【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百九十話 小さくても一人前

――放課後悪霊クラブ・四ノ怪

 

 急遽決まった鍋対決をした翌日。縮んでいた湊も無事に成長しているかと思われたが、残念なことに彼は縮んだまますやすやと眠っていた。

 このまま寝かせておいてあげたいという気持ちもあるが、彼が回復してくれないとどうしても戦力的に厳しいものがある。

 そのため、アイギスが彼の事を起こしてから洗面所で顔を洗ってやり、着替えに食事といった面倒をみてやれば、彼も途中でしっかりと目を覚ましたようで元気な姿を見せていた。

 今から行くのがお化け屋敷だと説明しても気にしておらず、そも、話が通じているのかも分からないが、抜け道を通ってショートカットしながら四ノ怪まで下りてくると彼は廃病院を珍しそうに見ている。

 

「うー!」

「こらこら、勝手に行ったりせんの!」

 

 ごーこんきっさよりも建物らしい内装であるからか、八雲は探検だとばかりに走り出そうとする。

 こんな暗い場所で小さい彼を見失うと大変だ。湊の場合は死んでも蘇生がかかるが、八雲に退行している時にも同じように効果が発揮されるか分からない。

 故に、絶対に見失ってはダメだと彼がスピードに乗る前にラビリスが後ろから抱き上げた。

 抱き上げられた八雲は嫌がってもがいているが、それを傍から見ている花村は子ども故に怖れ知らずなのだろうかと考えた。

 

「お子様はマジで怖い物知らずだな。シャドウやF.O.Eがいるって知ってりゃ大人でも足が重くなるってのに」

「退行してはいても湊にとっては脅威ではないのかもしれない。怖れを抱く必要がないか、知らない物を怖れる必要はないと思っているのかもしれないが」

「随分と達観した戦士のような視点を持ってるんだな」

 

 花村の言葉に善が自分の予想を話せば、鳴上はそれが事実であれば恐ろしく戦士としての才能に恵まれているだろうと考える。

 本来、人に限らず野生の動物たちであっても未知の存在は怖れる。

 相手の能力が分からないのだから、下手に手を出して返り討ち遭うのは避けたいのだ。

 だからこそ、動物たちは広い範囲で警戒するし、縄張りの主であっても隠れて様子を窺うことがある。

 けれど、それらの行動は警戒するあまり自分の動きを鈍らせるデメリットもあった。

 下手に手を出せない、相手の動きを見て判断する、そういった考えが重圧となってしらず萎縮する。

 実力で圧倒的に勝っているのならそれでも問題にならないが、拮抗しているなら普段のパフォーマンスを発揮できない分だけ不利だ。

 八雲にその心配がないとすれば、彼は戦士に必要な才能を生まれつき持っていたのだろう。

 成長した湊を見れば無駄に警戒している事があり、むしろ戦士に向かない性格をしているのだが、それを知らない鳴上たちはラビリスに注意を受けている八雲を見てそんな風に考えていた。

 

「ここは危ないから勝手に行ったらアカンの。分かった?」

「まう」

「うん。じゃあ、約束やで」

 

 しっかりと注意を聞いて頷いた八雲の頭を撫でると、ラビリスは優しく彼を地面に降ろしてやる。

 別に彼女だって彼の冒険心を悪いとは思っていないのだ。ただ、ここでは危ないので、もう少し場所を考えて行動するように言っただけで。

 

「ぴゃー!」

「こら、なんも分かってへんやないの!」

 

 しかし、ラビリスのそういった思いは赤ん坊には理解されなかったようで、八雲は地面に降りるとすぐに笑いながら走り始めようとした。

 スピードに乗った彼は確かに脅威だが、走り始めならば元対シャドウ兵器の姉妹たちなら簡単に捕獲できる。

 再びラビリスが軽く走って彼を後ろから抱き上げると、逃げようとして捕まった事で笑っている八雲を再び叱る。

 

「いま言うたばっかやろ! 危ないから一人で行かんでって。約束したやろ」

「いー!」

「コロマルさんは別や。コロマルさんは心配して追いかけてるだけ」

 

 どうやら八雲の言い分ではコロマルと二人で探検に行こうとしたらしい。

 実際は勝手にどこかへ行ってしまう八雲からコロマルが目を離さないようにしているだけなのだが、赤ん坊にその辺りの違いを理解させるのは難しいようだ。

 

「はぁ……。アイギス、湊君のマフラーからなんか帯みたいなん取り出してくれる?」

「おんぶか抱っこしておくのですか?」

 

