【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

289 / 504
第二百八十九話 参ノ怪を抜けて

――放課後悪霊クラブ・参ノ怪

 

 青銅のような不気味な肌の色をした赤ん坊型のF.O.Eが巨体に見合わぬ速度で突進してくる。

 いくらペルソナ使いたちが耐性でダメージを軽減出来ると言っても、それには限度があり敵の体当たりを喰らえば衝撃で吹き飛ぶ。

 味方をそんな目に遭わせる訳にはいかないので、突進してくる敵の進路上に立つと二人の少年が同時に吠えた。

 

「来やがれ、カストール!」

「ぶっつぶせタケミカヅチ!」

 

 後ろに控えている者たちの許には行かせない。

 敵の正面に現われた二体のペルソナは、その拳を振り下ろして敵とぶつかる。

 パワータイプのペルソナ二体による同時攻撃だ。いくらF.O.Eと言えども簡単に突破することなど出来ないだろう。

 

「ぐっ、こいつ止まらねえっ」

 

 二人がかりでなら止められる。そう思っていた荒垣はF.O.Eと衝突したカストールの衝撃の一部がフィードバックした事で苦悶の表情を浮かべる。

 還ってくるダメージは実際のダメージの数割だ。それでもこれほどのダメージがあるのかと思わず膝を突き、予想以上の力によって止めることが叶わないと味方に伝える。

 カストールとタケミカヅチが撥ね飛ばされるように吹き飛べば、これ以上先へは行かせないと真田が正面に立った。

 

「任せろ! カエサル、ジオダインだ!」

 

 荒垣と完二が敵とぶつかった事で勢い自体は落ちている。

 ならばと唯一ペルソナが進化している真田が敵と対峙し、カエサルが手に持った剣を振り下ろすのと連動して皇帝の雷がF.O.Eを襲った。

 

《アギャァァァァァァアアアアッ!!》

 

 光の柱と見紛う雷がF.O.Eの身体を捉える。

 流石の敵も高威力の攻撃が直撃すれば無視できないダメージを負うのか、その場で動きを止めると痛みに悶え始めた。

 

「モチヅキチヨメ、獄炎刀!」

 

 その場で痛みに悶えるだけで敵の足は止まった。

 今が好機と判断したあいかがペルソナを呼び出すと、くノ一型のペルソナであるモチヅキチヨメが炎を纏った刀で敵の首を切り裂き仕留めた。

 首を切られたF.O.Eはまるで血が噴き出すように黒い靄を放出し、そのままぐらりと揺れて地面に倒れ込む。

 傍で見ていた者たちは仕事人がいると驚愕したものだが、無事にF.O.Eの消滅を確認すると全員が少し疲れた様子で安堵の息を吐いた。

 

「ふぃー、なんとか倒せたな」

「ああ。完二、荒垣さん、足止めありがとう」

 

 これまでも度々F.O.Eが現われる事があったが、別の部屋に逃げ込んだりピアノの音を聞かせる事で寝かしつけてやり過ごす事が出来ていた。

 しかし、これまでの探索で足に疲労が来てしまったのか、今回は逃げる途中で天田が転倒し、すぐに他の者たちがフォローに入って敵を撃退することが出来た。

 とはいえ、相手は強力なF.O.Eだ。総力戦とばかりに全員が戦い、弱ってきたところで真田やあいかが止めを刺して何とか倒せたに過ぎない。

 疲労から深く息を吐く花村の肩に手を置きつつ、鳴上が足止めという難しい役割をこなしてくれた二人に声を掛ければ、揃って気にするなと手をヒラヒラと振ってこたえた。

 がたいの良い二人が揃って同じリアクションを取った事で思わず笑うと、他の者も同じように感じたらしく吹き出して笑っている。

 暗く先が見通せない視界の悪いダンジョンの中で、ガリガリと精神を削られていたメンバーたちも少し明るい雰囲気になれば、そのタイミングで外にいるりせから通信が入った。

 

