――ヤソガミコウコウ
湊が復帰した翌日、今朝もまんぷく亭が臨時休業だった事で一同は祭りの屋台で食事を取った。
昨日の晩に引き続き、久しぶりに二食続けて雑な食事を取った者たちは、いまいち次のダンジョンに挑むモチベーションを保てずにいた。
だが、それでも次のダンジョンに向けての話し合いが必要だと理解しているので、食事を終えてから次のダンジョンである二年四組“放課後悪霊クラブ”の教室前に向かえば、どこからか調達したらしいテーブル席でハンバーガーを食べている湊たちがいた。
食べているメンバーは湊、メティス、マリー、そして女子の拠点に昨日は戻らなかったアイギス。
こちらの世界にハンバーガー屋はなく、新鮮なトマトとレタス、チーズと分厚いパティがサンドされたバーガーは明らかに手作りだが、四人は他の者が集まってきても気にせずサイドメニューのフライドポテトとフライドオニオンをたまに摘まみつつ、ナイフとフォークを使ってハンバーガーを食べている。
「んっ、店長お茶欲しいんだけど?」
「ウーロン茶でいいか?」
「うん。濃いめの方がいいかな」
お茶が欲しいとマリーに頼まれれば、湊はマフラーから冷えたペットボトルを出して、アクリル製のカップに黒ウーロン茶を注いで渡す。
カップを受け取ったマリーは白い喉をこくこくと鳴らしながら飲み干し、カップをテーブルに置くと再びパティから肉汁の溢れ出ているハンバーガーを食べに戻る。
周囲には揚げ物の匂いと共にハンバーガーのソースだろうか。トマトベースのスパイシーな香りが漂っており、先ほど食事を終えてきたばかりだというのに、男子や千枝に玲といったメンバーがゴクリと喉を鳴らした。
すると、キンキンに冷えた瓶コーラを飲んでいた湊が瓶をテーブルに置いてから口を開いた。
「さて、次の迷宮に向かう前にいくつか話しておこう」
「その前にお前らは食べるのやめろよ。つか、なんでこんなとこで食ってんだよ」
彼らの食べているハンバーガーは実際に美味しいのだろう。だが、あまりにも美味しそうに食べているものだから、順平はつい口調がキツくなりながら話をするなら食べるのをやめろと言ってしまう。
まぁ、他の者たちも大体は同じ意見だったので、それに湊がどう返すか見ていれば、湊は気にした様子もなくフライドオニオンを摘まみつつ話を続ける。
「……次の迷宮は“放課後悪霊クラブ”。文化祭にありがちなチープなお化け屋敷だな」
湊が順平の言葉を無視して話を続ければ、他の者たちは彼が帰ってきたんだなという実感がしみじみ涌いてくる。
八雲は少々悪戯っ子なところがあったが、年齢を考えれば普通のことであり、根が素直な事が分かっているため、そういった部分も可愛いと思えるだけの余裕が他の者にもあった。
だが、それが成長した青年は何があればここまで歪めるのかというほど捻くれている。
自分の父や祖父が原因を作ったため、数名の少女はそういった部分に強く言うことは出来ないのだが、ここで意外な事に彼が他の者を気遣うような言葉を口にしてきた。
「そこで先に聞いておく。この中でホラーやら幽霊やらが苦手な者は手を挙げろ」
戦力を考えれば多いに越したことはない。チームで動くのならば突出している湊と綾時以外は補い合って戦っているのだから。
けれど、ホラーや幽霊が苦手な者は探索中も怖がり、戦闘に支障が出る可能性が高い。
足手纏いがいる状態で戦うのは非常に危険なので、先にメンバーから外すことで本人たちと探索メンバーの安全を確保しようと考えたのだろう。
捻くれつつも全体の事を考えて動いてくれる青年がした質問だけに、ここで強がっても意味はないとして、ゆかり、千枝、玲の三人がおずおずと手を挙げた。
実際は得意ではない者もいるのだが、今は三人しか手を挙げなかったので、湊はその三人に視線を向けると再び口を開いた。
