【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百七十七話 清水寺

11月18日(水)

午前――京都市内

 

 女子たちが帰った後、ベアトリーチェは八雲と再び一つになって湊に身体を返した。

 そして、身体を取り戻した事で八雲がしでかした事を理解した湊は、深い溜息を吐いて自分と八雲で分裂することは出来ないかと考えた。

 どうやら同時に別々の身体を手に入れることで、幼い八雲をぶん殴りたかったらしい。

 他の者からすればそれも君だぞといった感じなのだが、湊と八雲はやはり考え方が異なっているので本人にとっては完全に同一人物と見なすことは出来ないのだろう。

 美紀が影時間に関する記憶を取り戻す事に反対しているのは湊くらいなものなので、他の者に頼んで殴っておいてくれという訳にもいかない。

 仮にそれを頼めば自我持ちのペルソナを含めた女性陣が全力で阻止に動くはず。

 湊もそんな事は簡単に予想出来ており。ならば、上にタライを放り投げてから八雲になって、出てきた八雲の頭にタライをくらわせればどうだろうかとシミュレーションしてみたが、そちらもベアトリーチェか自我持ちに阻止される未来しか見えなかった。

 最終的に八雲を罰することは出来ないと判断した湊は、明け方に露天風呂に入って気持ちを切り替え、部屋に運ばれてきた朝食をとってから月光館学園の生徒らと合流した。

 本日は昨日の延長で観光バスを使って名所巡りをする事になっている。

 新幹線の席と異なりバスは貸し切りなので湊だけが別のクラスに行くこともない。

 そうして、乗り込んだバスが出発すれば、最後尾の真ん中で足を組んでふてぶてしく座っている湊に声を掛けてくる者がいた。

 

「会長、清水寺ってどんなとこっすか?」

 

 通路に身体を乗り出しながら振り返って声を掛けてきたのは、バスケ部の渡邊だった。

 彼は遅くまで男性教師の部屋で反省させられていたはずだが、自分たちを罠にハメた隣のクラスの人間がいないからか今は精神的に落ち着いているらしい。

 ただし、一緒に反省部屋送りになった他のバスケ部二人は、どことなく寝不足なようで静かに欠伸を噛み殺している。

 一人だけ元気だなと思いつつ、これから行く清水寺について他の者も知りたがっているようなので、情報をいくつかピックアップして伝えることにした。

 

「……まず、覗きスポットはない」

「しってるよっ?!」

 

 急に何を言い出すんだと慌てたように渡邊が立ち上がれば、先ほどまで眠そうにしていた他のバスケ部二人も驚愕に目を見開いて意識を覚醒させていた。

 この場にいる生徒で彼らの覗き未遂という罪状を知っている者はいない。

 先頭の席にいる佐久間と櫛名田は教師の連絡網で情報が回っていたので知っているが、それを生徒に教えようという気もなかったために、彼らはあたかも何の罪も持たぬ一般生徒のように振る舞えていたのだ。

 湊がその話を知っているとは思っていなかったのか、渡邊が慌てた様子を見せると湊の左隣に座っていたラビリスが何の話だと尋ねてきた。

 

「覗きスポットって何の話なん?」

「……旅館に露天風呂があるだろ。月光館学園の生徒が何人か覗けないかって話をしていたらしい」

「いや、犯罪やん。てか、そんなん見つかったら旅行中は旅館で謹慎やろ。誰も実行に移さんで良かったわ」

「あぁ、本当にな」

 

 言いながら湊が全てを見透かすような金色の瞳を向ければ、渡邊は冷や汗を掻いて何も言えなくなる。

 昨夜の覗き未遂については、教師たちも生徒の不安を煽ることになるからと黙っておくことに決めた。

 大音量で自分の名前を流した友近についても、罰ゲームの悪ふざけという設定で事実は隠されており、おかげでF組の方でも誰一人欠けることなく観光地に向かっている。

 湊もここで事を荒立てるつもりはないので、牽制はこれぐらいにして質問に答えてやるかと口を開いた。

 

「まぁ、かなり広い寺だな。文化遺産、世界遺産の両方に登録されている事もあって、敷地内でも見るものは多くある。まず目につくのは朱色で彩られた仁王門だろう。通称は目隠しの門というらしいが、その理由が分かるやつはいるか?」

 

 急に始まった湊の観光地ガイダンスにクラスメイトたちは耳を傾ける。

 湊は日本中だけでなく海外にも度々行っているため、各地の観光情報を多数持っている。

 さらに、歴史にも詳しいので、そういった観点からも面白い話が聞けるのではと全員が注目しているようだ。

 どうやらバスガイドの女性も話を聞いているようで、社会科教師で答えを知っている佐久間がニコニコと楽しそうに笑っていれば、湊のクイズの答えを考えていた者の中から風花が控えめに手を挙げた。