《皆、おつかれさま! 今のフロアはあともう少しみたい。次のフロアに一回下りてから帰ってきたらどうかな?》

「そうだな。思った以上に手こずって進めなかったけど、何とか一つのフロアは攻略出来た。今日は軽く次のフロアを見たら帰ろう」

 

 まだまだ先が長いなら今の時点での帰還も考えたが、あと少しだと言うなら切りの良いところで切り上げた方がいい。

 全員でその事を確認すると隊列を組み直し、さらに先ほどの戦闘で負った怪我をゆかりや雪子が中心になって癒やしてゆく。

 二人のスキルでは疲労まで回復させることは出来ないが、それでもいくらかはマシになったので通常のシャドウと戦う分には問題ないだろう。

 準備が出来たところで再び歩き出せば、先ほどのF.O.Eとの戦いを思い出していた完二が呆れ気味にF.O.Eの理不尽なパワーについて愚痴をこぼす。

 

「つーか、ペルソナ二体で押さえても止められないって、赤ん坊のくせになんスかあのパワー」

「まぁ、赤ん坊ってのはそういうものだろ。有里たちだってどこにそんな体力があるんだってくらい動き回ってたじゃないか」

 

 子どもは元々大人でも驚くぐらいに底なしの体力を見せてくる事がある。

 その反面、急にスイッチが切れたように眠ってしまうこともあるが、二つ目のダンジョンで見た八雲たちを思い出して鳴上は赤ん坊なら普通なんじゃないかと返す。

 だが、不気味なF.O.Eと本物の赤ん坊を一緒くたに語った事で、後ろを歩いていた七歌が声をあげた。

 

「異議あり! 流石に可愛い八雲君とあのF.O.Eを同じ赤ん坊のカテゴリーに入れるのは許容できません!」

「そうですよ! 八雲君たちは柔らかくて温かくて可愛いんです! あんな不気味な敵と一緒にしないでください!」

 

 七歌に続いて風花も一緒に語るなどあり得ないと真剣な表情で怒りを見せる。

 周りをみれば彼を可愛がっていた女性陣が同意するように頷いているので、今後の事を考えて鳴上も己の失言を謝罪するしかない。

 こういった集団でのヒエラルキーでは女性の方が上に来るのだ。男性などペットのコロマルにも劣る存在としか見られない。

 もしも、ここで女性陣よりも上の地位に行こうとするならば、湊のように集団にとって必要不可欠な何かしらの価値を示さなければならないのだ。

 鳴上もダンジョンの探索中は分隊の隊長にはなっているが、先ほどのF.O.Eとの戦闘のように強敵との戦いでは乱戦になるので、今後さらに厳しくなるとすれば活躍の機会も減り地位向上は見込めないだろう。

 その事に小さく悲しさを感じていれば、八雲の話題が出たからかゆかりが疲れた様子で切実な願いを口にした。

 

「はぁ……っていうか、こんなとこにずっといるから癒やしが欲しい」

「ユカチャン、ユカチャン。特別にクマのことモフッていいクマよ?」

「……はぁ、早く外に出たいなぁ」

 

 クマが頬を染め照れた様子で話しかけても完璧なスルー。

 単に相手をするほどの元気がないだけだが、クマも相手を元気づけようと思っていただけに小さく傷ついている。

 落ち込んでいるクマの背中を順平と綾時が叩き、あまり気にするなと慰めていれば次のフロアへの階段を発見した。

 これまでのパターンからすると次も同じように病院の内装だろう。

 警戒しながら下りてみれば予想通りだったが、どうやら一つ下のフロアに強い反応があるらしい。

 となれば、四つ目のフロアを抜ければいよいよ迷宮の番人とご対面という訳だ。

 第四階層での探索に湊が参加するかは分からないが、とりあえずこの情報を彼に伝えなければと思いながら一同は校舎へと戻った。

 

――ヤソガミコウコウ

 

