【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百九十四話 当時の事

――ヤソガミコウコウ・銭湯

 

 八雲が戦闘を終えてから倒れてしまった事で、一同は番人が守っていた物を回収してすぐに戻ってきた。

 宝箱の中にあったのは紙で束ねられた綺麗な白髪。

 善が言うには番人が守っている物は玲に関係があるものらしいが、再び僅かな記憶を取り戻した善は戻ってくるとき思い詰めた表情をしていた。

 話は戻ってからと先に決めた事でその分悩んでいるらしく、どうやらそれなりに重要な事を思い出したらしい。

 だが、いつまでも暗い病院の中にいると精神的にも参ってしまうため、メンバーたちが戻ってくると先に入浴などを済ませて集合する事にした。

 時間が開けばそれだけ善も自分の気持ちを整理することが出来るはず。

 そんな気遣いと純粋にお風呂で疲れを癒やしたいという想いから七歌たちが拠点から荷物を持って銭湯に向かえば、アイギスがメティスに八雲を預けて洗面器を大きくしたような赤ん坊の沐浴用桶にお湯を張っていた。

 二人は身体にタオルを巻いているが、眠ったままの八雲はすっぽんぽんの状態で抱っこされている。

 それを見た風花は八雲をお風呂に入れるなら自分も洗ってやりたいと近付いていった。

 

「アイギス、私も八雲君のこと洗ってあげてもいいかな?」

「ダメであります。これはわたしと八雲さんの大切なコミュニケーションなのでご遠慮ください」

 

 お湯の量と温度をしっかりと計測したアイギスは、メティスから八雲を受け取ると慈愛の眼差しで見つめながら彼をお湯に浸からせる。

 寝ている状態でそんな事をしていいのかという疑問はあるが、八雲はお湯に触れた時に身体をビクリと震わせただけで、後は眠ったままではあるが気持ちよさそうに緩んだ表情をみせた。

 

「八雲さん、しっかりと綺麗にしましょうね」

 

 首の後ろを左手で支えながら、右で優しくお湯を掛けながら身体を撫でてやる。

 赤ん坊の若く瑞々しい肌の表面でお湯が珠になり、それらが滑り落ちるのを眺めながら汗を掻きやすい関節部分を強めに擦る。

 首や鎖骨に脇や肘の内側。撫でられるとくすぐったいのか身を捩らせるが、まだまだ目を覚ましていないのでアイギスも大人しい内に身体を洗ってしまおうと作業を続ける。

 普段は起きている状態で入浴するため、八雲はシャンプーハットを被った状態でシャワーで洗われていたが、こういった洗い方の方が八雲とより触れ合える事もありアイギスは継続しようと考えていた。

 

「さぁ、八雲さん。次は下半身であります」

 

 上半身は洗い終えたので今度は下半身に向かって手を伸ばす。

 今の彼は生まれたままの姿なので、見た目こそ長髪の女児だが股にはご立派様が存在する。

 いくら赤ん坊のものと言えど初心なメンバーは少し照れるようだが、アイギスはそんな事は気にせず一切の躊躇いも見せず触れて洗った。

 

「とても大切なものなので念入りに洗っておきましょう」

「ア、アイギス。デリケートな部分だから優しくね」

 

 自分の髪や身体を洗いつつ、アイギスの様子も見ていた風花が心配になって声を掛ける。

 綺麗にしようと思うあまり、触りすぎて炎症を起こしては意味がない。

 男子のそこはとても敏感で繊細な部分であるため、張り切る気持ちは分かるがほどほどにと彼女は注意した。

 

「ご安心ください。以前、八雲さんが小さくなられた事を受け、わたしは密かに病院の赤ちゃんお風呂教室を受講し、子育ての学術本を読んでおきましたから」

「そ、そうなの? 準備いいね……」

「ええ、全ては八雲さんのためです」

 

 ちゃんと学んでからやっているのであれば、大人の湊のものにしか触れた事のない風花などより余程任せられる。

 実際、今も洗われている八雲はくすぐったそうにはしているが痛がってはいない。

 アイギス本人がとても丁寧に洗っている事に加え、学んだ技術をしっかりと駆使しているからこその反応だろう。

 心配していた者たちを納得させるだけの準備と腕前を見せ、八雲の身体をしっかりと洗い終えるとアイギスも納得したように頷いていた。

 

