【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十二章 -Reason-
第三百五十二話 報せ、あの日の事


11月5日(木)

深夜――桐条別宅

 

 影時間が明けた深夜。

 都会から離れた高級別荘地にある桐条別宅で、英恵が部屋の明かりも点けずに月を見ていた。

 湊が死んでから、彼女は心をどこかに置いてきたかのように、外の景色を眺めて過す事が増えた。

 美鶴から電話を貰ったり、桐条武治が訪ねてくることあったが、応対している時以外は湊の記事が載った雑誌を見たり景色を眺めているだけで、今の彼女からは生きる気力を感じる事が出来ない。

 ただでさえ英恵は身体が丈夫ではないのだ。使用人たちも常に気を遣って様子を見ているが、突然の別れに加えて遺体を盗まれ葬儀をあげることも出来ていない。

 こんな状態で心の整理を付けろという方が難しいだろう。

 そうして、まだ欠け始めたばかりの満月に近い月をジッと見つめていれば、部屋の扉をノックする音が響いた。

 

「……はい。何かしら?」

《夜分遅くに申し訳ありません。和邇でございます》

「和邇さん?」

 

 扉越しに聞こえて来た声と名前に英恵は首を傾げた。

 相手は英恵の御側御用を務めていた女性だが、湊が死んで英恵が今のような暮らしになってからは、しばらく暇を貰いたいと別宅を離れていたのだ。

 そんなここにいるはずのない相手が、どうしてこんな時間にやってくるのか。

 不思議に思いながらも「どうぞ」と答えれば、相手も「失礼します」と言ってから部屋に入ってくる。

 やって来た相手の服装は黒のレディーススーツで、ここを離れている間も私服でだらけてなどいなかった事が容易に想像出来る。

 どこで何をしていたのか。気にならないと言えば嘘になるが、こんな時間にわざわざ主の部屋を訪ねてきたのだ。

 余程の話があるに違いないと、英恵は部屋の中央にあるテーブルに誘って彼女に用件を尋ねる。

 

「それで、戻ってきた理由は何かしら?」

「お伝えしたいことが二つほどあります。良い報せと悪い報せ、どちらからお聞きになりますか?」

 

 御側御用は側近として主に付き従うが、主の命令を忠実にこなすだけの僕という訳ではない。

 場合によっては主の行動を諫めることもあれば、プライベートでは親しい友人のように冗談を言い合うこともある。

 彼女も公私をしっかりと分けるタイプではあるのだが、今の英恵は心が欠けているような状態だ。

 時系列でも、相手の好みでも何でも良いので、好きな順で話せば良いのにと思いつつ、そのままの順番で良いと返す。

 それを聞いた和邇は小さく頷いてから、自分がここに来る前に得た情報を主へと伝える。

 

「では、良い報せについてですが、先ほどの影時間に坊ちゃまがお嬢様たちの前に現われました」

「っ……どういう事かしら?」

「そのままの意味でございます。蘇生を果たし、無事に帰還致しました」

 

 相手の言葉の意味が一瞬理解出来ず、英恵はそんなはずないと思いながら聞き返した。

 彼から以前聞いたのだ。蘇生は頭部が無事でなければ起こらないと。

 盗まれた遺体は首を切断されていた形跡があり、その時点で湊が蘇生されることは絶対にない。

 だからこそ、どうしてそんな心を揺らす嘘を吐くのかと思ったのだが、和邇は冗談でも何でもなく、全て事実だとリモコンで部屋の明かりを点けてから数枚の写真を取りだした。

 そこには街の遙か上空で天使と共に力を行使している青年が写っている。

 わざわざ影時間の港区で活動していたのかとも思うが、そこには確かに見たことのないペルソナと共に青年の姿があった。

 手元にある数枚の写真。これが先ほどの影時間に撮った物であるという証拠はない。

 そもそも、影時間に使えるカメラを何故彼女が持っているのかという疑問もある。

 だが、そうして英恵が震える手で写真を見つめていれば、正面に立っていた和邇が口を開いた。

 

「信じ切ることが出来ないお気持ちは分かりますが、私がここにいるのが何よりの答えになるかと」

「……確かにそうね。そう、ちゃんと、また戻ってきて、くれたのね……」

 