「そうか。一応言っておくと幽霊と呼ばれるものは実在する。だが、殺すことは可能だから心配する必要はない。さて、隊の分け方の話に移るが」
「ちょっと待った! え、それだけ? 苦手なら行かなくていいよとか、こうしたら身を守れるとかのアドバイスをするパターンじゃないの?」
予想外の相手の言葉に驚きつつも、勝手に次の話題へ移ろうとする湊をゆかりが止める。
苦手かどうか聞いておきながら、幽霊は実在すると断言してアドバイスとも言えぬ言葉を贈ってくると誰が思おうか。
今も食事を続けている青年に“普通”を求めるなど自分でも馬鹿だと思いながら、それでも言わずにいられなかったゆかりがこちらでの待機指示かアドバイスを求めれば、話を聞き終わった湊は心底呆れた顔で言葉を返してきた。
「何を甘えた事を言ってるんだ。ピーマンが嫌いだから食べませんと言ってるようなものだぞ。苦手なのはお前の都合だ。それを理由に楽をしようとするな。それに幽霊なんぞ殴れば殺せる。アドバイスもなにもない」
幽霊が苦手だからお化け屋敷に入らない。ピーマンが嫌いだから食べない。
事実のみを書き出せば確かに同じように聞こえるが、当人たちにすればそれらは全く別ベクトルの話である。
得体が知れないから、自分たちとは住む世界が違うから、物理的に干渉出来ないからなど、幽霊を苦手に思う理由は沢山あるのだ。
それを湊は殴れば殺せる程度の相手だと切って捨てた。
ゆかりたちだけでなく他の者も突っ込みたいに違いない。そんな事が出来るのはお前だけだと。
だが、他の者がツッコミを入れるよりも速く、七歌が何故か感心した様子で湊に話しかけた。
「八雲君って幽霊殴り殺した事あるの?」
「ナイフで刺したり、拳で腹を貫いたり、色んな方法で殺してきたが?」
「私たち神道の家系だし、名切りは陰陽師もやってたもんね。そういう適性が高くて当然か」
二人のルーツを遡れば龍神である豊玉姫命に行き当たる。そこからさらに遡れば、天照や伊邪那岐と伊邪那美にも辿り着くのだ。
神道の最高神格である天照の血を引くため、二人の家系は一応神道の家系という事になっている。
おかげで名切りは妖怪退治屋紛いの仕事も過去にしており、その時代には正式に陰陽師の一族としても認められていた。
百鬼の実家の蔵を探せば今も退魔は破魔の道具が多数眠っており、それら全てが表に出れば騒ぎになる代物なのだが、湊は高い適性を持っている事で肉体一つで霊体にも干渉出来る。
霊視が可能な七歌でも流石にそれは出来ないので、家柄の違いは大きいなと苦笑して素直に彼を褒めた。
そして、七歌に続いて完二までもが幽霊など殴り殺せとのたまった湊に感銘を受け始める。
「そうか。幽霊が殴り飛ばせるってんなら、オレでもどうにかなりそうッスね」
「真に受けんな。んなの一般人には無理だから」
「なーに言ってんスか。シャドウも幽霊も大差ないっスよ。わけ分かんねえやつをぶん殴ってぶっ飛ばす。シンプルで良いじゃないッスか」
確かにシンプルなのは非常に結構だ。それだけ単純ならば花村としてもありがたく思うほどに。
しかし、現実的な問題として一般人はそも幽霊に触れることが出来ない。
相手は怨念パワーで攻撃出来るかもしれないが、触れることが出来ない以上はこちらからは手が出せないのだ。
完二には早くその事に気付いて欲しいのだが、既にやる気満々になっている相手には言葉は届かないのだろうなと花村は遠い目をした。
そうして、湊たちが食べ終わるのを待つ意味も含め、他の者たちが口々にお化け屋敷について話し始めると、皆の様子を眺めていた風花がやり取りに笑いつつ、少しばかり残念そうな表情で溢す。
「ふふっ。でも、私はちょっと入ってみたかったなぁ」
