【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百七十八話 F.O.Eの考察

――ごーこんきっさ・三次会

 

 ついにこのダンジョンの第三階層に到達した。

 ピンクや白を基調としたキラキラと光る装飾に彩られていた前二つの階層と異なり、この階層は黒や紫を基調とした装飾が多く、これまでと比べると少々暗い雰囲気になっていた。

 

《ちょっと待ってください。このエリア、急にF.O.Eの数が増大してます!》

《うん。でも、なんか動いてないみたい。何でだろ? ちょっと分からないから、F.O.Eを見つけたら動きに注意して進んで》

 

 雰囲気の変わったダンジョンに注意していると、ベルベットルームに残っていた風花とりせから通信が届く。

 これまでのF.O.Eは色と能力は違えど、同じ場所に留まったままグルグルと周囲を見渡す動きをしていた。

 敵が直線上にくれば矢を射って来ていたため、相手の動きに合せて直線上に立たないよう注意すれば問題なく、湊が退行してからはそのように戦闘を回避してきた。

 だが、ここでF.O.Eの行動パターンが変わるとなると、慎重に進むようになる分、全体の進軍速度が遅くなってしまう。

 メンバーらの安全を考えるとそうすべきなのだが、下手に長期化すると今度は精神的疲労も溜まり、戦闘に影響が出るだけなく、疲れがどうしても残ってくるようになる。

 別に連日ダンジョンに潜らなければならない訳ではないが、早く攻略できる事に越したことはない。

 この後、ある程度進めば一度探索を切り上げて昼食を食べに戻ることもあり、鳴上の提案によってメンバーたちはとりあえず第一目標を現フロアのF.O.Eの調査に定めて進む事にした。

 

「とりあえず、F.O.Eの行動パターンを調べよう。対処可能なら探索続行。難しければ対策会議も兼ねて一度撤退ってことで」

「うん。私もそれに賛成。今度は私たちが前線に立つからアイギスたちは休んでて。鳴上君たちはサポートお願い」

「ああ、任せてくれ」

 

 先ほどまでアイギスたちに前線に立って貰っていたので、ここからは自分たちが変わると言って七歌隊のメンバーが前に立つ。

 その後ろを鳴上たちが支え、メティス隊のメンバーたちはしばしの休憩に入る。

 陣形を組み直し終えると、前衛役の順平と真田と荒垣が先導し、他の者たちも続いて移動を開始しようとした。

 だが、メンバーらが動き始めたところで、後ろの方にいたアイギスが全員に待ったを掛けた。

 

「あ、皆さん、少し待ってください。八雲さんとベアトリーチェさんが」

 

 言われて他の者たちが二人を見れば、とても眠そうにフラフラしていた。

 全員が足を止めると二人も止まってその場に座り込み、さらに見ていればゆっくりと横になって寝始めてしまった。

 二人は先ほどまでお昼ご飯を食べていたので、きっとお腹がいっぱいになって眠くなってしまったのだろう。

 さらに、高校生が主体となったメンバーで構成されたチームと一緒になって行動していたので、赤ん坊たちの体力では厳しい部分もあったに違いない。

 眠り始めてすぐに熟睡状態になった二人の頭を撫で、八雲はアイギスが、ベアトリーチェは玲が抱っこする事に決めて先に進む事にした。

 

「フン、飯を食ったらすぐに眠るとは随分と良い身分だな」

「相手は赤ん坊だぞ。仕方ないだろう。それに今の二人は少しでも早く有里に戻るため、食事と睡眠で回復に努めるのが仕事だ。私たちの補助はあくまで二人の善意でしかない」

 

 自分にスペシャル牛丼を譲ってくれなかった事を根に持っていた真田は、言いながら先頭へと戻ってゆく。

 彼は妹を助けて貰った一件から湊への態度を改めていたはずだが、相手があまりに小さくなっているせいで、どうやら感覚的に同一人物と見なすことが出来なくなっているらしい。

 おかげで敬意の欠片もない接し方になってしまい。庇護欲を抱いている美鶴によく睨まれていた。

 

「わん!」

「ありがとうございます、コロマルさん。でも、八雲さんはとても軽いので大丈夫ですよ」

 

