【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百三十八話 戦う理由について

――都内・某所

 

 十年前の事故で飛び散った十二体のシャドウ。

 アルカナシャドウと呼称されるそれらも、残すところあと一体となった。

 最後の一体である刑死者のアルカナシャドウを倒せば、岳羽詠一朗の妨害によって飛び散った力も全てデスへと集まり、宣告者たるシャドウの王“デス”が降臨する。

 幾月が数々の文献を調べたところによれば、デスの降臨には七人の生贄を捧げる必要があった。

 今いる桐条側のペルソナ使いは、アイギスたちを除いても高等部の二年組と三年組を合わせるだけで七人に届く。

 儀式の際に必要な人数を確保すれば、残りはただ排除するだけでいい。

 そう考えると今更ムキになって数を減らしに行く必要性が感じられず、幾月側のペルソナ使いらは集めたデータから敵戦力について話をしていた。

 湊亡き今、特記戦力として見るべきはワイルドの力を持つ七歌だろう。

 しかし、その力はあくまで幾月側のペルソナ使いらに並ぶ程度。

 状況によって上手く立ち回れば一人でも数人を相手に出来るかも知れないが、同じワイルドでも湊ほどの脅威ではなく、玖美奈か理が相手をすれば十分勝てる。

 

「まぁ、彼女は確かに強い。だけど、強いだけだ。別に脅威とみるレベルには至っていない」

「僕か姉さんなら倒せる。他の人間でも二人なら押されるかもしれないけど、三人いれば余裕で勝てるだろうね」

「七歌ちゃんは他のメンバーより実戦慣れしてるけど、優秀なせいで指揮官もしているものね。ワイルドの能力を他の人間じゃ活かせないからでしょうけど、ジョーカーがあったところで他の手札が弱くてはポーカーも勝てないわ」

 

 いくら七歌が強くなろうと、他のメンバーがそれについて行けないなら足枷でしかない。

 最強のカードである七歌を活かすのであれば、七歌には自由にやらせて、他の者たちは七歌を全力でサポートするように動けばいい。

 七歌の次点で指揮官の適性を持つ美鶴が本来ならばそういった形を提案するべきなのだろうが、美鶴は優れた能力を持つ者が上に立つべきという思考なので、自分が七歌に代わって指揮官になろうという発想がなかった。

 チームで動くのはいいが、それで個を殺していては意味がない。

 同じようにチームで動きつつも、どちらかと言えば個人で好きにしているストレガとは対称的な組織。

 故に、ストレガのリーダーを務めているタカヤも敵に対しての意見を口にする。

 

「一応、あちらもペルソナが変化する形で力は付けているようですがね。メノウ、ここ最近の敵側のデータは?」

 

 ソファーに座り、テーブル越しに幾月らと話していたタカヤは、自分の斜め後方で椅子に座っていた茶髪の少女に声をかける。

 ストレガの情報の使い手として探知とアナライズを担当している彼女は、アナライズしか使えないジンよりも敵側の情報を掴んでいる。

 勿論、それらは日常の生活から離れられない者たちが相手だからこそ、変装なりで近付いて探れる事が大きいのだが、手段などどうでもいいと考えている者たちには端的に情報を伝えるだけでいい。

 それが分かっているメノウは膝の上に置いていたノートパソコンから情報をまとめたデータを開いて読み上げる。

 

「えっと、真田、天田、荒垣、山岸の四人は多分ペルソナが進化してるね。明らかに適性の数値が上昇してるみたいだし。山岸って子に関しては、隠蔽の道具をつけた状態で観察してたのにバレそうになったから」

 

 新しいペルソナを見せたのは真田と天田だけだが、他に荒垣と風花も適性値が倍以上に伸びているのでペルソナが進化している可能性が高かった。

 ただ、元々戦闘力を持たず強力な情報の使い手としてチームにいた風花は、ペルソナが進化した事で以前よりも感知能力が強くなっており、下手にペルソナの力で情報を探れば逆に居場所を知られてしまう恐れがある。

 直接的な戦闘力を持つ者が大きく力を増すのも厄介だが、全体を把握して連携を繋ぐ役割を持つ者は指揮官に準ずる立場であるため、そんな彼女の力が増したというのは相手のチーム全体の能力が底上げされる事と同義であった。

 

「……へぇ、適性で苦労していた荒垣君もか。因縁のある天田君と話して何か掴んだのかな? フフ、生徒の成長は喜ばしいことだ」

 

