【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百七十話 自己紹介

――あまあま地獄

 

 湊から両チームの簡単な説明を受け、個人の自己紹介や校舎内の散策で一時間ほど自由行動時間が設けられると、湊は色々と準備があるからと単独行動を取ることを宣言して去って行った。

 こんな状況でも集団行動を取ろうとせず、自分の目的を優先する辺り平常運転だなと逆に安心するが、他の者たちは自己紹介も兼ねていくつかのグループに分かれて行動することになった。

 不思議な国のアナタの左隣にある、甘味処“あまあま地獄”の前に置かれたテーブルでは、両チームのリーダーに加え、美鶴と玲とマリーを除く女子全員が集まっていた。

 リーダーズとアナライズ担当たちのテーブルでは気にした様子もなくあんみつを食べているが、もう一つのテーブル席では緑ジャージの女子と赤カーディガンの女子と一緒に座ったメティスが、対面に座ったアイギスたちから圧迫面接のような対応を受けていた。

 

「では、妹さんにお聞きするであります。何故、あなたは八雲さんにわたし達と話さないよう進言したのですか? 正当な理由があれば納得しますが、なければ独占禁止法違反として処罰の対象となりますので相応の覚悟の上発言してください」

「えっと、その、ここに来る前に兄さんに記憶の混乱が見られたんです。記憶喪失になっていて皆さんの事も忘れていたようなので、下手に混乱させては拙いと思って話さないよう言いました」

「今の八雲さんは記憶があるようですが?」

「あ、はい。その事を話した後に記憶が回復していることが分かりまして、それなら大丈夫だと安心したんですが、要求を撤回していなかったので兄さんの中でもそのままになっていたみたいです。どうもすみませんでした」

 

 本当に申し訳なさそうに頭を下げる姿からは嘘を吐いているようには見えない。

 湊はずっと一人で行動していたので、ここに来る前の状態を知らなかったアイギスたちにすれば、以前も記憶喪失に陥っていた事もあり、またそんな状態になっていたのかと驚きを隠せなかった。

 だが、だからこそメティスの言い分もある程度信用出来、それならばしょうがないなと納得も出来た。

 メティスの説明を受けてアイギスたちも納得したことで、放っていたプレッシャーも霧散すると、そのタイミングで緑ジャージの女子が恐る恐る口を開いた。

 

「あー……話は終わったかな?」

「はい、ノーギルティで問題は解決しました」

「んじゃ、改めて自己紹介しよっか」

 

 自己紹介をする前にメティスの裁判が始まったときには驚いたが、無事に誤解も解けたなら良かったと緑ジャージの女子は笑う。

 そして、アイギスたちも自己紹介が出来る状態になったことで、緑ジャージの女子から自分の事を話し始めた。

 

「あたしは里中千枝。鳴上君と同じ二年生だよ。好きな物はカンフー!」

「私は天城雪子。千枝とは幼馴染みなの。あと、あんまり関係ないけど実家が温泉旅館をやってます」

 

 快活な千枝とお淑やかな雪子。二人は対照的な雰囲気ではあるが、幼馴染みだけあって仲も相性も良いらしい。

 ペルソナも千枝は物理寄りの氷結スキル持ちの戦車“トモエ”、雪子は魔法寄りの火炎スキル持ちの女教皇“コノハナサクヤ”と対照的だ。

 七歌たち側にも幼馴染みの二人がいるけれど、彼らはどちらも物理寄りでステータスも似ており、同じ幼馴染みでも似た者同士である事がペルソナにも見て取れた。

 千枝と雪子がそんな風に挨拶をすれば、次は自分たちの番だと七歌たち側のテーブルに座っていた青みがかった髪の小柄な少女が静かに口を開く。

 

「中村あいか、二年生。実家は中華料理屋。よろしく」

「私は久慈川りせ、高校一年生だよ!」

「僕は白鐘直斗と言います。久慈川さんと同じ一年生です」

 

 静かながらどこか芯を感じられる小柄な少女、中村あいかは鳴上たち行きつけの中華料理店“愛家”の看板娘。

 他のメンバーたちは鳴上たちに助けられ仲間になったのに対し、彼女は湊とメティスに助けられて彼らと共に行動していたらしく、七歌たちの方で言えばチドリやラビリスのような立ち位置で参加しているとのこと。

