【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百六話 ダンジョンのこと、帰ってからのこと

――稲羽郷土展・第四夜

 

 封印された扉の指示に従い。四神の鳥居を巡礼して回った一同は、そのまま下層への階段を見つけて下りてきた。

 斜め方向へ跳躍する新たなF.O.Eも移動する方向にさえ気をつけておけば対処は容易く、四体一組のF.O.Eも広範囲攻撃で殲滅すれば楽に済む。

 そうなると、このダンジョンでは湊の脅威になり得る存在はいないため、番人のいるフロアまでもうすぐな第四層でも一同の歩みは普段通りのペースを保っていた。

 非戦闘員の玲や子どもである天田を連れた状態でも進行が遅れない。

 体力的にも精神的にも余裕がある証だが、第四のダンジョンの終わりが近付いている事で、花村が今回のダンジョンは変わっていたなと話す。

 

「つか、今までは何となく出し物っぽさがあったけどさ。ここだけ雰囲気違うっつーか。なんで祭りの中に祭りがあるんだろうな?」

 

 これまで巡ってきたダンジョンは、体験型アトラクションだった『不思議な国のアナタ』、フィーリングカップル要素を組み込んだであろう『ごーこんきっさ』、最も定番であり迷宮らしさのあった『放課後悪霊クラブ』の三つ。

 どれも本来の教室の広さからは考えられない広大さだったが、そういった要素を抜いて出し物として考えると、それぞれがテーマに沿いながらも文化祭らしいチープさもあった。

 放課後悪霊クラブに関してはチープな部分よりも本格的な要素の方が強すぎたが、それでもやはり安っぽいところであったり子供だましな部分もあった。

 一方で、今メンバーたちが巡っているこのダンジョンは、文化祭のような手作りのお祭りではなく、神社仏閣や街全体で行なわれる大きなお祭りに近い空気になっている。

 ところどころで現われるマッスルF.O.Eたちに関してはツッコミを入れたいところだが、彼らも祭りを盛り上げる者たちだと思えば、やはり文化祭ではなく普通のお祭りを模していると見るべきだろう。

 そうした点が気になった花村が歩きながら首を傾げれば、顎に手を当てた順平が少し考える素振りを見せてから口を開く。

 

「そりゃ、あれじゃね? 校舎の方は一日中明るい感じだから、夜店的な要素も欲しくなったとか」

「なら、文化祭の方で夜を作って後夜祭風にすればいいだろ。こんなダンジョン一つ使ってやることじゃないと思うんだよなぁ」

 

 何故か朝から夕方までしか存在しない校舎の一日。

 順平の言う通りに夜のお祭りが楽しみたいのであれば、湊がやっているように建物を改築するかダンジョンのように空間を弄ってしまえばいい。

 もっとも、全てのダンジョンに繋がり、この世界の基礎になっている校舎は弄ることが出来ないのかもしれない。

 弄ることが可能なのはダンジョン含めあくまで建物の構造のみ。F.O.Eなどはダンジョンを構築するギミックのような扱いで、それ故に玲の意思やイメージを反映して作られているのだろう。

 もっとも、そこまで細かくダンジョンの構成に玲のイメージが反映されている事を他の者は知らない。

 正規のルートを外れ空間の外から訪れた湊は、この閉鎖空間を外から観測しある程度の事情を察しているが、他の者からすれば記憶を取り戻しつつある善が口にした「この学校は玲が作った」という言葉しか情報がないのだ。

 それ故、花村と順平があーでもないこーでもないと推測を語っていれば、前方の通路に走り回るマッスルF.O.Eの姿を発見した。

 相手はまだこちらに気付いていないのかゆっくり歩いている。ここまで距離があれば相手には何もさせず、完全に湊の一方的な攻撃で相手を殲滅できる。

 話の続きは彼が敵を殺してからにしようと口を閉じれば、つまらなそうな湊がパチンと指を一度鳴らすだけで敵が黒い光に呑まれて消えていった。

 そんな簡単にF.O.Eを殺してしまって良いのか。というかどういった攻撃手段を使ったのか。

 自分たちが必死に戦っても勝てない敵を容易く殺す青年に、一同は様々な感情の混ざった複雑な視線を送る。

 すると、口元で煙管を遊ばせていた青年は、ゆっくりと煙管を口から離して呟いた。

 

「……あいつの体内に直接“死んでくれる?”を送り込んだだけだ」

 

