【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百十二話 救出前夜

――ヤソガミコウコウ

 

 アイギスたちによる必死の説得により、善を殺すのは時計塔にいるクロノスの半身を殺して玲を助けた後にする事を湊は約束した。

 もっとも、湊側にそれを守るメリットはなく、あくまでアイギスたちがどうしてもと頼むから了承したに過ぎない。

 途中で気が変わったからと殺しに行く可能性もあるため、他の者たちは常に彼の行動に警戒して善を守りながら動くつもりのようだ。

 そんな彼らの姿を見ていたエリザベスやチドリは、他の者たちの行動を“無駄な事”と認識していたようだが、わざわざ彼らにそれを伝える意味もない。

 湊が本気で殺しに掛かればアイギスたちの制止も無駄で、実力行使で止めようとしたところでエリザベスたちでなければまともに相手すら出来ないのだ。

 七歌などはそれを分かっているはずだが、今は考えないようにしているのか、それとも湊の善性を信じているのか他の者たちを止めなかった。

 そうして、善の排除にしばらくの猶予が出来ると、一同はダンジョンから戻ったばかりだったこともあって今日は休み、明日になってから玲を助けに向かおうと話し合いで決まった。

 他の者たちは探索の疲れと汚れを落とすために銭湯に向かったが、湊はその輪に加わらず屋上に来て境界の外に広がっている稲羽市を眺めていた。

 

「それで、用件は何かな? わざわざ皆と離れて呼んだからにはそれなりの理由があるんだろ?」

 

 フェンスの傍に立って景色を眺めていた湊に後ろから声が掛かる。

 湊が声の方へと振り返れば、そこには口元に柔らかい笑みを浮かべた黄色いマフラーの少年が立っていた。

 彼をここに呼び出したのは湊で、他の者がいないときに来てくれと頼んでおいたのだ。

 皆は入浴が済めばきっと食事のためまんぷく亭に行くことだろう。

 今の湊にそちらを担当する気はなく、まんぷく亭には自我持ちのペルソナたちを待機させているので、他の者が食事をしている間に来てくれればいいと思っていたのだが、綾時は湊からの呼び出しの重要度を高く見ていたらしい。

 そのため、すぐに話を聞こうとこうしてやって来た訳だが、振り返った湊の瞳は不思議な輝き方をする“蒼色”だった。

 戦闘から離れて時間も経っているというのに、未だに魔眼が解除されていないという事は、湊は現在進行形で戦闘のスイッチが入っているのだろう。

 感情を見せるときには誰よりも激しいというのに、逆に静の状態に入ると感情が抜け落ちて機械のような冷たさを感じるのだから不思議だ。

 だからこそ、他の者たちは彼を薄気味悪く思って警戒するのだろうが、元々、彼の中にいた綾時には今の湊がどういった状態か分かる。

 表面的、思考的には感情を排除して目的を遂行するための機械と化しているが、心の奥ではどす黒い炎を燃やして敵への怒りや憎悪を募らせているのだ。

 腹に穴を空けようが心臓を貫こうが止まらぬ彼に睨まれた敵には同情する。

 相手にも何かしらの理由があっての行動なのだろうが、だからこそ湊も自分のエゴを押しつけて敵を排除しようとする。

 お互いに自分勝手な事をするのだから敵にも文句は言わせない。

 そう言わんばかりの行動には思わず苦笑するものの、それは自分が第三者だから出来る事だろう。

 狙われた敵にすれば、急に無関係な人間が割り込んで来るのだから堪ったものではないはず。

 本来ならば綾時も敵として相対した側で、全ての事件の始まりだと思えば殺された当然。

 しかし、今は何の因果か湊に力を与え、彼にとって唯一の“友人”という味方側の立場に収まっている。

 だからこそ、落ち着いて湊の話を聞くことが出来る訳だが、戦闘状態の思考になっている湊に呼ばれたことで、綾時はかなり重要な話なのだろうと考えていた。

 

「……綾時、これを持っておけ」

 