 カエレールを使って校舎に戻れば、外で待っていたりせとチドリが一同を迎えた。

 ようやく明るい場所に戻ってくることが出来て、ゆかりや千枝や玲といったメンバーが抱き合って喜んでいる。

 夜がない世界なので外はまだ明るいものの、時刻で言うと夕方頃になっているため、風呂に入ってから今日もまんぷく亭が開店するか湊に聞かねばならない。

 校舎に残っていた二人に湊はどこかと尋ねれば、二人はずっとここにいたから知らないという。

 軽く探知を掛けてみれば一階にマリーがいるようだが、とりあえず湊の気配は感じないらしい。

 ダンジョンで消えたことで校舎に戻ったとばかり思っていたが、もしかすると他のダンジョンなどを再び調べているかもしれない。

 とりあえず、戦闘の汚れなどを落としたいので風呂に向かいつつ、ベルベットルームの住人やマリーに湊を見ていないか尋ねることにして全員が移動する。

 そうして、階段を下りて一階まで辿り着くと、階段の前にマリーが一人立って何かをしていた。

 普段の彼女はとくに何もせず自由に過ごしているが、今日はまた何をしているのだろうかと鳴上が声を掛けた。

 

「マリー。ここで何をしてるんだ?」

「え? ああ、戻ってきたんだ。おかえり。ちょっと待ってて。もうすぐ来るから」

 

 声を掛けられた彼女は帰ってきたメンバーたちに「おかえり」と言いつつ、すぐに視線を外すと下駄箱の方へ向き直った。

 何故だか彼女はストップウォッチを持っており、一体何が来るんだと他の者も待っていれば、甲高いエンジン音のようなものが耳に届く。

 系統でいえば50ccの原付のような軽く高い音だ。しかし、こんな場所でそんなものを乗り回す馬鹿はいないはず。

 というより、今現在ここにいない青年ならやりかねないが、彼ならばもっと大型のバイクを持っているのでそちらで走るのではと思ったのだ。

 そうしてマリー以外のメンバーが色々と不安に思いつつ待っていれば、どんどんと音が近付いてきて下駄箱の置かれた入口からそれが姿を現わした。

 

『!?』

 

 凄まじい勢いで校舎に入ってきたのは子ども一人が乗れるサイズの赤いオープンカー。

 他の者たちも子どもが乗る電動自動車の玩具の存在は知っていたが、自分たちの知る玩具はこんな速度が出るものではないぞと驚愕する。

 そして、校舎に入ってきた車は後輪を滑らせながら直角カーブを曲がると、そのままアクセルを踏み込んで階段前を通過してゆく。

 子どもとは思えないテクニックに度肝を抜かれていれば、タイムを計っていたマリーが満足げに頷いている。

 きっと中々の好タイムを叩き出したのだろうと思っていれば、階段前を通過していった車が“P”と書かれた場所に車を止め、その場でヘルメットを脱ぐとトテトテと走ってやってきた。

 

「うー!」

「うん。三秒縮まったよ。やるじゃん」

「まう!」

 

 やったとばかりに喜ぶ八雲の頭を撫でてマリーが褒める。

 どうして調べ物をしてくると言っていた彼が遊んでいるのか。

 そも、なんでまた縮んでしまっているのか。

 色々と聞きたい事はあるが、八雲がいるなら丁度良いとばかりゆかりが近付いていき、彼を抱き上げるとギュッと抱きしめた。

 

「あぁー、八雲君だぁ。ありがとう。いてくれてありがとう」

「う?」

「お姉ちゃん、すごく疲れてるの。だから慰めてー」

 

 急に抱き上げられて驚いた顔をしていたが、疲れてるんだとゆかりが言えば、八雲はそうなのかと頷きつつゆかりの胸に両手で触れている。

 正面から抱きしめられてる形なので、他にどうしようもないのだが、八雲が小さい手でもにもにと触っていてもゆかりは一切怒っていない。

 むしろ赤ん坊だからまだおっぱいが恋しいのかなと慈しみの目で見て、片方の手で彼の頭を撫でてやっている。

 彼女がそれで元気になるなら気にしないが、どうして湊が縮んで八雲になって遊んでいたのか。その理由を知る必要があるので、八雲に癒やしを求めていった者以外でマリーに事情を聞いた。