 姉から帯をくれと言われたアイギスは、手頃な長さと太さの帯を中がマフラーと繋がるリストバンドから取り出して渡す。

 ただ、どこかへ行こうとする八雲をずっと背負ったり抱っこしておくとなると、赤ん坊の八雲が強いストレスを感じてしまうのではと懸念した。

 すると、ラビリスは妹の言葉に首を横に振り、八雲が逃げないよう捕まえながら帯をたすき掛けに巻いてゆく。

 

「ううん。たすき掛けして、そこにコロマルさん用のリード付けよかなって」

 

 たすき掛けが終わると続けてアイギスからコロマル用のリードを出して貰う。

 リードは片方が首輪に掛けられるようフックになっているので、たすき掛けした帯の背中側でクロスしている部分にそれを掛けた。

 元の世界でこれをやれば幼児虐待と言われるかもしれないが、たすき掛けをして貰った八雲はキリッとした表情で満足げなので、リードに関してもコロマルとお揃いと言えば気にしないだろう。

 あんまりと言えばあんまりな処置だが、本人が勝手に冒険に出ようとするのでグループ全体の安全を考えると仕方がない。

 八雲にリードを付け終えたラビリスは、リードの範囲内だけ自由に動いて良いことを八雲に伝えた。

 

「もう勝手せんようにコロマルさんと同じの付けたからな。この紐が伸びる範囲で冒険するんやで」

「ま!」

 

 もうこれで一安心。他の者も戦力になると分かっていても八雲が勝手に行動する事にはヒヤヒヤしていた。

 いざとなれば美紀の想いが込められたフェニックスが彼を助けると言っても、それが確実に発動するかなど誰にも分からない。

 ならば、自分たちで出来る範囲では彼の安全を確保する必要があるので、ラビリスがリードを付けても誰も口に出して反対はしなかった。

 そうして、八雲がリードの伸びる範囲でチョロチョロしつつ先を目指していると、おもむろに七歌がこの迷宮について話し始めた。

 

「けど、なんでここって急に内装変わったんだろうね。一個目のダンジョンも二個目のダンジョンも空気は確かに変わってたけど、基本的なコンセプトは変わってなかったじゃん?」

「言われてみればそうだな。学校から病院か。馴染みがあると言えばあるが、何故変化したかは不明だな」

 

 単純にお化け屋敷にあるエリアが変わったという演出なのか、それとも敵側の何か意図があるのか。

 七歌の言葉に美鶴も顎に手を当て考えるが、あまりに判断材料が不足していて予想すら立てられない。

 他の者たちも少し気になるようだが、扉を潜って新たな部屋に入ると何かを見つけたように八雲が走り始めた。

 

「う!」

「はいはい、分かったから」

 

 八雲が先行して走り出すも、彼にはリードが繋がっているので一定以上は離れる事が出来ない。

 それでも八雲は前に進もうとするので、引っ張られる形でラビリスがついていけば、掲示板とそこに貼られたノートの切れ端があった。

 切れ端には“几”“メ”“木”と書かれており、そこ以外は破けてしまっているので全体像は分からない。

 

「暗号みたいですね。でも、これだけだと何とも……」

「ええ。天田君の言う通りこのフロアの仕掛けに関連した暗号の可能性があります。ですが、この切れ端はノートの上部分だけなので、下部分もどこかにあるかもしれません」

 

 一つの暗号だけで答えが分かれば簡単だが、ダンジョンのギミックは面倒なものが多い。

 きっとここの他にも暗号があると思われるので、直斗はメモを残して他の暗号を探そうと他の者に移動を促した。

 メンバーたちもその意見に賛成なので動き始めるが、八雲がジッとノートの切れ端を見ていたので、アイギスは何か気になるのだろうかと声を掛けた。

 

「八雲さん、どうしました?」

「うー」

「これは……暗号のヒントですか?」

 

 声を掛けられた八雲は近くに落ちていた石を拾うと、それを使って床に文字を書き始める。

 赤ん坊なのに書けるのだろうかと疑問に思ったが、八雲が手を止めるとそこには“殺”という、先ほどの暗号がパーツとして入っている文字が書かれていた。

 確かに言われてみると“又”というパーツがあれば完成する状態だ。

 赤ん坊なのに柔軟な発想と予想外の知識があるなと感心していれば、他の者たちも戻ってきて、お化け屋敷ならこういった暗号もありそうだと納得している。

 

「師匠は赤ちゃんになっても漢字が書けるクマね。すごいクマ」

「うん。完二君よりもお利口さんだね」

「いや、天城先輩。さすがのオレでも殺くらい書けるッスよ?」

「そっか、特攻服には必須だもんね」

 

