【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百二話 一時撤退

――ヤソガミコウコウ

 

 稲羽郷土展の第二階層を回り終わった一同は、湊を除くメンバーの水が底をついたことで校舎に戻ってきた。

 次にダンジョンに潜るときには湊がF.O.Eを排除することで、すぐにでも第三階層への階段へ向かう事が出来る。

 そのため、戻ってすぐにマリーと一緒に自分の拠点に行った湊を除き、他のメンバーたちはお風呂に入ってさっぱりすると、夕食の前に翌日の準備を進めていた。

 矢筒に新しい矢を補充し、弓に張っている弦の調子を見ていたゆかりは、同じように傍で武器の手入れをしていた七歌になんとなしに話しかける。

 

「ねぇ、そういえば元に戻った有里君の雰囲気なんだけど、これまでのダンジョンと比べると少し静かじゃなかった?」

「ほえ? んー、この世界じゃあんまり大人の姿で会ってないからなぁ。さっきは身体が凍ってたのもあったし。特別静かとは思わなかったけど」

 

 ゆかりに言われて彼の様子を思い出そうとする七歌は、顎に手を当ててうんうんと唸りつつ記憶を辿る。

 しかし、比較しようにも放課後悪霊クラブの暗闇で淡々と敵を殺していた姿が基準になるので、それと比べれば激しい攻撃が増えた分だけ静かとは言いづらい。

 ダンジョンの中を進んでいたときの事を言っているのであれば、稲羽郷土展ではアイギスが暑くないよう自分の身体を凍りつかせてまで氷結スキルを使っており。

 身体が凍りついている事もあって、その時の湊は普段以上に静かで当然と言える。

 ゆかりがどの部分について言っているのか分からず、これでは判断しようがないと思った七歌は、手を止めて顔を上げると素直に返した。

 

「ゆかりが言ってるのっていつと比べての話?」

「いつってダンジョンを歩いてるときと比べてだけど?」

「ダンジョンの構造が違うから比較しづらいんだよね。ぶっちゃけ赤ん坊状態の方が多かったし」

 

 普段から五月蝿く騒ぐタイプではないので、七歌からすれば湊はいつも静かにしているイメージだ。

 ダンジョンの中では敵の反応を感知して即座に反応し、相手を倒すまでは声を出しもしていたが、基本的には黙って歩いているだけだった。

 それでもゆかりは何かが気になったようで、作業の手を止めて完全に七歌の方へと向いて口を開く。

 

「ただの勘だけど有里君なにか隠してると思うんだよね」

「隠してるって……例えば?」

「んー、敵の正体とかかな」

 

 全てのダンジョンをクリアすればベルベットルームにある扉の封印が解ける。

 封印さえ解ければ扉を潜って元の世界に帰れるので、自分たちをこの世界へと引き込んだ黒幕と戦う必要はない。

 だが、こんな大変な事件に巻き込んだ黒幕の正体はやはり気になった。

 湊ならばその正体にも既に気付いていて、けれど黙っている可能性は十分にあり得る。

 彼はこれまでにも訊かれなかったからと重要な事を黙っていたり、他のものが聞けば心配するような事を隠したままでいたことがあった。

 ゆかりが湊の雰囲気に違和感を覚えたのは、無意識にそういったときと似た空気を察知したのかもしれない。

 ただ、ゆかりからそんな事を聞いた七歌は、他の感知型のペルソナを持つメンバーの事を思い浮かべながら言葉を返す。

 

「敵の正体って……風花とりせちゃんは感知出来てないのに?」

「ついでにチドリもだけど、有里君の感知能力って三人とタイプ違うらしいじゃん。なら、有里君の感知能力の特徴は分からないけど可能性はあるでしょ」

 

