【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百七十話 待ち伏せ

放課後――月光館学園

 

 綾時の転入と湊の復学。二つの話題によって月光館学園は一日騒がしかった。

 教師たちも授業中まで浮き足立っている生徒をどうにか集中させようとしたが、死んだはずの青年が蘇って現われて騒ぐなと言う方が無理がある。

 そうして、午後は半分ほど授業にならないまま放課後がやってきた。

 上着のポケットに手を入れたまま廊下を歩く青年を見て、周りの生徒たちがざわつきながら道を開ける。

 彼が再び現われた事は昼休みの内に学校中に広まっていたはずだが、実際に見るまでは半信半疑という者がほとんどだったに違いない。

 だが、ただ歩いているだけで周囲一帯の空気を変える高校生など他にいるはずがない。

 目には見えないが確かな圧を感じて皆が道を開け、その真ん中を青年が悠然と歩いてゆく。

 周りでその光景を見ていた者がいれば、まるで自分こそが王であると言わんばかりの態度であったと答えることだろう。

 しかし、それが許されるだけの気品と雰囲気があるだけに、彼の態度を咎める者は一人もいなかった。

 

「皇子、昼休みは失礼いたしました」

 

 廊下を降りて一階のエントランスに辿り着けば、そこには各学年の代表と数名の幹部を伴ったファンクラブ会長の雪広が待っていた。

 彼女たちの後ろには野良のファンクラブ会員たちもいるようだが、やってきた湊を見るなり涙を流している者たちがいる。

 中には泣き崩れて傍にいた者に支えられている者までいるが、そういった者の世話は会員同士でやるはずなので、湊は自分と相対している雪広に向かって話しかけた。

 

「……体調はもう良いんですか?」

「は、はい。皇子と会えただけで身体の疲れなど吹き飛ぶというものです」

「そうですか。でも、身体には気をつけてくださいね。折角の美貌が損なわれるのは勿体ないですから」

 

 言いながら湊は一歩距離を詰めると、左手で相手の頬に触れて微笑を浮かべる。

 瞬間、雪広は耳まで真っ赤に染めて頭から湯気を出し、そのまま固まって後ろに倒れていく。

 周りで見ていた者たちは湊が見せた突然の皇子様ムーブに黄色い悲鳴をあげつつも、しっかりと雪広を受け止めて湊から離れた壁際に立てかける。

 別に私怨など一切ない。自分たちが皇子と崇める存在から身体を気遣われ、尚且つ容姿を褒められた事に嫉妬などしていない。

 壁に立てかけるか、それとも床に倒して放置しておくか悩んだのだって数瞬の事だ。

 自分たちは冷静であり、至ってまともな判断力を持っている。

 会長の雪広を移動させて戻ってきた会員たちは、誰が彼女の後を引き継いで湊と会話するかを視線だけで話し合うと、序列から副会長を務めている女子で行くことに決まったらしい。

 その間も待たされている湊が黙って立っていれば、武道でも嗜んでいるのか凜々しい少女が湊の前に立って口を開いた。

 

「失礼いたしました。皇子、無事のご帰還おめでとうございます。我々、プリンス・ミナトは皇子のご帰還をいつも祈っていました。再び皇子と出会えたこの奇跡を与えてくださった神に感謝せずにはいられません」

 

 死者の国に渡った最愛の人が生きて戻ってきた。

 そんな奇跡を起こせる者がいるとすれば、それはこの世の理の向こう側にいる存在、即ち神の御力に他ならない。

 盆を過し、ハロウィンを遊んで、クリスマスを祝い。初詣にお参りをして、バレンタインを楽しむ。

 信仰心はあるのだろうが雑な宗教観を持っている日本人ばかりのこの現代社会で、本物の奇跡としか思えないものを見たプリンス・ミナトの会員たちは、これからはしっかりと神に祈りを捧げることにしますと言ってくる。

 彼女たちの瞳は真剣その物で、それだけ彼女たちは今回の奇跡ともいえる体験を感謝しているのだろう。

 人の手ではどうやっても再現できない。しかし、明らかに何者かの手が加わっている痕跡だけは残っている。そんなものがいくつもこの世にはある。

 ならば、その痕跡を残した者を、人を超えた力を持った者を自分たちとは別の存在、神と呼んでしまう者がいても無理はない。

 だが、彼女たちの前にいる青年は残念ながら神を己の敵であると定めている。

 彼女たちが神と呼ぶ存在と、湊が知っている現実に存在する神は別物だろうが、そんな事は関係ない。

 既にこの世は神や妖しが跋扈していた時代ではないのだから、そんなものに祈るのは時間の無駄だと切り捨てる。

 