 綾時が用件を尋ねて待っていれば、湊はマフラーから大きめの黄昏の羽根を一つ取り出して投げてきた。

 受け取った綾時は宣告者である自分が、シャドウらの母たるニュクスの欠片に触れて良いものかと悩む。

 けれど、以前湊が言っていた“自分は常にニュクスに触れている”という言葉を思い出し、そのまま手を伸ばすと青白い光を放つ羽根を受け取った。

 受け取ったばかりの羽根を綾時は観察してみる。見たところサイズが大きめである事を除けば、これといって変わった点は見られない。

 一応、湊の力がかなり込められているようで、ペルソナなどのバッテリー代わりには使えそうだが、綾時は最初にこの世界に来たときに受け取った力がかなり残っている。

 湊は自分が弱っている間を任せようと多めに力を渡したようで、普通に戦闘を続けても十分余裕がある量を貰っていたのだ。

 しかし、湊は弱って縮んでいる間でも戦う事が出来た。加えて、復活したらほとんどを自分一人で処理していたことで、綾時が前に出て戦う場面などほとんどなかった。

 なので、ここでさらにバッテリー代わりを貰った所で、余分な力でしかないのだが、綾時は素直にどういった意図があるのかを訊くことにした。

 

「これは?」

「……コアの代用品だ。元の世界じゃ無理だろうが、この世界ならそれでも十分に身体を維持出来る」

「代用品……ってことは、タナトスを返せって事かな?」

 

 今の綾時の身体はタナトスのカードを核に埋め込み、デスの力を無理矢理に回復させているようなものだ。

 タナトスのカードを抜いてしまえば身体を維持出来なくなり、すぐに元のファルロスの姿に戻ってしまう。

 タナトスが再び必要になった湊がそれを防ぐために考えたのが、綾時の姿を維持する事が可能な物と核を交換することである。

 力をかなり込めたニュクスの欠片である黄昏の羽根は、ニュクスの子であるシャドウの王との親和性も高い。

 さらに、この世界ではイメージによって姿形が変化しやすい性質がある。

 それらを組み合わせれば、綾時は死神の力を抜かれても自分の今の姿を維持したままでいられるはずだった。

 綾時がこれまで使っていたタナトスは本当に自分の力なので、ここで核として使っているタナトスを失っても戦闘に影響はない。

 友人が自分に貸してくれていたものを返せと言ってきたなら素直に言う通りにしようと、綾時は自分の胸の中に黄昏の羽根を入れ、力を取り込めた事を確認してから今度は死神のカードを抜き出す。

 核にしていたカードを体外に出しても綾時の姿を維持出来ている。無事に湊の推測通りに事が済んだところで綾時はカードを投げた。

 

「タナトスなんて何に使うんだい? 力で言えばアザゼルと変わらないだろ?」

「……使うかどうか分からない。ただ、阿眞根になったときにアベルだけじゃ足りないかもしれない」

「阿眞根になるって…………」

 

 青年の言葉を聞いて綾時は目を見開いて驚く。

 阿眞根とは湊を器として顕現した異次元より来た神の名である。

 今でこそベアトリーチェという人格を得ているが、それは湊と魂レベルで融合した事で湊の知識を得たためであり、本来は湊の心に引き摺られて力を振るうだけの存在だった。

 湊と融合してからは完全な阿眞根として顕現した事はなく、ベアトリーチェとして力の一端を使っていても、二つの人格を持った魂によって引き出される力の規模がどれほどになるか分からない。

 湊だけでも天災級の力を引き出せるのだから、そこに彼を大切に想っているベアトリーチェの感情まで上乗せされれば、この閉じた狭い世界など簡単に崩壊するのではと思ってしまう。

 少々引き攣った顔をした綾時は、七歌たちの事も考えた上で阿眞根として力を振るう理由を尋ねる。

 

「どうしてここで阿眞根の力を? 善君の力を見た限りじゃ、君一人でも十分に倒せると思うけど」

「……その可能性は高い。だが、相手は格が低くても“神クラス”だ。人類の集合意識から生まれたなら、“そういった存在”としての異能くらい持ってるだろうからな。備えておいて損はない」

 

 善が話していた彼の正体である、時の神“クロノス”。

 神話で語られている存在そのものではなく、あくまで人々のイメージから生み出されたものに過ぎないが、大勢の心が集まってそのまま力になっているため、ペルソナやシャドウなどでは持てないような特殊な力などを持っている可能性があった。