「え、風花ちゃん怖いの大丈夫なの?」
「んー、怖いけどそれが楽しいところっていうか。りせちゃんは苦手?」
「私は皆と一緒なら割と大丈夫だけど、苦手って部分は変わらないよ」
サポート役である二人の少女は、年上である風花の方は割と平気で、りせは対照的に苦手なようだ。
今回ばかりはバックアップで良かったと、りせはダンジョンに入る必要がないことに安堵する始末。
それを羨ましそうに見ているゆかりと千枝は、何故自分のペルソナにはバックアップ出来るサポート能力がないんだと嘆いた。
すると、食事を終えてメティスらがゴミを片付けている間、のんびりとコーラを飲んでいた湊が風花らの会話に口を挟んだ。
「……行きたいなら代わるぞ。別にサポートなんて俺やチドリでも出来るしな」
「あ、ううん。いいの。ていうか、私のペルソナは戦闘タイプじゃないし」
「だが、この世界ではサブペルソナで戦えるだろ? 何なら俺のペルソナを貸してやってもいい」
言いながら湊はマフラーからチェーン付きのカードホルダーを取り出し、そこに具現化したカードが一枚収納されたまま風花の手に渡る。
受け取った風花は不思議そうに眺めつつ、これは一体どうやって使うのだろうと首を傾げた。
「あの、これってどうやって使うんですか?」
「俺がいつもやっているようにカードを握り砕けばいい。そうすれば、耐性の付与こそ出来ないがペルソナを召喚して自由に使役出来る」
使い方を聞いた風花は他の者から少し距離を取ってカードを砕いてみる。
パリンッ、とガラスが砕けるような音をさせながらカードが砕ければ、水色の欠片が渦巻き、その中心に鷲の上半身とライオンの下半身を持つ幻獣が現われた。
鋭い爪による斬撃と疾風属性を司る幻獣、皇帝“グリフォン”である。
馬ほどの大きさのあるグリフォンは廊下に降りると、そのまま風花の正面で立ち止まっている。
雄々しさの中に気品を感じるその姿に思わず目を奪われるも、普段バックアップを担当している癖で相手の耐性やスキルが気になれば、風花は相手の情報が自然と頭に浮かんでくることに気付いた。
「あ、すごい。これ、頭の中に使えるスキルが浮かんでくるんだね」
「消費するエネルギーとダメージのフィードバックは全部俺に来る。使うやつは一切の消費を気にせず戦えば良い」
湊に全ての負担を押しつける形になってしまうが、何の制限もなくペルソナを使えるのなら戦闘慣れしていない風花でも扱えそうだと思える。
装備しているサブペルソナとグリフォンがいれば、風花も二体の戦闘向けペルソナを手にしたことになるので、本当にバックアップを湊やチドリに代わって貰っても問題がなくなる。
危険のあるダンジョン探索にこんな気持ちで参加するのは不謹慎かもしれないが、普段はサポートしか出来ない事もあって、風花は自分も皆と一緒にダンジョンにいける事を喜んだ。
「ね、ねぇ、はーちゃん。はーちゃんのペルソナならわたしたちも使えるの?」
「私と玲も使えるのであれば、自衛のために借りたいのだが」
湊が風花にペルソナを貸す場面は他の者たちも見ていた。
だからこそ、そんな簡単に自分の心の欠片であるペルソナを貸せることに驚いたものだが、善と玲は自分たちはサブペルソナも使えないと聞いていたので、もしも湊のペルソナが使えるのならと一縷の望みに賭けた。
あくまで武器や盾の延長。自分の受けるダメージを減らす効果は期待できないと分かっている。
ただ、もしも味方と分断されたとき、ペルソナを持っていれば逃げる時間を稼ぐくらいは出来るかも知れない。
そんな思いを込めて二人が湊に尋ねれば、湊はマフラーから二つのカードホルダーを取り出し、“正義”のカードが入ったものを玲に、“皇帝”のカードが入ったものを善に投げ渡す。
