってからでも時間を取れて良かったと感じている。

 無論、東京に戻ってからは再び忙しい日々が始まるのだろうが、ストレガや幾月の行動はそれほど警戒する必要はないだろうと思っていた。

 あちらで脅威となり得るのはワイルド能力者の理と人工ワイルド能力者の玖美奈で、強いて言えば全長三十メートルの巨大ペルソナ“テュポーン”を持つスミレも含むくらいだろう。

 何せ、ストレガたちは幼少期に研究所で誰よりも死を身近に感じてペルソナを得ているのだ。

 薬の副作用で生きられて残り数年。故に未来を見ず、“今”というその瞬間を生きることを彼らは決めている。

 同じ適性値であれば揺れないからこそ強いが、その分、彼らには変化し得る“可能性”が欠けている。

 それはつまり、実力で劣っているとなれば、彼らにそれを覆すことはほぼ不可能である事を意味していた。

 

(……あいつらの中で、変化する可能性を持っていたのはマリアだけだった。死を待つ者と未来を生きられる者の差があいつらからそれを奪った)

 

 マリアはチドリと同じように結合した黄昏の羽根を移植した結果、その適性が強化されて制御剤が不要になった。

 また黄昏の羽根の力を増幅する効果により、時間経過によって制御剤の副作用に蝕まれていた臓器の状態も回復し、平均にある程度近いくらいには生きられるはずだった。

 けれど、本人曰く湊の仇討ちに失敗し、玖美奈がやられたことで激昂していた理の返り討ちに遭って死んだとか。

 生きられたはずの者が死に、死ぬはずの者たちが今も生き続けている。

 己の命に何の価値も感じていない青年がそう思ってしまうのが最大の皮肉だろうが、何とも儘ならぬものだと思いながら彼は空に浮かぶ月を見つめた。

 

(タカヤたちの対処は他のやつらでも出来る。けど、擬似的だろうとワイルド能力者の相手は荷が重いか)

 

 戦闘慣れしている事を除いても、ストレガたちに実力で大きく離されていたのは過去の話。

 今の特別課外活動部の者たちならストレガたちと戦えるだけでなく、しっかりと対処すれば簡単ではないにしろ勝つことも出来るだろう。

 ここ二ヶ月ほどの間に彼らも変わった。口先だけでなく、心の在り方自体が変わったのがペルソナにも顕われている。

 過去の経験やその死生観によって変わらぬラビリスやコロマルのような存在もいるが、彼女たちは最初から他者の進化後のペルソナ並みのポテンシャルを持っている。

 その点で言えばチドリも同じはずだったが、彼女は湊の心臓を移植された事で力が混ざって強化されたのだろう。

 特異点である湊やシャドウの王である綾時を除けば、完全な死から復活し湊の力を一部得たチドリの適性値は理をも凌駕している。

 無論、適性値は保持しているエネルギー量の目安であるため、それ即ち強さという訳ではないが、適性値が高い者ほど強い傾向にあるというのが今までのデータから分かっている。

 高同調状態になって空を飛ぶなどの技は使えないが、溜めて放った一撃で最後のアルカナシャドウを倒した話を聞いた限りでは、今のチドリも最大火力で理や玖美奈を上回るだけの力はあった。

 

(ただ、機動力の方は少し心配か)

 

 いくらチドリが火力で勝ろうとも、空を自由に飛べるアドバンテージは大きい。

 遙か上空から遠距離で攻撃されれば、まともに対処することも難しくなる。

 固定砲台と化した状態で強力な攻撃を放つことが出来ても当たらなければ意味がない。それならば、自在に動ける中火力戦力の方が有用なくらいだ。

 メンバーの中で自在に飛べる者は高同調状態になれる湊と綾時だけ。次点で、物理攻撃と防御に優れているアテナに乗ったアイギスが来るだろうか。

 別にペルソナに乗るだけならば、七歌の持つコウリュウやコロマルのケルベロスも乗りやすい形と言えるだろう。

 だが、アテナ以外では空中で攻撃を受ければ耐えられない可能性が高く、そんな状態で空中戦に挑むのは難しい。

 そうでなければ順平のトリスメギストスなどは単独でさえあれば空中戦も可能なポテンシャルはあるのだが、探知能力がなくペルソナを操る際に目視確認が必要な以上、どうやっても遮蔽物の多い街中では戦い方に限界があった。