「残念ながら俺の帰還は人類の叡智によるものだ。最悪を想定し、出来得る限りを備え、そうして起こした事象に過ぎない。神になんて祈ったところで何もしてはくれないぞ。人類の進歩は神の存在をこの世から一つずつ殺すことだ」

 

 かつては火も雷も神の力とされていたが、科学が進歩していく中でそれらの正体は解明され、人類は自分たちで制御し利用するようになった。

 湊の復活にはエリザベスという超常側の存在の協力と、神を祖先に持つというオカルト側の事情が絡んでいる。

 けれど、それでも湊は自分の復活を神の奇跡と呼ぶつもりはなかった。それは僅かな可能性に賭けて動いてくれたエリザベスの頑張りを否定する事になる。

 目の前で一心不乱に湊の言葉をメモしている少女たちは彼の事情を知らないだろうが、湊が言うからには神なんぞに頼った訳ではないのだろうと納得した様子だ。

 

「なるほど、まさにその通りです。怠惰である事なかれ。常に研鑽に励む事によって奇跡は必然になり得るのですね」

「まぁ、個人の力で為せない事もあるが、それなら誰かに協力を仰げば良いだけだ。祈るなんて思考停止に陥る暇があるなら現実的な打開策を考えるべきだと俺は思う」

 

 湊の身体は過去の名切りたちの努力によって現代人類の限界を容易く超えることが出来る。

 しかし、それはあくまでそれだけの性能を発揮し得るスペックがあるだけであり、十全なパフォーマンスを見せるには泥臭い努力が必要だ。

 何度も死を経験し、それでも尚歩むことを止めずにいた結果が今の彼である。

 研鑽に励み続けて文武ともに結果を残してきた彼だからこそ、その言葉には不思議な力があった。

 彼の言葉を聞いたファンクラブの会員たちは、彼の言葉をメモした手帳を胸に抱いたまま感動したように涙を流す。

 帰還を祝う言葉を贈るためだけに待っていたようなので、用事が済んだなら帰らせて貰うと湊は靴を履き替えて校舎を出る。

 冬の訪れをしらせるような冷たい風が吹き、目にかかる前髪が揺れた事で拓けた視界にどこか呆れた顔をしている特別課外活動部のメンバーとチドリたちの姿を捉えた。

 だが、別に湊は彼女たちに用事がある訳ではない。今日はバイクではないので駐車場に行く必要もなく、その横をシレッと通過して校門を目指そうとすれば、待っていた集団からメイド服を身に纏った少女が一人抜けて青年の進路を塞いできた。

 

「……邪魔だ。ブス」

 

 進路を塞いできたのは桐条家のメイドで美鶴の御側御用を務めている斎川菊乃だった。

 だが、自分の進路に割り込んで来た者を、裏拳を使って押し退けながら湊は進む。

 割とストレートに暴言を吐くことが多い青年ではあるが、出会い頭に容姿を貶されると思っていなかった相手は大きく目を見開いて唖然としている。

 周りで一緒にいた者たちも、予想を超えた対応にしばし呆けるが、いくら何でもそれは酷すぎないかと彼を追いかけて呼び止めた。

 

「ちょ、八雲君待って! いくら好みじゃなくても女の子にそれはダメだって!」

「ていうか、湊君との約束のことで来てくれはってんで?」

 

 湊の好みなど知らないが、彼がどブスとブスを使い分けていることは知っている。

 それに照らし合わせると“ブス”は容姿が優れていない者に対して使う言葉だ。

 他の者からすれば菊乃は十分美人系と言えるのだが、彼の好みでないというならしょうがない。

 そこはしょうがないとして納得は出来ても、やはり言い方に問題があると思うし。相手も別に暇だからと学校に寄った訳ではない。

 ラビリスがその事を伝えれば、湊は非常に面倒くさそうにしながらも立ち止まって菊乃に向かって口を開いた。

 

「桐条に仕える人間はアポイントを取るくらいの常識もないのか」

「申し訳ありません。ですが、EP社に連絡をしても取り次ぐことが出来ないと言われたものですから」

 