 “死んでくれる?”というのはペルソナであるアリスの固有スキルだ。

 本来のアリスはアルカナが“死神”なのに対し、湊の所有するアリスのアルカナは“恋愛”だったりするが、使用可能なスキルは魔法に特化しているなど差がない。

 まぁ、湊自身は一度も“死神”のアリスを所持したことがないので、どういった違いがあるのか知らないが、今回は目視で座標を固定し、そこに呪いで構成された黒いダガーを一本送り込んだだけだ。

 いきなり体内に呪いで出来た刃物を送り込まれれば、如何に身体を鍛えていようと抵抗することは出来ない。

 苦しむ暇もなく一瞬にして絶命した相手の死因を聞いた者たちは、本当に今回は彼が味方で良かったと心の中で想いながら移動を再開する。

 このフロアは今までの複合系で、聖なる炎を使った松明と巡礼のギミックが設置されている。

 F.O.Eも同じように勢揃いしているらしく、風花とりせから離れた場所に強い気配があるという報告を聞きながら、今度は千枝が先ほどの話に参加した。

 

「んで、ここが祭りになってる話だけどさ。お祭りって神様とか関係してるらしいじゃん? なら、ここの最後も神様が出てきたりすんのかな?」

「んー、確かにそういうのが多いけど、神様って現実にはいないし具体的な姿とかなくない?」

 

 千枝の言葉に苦笑しながらゆかりが返す。

 ペルソナやシャドウという異能に関わっているせいで感覚がおかしくなるが、神様などという超常の存在などこの世に存在しない。

 湊と同化している異界の神とやらがいるとは聞いているものの、それが現実に降臨した場面を見ていない。

 ベアトリーチェがそうなのだと言われても、玉藻の力を使って完全に別人になれるのを見た後では、彼女も特殊なペルソナの一体なのではと思っても無理はなかった。

 そんな少女たちの話を傍で聞いていたアイギスは、完全に顕現した蛇神“无窮”を見ても神がいないと思えるのはすごいと素直に尊敬する。

 神の子孫を名乗っている青年も存在する以上、アイギスにとって神は実在するものだ。

 そして、そんな神の子孫である青年からは、このダンジョンがどのように見えているのか。そこが気になった少女はぼんやりとした様子で歩いている彼に声を掛ける。

 

「だそうですが、八雲さんの見解はいかがですか?」

「……まぁ、良いところは突いてる。ただ、この祭りは神に捧げるものじゃない。鎮魂が目的のものだ」

 

 湊がそう呟くと全員の視線が彼に集まる。

 思い付きで言った千枝も「惜しいの?」と驚いた顔をしているが、他の者たちの様子に構わず青年は言葉を続ける。

 

「確かに神を祀る、神に捧げるといった意味を持つ祭りもある。だが、ここはそういった場所じゃない。ただ一人のために用意された、魂を鎮めるための場所だ」

「魂を鎮めるって……誰の?」

 

 彼の言葉を聞いた七歌が尋ねる。

 魂を鎮めると言ったが、それはつまりここは故人のために用意された場所という事だろうか。

 ここはあくまで世界と世界の狭間に一時的に存在する浮島のような場所。

 周囲の影響を受けずに独立した存在として状態を保っているが、いずれは波に呑まれて消えてゆくに違いない。

 けれど、そんな場所で故人の魂を鎮めるための祭祕が行なわれている。

 そこから考えられるのは、七歌たちをここへ呼んだ存在の目的が、その祀られている故人と深く関係しているということ。

 

「ねぇ、八雲君。そのただ一人って誰なの? どっちの時代に関係ある人?」

「時代は俺たちで、場所は八十稲羽だから両方に縁があると言える。名前は……ニコだ」

 

 どちらか一方ではなく、どちらにもある意味で関係がある。

 だからこそ、二つの世界から人が呼ばれたのだろうと気付く。

 黒幕がペルソナ使いたちを呼んだのは、何も力を持っていた事だけが理由ではない。

 この孤立空間に関係のある人物“ニコ”と縁のある時代と場所に空間を繋げ、そこから力を持つ者たちを呼び寄せたのだ。

 何の縁もないところから呼び出すのとは異なり、時代や場所だけでも分かっていればそれを縁として手繰り寄せる事が出来る。

 七歌たちの知らない手段を使ったにせよ、呼ばれた理由が判明した事で他の者たちは少しだけスッキリしたらしい。

 だが、他の者たちが自分が呼ばれた理由に納得をみせていると、その中で玲だけが湊が口にした人物名が気になったようで首を傾げた。

 