「……一般人でも使えるが、お前たちが強化される訳じゃない。カードがホルダーから抜けた状態で召喚すれば戻ってこなくなるし。使うときは気をつけて使え」
受け取った二人は僅かに緊張した様子でホルダーを持ち、視線を合わせてから頷いてカードを握り砕く。
パリンッ、とガラスの割れる音がして水色の欠片が回転すれば、玲の頭上にはアルビノの白獅子である正義“レグルス”が、善の頭上にはメラニズムの黒獅子である皇帝“レーヴェ”が現われた。
本来のライオンよりもサイズは大きく、馬くらいはあるのでペルソナの背中に乗ることも可能だろう。
一般人に貸し与える事が可能な事だけでなく、対になったペルソナを持っている事にも他の者たちは少し驚いていたが、風花に貸したグリフォンも含めて湊がこんなペルソナを使っていた姿を見たことがなかったチドリが疑問に思い口を開いた。
「ねぇ、湊。こんなペルソナいつ作ったの?」
「かなり前だぞ。普段使いは表が十五体、裏が十二体だからな。無難な貸し出し用にホルダーのいつくかに事前にセットしておいたんだ。テオドアが作ったホルダーは七つだが、そのほとんどは貸し出せるようにカードを入れてあるぞ」
言いながら湊はもう一つホルダーを取り出し、話を聞いていたりせに向かって投げ渡す。
“魔術師”のカードが入ったそれをりせがキャッチし、そのまま握り砕けば薄緑色の毛並みをしたフェネックに似た動物が現われた。
その額には赤い宝石がついており、毛の色も含めて綺麗だなと見ていれば、風花がこれ知ってると名前を告げた。
「あ、この子ってカーバンクルですよね? 前に神話系の本で読みました」
「……よく知ってるな。身体は小さいが魔法の威力はそれなりだ。久慈川もそいつと一緒にダンジョンに潜ってこい」
「えー……正直、こっちでサポートしてたいんだけど?」
「お前、こっちの世界じゃろくに運動せず食べてばっかりだろ。少しは動け」
今は活動休止中とはいえりせはアイドルだ。元々、かなり厳しいレッスンをこなしていたので、迷宮に入っている直斗よりも動くことは出来る。
ただ、確かにこの世界ではあまり運動していないので、体型維持のためと言われると辛いものがあった。
苦手ながら渋々りせも行くことに同意すれば、メンバーが揃ったという事でこれまで通りの三隊にチームを分けて中に入ることにする。
バックアップを担当する湊とチドリは留守番だが、マリーと一緒にテーブルにお菓子や飲み物を広げて完全に談笑モードに入っているのを見たメンバーたちは、彼らにバックアップを任せることに不安を隠せない。
しかし、湊が最初に倒れた際に、彼ばかりに頼らないと決めていた事で、一同は意を決して中に入ってゆく。
「――――ああ、そうだ。お前たち、最初の曲がり角まで絶対に後ろを振り返るなよ」
もっとも、扉が閉まる瞬間に湊がそんな不穏な言葉を残した事で、入ってゆく者たちは全員嫌な汗が背中を流れた。
――放課後悪霊クラブ・壱ノ怪
全員が中に入って入口の扉が閉まると、中はとても薄暗くなった。
どこか廃校を思わせる雰囲気の建物は、至るところにガラスが散乱しており、割れた窓と薄汚れた布きれなどが配置されている。
中の雰囲気と合せて湊の直前の言葉が気になり、誰一人背後を見ようとせず順平が前を向いたまま口を開く。
「お、おう。中は結構本格的だな。つーか、有里の最後の言葉ってどういう意味だ?」
「さあ? けど、ダンジョンのトラップ的なものが理由かもね」
彼がどういった意図でそれを口にしたのかは分からない。
まぁ、すぐに通信が繋がると思うので、そちらで聞いてみてはと七歌が返せば、りせや風花が行なっているように頭に湊の声が聞こえてきた。
《白い人影》
敵の情報や地形について教えてくれるかと思いきや、急に変な単語だけ伝えられてほとんどの者は首を傾げる。
