【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百二十九話 少年の決意

――ポートアイランド駅・路地裏

 

 母親の仇である荒垣の命ですら背負ってしまいそうな少年に、荒垣は“お前は悪くない”という言葉を送った。

 それは自分の犯した罪の被害者である少年が、今よりも不幸にならぬようにと思っての事だった。

 だが、その言葉を聞いた少年は、母親の仇である相手がわざわざ自分の今後のためを思って言葉を掛けてきたことで混乱した。

 

「なんで……なんで、言い訳しないんだよ! 自分じゃないって、あれはただの事故だって言い逃れして、そもそもここにだって来なければ、僕はお前を逃げ出した卑怯者として殺せるのに! なんで僕に優しくするんだよ!!」

 

 相手が湊やストレガのように理解出来ない相手であれば、その罪を持って天田も揺れる事なく殺すことが出来た。

 しかし、荒垣は何も言い訳せず、ただ天田の言葉や要求を受け入れている。

 そこに自分の今後を思っての言葉を送られれば、復讐のために蓋をしていた仲間として過した記憶が頭をよぎり、どうして平静でいられるのかと少年が困惑するのも無理はない。

 対する荒垣は天田の言葉を聞いて首を横に振ると、そんな大層な理由がある訳ではないと返す。

 

「……十分逃げたさ。お前があの時の被害者だって知ってて、けど、自分が犯人だって言い出せず、バレなきゃいいなんて虫のいいことを思ってたんだ」

「僕だって同じ立場ならそう思うさ! 誰が好き好んで裁かれたいって、殺されたいって思うんだよ!」

 

 荒垣の考えはまともな人間なら誰でも考え得る事だ。

 人を殺して平然としていられる湊やストレガが異常なのであって、平和な日常を生きてきた者であれば、自分が加害者になった事で様々な感情と罪に押し潰されそうになる。

 荒垣だってバレなければ良いと考えながらも、天田に対する贖罪については常に考えていただろうし、常に自分が裁かれることを思って不安になっていたに違いない。

 言葉の端々からそういった後悔や申し訳ないという気持ちが伝わってくる事で、天田は憎しみと共に向けていた槍の穂先をおろし、どこか疲れた様子でぽつりぽつりと言葉を溢す。

 

「頭では分かってたんです。荒垣さんだって別に暴走させたくて暴走させた訳じゃないって。そもそも、母さんが外に出なければ誰も死ななかった事故だったんだって……」

 

 カストールの暴走が原因で事故が起きたことは間違いない。

 原因はそこであり、加害者が荒垣で天田の母が被害者だという事ははっきりしている。

 ただ、天田だって事故について考える中で、それが故意に起こされた殺人ではない事は分かっていたし、不用意に近付いた母親に落ち度がなかったとも思っていなかった。

 

「最初は罪滅ぼしだったのかもしれないけど、荒垣さんが僕の世話を焼いてくれたのは本人の優しさだって知ってるんです。他の皆さんより一歩引いて皆の事を見てて、それで誰かが困ってればちょっとだけ手を貸してくれて、だから今日は僕が前に進むために殺されようとするって分かってました」

 

 この世界には特別な感情を抱くことなく人を殺せる人間がいる。それこそ蚊や蝿を潰すように、ただ邪魔だからと一方的な理由で殺して一切罪悪感を覚えない者がいるのだ。

 天田のここ最近の出来事でそういった人間を見る機会があり、だからこそ荒垣はそれとは違うと思うことが出来た。

 話ながら手に持った槍を握り直し、けれど、その穂先を相手に向ける事なく天田は顔を上げて真っ直ぐ相手と視線を合わせる。

 

「ただ、荒垣さんが僕に裁かれたいって気持ちも本当だと思うんです。不運が重なったんだとしても人を殺した。その罪の重さに耐えられなかったから、寮から離れて力を手放そうとしたんでしょう?」

 

 情報屋でロゼッタから聞いた情報は事実ではあったが、意図的に天田を荒垣に仕向けるものであった。

 一方で、後で湊から聞いた情報は事実とほんの少し荒垣側の事情を付け加えた真相と言えるものだった。

 おかげで自分と相手をただの被害者と加害者と考え思考放棄するのではなく、これまで過してきた中で自分が見た相手の姿から、その事故が不幸が重なって起きたものだと認識するに至った。

 無論、相手が我が身可愛さから言い訳や命乞いをするなら殺していたが、荒垣は最後まで天田の事を考えながら裁かれることを受けいれていた。

 そんな相手を復讐として殺すのでは、母親の仇討ちにはならない。ただ自分の憂さ晴らしに殺人を犯そうとしているだけだ。

 