 眠った赤ん坊たちを抱っこしたことで、メンバーたちは進むのを再開する。

 すると、コロマルがアイギスの足下に寄ってきて、疲れたら自分に乗せていいと言ってきた。

 彼は大人状態の湊に大変な恩を感じており、それは小さな八雲になってからも継続している。

 さらに言えば、小さな子どもは守るべき存在とも認識しているので、他の者たちよりも注意を払って傍に控えており、何かあれば誰よりも速く八雲の許に駆けつけるほどだ。

 そんな彼だからこそ八雲も信頼しており、八雲と魂が繋がっているベアトリーチェからも全幅の信頼を寄せられている。

 本当に犬しておくには勿体ないほどの忠臣ぶりに、思わずアイギスも笑ってしまいながら先を目指す。

 すると、少し進んだところで、急にメンバーたちが立ち止まって周囲を警戒し始めた。

 一体どうしたんだろうとアイギスが注意しながら近付けば、どうやら強い視線を感じるとの事だった。

 

「流石のオレっちも敵からの熱視線は勘弁して欲しいんだけどな。やっぱ、そういうのは可愛い女子から送って欲しいっつか」

「順平さん、彼女とかいたんですか?」

「おい、天田それ聞いちゃう?」

 

 小学生の無遠慮な質問にダメージを負いながら順平が返す。

 曰く、そんなものがいれば夏休み中、寮でぐーたらしてなどいないと。

 まぁ、正確に言えば夏休み中も湊が退行して八雲になっていたので、それを気にして遊ぶ気になれていなかった事もあるが、彼女がいれば最低でも二、三日くらいは時間を作って遊んでいたはずだ。

 そんな時間など欠片もなかったことを考えれば、順平だけなく寮生たちの恋人事情も察することが出来るはず。

 大人びているとは言えど小学生。お子様な天田では理解出来なかったかと順平が肩を竦めれば、天田はムキになって子どもである事を否定しようとした。

 もっとも、彼らが子ども染みた言い合いをする前に、チドリが熱い視線の発生源を発見した事でその一件は流れる。

 

「いたわよ……。そこの通路の先、大部屋になっているみたいだけど、その一番奥にF.O.Eの反応がある」

 

 そこにいたのは凶暴そうな赤い目をした漆黒の馬に跨がる白いキューピッド。

 キューピッドの表情は笑っているが、そもそも一切顔が変わらないので、相手が何を考えているかは分からない。

 ただ、間違いなく敵は離れた場所にいるチドリたちを認識して、その場から何故か動かずジッと見つめている。

 これまでのF.O.Eと同様に弓矢は持っているようなので、どうして射ってこないのかは不明だが、動かず遠距離攻撃もしてこないなら恐れる必要はないかもしれない。

 何より、その場から動かずただ見ているという事は、相手はもしかすると自分から行動を起こすタイプではないのではないかと直斗が推測する。

 

「これまでいなかったタイプですが、もしかすると門番のようにそこにいるよう定められたタイプかもしれませんね」

「なるほど、それなら、出来る限り接近して観察することも可能かもしれんな」

 

 そういう事ならばと真田が先頭に立ったまま敵のいる大部屋に向かって一歩踏み出す。

 すると、何故だか敵もそのタイミングで急に一歩近付いて来た。

 動かないと思っていた事で全員が戸惑いを隠せないが、その場で足を止めると相手も止まっている事に気付く。

 

「何だ? こちらが近付かない限りは近付いてこないという事か?」

 

 試しにもう一歩踏み出してみれば、相手も同じように一歩踏み出して近付いてくる。

 自分たちの動きに連動しているのなら近付かない限りは大丈夫なのだろうが、そうなるとこの部屋へ立ち入り、F.O.Eの向こう側にある通路を通ることが出来ない。

 ここは綾時に頼んで倒して貰うか、この部屋は後回しにして別の道を行くべきか。

 メンバーたちが悩みつつ、とりあえず話し合うために元の通路へ一度戻ろうと後退したとき、近付いていないというのにF.O.Eが近付いて来ていた。

 

「な、なんであいつまでこっち来てんだよ!?」

「くっ、もしや、追尾型の敵だったのかっ」

 