 二人のペルソナは一切の感知能力を持っていないので、能力の細かな違いなど詳しい事は分かっていない。

 けれど、以前風花に聞いた話では風花とチドリの能力は受動的か能動的かの違いだけで、ベースとなる理論などは共通しているらしい。

 アプローチが違うだけで同じ系統の能力ならば、出来る事も似通っているに違いない。

 となれば、湊の感知能力がそれらとは異なる系統の能力ならば出来る事にも差があるはず。

 もっとも、その“差”とやらが分からない以上はこれ以上話を広げようがないのだが、二人が話をしていると階段の方から人がやって来た。

 

「ねえ、わたしの名前が聞こえたけど何の話?」

「ああ、りせちゃん。それに直斗君も」

「どうも」

 

 声を掛けられ顔をそちらに向ければ、りせと直斗が並んで立っていた。

 二人は稲羽郷土展のマップを見て何やら話をしていたようだが、ゆかりと七歌の会話の中に自分の名前が出てきたのが聞こえて気になったらしい。

 別に陰口を叩いていた訳でも無いのでりせが会話に参加しても問題ない二人は、せっかくだから他の人の意見も聞いてみようと七歌が自分たちが話していた内容を伝える。

 

「いや、ゆかりがさっきのダンジョンで八雲君の様子が普段と違ったって言ってきてね。何でもダンジョンの中を歩いてるとき、他のダンジョンのときより静かだったって」

「僕自身は気付きませんでしたが、久慈川さんはどうです?」

「わたしも気付かなかったかなぁ。ナビはあくまで全体を俯瞰する感じで、一応は皆の体調の変化とかにも気をつけてはいるけど、プロデューサーに関してはほとんど心配してないから」

 

 ゆかりや七歌と同じように現場にいた直斗は気付かなかったという。対して、周辺の警戒をしつつメンバーの体調変化を見ていたりせは、湊の事は見ても無駄だから見ていなかったと答えた。

 ナビ役がそんな事で良いのかというツッコミが入りそうなものだが、実際は他の者たちも確かに気持ちは分かると逆にりせに同情的な視線を向ける。

 どこの世界にF.O.Eと素手喧嘩で戦う馬鹿がいるのか。

 体力を大幅に消耗したからといって縮むなどどんな身体をしているのか。

 味方の体調を気遣って自分の身体が凍りついてでもスキルを使うなど常軌を逸している。

 そんな風に湊は非常識な行動を重ねているにもかかわらず、本人は何事もなかったかのようにシレッとしているので気にする方が馬鹿を見る事になる。

 最初は気にしていたりせも途中で無駄だと気付いたのか、彼の居場所などは把握するようにしつつも細かな状況把握はやめたとの事だ。

 そういう事ならば、現場にいなかったりせが湊の微妙な変化に気付けるはずがないので、直斗が気付かなかったと答えた時点で七歌はやはりゆかりの勘違いではと思った。

 ただ、もしもの事を考えて、感知能力の専門家であるりせに細かな能力の差について聞いておくことにした。

 

「あ、話は少し逸れるけど、りせちゃんたちの感知能力の違いについて教えてくれない? 具体的に言うと、他三人が気付けない事に八雲君の能力なら気付く可能性があるか」

「んー、可能性で言うならあり得ると思う。わたしたちは仲間と生体情報を共有して地形とか敵の情報を把握してるんだけど、言っちゃうと皆の潜在能力いっぱいまでが共有の限界だから、それ以上の範囲とかだと精度がどうしても落ちるの」

 

 風花、チドリ、りせの能力は基本的には同じ系統の能力だ。ただし、先ほど七歌たちが言っていたように、風花は受動的な能力なのに対し、チドリとりせは能動的な能力の使い方をしているという細かな違いはある。

