【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百八十四話 お化け屋敷探索

――放課後悪霊クラブ・壱ノ怪

 

 赤ん坊をあやすガラガラの音が聞こえてくると、再び天井の方から頭にボロ布の袋を被ったF.O.Eが降ってきた。

 敵が現われた事で全員が身構えるも、相手が動き出す前に正面に着いた湊が相手の頭部を左右から挟むように掴み、そのまま首をねじ切って一瞬で絶命させる。

 基本的にどんなシャドウが相手でも簡単にダメージを与えて倒している印象があったが、相手が人間と同じ身体の構造になっていると湊はさらに強かった。

 それだけ人の身体の仕組みに精通しており、壊す方法を熟知しているという訳だが、仕事屋としての経験か医者としての経験か真相は謎である。

 だが、湊がいるとやはりあれだけ警戒していたF.O.Eも簡単に倒せるため、F.O.Eとの遭遇を警戒していた者たちは、少しばかり精神への負担が減った状態で探索する事が出来ていた。

 赤ん坊型の敵の首を容赦なくねじ切って殺した湊が戻ってくれば、お疲れさまですと言ってアイギスが彼を迎える。

 

「八雲さん、お疲れさまでした。惚れ惚れするような手際であります」

「……実際の人間より身体の重心が座ってるからな。人で同じようにすれば身体も一緒に回ってしまうので、三倍以上の速度で頭部を捻る必要があるだろう」

「なるほど。ですが、そんな事が可能なのですか?」

「普通は無理だろうな。それなら首の骨を折った方が速い」

 

 何でもないことのように話をしているが、その内容はえらく物騒な物である。

 しかし、本人たちにとっては会話をしていること自体に意味があるらしく、ここまで進んでくる間に見つけた鍵付きの扉のヒントに至る間も、他の者には何が楽しいのか理解出来ない会話をしばしばしている。

 ちなみに見つけたヒントは“一つ目の鍵は時間割の中に”、“技術の後は美術、数学の前は理科”というものだ。

 どこかに時間割があって、そのときに先の情報が役に立つのだろう。

 順平や完二は早々に覚えることを放棄したが、七歌や鳴上に直斗といったメンバーがメモを取っているので問題はない。

 そうして、道中に現われるシャドウを天田が槍で突いたり、コロマルがケルベロスで燃やしつつ進んでいると、少し開けた場所に出た。

 赤ん坊型のF.O.Eを呼んでしまうガラガラの音は、特定の床板を踏むと鳴る仕組みだったので、一同は慎重に足下を見ながら部屋の奥まで進んでゆく。

 すると、前方に大きな掲示板が見えてきたことで、何か鍵について参考になりそうな情報はないだろうかと全員で見て回る。

 暗いので見えづらかったが途中で湊がフェニックスを呼び出し、フェニックスが身体を構成する炎を部屋の床一面に広げたことで、部屋の中が明るくなり見えるようになった。

 足下を蒼い炎が覆っており、たまに炎が爆ぜてもいるというのに熱くはない。

 その辺に落ちているボロ布や紙も燃えていないので、あくまで炎の性質を持った流動系の肉体という扱いなのだろう。

 久しぶりに周囲が見渡せるほどの明かりと出会えた事で、ここまで怯えていた者たちも安心した様子で部屋の中を探索する。

 すると、玲が他とは異なる部分があるよと掲示板に書かれた赤い文字を指さした。

 

「あ、みてみて! ここに変なのが書いてる。“月曜日の四時間目と、金曜日の三時間目を教えて”だって」

「といっても、肝心の時間割がないとな……」

 

 どうやら玲が見つけたのは扉を開けるための鍵に当たるもののようだが、ここに来るまでに時間割などなかったので、鳴上がこれでは答えようがないと肩を竦めた。

 

「これ、時間割。これで分かる?」

 

 すると、掲示板を見ていたあいかが時間割表を見つけ、これがあれば答えることが出来るのではと尋ねた。

 ダンジョンの仕掛けがそんな簡単にクリア出来るのかと疑いつつも、しかし、時間割表を見ないことには答えることが出来ない。

 全員があいかの許に集まれば、掲示板に貼られた日焼けし古ぼけた紙の時間割表に視線を向けた。

 

 月:社会、技術、――、?、音楽

 火:理科、――、家庭科、――、――

 水:保健体育、社会、――、――、国語

 木:音楽、理科、――、――、英語

 金:総合、――、?、技術、――

 