 今までの敵よりも強そうなF.O.Eの接近に驚く花村と、敵の行動パターンを読み間違えた事に苦虫を噛み潰した表情をする美鶴。

 背を向けて逃げれば襲われて終わりだ。そう考えて後衛を先に逃がし、前衛組が敵の方を向いたまま後退する。

 だが、やはりこちらが逃げれば相手も同じ間隔で接近してくるため、このままでは戦闘は避けられそうもなかった。

 ズンズンと前進してくる敵を正面に捉えたまま、覚悟を決めて男たちが武器を構えたとき、残り八メートルの距離まで迫っていた敵に異変が起きた。

 

《ヒヒィーーンッ!?》

 

 突然その場に響く敵の騎馬の嘶き。

 先に逃げるよう言われていた後衛組も、一体何が起こったんだと通路の曲がり角から顔を出して見てくる。

 すると、そこには手に持っていた矢で、自分の騎馬を何度も刺しているキューピッドの姿があった。

 まさか騎手にそんな事をされると思っていなかった騎馬は暴れるも、キューピッドは必死に相手に組み付いたまま何度も矢を持った手を振り下ろす。

 矢が振り下ろされた箇所からは出血するように黒い靄が噴き出し、暴れていた騎馬も少しすればダメージが限界を迎えたのか痙攣しながら倒れ、さらに全身が靄になって消えてしまった。

 

「まさか、二体一組の敵が仲間割れを起こすなんてね。シャドウでは考えられない事だよ」

 

 そんな行動を取るシャドウなんて自分は知らない。綾時がそう口にすれば、他の者たちもそれはそうだろうなと心の中で同意する。

 自然とシャドウの強化版のように思っていたが、決まった行動パターンなどを持っているあたり、やはりシャドウとは似て非なる存在らしい。

 今回の事でそれをハッキリと理解したわけだが、残ったキューピッドをどうしようかと話し合おうとしたとき、騎馬から放り出されて倒れていたキューピッドが、身体を起こすなり持っていた矢で自分の胸を何度も刺し始めた。

 あまりに異常な行動に、ホラーやスプラッタが苦手なゆかりや千枝に玲といったメンバーは、小さく震えながら思わず目を固く瞑って顔を逸らす。

 まるで先ほど相棒を殺した再現のように、今度は自分の事を何度も何度も刺したキューピッドは、その胸から黒い靄を出し、最後は矢を深々と刺したまま消滅してしまった。

 いくら相手が敵とはいえ、流石にあんな自殺のようなものを見せられると気分が悪い。

 一体何が起きたんだろうと先頭付近にいた七歌が武器を降ろし、他の者たちの推測などを聞こうと振り返りながら呟いた。

 

「喧嘩とかって感じじゃなかったよね。それなら自殺した理由も分からっ!?」

 

 自殺した理由も分からない。そう言おうとして七歌は途中で言葉を止めた。

 他の者たちは七歌が何故途中で言葉を止めたのか不思議に思い、驚愕に見開かれた視線の先を辿る。

 一同が振り返った先、そこには金髪碧眼の少女に抱かれて寝ていたはずの赤ん坊の薄らと開かれた右眼があった。

 僅かに開かれた瞼の奥に見える瞳の色は妖しく輝く紫水晶。

 一部の者だけが聞かされている、彼のもう一つの魔眼と同じものだ。

 少しすればその瞳も閉じられて再び穏やかな寝息を立て始めたが、彼の右眼が使われたと理解した者たちは、シャドウやそれに近い存在にまで効力の及ぶ力を赤ん坊が使ったことに苦い顔をする。

 一方で、何も知らない八十神高校側の者たちは、先ほどの敵の行動は八雲が起こしたものなのかと尋ねた。

 

「九頭龍さん、教えてください。先ほどの不可解な敵の行動。それは八雲君の右眼と関係があるんですね?」

「……うん。といっても、私も詳しくは知らない。八雲君の能力はチドリたちの方が把握してるから」

 

 複数の魔眼を持っているらしい事は聞いているが、本来、七歌たちは湊の味方ではないので、詳しい能力の説明や解説は受けていない。

 よって、聞くのならばチドリたちに聞いてくれと返せば、直斗の視線を正面から受け止めたラビリスが問いに答えた。

 