 そして、クロノスは死後の魂を運ぶ死神というイメージと時の神としてアバターを与えられている。

 湊自身も死神であるデスを身に宿しているから分かるが、死神としての属性を持っている者は生者に対して優位に立てる。

 ここでの死神とはタロットの死神ではなく、魂を狩る存在として語られる死の神の事だが、死神としての力は生者へ文字通りに死を与えられる。

 湊で言えば直死の魔眼、デスで言えばDEATHがそれに当たるが、これらは攻撃自体に死の概念や死の概念を発現させる力が付与されているのでまともな方法では防ぐことが出来ない。

 クロノスも死神ならばそんな厄介な力を持っているはずで、さらに時の神として時間や時流に干渉する力を持っている可能性が高い。

 能力だけで言えば湊も同系統の力を持っているので、そういった攻撃を喰らった場合の対処も考えてはいる。

 ただ、同じ力を持っているなら湊から相手への攻撃も通りづらい可能性があった。

 その場合は最終的に出力での勝負になり、人としては破格の力を持っている湊と言えど、大衆の心の欠片から生まれた存在にどこまで対抗出来るか分からない。

 

「だから、君は神には神で対抗しようって考えているのか」

「ああ。相手がどれだけの人間の意識が集まって生まれたのか知らないが、質で言えば蛇神だけで十分上回るだろう」

「なら、別にタナトスは必要ないんじゃ?」

「俺本来のペルソナはアベルとタナトスに分かれているらしい。蛇神を出すならバランスを取る役目としてそっちもいるかもしれないんだ」

 

 湊自身は自分の本来のペルソナがどういった姿や能力なのかは知らない。

 二つに分かれているというのも茨木童子たちに聞いただけでしかないが、それらが事実であるとすれば、元々コントロールが利かない蛇神を出すときに精神のバランス調整役が必要というのも理解出来た。

 蛇神を出しておきながら完全に制御出来ないでは困るので、それを防ぐための保険だと聞いた綾時の不安は少しだけ和らぎ、そういう事なら良かったと笑みを浮かべる。

 

「そっか。なら、僕は安心して君の戦いを見ていてもいいかな?」

「さてな。相手が無差別攻撃を放ってくる可能性もある。一応、阿眞根になろうとアイギスたちへの攻撃は防いで見せるが、自分は無関係だと観戦モードでいて攻撃の余波を喰らっても責任は取れないぞ」

 

 神同士の戦いは人間の戦いの規模で語ることは出来ない。

 無理矢理に表現するとすれば、大国同士が全兵力を投入して戦争をするようなものだろうか。

 兵器を惜しみなく使い、敵国の文明の痕跡全てを塵に変えてしまうような戦いが起きれば、神同士の戦いに近しい光景が見られるに違いない。

 青年がどうやってそんな戦いの余波からアイギスらを守るつもりなのか疑問だが、過去にも蛇神の骨を使って街へと押し寄せる波や瓦礫を防いでいた。

 今回もきっとそんな風になるのだろうと勝手に想像しながら、湊からの用件を聞き終わった綾時は話が終わったなら銭湯に行ってくると屋上を後にした。

 

――まんぷく亭

 

 綾時も後から合流して入浴を済ませると、湊を除くメンバー全員がまんぷく亭に集まっていた。

 湊がいないと誰も料理を準備出来ないのではと思ったが、そこは赫夜たちが代行して用意してくれるらしい。

 今日は善やクマたちも手伝う必要はないと伝えれば、アリスや出雲阿国が各テーブルを回って注文を聞いてゆく。

 アイギスやチドリは湊がいない事を気にしていたが、今も彼の目が魔眼のままである事を聞くとしょうがないと納得したらしく、彼女たちも注文を決めて頼んでいた。

 注文を聞いたペルソナたちが厨房へと入っていくと、料理が来るまで暇そうに熱いお茶に口をつけた順平が誰となしに話し始めた。

 

「つか、さっきの有里見てて思ったんだけど、あいつが善に全力で攻撃かましたのは意外だったわ」

「そりゃ、誰だって急に仲間に攻撃すると思わねーだろ」

 