 

「えっと、お寺も境内で良かったっけ? その、境内が外から見えないようにしてるからとか?」

「境内は神社だけの呼び方じゃないので呼び方は合っているが、その答えは不正解だ。そも、清水寺は坂の上にある。そこそこの勾配があって門がなくても見えるように出来てない」

 

 清水寺があるのは言ってしまえば小さな山の頂上だ。平坦な場所ならばともかく、そんな場所にあればわざわざ見えないようにする必要はないだろう。

 不正解だったことに風花が残念そうにすれば、今度はチドリを間に挟んでさらに右隣の美紀が挙手して答える。

 

「では、修行僧が修行に没頭するというか、外界に意識を向けないようにとかですか?」

「それもはずれだ。確かに入口近くにある門だが、別に敷地を囲うように塀がある訳じゃないからな。門の横を簡単に通って出入りできる」

 

 確かに修行は大事だろうが、見えないように壁を作ってしまうと余計に意識が向くことになる。

 その時点で逆効果になっている訳だが、そもそもの話として門の横は普通に遮蔽物もなく空いているので、門の部分だけ目隠しする意味はないだろう。

 目的地に向かってバスは進み続ける中、誰も正解を出せずにいれば、時間だと湊が答えを告げた。

 

「門は清水の舞台からの景色を意識して作られている。かつて、京都御所には尊い血筋の者が住んでいたんだが、山の上にある清水の舞台からだと市内が一望できる。その中には権力者の屋敷も含まれていて、高い位置から覗き見るのは無礼だろうと言うことで間に門を作って見えないようにしたんだ」

 

 説明しながら湊はペットボトルを取り出し、それを自分の顔と直線になる位置で手に持った。

 そこからクラスメイトたちとも一直線になるように手を動かしていき、間に物があれば顔が見えないだろうと実践してみる。

 話を聞いた者たちは、本当に門で見えなくなるのか清水の舞台に到着したら試してみようと話し合っており、最初の紹介はしっかりと受け入れて貰えたようだ。

 ならば続けてどこを紹介するかと考えていれば、斜め左の席から通路に身体を乗りだして振り返った西園寺が観光ガイドの本を見せつつ話しかけてくる。

 

「ミッチー、ここは? 中にある“地主(じぬし)神社”ってとこ。恋愛成就って書いてるけどどう?」

「中じゃなくて隣接な上、よく読み間違えられているが正しくは“ジシュ神社”だ。別にどうもない。歴史はあるが見所は少ない。修学旅行生なら恋占いの石で遊んでお守りを買えば終わりだろう」

「そうなんだぁ。あ、ミッチー一緒にやろうよ。手を繋いでやれば揃って達成だよ?」

「別に達成したところで得る物はない。というか、別に京都駅前から目隠ししてようが辿り着けるぞ」

 

 湊は元々目隠しした状態で生活していた事もある。

 なので、ツクヨミの探査能力を使わずとも気配だけで周囲の状況を把握する事が可能なのだ。

 そんな彼からすれば、既に京都の地図は頭に入っているので辿り着くことは容易。さらに言えば東京駅からでも問題ないぞと言った感じであった。

 話を聞いていた西園寺は流石に嘘だろうと思っているようだが、湊が恋愛系のジンクスに興味がないことは理解したらしい。

 それ以上は深く誘ってきたりもせず、個人で観光ガイドを読む作業に戻ると、湊は他の名所の話に戻る。

 

「基本的に道なりに進んでいけば最低限の名所は回れるだろう。ただ、注意があるとすれば音羽の滝くらいか」

「あ、ウチそれ聞いたことあるわ。三つの滝があってそれぞれ願い事が違うんやろ?」

「ああ、順路は決まっているが、手前から順に“延命長寿”“恋愛成就”“学問成就”だ。置かれている柄杓を使って滝の水を汲み、それを飲むと願いが叶うと言われている」

 

 修学旅行の行き先が京都に決まっていたのは随分と前の話だ。

 湊が死んでいた時も旅行については話を進めていたので、他の者たちもある程度は現地のことを調べていることだろう。

 ならば、音羽の滝がどんなものか見た目だけは知っている前提で湊が話せば、数名の男子が真ん中なら間違えないなと笑っているのが聞こえた。

 思春期という事もあって恋愛に感心があるのは女子だけではないらしい。

 ただ、種類が三つであれば案内板もあって間違える事はないだろう。それで何を注意するのかとチドリが尋ねてくる。

 