 

(……まぁ、戦うとなれば俺か綾時で抑えられる。問題は綾時の正体の方か)

 

 様々な理由によって、理と玖美奈の相手は自分か綾時がする事になる可能性が高いと湊は結論付ける。

 別にそれは前から分かっていた事なので、今更大して残念に思ったりもしないが、青年は徐々に明かりが減っていく夜景を見ながら今後問題になりそうな事柄について考える。

 綾時の正体がシャドウの王たるデスだと知っているのは彼だけだ。

 当然、ベルベットルームの住人などは気付いているだろうが、チドリたちは勿論、EP社の人間にだって事実は伝えていない。

 シャドウは人類の敵だと、排除すべき脅威だと思っている者らが知れば、その事は間違いなく問題になるだろう。

 中でもどういう訳か最初から綾時を警戒しているアイギスは、正体を知れば自分が警戒していた理由を理解し、彼を排除しようと動き出すに違いない。

 綾時自身も今の平穏な生活は一時の夢だと分かっている。

 彼は終わりを告げる者、どうあっても七歌たちとは別れる運命にある存在だ。

 ただ、そうだと分かっていても、湊は出来る限りの時間を平穏に過して欲しいと考えていた。

 その存在は人ではなく、生まれた時点で世界の終焉を決定付けるものだと分かっているが、それでも彼には人間としての心があった。

 相手が友好的で敵対の意思もないのであれば、湊個人は“その時”が来るまで動くつもりはない。

 出来る事ならば、決戦が始まるまで彼が平和に過ごせますようにと祈り、湊は振り返ると部屋に戻った。

 

 

――露天風呂

 

 湊がそんな風に友人ために祈っている頃、綾時は順平と一緒に真田と荒垣を誘って一階の露天風呂に入っていた。

 夕食後の点呼を終えれば後は自由時間。先輩たちを誘うときには、今日は雲が無いから街が暗くなってくれば星がよく見えるらしいと言って誘った。

 勿論、そんなのは適当に考えた口実であって、二人には別の目的があったのだが、偶然にも今夜は寒さはきついが空気が澄んでいるのか星がよく見えた。

 時間が遅いこともあって、高級老舗旅館の露天風呂も今は自分たちだけの貸し切り状態。

 東京とはどことなく違って感じる綺麗な星空を眺めながら、何という贅沢な時間なのだろうかと真田と荒垣がゆっくり温泉を楽しんでいれば、頭にタオルを乗せた綾時が暢気な声で他の者らに話しかけた。

 

「そう言えば、知ってる? この露天風呂って男湯と女湯が時間交代制なんだよ?」

 

 各部屋に置かれていた施設案内にも書かれていたし、脱衣所の入口のところにもそれは書かれていた。

 出来る限りゆったりと温泉を楽しんでもらいたいが、大勢の人に利用してもらうためにと一時間半で男女が切り替わるようになっている。

 中の大浴場だけでなく、露天風呂の方にも目立たないデザインの時計が置かれ、利用客にも時間を意識してもらうようにしているようだが、だからこそそれを悪用する者もいた。

 綾時に話題を振られた事で彼の方を向いた順平は、わざとらしい惚けた口調で返す。

 

「なんだとー。もし、途中で変わってしまったら大変だぁ。でも、もしそうなっても、それは事故だよなぁ」

「それはそうでしょ。先に入ってたのは僕らだし。脱衣所のカゴに着替えもあるんだから、人が入ってると分かって来たなら僕らに責任はないよね」

 

