【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百九十三話 第三の番人

――放課後悪霊クラブ・四ノ怪

 

 八雲がカードキーを回収してきたにも関わらず、本人が結合した黄昏の羽根であるエールクロイツの機械に干渉する力を使用して扉を開けたことで、閉じ込められていたメンバーたちと無事に合流することが出来た。

 彼らが閉じ込められていた部屋の扉と外にあった扉の鍵は連動しており、外に出てみると通れる扉が増えていた。

 おかげで一同は『木、メ、几、又』で構成される暗号を解き、通信が回復した事でりせが伝えてきた大きな反応のある部屋に徐々に近付いていた。

 

「うぶぶぶぶぶぶぶー」

 

 精神的な疲労はともかく、閉じ込められていたことで肉体的には休むことが出来た。

 それに部屋から解放された事が重なり、メンバーたちが順調に敵を倒していると、アイギスに抱っこされている八雲が彼女の胸に顔を埋めて遊んでいる。

 胸に埋めたまま顔を左右に振っているので、アイギスの胸もつられるように揺れている。

 彼女の胸はこの場にいる女性陣の中では美鶴に次ぐサイズで、さらに形も非常に綺麗なので男子の視線が思わず行ってしまうのも無理はない。

 あくまで自分は八雲を見ているんですよとアピールするように花村が口を開く。

 

「お、おいおい、随分と荒ぶってるけどどうしたんだ?」

「あんま暴れてっとアイちゃんが疲れちまうぜ?」

 

 花村に続くように順平も呆れ気味に話すが、その視線は八雲よりもアイギスの胸に固定されている。

 彼女がおらずデートの経験すらない悲しい男子たちにとって、美少女の揺れる胸は魔性の魅力があるらしい。

 だが、女性陣は男子のそういった視線に慣れているためか、巧妙に隠しているつもりの花村と順平に冷ややかな視線を向けて七歌が言葉を返した。

 

「多分、少し離れて一人で頑張ったから反動で甘えてるんだと思うよ」

「無理もない。八雲はまだ赤ん坊なんだ。本来、我々と一緒にダンジョンに潜る必要もないのだが、実際に戦力として当てになるのが悩ましいところだ」

 

 閉じ込められていた部屋を出てから通信が回復して分かった事だが、りせとチドリは通信が繋がらないものの皆の動きは感知出来ていたらしい。

 小さな八雲の反応が一人で外に出たかと思うと、F.O.Eのいる大部屋を走り回って何かをしていた。

 それだけでも現場の人間は何をしているんだと問い質したい所だったが、さらに驚くべき事に八雲は部屋にいた五体のF.O.E全てに破ン魔ーで挑んで勝利したらしい。

 二体は一撃で倒す事が出来たものの、他の三体は一撃では倒せず戦闘に突入した。

 相手からの攻撃もあり、八雲は地面を転がるようにして回避し、何度も攻撃を当てることで何とか浄化の効果を発揮させたのだ。

 他の者たちでもF.O.Eが相手では僅かに腰が引ける。それを赤ん坊が単独で挑むなど自殺行為だろう。

 しかし、八雲にとっては仲間たちのために敵を倒し、目的のアイテムを回収するまでが自分の仕事だと思ったようだ。

 文句も言わずに他の者のために必死になるところが湊と一緒。そう思うとやはり八雲は湊の過去であり、湊は八雲の未来なのだろう。

 適性があった以上、彼はエルゴ研に回収されていなくてもきっと戦いに身を投じていた。

 運命と言うよりは世界が用意した呪いだ。こんな赤ん坊の頃からそんなものに翻弄される事が確定している事を美鶴は不憫に思うが、何も知らない赤ん坊は首を振ることに飽きたのか一度顔を離すとアイギスの左胸を掴んで服の上から口を付ける。

 

「あーむ」

「あ、いけません八雲さん。汚いですよ」

 