「湊君の右眼は“暗示の魔眼”いう、対象の脳に干渉して幻覚見せたり催眠術で操ったり出来る能力があるんやって。一回、クマに抉られたらしいけど、そこから治癒したら本来の魔眼やったそれが目覚めとったらしいわ」

 

 クマに右眼を抉られたと聞いた瞬間、八十神高校側の者たちの視線が着ぐるみのクマに集まる。

 急に仲間たちに一斉に見られた事で本人はギョッとしているが、自分がそんな事できるはずがないので、わたわたと慌てて首を横に振って否定した。

 まぁ、実力差を考えると百パーセントないと思っていたので、ここにいるクマではなく野生動物のクマに襲われたのだろうという事はすぐに分かる。

 ただ、クマに襲われて右眼を抉られながらも生存したという事実が衝撃過ぎて、どういった反応をするのが正解だろうかと悩んでいるうちに、真面目に湊の魔眼について考察していた直斗が再び口を開いた。

 

「待ってください。その能力が本当に脳に干渉する力だとすれば、脳という器官を持っていないシャドウたちには効かないのでは?」

「そうね。でも、私たちもそれ以上は聞いていないから、八雲が元に戻るまで真相は謎よ」

 

 直斗がいくら疑問に思おうが、ラビリスやチドリはそれに対する答えを持っていない。

 ただ、シャドウたちは骨格に合った動きをしており、胸部や頭部を吹き飛ばせば霧散して消えてゆくので、人間における急所がシャドウにとっても重要な器官なのか急所になっている事が多い。

 そう考えるとシャドウも“脳”と同じ役目を果たす部位が存在し、先ほどの八雲はそこに干渉して操ったのではと推測することも出来る。

 寝ていた赤ん坊が周りの騒がしさに起きて使ったにしては恐ろしい力だが、もし、あの力が誤って味方に掛かってしまうと大変な事になる。

 そういった共通の認識を持ったことで、揺り籠に寝かせるよう横に抱いていたアイギスは、彼の身体を起こすと自分の胸に顔を埋めさせるような形で抱き直した。

 これで能力が発動しても誰も彼と視線を合わせる恐れがなく、次に強敵が出れば自分がすぐに出ると綾時が約束してくれたので力を使わせる必要もない。

 加えて、先ほどのF.O.Eについて直斗は気になった部分があるらしく、今度出会ったときには他の者たちは隠れて一人で検証させて欲しいと言ってきた。

 相手の行動パターンが正確に把握できるのならそれに越したことはない。

 故に、危なければすぐに助けに入ることを伝えつつも、他の者たちは直斗に任せてみることにするのだった。

 

 

――食事処“まんぷく亭”

 

 第二階層を抜けて様子見で向かった第三階層で出会った新たなF.O.E。

 再びその相手と遭遇して直斗が一人でその行動パターンについて検証を進めると、検証が終わったと告げてきたタイミングで一同は昼食のため撤退を決めた。

 第二階層を探索している途中、八雲からオニギリを一つ貰ったものの、それだけでは当然満腹には至らない。

 さらに、長時間探索を続けても注意力などが落ちてゆくだけだからと、ダンジョン内で見つけた不思議なアイテムの力で校舎に戻ってくれば、八雲たちの店の存在を知らなかった男子たちが店を見て愕然としていた。

 

「マジかよ。昨日までここ何にもなかっただろ。ちゃんとしたメシ屋があるなんて聞いてねーぞ」

「クマたちが作ったのか?」

「そうクマよ。師匠と女将が一緒におみせ屋さんしよーって誘ってくれて。クマと玲ちゃんとあいかちゃんと善とコロマルでグランドオープンさせたクマよ!」

 

 花村と鳴上に聞かれて答えるクマは、既に黒い前掛けと三角巾を装備している店員スタイルだ。

 彼に紹介されたメンバーも戻ってきて少し休むと店に入って準備しており、クマが“商い中”の札を出すと店の前で待っていたメンバーが一斉に店内へ入る。

 朝は男子たちを除いたメンバーだけだったが、昼は男子も含めたこの世界にいる者たち全員がやって来たので、クマと玲だけでなくあいかも手伝って水を運んでゆく。

 続けて、校舎に戻ってきてから目を覚ました赤ん坊たちも、背中にバスケットをくくりつけたコロマルと一緒に出てくると、各テーブルの横でバスケットからおしぼりを取り出して配ってゆく。