 この三人の中では風花が最も強力な感知能力を持っているが、彼女のペルソナではチドリのように戦闘は出来ないし、能力を通じて相手に干渉するといった使い方も出来ない。

 情報のスペシャリストと情報戦も出来るオールラウンダー。どちらが優れているかはチームメンバーのバランスによるだろう。

 完全に役割を分担できるのであれば、情報の精度を優先してスペシャリストに頼んだ方がいい。

 逆に人数の関係で役割分担が難しければ、オールラウンダーにアナライズ完了後に戦闘にも参加して貰う事になる。

 同じ系統の能力でも細かな違いで運用法が変わってくるのだから、異なるメカニズムによって情報を集めている感知能力持ちならば、別系統の類似能力持ちには出来ないことが出来てもおかしくない。

 りせ自身も湊の能力の詳細は把握していないようだが、風花やチドリから聞いた話を交えて湊の能力について説明する。

 

「プロデューサーの感知能力ってあくまでプロデューサーの知覚を伸ばすタイプなんだって。わたしたちみたいに他の人と生体情報を共有したりは一切無くて、個人で完結した能力だから干渉を受けないらしいよ?」

 

 ざっくりと説明するのであれば、風花たちの能力は防犯カメラのモニターのようなものだ。

 メンバーたちがカメラ役になって、風花たちはカメラ役の得た情報を入手するのである。

 対して、湊は衛星カメラのような能力で、非常に広範囲を自由に見ることが可能な分、細かな設定を自分でやる必要がある。

 調べた範囲内で自由の利く前者と扱いが難しい分制限がほとんどない後者。

 そんな違いがあるからこそ、自分たちが気付けない情報を湊だけが入手している可能性は十二分にあるとりせは断言した。

 同じ感知能力を持つ者の言葉だけあって、ゆかりの勘と比べて信憑性が格段に増した。

 しかし、湊が他の者が握っていない情報を持っているとしても、相手が相手だけに聞いたところで素直に教えてくれるだろうかと直斗が考え込む。

 

「先輩が相手となると情報収集は難しいのでは? あの人は僕たちが持っていない情報、欲しい情報を持っている事がよくあります。ですが、僕たちはそれが真実か判断する術を持ちませんし、先輩が意図的に誤情報を渡してくる事も考えられます」

「意図的に誤情報を渡すって、そんな事してなんの意味があるの?」

 

 この世界から一刻も早く出たいのであれば、湊も他の者に協力するのが自然だ。

 だというのに、直斗は誤情報を渡してくる可能性が存在すると口にした。

 誤情報を受け取ったメンバーはきっと湊の言葉を信じて行動するに違いない。騙されたまま行動した結果、メンバーたちの身に危険が迫れば彼が助けてくれることだろう。

 ただ、自分が騙して味方を危険に晒しておいて、わざわざ危険が迫れば助けるというなら、それは酷いマッチポンプではないかと思ってしまう。

 人から良く見られようと思っていない湊がそんな事をするだろうかとゆかりが首を傾げれば、直斗は苦笑しながら「確かにそんな自作自演はしないでしょうね」と言葉を返す。

 

「僕たちに知られる事で何か不都合が発生するか、騙されている僕たちを見て楽しむか。先輩の性格ならまず前者でしょうが、後者の可能性も否定しきれないところが厄介です」

『あー……』

 

 湊が情報を秘匿するのは自分に不利益が発生するか、湊にとって守る対象である人物に不利益が発生するパターンだ。

 そういった理由であれば、後で隠していたことを知らされようと、誰かを守るためならしょうがないと納得も出来る。

 仲間の事なら色々と知りたいとは思うが、誰にだって秘密にしておきたいことはあるのだから、何かの拍子で湊がその情報を得ていようと無理矢理に聞き出すつもりはない。

 しかし、相手があの湊となると悪戯の可能性を排除できないため、彼の悪質な悪戯の被害に遭ったことのある七歌たちは揃って気の抜けた声を漏らす。

 普段はとても真面目なのだ。他の男子たちがフンドシ姿で御神輿を担いでF.O.Eに突進するような馬鹿なのに対し、湊は冷静に敵の動きを見極めて安全圏から平気で急所を撃ち抜く仕事人気質。