「ニコ……? ねぇ、はーちゃん。ニコちゃんってウサギのぬいぐるみに書いてた名前だよね? ここはその人のための場所なの?」

 

 彼女がその名前を聞いたのは一つ目のダンジョンでの事だった。

 不思議な国のアナタでハートの女王が守っていた宝箱。そこから出てきたウサギのぬいぐるみのタグに書かれていたのが“NIKO”という名前だ。

 最初はぬいぐるみの名前なのかと思われていたが、湊がその名前を出したという事は人の名前なのだろう。

 しかし、時代的には合っているとは言え、影時間やタルタロスに挑んでいる彼がわざわざニコという人物のいる八十稲羽で活動したのかが分からない。

 一体どこでその人物と知り合ったのだとチドリが訊いた。

 

「八雲、どこでそのニコってやつと会ったの?」

「会った事はない。名前を知ったのもここに来てからだ」

「そうなの? でも、そういう事なら黒幕の正体とかも分かったって事?」

 

 普通に考えれば湊がド田舎である八十稲羽に向かう理由はない。

 昔、総合芸術部の活動で一度訪れた事はあるが、あのときは日本家屋に興味を持っていたターニャの趣味にあう旅館と染め物体験が出来る場所が揃っていたから選ばれただけだ。

 だからこそ、彼が八十稲羽でその人物と知り合った訳ではないと答えれば、そりゃそうかとチドリも小さく息を吐いて納得した顔をする。

 彼がそのニコについて知ったのはこの世界で、第四のダンジョンである稲羽郷土展は丸々その人物のための鎮魂の儀式場。

 そういった情報を集められたのなら、きっと彼は既にこの世界に皆を閉じ込めている黒幕についても分かっているに違いない。

 チドリの言葉で他の者たちも湊に期待の籠もった視線を送れば、青年は背を向けたまま右手を振って分からないと答えた。

 

「……いや、そう上手くは行かない。ここがニコのための鎮魂の場なのは感覚で分かったが、敵の正体についてはもう少し情報が必要だ」

「……そう。こっちの探査型全員の目から逃れるなんて、余程、慎重なのか臆病なのね」

「多分、時期が来るまで動けないんだろうさ。このダンジョンさえクリアすれば敵も正体を現わすだろう」

 

 正体の判明を怖れているというよりは、単純に自分たちの前に姿を現わすことが出来ないのだろう。

 満月に現われるアルカナシャドウを知っている者にすれば、そういったタイプは力を溜め込んでいるので非常に厄介に感じる。

 この世界の謎も少し興味があるが、出来るならば黒幕と出会わずにすぐに帰りたい。

 四つ目のダンジョンをクリアすれば最後の鍵が外れる。そうなればすぐにベルベットルームの扉を潜って元の世界へ行くことが出来るのだ。

 わざわざスルーしたF.O.Eを殺して回った湊じゃあるまいし、他の者たちは出来る限り戦闘を避けて無事に元の世界に帰る事を優先する。

 再びこちらに呼び出されるような事がないよう、きっと元の世界に帰る際に湊が何かしらの細工をすることだろう。

 ならば、元の世界にさえ帰ってしまえば、この世界での事もあの時は大変だったと笑い話に出来るはずだった。

 

「有里、このダンジョンをクリアすれば俺たちは元の世界に帰れるんだよな?」

「……まぁ、そうだな。番人を倒して、扉の封印さえ解けば後は帰るだけだ」

 

 鳴上が湊に一応の確認を取れば彼も素直に頷いて返す。

 最後のダンジョンであるここも、今いるフロアを越えてしまえば残るは番人のみ。

 そいつを倒せばここでの奇妙な生活も終わりを告げ、それぞれの世界に帰って自分たちの戦いと再び向き合う生活が始まる。

 

「有里はこの世界の時の流れが現実と異なると言っていたが、帰ってみれば百年経っていたなんて事になっていれば笑えないな」

「美鶴さんの家は一人っ子ですもんね。宗家の跡継ぎがいなくなって分家が宗家扱いになってたらどうします?」

「行方知れずになっていた者としては強く出れないな。まぁ、そうなっていたら影時間も解決しているのだろう。桐条家から離れて、私人として生きるのも良いかもしれない」

 