「なら、僕は貴方を殺しません。ずっと罪を背負い続けて、二度と母さんみたいな犠牲者が出ないよう影時間が終わるその日までシャドウと戦い続けてください。それが僕が貴方に与える罰です」

 

 罪を背負い続けろと厳しい事を言ったが、その意味はこれからも仲間として共に戦っていこうというものだ。

 小学生という幼い少年にとって、母親の仇を前にその結論に達するまでどれだけの葛藤があったことだろう。

 少年の言葉に驚きながら荒垣がその顔を見れば、天田は涙を流しているが小さく笑っていた。

 

「……本当にそれでいいのか? お前はそれで納得出来るのか?」

「正直言って分かりません。犯人を殺したいほど憎む気持ちもあるけど、荒垣さんにお世話になって仲間だとも思っているから死んで欲しくないって気持ちもあるんです。何より、美紀さんが死にそうな時の皆さんを見た後だと、自分がそんな顔させる訳にはいかないって思うから……これでいいんです」

「……そうか。分かった、しっかり償わせて貰う」

 

 少年の覚悟を見た荒垣は、彼の想いを無駄にしないようしっかり償っていく事を誓う。

 荒垣の返事に満足したように頷いた天田は、直後、ハッとしたような表情になり自分の胸に手を当てた。

 

「どうかしたのか?」

「あ、はい。なんかペルソナが変わったみたいです」

「アキと同じように進化したのか?」

「多分、そうだと思います。新しいペルソナはカーラ・ネミって名前みたいです」

 

 真田の時は、美紀を失いかけた後悔から本当の強さを求めようと決意してペルソナが変化した。

 天田の場合は、恐らく母親を殺した犯人への復讐を別の形で清算しようと考え、そうして一つ乗り越えた事で心と共に変化したのだろう。

 ペルソナが変化するほどの決意を抱いた少年の強さを荒垣が眩しく思っていれば、少年が新たな一歩を踏み出した瞬間を汚すように招かれざる客が路地から現われた。

 

「やれやれ、せっかくの仕込みが台無しです。少年の復讐が遂げられるまで待っていたというのに、このような茶番を見せられるとは」

 

 声のした方へと荒垣と天田が振り返る。

 そこには詰まらなさそうに眉を寄せて溜息を吐くタカヤがおり、彼の後ろからストレガのフルメンバーが続いて出てくる。

 天田は初めて見る相手もいるのだろうが、荒垣は一度会っていた事で天田よりも動揺が少なく斧を構えて敵と向き合う。

 

「そうか。俺たちがあいつらから離れる時を狙ったのか」

「ええ。個人の能力はともかく数では負けていますからね。少しずつ削っていこうと思った次第です。まぁ、少年が貴方を殺してくれれば手間も一つ省けたのですがそう思い通りにはいかないようです」

 

 荒垣はこれからすぐにアルカナシャドウの許へと向かおうと思っていた。

 大凡の場所は聞いているので、走ればそれほど掛からずに到着出来るはずだった。

 しかし、全長三〇メートルという規格外なペルソナ・テュポーンを持つスミレを含めた六人の敵を前に、二人だけでは防衛も撤退も非常に難しい。

 出来ればあちらの戦いを終えた仲間が加勢に来てくれないかと考えるが、天田が荒垣と同じように武器を構えるのを横目で見ていれば、タカヤが余裕を感じさせる笑みを浮かべて口を開いた。

 

「貴方はおそらくお仲間の到着を待っているのでしょう。ですが、あちらにもそれほど余裕があるとは思えません。期待するだけ無駄でしょう」

「お前ら、他の皆に何かしたのか!?」

 

 特別課外活動部の戦力を削るため、自分が荒垣を殺すように仕向けたタカヤを睨んで天田が問いかける。

 相手は湊と同じ裏の人間。ある程度の秩序を守ろうとする湊に対し、相手は目的のためならどんな手段でもストレガの方が質が悪いので、そういった意味でも油断が出来ない相手だ。

 強く警戒しながら天田が静かに敵を睨んでいれば、タカヤは余裕の態度を崩さず楽しげに口元を歪ませる。

 

「別に我々は何もしていませんよ。ただ、人の恨みはどこで買っているか分からないものです」

「お前らの他にも誰か僕らを狙っているやつがいるって言うのか?」

「さぁ、どうでしょう?」

「おまえっ!!」

 