「……三種類なら別に注意なんてないんじゃないの? もしかして、お腹下すとか?」

「……いや、そういう人間もいるかもしれないがそうじゃない。注意すべきは飲むときの作法だ」

 

 飲む量は少ないと言ってもしっかりと殺菌処理がされている訳ではないため、中には腹を下す者もいるかもしれない。

 雨が降ればさらに衛生面は怪しくなってくるだろうが、湊が言っているのはそういう話ではなかった。

 

「まず、飲む種類は一つだけだ。三種類全てを飲もうとするのは欲深いからアウトらしい。そも、三つに分かれているが元は一つだからな。人為的に流れを三つに分けただけに過ぎないから、ある意味どれを飲んでも同じだ」

 

 お調子者の男子が「コンプリートすれば最強じゃね?」などと言っていたが、そう考える時点で欲深くてアウトだろう。

 湊の説明を聞いて「まだ飲んでないからセーフだしっ」と必死に言っているが周りは目を逸らしている。

 どうやら自分はこんな欲深い人間とは関わりありませんと神にアピールしているらしい。

 そんな馬鹿なやり取りを横目に見つつ湊は話を続けた。

 

「でだ。さっきも言ったが欲深いのは全面的にアウトのようで、飲む量も一口で飲みきれる量が原則だ」

「飲むだけ効果が高まるとして、自分の一口の最大キャパシティを見極める必要があるのね」

「……別にそこまでの事じゃないぞ」

 

 柄杓に口をつけるまでに量を調整すればいいので、チドリが言ったほど大仰な事ではない。

 また、飲み込むというアクションを取るまで時間を掛けようと一口とカウントされるはず。

 なので、こういった裏技もあると、湊は先ほど取りだしたペットボトルのキャップを外し、そのまま口をつけるとペットボトルを持ったまま上を向いた。

 ほとんど上下逆さまな状態になったペットボトルは、重力に従って中身のお茶が湊の口の中に流れ込んでいく。

 容量は五〇〇ミリリットルなので、多めに見積もっても半分ほどしか減らないだろう。

 だが、全員がそう思っている間にペットボトルの中身はどんどん減っていく。

 湊は一度も喉を鳴らしておらず、むしろ頬すら膨らんでいない。

 となると、中身のお茶はすべて喉を素通りしてそのまま胃に流れ込んでいる事になる。

 剣を飲み込むマジックと似たようなテクニックを使っているのだろうが、見ている者たちが唖然としている間にペットボトルの中身は空になり、飲み終えた湊がキャップを閉めれば眼鏡を掛けた女子が一人やってきて手を差し出した。

 

「皇子、ゴミはこちらに」

「……ああ、ありがとう」

「いえ、失礼します」

 

 バスの中ではゴミを捨てる場所がない。なので、集めておいて後で捨てますよと善意で告げてきた女子に湊がゴミを渡せば、相手は背中を向けた瞬間に恍惚な笑みを浮かべてゴミを懐にしまう。

 誰もが湊の見せた芸に驚いている中、ファンクラブの会員は誰よりも冷静に行動していた。

 なにせ、皇子が目の前でペットボトルを空にしようとしているのだ。彼にとってそれはゴミでも、ファンクラブ会員にすれば最上級のお宝に変わる。

 故に、女子が誰よりも速くその宝を手にして、尚且つ湊に気が利いていることをアピールすれば、湊から見えていない場所で女子たちの醜い争いが密かに勃発していた。

 眼鏡の女子が帰っていった座席の辺りで何やら小声で言い争いが始まるも、それを流して湊は先ほどのテクニックについて他の者に説明する。

 

「今見せたように喉の奥を開いておけば、胃の容量と息が続く範囲に限り大量に飲める。どうしても叶えたい願いと、自信があるならやってみればいい」

『無茶言うな』

 

 そこまで願掛けに全力出せるかとクラスメイトたちの声が重なる。

 湊もあくまでそういった方法もあると提示しただけで勧めている訳ではないので、クラスメイトたちのツッコミも肩を竦めて返すのみだ。

 夢を壊すようなので彼は言わなかったが、音羽の滝の水は敷地内の売店で売っている。

 買ってでも欲しがる者が欲深いのか、ただの水に価値を謳って売る者が欲深いのか。

 そんな事をぼんやりと考えている間にバスは駐車場に到着し、一同はそこから徒歩で清水寺に向かって進み出した。

 

――清水寺

 

 国内、海外問わず多くの観光客が訪れる清水寺。

 その中でもさらに有名な清水の舞台に立って湊は町を見下ろしていた。

 バスの中で彼が説明していたように、仁王門によって御所は見えないようになっている。

 だが、どうにかして見えないかと身体を乗り出して頑張っている莫迦たちを眺めつつ、一人でぼんやりとしていると隣に人がやって来た。

 