 

「マリー、どうして有里がまた縮んでるんだ?」

「なんかこの世界を調べるって一回外に出たの。空間っていうの? それをバリバリって割って消えたんだけど、少ししてから血だらけで戻ってきてさ。前ほどじゃないけど少し疲れたから省エネモードに入るって言って、鏡の前で紫の目になったと思ったら縮んでた」

 

 マリーの説明を聞いていた者たちは、湊が最初にこの世界に現われた時のことを思い出す。

 それはメンバーたちが不思議な国のアナタで番人と戦っているときのことだった。

 何もない空間をガラスのように割れ、そこから彼は血だらけの状態で出てきたかと思えば、そのままタナトスを召喚してトランプ兵の軍勢と番人を諸共吹き飛ばして消滅させた。

 今回の調査とやらもその応用だったのだろう。無理矢理に空間に穴を開けて外に出てから戻ってきたらしい。

 最初の時と同じように全身が血だらけになっていたことから推測するに、正規のルート以外で外の空間に出ると大怪我を負う事が分かった。

 ならば、やはり他の者たちは全ての番人を倒して扉の鍵を外し、ベルベットルームにある扉から元の世界に帰るしかない。

 情報を整理し終えた鳴上たちが納得したように頷き、ゆかりや千枝たちに代わる代わる抱っこされている八雲をみて、そういえば話を聞いた感じだと自由に縮めるのだなと改めてマリーに聞いてみた。

 

「マリー、有里って簡単に赤ん坊になれるのか?」

「知らない。けど、わざわざ鏡の前に立ってたし、なんか方法があるんじゃない?」

「紫の目になってたって言ったよね。じゃあ、多分だけど魔眼で自己暗示か催眠術をかけたんじゃないかな?」

 

 湊からベアトリーチェに切り替わるときには、彼の消耗の他に感情の爆発をトリガーとする方法などがある。

 七歌の予想が正しければ、その応用として自身に強力な暗示を掛けることが出来れば、きっとベアトリーチェを経ずに退行する事も可能だと思われた。

 まぁ、あくまで消耗しているからこそ強制的に省エネモードに切り替えただけなので、普段の彼が同じ方法で退行できるかは不明であり、今回の八雲がどれほどで元の姿に戻るのかという疑問もある。

 おそらく明日の朝までは縮んだままだと思われるが、七歌たちが再び八雲の方を見れば、千枝に抱っこされた八雲が雪子に話しかけられていた。

 

「ねぇ、八雲君。お姉ちゃんたちが美味しいご飯作ってあげようか?」

「おお、いいね! いつも有里君ばっかりに作らせるのは申し訳ないし、一緒に食べられるお鍋でもしちゃう?」

「なら、私も一緒に作るよ! 赤ちゃんの時からアイドルの手料理が食べられるなんてこの幸せ者!」

「あーう」

 

 幸せ者といいつつりせが八雲の頬を指で突いている。

 何となくご飯を作って貰えると理解して八雲も喜んでいるようだが、近くにいたことで会話の内容が耳に届いた八十神高校側の男子メンバーは彼女たちの許へ駆け寄り、一切の遊びのない本気の表情で彼女たちを注意した。

 

「おい、お前らやめろ! 赤ん坊を殺す気か!」

「そうだぜ。流石に赤ん坊の命が掛かってるってなりゃ、オレらも全力で止めなきゃなんねぇ」

「里中、天城、りせ、全員少し落ち着け」

 

 千枝たちの許に向かった花村、完二、鳴上というメンバーはいつになく真剣な顔つきで彼女たちを見る。

 女子たちが料理を作るというだけで、どうしてそこまで彼らが怒るのかが七歌たちには理解出来ないが、赤ん坊である八雲が死ぬかもしれないという物騒な言葉まで聞こえてきた。

 千枝に抱っこされている八雲は剣呑な雰囲気になり始めた両者をキョロキョロと見ているが、八雲を除く六人はそのまま強い口調で言い争いを始める。

 