 からかうように惚けてくるタカヤに対し、天田が馬鹿にするなと攻撃を仕掛けようとする。

 だが、すぐにカズキが間に入ってきてペルソナ・モーモスを呼び出した。

 ボロマントに身を包んだやせ細ったペルソナは、その手に持った大鎌を天田に向けて振り下ろしてくる。

 敵が動き出すのを見ていた荒垣が天田に前に出て、その一撃を斧で受け止め勢いのまま後退し、すぐに天田の無事を確認して挑発に乗るなと諫める。

 

「落ち着け、天田! あっちには有里もいる。まず戦力で負けることはねぇ」

「す、すみません。来い、カーラ・ネミ!」

 

 召喚器を顎に当てて引き金を引き、天田の頭上で水色の欠片が回転して機械的なオレンジ色の身体を持ったペルソナが現われる。

 新たなペルソナは存在感もスペックも跳ね上がっており、召喚光が消えきる前にモーモスに向かって拳を振り下ろす。

 速さに自信のあるモーモスはそれを回避したが、空振った腕の一振りで路地裏に風が吹き荒れた。

 吹き荒れる風で揺れる髪を手で軽く押さえながら、以前とは異なるペルソナを呼び出した少年をタカヤは興味深そうに眺め、先ほどの荒垣の台詞と合わせて笑いながら言葉を返す。

 

「フフフッ、成程。そちらもミナトの強さについては正当に評価しているのですね。ですが、彼がいれば大丈夫だというのは早計ではないでしょうか?」

「なんだ。テメェの知ってる他の敵ってやつが有里並みだとでも言いたいのか?」

「ご本人たちはそう言っていましたが、今回はそういった意味ではありません。純粋にミナトにも弱点があるという話です」

 

 敵の言葉を素直に聞くものではない。だが、湊の弱点と聞いて荒垣たちの頭にも三人の少女が過ぎった。

 湊の強さは異常だ。どれだけ鍛えても自分たちが同じレベルになれるとは思えない。

 ただ、その弱点となる少女たちは自分たちよりも強いが、その強さはあくまで常識の範疇。ストレガたちと同程度か僅かに上回るくらいなものだろう。

 もしも、タカヤたちの話が真実で湊クラスの敵が存在するならば、アルカナシャドウの相手も必要と考えればどうやっても湊だけでは全員を守り切れるとは思えない。

 

「確かに彼は強い。我々が全員で掛かっても恐らくは勝てないでしょう。ですが、彼には守る物が多過ぎる。チドリを狙われれば守るでしょう。ラビリスという少女を狙われても守るでしょう。その妹を狙われても当然守るはず。ですが、同時に狙われれば? 彼は全てを守りきれるでしょうか? そして、もしも守れなければ彼はその瞬間に大きな隙を晒すのでは?」

 

 タカヤにとっても湊は古くからの知り合いのはずだが、彼がピンチと分かっていてタカヤはこれ以上無いほど楽しそうに笑っている。

 強敵が倒れることが嬉しいのか。それとも湊が困難に襲われるのが楽しいのかは分からない。

 だが、こちらと同時に襲撃されているのか、それとも既に襲われているのか情報が不足している荒垣たちは、すぐにでも向こうの救援にいかねばと焦りを覚えた。

 そんな荒垣たちの胸中を察しているのか、タカヤの後ろにいたジンがお手製の手榴弾を投げてくる。ご丁寧に荒垣たちの頭上を越えて後ろに伸びている路地に落ちるよう計算して。

 逃走するにしても、味方の救援にいくにしても、敵を突破出来ない以上は後ろに逃げるしかない。

 その退路が塞がれようとしている事で、荒垣たちがすぐに空中で手榴弾を破壊しようと考えるも、大きく山なりに投げられた手榴弾には攻撃が届かず、間に合わないと悟った二人は身体を横に向けて横からの爆風とタカヤたちの攻撃に備える。

 

『ぐっ!?』

 

 地面に落下した手榴弾は予想よりも大きな爆発を起こした。おかげで二人は体勢を僅かに崩してしまい。その瞬間を狙ってタカヤがヒュプノスを呼び出し、カズキのモーモスと共に迫ってくる。

 拙いと思って荒垣は咄嗟に斧で応戦しようと考えるも、敵のペルソナたちは二人に向けてスキルを放つ体勢に入っていた。

 荒垣も天田も重量や長さのある武器を使っているせいで、咄嗟に召喚器に持ち替えるのが難しい。

 そのため、二人はすぐに召喚器に手を伸ばしたが、爆風で体勢が崩れていた事もあってどうやっても敵のスキルが発動するまでに召喚が間に合わなかった。

 だが、

 

「――――ジオダイン!」

 