 菊乃も最初はアポイントを取って湊と会おうとしていた。

 しかし、いくらEP社に電話を掛けても有里湊は内の社員にいないと言われ、いない人物に取り次ぐことは出来ないと拒否されてしまったのだ。

 それもある意味当然で、湊は確かにジャパンEP社の代表をしているが、表向きには別の人間を代表として立てており彼は籍すらないまま仕事をしている。

 仮に彼を表向きの代表としてしまえば、学校に通うどころか会社の仕事すらもまともに出来なくなる可能性が高い。

 そんな事にならないよう色々と工夫して湊の存在を隠しているため、彼の個人的な連絡先を知らない菊乃がアポ無しだろうと学校に現われたと聞けば来るのはある意味しょうがないと言えた。

 

「それで、何の用だ?」

「先日交わした約束を果たすためにやって来ました」

「なんだ。指でも詰めるのか?」

「それは困りますので、その、わ、私の純潔を……」

 

 湊が校舎から出た時に他の者たちが呆れ顔だった理由は、冗談か本気か湊が高寺派に賠償請求する中で、菊乃には純潔を差し出すように言っていた事を聞いていた事が原因だ。

 他の者たちは、彼女が仕事仲間から嫉まれるよう湊が仕組んだと思っていたのに、どういう訳か本人は割と真剣に約束を果たそうとしている。

 これは本当に湊が純潔を奪う事になるのではと思っていたところで、彼は菊乃の顔を見るなりブスと罵倒して去ろうとした。

 罵倒する言葉で咄嗟に思い付いたのがそれだったのか、それとも本心でそう思っているのか。

 この選択で湊の行動も大きく変わるぞと周りが動向を見守っていれば、湊は冷たい瞳のまま心底興味がなさそうに菊乃と話す。

 

「何だ。俺に抱かれたくてわざわざ田舎から出てきたのか」

「…………はい」

 

 二人の会話を聞いている者たちは心の中で言い方を考えろとツッコミをいれる。

 菊乃が湊のファンだったなら抱かれたいと素直に思うかもしれないが、彼女は自分がした事の責任を取るために約束を果たすことが目的で、湊の事を異性として好いている訳ではない。

 しかし、それでも目的は湊に抱かれることなので、彼からの質問に頷いて返せば、湊はつまらなそうな表情のまま顎に手を当てて少女に質問をぶつける。

 

「で、お前は何でそんな格好をしているんだ?」

「これは勤務時間中の正装ですので」

「なら、お前は仕事でここに来たのか。なるほど、桐条家は賠償のために売春婦の斡旋を始めたんだな」

 

 今の菊乃の服装は仕事着であるヴィクトリアンメイド服。

 エプロンドレスは彼女たちにとっては正装なので、桐条家の使用人が着ているのはおかしくないのだが、一般人とっては日常とはかけ離れたものである。

 また、メイド服が正装で通じるのは仕事中や、屋敷内での話だけだ。

 今の彼女は湊への賠償のためにここを訪れている。それは彼女が犯した罪の責任を取るというものであり、正装で来るのならば仕事着のメイド服ではなくスーツを選ぶべきだった。

 アポイントはなく服装もTPOを弁えていない。よくこんな非常識な使用人を外に出せたものだと湊は桐条家を遠回しに批難しつつ淡々と告げた。

 

「俺には不要だから帰れ。ああ、代金を受け取らないと帰れないか? ほら、これだけ払えば十分だろう。それを持ってさっさと失せろ。二度とその醜悪な面を見せるな売女」

 

 言いながら湊はマフラーから帯付きの札束を一つ取り出し、それを菊乃のエプロンについたポケットに押し込む。

 初物としての価値はあっても、男を悦ばす術も知らぬ生娘が相手では愉しめる可能性は限りなくゼロに近い。

 そんな娘が一晩で稼げる額などたかが知れているので、湊が渡した金で代金は十分に足りているだろう。

 ただし、それは相手が本物の売春婦であったならの話だ。

 斎川菊乃は美鶴と同い年ではあるが、桐条家のメイドとしてのプライドを持って仕事をしている。

 桐条家のため、美鶴のために命を懸けて仕えるだけの覚悟を持っているのだ。

 湊の言葉はその誇りを踏みにじる行為その物であり、さらにここまで容姿を貶された事など生まれて初めての経験だった。

 相手の容姿は男とは思えぬほど妖しい色香を放つ美麗さであり、そんな者と比べれば大概の者は凡俗以下と評されるに違いない。

 そんな事は頭では理解できているのだが、怒りに哀しみ、悔しさや惨めさから、菊乃は顔を真っ赤にしながら涙を瞳に溜めて身体を震わす。

 ここで口を開いて罵れば相手の思う壺だと自分に言い聞かせ、自分から動いてはいけないと相手の反応を待っていれば、湊はまるでゴミを見るような目で彼女を見ながら言葉を続けた。