「はぁ? あたしらは普通に八雲君にご飯作ってあげるって言ってるだけなのに、急に話に入ってきて殺す気かって失礼にもほどがあるっしょ」

「里中先輩、相手はこんな小さい赤ん坊だぞ。林間学校のオレらみてーに気絶で済むわけがねぇ。なんかあったとき責任取れるんスか?」

「料理でそんな事になるわけないじゃん。八雲君だってアイドルの手料理食べたいって言ってるのに、完二も先輩たちも赤ん坊に嫉妬しないでよね」

「頼まれてもいるかよ! こっちは散々お前らの料理で死にかけてんだ。実体験で分かってるからこそ止めてんだよ」

 

 彼らが女子たちを止めるのは冗談でも嫉妬でもない。純粋に八雲の身を案じての行動だ。

 彼女たち三人はそれぞれ異なる料理の欠陥を抱えている。

 普通に不味い千枝。下手な上に魚介を混ぜたがる雪子。味覚障害なのかひたすら辛くするりせ。

 この中で一番マシに思えるのは普通に不味い千枝なのだが、彼女たちが一緒に料理を作るとそれぞれの問題点が足し算ではなく掛け算される。

 結果、一口で泡を吹いて倒れてしまうような劇物が誕生するため、消耗して省エネモードに入っている八雲にこれ以上のダメージを与える事は出来ないと男子たちは立ち上がったのだ。

 しかし、現時点では手元にそんな劇物は何もないので、女子たちはただの妄想で失礼なことを言うなとさらに反論する。

 過去の事件の被害者と加害者だけあって、双方共が譲らず言い争いはヒートアップしてゆく。

 このままでは拙いと思って美鶴たちが止めようとすれば、千枝の胸に抱かれたまま両者の間に挟まれる形になっていた八雲が不安そうな顔で声をあげた。

 

「うう……やーの!」

 

 声をあげると同時に八雲は千枝を手で突き飛ばし、その腕から逃れて落下を始める。

 赤ん坊を落としてしまった千枝は慌ててキャッチしようとしたが、その手が届く前に無事に床に降り立った八雲は一目散に駆け出してマリーの許に逃げた。

 先ほどまで一緒に遊んでくれていた事で懐いているのだろう。マリーに抱き上げられると八雲はひしっと強く抱きついている。

 どうやら花村たちの言い争いが嫌だったらしい。

 泣いてこそいないが、信頼できる相手に強くしがみついて離れようとしない。

 そんな様子を見たマリーは八雲の背中をトントンと叩いてあやしつつ、感情的になって赤ん坊の前で言い争いをしていた者たちを睨む。

 

「あのさ。別に喧嘩なら好きにすればいいと思うけど、赤ん坊の店長がいる前でしないでくんない?」

「あ、その……悪い」

 

 最初は確かに八雲の事を考えて女子たちを止めようとしていたが、売り言葉に買い言葉をしているうちに以前の怒りが蘇って感情的になってしまっていた。

 おかげで八雲は怯えてしまったのかマリーの強く抱きついて顔を隠してしまっている。

 これではいくら千枝たちの料理を阻止できても意味ないと反省し、言い争いをしていたメンバーたちは全員が沈んだ表情で八雲に謝罪した。

 こうなる前に止めようとした美鶴は一歩遅かった事を僅かに後悔しながらも、ようやく話が出来る状態になったことで花村たちに一つ折衷案を出す。

 

「はぁ、お互いに悪気があって言った訳ではないのだろう。なら、実際に料理を作ってから八雲に食べさせられるか考えてみればいい。心配なら花村たちも作れば食べさせられる料理が出来る可能性はあがる。幸いなことにまんぷく亭の厨房を使えば同時に複数の鍋が調理可能のようだしな」

 