 そんな犬と赤ん坊の仕事姿に女性陣は思わず和んでおり、男子のテーブルでもあまりの愛らしさに完二が興奮気味に震えていたが、おしぼりを受け取る瞬間には良いお兄さんの顔を繕って赤ん坊たちを労った。

 

「アイ!」

「おう、サンキューな。ちゃんと手伝いしてエラいじゃねーか。後で昨日約束したアイス買ってやっから頑張れよ!」

「イー!」

 

 良いお兄さんの顔で労ってやるも、ベアトリーチェは不満そうに怒って返した。

 アイスを買ってやると言ったのにそんな態度を取られ、おしぼりを配り終えた事で八雲も一緒に厨房に帰ってしまったことで完二は訳が分からず困惑する。

 すると、注文をすぐに聞けるよう店側で待機していたクマが、呆れたように深い溜息を吐いて先ほどの態度の理由を説明してくれた。

 

「はぁ、完二はやっぱり完二クマねー。このお店は師匠と女将が店長と副店長よ? 盛り付けの監修からレジ打ちだってするクマ。お手伝いじゃないクマよ」

「お、え、あ? そ、そうだったんか。あー、悪ぃこと言っちまったな……」

「二人はちゃんと謝れば許してくれるクマよ。まぁ、売り上げに貢献して、二人のアイスは増量した方がいいと思うけども」

 

 同じやり取りを今朝したばかりの雪子は、やはり最初はお手伝いだと思うよねと完二を見ながら頷く。

 一方でプライドを持って仕事をしている赤ん坊たちを侮辱する事になってしまった完二は、クマに言われた通りに後で奮発したアイスを買ってやろうと心に決めつつメニューを開く。

 そこにはファミレスかと見紛うばかりの品々が写真付きで載っており、店の外観から和食中心の定食屋だと思っていた男子らは良い意味で裏切られた。

 ずっと牛丼を食べたがっていた真田も、メニューに美味しそうな牛丼と追加出来るトッピング類があった事で、「俺は牛丼にするぞシンジ!」と嬉しそうに話していた。

 

「あ、クマ吉さぁ。悪いんだけど八雲君呼んでくれない?」

「およ? 別にいいけども、注文ならクマが聞くクマよ?」

「いやぁ、メニューにない注文って出来るか聞きたいんだよね。無理なら無理で良いんだけどさ」

 

 この店での料理はゴハンや味噌汁にトーストと言ったもの以外、全てが湊のマフラーに入ったストック依存になっている。

 店員たちはあいか以外誰一人料理スキルを持っておらず、そのあいかですらレシピを見ながらならば失敗しない程度の腕でしかない。

 だからこそ、千枝がメニューにない注文をしたいと言ったときには、クマも難しい顔になって「ダメ元クマよ」と決して期待はしてくれるなと言い残し、男子らの注文を聞いた伝票を持って八雲を呼びに向かった。

 クマが厨房に消えてから数分、先に決めていた男子らの注文を通しているのか少し待つ。それも少しすれば、八雲は玲に抱っこされながらすぐにやって来てくれた。

 

「あいあい」

「あ、急にゴメンね。実はメニューにない注文が出来るか聞きたくてさ。その、八雲君たちが食べてたスペシャル牛丼ってやつ、あたしも食べてみたくて」

 

 千枝がメニュー外の品の注文を希望したのは、ダンジョン内で八雲たちが食べていたスペシャル牛丼があまりにも美味しそうに見えたから。

 他の者たちもその時にはオニギリを貰いつつ良いなという目で見ていたので、千枝がここでそれを食べてみたいと話す気持ちは分かる。

 八雲を抱っこしている玲も、メニューにない料理を作って欲しいという希望でないことにホッと胸をなで下ろし、不思議そうに首を傾げていた八雲にストックの確認を取ってやる。

 

「はーちゃん、お昼に食べたスペシャル牛丼ってまだある?」

「あい。うな、ままうも?」

「あるそうです。ただ、メニューの牛丼は手作りで、スペシャル牛丼は元はお持ち帰りの品だけど良いのかと聞いておられます」

 

