【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百六十四話 彼について思うこと

――港区・某所

 

 湊との戦闘を終えて飛び去ったタカヤたちは、幾月から貰っていた特殊な腕輪を身に着けて自分たちの適性反応を消していた。

 探査能力を持つペルソナには力の感知の仕方にいくつかの種類があるが、風花やチドリのような範囲内に存在する生体反応を基点として利用する能力が相手ならば、腕輪で自分たちの適性反応を消すだけで索敵網から逃れる事が出来た。

 逆に、湊のように自分の知覚を広げてゆくタイプには効果がないのだが、自分の知覚を広げてゆくという事は、実際に視なければ存在していても気付かないという事でもある。

 それは上手く隠れることが出来れば腕輪を付けずとも感知されないという事であり、彼のペルソナの能力を詳しく知らないながらも、未だに研究所の場所がバレていないのならば、そういう欠点のある探知能力なのだろうと予想されていた。

 

「おや、随分と酷くやられたようだね」

 

 身体の至る所に傷と血の跡を作り、かなり疲弊した様子で戻ってきたタカヤたちを見て幾月が呟いた。

 彼はずっとこの研究所から出ていなかったが、研究所にはマリアと一緒に探知能力を持ったメノウも残っていたことで、外でタカヤたちに何があったのかを聞いていたに違いない。

 ただ、リーダーであるタカヤが認めた事で同盟こそ結んではいるが、かつては自分たちを実験用のモルモットとして扱っていた男から軽い口調で言われれば勘に障りもする。

 

「ンだ、テメェ。穴蔵でコソコソしてるクソネズミが偉そうにしてンじゃねェぞ!」

 

 戦闘時に変なこだわりを持つ湊に全力も出さずに相手をされ、そんな彼に負けて帰ってきた苛つきもあり、肋骨を折っていたジンに肩を貸していたカズキが相手を睨むと怒鳴った。

 彼が内心でかなり荒れていることは帰ってきた時点で分かっていたが、こんな事で突っかかっていくほどとは思わず、研究所に残っていた者たちは少々驚いた。

 しかし、だからといって怯えたりする者は一人もおらず、パソコンの前に座っていた幾月の傍にいた玖美奈が呆れた顔をするとペルソナを呼び出し回復魔法をかけた。

 

「別にお父さんはそんな意味で言った訳ではないわ。それに貴方たちがアレに負けたのは事実でしょう?」

 

 黒く長い髪を持ち、漆黒のドレスを身に纏った女性型のペルソナが現われると、怪我をしていたカズキたちを魔法の力で包み癒やしてゆく。

 その魔法は湊のペルソナに匹敵するほど強力で、折れていたジンの肋骨とカズキの片腕を痕も残さず治療して見せた。

 いつも湊を格下のように見ながら話していた相手だが、タカヤたちがそのペルソナの力を見たことはほとんどない。

 けれど、回復魔法でこれだけの力を持っているのなら、戦闘力も十分に期待できるだろうと認めつつ、自分たちも何もせずに逃げ帰った訳ではないとタカヤが肩を竦めながら反論する。

 

「一応、狂騒弾を当てて暴走状態に持ち込みはしたのですがね。どういう訳か不発に終わったようです」

「……フム。シャドウの欠片とはつまりは他人の心な訳だが、そんなものを打ち込まれれば拒絶反応でペルソナが暴走するはずなんだがね」

「ええ、実際にミナトは今にも力が解放されそうになっていました。抑え込んでいた精神力は大したものですが、一体あそこからどうやって暴走させずに済んだのやら」

 

 ペルソナを意図的に暴走状態にする狂騒弾を作ったのは幾月だ。

 原理は他人の心であるシャドウの欠片を打ち込むことで、ペルソナ使いの心のバランスを強制的に崩すというものだが、それは例えるなら凪いでいた水面に向かって大きな石を投げ込むようなものである。

 時間が経てば元に戻るだろうが、しばらくは石を投げ込まれた事によって水面は荒れる。

 タカヤたちが見ている目の前で苦しんでいたなら、それは湊も例外ではなく実際に暴走しかけていたのだろう。

 だが、どうすればそこから暴走させずに済んだのか分からず悩んでいれば、こんな可能性はないかとソファーに座っていたメノウが口を開いた。

 

