【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百二十七話 戸惑い

影時間――ポートアイランド駅・路地裏

 

 前回の満月の日、ストレガによって荒垣の過去の罪が暴露され、それ以降天田はずっと荒垣を避けていた。

 ずっと仲間として親切に、むしろ親身になって接していただけに、自分の母を殺した犯人だったと知って胸中複雑だったのだろう。

 ストレガの言葉は自分たちを混乱させるためのでまかせだと否定する事は簡単だった。

 だが、これまで自分の罪から目を背けて逃げ続けてきた以上、被害者の少年に嘘を吐くことだけは出来なかった。

 だから、今日の昼頃に彼から影時間にポートアイランド駅の路地裏に来て欲しいと言われた時には、ついに裁かれるときが来たのかとすんなり了承していた。

 空が怪しい緑色に染まり、巨大な月が街を照らす中、血溜まりを踏みつけながら進む荒垣はこれから自分が殺されると思いながらも心は落ち着いていた。

 

(なんつーか、意外とその時が来ると一周回って冷静になるもんだな)

 

 自分のせいで少年から母親を奪ってしまった時には、女性が瓦礫に潰される生々しい音と少年の絶叫がずっと耳から離れず、眠れない日が続いた事をよく覚えている。

 どうやっても償えない。そもそも、世間ではそれが自分の罪として認められていないのだ。

 最初は桐条グループが戦力確保のために手を回したのかと思ったが、実際には人の手で起こし得ない破壊痕から、トラックが突っ込んだ事故として記憶の補整が入ったらしい。

 おかげで荒垣は経歴に傷が付くことなく、今も真っ当な世界で生きていられるのだが、真実を知る仲間は勿論誰からも自分の罪を責められなかった事で荒垣はどうすればいいか分からなくなった。

 罪には罰を、これは悪い事をしたら報いを受けると認識されているが、実際には加害者の救済の要素もある。

 罰を受けることで、犯した罪が許されるという安心感を得られるのだ。

 

(まぁ、それも逃げてるって事になるんだろうが、有里がいなきゃ気が狂って勝手に死んでたかもしれねぇ)

 

 自分は確かに罪を犯したというのに、その罪がなかった事になってしまったことで荒垣は裁かれる機会を失った。

 気にするな、あれはただの事故だ、お前のせいじゃない。

 仲間たちのそんな言葉が荒垣の事を想っての言葉だったというのは理解出来る。

 けれど、当時の荒垣にすれば責めてくれた方が気が楽だったのだ。

 初めて自分の罪をしっかりと罪だと突きつけてきたのが後輩になるとは思っておらず、ペルソナ使いだとは知らなかったこともあって取り乱したが、荒垣はあの出会いがなければ頭がおかしくなって自殺していたかもしれないと苦笑する。

 特別課外活動部に復帰してからは飲んでいないが、今もコートのポケットに入っている錠剤で自分の身体がボロボロになり寿命が縮んでいるというのも罰として丁度良かった。

 すぐに死ぬような毒なら荒垣は臆病さから飲む勇気がでなかっただろう。

 あくまでゆっくり、着実に死に向かってゆくから彼は飲むことが出来た。

 ただ、副作用による死が来る前に被害者の少年から復讐で殺される事になると知っていれば、もっと速く寿命が尽きる物の方が良かったと少し考えてしまう。

 母親を奪われた少年が復讐するのは当然の権利だ。けれど、そのせいで少年が殺人を犯したという罪悪感に苦しむかもしれない。

 

(悩むなって言えたらいいんだけどな。あいつは真面目だから背負い込んじまうだろうな)

 

 荒垣は天田の行為を正当な物だと認めている。

 だが、復讐を終えてから少年は苦しむかもしれないし。もっと言えば他の仲間が彼にどうあたるか分からない。

 美鶴と真田は荒垣と天田の関係について知っているので、彼らがどうにか納めてくれれば良いのだが、妹が死にかけた時の真田の姿を思い返すとそれは期待出来ないだろう。

 少年が復讐を終えてからもしっかり生きていってくれれば良いのだがと、そんな事を考えている間に荒垣は目的地に到着した。

 