 続けて飛び抜けたルックスと明るさを持った一年生のりせと、年不相応な落ち着きを持ったボーイッシュな少女の直斗は、共に一年生ながらアイドルと探偵として仕事をしており、職業柄大人の中で過ごしてきた事もあって、今回のように知らない者が突然増えてもそれほど気にしていないらしい。

 彼女たちのペルソナは、あいかがスピード物理タイプの火炎スキル持ちの隠者“モチヅキチヨメ”、りせがアナライズ持ちで非戦闘タイプの恋愛“ヒミコ”、直斗がスピード物理に加え光と闇と万能スキル持ちの運命“スクナヒコナ”をそれぞれ所持している。

 七歌たちは全員が外国の神話に縁のあるペルソナなので、鳴上たちが日本神話や日本史に関係のあるペルソナばかり揃っている事を興味深く思えた。

 

「ほーん、土地の違いかペルソナの系統にも違いがあるんだねー」

「そうみたいだな。でも、自分以外にワイルドを持ってる人間がいるって聞いたときは驚いた」

「あれ? そうなの? え、でも、八雲君もワイルドだよ?」

 

 鳴上も七歌と同じようにペルソナの種類の違いを興味深く思ったようだが、それよりも自分以外のワイルドに初めて会った事の方が驚きだと話す。

 それは七歌にしても同じ意見ではあったが、ただ一点、自分の知り合いにワイルドが一人もいなかったという部分だけは異なっていたため、知り合いなのに湊がワイルドである事を知らないのかと聞き返した。

 すると、鳴上だけでなくメティスを除く他の八十神高校側のメンバーが驚いた顔になり、そんな事は聞いていないと自分たちが見てきた彼の様子を語った。

 

「いや、有里がワイルドだとは聞いてない。そもそもペルソナもほとんど使ってないが、使うのはいつも死神のタナトスだった」

「うん。私もプロデューサーのことアナライズした事あるけど、悠先輩みたいに複数のペルソナの反応は感じなかったよ?」

 

 鳴上たちも湊が戦うところは何度か見たことがある。他とは隔絶した強さを持っている事は知っていたが、けれど、彼が自分のように複数のペルソナを使っているところは見たことがない。

 それを証明するように、りせもアナライズでは他のペルソナは見つからなかったと語り、一体どういう事だと不思議そうにしながら何か情報を持っていそうなメティスに自然と視線が集まる。

 

「鳴上君たちはこう言っとるけど、妹ちゃんは湊君がワイルドって知らんかったん?」

「いえ、知ってました。ただ、記憶を失っている間は能力に制限が掛かっていて、ペルソナ自体あまり召喚出来るものでもなかったんです。一応、出せば大概の敵は倒せるので、一番相性も良く消耗の少ないタナトスだけを兄さんは使っていました」

 

 聞いて成程と納得する。他の者たちは記憶喪失状態でペルソナを召喚したことなどないが、自分の事も分からない状態でまともにペルソナを呼ぶことなど出来ないだろうとは理解出来る。

 そんな状態でも呼び出して戦果を得ようなどリスクも高く、慎重を期してワイルドの使用を控えていたとしてもおかしくはない。

 ペルソナの反応が一体しかなかった理由は不明ながら、彼が一般的なペルソナ使いのように見えていた理由を他の者が理解したところで、おずおずと手を挙げてメティスが発言の許可を求めた。

 

「あの、私からも一ついいですか?」

「あ、うん。なんか質問あるん?」

「いえ、その、今更で非常に言いづらいのですが、私の名前は汐見メティスと言いまして、兄さんは義理の兄さんで実際はラビリス姉さんとアイギス姉さんの妹なんです」

 

 彼女がここで自分が二人の妹だと切り出したのは、二人が揃ってメティスを湊の妹らしき人物として扱っていたからだ。

 このまま話が進めばゆかり辺りが本当に妹なのかと尋ねていたはずだが、その前に自分が二人の妹、つまりは元対シャドウ特別制圧兵装であったという事をカミングアウトすれば、実の姉だと言われた二人を含めて他の者も驚愕せずにはいられない。

 案の定、ラビリスは目を丸くしながら、彼からまだ妹がいるとは聞いていなかったと本人に伝える。

 

「え、ホンマに? ウチら湊君から何も聞いてへんけど?」

「すみません、兄さんはそういう説明を面倒くさがる人なので……。さっきの紹介も本人は姉さんたちの妹のメティスと言ってるつもりのようでしたし」

 