 軽く噛むように八雲がアイギスの胸に吸い付いている。

 そんな事をしても母乳は出ないし、仮に母乳が出る状態であっても服越しでは飲むことなど出ないだろう。

 けれど、彼女の胸を見ていた男子たちは、アイギスが変な物を八雲の口にさせられないと自分の胸を卑下したと思ったらしく、言葉を被せるように勢い込んで彼女の言葉を否定してきた。

 

「いやいやいや、全然汚くねぇって!」

「ああ。むしろ、綺麗だ。自信を持っていいと思う」

「うん。僕もとても魅力的で美しいと思うよ」

「そうだぜ、アイちゃん。世の中のお嬢様方からすれば羨ましいくらいだ!」

 

 花村、鳴上、綾時、順平の四人がアイギスに自信を持てと笑顔を向ける。

 彼女の胸がダメだとすれば、世の中のほとんどの女性がアウトという事になってしまう。

 思春期故に大人の教科書で勉強した彼らは、服を着た状態でしか見たことのないアイギスの胸を教科書に載っていた女性たちよりも魅力的だと評価していたのだ。

 そんな事を急に男子から言われたアイギスは少々驚いた後、八雲に口を離させてから淡々と言葉を返す。

 

「お気遣いはありがたいのですが、“汚い”というのは戦闘や埃で汚れている服の話であります。わたしの身体は八雲さんに作って頂いたものですので、恥じる部分など一つとしてありません」

 

 別に八雲が直接胸に吸い付いてきたのならば、戦闘で汗を掻いているでもなければ好きにさせていた。

 ただ、彼が口を付けたのは戦闘で汚れてしまっている服だった。

 着替えた後ならば別に構わないので、校舎に戻って入浴などを済ませてからならアイギスも咎めない。

 今注意したのは現在の状況では彼の身体に悪影響があると思っての判断だったので、男子たちの言葉はまるで見当違いなセクハラ発言に過ぎなかった。

 その事を指摘したアイギスは踵を返して八雲にお腹が空いたのか尋ねながら去って行く。

 他の女子たちも四人にゴミを見るような視線を送って後に続くと、

 

「……気持ち悪い」

 

 最後に雪子がぼそりと呟いて離れていった。

 なにも言われないのも辛いが、好感度がマイナスまで振り切ってストレートに言われるのはもっと心に来るものがある。

 他の男性陣は呆れつつもやや同情的な視線を向けてから女子の後を追い。残された四人も目頭が熱くなりながら後を追った。

 

***

 

 さらに奥へ進むと次第にダンジョン内の空気が重くなっているように感じる。

 これまでの戦闘経験によって勘が培われてきたのだろう。全員が番人が近いことを確信していた。

 

「あっ、階段あったよ!」

 

 りせたちのサポートがなくても敵の存在を感知した頃、さらに下へと向かう階段を玲が発見した。

 非常口の案内看板がいくつもあり、暗闇でみる緑色の明かりがやけに不気味に感じる。

 

「よし。おりるぞ」

 

 だが、この先にいる敵を倒せばようやくこの場所から離れる事が出来る。

 美鶴の号令に頷いたメンバーたちは慎重に警戒しながら階段を下りてゆく。

 階段自体はそれほど長くはなかった。言ってしまえば多少天井が高い建物でフロアを移動するのと大差ない。

 けれど、階段を下りた先にあった一本道の終着点。番人のいる部屋の入口に付けられた看板が不安を煽る。

 

「おい、“手術中”の看板が光ってるぞ」

 

 妹がストレガに襲われたときの事が蘇り、真田は赤く光る“手術中”の看板を見て顔を顰める。

 緊急を表わすためにそんな色をしているのだろうが、待つ者にすればわざと不安に感じる色にしているのではと疑いたくなる配色だ。

 看板が光っていると言うことは番人はきっと中にいるのだろう。

 今回のダンジョンの番人について色々と予想されていたが、直斗が口にした「病院に関係のあるもの」という予想が当たる可能性が高そうだった。

 