「ちゃんと来てくれたんですね」

 

 声が聞こえた方へ視線を向ければ、落ち着いた表情で手に十文字槍を持った天田が立っていた。

 自分が殺されるのはいいが、少年に背負わせたくないと思っていた荒垣としては、彼がその手に槍を持っていた事に僅かに残念な気持ちが湧く。

 だが、ここ最近の天田は様子がおかしかったので、これも彼なりに考えて出した結論なのだろうと受け入れる事にした。

 

「……ああ。そういう約束だったからな」

 

 天田と荒垣の間は五メートル以上離れている。

 けれど、リーチの長い武器を持った天田ならば、その程度の距離は一秒で詰めて命を奪える。

 既に天田の間合いに入っている事で、じんわりと首筋に緊張から汗を掻いた荒垣が静かに答えれば、天田は普段よりどこか平坦な声で質問してきた。

 

「どうして僕が貴方をここへ呼んだか分かりますか?」

「先月、ストレガに言われた事が理由だろ」

「ええ、そうです。貴方は否定も肯定もしなかった。だから、情報屋に聞きに行って、有里さんにも事実か確かめたんです」

 

 こんな子どもが裏の人間の手を借りてまで真実を求めたと聞き、荒垣は内心で以前会った情報屋の喫茶店店主と湊に怒りを抱く。

 二人は求められたから情報を渡しただけであり、荒垣が怒りを覚えるのはお門違いなのだが、彼としては少年とそういった人間が関わりを持つのは認めづらかったのだ。

 もっとも、リスクを冒したおかげで少年は真実に辿り着くことが出来た。

 

「ストレガの言った事は本当だった。二年前、僕の母さんを殺した化け物の正体は、お前のペルソナだったんだっ!! 戦いから逃げ出し、力を捨てれば罪が消えるとでも思ったのか? そんな事でお前の罪は消えたりしないっ」

 

 怒りと憎しみから瞳孔が開いた瞳で荒垣を睨み、天田は戦闘時のように槍を構えて穂先を向ける。

 もしかしたらと荒垣も召喚器と武器を持ってきているが、荒垣の武器は今は擬装用のケースに入って肩に掛けたままだ。

 一応、ケースに入れたままでも盾に使うことくらいは出来るものの、その気がない荒垣は落ち着いた表情のまま天田を見つめる。

 すると、武器を向けられても平静でいる荒垣を怪訝に思ったのか、天田は穂先を向けて構えたまま再び口を開いた。

 

「随分と落ち着いてるじゃないか。大人しく裁きを受ける気になったのか?」

「……ああ。最初からそのつもりで来たからな」

「フンッ、逃げ出したやつのいう事なんて簡単に信じられるかっ」

 

 天田からすれば相手が武器を持ってきている事もあって、油断させておいて反撃してくる事を警戒しない訳にはいかない。

 まぁそうだろうなと少年の考えを読んだ荒垣は、肩に掛けていたケースを放り投げてこれで武器はないぞとアピールした。

 

「自分の犯した罪だ。報いは受ける。だが、復讐を終えたお前が背負っちまうかもしれないからな。これだけは言っておく。“お前は悪くない”」

 

 そう。荒垣から見れば、少年がしようとしている行為は正当なものだ。

 荒垣の罪が影時間によって無かった事になったのだから、少年が荒垣を復讐で殺しても影時間の中ならば無かった事になる。

 だから気にするなと荒垣が静かに言えば、少年の持つ槍の穂先が僅かに揺れた。

 

 

――巌戸台駅前広場

 

 荒垣と天田の許へ向かった真田を除くメンバーたちは、そのままアルカナシャドウの待つ駅前へとやって来た。

 今日現われたアルカナシャドウの数は二体。運命と剛毅を司る者たちだ。

 寮生たちにしてみれば自分たちが普段から利用している場所だけに、そこに異形の怪物が二体もいる事で余計に非日常というものを意識させられる。

 

「おう、今回の敵も見慣れないタイプだな……」

 