 最近では鍵付きロッカーを設置しているところもあるが、この旅館では風情がないからと木棚にカゴを置いてあり、利用客はそこに着替えを置いて温泉に入る事になっている。

 ロッカーならば扉が閉まって鍵が無い場所があれば目立つのに対し、カゴに着替えを置いていくタイプでは場所を選んで、出来るだけ着替えを平坦にすれば目立たない。

 綾時と順平は昨日の内に客がどの位置のカゴを使い易い傾向にあるかを調べ、そことは離れたカゴを本日は利用していた。

 一緒に温泉に来たときには全員近い位置のカゴを使用するので、真田と荒垣も知らず知らず彼らの狙ったポジションのカゴを使い。

 さらに、他の者が服を脱ぎ始めたタイミングで順平がトイレに行ってくると告げ、綾時を含む三人が身体を洗い始めたのを確認してから出てきた順平が、真田と荒垣の着替えをしっかりと平坦にしておく気合いの入れよう。

 あくまで事故だと保険を掛けつつも、初日に仲間を失った男たちは最終日のこの時間に全てを懸けていた。

 急に妙な調子で話し始めた二人を怪訝に思った荒垣は、時計の方を見つつ問いかけた。

 

「んで、その交代する時間ってぇのはいつなんだ?」

「ええと、いつだったかなぁ。知ってるかい綾時君?」

「うーん、僕も覚えてないなぁ。でももしかすると、結構ギリギリかもねぇ」

 

 まだ惚けた演技を続ける二人を見て、流石に真田と荒垣も二人の狙いに気付く。

 ここは月光館学園の関係者だけで無く一般客も利用しているのだ。

 一歩間違えれば大変な事になるんだぞとくだらない事を考えた二人を揃って諫める。

 

「お前ら馬鹿だろ。暗い方が星が見える、なんてもっともらしい理由で誘ったと思えばくだらない」

「つか、一般客なら一発でアウトだぞ。勿論、女教師や女子でもアウトだが」

 

 月光館学園の関係者であれば、来年以降にこの旅館を利用する事を考えて大きな問題にしない可能性はある。

 だが、反省文程度で済むとは思えない。停学か、それとも退学か。少なくとも覗き野郎のレッテルを貼られて今後は過すことになるだろう。

 そんな危険を冒してまで、何がお前らを駆り立てるのだと視線で問えば、真面目に考えすぎている先輩二人に順平が笑って返した。

 

「ははっ、冗談ッスよ。確かにギリギリで来たっスけど。別にマジで覗くつもりはなくて、なんつーか度胸試しっぽい思い出作りにやってみただけッスから」

「度胸試しという響きには惹かれなくもないが、ならもっとマシな方法でやれ。京都なら怪談のモデルになった場所くらいいくらでもあるだろ」

「まぁ、女子と一緒に肝試しなら喜んでやりますけどね。野郎だけでそういうのは勘弁ッス」

 

 真田も荒垣も何となく男臭い響きに惹かれなくも無い年頃だ。

 橋の上から川に飛び込むような面倒な度胸試しは嫌だが、怪談のモデルになった場所に行ってくるというイベントであればやってみてもいいと感じる。

 どうしてそういう方向性にしなかったのかと聞かれれば、順平は女子が絡まないイベントでは色気が無いからだと真面目に答えた。

 聞いた二人は度胸試しを口実に女子と近付きたいだけかと察し、くだらない事に付き合ってられるかと腰を上げようとする。

 だが、そうはさせないと綾時が話題を振った。

 

「先輩たちは女性と浮いた話はないんですか? ほら、寮には素敵な女性が揃ってるじゃないですか」

「ある訳ねーだろ。つか、寮の奴らをそういう目で見たことはねぇ」

「俺もないな。ファンクラブというやつがあるのは知ってるが、そもそも恋愛に興味は無い」

 

 シャドウとの戦いは半端な覚悟では出来ない。恋愛に現を抜かしている暇など無いと真田たちは言う。

 しかし、順平は知っていた。この二人がとある寮生を初対面だった時にナンパしていた事を。

 