「うー……」

「八雲さん? 大丈夫ですか?」

 

 そして、どういう訳かここに来て初めて八雲が不安そうな顔を見せた。

 彼は湊の持っている異能を所持しているので、どこか怖がるようにアイギスに抱きつくと、もしやそれほど強い敵なのかという緊張がメンバーたちに広がる。

 

「こいつがビビるってこたぁヤバい相手なのかもしれねぇな」

「フッ、どんな相手でも拳で倒すだけだ」

 

 八雲の危機感知は一級品だ。りせたちのサポートが入る前に敵の現われる方向を何度も見ていたので、状況下で外部の影響を受けない能力は信頼できる。

 荒垣がそれを考えて警戒を強めると、対照的に真田は強敵なら望むところだと左拳を右掌へ打ち付けた。

 戦闘が好きな彼がそんな風に喜ぶのはある意味予想通り。しかし、対照的にゆかりなどが暗い表情になるのも予想通りである。

 

「あー、帰りたいなぁ。八雲君、危ないからお姉ちゃんと一緒に校舎に戻っておかない?」

「そうそう。あたしも一緒に送ってあげるよ!」

「ゆかりちゃんも千枝ちゃんもここまで来てんから観念しぃや」

 

 ここまで来たら後は番人を倒して宝物を回収するだけだ。

 敵の反応は三つ。内一つが大きくて、他二つは大きな反応には劣るがF.O.E並みらしい。

 そんな強い敵が三体もいるのなら全員で相手にする必要があるだろう。

 怖いのは分かったが二人が可愛がっている八雲の安全のため、しっかりと戦って欲しいとラビリスが言えば二人は青い顔で頷いていた。

 

「よし。いくよ、皆」

 

 七歌が号令をかけて部屋へと向かう。手術室への扉はまるでSF作品のように横開き、縦開き、斜め開きの三重構造になっていた。

 随分と仰々しいなと思いつつ中に踏み込めば、そこは赤いライトで照らされる不気味な空間が広がっていた。

 

「な、なに……あれ……」

 

 部屋の奥を見た天田が震えた声で呟く。

 そこにあったのは大きな手術台で、寝かされた小さなシャドウがナース型の大型シャドウに身体を押さえられ、その頭部を右腕だけが膨れあがった医者らしき大型シャドウが巨大医療用ペンチで挟み込んでいる。

 苦しそうに暴れるシャドウを無理矢理に押さえつけ、三人がかりでシャドウの頭部を潰すことが手術なのだろうか。

 あまりに異常な光景にホラー耐性の低い女子や天田が腰を抜かす。

 すると、その音が聞こえてしまったのか、ナース型シャドウと医者型シャドウが同時に振り返った。

 

《あらぁ、そんなところでなーにをしているのかしらぁ?》

《アハハッ、手術の時間だよぉ!》

 

 血色の悪い継ぎ接ぎだらけの灰色の肌をしたシャドウたちは、押さえつけていたシャドウの頭部を潰して殺す。

 そして、子どもほどもある大型注射器などを手に振り返ると、戦うつもりなのか徐々に近付いて来た。

 

「美鶴さんっ、ゆかりっ、千枝ちゃんも立って!」

 

 左右にナース型シャドウを従えた医者型シャドウがやって来たというのに、腰が抜けて立てない者が複数いる。

 これは不味いと七歌は焦りを感じながらも、近くにいる者たちに腰の抜けたメンバーを壁際へ急いで移動させた。

 敵を分散して同時に戦いたかったが、一度に数人抜けた事で下手に分かれると危険が増す。

 となると、医者とナースたちだけでも分けて、自分たちも二手に分かれて戦った方が良いのではと七歌が考えたとき、八雲を心配するアイギスの声が聞こえた。

 

「うーうー!」

「八雲さん、しっかりしてください! 八雲さん!」

 