 段差登り駅前までやってきたところで敵の姿が見え、剣を持っていない空いた手で帽子の鍔に触れながら順平が呟く。

 一体は複数の金属のパーツを組み合わせて作った身体を持った鉄の獣。

 もう一体は鉄の柵を周囲で漂わせ、ブーケのような花の足場で宙に浮いた女性型シャドウ。

 獣の方は身体自体が金属で出来ているため硬そうであり、もう一体も周囲で浮いている鉄の柵を防御に回せるとすれば同じく硬そうで厄介。

 どちらかを湊に抑えて貰い、その間に他のメンバーでもう一体を倒す予定だったが、担当をどうしたものかと七歌は僅かに悩む。

 ここで悩めば真田たちとの合流が遅れるため、すぐに決めようと相手の戦力を感覚で判断し強そうな方を湊に担当して貰うべく指示を飛ばす。

 

「八雲君が左っ」

 

 左側にいる獣型と戦ってくれ。そう言いかけた時、背後から飛んだ影が頭上を越えて敵へと迫り、二体の中間地点に着地すると同時に回し蹴りで二体を吹き飛ばす。

 ワンボックスカーより巨大な大型シャドウが人間の蹴りで飛ぶのか。そんな疑問が頭を過ぎっている間に、二体のシャドウを蹴り飛ばした影である湊はそのまま自分が蹴り飛ばした獣型を追って走り出す。

 蹴り飛ばされて空中にいたシャドウに走って追いつくと、そのまま自分も飛び上がり高飛びのベリーロールのような回転を見せ、踵落としで相手を路上駐車されていた白い車に叩き付けた。

 路上駐車されていた車の中に棺桶のオブジェはないため、運転手が完全に車から離れた違法駐車していた車のようだが、車の屋根が陥没して車がV字に折れ曲がっている。

 敵を倒す事を優先するため周囲に被害を出すなとは言わないが、欠片も躊躇せずに戦闘開始から僅か五秒で車を一台スクラップにするのは如何なものか。

 叩き付けられた獣型シャドウは車をクッションにしながらも、その重量と湊の蹴りの威力によって路面を割って道路に僅かに埋まる。

 けれど、それで青年が終わらせる訳も無く、埋まったシャドウを青年が左手で掴んだと思えば、片腕で持ち上げながら無理矢理なオーバースローで近くのビルに向けて放り投げた。

 金属の見た目通り丈夫なのか、シャドウにはダメージらしいダメージは通っていないようだが、それでも湊の攻撃速度について行けないのか投げられたままビル一階の不動産屋に突っ込んだ。

 衝突した勢いでガラスが割れて飛び散り、中にあった机やプリンターなどが壊れる激しい音が響く。

 戦闘開始から五秒で車一台が廃車、さらにそれから五秒後に店が一つ営業停止に追い込まれている。

 自分たちの知っている日常の風景が次々に破壊されてゆくことで、ようやく正気に戻った七歌たちは湊に蹴られて倒れたもう一体のシャドウから視線を逸らさず声だけで注意する。

 

「八雲君、もうちょっと周りを壊さないように戦って! ここ私たちの通学路でご近所さんだから!」

「てか、有里君それわざと壊してるんじゃないでしょうね? いくら桐条グループが嫌いだからって流石にそういう理由なら怒るよ?」

 

 この辺り一帯は一応桐条の土地ということになっている。

 なので、物が壊れれば少なからず桐条グループのダメージになるのだが、もしもそれが狙いで周囲を破壊して戦っているならゆかりたちも流石に止めざるを得ない。

 そう思って後衛として女性型シャドウから距離を取っていたゆかりが湊の方を見れば、ビルの中に投げ込まれた獣型シャドウがライオンのように湊に飛びかかっていた。

 青年はそれをマフラーから出した九尾切り丸を横薙ぎに払う事で弾いたが、弾かれて着地した獣型シャドウには傷らしい傷が見当たらない。

 やはり相当に硬いようで、湊もそれが分かっていたから車やビルなど硬い物に叩き付けていたのだとゆかりは判断した。

 

「七歌、あっちも相当硬いみたい」

「うん。でも、八雲君のおかげで二体は完全に分断出来て距離も開いた。これで何とか戦えそう」

 