 姉からの質問に申し訳なさそうに答えるメティス。

 彼女も自分の兄の面倒臭がりから来る説明不足については困っているらしく、そこさえなければ非常に優秀な指導者になれるのにと溜息を吐く。

 本人にその事を伝えれば、教えを請う無能が図々しいと言うに違いないが、とりあえずの誤解が解けた事でラビリスとアイギスはメティスの事を自分たちの妹として呼び捨てにする事に決まった。

 ようやく誤解が解けて姉たちから妹として扱われるようになったメティス本人は嬉しそうに笑う。

 だが、そこで話を聞いていたチドリから待ったがかかった。

 

「あなたが二人の妹なのは良いけど、だったら義理だろうと八雲の妹なのはおかしいでしょ」

「いえ、兄さんとアイギス姉さんは相思相愛なので、何もおかしくないです」

「メティスは非常によく出来た妹であります。今後も八雲さんを兄として慕う事を許可しましょう」

「ありがとうございます、姉さん!」

 

 今まではチドリも実妹か義妹かは別にして、彼が妹と呼んだメティスを彼の妹ポジションを与えられた人物として不承不承ながら容認していた。

 けれど、彼女がラビリスたち姉妹の末妹だとすれば話が変わってくる。

 その状態で湊を兄と呼ぶという事は、湊が姉二人のどちらかの伴侶だと認識していることになるのだ。

 チドリが立てている人生設計の中では、お互いに二十五歳まで特定の相手を作らずに過ごし、二十五歳になってからお互い相手もいないし結婚しようと自然な流れで籍を入れるつもりだった。

 その予定の中にはアイギスたちの存在は結婚式に呼ばれる友人枠としてしか存在しないため、メティスを良い子だと頭を撫でているアイギス含め妄想は止めろと睨み付けた。

 一方、そんな女同士の醜い争いを傍で見ていた八十神高校側のメンバーからは、グループ内でカップルが存在するらしいと聞いてりせが目を輝かせて詳細情報を強請りにゆく。

 

「え、アイギスさんってプロデューサーとそういう関係なの? うっそ、グループ内でそういうのありなんだ! 他の人たちもそういう関係の人いるの?」

「お嬢ちゃん、アイギスはあくまで自称彼女でな。うちの組織は基本的に職場恋愛禁止だぜ? ってか、本当はそういう決まりはないけど、単純に女子メンバーが基本的に八雲君狙いばっかりなので男が余っております」

 

 渋い雰囲気を出しつつ格好付けながら話す七歌曰く、従姉で客観的に見ている自分以外の二年生女子はエグいくらいにドロドロの昼ドラ泥沼状態とのこと。

 言われた他の女子らはアイギスとチドリ以外は気まずそうに視線を逸らしたため、七歌の発言が真実であると理解した鳴上や千枝も思わず引いている。

 最初の自己紹介の時点でそんな話を聞かされた方にすれば不運としか言えないが、別に普段から貶し合いやら陰湿な嫌がらせをしていると言う事はなく、男が絡まなければ仲の良い友人であると七歌は付け加えた。

 

「ま、そこに触れなきゃ普通に友達だよ。って事で、まだ大丈夫ならそっちは戦いが終わるまでグループ内恋愛は禁止にした方がいいぜ?」

「……ああ、肝に銘じるよ」

 

 八十神高校側のメンバーを観察していた七歌は、相手側も相手側で中々に危うい部分があると気付いていた。

 その原因は間違いなく鳴上なので、きっとチーム内の女子たちから何かしらのアプローチを受けているのだろう。

 身近に自分の末路と思われる青年がいた事で彼も危機感を覚えたようで、これならばしばらくは大丈夫そうだと安心した七歌は黒蜜抹茶白玉あんみつを追加で頼むのであった。

 

――屋上

 

 七歌たちが三階で話している頃、その他のメンバーは屋上のフードコートに集まっていた。

 最初は湊について行こうとしていたマリーも、ドーナッツでも買って玲と一緒に食べておけと彼に諭吉を一人貰った事で、今は紙袋いっぱいのドーナッツを食べながら他の者たちを見ていた。

 

「んじゃ、あらためて、俺は花村陽介。ウチのリーダーの相棒ってとこだな」

「ほう、なら君が彼の右腕として参謀を務めているのか」

「そんなかしこまったチームじゃないっすけど、一応、そういう部分もなくはないっすね」

 