 

「なんだ。自分の容姿に自信でもあったのか? 俺が純潔を差し出せと言ったとき、自分が容姿で選らばれたとでも思ったのか? 勘違いもそこまでいくと哀れだな。そんなに純潔を捧げたいなら今度豚でも用意しておこう。少しはマシな容姿の子どもが出来るかもしれない」

 

 湊は過去にもソフィアやクマなど人を見下す時に豚に例える事が多かった。

 本人の持つ見た目が悪いイメージの象徴が豚なのかもしれないが、言うだけ言って湊は本当に去って行ってしまった。

 後に残された菊乃は視線だけで相手を殺せそうな目付きで湊の背中を見ており、彼の家族でもあるチドリやラビリスも菊乃に同情的な視線を送っている事から、ここまで湊が他人を見下して貶すという事は珍しい事なのかもしれない。

 幼馴染みでもある美鶴が肩を抱いて宥めているが、どれくらい効果があるのかは分からない。

 もし自分が湊にあそこまで貶されれば、一週間は寝込むだろうと女子たちが考えていると、湊の姿が完全に見えなくなるまでその場にいた七歌たちに後ろから声が掛かった。

 

「やあ。君たちもこれから帰りかい?」

「あ、綾時君。そうだけど、綾時君は何してたの?」

「学校の中を見て回ってたら、少し遅くなってしまってね。良かったら僕も一緒に帰っていいかな?」

 

 転校生である綾時はまだ学校内の地図が頭に入っていない。

 一応、何階に何があるのかという知識はあるみたいだが、月光館学園は校舎がいくつもあり、さらに教室も上から学年順という訳ではないので、実際に行ってみないと分かりづらい部分もある。

 昼休みに案内されていても足りず、放課後にも見回ってようやく大凡の配置が理解できたらしい彼は、折角出会えたのだから一緒に帰らないかと七歌たちに提案した。

 それを聞いた七歌たちは先ほど見た湊の態度もあって、寮に帰って菊乃の事も話し合うつもりだったので、途中まで一緒に帰ることを了承すると歩き出して学校を出た。

 

夜――巌戸台分寮

 

 寮での話し合いにはチドリとラビリスも参加するという事で、途中で綾時だけが別れる予定だったのだが、どういう訳だか彼は七歌たちと同じ駅で電車を降りて付いてきた。

 家はどこだと聞けば学生寮に入ることになったと答え、まさかと思っていれば、案の定、寮に入ってすぐのところに段ボール箱がいくつも積まれて置いてあった。

 美鶴が学校に確認を取ると、確かに綾時も巌戸台分寮の寮生として登録されていて、彼もこれからここで生活するという事で間違いないようだ。

 このタイミングで新しい生徒が入寮してくるとは思わなかったので、皆小さな驚きはあったようだが、二階の向かって右の一番奥の部屋が空いていた事で彼の部屋はそこになった。

 

「いやぁ、綾時が来るって分かってれば歓迎会の準備もしたんだけどなぁ」

「急にごめんね。僕も住所しか聞いてなかったから、荷物を送る手配だけしていきなりって事になっていたんだ」

 

 ソファーに並んで座る順平が綾時の前に缶ジュースを置いて、とりあえずはこれでと自分も缶ジュースを掲げてみせる。

 それを笑って受け取った綾時もプルタブを開けると、二人は缶をぶつけてからジュースを飲む。

 湊の友達と聞いていただけに、どれだけ変わり者かと思っていれば、性格は対極と言って良いほど違い。彼は誰に対しても柔らかな物腰でフレンドリーだった。

 あの日の夜。湊と共に現われた綾時に助けられた事もあって、非常に友好的な順平は彼を完全に受け入れるムードで親しげに話しかける。

 