 完二は以前町の噂で暴走族のように語られていたが、実際にはそういった者たちを近所迷惑だからと壊滅させていた。

 しかし、見た目や行動がどうにも不良側なせいで、雪子が口にした“特攻服”について誰も否定出来ずにいた。

 彼が身に纏えば実に様になるだろう。むしろ、着ている方が自然に思える。

 そんな感想を抱いた者たちは表情に出さないよう注意し、八雲に行くよと声を掛けて先を目指す。

 完二は他の者たちのそんな様子に釈然としないようだが、一人だけここに残る訳にはいかないため、一つ溜息を吐いて気持ちを切り替えると皆の後を追った。

 

***

 

 掲示板で暗号らしきものを発見した一行が進んでいると、とある部屋に差し掛かったところでコロマルが低い唸り声を上げた。

 どうやら彼は何かを警戒しているようで、釣られるように他の者たちも武器を手にする。

 

――――ウフフッ

 

 すると、少し離れた場所から少女の笑い声のようなものが聞こえてきた。

 この声に聞き覚えのあったメンバーたちは、湊の手によって可哀想な最期を遂げたあのF.O.Eかと思い出す。

 

「これ、あの扉を押さえてくるF.O.Eの声ですよね?」

「ああ。きっと近くにいるのだろう。今の八雲に有里と同じ事は出来ない。進むときには十分に注意するぞ」

 

 ゆかりが相手の正体を口にすれば、そうだろうなと美鶴も頷いて返す。

 自分たちを後ろから追いかけてきて、元来た道に引き返せないよう扉を押さえてくるだけの相手だ。

 厄介だと言えば厄介だが、直接戦闘に突入しない点だけは他のF.O.Eよりマシかもしれない。

 しかし、すぐ近くにF.O.Eがいるとなると危険だ。ここからは八雲を抱き上げて連れて行くべきだろうと、彼に付けていたリードと帯を外してアイギスが抱き上げた。

 

「八雲さん、すぐ近くに敵がいるのでしばらく抱っこさせてもらいますね」

「あい!」

「フフッ、ありがとうございます。では、危なくなったときはお願いしますね」

 

 敵がいることを教えれば、八雲はお腹のポケットから白銀に輝くピコピコハンマーを取り出して掲げた。

 アイギスの反応を見る限り、どうやら八雲自身が倒してみせると言ったようだ。

 彼ならば赤ん坊状態でやりかねないから油断できないが、メンバーの中で唯一人、メティスだけは八雲が手にしている玩具のハンマーを見て驚きの表情を浮かべた。

 

「えっ、兄さん、この時期に既にそれを持っていたんですか?」

「妹ちゃんってば、この玩具のハンマー知ってんの?」

「不用意に近付かないでください!」

 

 メティスが八雲の玩具について知っているようなので、順平が近付いてジッと観察しようとするとメティスが大きな声で怒鳴った。

 普段の彼女からは考えられない行動だけに、ビクリと肩を揺らすと順平も八雲から離れる。

 ハンマーを持っていた八雲は近付いて来た順平を叩けず残念そうにしているが、メティスは八雲の子ども故の危うさに気付いて良かったと安堵の息を吐いてから話し始める。

 

「すみません。でも、その武器はとても危険な代物なんです」

「っても、普通にただのピコピコハンマーだろ?」

「いえ、それは一見ただの玩具のハンマーですが、浄化系の最上級スキルと同等の力を確率で発揮するんです。対シャドウ兵装の研究中に実験的に作られたそうですが、シャドウやペルソナ使いが喰らったときに効果を発揮すれば……一撃で死にます」

『っ!?』

 

 一切の遊びのない低い声でメティスが語ったせいで、軽い気持ちで近付いていた順平が死ぬ寸前だったかもしれないと知って腰を抜かす。

 八雲を抱っこしているアイギスも緊張した様子で彼の手にあるハンマーを見つめ、それから再び妹に視線を向けて尋ねた。

 

「本当にこのような玩具でシャドウを倒せるのですか?」

「打撃力では玩具でしかありません。ただ、大僧正というペルソナの固有スキルに回転説法というのがあるんです。そっちは広範囲スキルですが、そのハンマー……破魔に掛けて破ン魔ーと呼ばれていますが、叩いた相手に同等の威力で効果を発揮します」

 