 リーダーの資質であるカリスマは鳴上に及ばないが、何だかんだでヘッドフォンの少年である花村はチームをまとめていた。

 そんな彼の持つペルソナは、攻撃もアシストもバランスよくこなす疾風スキル持ちの魔術師“ジライヤ”。

 彼がリーダーの相棒である事は他の者も認めているらしく、続けて湊と変わらぬ長身の厳つい男子が自己紹介をする。

 

「あー……オレは巽完二。一年生ッス」

「お前、見た目厳ついんだから、もちっと自分のプロフィールなり趣味も言っとけよ」

「ううう、うっせぇぞ!」

 

 人目通りの乱暴者、という訳ではないようで、チーム内ではむしろ弄られポジションらしい完二の反応に他の者たちは小さく笑う。

 だが、戦闘手段はストレートなパワータイプなようで、彼は物理とタフネスに特化した電撃スキル持ちの皇帝“タケミカヅチ”を所持していた。

 その説明を聞いた真田と荒垣は、まるで自分たちのペルソナを足して割ったようだと興味を示す。

 実際の実力は次のダンジョンに向かったときにでも見せて貰うが、先ほどからクマが自己紹介したがっているので、湊から少しだけ聞いているが彼の自己紹介も聞くことにする。

 

「フフーン、やっとクマの番クマね。クマは地元デパート“ジュネス”が誇る愛されゆるふわマスコットのクマクマ!」

 

 中身は美少年だと言って彼はクマ皮を脱いでみせるが、それは先ほど見ているので他の者の反応は薄い。

 ただ、魔法寄りの氷結スキル持ちの星“キントキドウジ”というペルソナは中々に強いらしく、ふざけているようでも実力は備えている事が窺えた。

 そうして、全員の自己紹介が終わったと思いきや、その場にいた者の視線は黄色いマフラーを巻いた少年に集まっており。

 あの湊から“友達”として紹介された者が、どのような人物でどのようなペルソナを持っているのか気になるようだ。

 誰が声を掛けるかという空気になれば、同い年のようだからと代表して順平が声を掛ける。

 

「それで? 有里から友達って呼ばれてたけど、おたくはどんなペルソナ持ってるんだ?」

「フフッ、気になるかい?」

「そりゃ、この世界から脱出するまでは一緒に戦うんだし。戦力の確認は重要だろ?」

「僕としては戦力の確認よりも友好を深めたいけどね」

 

 力を見たいというのならここで見せようと彼は静かに目を閉じる。

 彼は召喚器を持っておらず、さらにカードを具現化してもいない。

 まさか、湊のようにそのまま召喚出来るのかと見ていれば、“ペルソナ”という短い呟きが聞こえた後、彼の頭上に棺桶を背負った黒い死神が現われた。

 ここにいる者たちはそれが何かを知っている。それは彼らの知る最強のペルソナ使いが使役している死の化身であり、間違っても他の者が使役できるようなものではない。

 だが、現われた死神は平時の湊のペルソナと同等の存在感を放ち待機している。

 何故それを少年が持っているのか理解出来ぬまま、呆然とした様子の美鶴は疑問を口にした。

 

「これは……有里と同じタナトスだと……?」

「正確に言えば湊のタナトスが僕と同じなのさ。これは僕が元々持っていた力でね。湊の力は本来の力を分割する時に僕の力に似せたんだ」

 

 ムーンライトブリッジでの出来事を知らない彼らには分からないだろうが、綾時が口にした事は全て真実である。

 デスとの戦闘を経て力に目覚めた湊は、扱い切れないもう一体の“世界”を司るペルソナを二体に分けた。

 一体は守るための力であるアベルに、もう一体は彼にとって理不尽なまでの力の象徴であったデスの写し身であるタナトスに。

 だからこそ、自分のタナトスこそがオリジナルであると彼は口にしたのだが、彼は具現化したタナトスを消すと人懐っこい笑みを浮かべて、驚いた様子で固まっていた者たちを見た。

 

「まぁ、さっきも言ったけど僕は皆と仲良くしたいんだ。幸いな事にこの世界でいくら時間が進もうと元の世界ではほとんど時間が経過しない事が分かってる。だから、この世界からの脱出方を考えながら、時には今みたいに一緒にお店でも冷やかして遊ぼうよ」