 その話題を蒸し返すのかと呆れた表情をしつつも、花村がそりゃ普通に予想出来る訳ないだろと返す。

 誰だって急に味方を攻撃する者がいるだなんて思わない。

 敵に操られている訳でもなく、別に仲間を裏切っている訳でもない。それなのに攻撃してくれば、一体どうしたんだと混乱するのが普通だ。

 けれど、順平が言いたいのはそういう事ではないらしく、顔の前で違う違うと手を横に振りながら再び口を開いてきた。

 

「いや、そういうんじゃなくてさ。あいつってなんかコロマルとかアイちゃんたち助けてるじゃん? だからって訳じゃねぇけど、人間じゃないやつには優しいって思ってたんだよ」

「有里先輩はシャドウを容赦なく倒していたと思いますが?」

「あーいや、人の心があるっていうか意思疎通が可能な相手限定って意味で」

 

 途中で直斗が順平の言葉の矛盾にツッコミを入れたが、すぐに訂正した事で話を聞いていた者はそうだったかなと考え込む。

 彼がアイギスたち元対シャドウ兵器の姉妹に優しいのは知っているが、飼い犬になったコロマルにも何だかんだ世話しているのは見ていた。

 さらに加えるなら、自分の力だからというのもあるかもだが、彼は自我持ちのペルソナたちにも優しくしているようで慕われている。

 思い出してみると順平が言っていた通りだったので、確かにその条件に当てはまる善に攻撃を仕掛けたのは不思議に思えた。

 けれど、湊の事をよく知っているチドリにすれば、別にそんな条件はないけどと反論する。

 

「……八雲は別にロボットとか犬とか限定で優しい訳じゃない。困ってる人とか、弱い立場の者に対して優しいのよ」

「なら、なんで困っていた善には攻撃したんだ?」

「それ以上に弱くて助けを必要としていた存在がいたからよ。そして、その存在に危害をくわえた張本人がいたから排除行動に移ったわけ」

 

 チドリが言った助けを必要としていた存在というのは、記憶もなくこの世界に閉じ込められていた少女の事だ。

 順平からすれば善も同じような立場に思えたが、今の状況を作ったのが善であるなら、全ての元凶であり少女を苦しめた敵として湊が排除行動に出たのも納得出来る。

 ただ、自分がいなくなっている内に善が消えていれば、助けられ戻ってきた少女は色々と気にするのではとも思ってしまい。

 その辺りは湊の基準でどうなっているんだと真田が尋ねた。

 

「あいつが善を殺したと知った場合、玲もショックを受けると思うんだが、有里はその辺りの事はどう捉えて行動してるんだ?」

「さぁ? 別に八雲はヒーローを気取ってる訳じゃないもの。基本的には同じ穴の狢を殺して、そういった者の被害者を助けているだけ。被害者のケアは専門家や出来る人間に丸投げじゃない?」

 

 助けておいて助けっぱなしで済ますのかと首を傾げる者もいるかもしれないけれど、別に湊には助ける義理も義務も元々はない。

 彼の行動は基本的には自分のせいで死ぬことになってしまった者たちへの贖罪だ。

 適性を得ていた自分の傍にいたばかりに事故に巻き込まれ死んだ両親。

 同年代の子どもならペルソナを得やすいのではと集められ殺された被験体。

 ただ一緒にいるだけで邪魔だからと殺されたイリス。

 他にも湊のせいで死ぬことになった者たちは大勢おり、その者達が為したであろう事を湊は代わりにやっているに過ぎない。

 そして、これ以上の被害者を出さないよう、湊は自分の同類を狩ってもいるのだ。

 そういった感覚で動いているからこそ、湊は被害者の心のケアなどはあまり考えていない。

 当然、身体の傷やショックを受けた様子があれば、自分の病院を紹介するくらいの事はするものの、専門家でもない人間が余計な事をして心の傷が拡がれば目も当てられない。

 だからこそ、リスクを回避する意味も込めて彼は助けた後の事は専門家に任せるようにしていたが、他の者にはどうやら無責任に思えるらしく納得していない様子。

 別に他の者たちの納得を得る必要などないと思っているチドリはそれを無視したが、善だけは湊の行動に対して他の者と違うことを考えているのか、どこかボンヤリとした様子で料理が運ばれてくるのを待っていた。

 

 

 


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