 和邇は英恵の御側御用を務めているが、桐条側の人間ではなく湊側から派遣された人間だ。

 当然、ここに来る前にしっかりと真の主と会ってきたのだろう。

 ならば信じられる。言葉を詰まらせながらも、英恵は写真を抱きしめるように涙を流す。

 良かった。本当に良かったと。

 戦いだけを押しつけて、彼の幸せのために何もしてやることが出来ぬままに訪れた別れ。

 彼を失った哀しみに加え、その事をずっと後悔していただけに、また会って話せる事が何よりも嬉しかった。

 そうして、英恵がしばらくの間嬉し涙を流していると、和邇はその間に用意していたのか泣き止んだ英恵にピンクのハーブティーの入ったカップを渡してきた。

 

「ペールローズのハーブティーでございます。ここへ来る前に坊ちゃまから頂きました。恐らく必要になるからと」

「もう。そんな気を遣うくらいなら、電話の一つでもしてくれれば良かったのに」

 

 英恵のことを考えて和邇にハーブティーを持たせてくれた事はありがたい。

 しかし、そんな気の回し方をするくらいなら、戻ってきた時点で電話での生存報告の一つでもしてくれればと英恵が思うのも無理はない。

 主にお茶を出した本人も気持ちとしては理解出来ると小さく笑っているが、すぐに表情を引き締めて彼が電話しなかった理由について触れた。

 

「電話は色々と記録が残ってしまいますから。これはもう一つの話に掛かってくるのですが、坊ちゃまはもうしばらく表舞台から消えておくつもりのようです」

「そうなの? それで、悪い報せというのは?」

「はい。御当主が敵として現われた幾月に撃たれ倒れられました」

 

 相手の言葉に英恵は驚愕から目を大きく見開く。

 それぞれ事情は異なるようだが、湊に続いて幾月までもが生きていて姿を現わしたとなれば、驚くなと言う方が無理がある。

 しかも、夫の右腕として活躍していたはずの相手が、まさか敵として現われて夫を撃つとは誰も思うまい。

 親友の息子が戻ってきてくれたというのに、どうして神はそれを素直に喜ばせてくれないのか。

 心の中で英恵は恨み言を言いながら、詳しい話を和邇から聞く。

 

「幾月は事前にカルテやレントゲンをすり替え、自身の死を偽装したようです。ストレガたちと共に現われたやつはお嬢様たちを狙い。特別課外活動部の皆さんもあと一歩のところまで追い込まれました」

「では、そのタイミングで八雲君が現われて敵を撃退したのね?」

「はい。狙っていた訳ではなく、本当にタイミング的にギリギリだったそうですが、到着前に撃たれていた御当主は出血が酷く。坊ちゃまとEP社の人間で何とか命を繋ぐことには成功しましたが意識が戻っておりません」

 

 危険な状態にはなったようだが生きてはいる。

 まさに不幸中の幸いとしか言えないが、それを為したのが蘇ったばかりの湊と聞いて、英恵は胸の中に温かい物が広がるのを感じた。

 

「……そう。でも、あの子があの人を助けてくれるなんてね」

「あちらの世界でご両親に会ったそうです。自分はこの世界にいて良いのだと、そう思えるようになったと話しておりました」

 

 死後の世界。そんな物が本当に存在するのかという議論は世界中でなされている。

 魂とは何か、生き物の意識や記憶はどこに宿るのか、宗教で語られるように善悪で辿り着く場所は違うのか。

 英恵も心からそんな物があるとは信じていなかった。

 ただ、死んだ親友とその家族が安らかに眠ってくれればと願いはした。

 どうやらその願いは叶ったようで、死んだ湊も一度はそこに辿り着いたらしい。

 その世界では争いから離れ、もう二度と戦う必要などなく。静かに休むことが出来ていたのだろう。

 けれど、湊は戻ってきて戦う事を選んだ。

 恐らくこれまでのような義務感や贖罪のためではなく、ただ自分がそうしたいと思って。

 英恵もずっと彼が自分自身の事を赦してやれるように、認めてやる事が出来るようにと、色々と手を尽くしてきたものだが、本当の親の存在はやはり大きかったと思わずにはいられない。