 最初に頷きつつ八雲が返事をしたので、ストックがある事は確認出来たが、その後の言葉の意味は他の者では分からない。

 よって、アイギスが通訳をしてやれば、千枝はそういう事かと納得しながら言葉を返す。

 

「うん、あたしは大丈夫だよ。あ、でも、お店で食べて欲しくないんだったら普通の牛丼食べて、お会計のときにスペシャル牛丼を持ち帰りにするけど?」

「うー」

「そこは別に構わないそうです」

 

 流石に同じ種類の品を取り扱っているというのに、わざわざ他店の商品を食べたいと言われれば気分も悪いだろう。

 そう思って千枝がスペシャル牛丼はテイクアウトでもいいよと言えば、ここにいる八雲自身が作った品ではないからか、マフラーから取り出す点は一緒なので構わないと答えた。

 そうして、千枝の要望通り裏メニューの品としてスペシャル牛丼のオーダーが通り、まだ注文していなかった者たちの分も戻ってきたクマと一緒に玲が聞いて回れば三人は厨房に戻ろうとする。

 だがそこで、千枝と八雲のやり取りを聞いていた男が一人声をあげて立ち上がった。

 

「待ってくれ! 裏メニューでスペシャル牛丼を取り扱っているなら、俺にもスペシャル牛丼をくれ」

「……けっ」

「しゃーなしな、だそうです」

 

 立ち上がった男の名は真田明彦。八雲とベアトリーチェの桃のようなお尻を叩こうとした下手人である。

 赤ん坊たちは自分たちに意地悪する彼の事を嫌っているが、ここでは出来る限り客の要望を叶えようと考えているのか、八雲は嫌そうな顔をしながらも了承してクマに追加伝票を書かせた。

 後はもうないなと八雲は視線を一巡させると今度こそ厨房に戻っていった。

 料理は盛り付け直すだけなのですぐ出来るが、流石に二十人分以上となると時間も掛かるだろう。

 食べながらも話をする予定ではあるが、後方支援の者たちも含めて全員集まっているなら丁度良いと直斗が全員の視線を集めてから例のF.O.Eの行動パターンで判明した事を話し始めた。

 

「皆さん、第三階層のF.O.Eの事で分かった事をお伝えします。再度、僕一人で検証してみたところ、あのF.O.Eは僕たちの誰かが視線を合わせた状態で動くと連動して動くようです。その証拠に、横を向いたまま相手に一歩近付きましたが反応はありませんでした」

 

 直斗が他の者に待機して貰った状態で試したのは四つ。

 正面に向き合ったまま前後への移動。向き合った状態で横への移動。視線を外した状態での前後への移動。視線を外した状態で横への移動だ。

 このうち相手が同じように一歩動いてきたのは先に試した二つだけ。

 加えて、横への移動は最初の一歩のみ反応し、相手の正面から外れれば相手に視線を向けていても反応してこなかった。

 そこから考えられる相手の行動条件は、正面から視線を合わせた状態で行動した場合に反応するという事。

 また、ここで重要なのは正面から視線を合わせている者と、移動を行なう者が別でも条件が満たされてしまう点だろう。

 直斗から補足でその説明を聞いた鳴上は、熱いお茶を一口飲みながら先の撤退時の謎に納得したように頷く。

 

「そういう事か。なら、一体目のときは殿を務めようとした俺たちが視線を合わせたまま、他の皆が後退した事で二つの条件を満たしてしまっていたのか」

「ええ、それで合っていると思います。後でクマ君たちにも伝えますが、もしあのF.O.Eと遭遇したときは全員壁の方を向いて移動すれば部屋に入れるでしょう」

 

 相手が道を塞いでいるならわざと視線を合わせて行動し、F.O.Eを通路の入口から引き離してから視線を外して回り込めば問題ない。

 八雲とベアトリーチェは好奇心から相手を見てしまいそうだが、その時は誰かが抱っこして視線を外してやれば大丈夫だろう。

 直斗のおかげで強力なF.O.Eへの対処法も判明し、各隊の隊長や美鶴たち上級生から探偵の洞察力は流石だと賞賛の言葉が掛けられる。

 急に大勢から褒められた直斗は少し恥ずかしそうにしていたが、これで第三階層の探索も少し楽になるだろうと全体の雰囲気が明るくなったところで、厨房の方から店員総出で料理を運んできた。