 大人たちが腰を抜かすほどだ。赤ん坊の八雲にはショッキング過ぎたのかもしれない。

 ただ、それならアイギスと一緒に下がっていて貰いたいのだが、どうやら事情が違うようで頭を押さえていた八雲の身体が青い光に包まれた

 光に包まれた八雲の影が徐々に大きくなる。まさかこのまま元に戻るのだろうか。

 その可能性に僅かに期待していると、八雲の影は天田より少々小さいサイズで止まり、光が治まると入院着を身に着けた蒼い瞳の少年の姿があった。

 

「はぁ……最悪の目覚めだ。エルゴ研の人間は全員殺したつもりだったんだけど、まだ生き残りがいたのか」

 

 アイギスの腕の中から抜け出すと、小学校低学年ほどの身長の少年は黒いマフラーから黒漆仕立ての短刀を抜き放つ。

 どうして異形のシャドウを見てエルゴ研の生き残りと口にしたのか。そういった疑問が場にいる者の頭を過ぎるが少年は目の前の存在を敵と認識した。

 手に短刀を持ったまま進む彼には他の者の姿が映っていないようで、酷く冷たい視線でシャドウらを睨む。

 

《八雲っ》

「大丈夫だよ、チドリ。俺が全員倒すから。君たちを苦しめるこいつらを一人残らず殺してやるっ」

 

 校舎にいるチドリたちにもこちらの状況は伝わっていたのだろう。

 自分と出会った頃の彼の姿にチドリが思わず呼びかければ、八雲は短刀を逆手に持って前傾姿勢で身を屈めると、強く床を蹴ってその場から飛び出す。

 人の限界を超えた加速。身体が小さいこともあって、薄暗い部屋の中では目で追うのも難しい。

 それでも、迫ってくる八雲に向けて右側のナースは持っていた巨大注射器を振り下ろす。

 

《あがっ》

 

 だが、次の瞬間には右側にいたナースの首が刎ねられ宙を舞っていた。

 ゴトン、と音がして首が床に落ち、血のように黒い靄を噴き出して身体が床に崩れる。

 きっと魔眼で光の線を視てから切ったのだろう。躊躇いもせず人型のシャドウの首を刎ねた少年に対し、見ていた者たちは僅かに怖れを感じる。

 ただ、そんな風に他の者が固まっている間に、着地していた少年は今度は左側のナースに向かって跳躍していた。

 

《なんなのよ、アンタはぁぁぁっ》

「……エヴィデンス、そう呼んだのはお前らだろ」

 

 仲間がやられたナースが叫び声をあげながら、頭部を狙って跳んできた少年に向かって大型注射器を振るう。

 喰らえば丸太で殴られたようなダメージを負うことは必至。

 けれど、少年は開けた左手で迫ってきた注射器に触れ、そこを基点に横回転して攻撃を受け流すと、四つ足で着地してすぐ相手の足の間を通り抜けざまに両脚を切断した。

 

《ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ》

「うるさいよ」

 

 両足首を切断されたことでナースがバランスを崩し倒れる。

 その叫び声が酷く不快だと眉根を寄せた少年は、背後から相手の心臓を一突きして敵を霧散させた。

 彼の蒼い魔眼の効果は大きく分けて二つ。

 一つは右側のナースの首を刎ねたように、死の線を切ることで防御を無視した回復不能のダメージを与える事。

 もう一つは、いま殺した相手のように死の線を深く切って、存在の寿命を完全に殺してしまう事だ。

 湊のときも同じように魔眼の力を使っていたが、幼少期から同様の事が出来たと改めて認識すると背筋に寒いものが走る。

 本当に彼は敵だけを殺すのか。もしかすると、今度は自分たちにその刃が向けられるのではないか。

 見ている者がそんな事を考えてしまうのも無理はない。

 ただ、残った最後の医者型シャドウと少年の戦いはまだ続いていた。

 続けて二体の仲間を失ったというのに、医者型シャドウは動揺した様子もなく開いたペンチで八雲の頭部を挟もうとしてくる。

 

