【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

361 / 504
第三百六十一話 深夜の密会

深夜――桐条本邸・離れ

 

 影時間も終わり、美鶴や英恵も部屋で眠りについた頃、離れのとある一室の扉が開き少女が中へ入ってきた。

 その身に纏うは従者の正装たるエプロンドレス。

 音を立てぬよう静かに扉を閉めて、部屋のソファーに腰掛けていた男性の許まで歩いて行くと、美鶴の御側御用を務める斎川菊乃は待っていた高寺に一礼した。

 

「遅くに済まないな」

「いえ、自由に動けるタイミングというものがありますから」

「お嬢様の様子は?」

「先ほどお休みになられました」

 

 さっきは英恵が部屋を訪れた事で美鶴も外に出ていたが、今度は昨日の疲れもあってしっかりと眠りについた。

 幾月の裏切りから父が倒れ、さらに親族や大人の汚い部分を見たことで心身共に疲れ果てていたのだろう。

 美鶴はベッドに入って目を閉じれば、すぐに寝息を立て始めたので、それを確認すると菊乃はすぐに部屋を出てこうしてやってきたのだ。

 彼女から美鶴の様子を聞いた高寺は満足げに頷き、ソファーから立ち上がると菊乃の正面に立つ。

 

「例の薬はどうした?」

「三十分ほど前に飲まれました。お疲れのようでしたので、明日の午後までは起きることはないかと」

「フッ、お手の物だな」

 

 菊乃の見事な手際を高寺は純粋に褒めつつ、上着から煙草に取り出すと火を点ける。

 グループ総帥の桐条が倒れたと聞いてから、高寺も高寺で様々な対応に追われて疲労を感じていた。

 トップだった桐条を除けば高寺は最高幹部と呼べるだけの地位にいた。

 しかし、あくまでそれは実力を買われての事であり、年齢的に言えば彼よりも上の人間などいくらでもいる。

 桐条が倒れれば高寺が引き継ぐ。それは前から幹部の方では聞かされていた事だったが、実際になってみれば高寺はまだトップには若すぎるのではと言い始める者もいた。

 そんな者たちは大概が自分が臨時にトップに立ち、グループが落ち着くまでマスコミなどへの壁になろうと言っていた。

 無論、自分が壁役になるなどでまかせで、ただ桐条グループのトップに立ちたいだけなのだが、能力を伴わない者たちを言いくるめてなんとか予定通りにトップに立つも、今度は桐条家の親族の相手が待っていた。

 どいつもこいつも二言目には金、金、金。

 本当に馬鹿の相手は疲れたと一服する高寺は、明日また遺産の配分について内密に話そうとしてくる者がいるのだろうなと考えながら、思考と切り替えると今日の菊乃の立ち振る舞いを賞賛する。

 

「まったくすごいよ君は、今日一日見ていて感心した。流石、お嬢様に六年付き添った身だ。実に自然な演技だった」

「自分から言いだした事ですから」

「それでもだ。先が見えていない御親族の方々にも、君の半分でも想像力があれば良かったんだがね」

 

 高寺は幾月の裏切りと桐条が倒れたという報せを受け、すぐに今後のグループについて考えた。

 日本の就労人口の二パーセントを担っているのだ。グループと取引のある他企業も含めれば、日本で桐条の影響を一切受けていない仕事などほぼ皆無と言っていい。

 となれば、そのトップが倒れたというニュースが広まった時点で、日本全体に何かしらの影響が出るのは当然。

 ここでグループを如何に安定させるかでその影響の規模も変わってくるため、高寺は表の部下に指示を出しつつ暗部であるグループの弱所を守る事を第一に考えた。

 菊乃はそんなタイミングで得た協力者であり、彼女はグループと特別課外活動部を繋ぐ美鶴の足止めを命じられた。

 そも、御側御用である菊乃は桐条家令嬢である美鶴が自ら前線に出ることに反対していた。

 そして今回、グループトップの桐条が敵の罠に掛かって倒れた。

 幸いな事に一命は取り留めたけれど、次は他のメンバーや美鶴が同じ目に遭って命を落とすかもしれない。

 大切な人がそんな目に遭うことを考えれば、相手に恨まれようと危険から遠ざけるために策を弄するのは当然だ。

 高寺もそういった彼女の目的を聞いているからこそ、一番の協力者であると認めて今後の動きについても正直に話す。

 