ホラーが苦手な者たちは想像力が豊かなのか、どこかに白い人影があると思って怖がっているが、ここに入る直前に湊が振り返るなと言っていた事で戻ることが出来ず怯え続けている。
このままでは動きようがないので、再び湊にどういう意味か聞こうとすれば、湊は淡々とした声色で再び通信を繋げてきた。
《私が保育園に上がる前、私たちは父の実家に同居する事になった。祖父母、父母、私と弟の六人家族。でも、家には私にだけ認識できるもう一人がいた》
「おい。なんか始まったぞ」
それは明らかにダンジョンのバックアップとは関係のないもの。
状況を考えるに怪談を話しているとしか思えないが、人がダンジョンに入っているというのに何を考えているんだと真田は思わず呆れる。
もっとも、一部の人間には導入部だけでも効果は覿面なようで、必死に耳を塞いで聞かないようにしている。
だが、彼らは通信機能を持つペルソナの恐ろしさを理解していなかった。
《最初はただの見間違いだと思って、誰にも言わなかったし気のせいですませていた。しかし時折視界の端に白い人影が映り、顔を上げてそちらを見ても誰もいないという事が続いていた》
「ちょ、やだやだ聞きたくない! 通信止めて!」
「風花、りせちゃん、通信ってどうやれば切れるの!?」
「え、えっと、そういえばどうやるんだろう? 同系統の力を持ってると干渉を防いだりは出来るんだけど……」
千枝やゆかりがどれだけ耳を塞ごうとも通信は止まらず声が聞こえてくる。
そう、りせや風花も今まで気付かずにいたが、ペルソナを使った通信は同じ力を持っている者でないと基本的には遮断できないのだ。
遮断できない以上は他の者たちは相手が話し終えるまで聞き続けるしかない。
どんなに耳を塞ごうと、歌や大声で聞かないようにしていても、頭に直接入ってくる言葉はそれぞれにしっかりと伝わる。
恐怖でパニックに陥った者たちを見ながら、通信系の力はこんな使い方も出来たのかと鳴上は恐ろしさを感じた。
「サポート的な使い方しか知らなかったけど、こういった攻撃的な使い方も出来たんだな」
「まぁ、これで狙えるのは精神的ダメージくらいだけどな。つか、有里も復帰早々に遊ぶなよ……」
お化け屋敷に入りたい風花に気を遣って交代したかと思いきや、怖がる者たちを煽って遊ぶためだったとは呆れて何も言えない。
中等部時代の彼を知る者にすれば、そういえばこういうやつだったという印象なのだが、普段は真面目なだけにこの行動は読めなかった。
彼の友人である綾時も怖がっている女性陣を見つつ、湊の数少ない年相応な悪戯っぽさに苦笑している。
「やれやれ。僕としては怖がっている女性は放っておけないんだけど、湊に最初の曲がり角まで振り返るなと言われてるからね。戻ることも出来ないし、どうにか最初の曲がり角まで行かないと」
湊の話自体は語りの上手さもあって興味を惹かれる。
勝手に話が頭に入ってくるので注意して聞かなくても良い点は楽だが、おかげで半狂乱になりかけている者たちをどうにかして最初の曲がり角につれて行かなければならない。
入る直前に言った言葉はあくまで雰囲気作りのフェイクかもしれないものの、理由があるのなら忠告として素直に聞いておくべき。
そう判断して大丈夫な者たちは怖がっている者たちが振り返らないよう両側から支えて歩き、かなり先にある最初の曲がり角まで連れて行く。
「やだやだ! 行きたくない、帰りたいから離して!」
「最初の曲がり角まで振り返ったアカンて言われたやろ? すぐに済むんやから目瞑って我慢してや」
「うわーん、もうやだー! あたし、家にかえるー!」
「ほら、もう少しだから頑張って千枝」
ゆかりはラビリスと七歌に押さえられ、千枝は雪子とあいかに押さえられる。玲には善とアイギスがついており、美鶴と直斗はびくつきながらも自分で歩いて奥を目指す。