「けど、おたくってば有里陣営じゃねーの? まぁ、あいつに仲間が必要かって疑問はあるけど」

「陣営かぁ。うーん。友達ではあるけど、別に背中を任せ合うとか馴れ合いの関係ではないからね。君たちさえ良ければ僕も一緒にタルタロスの探索に参加するけど」

 

 影時間の戦いにおいてペルソナ使いを擁する陣営は三つある。

 一つが、桐条グループがバックについた七歌たち特別課外活動部。

 続いて、ストレガと手を組んだ裏切り者幾月のチーム。

 最後に、最強のペルソナ使いである湊の陣営だ。

 人数で言えば、特別課外活動部が十人。幾月たちが八人。湊たちが綾時を入れて五人と一匹。

 そう。人数だけで言えば特別課外活動部が最も勝っているのだが、戦力の話となると一番劣っているのが特別課外活動部なのだ。

 今は湊陣営のはずのチドリとラビリスとコロマルが参加してくれているので、それでどうにかストレガたちに対抗出来る程度にはなっている。

 ただ、二人と一匹がこちらに来てしまうと、湊の陣営は戦場に出てこないソフィアがいるので、湊と綾時だけになってしまう。

 ここからさらに綾時を引き抜くのは申し訳ないと思うのだが、順平が言う通り湊には仲間などいらないだろうというのが全員の見解だ。

 助っ人として参加しているチドリたちもそれは痛感しているらしく、アイギスもいるならいっそ外部メンバーとして移籍することもありだとは思っていた。

 

「いつまでも守られてばかりもいられないとは思うけど、前回みたいな事がないとも言い切れない。私たち三人が固まって行動して守り合っていれば、八雲もその分だけ自由に動けると思うのよね」

「戦力の分散は確かに避けるべきやね。ウチらは湊君の戦いについていけへんけど、あっちも疑似ワイルド能力者以外は普通のペルソナ使いの範疇やし。綾時君が七歌ちゃんらと行動するんは賛成やわ」

 

 ペルソナを使った飛行能力を持っているのは、湊、綾時、理、玖美奈の四人だけ。

 他の者たちはペルソナに乗って移動する事は出来るが、高同調状態で自在に移動出来る訳ではない。

 ただ、それは敵側にも言えることで、もし幾月たちが襲ってきても理と玖美奈の相手を綾時がして時間を稼げれば、他のメンバーに関しては七歌たちで十分に対処可能なのだ。

 そして、最大火力に関して言えば、死を経験したチドリが新たに得た月“ヘカテー”なら理たちとも十分に渡り合える。

 自分たちだけでは真っ向から戦えないとしても、それは勝つことを諦める理由にはならない。

 出来る事を模索し、湊に頼るだけの現状をどう打破していくのか。

 チドリたちが完全に移籍し、綾時が新戦力として加わった場合の立ち回りについて話していれば、少し疲れた様子の美鶴が階段を下りてきた。

 

「あ、美鶴さん。菊乃さんどうなりました?」

「今は私の部屋でシャワーを浴びている。ただ、正直かなり参っているみたいだ」

「やっぱり同僚たちからのプレッシャーと今回の件でですか?」

 

 本来は寮生どころか月光館学園の生徒ですらない者を寮に泊めることは出来ない。

 しかし、菊乃は桐条家の使用人という事もあって、特例として認められることになった。

 何より、何もそこまで言わなくてもというレベルで湊に貶された事で、今の彼女は精神的にボロボロになっている。

 そんな少女を電車で一人帰らせる訳にもいかないので、父が倒れてまだ本調子ではない美鶴の身の回りの世話を頼むという名目で彼女に泊っていって貰うことになった。

 そうして、彼女がどうしてそこまで精神的に参っているのか七歌が理由を尋ねれば、美鶴は想像の通りだと頷いて返しながら椅子に座る。

 

「別に他の使用人が菊乃を苛めている訳ではないらしい。ただ、本人は罰として純潔を求められた事を怖ろしく思っているのに、周りから羨まれるというギャップに悩んでいたみたいだ」

「あー……それでも容姿で選ばれたとかなら救いがあったんでしょうけど、勇気を振り絞って会いに来たら売女呼ばわりですもんね。」

 

 何がそこまで気にくわなかったのか分からないが、湊があそこまで女性をボロクソに言うなど誰も見たことがなかったので、彼が貶した理由が分からないこともあって対応に困る。