「もしかしたら、途中で意識を失ったとかじゃないのかな?」

「いや、君たちも知っているだろうが、眠っている状態でもペルソナが暴走することはある。意識を失ったくらいでは抑え込んだ力が解放されていただろう」

 

 エルゴ研時代にも眠っている途中でペルソナが暴走し、そのままペルソナに首を絞められて死んだ者がいた。

 タカヤたちも制御剤を使わなかったり、高熱などで体調を崩していれば同じような事が起きるため、確かにその線はないなと納得する。

 すると今度は、傷が治ったことで部屋の隅に置かれた冷蔵庫からペットボトルの水を取り出していたカズキが、湊本人の力ではなく駆けつけていた桐条側の仕業ではないかと話した。

 

「桐条側には制御剤を持ってるやつがいンだろ。ギリギリでそいつをミナトに投与したンじゃねェのか?」

「あぁ、荒垣君だね。だがそれも考えづらいね。制御剤は言ってしまえば精神安定剤系の薬だ。薬の効果によって興奮物質等の分泌を抑えるものだから、前提として薬物の効かないエヴィデンスには使っても意味がないんだ」

 

 他のペルソナ使いならば制御剤を使えば、確かに自前の制御力と制御剤の力で状態をイーブンに持っていくことは可能かもしれない。

 けれど、幾月はエルゴ研から回収した飛騨のパソコンに残っていた湊の肉体改造について知っていた。

 どれも信じられないような情報の数々であったが、幾月はそれらをより安全な状態で結城理にも施しており、理が実際に薬物が効かなくなっていることで制御剤も効果がないと理解している。

 よって、いくら荒垣が持っている制御剤全てを湊に投与しようが、一時的に肉体への負担が増える程度で制御剤としての効果は発揮されるはずがなかった。

 

「ほんなら、ミナトがそのシャドウを抑え込んだか、限界超えて死んでもうたんとちゃうんかい?」

「うん。それが一番可能性として高いかな。多分、死んではいないと思うから、ワイルドの力を使ってどうにか制御状態に持っていたんだろう」

 

 他の者たちが言った可能性がないのであれば、残されているのは湊が自力で制御したくらいしかあり得ない。

 それをジンが指摘すれば幾月もワイルド能力者ならばあり得ると笑って頷いた。

 

「折角の狂騒弾が不発に終わったというのに嬉しそうですね?」

 

 幾月が笑っているのを見たタカヤは、どうしてそんなにも嬉しそうなのだと彼に尋ねる。

 狂騒弾は幾月が秘密裏に作った物の中でもとっておきの自信作であった。

 カモフラージュ等、ペルソナ使いや桐条側から隠れるときに使用する適性反応を消す腕輪も自信作ではあるが、それらと違って狂騒弾は対ペルソナ使い用の弾丸であり、一般人でもペルソナ使いと戦う事が出来る。

 わざわざそんなものを作った理由など、後で不要になったペルソナ使いを殺すためか、もしものときに対抗できるよう備えたかだろう。

 だが、今回の結果だけをみれば狂騒弾の効果が失敗に終わったことになる。

 普通ならば自信作が効かなくて落ち込むところを、口元に笑みを浮かべるとはどういった心境なのかとタカヤが尋ねれば、幾月は笑顔のままショックは受けていると答えた。

 

「いやぁ、実際は残念に思っているよ。当時はまだなかったペルソナ使い殺しの魔弾だからね。まさか一人目から効かないとは驚きでいっぱいだよ。だけど、エヴィデンス並みの力がなければ抑え込めない事も分かったからね。狂騒弾は十分に使えそうだ」

 

 そう。失敗した理由はあくまで相手が湊だったからだ。

 彼でも苦しんで一時的に行動不能になっていたのだから、他の有象無象では耐える暇もなくペルソナが暴走するに違いない。

 その確信があるからこそ、失敗しても得る物があったと幾月は結果自体には満足しており、そういった理由を聞かされたタカヤも成程と納得した様子を見せた。

 今回の突然の湊強襲には流石のタカヤたちも驚き疲れたようだが、どうにか無事に帰ってきて怪我も全て治療できた。

 戦いの中で分かった事などの情報交換も終え、次の満月の動きについて話し合おうとしていたところ、回復スキルを使って以降は黙っていた玖美奈が会話に参加してきた。

 