 大僧正の回転説法は他の浄化系スキルとは一線を画す力を持つ。

 単純な威力では他の属性スキルと勝負にならないものの、ハマやムドは浄化や呪詛によって敵を一撃で戦闘不能に追い込むのだ。

 運が良ければ気絶で済み、悪ければ即死もあり得るのでどうしても危険が伴う。

 集団で行動しているときにそんなリスクなど背負いたくはないので、アイギスがやんわりと武器変更をしましょうと持ちかけた。

 

「八雲さん、今日は以前見せてくださった武器にしましょう。そちらの方が良くお似合いでしたから」

「うー」

 

 似合っていると言われれば、八雲は素直に破ン魔ーを片付けて如意棒を取り出した。

 湊がどういった経緯で玩具の見た目で危険な効果を持った武器を製作したのかは分からないが、直近の危険が去ったことで他のメンバーは疲れた顔をしつつも探索を再開する。

 片方の入口はF.O.Eに押さえられているので、自然ともう一つの扉から次の部屋へ行くしかない。

 全員が集まっていることを確認し、次の部屋へ移動すれば、扉が閉まったタイミングで扉を一枚隔てた向こう側に嫌な気配を感じた。

 強い敵から逃げている状況なので、その事に僅かな不満を感じている真田が小さく溢す。

 

「やはり追って来たか。ただの嫌がらせにしてもご苦労な事だ」

「ご丁寧についてくるだけで良いじゃねぇか。それより奥にスイッチがあるのが見えた。敵避けに電気付けるぞ」

 

 スイッチがあるならばこの部屋にも明かりを点けられる。

 部屋全体を照らすようなものではないが、それでも少しだけ周りが見やすくなるのだから効果はあるだろう。

 怯えている千枝やゆかりも一緒になって周囲を警戒しながらスイッチまで進む。

 周囲のシャドウは他の者が抑え、最初に辿り着いた善がスイッチを入れた。

 すると、部屋の中に数ヶ所明かりで照らされた場所が出来る。それを見て玲が少しだけ安心していると、キィ、という音がして自分たちが入ってきた扉が開く音がした。

 

《ええっ!? 皆、F.O.Eが部屋に入ってきてるよ! 急いで逃げて!》

「なんだとっ」

 

 りせからの通信を聞いて鳴上が扉の方へ振り向く。

 これまで扉を押さえていたF.O.Eは後を追ってきても、こちらに入ってきた事は一度もなかった。

 フロアが変わると敵の強さも変わってくるが、F.O.Eの行動パターンにまで影響があるとは思わなかったため、強敵に狙われている事を把握したメンバーたちに緊張が走る。

 どうやって追いかけてくるF.O.Eから逃げるか。これまでは別の部屋に逃げれば巻くことが出来ていたが、今回の敵は扉を開けてわざわざ追いかけてくる。

 下手をすると他のシャドウとの戦闘に乱入されたり、もしくは上のフロアにいた赤ん坊型のF.O.Eまで現われるかもしれない。

 可能性を考えていくと切りがないとはいえ、袋小路に追い詰められて戦闘というパターンだけは避けたい。

 そのために、頭脳担当の者たちが待避ルートを考えていると、アイギスに抱っこされていた八雲が何やらゴソゴソしており、アイギスが声を掛けようとする前に八雲はそれを完成させていた。

 

「まー!」

 

 彼の手にあるのは如意棒によって持ち手を大幅延長された破ン魔ー。

 如意棒は自由に長さと形状が変更できるので、破ン魔―の持ち手を丸ごと覆う形に変化させ、後は如意棒を伸ばせば遠距離攻撃も可能という訳らしい。

 やる気に満ちあふれた八雲は、まるで釣りでルアーを飛ばすように破ン魔―を振りかぶる。

 入口の方からは紫の着物を着た市松人形のような敵が接近してきているので、八雲も相手に照準を合わせたらしく、敵の頭上から破ン魔―で強襲した。

 相手の頭上から勢いよく落ちてきたハンマーは、ピコン、と小さな音を立てて攻撃を当てる。

 だが次の瞬間、市松人形の下からF.O.Eの本体らしきものが飛び出て、そのまま苦しそうに悶えると弾けるようにして消滅した。

 

「うー! うー!」

 

 見事に敵を屠った八雲は如意棒を元に戻し、破ン魔―を仕舞ってから突き出した拳を頭上に掲げた。

 相手は全員で掛かっても苦戦するような相手だったのだ。この後、一つ下のフロアへ下りればダンジョンの番人との戦いも待っている。

 だからこそ、そういった戦闘を避けることが出来たメンバーたちは安堵し、今日のMVPは確実に八雲だなと無駄に入っていた肩の力を抜いた。

 

 

 


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