 一応、七歌とチドリが彼の保護者二人にこんな事があったと伝えておいたものの、賠償に純潔を要求したこと自体が普通の感覚では意味不明なのだ。

 いくら彼の事をよく知っていたとしても、この件に関しては分かる事は少ないのではというのが正直な感想だ。

 七歌たちがそんな風に悩んでいれば、順平と話していた綾時が何の話かと興味を持って会話に混じってきた。

 

「そんなに悩んでどうしたんだい?」

「あぁ、八雲君の事でね。今日、帰るとき綾時君が来る前に菊乃さんをケチョンケチョンに言ってさぁ」

 

 綾時はペルソナや桐条家の事を知っているので、事の経緯を伝えても問題はない。

 どうして彼女が今日学校に来たのかも含めて伝え、友達視点なら彼が菊乃を貶した理由に心当たりがないか聞いてみる。

 

「って訳なんだけど、どうして八雲君が菊乃さんにあんなキツく当たったか分かる?」

「うーん。その賠償の話って全員が知ってたんだよね?」

「そうだね。それで心配だったから八雲君が来るまで菊乃さんと一緒にいたんだよ」

 

 学校に来る際に美鶴の携帯に連絡があったことで、放課後になってメンバーたちは校舎の外で待っていた菊乃の許に集まった。

 先日寮を訪れた彼女と会ったゆかりたちは、久しぶりに会って随分と疲れた顔をしていると思ったものだが、彼女は湊が来るとそのまま話しかけに行っていた。

 純潔を好きでもない男に捧げなければならないというのに、随分と肝が据わっていると思ったものだが、実際には年頃の女の子としてしっかりと悩んでいたらしい。

 それでも覚悟を決めてやってきた彼女に対し、湊の見せた対応は同性としてだけでなく、人としても非常に強い不快感を覚えるものだった。

 この場にいる男子は綾時以外芋臭いやつらとお子様だけなので、湊と同じモテ男オーラを持っている彼ならば湊の考えも分かるかも知れない。

 顎に手を当てて考え込む綾時を見て、女性陣がちょっとしたヒントでも分かればと期待を寄せていれば、考えが纏まったのか一つ頷いて彼が顔を上げた。

 

「あくまで僕の想像だけど良いかな?」

「うん。ちょっとしたヒントでも欲しいくらいだしOKだよ」

「それじゃあ、湊の行動の意味というか理由についてだけど。多分、チドリさんたちがいたからじゃないかな?」

 

 綾時が自分の予想を話せば、他の者たちは意味が分からず首を傾げる。

 確かにあの場にチドリを含めた女性陣が揃っていたが、菊乃の賠償にチドリたちは一切関係ない。

 だというのに、どこが彼にとって問題だったのかと視線で聞き返せば、綾時はすごく単純な話なんだけどと前置きしてから言葉を続ける。

 

「彼が大切に想っている女性三人もその場にいたんだよね? そんな人たちの前でそういう話をされたくなかったから、場所を考えろって怒ったんじゃないかな?」

「あー! それでか!」

「フム、確かにその点で言えば菊乃の配慮が欠けていたと言わざるを得ないな」

「いや、すっごい普通って言うか。有里君にしてはあり得ないくらい人間らしい理由だね」

 

 確かに湊が菊乃に対して吐いた暴言はあまりに酷い。

 しかし、綾時の言った事を考えると、湊があそこまで言った理由もある程度理解できる。

 折角久しぶりに学校へ行って知り合いにも顔を見せられたというのに、その帰りにくだらない話で気分を台無しにされるどころか、大切な少女たちにまで余計な事を聞かれてしまった。

 謝るつもりがあるのならば、最低限の常識として湊の生活に影響を及ぼさぬよう配慮すべきだ。

 だというのに、菊乃は大切な少女たち三人全員に話が伝わる状況で彼に会いに来てしまった。

 これで怒るなという方が無理な話で、確かに今回は菊乃が悪いかなと七歌も美鶴もゆかりも湊に少しばかり同情してしまった。

 事情が理解できれば菊乃への説明なども簡単に済む。シャワーを浴び終えた彼女に自分が伝えておくと言って美鶴が部屋に戻れば、他の者たちも湊の見せた態度の理由が分かりスッキリした顔で改めて綾時の仲間入りを歓迎したのだった。

 

 


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