「うっわ。前に海でナンパしてた人間とは思えねぇ発言だぜ。綾時、この人らアイギスをナンパしたことあるんだぜ?」

「へぇ。あ、でも、そういう事か。アイギスさんは湊にゾッコンだからね。今は傷心中って事かな」

『ちがうわ!!』

 

 確かに屋久島でアイギスをナンパした事はあるが、あれは未遂だった上に恋愛感情が絡んでいた訳ではない。

 だというのに、振られて恋愛休止中と思われては堪らないと二人は揃って否定した。

 このままでは自分たちだけが恥をかくことになると思った真田は、得意な話題ではないがこちらから攻めさせて貰うと順平に話しかけた。

 

「そういうお前はどうなんだ? いつもフラフラとしているが、誰か一人くらい本気になった相手はいないのか?」

「え、オレっち? いやぁ、べ、別にそういうのはいないっつーか。恋愛初心者のオレにはまだ早いっつーか」

「……怪しいな。そう言えば、九頭龍や岳羽がお前がいやらしい視線で見てくることがあると言っていたぞ」

「いや、それはマジで違っすよ!?」

 

 順平は隠してはいるが一応気になる相手くらいはいた。

 だが、その相手と結ばれる可能性は限りなくゼロに近いと分かっているので、そういう事は考えないようにしていたのだ。

 それを真田に怪しまれた事で、別にそういう相手はいないと誤魔化そうとしたのだが、完全な濡れ衣を着せられそうになったことで本気でそこは否定する。

 仮に七歌やゆかりにいやらしい視線を向けていたとしても、それはミニスカから太股が見えているだとか、襟の広いシャツを着ていて鎖骨が見えているだとかで、そこに視線が行くのはあくまで思春期男子として当然の反応の範疇であった。

 何より、七歌は冗談っぽく言っていて分からないが、ゆかりをはじめとした数人は一人の青年に想いを寄せている事が分かっている。それで夢を見ろという方が難しいだろう。

 

「真田さんらも分かってるでしょうけど、ゆかりっちとか何人かはマジで希望ないッスから」

「そういや、美紀の記憶戻ったんだってな。どうすんだアキ?」

「…………誠実な付き合いを心掛けるなら条件付きで許……さ、ないこともない」

 

 美紀はずっと想いを隠していたが、ストレガに襲われた日に思い出を失うと分かって想いを彼に伝えていた。

 記憶を失っていた間は湊との思い出も消えていたので、美紀が抱いていた恋愛感情は消えていたのだが、記憶が戻ったとなれば、再びその想いが湧き上がってきているはずだ。

 兄として半端な人間は妹の彼氏として認めないと公言している真田も、妹の命を何度も救ってくれている青年を認めないなどという事は出来ない。

 ただ、それは責任を持って節度ある付き合い方をするならばの話だ。

 苦虫を噛み潰したような表情ながらもそれを口にすれば、他の者たちは意外だと驚いてみせる。

 

「へー、真田さんが認めるなんてあり得るんスね」

「まぁ、流石に何度も妹を救われてりゃ認めるしかねぇよな」

「うるさい! 条件付きだと言っただろ。未成年の内は六時が門限で、接触は手を繋ぐまでだ!」

 

 真田が口にした条件は小学生の子どもに課すようなもので、それを聞いた他の者たちはやっぱり成長してないなと呆れた目をする。

 妹の恋人になってもいいと認めたのなら、高校生らしい恋愛の範囲でならば自由にさせれば良いのにというのが順平たちの気持ちだ。

 まぁ、一人っ子の彼らと妹のいる真田では価値観が異なるのはしょうがないのかもしれないが、そんな風に彼らが話していると、入口の方から引き戸の開く音がした。

 

「え、マジかよ。誰か来たぞ!?」

「……どうすんだ。お前ら」

「待て、シンジ。男子の可能性も残っている」

 