 もう少しでこの世界と別れるという実感が出てきたことで、美鶴は思わず帰ってからの事を心配し始める。

 帰った後のたとえばの話ではあるが、浦島太郎のように百年経っていたとすれば影時間の戦いはきっと終わっている事だろう。

 それなら、美鶴自身がこれ以上戦う理由はなく、家を乗っ取られていてもお家騒動時に居合わせなかった自分が悪いのだと受け止める事が出来た。

 影時間の戦いだけではない。桐条グループ総帥の娘という、家や地位からも解放されて自由になる。

 責任逃れで不謹慎だとは思うが、そんな事になればどれほど開放的なのだろうかと想像して本人は苦笑した。

 その横顔を見ていた七歌は、やはり美鶴にとって桐条家のご令嬢という立場は重すぎるのだろうと少し同情する。

 自分のように先祖が紡いできた歴史よりも己を優先する性格であったり、湊のように全てを背負いきるだけの能力があれば、きっと彼女も責任と両立して年頃の少女として青春を謳歌していたに違いない。

 だが、美鶴は七歌ほど図太くなければ、湊ほど器用に何でもこなせる訳でもない。

 世間では優秀な天才と呼ばれる彼女も、実際は努力を重ねて今の地位を得た秀才だ。

 元から天才タイプだった七歌たちの真似事など出来るはずもなく、こうしたちょっとした部分で弱さを見せることもある。

 ならば自分は仲間の弱さを受け止めフォローするだけだと、七歌は集団の少し先にいる湊に話しかけた。

 

「八雲君、美鶴さんが桐条家やめるってさ」

「別に好きにしたらいいだろ」

「でも、もし百年後だったらさ。住む家もお金もなくて簡単に死んじゃうよ?」

「……経済的な支援をしろと?」

「うん。胸揉んだしその代金で」

 

 全員が百年後の世界に行ってしまえば、頼れるのは様々な道具を持っている湊だけになる。

 こちらに持ってきているお金はそれほど多くはないし、もしかすると紙幣が刷新されていたりお金の価値も大きく変動している恐れがあった。

 そうなってくると、頼れるのは湊のマフラーに入っている貴金属や外貨になってくる。

 いくら日本円の価値が下がっていたとしても、キャッシュで数億円持っていれば大丈夫だとは思うが、それらが役に立たなくても他のもので補うことが出来る。

 さらに言えば何年も暮らすだけの食料も備蓄してあるので、日本がダメでも誰もいない無人島で生活するくらいは出来るだろう。

 彼が言うからには時間の流れは問題ないと思うが、“もしも”の保険として戻った後にトラブルが起きても大丈夫だという保障が欲しい。

 過去に思い切り美鶴の胸を弄んでいったのだから、美鶴が何もかもを失ったときは助けてやれ。七歌がそう話せば振り返った湊はとても嫌そうな顔で美鶴を数秒見つめた。

 

「……まぁ、使い道もあるか」

 

 湊が美鶴を直視するなどいつ以来か。見つめられた本人はやや身体を硬くして相手の反応を待つが、聞こえてきたのは非常に不穏な呟きだった。

 言うだけ言って湊は再び正面を向いて歩き出してしまったが、美鶴としては彼が自分に見出した“使い道”とやらがまず真っ当ではないと思っている。

 おそらくは美鶴の性別が関係しており、さらに言えば母親譲りの豊満なスタイルも無関係ではないだろう。

 そうなってくると、今度は誰が使うのかという問題が出てくる訳だが、百歩譲ってそれが湊本人であるなら、彼に罪の意識を持っている美鶴は悩み抜いた末に受け入れるはず。

 ただ、それがもしも名も知らぬような相手であれば――――と、そこまで考えて美鶴は彼がそんな事をするはずがないかと考えを打ち切った。

 無事に最後の番人を倒せるかという不安はあるし、本当にちゃんと帰ることが出来るのかという心配もある。

 しかし、こんな場所までアイギスやチドリを助けに来た青年が、わざわざ時の流れなどという彼しか分からない事で嘘を吐くとは思えない。

 なら、ここはしっかりと彼の言葉を信じて最後のダンジョン攻略に集中すれば良い。

 

「帰ってからの心配は番人を倒してからだ。あと少しだが集中して行こう」

 

 意識を切り替えて顔を上げた美鶴は、自分を見ていた七歌に笑いかけると先を進む湊の後を追ってゆく。

 他の者たちも美鶴の言葉に頷いて返すと、時折現われるシャドウを倒しながら最後の番人を目指して進んだ。

 

 

 


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