 時間割表はこれで間違いないと思われるが、すり切れて文字が読めなくなっている部分もあれば、破れて読めなくなっている部分もある。

 これじゃあ解読にも一苦労だと頭を掻きながら完二が溢した。

 

「あー、なんつーかボロくて読めないッスね」

「でも、分かるところもありますよ」

「ええ。ですが、肝心の“月曜の四時間目と金曜の三時間目”は完全に読めません」

 

 なんとか分かる部分から予想出来るのではないかと天田が言えば、直斗もそれに同意しつつジッと時間割表を見て考え始める。 

 途中で見つけた“一つ目の鍵は時間割の中に”、“技術の後は美術、数学の前は理科”というヒントもここでようやく出番が来た。

 ただ、推理は探偵である直斗の得意分野であるものの、流石に情報が少なすぎて難航しているらしい。

 ここには他にも成績優秀な者が多数揃っているので、善から最初に渡されたマッピング用のメモ用紙を使って全員で考え込む。

 雪子と千枝が意見を出し合い、あーでもないこーでもないと言えば、荒垣と一緒に考えていた真田がもっと体育を入れるべきだろうと変な突っ込みを入れる。

 そうして、十分ほど全員で考えても答えが出ず、少し休憩しようとメティスが顔を上げれば、煙管を咥えて暇そうに他の者を眺める兄の姿がみえた。

 

「あ、兄さん。答えは分かりましたか?」

「……いいや、全然」

 

 言いながら湊は七歌に渡されていたメモ用紙をメティスに渡す。

 そこには、

 

 月:社会、技術、美術、『国語』、音楽

 火:理科、数学、家庭科、英語、総合

 水:保健体育、社会、技術、美術、国語

 木:音楽、理科、数学、家庭科、英語

 金:総合、保健体育、『社会』、技術、美術

 

 といった具合に全ての時間割が埋まった状態で書かれていた。

 答えが分からなかった者、答えに確信が持てなかった者、それぞれが湊の答えとやらを見にメティスの許に集まってくる。

 ただ、ほとんどの者はそれが正解であるかどうかが分からないため、一応答えまで辿り着いていた直斗が自分の手帳に書いていた答えと比較し、全てが一致していた事でフッと柔らかい笑みを浮かべた。

 

「良かった。やはり、法則通りですね。先輩、流石です」

「え、直っちも一緒だったん? なしてあれで解けんの? 学校のカリキュラムとか覚えてる系?」

「いえ、それは流石に。ですが、この時間割はそのカリキュラムからあまりに離れているので、一定の法則で割り振られているんだと気付けました」

 

 時間割表に途中で見つけたヒントの“技術の後は美術、数学の前は理科”を当てはめると、

 

 月:社会、技術、“美術”、?、音楽

 火:理科、“数学”、家庭科、――、――

 水:保健体育、社会、――、――、国語

 木:音楽、理科、“数学”、――、英語

 金:総合、――、?、技術、“美術”

 

 となる。

 続けて並んでいる科目を見ていけば、月曜の五時間目から火曜にかけて、“音楽、理科、数学、家庭科”と並んでいるが、木曜にも同じように“音楽、理科、数学”と並んでいる事に気付く。

 本来ばらける事のある時間割で、週に複数回入っている科目が“技術の後は美術、数学の前は理科”と並びが決まっている事もあり、先に挙げた三科目の並びが偶然ではない事は分かる。

 そこまで分かれば後は他の曜日の並びを見て、音楽の前や技術の前に何の科目が入っているかを確かめれば答えはすぐに出た。

 直斗からそういった説明を受けると一同は納得し、湊と直斗の答えを時間割表に書き込んだ。

 すると、カシャンと小さな音が鳴り、チョーク入れの中から“実習棟”のプレートがついた鍵が現われた。

 無事に鍵を手に入れることが出来、問題を簡単に解いた直斗らを玲が拍手で褒める。

 

「わー、直ちゃんもはーちゃんもかっこいい! 本物の探偵みたいだったよ!」

「……ただのクイズだろ。いいから先へ行くぞ」

 

 褒められたところでな、と冷めた態度で湊は部屋の床一面に展開していたフェニックスを消す。

 途端に辺りに暗闇が戻ってきた事で、明るい状態に安心していた千枝たちから何故に消すのかと抗議の声が上がる。

 

「ちょちょっ、消さなくていいじゃん! 明るい方が安全でしょ!」

「そうそう! 暗いと敵への反応も遅れるしさ!」

「……フェニックスは形状変化が可能だが、その間は非常に燃費が悪くてな。この部屋の床一面に広げていた間にお前たちなら三人分に相当するエネルギーを使い切るくらいには消耗してる」