――まんぷく亭

 

 全員が風呂からあがってくると、ダンジョンの奥で見つけた物や成長した八雲について話し合うため一同はまんぷく亭に集まっていた。

 お風呂で身体を洗われていたときには眠っていた八雲も目覚めており、しっかりと店主としての役目を果たしてからあいかの膝の上でご飯を食べている。

 

「おいしい?」

「まーも!」

「そう。沢山食べて」

「あい!」

 

 あいかは膝の上に乗せた八雲のために、エビフライをナイフで一口サイズにカットしてから八雲の口に運ぶ。

 小さな口をいっぱいに開けて頬張る姿は思わず頭を撫でてやりたくなり、口の中の物を飲み込むと催促するように再び口を開けてくるため、ついつい好きなだけお食べと自分の分まで食べさせてしまう。

 普通の赤ん坊ならば自分の分を食べた時点で苦しくて動けないというのに、本当にその小さな身体のどこに入っているのだろうと鳴上たちは八雲を眺めていた。

 すると、同じように八雲の食べる姿を見ていた美鶴が、これでは話が進まないと頭を振って本題に入った。

 

「さて、ダンジョンの奥で見つけた白髪だが、あれについて皆の意見を聞こう」

 

 宝箱の中に入っていた白髪は本当に綺麗な状態だった。

 長さで言えば雪子と同じくらいらしいが、それほどの長さになるとケアがとても大変で、見つかった髪の毛の束が非常に綺麗な状態だった事もあり、雪子の推測では持ち主にとってその髪は自慢だったのではとの事だった。

 ただ、見つかったのがお化け屋敷の最奥という事もあり、いくら綺麗と言っても人の髪ということもあって順平などは不気味に感じていた。

 

「オレっち的には最後にビビらせるためのトラップじゃねぇかなって感じッス」

「いや、番人倒してから最後にビビらせても意味ねぇだろ」

「逆だよ。悔しいから最後に一泡吹かせようって話」

 

 花村が番人を倒されてから驚かせても意味がないと言えば、順平はだからこその嫌がらせだと笑ってカツ丼を食べる。

 もしも、本当にそんな理由で髪の毛を用意していたとすれば、この世界にメンバーたちを閉じ込めている黒幕は真性の馬鹿だろう。

 無駄な事に労力を割くくらいならば番人を強化するか、番人に付属していたナースを三人か四人にした方がマシだ。

 子どもの天田でもそう思うのだから、順平の予想だけは絶対にハズレだと皆が思いつつ、従業員の集まるテーブルにいた善が自分が思い出した事も何かの役に立つだろうかと口を開いた。

 

「……この学校は玲が作ったものだった。何故、玲が学校を作ったのか。どうして今出たがっているのか。それは分からないがこの学校を作ったのが玲だという事は思い出せた」

 

 彼の言葉を聞いてメンバーたちは怪訝な顔をする。

 この学校を作ったのが玲であるならば、彼女は自分で自分が作った建物に閉じ込められている事になる。

 どういった状況ならばそんな事が起こるのだろうか。可能性としては自分がいる事で何かしらの不都合があり、自分で自分を封印するといった事が挙げられる。

 ただ、迷宮の奥に隠された物を手に入れると記憶が僅かに戻る事はこれまでもあったが、実際の所善の持つそれが本物の記憶であるかは誰も証明できない。

 疑ってばかりいても話が進まなくなるので“真実である”という前提で考えるしかないが、顎にえ手を当てて考え込んでいた直斗が顔をあげた。

 

「善君は以前言っていましたね。迷宮の奥に隠されているのは玲さんのものだと。そして、本当にこの学校を作ったのが玲さんだとすれば、僕たちが黒幕と呼んでいる相手は存在しないかもしれませんね」

「んー、流石にこの世界の外までは探知できないけど、そういうのってプロデューサーが詳しいんだよね。いつになったら元に戻るんだろ?」

 