 まさかこの時間に人がくると思っていなかったため、順平たちは温泉中央にある岩の影に隠れた。

 そこに隠れていれば入ってきたばかりの人間には見えないので、どうか男子であってくれと祈りつつ様子を窺う。

 すると、外に出てきた者たちの話し声が聞こえてきた。

 

「あ、ちょっと寒いですね」

「でも、その分星も綺麗に見えとるで」

「……いいから、早く身体洗って浸かりましょう」

 

 聞こえて来た声は彼らも聞き覚えのあるものだった。

 一般客よりはマシだが、身内がいると分かった事で真田が人を殺せそうな鋭い視線で他の者らを睨む。

 

「……絶対に見るなよ」

 

 恋人になってもいいと認めた青年ですら妹の裸を見る事を許すつもりは無いのだ。

 いくら幼馴染みや仲間だろうと見れば殺すと本気の声色で呟けば、順平たちも真剣な顔で頷いて返す。

 だが、その点については理解したにしても、彼らが今現在窮地に立たされているため、どうにか現状を打開する必要があるのは確かだ。

 身体を洗っている内に植え込みに隠れるか、反対側の壁際を通って出て行くか。

 四人が考えていると、再び引き戸が開く音がする。

 

「わぁ、さむーい! すぐシャワー浴びて温泉つかろ!」

「七歌、今日は水かけたら本気で怒るからね」

「いやぁ、最初に水が出たら私のせいじゃないし」

「床向ければいいでしょうが!」

 

 七歌とゆかりの話し声に加えて、さらに数人分の足音も聞こえてくる。

 湊では無いので正確な人数など聞き分けられないが、まず間違いなく特別課外活動部の女子たちは勢揃いしている事だろう。

 となれば、最初に順平と綾時が言っていた事故や間違えたなどの言い訳は効かない。美鶴がそれを許すなどあり得ないから。

 

「おい。美鶴もいるなら間違えたじゃ済まんぞ! 言い訳するまでも無く処刑される!」

「な、なら、どうするんスか? 逃げるなら身体洗ってる今が一番のチャンスですけど」

「無茶言うな。あいつらが気付かない訳がねぇ。それなら、茂みに隠れた方がまだ助かるチャンスがある」

 

 入ってきた女子の中で警戒すべきは汐見姉妹と七歌だ。

 彼女たちは小さな音でも異変に気付く可能性が高い。

 さらに、アナライズ能力を持っている風花やチドリも気配に敏感だと思われるので、下手な行動は自分たちの寿命を縮めるだけと言えた。

 だが、まだ女子たちにいることがバレていないのか、普段ならまず聞くことが出来ないような話題の会話まで聞こえてくる。

 

「やはり、姉妹だな。君もラビリスも羨ましいくらい綺麗な肌だ」

「わたしたちの身体は八雲さんが作ってくれたものですので自慢の逸品であります。ですが、美鶴さんも平均値を大きく上回るサイズの胸をしていますので、一般的な女子からは羨ましがられるのでは?」

「君に言われてもな。別に自慢するようなものでもない。むしろ、戦う事を考えれば邪魔なくらいだろう。重いせいで肩も凝るしな」

 

 美鶴もアイギスも平均的な女子より非常にグラマラスな体型をしている。それでいて腰はしっかりとくびれているのだから、同性から羨ましがられ、異性を魅了して当然。

 自分たちの隠れている岩の向こうにそれが晒されていると思うと、男子たちは股間を隠しながら自然と腰を下ろしてしまう。

 ここに来て女性経験の少なさが仇となり、岩の向こうにどのような光景が広がっているのか。逃げるための思考がピンク色の妄想に削がれてゆく。

 だが、比較的余裕のあった綾時がここで起死回生の一手を思い付いたと提案した。

 

「……よし。湊に助けを求めよう」

「出来るのか?」

「僕も一応探知能力があるんで、やってみます」

 