 

 湊は一応病み上がりという扱いになっている。消耗の激しさから退行していたので、元に戻りはしていても無茶はさせられない。

 自分たちのエネルギーの三人分も謎解きの時間稼ぎのために使わせた以上、流石に我が儘は言えないなと二人も諦め、大人しく暗闇を警戒しながら先に進むことになった。

 時々現われるシャドウを倒しつつ、先を目指していると他の扉と違って厳重そうな鉄の扉があった。

 扉の上には薄らと“実習棟”と書かれているため、先ほど手に入れた鍵を使うと見事に開いた。

 

「よし。これで先へ進むことが出来るな」

「おい。あんま先に行こうとすんなよ。こんな場所ではぐれたら面倒だ」

「なっ、人を子ども扱いするな!」

 

 次のエリアへと足を踏み入れるなり、真田と荒垣が何やら騒いでいる。

 こちらの棟では床板がなくなっている場所があるので、あまり暴れると落下する危険がある。

 そのため、傍で聞いていた美鶴は額に手を当てて呆れているが、雪子にはまるで兄弟のように見えたため、同じチームの仲間として以上の繋がりがあるように思えた。

 

「真田さんたち仲良いよね。幼馴染みだったよね?」

「そうそう。そういう雪子ちゃんも千枝ちゃんと幼馴染みでしょ?」

「うん。小学生くらいからの付き合いだから結構長いよ」

 

 二人が幼馴染みである事は自己紹介のときに聞いていたが、七歌に言われ自分と千枝も幼馴染みではあるが、流石に姉妹のような関係とは言えないなと考える。

 家庭環境の違いか、それとも性別の違いが大きいのか。

 今も真田と荒垣は言い合いがヒートアップしてきて、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めるのではという状況になっているが、千枝と雪子はそんなキャットファイトを演じるような喧嘩はした覚えがない。

 多少の口喧嘩がせいぜいで、怒りという意味では最近になって出会ったクマを含めた男子たちに抱いた回数の方が多い。

 ほとんどはスケベな理由だったと思うが、そう考えると衝突が少ない分仲が良いと言えるのだろうかと考えていたとき、前方に見える扉の方から何やらピアノの音らしきものが聞こえてきた。

 暗い夜の学校でピアノの音とくれば怪談の定番である。おかげで一部の女子たちは怖がっているものの、美鶴は耳を澄ませて聞こえてくる曲を言い当てる。

 

「これは……ブラームスの子守唄だな」

「え、聞いただけで分かるんスか?」

 

 美鶴が曲名を言えば、順平がよく分かりますねと驚いた顔をする。

 ここにいるメンバーで曲名が分かったのは美鶴と七歌くらいなもので、後のメンバーは直斗ですら聞いたことはあるが曲名は知らなかったという感じだった。

 二人は社交界にも出るほどの上流階級の出身であるため、音楽についての教養があっても不思議ではないが、ここで湊が何も言わなかった事で花村がニヤニヤとからかう様子で絡んでゆく。

 

「へへっ、流石の有里君もこういった教養はなかったみたいだなぁ?」

 

 頭脳明晰で様々な事に精通している湊でも、育ちが影響する音楽や芸術と言った分野の教養は上流階級の者に劣るらしい。

 普段、色々な部分で劣る他者を見下している青年が相手だけに、花村はこれを機に少しは謙虚になれよと湊の肩を叩いた。

 その様子をメティスなどはハラハラした様子で見ていたが、肩を叩かれた青年は無言のままマフラーに手を入れると、少し古びたヴァイオリンのケースを取り出した。

 音楽の知識で劣っていたからか、ここでヴァイオリンを弾いて音楽もいけると証明するつもりなのかと一同が彼を見守る。

 彼がケースを出した時点でメティスがそれを受け取り、湊はダークブラウンのヴァイオリンと弓を取り出して構えた。

 容姿が整っていることに加えて長身な事もあり、楽器を構えただけでやけに様になっている。

 その時点で色々と卑怯に思えるが、青年は瞼を閉じると静かにヴァイオリンを弾き始めた。曲目はブラームスの『子守唄』。

 前方の扉から漏れて聞こえているピアノの音に合せて、湊はただ静かに演奏を続ける。

 生でヴァイオリンの演奏を聴いた事がある者など限られているが、それ以外のメンバーでも音の安定感と深みを感じることが出来る。

 即興ならばあり得ない。これは紛れもなく曲と譜面を知っていると理解出来たところで、曲が終わり湊はメティスの持っていたケースに楽器を片付けた。

 そっち方面の知識で劣っていると煽られてのこの返し。知っているどころか演奏まで出来ますよと証明して見せた形であるが、湊は楽器をケースに片付け終えるとそのままマフラーに仕舞ってそのまま歩き出そうとする。