 直斗の隣に座っていたりせは熱いお茶の湯呑みに口をつけながら、あいかにご飯を食べさせて貰っている赤ん坊に視線を向ける。

 今現在、メインでバックアップを担当できる者は四人いるが、全員とも少しずつ能力に違いがあり、それぞれに得意分野があった。

 情報をより深く知る事が出来る者や、効果範囲が広い者など色々といるが、チドリと風花とりせが探知できるのはあくまでこの閉じられた世界の内側だけだ。

 逆を言えば、外を探る事が出来ない以上、ここが完全に隔絶された空間だと証明できる訳だが、湊は元いた世界からこの場所を探り当てて辿り着いていた。

 エリザベス曰く、太平洋の真ん中に落とした一本の針を日本から泳いで探しに行くようなものらしい。

 そこへさらにマーガレットは、泳ぐ者は目隠しと耳栓をした状態でという条件まで追加していた。

 ハッキリ言って不可能。世界中探してもそんな事が出来る者など絶対にいないと断言出来る。

 けれど、湊が渡ってきた空間は世界の理が生まれる前の世界がひしめき合っており、地球の数十倍の重力が存在する世界であったり、僅かでも吸えば喉も肺も焼かれるような灼熱の空気しかない世界もあった。

 そんな世界らを時に躱し、時に突破して彼はこの世界にやってきた。

 本人が言うには契約を結んでいる相手との間にパスが存在し、それを辿ってきただけなのでエリザベスらが言うほど見つける事自体は難しくない。

 どちらかというと異なる理を持つ世界を突破して目的の世界に近付く方が大変だったが、苦労してこの世界に辿り着いた本人は苦労したという記憶も退行で失っている。

 りせたちがこの世界の外まで探知するならば、湊のそういった部分の情報が必要なだけに今の状態は歯がゆく感じる。

 すると、宝箱から見つかった髪束に関する意見があまり出てこなかった事で、気になっていたもう一つの事柄について雪子が月光館学園の者たちに尋ねてきた。

 

「あの……番人と戦った成長した八雲君について聞いてもいい?」

 

 その話題が出るとマリーが席から立ち上がり、ご飯を食べ終えていた八雲をあいかから受け取ってまんぷく亭から出て行く。

 外に連れ出される八雲は不思議そうな顔をしていたが、マリーが「アイス食べたいから一緒に来て」と告げると笑顔で頷いていた。

 今の八雲が再び僅かに成長した姿になるかどうかは分からないが、可能性を考えて話を聞かせない方がいいのは確実だ。

 気を利かせて八雲を連れ出してくれたマリーに感謝しつつ、美鶴は自分も又聞きした情報しか持っていないがと口を開いた。

 

「我々も詳しくは知らない。ただ、エルゴ研から脱走した後の姿……でいいのだろう?」

「ええ。私の事も知っていたし、魔眼も両眼で発動してたから脱走直後くらいの時期の八雲でしょうね」

 

 湊の物に限らず、本来魔眼は両眼で発動して初めて完全な効果を得る。

 ただ、湊の魔眼は常時発動型でもあるので、精神を強く持つ事で擬似的にオンとオフを切り替える事が出来ていた。

 そんな湊の眼は一時期精神が不安定なせいで完全には切り替える事が出来ず、片目だけが魔眼のままであった時期があった。

 けれど、ダンジョンの番人と戦っていたときには完全に両眼で発動していたので、脱走直後から仕事屋として活動し始めたばかりくらいの姿だと思われた。

 それを聞くと戦闘中の八雲の姿を思い出したのか、千枝が小さくぶるりと身体を震わせて言葉を溢す。

 

「そういえば、結構物騒なこと言ってたりしたよね。途中からは何か鬼気迫るものがあったし」

「先輩たちも探り探り聞くのはやめましょう。単刀直入に聞きます。有里先輩は過去に人を殺めた事があるんですか?」

 

 雪子や千枝が何を聞きたいのかは全員が分かっていた。だからこそ、マリーは赤ん坊には聞かせられないと八雲を連れ出したのだ。

 内容が内容だけに聞きづらいのは分かるが、こういった事はちゃんと聞かなければ後で気まずくなるだけだと直斗がストレートに尋ねれば、しっかりと視線を合わせたチドリが頷いて答えた。