 七歌の視線の先では倒れていた女性型シャドウが起き上がろうとしている。

 相手が体勢を整えるのを待っている必要はないため、走って近づき順平が大剣で切りつけるも、大剣は敵の周囲にある鉄の柵に防がれて攻撃はまるで通らなかった。

 弾かれた順平は硬い物を切りつけた事で手が痺れたのか苦い表情で後退する。

 

「ペンテシレア!」

 

 順平が後退する時間を稼ぎつつ、完全に起き上がる前に美鶴がペルソナを呼び出し氷の針を多数飛ばす。

 細い針ならば鉄の柵も通り抜けて敵へとダメージを与えるだろう。

 そう思って氷をわざわざ針の形状に変化させて放ったのだが、女性型シャドウのワンピースにあたった針はそのまま弾かれて地面に落ちた。

 ペルソナの攻撃もダメージを与えられなかった事で、女性型シャドウが完全に起き上がってしまう。

 すると、女性型シャドウの周りを囲っていた鉄の柵が突然動き出し、七歌たちを貫かんと槍の穂先のように尖った柵の先端部分が伸びて襲いかかってきた。

 

「全員回避っ!!」

 

 相手の近くにいた順平や七歌だけでなく、後衛として下がっていたゆかりやアイギスに向かっても柵が伸びてくる。

 上空から降るように襲いかかってくる柵は、大本と繋がっているからか伸ばしてからも操作可能なようで、まるで追尾機能が付いた矢のようである。

 余裕を持って避けようとしても軌道を修正して追い掛けてくるため非常に厄介だ。

 武器を簡単に変更出来るアイギスと異なり、弓矢を持っていたゆかりは避ける以外に対処しようがない。

 そのため、ラビリスが戦斧の加速器を使ってゆかりの許まで向かうと、そのままゆかりを狙っていた柵の先端を横から切りつけて軌道を逸らす。

 軌道を逸らされた柵の先端は道路にぶつかって赤い火花を飛ばすが、直角に曲げるような形状変化は出来ないようで、攻撃が不発に終わるとすぐに女性型シャドウは柵を縮めて戻した。

 

「ゴメン。ありがとう、ラビリス」

「ううん。気にせんといて。けど、流石に今ので切れると思ってんけどな……」

 

 戦斧を叩き付けたラビリスは、自分の武器が刃こぼれしていない事を確認すると、伸ばした状態でも戦斧の一撃に耐えた女性型シャドウの鉄柵の強度に表情を歪める。

 先ほどのラビリスの一撃は丈夫なマンホールでも叩き切れるだけの威力はあった。

 ペルソナを除く単純な攻撃力でいうならば、湊の持つ巨大メイス“デュナミス”や九尾切り丸に次ぐ威力。

 もしも、敵が特殊な魔法効果などで守っていないとすれば、ラビリスの攻撃でも破壊出来ない以上他のメンバーの攻撃は効かないだろう。

 これでは後衛の出来る事が非常に限られてくるため、作戦を色々と変えなければと七歌も頭の中で思考を続ける。

 

「アイギスは敵を撃って時間稼いで! チドリとコロマルで敵に炎を!」

「了解であります!」

 

 指示を受けたアイギスは合掌してリストバンドから武器を呼び出すと、両手にサブマシンガンを出して移動しながら連射する。

 続けて後退した順平の傍にいたコロマルとチドリがペルソナを呼び出し、タイミングを合わせて敵に火炎をぶつける。

 先ほど美鶴が放った氷の針は効かなかったが、それよりも大きな銃弾や柵で防げない炎ならば効くのではと思って試す。

 味方が攻撃している間に作戦が思い付けばいいが、間に合わなくても敵に何が効くかという情報が得られる。

 そう思って七歌が今回のメンバーで誰も持っていない電撃スキルが使えるペルソナを呼ぶべく、薙刀を片手持ちに切り替えながらホルスターから引き抜いた召喚器を頭に当てた。

 

「来て、ドミニオン!」

 