《さぁ、大人しくしてぇ……すこーしだけ痛いけど、すーぐ楽になるからねぇ》

 

 風船のようにパンパンに膨らんだ身体からは想像も出来ない速度で繰り出される一撃。

 喰らえば子どもの頭部など簡単に潰されてしまうだろう。

 それに対して、八雲は何を考えているのか武器を仕舞い。両手を広げて閉じようと迫るペンチを掴んだ。

 大型シャドウの力など成人男性だろうと勝てるものではない。

 案の定、八雲は体格差で押し倒される形になりながら、徐々に力負けしてペンチが閉じてきていた。

 

《大丈夫だよぉ。さぁ、先生に任せてねぇ》

「ふざけるな……そうやってお前たちは、一体どれだけの子どもを殺したんだっ」

 

 もっと自分に力があれば子どもたちを助ける事が出来たかもしれない。

 その想いはずっと彼の中にあったが、現実として幼い少年一人に出来る事には限りがあった。

 だから、彼は助ける相手に優先順位を付けた。アイギスやチドリを最上位に置き、小さいマリアや他の被験体たちを次点に置いた。

 他の者たちを助けるのはチドリたちの安全を確保してからと決めていたし、難しければ他の者を見捨てようと決めてもいた。

 ただ、頭ではそんな風に理解していても、感情というのはそう簡単にコントロール出来るものではない。

 目の前に敵がいる。子どもたちを苦しめて殺した相手が、両親のような無関係な人々が命を落とす一因となった者がいる。

 なら、今ここで殺すしかない。

 

「死ねっ、死ねっ、死ねぇっ!!」

 

 吠えながら少年は掴んでいたペンチに視える死の線を指で突く。

 彼の反応速度を持ってしてもギリギリだったが、死の線を突かれたペンチは目の前で崩れていった。

 

《こーら、悪戯はダメだよぉっ!!》

 

 持っていた武器を破壊され、僅かに怒った様子を見せるシャドウは巨大な右手を振り上げて仰向けの八雲に振り下ろす。

 振り下ろされた拳は床にぶつかると小さなクレーターを作り、辺りには濛々と埃が舞い上がった。

 もっとも、シャドウの攻撃は真っ直ぐ床に振り下ろされていた。そこにミンチになった少年は存在せず、血の一滴たりとも落ちていない。

 それに気付いた敵が辺りを見渡せば、舞い上がった埃を突き抜けて真横から短刀を持った少年が飛来した。

 

「死ねぇぇぇっ」

 

 埃で視界を封じられたところへ死角からの奇襲を受けた。

 当然、敵は反応が間に合わず、僅かに身体を捻ったところへ短刀が振り下ろされ異形の右腕が宙を舞う。

 言葉を操る以上は敵にもある程度の知能はあるのだろう。右腕を失えば当然動揺すると思われた。

 しかし、

 

《悪い子はお仕置きだぁ!》

 

 右腕を切り飛ばされたというのに、相手はそのまま左手で着地直後の八雲を殴ろうとしてきた。

 大きな右腕はその分重かったのだろう。重りを手放した敵は先ほどよりも素早い動きで八雲の背中を殴りつけようとする。

 

「八雲さんっ」

 

 今まさに少年が殴られようとしたとき、咄嗟にアイギスが拳銃を抜いて引き金を引いた。

 狙いは敵の頭部だが、まともに当たったとしても数発で倒せるほどの威力はない。

 しかし、攻撃が迫ると敵が認識した事で、ほんの僅かにだが集中に乱れが生じた。

 そのタイミングで八雲は宙返りで敵の攻撃を避け、着地と同時に目の前に振り抜かれた敵の左手を切り飛ばす。

 

《うわぁぁぁぁっ》

「死ねっ、死ねっ、死ねぇっ」

 