 自分たちだけでは助かる可能性は低い。だが、湊なら何かしら脱出出来る策を授けてくれるに違いない。

 荒垣だけでなく、他の者たちからも期待の籠もった視線で見つめられながら、綾時はスイートルームにいる湊へ通信を繋いだ。

 

「湊、湊。助けて欲しいんだけど」

《……なんだ?》

「女性陣が後から入って来ちゃって、バレずに脱出したいんだ。何か方法はないかな?」

 

 すぐに通信が繋がれば向こうからは気怠げな声が返ってくる。

 湊の面倒臭そうな雰囲気はいつもの事なので、それに構わず返事を待っていると、綾時の期待したものとは異なる答えが返ってきた。

 

《そのまま声をかけて、先に出てもらえばいいだろ》

「ちがう。バレれば終わりなんだよ」

《……お前一人だけでいいのか?》

「無理なら僕一人だけでもOKさ」

 

 全員助けることが出来ないなら、最悪、自分だけでも助けて欲しい。

 湊の声は他の者に聞こえていないが、綾時は自分の言葉を口に出して会話していれば、他の者たちもどういった会話があったのか予想出来たらしく順平と真田が綾時の腕を掴んだ。

 

「おい。まさか、一人だけ裏切ったりしねぇよな?」

「というか、あいつの声を俺たちにも聞こえるようにしろ。出来るだろ」

「え、えーと。湊、皆にも声を聞こえるように出来るかな?」

《……注文が多いな》

 

 自分だけでも助けて貰うつもりだったが、それを阻止された事で綾時はしょうがなく他の者にも通信を繋いでやってくれると頼む。

 対象を多く選ぶだけなので、別に大した手間でもないのだが、とりあえず覗き魔たちの対応は面倒らしく湊の声にやる気は無い。

 

《それで、お前らが逃走するためのルートを確保したらいいのか?》

「ああ。美鶴や美紀にバレないように頼む。処刑だけでも遠慮したいが、兄としての尊厳が掛かっているんだ。頼む」

《……なら、お前らから見て右側だけ時の流れを操作する。そのまま壁際まで進んで、壁の方を向いたまま女子たちの方を一切見ないまま脱衣所へ戻れ》

 

 言われて真田たちは右側の方を見る。そちらには茂みなどが一切無いため、隠れることは出来ないが走って通るには好都合だ。

 既に時流操作を発動したのか、女子たちの話し声も聞こえなくなっており、これなら行けそうだと湊に心の中で感謝しながら全員で壁際へと急ぐ。

 湊の時流操作がいつまで持つか分からないため、出来る限り急げと壁際に到着すれば、後は壁の方を見ながら壁に沿って走れば入口までいける。

 そうして、男子たちは壁の方を見ながら走ろうとするも、前方確認は必要だよなと心の中で言い訳して全員がチラリと女子たちの方へ視線だけ向けてしまう。

 女子たちがいるのは前方では無く左側だ。そちらを見るには最低でも顔を正面に向けて、そこから目だけ左へ向ける必要がある。

 つまり、周りからみれば彼らが湊の言いつけを守らなかったことは明白なのだ。

 それに気付かずにどさくさに紛れて女子たちへ視線を向けた男たちは、バスローブを着ている美鶴と目が合った。

 瞬間、どうして目が合うんだという驚きで彼らの走りが鈍る。

 すると、時流操作で異なる時の流れにいるはずの美鶴の声が耳に届いた。

 

「お前たち、右側の壁を見たまま入口へ向かうように言われたのが聞こえなかったのか?」

「なっ!? い、いや、これは前方を確認しようとしていただけで」

「ならば、左側にいる私と視線が合うのはおかしいだろう」

 

 動揺しつつも答えながら彼女たちを見れば、美鶴の周りにいる女子たちも全員がバスローブを着て身体を隠していた。

 一体どうしてと疑問と、何故湊の時流操作が効いていないんだという驚愕で彼らは足を止める。

 女性陣の瞳は氷のように冷え切っていて、普段は優しい風花ですらまるでゴミを見るような目をしている。

 性格のキツい者から睨まれるよりも、優しい女子から軽蔑される方が心にくる。そんなどうでもいい情報を記憶しながら、どうやって言い逃れをしようか考えていれば、湊から通信が入った。