「さて、夕方に連絡が入ったんだが少々予想外の事態になっている」

「交渉が上手くいかなかったのですか?」

「いや、それならむしろ予想の範囲内だ。彼らは切っ掛けは勧誘だったにせよ。基本的には自分たちの意志で戦っている。大人がやめろと言って聞くとは思えない」

 

 自分の祖父が全ての原因である美鶴や、父の死の真相を知るために戦っていたゆかりを除けば、他の者たちには明確な戦い続ける理由はない。

 天田は母を殺した真犯人を見つけているし、アイギスやラビリスは既に人間になっているので自由に生きることを認められている。

 戦い始めた理由はあったとしても、戦い続ける理由がなくても戦っているのは彼らの意志だ。

 有里湊という青年の力を見ても折れずに戦う事を選んだ。子どもと言えども自ら進む道を選んだ者たちを簡単に説得出来るとは思っていない。

 故に、菊乃の言葉の通りであったならどれだけ楽だったかと高寺は溜息を吐き、真剣な顔をすると菊乃に一つ尋ねた。

 

「桐条家の従者である君に一つ聞きたい。奥様の御側御用を務める和邇八尋とは何者なんだ?」

「和邇さんですか? 彼女……というより、奥様の従者は桐条家ではなく奥様付きで、私共とは別の命令系統に属しています。簡単に言うと私たち桐条家付きは奥様の命令を聞く必要がありますが、奥様付きの従者は御当主やお嬢様の命令を聞く必要がありません。あちらの主は奥様だけなので」

 

 どうして急に和邇の名前が出てくるのか不思議に思いつつも、菊乃はまず自分たち従者たちがどういった風に主に仕えているかを説明する。

 外の人間によく誤解されがちなのだが、専属の人間はいくら桐条武治が宗家当主でありグループ総帥だったとしても、主ではないために相手の命令を聞く必要が無い。

 勿論、善意で頼みを聞くことなどはあるが、今はこの屋敷にやって来ている英恵付きの従者たちは言ってしまえば別組織の人間。

 そのため、古くから知っている相手を除けば、昔から屋敷で働いている菊乃でも英恵の従者に関する情報はあまり持っていなかった。

 

「そういう事もあって私も奥様付きの従者については詳しい話を知りませんが、彼女を見るようになったのはここ数年です。能力は間違いなく高いのでしょうが、胆力や身のこなしからすると恐らくはSPとしての役割を持って奥様についているかと」

「そうか。実は例の部活との交渉の場に現われ、警備部の人間に何もさせずに追い返したらしい」

「何もさせずに、ですか?」

「ああ。例の部活はグループではなく桐条家の管轄になっていたんだ。ラボはグループの組織図に組み込まれているというのに、御当主が自分にもしもの事があればと保険を掛けていたらしい」

 

 言われて菊乃は屋敷に到着した際に和邇が後で出掛けると言っていた事を思い出した。

 夜には彼女も屋敷に戻っていたので、そう遠くに行った訳ではないと思っていたのだが、まさか往復数時間かかる巌戸台分寮に行っていたとはと驚く。

 

「では、和邇さんはそれを指摘されたので?」

「そうだ。遺言開封の儀を行なうときに釘を刺してきた。奥様まで情報が伝わっているかは不明だが、彼女はこちらの動きに感づいている可能性がある」

 

 高寺や菊乃の計画は桐条のためではあるが、美鶴の友人であり仲間である特別課外活動部の事は考慮していない。

 だからこそ、全てが終わるまでは美鶴にバレぬよう注意を払っていたというのに、まさか、思わぬ伏兵の存在で当主代理となり美鶴よりも力を持っている英恵に情報が漏れるとは思わなかった。

 英恵は自分も娘がいるため美鶴や湊に限らず子どもに優しい。

 特別課外活動部のメンバーの中には昔から知っている七歌などもいる。

 となれば、情報を得た時点で高寺たちの計画を潰しに動いても良さそうなものだが、いくらでも伝える時間のあるタイミングでも彼女は動かなかった。

 泳がされているのか、和邇が情報を伝えていないのか、それとも英恵もグループを守る事を第一に考えて黙認しているのか。

 