 話を聞きながら幾月は眼鏡を外し、そのレンズを布で拭きながら薄く笑う。

 顧問として彼らの活動をサポートしていた身として、事故の加害者と被害者が揃っている事は気にしていたのだ。

 天田が復讐しようというのなら止める必要があり、逆に荒垣が自殺を考えるのなら当時は止めるつもりでいた。

 今はただデスへの生贄がより力があった方が良いと考えて笑ったのだが、心の中と口から出た言葉が全く一致していない事で、それを見抜いた他の者たちは幾月に呆れた視線を送る。

 そんな視線を受けても幾月は気にした様子もなく笑っており、構うだけ無駄だと判断したメノウが先ほどの話を続けた。

 

「で、残りのメンバーは変化がなさそうだね。ただ、寮にいないメンバーは調べが足りていないから分からないや」

「蘇生されたっちゅうチドリはどうなっとるんや?」

「チドリはタルタロスに通ってるみたいだから調べてみたけど、何か阻害効果を持つ物を装備しているのか読めなかった。流石に探知能力は向こうの方が上だろうし。ボクの力じゃあんまり冒険は出来ないよ」

 

 幾月側のメンバーたちはチドリがタルタロスに通っている事は知っている。

 順平が彼女を心配してシャドウ狩りに付き合っていたり、他のメンバーが一緒にやって来てチドリをフォローしているようだが、チドリは学校を休んで連日タルタロスに通い詰めていた。

 そうなれば自分たちの敵の動きを警戒している幾月たちも流石に動きを掴むが、今のチドリは探知能力を使っていない戦闘中であっても能力が見えなかった。

 能力で阻害している様子はなく、以前に比べて周囲への警戒が疎かになっている節すらあるのだが、探ろうとすると何かの力に阻まれてしまうのだ。

 その存在が現われた場面に出くわした特別課外活動部の者たちならば、今のチドリを能力の眼からも守っているのが誰なのか分かるだろう。

 仮にチドリにバレる危険を冒してでもメノウが探っていれば、タナトスは触れた能力の眼を食い散らして監視者にフィードバックダメージを与えていた。

 裏で生きてきたメノウらにとって、危ない橋は出来るだけ渡らないという考えが染みついているのは当然であり、今回は本人らの知らぬ所でそれがプラスに働いていたのは幸運と言える。

 もっとも、完全に死んだ状態から蘇生されたチドリの適性値がどれだけ上昇したのか。

 それを知りたがっていた幾月をはじめとしたメンバーにすれば、恐らく敵側で最も高い適性値に至っているであろう敵の情報が手に入らないのは痛い。

 ワイルドの能力を持つ七歌より力の幅は狭いと思われるが、その分、火炎特化ならば敵味方含めた火炎使いの中で最強の攻撃力を得ているかもしれないのだ。

 現時点で特別課外活動部と別行動を取っている以上、デス降臨の儀式にチドリが絡んでくる可能性は低い。

 だが、自分が殺された事が切っ掛けで湊が代わりに犠牲となった事を考えれば、彼女の中でストレガらに向けた憎しみの刃が研がれているかもしれない。

 チドリが危険ではないと判断出来るまでは気を抜けない。その認識を全員で共有した幾月たちは、次のアルカナシャドウ戦とデスの封印が解かれた後について話し合いを続けるのだった。

 

 

10月24日(土)

放課後――月光館学園

 

 授業が終わり、校内のちょっとした見回りを終えた美鶴は、生徒会の仕事をするべく生徒会室へ向かった。

 事故、という事で処理された青年の死から二週間ほどが経ち、生徒たちも落ち着いてきたのか休んでいた生徒の数も減っている。

 彼の死について伝えた直後は、女子生徒の五分の一が学校を休んでいたので、付き合いの深さに差はあれど彼が周りから愛されていた事が窺えた。

 だが、そんな青年を戦いに巻き込んだという事実は今も美鶴の心に深く刺さっている。

 適性があったのは偶然で、八雲がポートアイランドインパクトの日に港区にいたことも偶然。

 そして、はぐれたシャドウを追ったアイギスと共に倒してくれたというのも、多くの偶然が重なった上での結果に過ぎない。

 

(しかし、もしもそれが偶然ではなかったとすれば……)

 