 

《ああ。そういえば、エールクロイツが七熾天に変化してからは時流操作が出来なくなっていたんだった。すまない。忘れていた》

「おい! これマジでシャレにならないパターンのミスだろ! つか、絶対に分かっててやっただろ!」

 

 湊の内蔵している黄昏の羽根は、枚数が増えた事で使える能力が変化している。

 時間をかけて解析すればまた時流操作も出来るようになるかもしれないが、今はまだ使える状態では無かったらしく、出来るような気がしたんだがと悪びれた様子もなく謝ってくれば、どれだけ鈍い者でも彼がわざとミスしたことは理解できた。

 その事を順平が指摘すれば、湊の通信は綾時の言った通り“皆”に聞こえるようになっていた事で、彼を責めるのは間違っているだろうと美鶴が順平を睨んだ。

 

「有里のせいじゃないだろう。我々が後から入った事は認めるし。お前たちが有里の言いつけを守っていれば不問にするつもりだった。だが、お前たち四人は言いつけを守らず、姑息にも女子の裸を見ようとした以上、処刑は免れない」

 

 どうやら本当に全ての経緯を分かっているようで、これは言い逃れしても無駄だろうと男子たちの心が萎れていく。

 しかし、あわよくばと期待して女子の方を向けば、全員がしっかりと膝下まで丈のあるバスローブを着ていた事にガッカリした順平が、最後に教えて欲しいと質問を口にする。

 

「て、てか、なんでバスローブなんて着てるんだ?」

「八雲さんからの通信で皆さんが出られず困っていると教えて貰いました。なので、保険としてバスローブを着ておき、避難誘導に従えば見逃してやって欲しいと頼まれたんです」

「ウチらもそういう事ならしゃあないなと思ったけど、先輩らも揃ってこっち見とるんやもん。言い逃れ不可能やろ」

 

 因みにバスローブはアイギスが付けているリストバンドから取り出した物だ。

 湊は最初にアイギスに通信を繋ぎ、全員にそのまま会話しながら通信を聞いて欲しいと伝えることを指示。全員が湊の指示通りに普通の雑談をしているように見せながら事情を説明し、バスローブを着たのを確認してから男子らの逃走を手助けした。

 つまり、湊はちゃんと男子たちを助けるための手も打っていたのだ。

 その言いつけを守らず、卑怯にも女子たちの裸を見ようとした者たちにかける慈悲など無い。

 アイギスがリストバンドから召喚器を取り出し、それを美鶴に渡せば彼女はしっかりと頷いてからそれをこめかみに当てた。

 

「……これが新しく得たペルソナの初陣かと思うと情けなくなるな。処刑しろ、アルテミシアッ!!」

 

 美鶴の頭上に水色の欠片が渦巻き、その中から青いドレスに身を包んだ女性型ペルソナが現われる。

 金属製の多節鞭をその手に持った赤い仮面の女王の名は“アルテミシア”。

 ペルシア戦争に参加し、女性でありながら軍で指揮を執り、その知略と勇猛さ数々の戦果を上げた英傑である。

 美鶴の新たなペルソナを初めて見た男子たちはそのオーラに圧倒され、ペルソナの鞭が美鶴の女帝のイメージにピッタリだと余計な事を考えている内に視界が氷に閉ざされ意識が途絶えた。

 その後、氷に閉じ込められた彼らは湊が遣わせたセイヴァーのゲートで男湯の大浴場に転送され、気付けば熱い湯に四人で浸かっている状態で意識を取り戻す。

 もっとも、彼らの着替えは転送されていなかったので、腰にタオル巻いただけの姿で部屋に戻るはめになったが、タイミング良く影時間になったことで何とか他の客に見られずに済んだのだった。

 


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