「お父さん、次の満月だけど私たちも動こうと思うの」

「ほう。それはまた急だね?」

 

 彼女がいった私たちとは玖美奈と理の事である。

 彼女たちは理の容姿が成長前の湊にソックリである事から外に出られなかったが、ここに来てどうして急に戦いに出ようと思ったのか不思議に思う。

 戦いに出ればどうしても特別課外活動部や湊と遭遇しやすくなるため、計画の最終段階まで日数がある次の満月で動く意図が知りたい。

 それはストレガたちも同じようで、その場にいる全員の視線が玖美奈と理に集まれば、彼女たちはより確実な方法を取るためだと話した。

 

「ええ。でも、アルカナシャドウが出てくればあいつもペルソナを使うでしょう? そのときは今回みたいに手加減されないでしょうから、横槍を入れに行ってもストレガでは抑えきれないと思って」

「それに残るアルカナシャドウは三体ですが、無気力症の増加ペースから言って次は二体。なら、どうせ後二回で終わるんだし僕らが出ても良いかなって思ったんです」

 

 次の満月にもストレガは出て行くつもりだが、無気力症患者の見つかっているエリアからすると、次は二体のアルカナシャドウがほぼ同じ場所に出現すると思われる。

 となれば、いくら湊が特別課外活動部と共闘する気がないとしても、両者が同じエリアにやってきて共通の敵を倒すことになるだろう。

 一応、ストレガが敵の分断のためにと天田と荒垣の因縁を本人たちに伝えてきたが、彼らが使命を優先してアルカナシャドウの討伐に参加してしまえば意味がない。

 よって、もしもストレガまで同じエリアに向かうことになったときを考え、ストレガが特別課外活動部と戦い、一番邪魔な湊を抑えられる自分たちもそこへ参加した方が良いだろうと彼女たちは語った。

 

「分かった。なら、次は玖美奈たちも出てくれて構わないよ」

「ええ、ありがとうお父さん」

 

 ついに外に出て自由に戦えることになり、玖美奈と理は自然と好戦的な笑みを浮かべる。

 その姿を眺めていたタカヤたちは、そちらが自由に動くなら自分たちもより自由に動けそうだと口元を歪め、同盟相手同士でありながらお互いに共闘について考えていなかった。

 傍で子どもたちの様子を見ていた幾月はその点について理解しているものの、彼らがお互いの身内しか信用していない事は分かっていた。

 もし、幾月の方から共闘するように指示すれば、表面的には納得したように見せてくれるだろう。

 だが、それだと実際に戦う場面でお互いを守り合わなかったり、どさくさに紛れて信用ならない相手を亡き者にしようとするかもしれない。

 そんな事になるくらいなら別々に働いて貰った方がいいので、幾月は別行動自体を許可してから当日の大まかな動きを話し合うのだった。

 

 

9月17日(木)

放課後――月光館学園・図書室

 

 美紀がストレガに襲撃され、湊がストレガを襲撃してからおよそ十日が過ぎた。

 湊は今まで通りに学校には顔を見せないし、ラビリスと住んでいたマンションにも帰っておらずほぼ行方不明だが、シャロンが言っていた通り、美紀は三日ほどで退院すると学校にも復帰して元気に通学している。

 その姿を見た真田はとても嬉しそうにしていたけれど、妹の恩人である湊がストレガを殺そうと動いたことには複雑な心境なようでしばらく寮では元気がなかった。

 さらに天田と荒垣もどこか様子がおかしく、以前ならコンビニ弁当などでは栄養が偏るからと荒垣が自分の分のついでに夕食を作ってやっていたが、最近はあまり迷惑を掛けたくないからと天田はコンビニ弁当を食べていて荒垣も何も言っていなかった。

 そうやって一部の者がおかしな様子だと寮内に雰囲気が伝染してしまうのだが、幸いなことに現在は文化祭の準備があって他の者たちの事ばかり気にしていられない。

 今も七歌は図書員としての文化祭の掲示物を必死に作っており、自分がこんな事をしなければならない原因を作った本来の図書委員であったクラスメイトの高橋にお菓子を要求したが、図書室では飲食が禁止なので彼女はストレスを感じながらも真面目に仕事をしていた。

 

(おのれ、許さんぞ高橋ィ!!)