 自分たちの前に置かれた料理に、今朝祭りメシを食べた男子たちから喜びの声が漏れ出す。

 だが、待ちに待った牛丼が自分の許にやって来た真田は、クマが柄の異なる二つの丼を置いてきた事で待ったを掛けた。

 

「おい、待て。なんで牛丼が二つ出てくるんだ。俺はスペシャル牛丼に注文を変えていただろう」

「へ? アッキー、一回も注文のキャンセルしてないクマよ。チエチャンが注文したとき、自分もスペシャル牛丼食べたいって言ったから、そのまま二つとも通っただけクマ」

 

 自分はスペシャル牛丼に注文を変えたと言われても、クマはキャンセルなんて一言も聞いていないと困惑気味に答える。

 他の者たちも真田の言葉を思い出してみるが、確かに自分にもスペシャル牛丼をくれとは言っていたものの、先に通した注文のキャンセルや変更するという旨の言葉は伝えてなかった。

 本人も内容から察しても良いだろうにと思ったようだが、確かに自分の言葉不足が原因だった事で、渋々ながら二つとも食べるかと溜息を吐いた。

 八十神高校側の者たちはそんな真田の反応に、体格が良いのに小食なのだろうかと不思議に思ったようだが、ゆかりや順平が彼はボクシング部で試合前の減量がある事を伝えると成程と納得する。

 もっとも、今後のトレーニングで減量すると決めたからには、真田だって全力で二つの牛丼を堪能するぞと気合いと共に丼を掴み、山盛りの肉に向かって箸を振り下ろした。

 

「そういえば、こちらはまだ推測の域を出ないのですが、F.O.Eについてもう一つお話したい事があります」

 

 真田と千枝がスペシャル牛丼を食し、全く同時に感動を覚えていたとき、そう言いながら直斗が顔をあげて他の者たちを見た。

 彼女は食べながら聞いてくださいと話を進める。

 

「八雲君の魔眼という力について聞いてから考えていたんです。どうしてシャドウには効かない能力がF.O.Eには効いたのかと。シャドウには効かないという前提が間違っていれば話も変わってくるのですが、もし、本当にシャドウに効かないのだとすれば、シャドウとF.O.Eは似て非なる存在という事になります」

 

 ここにいる者たちはシャドウとペルソナが本来同一な存在である事は知っている。

 どちらも人の心から生じたもので、制御を外れて抜け出てしまった状態をシャドウ、自分の意識下で表出させた状態をペルソナと呼ぶ。

 制御不能に陥るペルソナの暴走についてはややこしくなるので割愛するが、どちらも人から生じたものではあるが“生き物”ではないので、脳や心臓は存在しないからこそ八雲の“暗示の魔眼”に直接掛からないと考えられている。

 だが、シャドウの強化種とも呼べそうなF.O.Eには魔眼がしっかりと効いていた。

 それも自分が消滅するほど強烈なダメージを負っても解除されないほどに。

 そこから考えられるのは、いくら見た目や気配が似ていてもシャドウとF.O.Eは根本的に異なる存在だという事である。

 

「シャドウとF.O.Eは近しい存在。それこそ猿とチンパンジー程度の違いのように思っていましたが、八雲君の能力で干渉出来る全く異なる存在だと考えると、F.O.Eについて一つの仮説が立てられます。そう、あれはシャドウを模して作られたダンジョンのギミックだという仮説です」

 

 直斗の口から聞かされた予想外の仮説に食事をしていたメンバーらの手が止まる。

 F.O.Eはどこからどう見てもシャドウの強化種にしか見えないのだ。

 戦闘時には何かに操作されているような反応もなく、自分たちを倒すため状況ごとに自分で判断して動いているように見えた。

 それがどういった発想で考えていけば、質問部屋やトラベレーターのようなダンジョンのギミックの一つになるというのか。

 口に入っていた芋天を飲み込んだ七歌は、魔眼の効果対象が限られている事も含めてそれはないのではと話す。

 