 今回のお題は鍋だということで、それならば厨房だけでなく各テーブルを鍋も出来る物に変更してしまえばテーブルだけで料理は出来る。

 食材の調達だけは八雲の機嫌が戻るか、メティスかマリーかあいかに倉庫を開けて貰わなければならないが、そちらもそれほど問題とはならないだろう。

 よって、今回はチーム対抗での料理対決をするように美鶴が言えば、そういう事なら自分も参加したいと料理好きのラビリスが参加を表明した。

 

「あ、ならウチも何か作るわ。こっちきてからほとんど料理してへんし」

「姉さん、わたしも手伝ってよろしいでしょうか? 小さい八雲さんにも手料理を食べてもらいたくて」

「うん。ええよ。ほんなら、メティスはどうする?」

「お手伝いします。料理は兄さんに習って一通り出来るので」

 

 アイギスはまだまだ食材を切るのも練習中という段階だが、他の二人は同じ人物から料理を習って既に習得済みであり安心できる。

 料理を作る事に関して妥協を許さない湊から認められているという事は、一般的なレベルよりも上の実力を持っている事に他ならない。

 自分たち以外にもまともな料理が出来るチームが参加する事に鳴上たちが感動を覚えていれば、汐見三姉妹には負けてられないと七歌たちも声をあげた。

 

「ゆかり、私たちも負けてられないよ!」

「分かってる。赤ちゃんにとってご飯は重要だもん。ここで他に差を付けさせて貰うから!」

 

 ちなみに七歌はかなりの料理上手でゆかりも一般的なレベルで料理が出来る。

 月光館学園側にはそんなにも料理が出来る女子がいるのかと花村の目頭が熱くなれば、女性陣ばかりに仕事はさせられないねと笑顔を浮かべた綾時が一歩進み出た。

 

「なら、僕も少しやってみようかな。ご馳走になるばっかりじゃ申し訳ないし」

「お、綾時も有里みたいに料理出来んのか?」

「流石に湊には及ばないけど人並み程度にはね」

「……なら、俺も手伝ってやるよ。材料切る程度だけどな」

 

 順平に腕前を聞かれ自慢できるほどではないと苦笑する綾時に、チーム戦なら助手が必要だろうと荒垣が協力を申し出た。

 彼は特別課外活動部を離脱していたとき、湊の紹介で紅花の実家である中華料理店などでバイトをしていた事もある。

 それらは生活費を稼ぐためでもあったが、半分はプロに学んで様々な技術を吸収したかったからだ。

 プロの許で学べば誰でも簡単に料理が上手くなる訳ではない。それでも殻を破るには必要な事だと考えて行動した結果、荒垣は和食や中華の技法を他のジャンルの料理に応用できるようになった。

 鍋は一見好きに具材を入れて煮込むだけの簡単に出来る料理だが、具材の入れる順番や下処理の出来で大きく味が変わる繊細な料理でもある。

 赤ん坊なら大人よりも味覚が鋭いため繊細な味もきっと分かるに違いない。

 そう考えて密かにやる気を見せた荒垣の協力を綾時も快く歓迎し、総勢五チームによる鍋対決の開催が決まった。

 鍋は各チーム二つ。味は同じでも別でも構わないが、先に入浴を済ませてから料理に移ることに決まると、それぞれのチームが入浴中に相談し合っていた。

 あるチームは審査員が八雲だという事を忘れていたのか、個性がぶつかり合った結果、片方の鍋が激辛唐辛子鍋になっていたりもしたが、ほとんどのチームは大きな問題なく鍋を完成させる事が出来た。

 ただし、とある問題のチームだけは汁を飲んだ時点で八雲が不味いと激怒し、あまりの怒りようにチームメンバーは赤ん坊に平謝りするという事態になった。

 そんなに不味いかなと玲が食べ進めると、時間差でダメージが来たのか白目を剥いて倒れた事もあり、料理対決前の言い争いについて正しかったのは男子の方だったのかと月光館学園側のメンバーたちも全員が納得した。

 そうして、開かれた夕食の鍋対決の結果は、短時間で仕上げたとは思えないほど味の染み込んだ湊直伝のおでんを作ったラビリスたちのチームが見事勝利を収めたのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。