 七歌が引き金を引くとガラスの割れるような音が響き、彼女の頭上で水色の欠片が渦巻いてゆく。

 渦巻く欠片の中から現われたのは、片手に分厚い本を持った青髪の男性型天使である正義“ドミニオン”。

 有名なミカエルたちよりも僅かに劣るが、様々な天使らを管理する高位の天使である。

 現われたドミニオンはペルソナ召喚するエリザベスらのように片手に持った本を開くと、敵を鋭い眼光で睨みながら光を纏った本を勢いよく閉じた。

 直後、ドミニオンの頭上から発生した雷が銃弾と炎を喰らっている女性型シャドウへ落ちる。

 いくら柵や本体が丈夫なシャドウでも、これだけ連続で攻撃すればどれかはヒットするはず。

 そう思って敵の様子を観察すれば、炎と雷が消えてはっきり見えるようになった敵は身体が僅かに汚れてダメージが通っているようだった。

 

「よし、魔法ならなんとか効くっぽいよ! 牽制するアイギス以外は魔法メインに切り替えて!」

『了解!』

 

 恐ろしく硬くて頑丈だと思ったが魔法耐性は物理ほどではないのか攻撃が効いた。

 これならば何とか攻略出来そうだと七歌が続けて味方に指示を飛ばそうとしたとき、女性型シャドウが手に持っていた一輪の花のような杖を振って花びらの渦を作りだした。

 

「なんだこれは……これが敵の攻撃スキルなのか?」

 

 敵の頭上で渦巻く花びらを見て美鶴が警戒しながら口を開いた。

 あれで攻撃されれば視界が覆われて地味なダメージを負いそうだが、言って花びらなのであまり深刻なダメージはないと思われる。

 けれど、もしかすると長期戦を見越して小さくでもダメージを与えるのではと思っていれば、女性型シャドウは再び杖を振って頭上の花びらの渦を湊と獣型シャドウが戦っている方に向けて飛ばした。

 

「八雲っ!!」

 

 獣型シャドウと戦う湊は背中を向けているため、背後から迫ってくる花びらの渦に対して反応が遅れる。

 このままでは青年が危険だとチドリが声を掛ければ、湊は敵の方を見たまま持っていた九尾切り丸をヌンチャクのように背中側に振って迫る渦を切り、そこから再び逆の手で掴み直して下から振り上げて飛びかかってきた獣型シャドウを弾き飛ばす。

 どうやれば二メートル弱で百キロ以上ある武器を、そんな曲芸風に振り回すことが出来るのか。

 彼の事を心配して視線を向けていた者たちは思わず言葉を失っていたが、青年が無事である事を喜ぼうとしたとき、九尾切り丸で切られたはずの花びらの渦が崩れたまま流れていき獣型シャドウの許を辿り着くと急に光を放った。

 光ったのは本当に一瞬だけだったが、それが収まると獣型シャドウが半透明なドームに覆われてその中を花びらが舞っている。

 花びらは獣型シャドウにダメージを与えておらず、そんな状態で半透明な光のドームに覆われているということは、恐らく先ほど女性型シャドウが出した花びらの渦は味方を助けるためのバリアを発生させる魔法だったのだろう。

 多人数で相手しておきながら自分たちが足止めを失敗したせいで、一人で敵を抑えていてくれた湊を邪魔する形になってしまった。

 ただでさえ硬い敵だというのに、これでバリアまで張られては攻撃が一切通らなくなった可能性もある。

 本当に申し訳ないと美鶴が謝ろうとしたとき、九尾切り丸を持った湊は先ほどまで同じように獣型シャドウに向けて走って近付いた。

 そして、バリアがあろうが関係ないとばかりに武器を袈裟切りに振り抜き、バリアに覆われた敵を大きく後退させる。

 バリアを一撃で破壊出来なくとも、バリアに触れることが出来るなら干渉する事自体は容易い。

 まるでそう言いたげな青年の行動には驚くばかりだが、ダメージが通らないという厄介な強敵の相手をしようという状況だと、あまりに普段通りな彼は非常に頼りに思えてくる。

 湊の強さは完全に規格外。心配するだけ無駄なので、どんな事があってももう一体は彼に任せておけば大丈夫。

 だから、もう一体の女性型シャドウは何としてでも自分たちが抑え、そのまま倒してみせると気合いを入れ直す。

 現在、七歌たちは敵に対して扇型に展開した陣形を取っている。

 一番湊たちが戦っている側に近い位置にいるのが美鶴とゆかりとラビリス、続けて女性型シャドウの正面にいるのが七歌とアイギスと風花、そしてシャドウと対峙した状態で右側に広がっているのが火炎属性持ちである順平とコロマルとチドリ。