「ちょい待って。私も詳しくは知らないけど、八雲君の魔眼って多分生き物にしか使えないよ?」

「ええ、多分そうだと思います。だから僕は逆に考えてみたんです。どういった力ならF.O.Eに干渉出来るのかと」

 

 湊の魔眼は、実際は自我のあるものならばイゴールのような人形にだって効果は発揮される。

 ただ、それを知っているのはベルベットルームの住人と、機械の身体でも暗示を掛けられると聞いていたラビリスだけだった。

 けれど、そういった情報がなかったからこそ、直斗は齎された結果から八雲の発揮した力が本当に魔眼によるものだったのかと疑問を持つ事が出来た。

 彼女のその言葉から各々で考え込み、最初に直斗と同じ答えに達したアイギスが口を開く。

 

「つまり、八雲さんは寝ぼけて魔眼を出していましたが、実際は部屋を作り替えるようにダンジョン内の限定空間に干渉して作り替えたという事ですか?」

「はい、そういう事です。元々、シャドウに比べて行動パターンが限定的だったのもあって、本当にシャドウやペルソナの仲間なのかとは疑問を持っていたんです。そこで今回の件があったので、ダンジョン内で作られた自律人形(オートマータ)のような存在ではないかと考えました」

 

 部屋を丸ごと作り替えた際、八雲は椅子やテーブルにメニューなどの小物も一緒に作っていた。

 そんな細かい作り込みが出来るのであれば、AIを搭載したロボットのようなものを作り出す事も出来るかもしれない。

 視線を合わせなければどれだけ接近しても大丈夫、という第三階層のF.O.Eの行動パターンも妙に機械的すぎる事もあり、あながち直斗の考えも荒唐無稽とは言い切れない。

 ダンジョンそのものには干渉出来ずとも、極限られた空間、それこそギミック一つに対してならば八雲も干渉出来る可能性があり。

 ダンジョンの攻略をより安全にするのであれば、八雲の部屋を作り替える能力がF.O.Eに対して有効か確かめる価値はあるなと鳴上も賛同する。

 

「もしその推測が正しければ、相手に近付きさえすれば有里がいる限りF.O.Eを無効化出来るかもしれないな」

「でも、それが間違ってたら八雲君が危険な目に遭うかもって事でしょ? 私は赤ちゃんをそんな危険に晒すくらいなら検証しなくても良いと思う」

 

 検証の価値ありと話す鳴上に対し、雪子は赤ん坊を危険に晒す時点で絶対に反対だと話す。

 これについてはどちらの言い分も正しく、鳴上も積極的に赤ん坊を危険に晒そうと思ってはいないので難しい問題だ。

 だが、本当にF.O.Eが八雲のようなこの世界に干渉出来る者の力の影響を受けるのであれば、今後のためにも相手がダンジョンのギミックなのかどうかはハッキリさせておきたい。

 全体の安全のためにリスク覚悟で検証するか、八雲の安全には代えられないと諦めるか。

 ラストオーダーの時間でベアトリーチェを抱っこした玲が厨房から出てきたタイミングで、深く考え込んでいた美鶴が顔をあげて全員に自分の判断を伝えた。

 

「天城の意見ももっともだ。八雲とベアトリーチェを育てていれば直に有里に戻る。八雲の能力が制御できているかも不明な現状では、余計なリスクを冒す事は全体のためになるとは言えない。だが、白鐘の仮説は確かめる価値があると思えるものだった。検証については有里の意見を聞いて確かめていこう」

「そうですね。僕も解を得ようと気持ちが逸っていたみたいです。すみません」

 

 美鶴の言葉を聞いて直斗も八雲を危険に晒してまで検証を急ぐほどではないと頷く。

 ただ、今回の直斗の立てた仮説は、謎ばかりだったこの世界についても分かる事が増えて来たと思える立派な前進と言える。

 元の世界に帰るためのダンジョンの攻略、玲と自分たちをここへ引き込んだ相手の狙い、この世界の事などやるべき事と知るべき事は沢山あるが、このメンバーならば全て乗り越えて行けるだろう。

 そうして、店員たちも出てきて上等な料理に舌鼓を打ちながら昼食を楽しみ、午後の探索に向けてメンバーたちは英気を養うのだった。

 


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