 続けて怯んで退がる相手の腹部を袈裟切りに斬りつけ、流れるまま横に薙いで右脚を切り、最後に切り上げながら左脚を切る。

 四肢を失って腹も切られた敵は芋虫のように藻掻きながら床の上を転がる。

 そんな敵の姿を見て口元を吊り上げた少年は、

 

「死ねっ!!」

 

 敵に向かって跳躍すると、その喉目掛けて両手で短刀を振り下ろした。

 いくらシャドウと言えど四肢を奪われ、急所を突かれれば過剰ダメージで存在を維持できなくなる。

 最後にビクリと身体を震わせると、そのまま黒い靄になって消滅していった。

 後には床に短刀を振り下ろしたまま動かぬ少年だけが残り、耳が痛くなるほどの静寂が場を包む。

 すると、ここにはいない少女が少年に向かって声を掛けた。

 

《八雲、もう大丈夫よ。敵はいないから、今の敵で最後だから、少し休んで》

「チドリ……うん、分かった。少し疲れたから、ちょっとだけ眠るね」

《ええ。後で起こしてあげる。おやすみなさい、八雲》

 

 立ち上がった少年は武器をマフラーにしまうと、そのまま糸が切れたように力を失い倒れる。

 咄嗟にアイギスがE.X.O.を起動し接近して受け止めたが、本当に眠ってしまったようで八雲は年相応の可愛らしい寝顔を晒していた。

 どうして急に中途半端に成長したのか、どうしてここをエルゴ研だと誤認していたのかなど、いくつかの疑問が残る。

 完全に脱力して寝ている八雲を抱き上げて皆の許にアイギスが戻ると、八雲の身体が再び光に包まれて赤ん坊の姿になった。

 

「あ、また小さくなってしまいました」

「うん。けど、さっきの様子を考えると記憶のない赤ちゃんの方が良いかも。ほら、ここには美鶴さんもいるし」

 

 先ほどの八雲はエルゴ研に回収された後の姿だったのだろう。エルゴ研、そして桐条グループに対して怒りと憎しみを抱いていた。

 そんな彼が目を覚ましたとき、近くに桐条家の人間である美鶴がいればどうなるか分からない。

 力負けしたとはいえパワータイプらしき大型シャドウの攻撃に、ある程度耐えられるほどの腕力もあったのだ。

 相手が子どもでまともに戦えそうな者がいない以上、彼にはエルゴ研への憎しみを抱く前の姿か、理性である程度の感情を制御できる元の姿でいて貰いたいというのが七歌の本音だった。

 他の者たちも色々と聞きたい事はあるのだろうが、先ほどの八雲の様子に戸惑い上手く言葉に出来ないでいる。

 すると、再びチドリの声が聞こえてきて、彼女なりの推測を他の者に語った。

 

《さっきの事だけど、多分、無理矢理に押さえつけられている患者の姿が被験体と被ったんだと思う。八雲は誰よりもまだ引き摺ってるから……》

「そう、か。すまない、吉野」

《……貴女のせいじゃないでしょ》

 

 チドリにとって湊は大切な家族だ。

 その家族を未だに苦しめているのは、美鶴の父が総帥を務める桐条グループである。

 被害者を生き返らせる事など出来ないし、簡単に湊の心の傷を癒やす事も出来ない。

 だからといって平然と開き直る事など出来るはずもなく、美鶴はただ申し訳なさそうに謝罪を口にした。

 それに対する少女の言葉は美鶴に対する気遣いが混じっていたが、美鶴にもチドリにも湊の中にある黒い感情をどうする事も出来ないのは事実だ。

 ならば、ここでそんな無駄な事に時間を使うのではなく、番人の守っていた物を回収して早く八雲を休ませた方がいい。

 チドリの言葉に含まれたそんな意図を察した美鶴は、他の者たちに声を掛けて動くように伝えると、宝箱の中に入っている物を回収して校舎へと戻る事にした。

 

 

 


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