 一つの方向に火炎属性持ちが固まっているのは、その方が弱点に対するフォローが入れやすい事と攻撃する際にスキルを合体させやすいという理由がある。

 先ほどは火炎と電撃でダメージを与えたので、今度は氷結属性を試し直してくれと七歌が声を張り上げた。

 

「全員敵の鉄柵に注意しながら魔法で攻撃! 美鶴さんも形状変化より範囲制圧で攻めてください!」

「分かった! 岳羽、タイミングを合わせてくれ!」

「了解です!」

 

 先ほどの美鶴の攻撃は氷結魔法ではなく氷の針として処理された可能性が高い。

 ならば、今度はしっかりと氷結魔法を喰らわせてやると、美鶴はゆかりに風でのフォローを任せながらペルソナを呼び出して女性型シャドウに向けてマハブフーラを放つ。

 そこへ続けてゆかりのイオがマハガルーラを放てば、二つの魔法が合体してもう吹雪となって周辺ごと敵を白い冷気で覆い尽くした。

 これで敵が氷像になってくれていれば全員で氷ごと砕くように追撃を入れればいい。

 視界が冷気で遮られながら七歌が警戒していたとき、

 

「っ……何か来ますっ!!」

 

 突然最後方でルキアの中にいた風花が何かの接近を感知して声をあげた。

 直後、アイギスのすぐ傍で金属同士が衝突する甲高い音が響き、音の発生原因となったものの衝撃によって冷気が吹き飛ぶ。

 冷気が吹き飛び視界が確保された事で全員がそちらを見れば、もう一体のシャドウと戦っていたはずの湊がアイギスを背に庇うように立ち、先ほど風花が感知した接近してきた相手がサバイバルナイフをそのまま巨大化させたような大剣で湊の九尾切り丸と鍔迫り合いをしていた。

 こんなタイミングでストレガの襲撃かと七歌が敵をみれば、湊と鍔迫り合いしていたのは月光館学園の制服を着た女子だった。

 

「うそ……なん、で……」

 

 敵の顔を見た七歌が目を驚愕に見開いて言葉を溢す。

 視界を覆っていた冷気が晴れた事で、七歌の位置からでも相手の顔はハッキリ見えた。

 肩に掛かる長さのウェーブがかった茶髪、育ちが良いのかどこか品のある大人びた容姿に、チャームポイントである左眼の下にある泣き黒子。

 七歌にすれば奇妙な縁で関わるようになった相手だが、休日に何度か遊んだ事のある大切な友人の一人だった。

 何故、そんな彼女が影時間に物騒な武器を持って、薄い笑みを浮かべて湊に斬りかかっているのか。

 湊が敵から離れてこちらに来たという事は、恐らくその攻撃は今湊に庇われているアイギスを狙っていたのだろう。

 どうして優しい彼女がそんな事をしたのか。アルカナシャドウに囲まれたままだという事も忘れ七歌は叫んだ。

 

「どうして沙織がここにいるの!!」

 

 今、七歌から数メートル離れた距離で湊に斬りかかっている少女。

 それは七歌と共に月光館学園で図書委員を務めていた長谷川沙織だった。

 

 

 




原作設定の変更点

 女主人公の隠者コミュの相手である長谷川沙織を、オリキャラである幾月の娘”幾月玖美奈”の表向きの姿に設定。


補足説明

 玖美奈の仮の姿が長谷川沙織だというヒントはいくつか作中にも出していた。
 茶髪の癖毛(ウェーブがかった茶髪)、高校時代の二年間の海外留学、図書室での湊が苦手発言等々。

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