 

 彼のペルソナから感じた力の規模は、湊と同列かそれに準ずるものであった。

 しかし、そんな力を持っていながら、湊とは対照的なフレンドリーな態度を見せられるとどうにも調子が狂ってしまう。

 三階で話しているときも、彼は友達のはずの湊から男部屋で寝ろと捨てられており、自分たちと同じ拠点で生活している事が決まっている。

 ならば、勝手に抱いていた苦手意識など捨て去り、相手の要望通りに仲良くした方が良いに決まっている。

 

「へへっ、有里の友達っつーからどんなやつかと思ったけど、そういう事なら一緒に全店制覇しに行こうぜ!」

「ああ、よろしく順平君!」

 

 改めて握手を交わしてお互いのことを知り合えば、順平は相手を綾時と名前で呼ぶことに決め、花村たちを伴って全店制覇を目指して文化祭へと繰り出して行った。

 

 

――生徒玄関

 

 それぞれの自己紹介を終え、他の者たちが思い思いに文化祭を楽しんでいる頃、一人で行動していた湊は、男子トイレと女子トイレの入口の間の壁前に腰辺りの高さの機械を設置していた。

 白いボディに赤いラインの柄が入った機械は、小さなディスプレイとお金の投入口があり、どこからどう見ても電子マネーのチャージ機にしか見えない。

 彼はこれと同じ物を両校舎の全てのフロアのトイレ前に設置し、さらに出店している店のレジに電子マネー用の精算機も設置していた。

 先に全ての店舗に精算機を設置したので、残っていたチャージ機の設置もここで最後だが、何故彼がこんなものを設置しているかと言うと、この世界に迷い込んだ者たちを相手に商売をするつもりだからだ。

 無論、経済的に裕福な湊にすれば、七歌や鳴上たちを相手に商売したところで小遣い稼ぎにもならない。

 そも、全員が財布を一応持ってきてはいるが、この世界には銀行のATMがないので、シャドウと戦う以外に稼ぐ手段のない彼らはすぐに所持金が尽きてしまうのだ。

 企業経営を任されている湊がそんな者たちを相手に本気で商売をするはずがなく、あくまでこちらの世界での生活に変化を与えるために彼はいくつかの店を出すつもりでいた。

 最後のチャージ機を設置し終え、やれやれといった様子で立ち上がる湊。

 するとそこへ、何やら慌てた様子の花村たちが体育館側の入口から入って来るなり駆け寄ってきた。

 

「おい、有里! おまっ、体育館のあれは何だよ!?」

「……大衆浴場。所謂、銭湯だが?」

 

 ここに来る直前、折角だからと文化祭をまわっていた順平、綾時、クマからなる花村たち一行は、体育館はどうなっているのだろうかと足を向けた。

 フロアを回っているときや、店で金を払う時などに見慣れない機械がある事は気になっていたが、途中で出会った千枝たちが湊が設置しているのを見たと言っていた事で、彼らは後で聞けば良いかと体育館に向かうことを優先したのだ。

 だが、そこで彼らが見たのは扉の前に置かれた“ぬ”と書かれた板、扉を潜った先にあったマッサージチェアや自販機の並ぶロビー、そしてロビーからさらに男女別に分かれた暖簾を潜った先にあった脱衣所と大浴場であった。

 八十神高校側のメンバーだけでなく、こちらの世界に先にいた善や玲に確認を取っても分かることだが、文化祭で体育館を銭湯にするなどというふざけた話は出ていなかった。

 体育館では舞台を使った有志の出し物と、ミス八高コンテスト用の飾り付けがされていたくらいで、後は普段通りの状態でしかない。

 それが急に銭湯に変わり、尚且つ中に湊が設置していた精算機とチャージ機があったことから湊の仕業なのは確実だ。

 一体どんな手を使って劇的ビフォーアフターしたのか教えろと詰め寄れば、湊は冷めた目で彼らを見ながらマフラーから取り出したカードを一人一人に渡した。

 

「……いちいち金を出すのが面倒だと思ってプリペイドカードを作った。サービスで最初から五千円入れてあるが、残高が不足したら現金チャージするといい。チャージは千円単位、一回のチャージ金額が四千円以下は三パーセント、五千円以上九千円以下は五パーセント、一万円以上は十パーセント多くチャージされる」