「もっとも、それで今更躊躇ったりはしないがね。もしもがあれば何十万、何百万という人間の生活に影響が出るんだ。社員たちの暮らしを守るためにもここで止める訳にはいかない」

「お嬢様に恨まれようとですね?」

「ああ。明日……いや、既に今日か。今日の夜には全てが片付く。君もそのつもりでお嬢様を見ていてくれ。これもお嬢様のためなのだから」

「分かっています。では、私はこれで」

 

 何百万という人間の生活と十人程度の子どもたちの未来。どちらを優先するかなど考えるまでもない。

 勿論、高寺とて子どもたちを殺すつもりなどない。

 ただ、影時間を終わらせる方法に目処が付くか、グループが落ち着くまで隠れていて欲しいだけだ。

 日本の警察も馬鹿ではない。公安も含めて桐条家の黒い噂を知って尻尾を掴もうとしている者たちはいくらでもいる。

 これまでは“運良く”彼らが強制捜査に踏み込もうと準備をしているタイミングで、別件で駆り出されて桐条まで捜査の手は及んでいないが、総帥が倒れた事を好機とみて動いてくる可能性もある。

 そんな状況で生きた証拠である彼らにまで捜査の手が及べば、彼らもまともな学生生活を送ることが出来なくなるだろう。

 だからこそ、高寺は桐条グループだけでなく、七歌たちの事も考えて桐条が籍を用意した学校に転校して貰おうと考えていた。

 大人の都合で無理矢理に転校させられると思うかもしれないが、大人になれば今回の命令の意味も理解出来るようになるはず。

 既に覚悟を決めている高寺と別れた菊乃が部屋を出て行くと、高寺は警備部の人間に連絡を取った。

 

 

――EP社

 

 高寺たちが今後の計画について話し合っている頃、EP社の方では地下の研究区画の一室で刀を手にしている青年の姿があった。

 長い髪を結い上げ、丁寧に淀みなく刃を研ぐ姿は中々に様になっている。

 そうして、しばらく刃を研ぐ音だけが部屋に響いていると、作業を終えたのか青年は研いでいた刀を布で拭った。

 汚れを落として刃の仕上がりを確認すると、湊はすぐに持っていた刀を組み上げてゆく。

 明かりを受けて反射する刀身はまるで雪のように白く、彼はそんな珍しい刀に純白の柄と鞘を合わせて納める。

 そして、それが終わると傍に置いてあった柄も鞘も純黒のもう一振りの刀を手に持ち、コート型に変化させていたマフラーに収納した。

 

「ダー、お仕事は終わりましたか?」

「……一応な」

 

 立ち上がった湊に後ろから近付いて来たターニャが笑顔で声を掛ける。

 昨年、留学生として月光館学園にやってきた彼女は、今年の三月にカナダに帰ったはず。

 けれど、ターニャは軍服にも見える黒いワンピース姿でニコニコと笑って立っていた。

 そんな相手に湊は頷いて返すと部屋の入口の方へ向かって歩き出す。

 湊たちがいた部屋は研究区画の中でも特殊な部屋で、ほとんど湊のプライベートスペースと呼べる場所だった。

 主な利用目的は新しい装備を開発するための作業部屋で、既に時計の針は午前三時を回っているというのに湊は刀を打っていたのだ。

 湊の愛用の武器である九尾切り丸はニュクスの身体である月から力を吸収し、波動だけでシャドウやペルソナを抑える一種の神器になってしまっている。

 そんな物を普段使いには出来ないので、もう少し取り回しがよく九尾切り丸の特殊な機能をグレードダウンした得物を湊は求め、ないなら名切り一の鍛冶師だった百鬼千香の技能を継承した自分が作ればいいとしばらく部屋に籠もって作業していた。

 

「ミナト、どうして二つも刀を用意したのデスか?」

「大勢斬るなら両手で振った方が早いだろ」

「確かにデスね。でも、黒い刀と白い刀は初めてみました」

 

 ターニャがこの部屋に入ってきたのは途中からだったが、湊が作業しているのを一時間以上見ていた。

 元々、留学してくるくらい日本の文化に興味があったので、湊が新しい武器として刀を打つと聞いて見に来たのだが、ターニャが見たのは刀身まで純黒と純白の変わった刀だった。