 実験で集められたシャドウは時を操る神器の材料として使われる予定だった。

 美鶴の祖父、桐条鴻悦がどういった経緯で時を操ろうと思ったのかは分からない。

 鴻悦が使っていた書斎から見つかったという手記には、どこか未来に不安と絶望を抱いている節があったという。

 歳を取るにつれ身体の自由が聞かなくなり、未来への希望を抱くことが出来なくなっていたのではないか。

 シャドウなど真っ当な精神状態であれば関わろうとは思わない。

 それを使った研究をするにしても、未知の存在に対する恐怖や不安が先行し、それらの力で時を操る神器を作れるとは思わないだろう。

 だとすれば、岳羽詠一朗のせいで起きたというポートアイランドインパクトも、実験の内容を誰よりも知っていた鴻悦が予定した通りの結果に終わっている可能性がある。

 そう、岳羽が成果を焦った事で起きた実験の失敗などではなく、大勢の人間を巻き込むことを目的に起こされた壮大な鴻悦の自死であった可能性が。

 

(お祖父様がわざとあの事故を起こしたとして、それに巻き込まれて尚シャドウを討った少年……。有里のペルソナは言っていた。彼が他者を救うのはそういった存在だからと)

 

 もしも、茨木童子たちの話が事実であれば、八雲があの場所にいてシャドウと戦ったのは偶然ではない。

 大事故に巻き込まれ、救いを求めた大勢の想いと声が集まり、それらが近くにいた少年へと集まったのではないか。

 アルカナシャドウが顕現するために大勢の心を食べるように、大勢の心が八雲に集まってシャドウと戦う事が出来たのだとすれば、ある意味でそれは呪いのようなものだと思えた。

 自分の意思ではなく、他人の想いや願いによって存在の根幹すらも捻曲げられ、結果彼は戦い続ける道を歩まされることになるはずだった。

 そう、エルゴ研にいた一人の研究員によって、彼が歩むべき道は別の人間に押しつけられる事になったのだ。その少年と同じ遺伝子を持つクローンの少年に。

 

(八雲も、有里もどちらも被害者だ。私は彼に、彼らに償いたかった。しかし、誰よりも戦い続けてくれた彼は死んでしまった。いや、私は何も出来ず、見殺しにする事しか出来なかった)

 

 一人の人間を生き返らせる代償に一人の人間が命を落とした。

 代償として考えるのなら等価である分納得も出来る。

 しかし、本当に人の命は等価なのだろうかと美鶴は考える。

 湊にとって事故以前の過去の思い出は全て他人のものであり、記憶のようでありながら記録に過ぎない。

 記憶、思い出とは自分の生きてきた証だ。

 ならば、そう思えるものが全て偽物だと知った時、彼はどれだけ不安に思ったことだろうかと想像するだけで胸を締め付けられる。

 過去を持たぬ以上、湊にとってこの世に存在する全ての人間が他人だ。

 そんな者たちのために彼が戦う必要などない。

 どれだけ努力しようと、どれだけ身を粉にして戦い続けても、その行いは誰にも評価される事はなく、彼にとって得られるものなど何もなかっただろう。

 

(それでも、彼は吉野のために、アイギスたちのために戦い続けたのか)

 

 チドリとの出会いについては美鶴も聞いている。

 成長促進剤で無理矢理にオリジナルと同じ年齢まで成長させられた結果、目覚めた湊は自力では立てないほどの筋力しかなく、しばらく続けたリハビリの成果も少し歩けるようになった程度だった。

 そんな状態でタルタロスの探索に駆り出されれば、当然、湊は途中で体力の限界を迎えてしまう。

 何も出来ない少年の体力切れと敵の到来のタイミングも重なり、チドリは頑張ってシャドウを倒し、湊が無事に帰れるようにと武器を持った。

 ただ、いくら力に目覚めているからといって、普通の子どもが複数のシャドウを相手に戦える訳がない。

 案の定、チドリはシャドウの攻撃をくらい。怪我をして意識を失ったという。

 湊がチドリのために自分の命を使おうと誓ったのはその時だろう。自分を助けたから、自分が足を引っ張ったから、少女の命が奪われようとしてしまっていると己の弱さを憎んだに違いない。

 その想いを燃やし続け、湊は力を貪欲に求めながら少女たちを守り、無関係な者たちが巻き込まれる事のないようシャドウを狩り続けた。

 

(贖罪のため……そう言いながら、私は自分の都合を優先させてきた。日常を犠牲にしてでも桐条の罪を償おうという決意が足りなかった)