 敵のスキルが放たれる直前、荒垣たちの背後から青白い電撃が走り敵のペルソナを襲った。

 爆風で姿が隠れていた敵からの攻撃に反応しきれず、直撃を受けたペルソナは消えていき、召喚者の二人は電撃で晴れた爆風の向こう側にいた人物を睨む。

 そこには召喚器を手に持ち肩で息をしている真田が立っていた。

 

「お前たち、無事か?」

「ああ。助かった」

「あ、あの、真田さん、僕がその……」

 

 肩を並べる存在である幼馴染みに助けられたのは癪だが、それ以上に心強い援軍が来たことで荒垣は口元を小さく歪めながら武器を構えて立ち上がる。

 一方、彼の幼馴染みを殺そうと思っていた天田は、その負い目から真田とまともに視線を合わせることが出来ず口ごもってしまう。

 そんな少年の傍までやって来た真田は、悪い事をした子どもを叱るようにやや強めの視線と口調で声を掛けた。

 

「フン、勝手な行動を取ったことは後で美鶴からの説教を覚悟しろ。だが、もう大丈夫なんだな?」

「……はい!」

 

 荒垣と天田の間でどういったやり取りがあったのかは知らない。

 だが、今の二人を見れば一応の解決を見せた事が理解出来る。

 ならば、もうこれ以上は何も聞かないと敵を睨んだまま真田は好戦的な笑みを浮かべた。

 

「よし。なら、今度は前回のリベンジマッチといくぞ」

 

 前回はスミレのテュポーン一体にやられたが、今回は場所が狭いのでテュポーンは出せない。

 となれば、残りのメンバーと戦う訳だが、カエサルの一撃が敵に十分なダメージを与えていたので今回は勝たせて貰うぞと真田は既にやる気だ。

 しかし、真田がここへやって来る間に味方に危機が迫っている事を聞いていた荒垣が待ったを掛けた。

 

「待て、アキ。向こうも狙われてるらしい。むしろ、今回は有里潰しに吉野たちを狙ってるやつらが動いてるって話だ。正直、こっちよりも拙いかもしれねぇ」

「何? そうなのか?」

 

 真田にとって湊は妹の命を救ってくれた恩人であり、助けてくれた相手に美紀との思い出という代償まで払わせる事になってしまった負い目がある。

 本人はそれで美紀が助かるなら自分が忘れられる程度悩むまでもないと言ってくれたが、美紀の記憶が戻らないのであれば、真田は何かしらの形で恩を返さねばと考えていた。

 そんな相手と彼が大切に想っており妹の友人でもある少女らに危機が迫っていると聞いた以上、自分のリベンジマッチなどどうでも良いとすぐに思考を切り替え、視線で荒垣と天田に合図をしてからすぐに仲間の許に向かう策を講じる。

 

「シンジ、天田、走れ! カエサル、マハジオダイン!!」

 

 恩人の窮地に一秒たりとも無駄には出来ない。その想いがペルソナとのシンクロ率を上げて過去最速の召喚を可能にした。

 タカヤたちも真田が行動に移ると察して妨害しようとしていたが、真田のカエサルが現われ攻撃を放つ方が速く、それほど広くない路地裏の広場を眩い電撃が覆った。

 閃光による目眩ましと高威力広範囲の攻撃によってストレガたちは下手に動けず、その間に真田たちは背を向けて路地裏から走り去って行く。

 

「チッ、テメェのミスだぞタカヤ」

「ええ、少し遊びすぎました。ですが、一人がこちらに来ていたことで向こうの戦力は減っていた。なら、あの二人も一人くらいは仕留めている事でしょう」

 

 圧倒的に有利な状況にありながら、リーダーであるタカヤが敵との会話を願ったせいで戦力を一人も削ることが出来なかった。

 おかげで弱点の電撃属性の攻撃を受けて苛立っていたカズキがタカヤを強く睨んだが、今から追っても無駄だと分かっているタカヤは、玖美奈たちの戦果に期待しようと言ってアジトへ帰還しようとする。

 

「フフッ、神の怒りか、神殺しか。どちらが見れるか楽しみです」

 

 大切な者を奪われた青年の怒りか。それとも、己の命を賭して大切な者を守りきって青年が死ぬのか。

 どちらに転んでも面白そうだと、タカヤは遠く離れた戦場に思いを馳せた。

 




3DSソフト『PERSONAQ2 NEW CINEMA LABYRINTH』、十一月二十九日木曜日発売。
P3両主人公が揃い、P3特別課外活動部、P4自称・特別捜査隊、P5心の怪盗団のメンバーが勢揃い。
ストレガ、メティス、ラビリス、足立、皆月といったメンバーは登場しないが、ラビリスのペルソナであるアリアドネと足立のペルソナであるマガツイザナギはDLCとして登場。

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