 

 カードの裏面には個人の名前が先に記入されており、落としたりしても安心である。

 貰った綾時は「便利でいいね」と嬉しそうにしながらチャージ機の操作方法を聞いているが、残念ながら湊の説明では花村の質問に一切答えられていない。

 質問をスルーされた事で花村がこの野郎と拳を震わせるも、殴れば何十倍にもなって返ってくる事を知っているクマが後ろから必死に止めている。

 そして、そろそろ時間だなと湊が集合場所に向かい出せば、上で絶対に説明しろよと言いつつ花村一行も渋々ながら後に続く。

 階段をのぼり三階に着けば、既に全員が揃っており全員の視線が湊に集まる。

 他の者たちも彼が何やら怪しい機械を設置している事には気付いていたらしく、人数分のカードをポケットから取り出すと自分の分を取っていくように告げて、先ほど下で花村たち相手にした説明を始めた。

 

「チマチマと小銭を出すのは面倒なので、全ての店に電子マネーの精算機を設置した。カードには最初からサービスで五千円入れてある。チャージすれば金額に応じてサービスポイントが入るから、まぁ、使うかどうかは個人の判断に任せる」

 

 ちなみに保健室で利用すればサーバ経由でエリザベスのカード残高に補填される。ベルベットルームならばマーガレットに、てづくりこ~ぼ~ならばテオドアにと、他の者たちの分も同様に使われた分だけ補填されるので、残高さえあればこの世界の買い物はカードだけで済むようになったのだ。

 おかげで小銭を探す面倒や、お札を出してお釣りの小銭で財布が重くなる心配も解消されるため、最初から五千円分入っていることも含めて女性陣から拍手があがる。

 だが、まだ体育館の説明が終わってないぞと花村がジトッとした責める目で湊を見れば、面倒臭そうにしながらも湊はそちらの説明もした。

 

「……使われていなかった体育館を銭湯にリフォームした。シャンプーやリンスなどの備品は好きに使って良い。ただ、飲み物や特定の銘柄のシャンプーなどを望むなら追加料金がかかる。入湯料は一日百円。チケットなら八日分で七百円と一日分お得だ」

「え、お風呂にお金取るの?」

 

 湊の説明を聞き終えるなりゆかりが尋ねる。それぞれの拠点を用意した流れで、お風呂なども共用として用意されたものだと思ったが故の発言だが、それを聞いた湊は呆れた表情で溜息を吐いた。

 

「はぁ……この学校は第二次世界大戦中の一九四四年に前身の学校が創立されたためプールがない。だから、シャワーすら浴びる事が出来ないし、出来ても用意した水やお湯で身体を拭くくらいだろう。それでも良いなら今すぐ体育館を元通りにするが……それで良いか?」

「コラ、ゆかり! 八雲君に謝れ!」

「百円如きケチってんじゃないわよ! 八雲の気が変わる前に謝罪しなさい!」

 

 冷たい瞳で彼がそう口にした瞬間、七歌やチドリがゆかりの頭を押さえて下げさせた。

 ここにいるメンバーは後方支援だった風花とりせを除き、ダンジョンに入った者たちは少なからず服や身体が汚れていた。

 校舎に戻ってきてからトイレの水道で手や顔は洗えたが、汗も掻いているので出来ればシャワーを浴びてお湯に浸かりたい。

 だからこそ、体育館を丸ごとリフォームして銭湯を用意してくれた事に非常に感謝していたのだが、馬鹿がたかが百円をケチろうとしたためにこの世界からお風呂が消えようとしたので、七歌たちは必死に彼に謝れとゆかりに頭を下げさせたのだ。

 仲間から無理矢理に頭を押さえつけられ謝罪させられる姿は他の者の瞳には悲しく映る。

 しかし、一部の者たちはゆかりと同じように金を取るのかと言おうとしていたため、言わなくて良かったと内心で冷や汗を掻いていた。

 そんな彼らの心の中を見透かしている青年は、分かれば良いんだとマフラーから取り出した煙管を咥えて喉を潤す。

 変わった道具に玲が興味を抱き、彼にそれが何であるかを尋ねている傍らで、少し考え事をしていた美鶴はある問題に気付いて全員で問題を共有するため口を開いた。

 