 それらは全て裏の仕事の経験によって培われてきた思考と技術なので、戦いは経験していてもあくまで一般人である七歌たちにすれば、戦闘のプロが味方にいるとあって非常に心強く感じている。

 ただ、戦闘のプロだからこそ他の者と安全の基準が大きく異なるようで、皆が警戒してダンジョンを進んでいるとき、湊は気にせず食事をしたりアイギスと雑談をしていたりする。

 敵の位置が自分でも分かるからこそ、湊はダンジョン内でもオンとオフを完全に切り替えているようだが、オフのときは平然とボケボケな発言をしたりもする。

 チドリやラビリスをからかうような発言をしたり、校舎からサポートしてくれているりせを煽ったり、表情だけは普段通りなせいでアンバランスさが目立つがやっていることは本当に子どもだ。

 そんな湊だからこそ意味もなく騙してくる可能性を排除できないのだが、彼のそう言った悪癖について考え出すと切りが無いので、七歌がこれまでの情報から黒幕に繋がるヒントがあるのではと話題を変える。

 

「そういえば、前のダンジョンの宝箱から人の髪束が出たでしょ? それを手にした善君がこの学校は玲ちゃんが作ったって言ってたよね。ってことは、もしかして黒幕って玲ちゃんの関係者なんじゃないの?」

「あまり憶測で話すものではありませんが、確かに可能性としてはあり得ますね。どういった関係かは分かりませんが、呼ばれてこの世界にきた僕たちと玲さんたちでは立場が異なるようですし」

 

 これまでも何度か黒幕やこの世界について話してきたが、一番真相に近いと思われた意見は、八雲とベアトリーチェが説明した黒幕が二人存在するという説だ。

 そのとき二人が話したのは、善と玲をこの世界に閉じ込めた存在と、七歌たちを外から呼んでまで二人を出そうとしている存在は別だという事。

 仮に八雲たちが言っていた通りだとすれば、閉じ込めた存在と出そうとしている存在のどちらか味方なのかという判断が必要になる。

 状況を考えると玲たちの味方として七歌や鳴上たちを呼んだ存在の方が、玲たちの事を考えて行動しているように思える。

 だが、もしも二人を悪用しようとしている者がいれば、手出しできない現状を打破するために七歌たちを送り込むくらいはするだろう。

 考えれば考えるほど深みに嵌まって全てが疑わしく思えてくる。

 これ以上は考えても疲れてしまうだけなので、七歌とゆかりは武器の整備を終えると立ち上がって背伸びをした。

 

「んー……はぁ。やっぱ考えるにしても情報のピースが足りないね。これ以上は考えても無駄だろうし、皆と合流してご飯でも食べようか」

「賛成。サウナみたいなとこ歩いてたから、普段以上に疲れてるし。今日はサッパリした感じのもの食べたいなぁ」

「そういう時は魚が良いらしいですよ。食欲がなくても身体は疲れている訳ですから、普段通りか普段以上に食べる必要があるんです。サンマならすだちとおろし醤油でサッパリ食べれますしオススメですよ」

 

 どうしても疲れからあっさりとしたものやサッパリとしたものが食べたくなる。

 ゆかりとしては冷たいうどんであったり、冷やし中華とかでいいかなと思っていたが、直斗がそれでは必要なエネルギーを摂取できませんとアドバイスした。

 直斗が挙げたメニューなら、確かにガッツリと食べつつもサッパリしているので、希望に沿いつつゆかりの身体のためにもなる。

 明日もまたダンジョンに潜るとなれば、回復のために今日できることはやっておくべきだろう。

 武器整備の片付けを終えた七歌たちは、直斗たちと共に一度拠点に荷物を置きに戻ってからまんぷく亭を目指すことにし、その道すがらで疲労回復に効果的な料理の話題に花を咲かせた。

 

――まんぷく亭

 