 

「……ええ。本人も別に隠してないから答えるけど、エルゴ研から脱走するときに研究員の八割以上を殺したわ。相手も銃を持って殺しにきたからって理由もあるけど、脱走されるくらいならって被験体を殺してきた敵を一夜で百人以上殺して私と合流したときには全身血濡れで酷い状態だったわよ」

 

 自嘲するように嗤うチドリは、あの日の事を今でも鮮明に思い出す事が出来る。

 研究員を脅すために力を振るう事はあったが、それは人として踏み越えてはならない一線を踏み越えないため、抑止として力を見せていただけだった。

 そんな少年が全身を返り血で染めた姿でやってくれば、何があったかなど容易に想像がついた。

 あいつらは彼の中の鬼を目覚めさせた。そして、自分たちが彼に踏み越えさせてしまったのだと。

 昔の事を思い出してチドリが感傷に浸っていれば、こんな話を聞いても相手の事を心配できてしまう鳴上が続けて尋ねてくる。

 

「有里は大丈夫だったのか? 普通、そんな事をしてしまったら精神的に辛い物もあったんじゃ?」

「八雲は免疫力が異常に高いから病気にならない。そんな八雲が四十度近い熱を出して一週間も苦しんでたわね。でも、本当の地獄はその後で、熱が引いてまともな思考力が戻ってたときは、発狂したように暴れて死が視える自分の両眼を抉ろうとしたわ」

 

 彼の叫び声で目を覚ましたチドリが押さえつけ、すぐに栗原が来てくれなければ湊は自分の両眼を抉っていただろう。

 全身が血塗れになるほど人を殺した後で、万物に存在する死を視れば誰だって頭がおかしくなりそうだと感じる。

 そうなれば原因の排除を第一に考え、命の危険があっても両眼を自分で抉ろうとしても無理はない。

 あのときは直接モノを見れないよう両眼に包帯を巻いて視界を封じたが、湊の魔眼は視力を失っても死を視れると後で聞いて、あまり意味はなかったのかなと思ったりもした。

 とはいえ、他に何か取れる方法が会った訳でもなく、視界を封じるというのは湊本人が言ってきた事なので、あの時出来る中では最良の手段だったと思うしかない。

 しかし、思い返してみると追い込まれていたはずの少年が、所々で自分たちを気遣っていたと思える部分がいくつもある。

 そういった根幹の部分はずっと変わらないのだなとチドリは小さく笑って、湊が今のような酷く冷たい雰囲気になった切っ掛けは当時の事が原因だと結論を告げた。

 

「元から壊れてたけど、完全にずれてしまったのは人を殺してからよ。自分のためじゃなく人のために手を汚したのに、他人のせいには絶対にしないの。自分の中で理由をつけるから心のバランスが崩れてしまうのよ」

「……そうですか。何と言って良いのか分かりませんが、教えてくれてありがとうございます」

「別にいいわ。聞けば本人も簡単に答えるでしょうし」

 

 相手がただの学生や教師であれば教えないだろうが、それは相手を巻き込まないために隠すだけだ。

 この世界にいる者たちは全員が超常の存在に関わってしまっているので、そんな相手であれば湊も気にせず教えてくれる。

 人体の壊し方、一撃で相手を殺せる部位、口を割らす拷問の仕方など、日常生活ではまず役に立たない知識だって彼は沢山持っている。

 覚えたところでシャドウ相手には使えないだろうが、状況によっては自分は彼の過去を気にしていませんよというアピールにはなるだろう。

 頭の隅でそんな事を考えている者もいる話を聞いた八十神高校側のメンバーたちは、彼を怖がるよりも不幸な目に遭った彼に同情している部分が強い。

 一方的に怖がるのではなく、話を聞いた上で相手を気遣えるというのは貴重な才能だ。

 それを理解しているチドリは、マリーに七段アイスを買って貰って上機嫌な八雲が戻ってくる気配を感じながら、湯呑みに口をつけて小さく笑みを漏らした。

 


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