 

 いくら世間ずれしている美鶴でも、湊が何かしらの理由があって自分を相手しないんだと気付いていた。

 桐条の人間だから、そう考えた事もあったが恐らくは違う。

 もっと、もっと致命的な何かを間違えてしまったから、もしくは現在進行形で間違ってしまっているから湊は口を聞かないようにしていたと思われる。

 今ではその理由を聞くことが出来なくなってしまったが、湊と出会ってから五年、それだけの時間が経ってもしっかりできていないんだなと美鶴は小さく自嘲しながら生徒会室の扉を開けた。

 

「あ、先輩。すみません。勝手にお邪魔してます」

 

 扉を開けて中にはいると、何故だか生徒会役員ではないゆかりが席に座って一生懸命にノートを書いていた。

 みれば学校から配布している全部活共通の活動日誌のようで、ここで書いているという事は提出期限が迫っているのかもしれない。

 本来は最上級生の仕事になるのだが、夏の大会が終わると運動部は二年生への引き継ぎを始める。

 二年生であるゆかりが書いているのもそういった理由からだろうと察し、時計を見て会議まで時間があると確認した美鶴はもうしばらくは大丈夫だと部屋の利用を許可する。

 

「部活の日誌か? 二年生の君が書いているという事は、弓道部も引き継ぎが始まっているようだな」

「ええ、まぁ、二年生で当番制って感じで書くようになってます。まだまだ時間があると思ってましたけど、三年の先輩たちも次に向けて準備をしなきゃいけないみたいですし。私たちも来年で終わりだって事を自覚していかないといけないみたいですね」

 

 時は常に進み続ける。望もうと望むまいと時の流れは止まってはくれない。

 まだまだ時間があると思っていても、時間などあっという間に過ぎてしまう。

 日誌に視線を落としながら話すゆかりの横顔はどこか寂しげで、それを見た美鶴はどうにか前に進もうとしているゆかりの痛々しさに何も言えなくなる。

 彼の死という現実に実感が湧いてきた時、美鶴も他の女子ほどではないが涙を流した。

 だが、その後でアイギスから聞いた彼の出生の秘密と、彼の生きた意味について考えさせられた時の衝撃の方が強く、美鶴の涙は悲しさよりも申し訳なさが理由だったように思える。

 その点、ゆかりたちは純粋に彼の死を悼み、彼との別れを悲しく思って泣いていた。

 少女たちは彼の事を友人としてだけでなく、一人の異性としても慕っていたため、最愛の人を亡くした事で空いた心の穴はまだ埋まってはいまい。

 それでも今の自分に出来る事を考えて前に進もうとするのも、ある意味で心の強さなのだろうかと美鶴が考えていた時、日誌に視線を落としペンを動かしながらゆかりが話しかけてきた。

 

「先輩、あの、少し質問してもいいですか?」

「ん? なんだ。書き方が分からないのか?」

「あ、いえ、こっちは大丈夫です。聞きたいのはこっちの事じゃなくて、その……先輩は何のために戦ってるんですか?」

 

 意外な質問をぶつけられた事で美鶴は少しだけ驚き目を大きく開く。

 けれど、すぐにいつもの冷静な状態に戻り、腕を組んだまま黒板の前に立って質問の意図を理解しようと頭を働かせる。

 最初に思い浮かんだのは純粋に疑問に思ったからという理由。

 これまで何回か戦う理由について話してきた気もするが、しっかりと腰を据えて話していたかどうかはあまり覚えていない。

 残るアルカナシャドウは一体。あと一体倒せば終わりだからこそ、改めて聞いておきたかったという事は十分に考えられる。

 ただ、質問してきたゆかりの雰囲気は、美鶴の戦う理由を知りたがっているようには見えない。

 相手を見て美鶴の頭を過ぎったのは、今のゆかりは自分が戦う理由を見つめなそうとしているのではないかというものだ。

 ゆかりを特別課外活動部へ誘った時、ゆかりは自分が知らなきゃいけないこと、知りたいことに繋がっている気がするから、自分と大切な人のためになら協力しますと答えた。

 知らなきゃいけないことは事故が起きた理由。知りたかったのは死んだ父が何を研究していたのか。それらは屋久島で見た映像と桐条武治の話で知る事が出来た。

 そして、戦う理由の一端となっていた大切な人である青年はもういない。

 今のゆかりには最初に美鶴に伝えた戦う理由はない。

 ただ、このまま抜けようと思うほど薄情でもないからこそ、ゆかりは自分が最後まで戦い続けるための理由を求めているようだ。

 律儀であると同時に難儀だなとも思って、美鶴は相手の視線がノートに向いているのを見ながら小さく苦笑しつつ質問に答えた。

 