 いとも容易く彼の心を縛っていた鎖を断ち切り、子どもが危険な世界に飛び込もうとしているのを信じて送り出した親友に心の中で感謝する。

 そうして、数秒間だけ瞳を閉じていた英恵が再び目を開けると、強い意志の宿った瞳でまっすぐ和邇を見つめて立ち上がった。

 

「分かりました。明日の朝一で本宅に向かいます。準備をお願いしてもいいかしら?」

「かしこまりました」

 

 トップが意識不明で回復がいつになるかも分からないとなれば、桐条グループという巨大な組織を動かし続けるために手を打つ必要が出てくる。

 場合によっては用意してある遺書を開けて、桐条武治をいないものとして今後の舵取りをするかもしれない。

 湊が表舞台から消えておくと言うことは、恐らくは幾月たち敵側に動きがバレないようにするためではなく、湊の復活を桐条グループに出来るだけ悟らせないためだろう。

 であるならば、英恵も総帥夫人と母親のどちらでも動けるようにしておく必要がある。

 組織内での地位と実力を考えれば、臨時のトップに就くのは桐条の側近だった高寺一郎になるはず。

 自分がいなくなった後の事を夫はどう考えるか。日本の就労人口の二パーセントを担う企業を動かし続けるために高寺はどう動くか。

 子どもたちを守る事にも繋がるため、英恵は本宅に向かう支度を始めている和邇にも相談しつつ、桐条グループという組織の持つ弱所について考え続けた。

 

 

影時間――辰巳記念病院

 

 時間は湊が死んだ翌日の影時間にまで遡る。

 桐条グループ傘下の辰巳記念病院、その霊安室で一人の青年が眠っている傍の空間が突然歪んでいた。

 部屋の中には病院関係者もおらず、防犯カメラも設置されていないため誰も異常に気付くこともない。

 そうして、突然発生した空間の歪みの中から群青色の衣装を纏った女性が出てくれば、相手は青年のいる寝台の傍に降り立ち、布のかけられた顔を見て僅かに眉根を寄せた。

 

「……貴方にはまだ契約が残っています。それを果たすまで死なれては困ります」

 

 言いながら女性が脇に抱えていた分厚い本を開き、そのページに指を走らせると本から光が溢れ出す。

 眩い光が部屋中を照らし、その光りの中から大きな黒い棺桶が出てくると本から溢れていた光は徐々に治まっていった。

 光が完全に消えると女性は棺桶の蓋を開けて、その中に眠っている青年ソックリな男を棺桶から出した。

 続けて女性は寝台で眠っている湊の遺体を抱き上げて棺桶の中にしまい。逆に先ほど棺桶から出した男を寝台に寝かせて顔に布をかけた。

 これで準備は完了だとばかりに女性は棺桶を本の中に戻し、それから空間を歪めて自身もその場を離れようとする。

 だが、空間の歪みに入る直前、部屋の隅に置かれていた黒いマフラーや靴が目に入った。

 どうやら遺品を持って帰るのを忘れたようで、それなら一緒に持っていこうと女性はマフラーと靴を手に取ってから空間の歪みへ姿を消す。

 そうして、誰もいなくなった部屋へ次の客がやってきたのは、女性が部屋を立ち去ってから五分後の事だった。

 

――月

 