 七歌たちが荷物を置いてからまんぷく亭に向かうと、またしても店の外観が変わっていた。

 暖簾には『炭火焼き肉“まんぷく亭”』と書かれており、サッパリしたものが食べたかったゆかりの希望は打ち砕かれた。

 しかし、湊が用意するからには出てくる肉は全て国産の高級品に違いない。

 焼き肉と聞いた時点で男子と千枝のテンションがMAXまで上昇し、クマが出てきて札を『商い中』に変えると同時に中へと駆け込む。

 期待に胸を膨らませた者たちが中へ入ると、そこには四人掛けのテーブルの中央に焼き肉用の七輪が設置された“ザ・焼き肉店”という光景が広がっていた。

 店のルールはオーダー八〇分、席一〇〇分の食べ放題制。小学生は一五〇〇円、女子は一八〇〇円、男子は二〇〇〇円となっている。

 一度の注文で頼めるのは一種類につき人数分まで、ご飯と水は店内に炊飯器とピッチャーが置かれるセルフ形式だ。

 じっくりと店のルールを熟読したメンバーたちは、メニューを見ながら各テーブルに設置された電子パネルで注文してゆく。

 

「シンジ、適当に頼んでてくれ。水とご飯を持ってくる」

「待て。牛タンが厚切りと薄切りがあんだ。そこはどっちにするか決めてから行け」

 

 ササッと炙るように焼くだけで食べられる薄切りと、タンのこりこりとした食感が楽しめる厚切り。これらは好みによるので、最初の一品としてどちらを頼むか決めようと荒垣が真田を引き止める。

 すると、同じテーブルについていた完二が選ぶ必要はないんじゃと会話に参加する。

 

「いや、別にどっちも頼めばよくないッスか? 色々食いてぇなら二人前ずつとかでいいっしょ」

「あ、ここポテトとかも置いてるんですね。有里先輩って個室の高級焼き肉にしか行かなそうなのに、庶民的な店のメニューとかシステムも知ってるのは意外ですね」

 

 至極真っ当な意見を言った完二の隣に座ってメニューを見ていた天田は、おつまみ系の一品モノの種類が豊富なことが意外だと口にする。

 確かに湊は生家も実家も富裕層なので、庶民的な店に行く機会などはあまりなかった。

 その点から言えば天田の推測は正しいのだが、彼はEP社で働くようになってから様々な分野の店を研究し、新しくEP社で子会社を立ち上げてオープンさせてきた。

 近代の日本におけるファミレスや回転寿司の電子パネルを使ったシステムは非常に画期的で、それらは居酒屋や焼き肉店にも流用され効果を発揮している。

 湊もそのデータを知っていた事で、自社の店にも真似してシステムを導入するようにしたのだ。

 もっとも、そんな店側の情報など客には関係ないので、荒垣は完二が言った通りにどちらも頼むことにして、さらにカルビやハラミなど様々な種類の肉を頼んでゆく。

 

「おまっ、それ俺が育ててた肉だぞ!」

「あ、そうなの? いやぁ、食べ頃だからつい」

「ぜってー、わざとだろ!」

 

 荒垣が注文を終え、真田が人数分のご飯と水を乗せたお盆を持って戻ってくると、隣のテーブルから花村の怒声と順平の調子のいい声が聞こえてきた。

 せっかく破格の安さで高級な肉が食べ放題で食べられるというのに、スタート直後から騒いでどうすると真田も呆れ顔を浮かべる。

 足りないなら追加で頼めばすぐに持ってくる。肉が焼けるまでなど一分もいらないので、怒るほどのことではないだろう。

 これ以上騒がれると鬱陶しいので、真田は通路を挟んで隣の席にいる順平たちを注意した。

 

「おい、お前ら。せっかくの肉が不味くなる。騒ぐのなら出て行け」

「いや、だって伊織が人の肉を食ったんですよ? 一人につき三枚って感じで持って来てんのに、それ超えて食うとかありえないっしょ」

 