 彼女の持つ知識では、マンガやアニメで登場するそういった武器は、現実では扱う金属や加工の問題で実戦に耐えられないものとなっている。

 湊がそんな物を作る訳がないので、ならば、どうやって純黒と純白の刀身を作り出したのかと少女が尋ねた。

 

「ミナト、どうしてあんな色の武器になったのデスか?」

「無の武器っていう特殊な素材を溶かして使ったんだ。その影響で、刀身の色はそれぞれ俺の持つ異能に反応してあの色になった」

 

 無の武器はペルソナの力に反応して姿を変える。

 そのままでも鈍器としてなら使えるだけの頑丈さを持っていたが、今回、湊は九尾切り丸の量産型のようなものを作ろうとして、いくつかの作業工程を短縮するために特殊な金属である無の武器を溶かして使うことにした。

 元々、かなり丈夫だったこともあって、溶かして不純物を取り除く作業にかなり時間を要したが、一度溶ければその後はすんなりと作業することが出来た。

 もっとも、作っている途中で无窮とセイヴァーの力に反応し、そのまま刀身の色が変わるとは流石の湊も思っていなかった。

 おかげで二振りの刀は既に対シャドウ兵器として使えるようになっているのだが、蠍の心臓に偶然いた事で再び日本に遊びに来られたターニャは、ペルソナやシャドウの話をまだ理解し切れていないのか純粋に武器の見た目について感想を述べる。

 

「ダー、黒い刀も白い刀も綺麗でした。武器に名前はつけましたカ?」

「名前なんてそのままで良いだろ。黒刀と白刃で十分だ」

「カラブローネとファルファッラもありますし。ミナトは対の武器が似合いマスね」

 

 无窮の力を宿した黒い刀は“黒刀”、セイヴァーの力を宿した白い刀は“白刃”。

 湊のセンスで付けられた名前はあまりにシンプルなのだが、実際に用意された武器は名切りの技術の粋を集めたロストテクノロジーの塊。

 作られたばかりではあるものの、表に出せば国立の博物館が研究目的に買い取ろうとしてくるほどの逸品だ。

 その試し切りが異形の化け物であるシャドウなどでなく、同じ人間である桐条グループの者たちになる可能性があるのだから恐ろしい。

 日本へ来る際にどういった用件で日本へ向かうのか聞いていたターニャは、このまま何事もなく終わればいいと思いつつも、今歩いている廊下の先にいる自分の伯母とその仲間が持ってきていた装備を見て、絶対に戦いは避けられないとも感じていた。

 

「ミナトがミツルと話さない理由も分かりました。でも、ミツルの家と戦うのは大変デスね」

「まぁ、あっちも準備はしているんだろうが、あくまで対人戦闘用だろ」

「対人戦闘用で対処出来ない人間の方が珍しいんデスよ?」

 

 桐条グループが装備を用意するとなれば、警察のテロ対策チームと同等かそれ以上の装備と思われる。

 ペルソナやペルソナ使いの危険性を性格に把握していれば、そういった装備で固めるのも納得出来るが、その武器が自分の友人たちに向けられるとなるとターニャも複雑だった。

 

「ミナト、皆の前で相手を殺さない事は出来ますか?」

「……まぁ、別の場所に運んでから仕留めるって方法もあるが」

「なら、出来ればそうしてください。皆には刺激が強いデスから」

 

 桐条グループと戦闘になる可能性を考慮して武器を新調するぐらいだ。湊が敵対してきたグループの人間を始末しないはずがない。

 なら、そこを止められないなら、せめて自分によくしてくれた友人たちの心的な負担を減らすようにターニャは湊にお願いをした。

 敵を殺すなら皆の見ていない場所でするようにしてやってくれと。

 それくらいならば問題ないと考えた湊も頷いて返し、ほんの少しだけ気が軽くなったターニャは廊下を進み続けると、蠍の心臓用に割り振られた区画に戻ってきたことで湊と別れる。

 もし、桐条グループが仕掛けてくるとすれば、今夜にでも特別課外活動部のいる寮に襲撃をかけてくるに違いない。

 その時にはターニャたちも湊の指示で動く必要があるため、今夜はもう休もうと用意された部屋に入っていく。

 そんな少女が部屋に帰っていくのを見送った湊も、そのまま上へ続くエレベーターに乗って研究区画を後にした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。