「私が戦う理由は今も昔も“贖罪”だ。君を部に誘った時にも話したが、事故で犠牲になった人々、桐条の研究によって命を落とした子どもたちの死を無駄にしないために私は戦っている」

「私は……戦う理由なくなっちゃいました。お父さんの事も知れたし。彼も、もういないし。でも、お父さんのした事の後始末って事で戦おうとは思ってるんですけど」

 

 言いながら動いていたペンが止まり、ゆかりは窓の外に視線を向ける。

 自分なりの戦う理由はあるのだが、今のゆかりの心はそれだけでは自分を納得させられないのだろう。

 再びノートに視線を落としつつ、ゆかりは持っているペンを手の中で遊ばせながら続ける。

 

「本当はもっと最初に考えるべきだったんでしょうね。多分、私が先輩に言ったのは戦う理由じゃなく、この街に居続けようとした理由だったんです。そもそも、化け物と戦うのなんて怖くて嫌でしたし」

「それはそうだ。戦いなんて平和な日本で暮らしていれば一生縁のないものだっただろう。好き好んで戦いたがる者など少数派だ」

 

 彼女たちの近くにも戦いを好む者はいるが、それは敵を倒す事を目的にしているのではなく、自分の力がどこまで通用するか試したいから戦っている。

 自分の可能性を知りたい事は悪い事ではない。ゆかりや美鶴も戦いとは別の形でそういった挑戦をいつか出来ればという気持ちはある。

 ただ、今必要なのは自分の可能性を知りたがる好奇心ではなく、自分たちの領分を侵そうする敵をどうやって排除するかという獣でも持つ原始的な感情だ。

 

「なんか敵もあと一体だって思うと色々と考えちゃうんです。これが終われば平和な日常に戻れるはずなのに、あんな事があってストレガたちはまだ存在してて……」

「ふむ、彼の事は不要な犠牲だった、と言いたいのか?」

「お父さんたちの後始末に必要な犠牲なんてありませんよ。あってもそれは労力的なものであって、チドリや有里君が犠牲になって良いはずがなかったんです」

 

 シャドウとの戦いで命を落としたならある意味で納得も出来たかもしれない。

 しかし、チドリが殺され、それを救うために命という代償を払った青年の死は、影時間の存続を願う人間の手で引き起こされたものだ。

 人々の平和のために戦って来たというのに、最後に敵として立ちはだかるのが対立する主張を持つ人間というは笑えない。

 ゆかりの言いたいことは美鶴も十分に理解出来たが、それでも自分はまだ止まる訳にはいかないと決意を込めて答えた。

 

「……失われたものは戻ってこない。だが、私は彼に救われた者として、彼が願ったように影時間を終わらせたいと思っている。それが私の贖罪であり、私自身が己に課した義務だ」

「そっか。確かにまだ彼にしてあげられる事は残ってるんですね。なら、私もとりあえず頑張ってみようと思います。悩むのは終わってからでも出来るし」

「ああ。その時にはまた相談に乗ろう。遠慮なくきてくれ」

「はい。ありがとうございます」

 

 感謝の言葉を口にしながらゆかりは立ち上がって礼をした。

 美鶴に相談したことで、ゆかりも何かしら戦い続ける理由として納得出来るものが見つかったのだろう。

 戦いはまだ続く。敵であるストレガたちの問題も解決していない。

 それでもゆかりはすぐ傍まで迫っている最後の敵との戦いに集中し、他の敵については後で考えることにするらしい。

 どれだけストレガたちが影時間の存続を願ったとしても、最後のアルカナシャドウさえ倒せば影時間が終わる。

 故に、敵が妨害してくる事も十分に考えられるため、ゆかりも次の戦いに向けて気を引き締めた。

 最初よりも瞳に力が宿ったゆかりの様子に美鶴も笑って返すと、ある程度終わったからとゆかりは荷物を片付けて部屋を出て行く。

 部屋を出て行く後輩の後ろ姿を見送った美鶴は、どうにか落ち込む仲間の助けになれたと小さく息を吐いた。

 

 

 


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