 通常の店ならグラムなどで一人前を設定する。けれど、それを基準にしてばかりいると、四人いるのに肉が七枚しかないという状況が発生する事があった。

 そういう場合、足りないよりは良いだろうと一人前多く頼んで回避する客も多数おり、食べたい分以上に頼む必要が出てくる。

 これでは結果的に店側も損しやすくなるので、湊はグラムでの設定に加えて人数で均等に割れる枚数を乗せるように指導していた。

 全員が同じ枚数を食べられる訳ではないが、多ければ他の者に譲ればいいだけなので、足りなくて一人前多く頼まれるよりは出て行く量は少なく済む。

 湊がそんな風に客のことも考えて設定したルールだったが、順平は食べた者勝ちだと他の者の分まで焼けるなり食べていた。

 肉が最高に美味しいからこそ花村が怒るのは当然と言えるが、真田たちのテーブルも女子たちのテーブルも平和なものだ。

 騒いでいるのは花村たちのテーブルだけなので、クマが持ってきた牛タンの二種盛りの皿を受け取りつつ、真田は事情は分かったが落ち着けと返す。

 

「花村が怒るのは分かる。だが、どうせ八〇分も食い続けるなんて無理なんだ。多少のことはこんな上等な肉を用意してくれた有里に免じて流せ」

「……はぁ、了解です」

「順平、お前は反省しろ。他のやつの分まで取るような卑しい真似をするな」

「あ、あはは……すんません」

 

 美味しいからこそ次々食べたくなる気持ちは分かる。だが、自分さえ良ければいいという考えはよくない。

 肉を前にしているからこそ、真田が普段以上に真剣に諫めれば、花村と順平も反省したようで静かに食事を再開した。

 その様子を横目で見ながら肉が焼けるのを待っていると、最高の焼き加減というところで荒垣が「焼けたぞ」と声を掛けてきた。

 肉の焼ける香ばしい匂いが暴力的なまでに食欲を刺激してくる。

 焼きすぎると旨みである脂が抜け、さらに身も固くなってしまうので、すぐに箸をのばして小皿に乗せた真田は、薄切りの牛タンをサッとレモン汁に通してから口に運んだ。

 

「……うまいっ」

 

 網に乗せてサッと焼いただけの薄切りは、限界まで空腹を我慢していた身体を一瞬で食事モードに切り替える。

 もっと肉を、もっと食わせろという欲求が脳と身体を占めてゆく。

 薄切りと並行して厚切りを焼いているが、どうしても焼けるまでに少し掛かるので、その待ち時間がもどかしい。

 順平に卑しいことをするなと言った手前、流石に他の者の分まで食べようとは思わないが、これは常に肉を焼きながら食べるしかないなと真田は追加で肉を頼んでおく。

 最初の一枚は間違いなく最高のスタートだったと言える。普通、薄切りは瞬間的な味のみで余韻などはほとんどなかったりするのだが、湊が選んで集めた肉だけあって薄切りでさえも肉汁のスープが楽しめた。

 続けて食べた厚切りはこりこりとした食感とぷりぷりとした弾力を噛んで楽しむ度、肉から旨みの濃厚なスープが溢れ出てくる。

 レモンの果汁がアクセントとなってくどさを消し、ほんのりと爽やかな余韻が残ることで次の肉へとつい手を伸ばしてしまう。

 厚さを変えた二種類の牛タンだけでこれだけ楽しませてくれるのだ。運ばれてくる肉にさらなる期待を寄せながら、真田は灼熱のダンジョンで疲弊した身体に最高の栄養を取り込んでゆくのだった。

 

 




 『ペルソナ3ダンシング・ムーンナイト』『ペルソナ5ダンシング・スターナイト』、五月二十四日木曜日発売。
 荒垣さんとラビリスとテオドアもDLCにて参戦。

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