「……そういえば、寝具と着替えの問題がまだ残っていたな」

「拠点を用意してくれていたんじゃ?」

「ああ。だが、それはあくまで使えそうな教室を片付けただけでな。寝具も着替えも探したが調達できていないんだ」

 

 美鶴の言葉に鳴上が疑問をぶつける。男女別に分かれているが、先に来ていた月光館学園の者たちが寝床となる拠点を用意している話は聞いていた。

 ならば、そこには最低限の布団なり毛布くらいはあると思っていたのだが、この世界にそんなものはないと善が断言した事により、これでは風呂に入って身体が綺麗になっても十分休めそうだとは言えなくなった。

 一応、保健室にならばベッドなどはあるが、保健室は現在エリザベスのテリトリーであり、仮に彼女が貸してくれたとしても人数分にはまるで届かない。

 他に何かないかと全員が知恵を絞り、これならどうかと思い付いた雪子が口を開く。

 

「あ、なら体育のマットとかで代用したらどうかな?」

「やめとけって。あんなの硬いし埃臭いしで寝るどころじゃねーよ」

「そうは言っても他に使えそうなのないじゃん。文句あるなら花村が意見出しなよ」

 

 雪子の意見も悪くはないのだが、残念ながら花村のいう事にも一理あった。

 マットは確かに眠れない事はないけれど、昔から使っている事に加えて普段は体育倉庫に眠っているため酷く埃臭いのだ。

 デリケートな体質ならばそれだけでクシャミが止まらなくなることもあるので、この世界にどれだけ滞在することになるかは分からないが、もう少しマシなものを探すべく考え込んで案を出し合う。

 あーでもないこーでもない。コロマルを枕代わりに使ってはどうかという意見を真田が出したときには、荒垣からふざけてる場合かと怒鳴り声が上がったが、結局良い案が浮かばず議論が停滞していると、

 

「みんなー、お布団あったよー!」

 

 そう言いながら楽しそうに笑う玲がノートサイズの何かを手に持ち、見て見てと興奮気味にピョンピョンと跳ねていた。

 彼女が何を言っているのか分からないメンバーたちは、話し合いを一時中断すると彼女の傍に集まって話を聞く。

 

「玲ちゃん、お布団があったってどういう意味?」

「あのね。欲しいものがあれば通販に頼ればいいって、はーちゃんがこれを貸してくれたの」

 

 貸してくれたという青年の姿がいつの間にか消えているが、言いながら玲はその手に持っていたノートサイズの物を他の者にも見せる。

 大きさも厚さも授業で使うノート程度しかないそれは、片面がディスプレイになった見慣れない機械だった。

 一瞬、ノートパソコンかと考えるも、それにしては薄いしキーボードがないと七歌や鳴上は浮かんだ考えを否定する。

 すると、機械に詳しい風花が初めて見る機種だと驚きながら機械の正体を口にした。

 

「すごい。こんな薄くて軽いタブレット端末初めて見ました」

「タブレット端末?」

「えっと、画面に触れて直接操作できるパソコンみたいな物なの」

 

 それはまだどちらの世界でもあまり普及していない電子機器だった。

 無論、全く存在しないわけではないがただの学生が触れることはほぼないため、説明を聞いてそれは便利だなと玲に一言断って七歌が端末を持たせて貰う。

 画面には玲の名前でログインした『優良通販サイト“KONOZAMA”』という通販のページが表示されているが、そこには玲の言う通り“大特集”と銘打たれてベッドや布団が載っている。

 しかし、いくら注文しようがここは現実世界ではない。そんな場所に頼んだ物が届くことはないだろうと思っていれば、いつの間にかいなくなっていた湊が発泡スチロールの箱を持って階段を登ってきた。

 それを見た玲が「うわっ、はやーい!」とはしゃいでいるので、一体何をしているのかと他の者たちは二人のやり取りを見守る。

 

「……ご注文の“パティスリー三船のレアチーズケーキ”をお持ちしました。お受け取りのサインかハンコをください」

「サインでお願いします!」

 

 湊から受け取ったボールペンで伝票にサインをすると、玲は彼から受け取った発泡スチロールの箱の蓋を開けて中を見る。

 そこには透明なケースに収められた四号サイズのホールケーキが保冷剤と共に入っており、それを手にした玲はケースから出すなり一緒に入っていた樹脂製のフォークで食べ始めた。

 