「よう。旅行中に一人とは珍しいな」

 

 そういって声を掛けてきたのは真田だった。

 綾時が現われるまで学内ツートップのイケメンと呼ばれていた者が並んで景色を眺めている事で、彼らの背後では何やら黄色い悲鳴が上がっているが、それに気付いていない二人は洛中の方を見ながら会話を続ける。

 

「……真田の件ですか?」

「まぁな。俺も今朝本人から聞いて驚いた」

 

 美紀を助けるとき、湊は奪った適性は返せないと言っていた。

 適性を返す事が出来ない以上、それで失った記憶が戻ることはないと誰もが思っていた。

 だからこそ、影時間の記憶と共に美紀の中から湊との思い出が消えたことを、他の者たちはずっと気にしていたのだ。

 手すりに左腕を乗せながら遠くを眺めたまま真田は口を開く。

 

「美紀は喜んでいたし。他のやつらもお前だけが割を食ったことを気にしていたのか、それが解決して喜んでいた。ただ……俺個人としては複雑な気持ちだ」

 

 真田は美紀を守るために戦う事を選んだ。彼女を再び失いそうになったときから、より一層その思いを強くして戦いに臨んでいる。

 だからこそ、適性を失っている彼女が、再び影時間に関わることになって心配している。

 記憶が戻った事でまた適性を得るのではないか。影時間の存在を知っている事でまた狙われることになるのではないか。

 全ては想像上のことだが、真田は妹を守る兄として警戒せずにはいられない。

 

「けど、全てに反対って訳じゃない。お前に縋って、なのに代償を払わせて、負い目を感じていたのは俺も同じだ」

 

 八雲のしたことは完全に湊の想定外で、湊本人は失敗したと思っている。

 だが、そのおかげで他の者たちは彼の美紀への想いが理解できた。

 暗示の魔眼を使えば記憶を戻せたというのに、どうして湊がこれまで美紀の記憶を放置していたのか。全ては彼女を危険から遠ざけるためだ。

 美紀に記憶が戻った事を複雑だと言った真田も、それを知って湊の無関係の人間を巻き込まない覚悟を改めて理解した。

 

「だから、改めて言わせてくれ。美紀を助けてくれてありがとう。美紀を守り続けてくれてありがとう。俺は本当の意味でお前の想いを理解できていなかった」

 

 身体を湊の方へ向けて、真田は真っ直ぐ相手を見つめて感謝を告げる。

 九年前の火事で美紀を助けて貰って以降、真田はあの日の少女が持つ強さに憧れた。

 それが湊だったと知ったのは最近のことだが、改めて戦う覚悟を決めた今だからこそ、それが如何に遠いかが分かった。

 身体の強さは問題じゃない。真田が思い知ったのは湊の守る意志の強さだ。

 

「正直、負い目がなくなった事は嬉しい。これで純粋に恩を返せる。だから、俺は今回の事は喜ぶ事に決めた。お前の望んでいない結果だろうが何も気にしなくて良い」

「……別に先輩がどう思おうがどうでもいい。考えているのは真田が次に適性を得た場合の対処だ。まぁ、桔梗組への襲撃を警戒するなら、EP社で匿うしかない訳だが」

「そうか。可能ならば俺もそうして貰いたい。図々しいと分かっているが、もしもの時は頼む」

 

 敵に幾月がいる以上、それぞれの実家や桐条関係の場所は危険だ。

 その点、EP社は桐条グループがどれだけ必死に探っても表層の情報しか掴ませなかった組織。

 もしもを考えればこれ以上に安全な場所など存在しないだろう。

 恩を返す前に再び頼るのは情けないが、美紀を守って貰えるなら何でもするという気持ちが真田の態度から溢れていた。

 それを見た湊は、美紀を匿うのはあくまで自分の失敗の尻拭いだと真田の頼みを切り捨てる。

 結果はどちらも一緒なのだが、変なところで拘る彼にとっては重要な部分なのだろう。

 話はそれで終わりかと最後に尋ね、それだけだと真田が答えれば湊は景色を眺めるのをやめて去って行った。

 彼の背中を見送った真田は再び景色を眺め、土産を買っている荒垣が来るのを待ちながら小さく呟く。

 

「……残る問題はあのお嬢様の方か」

 

 全てが少しずつ良い方向に進んでいる。

 しかし、ただ一人だけ幾月たちとの戦いの日から進めていない者がいる。

 どうしたものかと考えながら、真田は京都の町を眺め続けた。

 

 


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