話はその間ずっと続いており、どうやら白い人影は話し手の父とその兄の間に生まれるはずだった人物の魂らしい。
流産して産まれることが出来なかったが、祖母があまり供養しなかったせいで残ってしまったのだとか。
話し手にだけ視える理由は、話し手を母が身ごもったときに年若い事もあって祖母がおろせと言ってきた事で、自分と同じ境遇になりかけた話し手を白い人影は心配しているのではという事らしい。
相手からの悪意は全く感じず、基本的には興味ないようなので悪い存在ではないのだろう。
ただ、お化け屋敷でそんな話を聞くと嫌でも怖く感じてしまう。
最初の曲がり角まで後もう少し、湊の話ももう終わりそうなので、怖がっている者たちもあと少しの辛抱だ。
《ちなみに雰囲気で分かるが、白い人はまだ家にいるらしい》
ゆっくりした足取りながら一歩一歩進み、曲がり角に入りかけたところで湊の話が締められた。
怖がっていた者たちを両側から押さえていた者たちは、相手の抵抗が少しマシになった事で、通信が終わって一安心していたのだろうと察する。
だが、通信が止んだことで僅かに気が緩んでしまったのだろう。曲がり角に辿り着き、さぁ一度帰ろうと振り返りかけたそのとき、曲がった先の壁際に人が立っていることに気付くのが遅れた。
《――――気をつけて、ね》
『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
急に横から話しかけられて全員の肩がびくんと跳ねる。
暗闇に白い顔がポツンと浮かんでいる。そう錯覚してしまうほど白い顔の少女が、暗い紺色のドレスを着てそこに立っていた。
精神が限界を迎えたのか両側から押さえられていた者たちは拘束を解き走って入口へ戻ってゆく。
他の者たちもそれに釣られて走って入口に向かうも、入口の前に誰かが立っているのが見えた。
向こうで待っているはずの湊でもチドリでもなく、一緒に残ったマリーでもない。
誰も見たことがない黒衣の女は、メンバーらが近付いてくると振り返り、意味深に笑ってみせるとその場で消えた。
『ひぃ……っ!?』
人が突然目の前で消えるなど普通ではあり得ない。明らかに霊としか思えない存在を見てしまったゆかりたちは、これは悪い夢だと思うことにしたのか、口から泡を吹いてそのまま夢の世界へ旅立っていった。
――ヤソガミコウコウ
気を失ったゆかり、美鶴、千枝、直斗、玲の五人を他のメンバーで支えつつ外に出ると、湊たちは他の者たちがダンジョンに入る前と同じように飲み物を飲みながらお菓子を食べていた。
ただ、一つ違う点があるとすれば、それは湊の膝の上に先ほど曲がり角で話しかけてきた“座敷童子”が座っている事だろう。
メンバーたちが走り去った時点で消えて湊の中に戻り、再び顕現したことで先回りした。
ただそれだけの事なのだが、怖がってはいても気を失わなかったりせが座敷童子を指さして声をあげた。
「ああー! さっき曲がり角で驚かしてきた子ども!」
《……ただ、気をつけて……って、言っただけ…………》
「うっさい! てか、その子だれよ!」
相手が何を言おうと暗闇で急に話しかければビックリする。
明るいところでみれば可愛い少女だと分かるが、廃校の中に一人で少女が立っていれば途端にホラー要員になる。
おかげでりせが敵意剥き出しで誰だと尋ねれば、座敷童子はクッキーを食べながら自己紹介した。
《わたし、座敷童子……八雲の、ペルソナ…………》
「やっぱ、アンタが元凶じゃないのー!!」
怪談から何から全て湊が元凶だった事でりせは切れた。
もう二度と湊にバックアップは任せないと怒り続け、それは気を失った五人が目を覚ますまで続くのだった。