 これには花村も思わず突っ込んでしまった。

 

「いや、何も言わねーのかよ!」

「……俺が曲について知ってたかどうか知りたかっただけだろ?」

「おまっ、嫌味っぽく自分のインテリっぷり披露しやがって! こんな曲名一つ知ってるくらいで威張ってんじゃねーよ! 日常生活じゃなんの役にも立たないっつの!」

「……そうだな。だが、そういうのは最初に曲名を口にした人間に言ってやるといい」

 

 別に自分が言い出した事ではない。最初に自分の知識を披露したのは美鶴である。

 湊がそう言えば、美鶴は気まずそうに知識をひけらかしてすまないと謝罪する。

 

「その、すまない。別に知識をひけらかそうという意図はなかったんだが……」

「ちがっ、いや、あの! 全然大丈夫っすから! 有里に言っただけで、桐条さんのことは別になにもっ」

 

 途端に花村がそういった意味で言ったのではなく、そもそも美鶴のことを責めた訳ではないと必死に弁明した。

 全身に嫌な汗をびっしょりと掻きながら、焦ってパニックになりつつ花村が弁明している間、話は終わったからと湊は先へ進み続ける。

 前方にあるピアノの音が聞こえてくる部屋の扉は壊れており、これでは開かないねと押したり引いたりしてみた七歌が残念そうに溢す。

 だが、次の瞬間、湊は扉の前で身体を回転させると、回し蹴りの要領で勢いをつけて扉を蹴破った。

 ガシャン、と音を立てながら部屋の中に倒れ込む扉。それを見て一同はポカンと口を開けるも、風花は少し言いづらそうにしながらも後輩への影響を考えて彼の行動を諫める。

 

「あ、あの、有里君。一応は学校だし、もうちょっと行儀良くした方が……」

「……俺も山岸も今更だろ」

 

 普段の学校での振る舞いやこれまでの学校生活を思い出せ。

 青年が静かにそう返すと風花は何故だか顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 ラビリスやメティスなどはその理由に気付いたようで、一人は湊を責めるような視線で睨み、もう一人は気まずそうに視線を逸らす。

 それを見ていた雪子は優等生にしか見えない風花が何故おかしな反応をするのだろうと思いつつ、部屋の中に入ると誰もいないのに音色が聞こえてくるピアノを見て首を傾げた。

 

「あれ? 誰もいないのにピアノが動いてるね」

「き、きっと、自動演奏機能なんだよ。うん、きっとそうに決まってる!」

「待ってください。鍵盤は動いてませんよ?」

 

 頭を抱えながら必死に何でもない風を装いつつ千枝が音の聞こえる理由を言えば、そもそも壊れているようで鍵盤は動いていないと直斗が指摘する。

 それを聞いたゆかりと玲がもうやだと半分泣きかけていたとき、その異変は起きた。

 

《あははははははははは!》

《アハハハハハハハハハ!》

 

 急に子どもの笑い声が聞こえてくると、メンバーたちは何かの気配に囲まれる。

 一人や二人ではない。もっと大勢。十人やそこらではきかず、かなりの数の気配を感じる。

 思わず警戒して戦闘態勢を取ろうとするも身体の自由が奪われ、顔は動かせるのに身体だけは指先一つ動かせない。

 こんな状態で敵に襲われれば味方は全滅。恐怖と焦りで額を汗が濡らせば、

 

「――――耳障りだ」

 

 湊の身体から黒炎が噴き出して部屋中を覆ってゆく。

 周りにいた者たちも当然炎に飲み込まれるが、実体と炎の切り替えは湊がコントロール出来る。

 おかげで黒炎は他の者を守る盾の役割を果たしながら、自分たちを囲んで笑っている存在だけを襲った。

 相手が危害を加える存在かどうかは関係ない。ただ、鬱陶しいから。そんな理由で湊は姿を見せない気配に攻撃を仕掛けた。

 シャドウやペルソナだけでなく、実体を持たない霊にも攻撃可能な蛇神の力は、湊たちを囲んでいた存在を容易く屠ってゆく。

 聞こえていた笑い声は悲痛な叫びに変わり、気配は逃げようと部屋の出入り口を目指すが相手よりも速く広がる炎がそれを赦さない。

 そうして、最後には子どもの声は怒りと憎しみの籠もった怨嗟の叫びとなり、自分たちを殺した青年を呪いながら消えていった。

 おかげで全員の身体が無事に動くようにはなったが、相手が子どもの幽霊だったのなら、先ほどのあれはやり過ぎではないかと玲がおそるおそる尋ねた。

 