 霊安室から立ち去った女性が次に向かったのは、水も空気もなく、生命の存在しない星だった。

 地球から月へと一瞬のうちに移動したように見えるが、実際には移動距離に応じて時間が掛かっており。影時間内で数時間経っているので現実世界では数日経っていたりする。

 無論、それでも十分に早く着いているすごい魔法なのだが、そもそも生身でどうやって宇宙空間で平然としていられるのか。

 もし、影時間が明けて国際宇宙ステーションの人間が月を見れば驚くに違いない。

 限りなく地球人に近い見た目で、宇宙空間に適応した宇宙人が存在すると言うニュースにもなりそうだ。

 もっとも、彼女がここにやって来たのは用があったからであり、それが済めばすぐにでも自分が元いた場所に帰るつもりでいる。

 無重力の宙に浮かびながら本を取り出した彼女は自分の周囲を結界で覆うと、本から棺桶を出してその中に持ってきたマフラーと靴を放り込む。

 ただ、少し思うことがあったのか、マフラーの中に手を入れるとそこから一振りの大剣を取りだした。

 大剣の名はフェアティルゲン。九尾を斬ったことで付いた異名は九尾切り丸。

 名切りの鍛冶師が生涯最高の一振りをと、レアメタルを惜しげもなく使って打った当時にすればオーパーツに分類される逸品。

 科学の進歩した現代においても、同じ物を作る事など出来ないほど奇跡的な配合で作られており、純粋な金属としての価値だけでも数億に上る。

 そんな貴重な品をどうするのかと思えば、大剣を手にした女性は結界から抜け出して青く発光する月面にそれを突き立てた。

 かなりの勢いを籠めたのか、二メートル近い剣の半分ほどが刺さって地面の下に埋まっている。

 月面に刺さっている剣を見て満足げな顔をした女性は、その場から跳んで結界内へと戻る。

 すると、彼女が結界の中へと戻ったタイミングで、月に刺さっている大剣に変化が起きていた。

 先ほどまでは武器特有の不思議な魔力の籠もった銀色の刀身をしていたというのに、青く発光する月面に刺さったそれは、刀身に紋様が浮かんで月と同じ光を纏い始めていた。

 刺した本人も予想外の事態なのか、きょとんと目を丸くして剣を見つめると、そういう事かと納得したように笑みを浮かべる。

 

「なるほど、九尾を屠りその妖力を奪ったように、ニュクスの身体からも力を奪っているのですね」

 

 九尾を殺した九尾切り丸には九尾の力が一部宿っていた。

 元々、そういう力を持っていたのか、それとも自分を殺した名切りへの恨みで九尾が取り憑いていたから力を得たのか。

 どちらが正解かは本人たちに聞くまで分からないが、九尾が取り憑いていた事で九尾切り丸には魂魄喰いの特性が付与されている。

 あくまで機能を持っているだけで、そこに大剣自身の自我などは芽生えていないが、ニュクスの力、黄昏の羽根の大本に触れたことで特性が増幅され自動で力を吸い取っているらしい。

 吸い取れる力の上限など謎な部分はまだまだあるが、力を吸うにつれて刀身が黄昏の羽根と同じ光を纏っている。

 もしも、剣が上限一杯まで力を吸えば、黄昏の羽根の結晶と呼べるだけの力を得ているかもしれない。

 そんな少し先の事を考えて楽しい気持ちになった女性は、視線を棺桶に向けると持っていた本に指を走らせて新たな魔法を行使する。

 ここまでやって来た魔法の応用。空間に歪みを生じさせ、とても小さな入口を作り出す。

 入口を潜った先はどうなっているのか分からない。

 棺桶の中にいる彼の肉体と、あちら側にいる彼の魂が引き合えば上手く行く。

 しかし、そうならなければ、ただ湊の遺体を世界の狭間に放り捨てる事になってしまう。

 失敗を考えると恐ろしくなる。もしかすると、今ここにある肉体に勝手に戻ってくることだってあり得るのだ。

 もし、放り捨てた後にそんな事にでもなれば、大切な客人である彼の事を自らの手で殺めてしまう事になりかねない。

 これまでこんな不安を覚えたことのなかった女性は、結界のすぐ傍に出来ている小さな入口を見つめながらしばらく考え込んだ。

 

「……これが自らの行動に責任を負うという事なのですね」

 

 目に見えない。そもそも、実体など存在しない。そんなものに重さなどないはず。

 けれど、自分の意思で選択しようとする彼女は、言いようのない重圧を全身に感じていた。

 彼の事を大切に想っていた少女たちは、彼の肉体がすり替えられていること自体知らないのだから、女性がそれを伝えない限りはバレることもないだろう。

 ただ、何かあった時。もしも、自分が失敗してしまったと分かったならば、その時は正直に話してどんな罰でも受けようと決意した。

 自分の意思で賭ける事を選んだ彼女は、結界内で浮かぶ棺桶を掴んで運ぶと、それをそのまま小さな入口へゆっくり押し入れてゆく。

 どうか巡り会えますように、再び生きて彼と会えますように。

 そう願いながら彼の肉体を集合無意識の世界へ送り出せば、エリザベスは月に刺さった九尾切り丸を一瞥してからベルベットルームに帰っていった。

 

 


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