「んんっ!? すごい、流石お取り寄せグルメ! 口に入れた瞬間に口いっぱいにレアチーズの爽やかな酸味が広がって、その風味を一切邪魔することなく舌に乗った瞬間に溶けるように消えていくスポンジの甘さが食べた人を幸せで包み込み、一口食べるごとに交互に来る酸味と甘みが美味しさを無限に増幅させるこのケーキはまさに究極のチーズケーキと呼んでも過言ではないわけで! ああ、でも、次のページにあったチョモランマ・モンブランもとっても気になってて、三号サイズ以上のホールケーキでありながら一つ六百円から千円というお手頃価格もあってわたしのことを誘惑してくるお取り寄せグルメは本当にすごいっていうか」

 

 正直、早口で言っているのでまるで意味が分からない。

 他の者が玲は何を言っているんだという顔になっていると、普段から彼女と一緒にいる善が冷静にツッコミを入れた。

 

「玲、君は何を言っているんだ?」

「つまり、すっごく美味しいの! 善も食べる?」

「いや、いい。それは玲が全て食べると良い」

 

 彼女の反応からケーキがとても美味しいという事が伝わってくる。

 ニコニコと嬉しそうに食べている姿を見ているだけで和み、善も玲が笑っている姿を優しい表情で見つめているが、他の者たちは玲の様子にだけ構っている訳にはいかず再起動を果たす。

 そう。この世界に届くはずがないと思っていた通販が、まさかの有里湊プレゼンツだった事に対して物申さねばならないのだ。

 ほとんどの者が微妙な表情で青年を見つめる中、物怖じせず鋭いツッコミを入れたのは花村だった。

 

「んだよ、通販サイトってお前の店かよ!」

「……それぞれの拠点に貸し出し用のタブレットと充電スタンドが置いてある。画面にカードを当てれば自動でログインするから、カードの残高に気をつけて注文すれば届けてやる」

 

 この世界に彼が設置したタブレットは全部で八台。男子部屋、女子部屋、湊の拠点、ベルベットルーム、保健室、てづくりこ~ぼ~というそれぞれ拠点に加え、好きなシャンプーなどの注文用に銭湯の脱衣所にもそれぞれ一台ずつとなっている。

 設置していない分を含めれば玲に貸している分などまだまだ余裕はあるが、当然、注文が来てから箱詰めをして配達するのは全て人力になる。

 そういった作業場として湊は拠点の正面にある職員室をリフォームして、“KONOZAMA発送センター”の看板も付けているが、銭湯の管理に加えて通販の配達業務までするのは大変ではないかと心配してあいかが声を掛けた。

 

「一人で大丈夫?」

「……若干名のバイトは募集してる。制服あり、食事補助あり、従業員割りありといった待遇だ」

「うん、手伝う」

 

 独特なイントネーションで話しつつ親指を立ててサムズアップした彼女は、元の世界でも色々なところで修行も兼ねたバイトをしているため、こちらの世界でも湊を手伝うとすぐにバイトへ応募した。

 バイトの人事も全て一人でこなす湊は彼女をすぐ採用し、新たなタブレット端末を取り出すとあいかの電子マネーカードを受け取って従業員割りの設定を施す。

 そんな簡単に決めて良いのかと思う者もいたが、とりあえずは湊の通販サイトによって寝具と着替えも調達出来る事になり、一同はそれぞれの拠点に戻って必要なものを買い揃えるのだった。

 

 

 

 




補足説明

 湊が話していた八十神高校の前身となる学校の創立年とプールがないという設定は原作通りである。
 八十神高校は元々、第二次世界大戦中の一九四四年年に旧・八十神山兵役学校として開校したが、青少年の教育を目的としていたのではなく、実際は炭鉱があることを理由に空襲の標的になるのを避けるための口実として、生徒を人間の盾とする形で開校された。
 実際、学校・病院・老人ホームなどは道徳的観点から空襲の標的から避けられる傾向が当時はあり、わざわざ老人ホームや病院の一部を接収して軍が使用していた記録も残っている。
 そして、八十神山兵役学校は終戦後に通常の高等学校として再整備されるが、校舎は当時は珍しかった鉄筋建築ではあるものの、ある程度の改装や耐震性の補修工事を行なわれつつ、しかし、基本部分は創立当時のままであるため非常に古めかしい造りになっている。
 詳しくは「ペルソナ倶楽部P4」に載っているので、興味を持った方はそちらを参照してもらいたい。

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