「あ、あの、はーちゃん。どうして子どものお化けまで攻撃したの?」

「……別に、強いていえば鬱陶しかったからだ」

 

 どこの世界に鬱陶しいからと幽霊を殺す者がいるというのか。

 尋ねた玲ですら予想外な理由だった事で思わず固まり、部屋を出て行く青年を見送る。

 りせやチドリのサポートなど不要とばかりに彼は先へ進んでゆく。

 同じ力を持っているからこそ、彼にも先の地形や進むべき道順が視えているのだろうが、一切の怯えを見せず幽霊すら殺してみせる青年に玲は興味を抱いた。

 他の者に促されて彼の後に続きながら、視線で彼の背中をジッと見つめていると玲の変化に気付いた善が彼女に話しかけてくる。

 

「……玲、どうかしたのか?」

「あ、うん。あのね、どうしてはーちゃんは怖がらないんだろうって思って。さっき、本物の幽霊も倒してたし」

 

 その強さはハッキリと言って異質だ。真田や美鶴であればこれまで鍛えてきた自分の強さに自信を持っており、それで敵わぬ敵が出たときに初めて悔しさなどを覗かせる。

 一方でリーダーとして戦ってきた七歌と鳴上は、敵戦力の分析と割り出しを行ないつつ、それらが終わると状況の変化に注意しながら相手を倒せるだけの味方戦力を割り振っている。

 前者は駒としての目線で、後者は駒を動かすプレイヤー目線で戦闘しているのだろう。

 二つの立場に優劣はなく、戦闘時の役割の違いでしかないが、湊だけはそのどちらでもなく淡々と作業のように敵を屠っていた。

 自分も前線にいて実際に戦っているというのに、どうしてそこまで戦いに感情を乗せないのか。

 考えていても答えが出ないことは分かっているが、湊が本物の幽霊を倒したのを見ていた事で玲は彼の強さの理由が知りたくなった。

 それを聞いた善はしばらく黙っていたが、玲が進んで何を知りたいと思ったのなら、その気持ちを優先してあげたいと思ったらしく、玲を連れて湊の許まで歩いて行く。

 

「湊、少しいいか? 玲が君に聞きたい事があるんだ」

「……手短にな」

 

 再び通路を抜けて大きな部屋に出たところで話しかければ、湊は部屋の中を見渡しつつ善たちの話を聞く姿勢を見せる。

 ここもまだ安全圏という訳ではないので、周囲の警戒をしている相手のいう事を聞いて、玲も出来るだけ手短に話そうと口を開いた。

 

「あ、あのね。どうしてはーちゃんは相手を気にせず戦えるの? わたしはその、今もすっごく怖いんだけど、はーちゃんはさっき幽霊が出たときも気にしてなかったよね? どうしたらわたしもそうなれる?」

「……戦って戦って戦い続けて、飽きるほど多くの敵を殺せばこうもなる。どうすれば簡単に殺せるか。それを突き詰めて、自分の動きを効率化していき、殺すための装置として戦闘を行なうと俺みたいになるんだ」

 

 それはある意味で駒とプレイヤーの双方の視点で物を見ていると言えた。

 頭はプレイヤーとして働かせ、自分の身体を駒として動かし戦う。

 駒個人の感情等は全て排除し、個々の戦闘ではなく一帯の戦闘行為を終わらせることを目的として動き続ける。

 そんな機械のような者になれば、玲も湊のように怖がることなく戦闘に参加出来るようになるだろう。

 ただ、これは一朝一夕で身に付くものではないので、今現在怖がっている玲にはどうやっても習得不可能。

 善がそのことを指摘する前に玲も分かっていたらしく、簡単に強さを手にして怖くなくなる方法はないんだなと肩を落とした。

 そして、新たにやって来た部屋の中を全員で物色し、置いてあった掃除道具のロッカーから“北棟の鍵”を入手すると、これで先へ進めるぞと着実に進んでいる事実を喜んだ。

 

 

 


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