 

 心の中で高橋への怨嗟の声を吐きながら、七歌は歴史の資料集を眺めて模造紙に文章を書き込んでゆく。

 彼女が担当しているのは古代ローマの歴史と文化についての掲示物だが、別に七歌自身は古代ローマに対する思い入れなど欠片もない。

 それならば、自分や仲間のペルソナに関わるギリシャ神話について担当し、よりペルソナについて知識を深めても良かったかなと思わなくもないが、ペルソナの強さは本人の精神の強さなどに依存するので関係ないかなと思考を切り替える。

 

(けど、どうして八雲君はストレガを殺しきれなかったんだろう?)

 

 目は資料集の文章を流すように読み、手はしっかりとそれらを模造紙へと書き写しているが、今の七歌は先日の湊とストレガの戦いについて考えていた。

 有里湊。いや、百鬼八雲という男は誰もが認めるほど強い。

 単純な身体能力の高さだけで他の者を相手出来るだけでなく、およそ十年前から実戦の中で鍛え続けた技術と経験値がある。

 そこへ血に宿った名切りの力とペルソナ能力まで加わるのだから、正直にいって彼と戦いたいと思う者は余程の戦闘狂に違いない。

 だが、だからこそ七歌は先日の戦いが腑に落ちなかった。

 自分たちと比べ、ストレガたちの方が個人の実力で勝っている事は、彼らをアナライズした風花の報告からも分かっている。

 中でも眼鏡をかけた少女の持つ巨大ペルソナは規格外らしいが、そのストレガと比較して尚、湊は圧倒的に勝る適性値を持っているのだとか。

 実際のところ、七歌たちは出会ったストレガたちの適性値は聞いているが、湊がどれだけの適性値を持っているのかは風花から聞いていない。

 彼女は先月の満月に桔梗組で湊の適性値を計測していたので、桐条グループでも掴んでいない正確な数値を知っているはずだが、美鶴や真田が湊の適性値を尋ねても教えてはくれなかった。

 桔梗組で出会った時点での正確な数値は分かっている。これに関しては彼女も認めており、知っている事を隠そうともしていない。

 だが、それならばどうして教えてくれないのか。

 湊の眼には複数の魔眼が宿っているらしく、その中に暗示や催眠能力を持つものもあるようなので、もしかすると事前に能力で口外できないようにされているのかとも思ったが、風花はそれを否定して教えた場合の悪影響を懸念して伝えないのだと説明した。

 

(私たちの適性値を足した倍以上とは教えてくれたけど、それだと余計にストレガの一件が引っかかるんだよなぁ)

 

 テストの結果を比較すると相手との差をより明確に感じるように、正確な数値で比較できるようになってしまうと、どうしても精神面に影響が出てしまう。

 唯一教えてくれたのは、特別課外活動部にチドリたちを足した数値を倍にしても届かないという事だったが、ペルソナとは扱う自分自身の心の力である。

 そのため、彼女が言うからには合計の倍どころではなく、知ればショックを受けるほどの差が存在するに違いない。

 しかし、だとすれば湊はストレガたちにも適性値で勝っているはずなのだ。

 これはベルベットルームで聞いた話だが、ペルソナを喚べる者という括りならともかく、ペルソナ使いとしては湊が間違いなく最強らしい。

 過去だけでなく未来に現われるであろうワイルド能力者を含めても、複数同時召喚であるミックスレイドを行える者は彼しかいない。

 誰でも目覚め得る可能性のあるペルソナやワイルドと異なり、複数同時召喚に関しては完全に本人の素養に依存するとのことで、おかげで湊は単騎でありながら軍勢としての力を発揮できるのだ。

 

(そう。だから、八雲君ならストレガと同じ数かそれ以上のペルソナを呼んで対抗できたはず。けど、どういう訳か戦闘にペルソナを使っていなかった……)

 

 チームとして行動していたストレガに数で対抗できるはずが、彼はどういう訳かペルソナも使わずに一人で戦いを挑んでいた。

 もしや体調が悪かったり、既にペルソナが呼べないほど精神力が減少していたのかとも考えたが、狂騒弾と呼ばれる弾丸を喰らった湊は暴走状態ではあるがペルソナを呼び出せる様子だった。

 本当に精神力が足りなければ呼び出せても意識を失ったはずなので、場の空気が重くなるほどの予兆など発生し得ない。

 つまり、彼はペルソナを使えるというのにわざわざ武器を使って戦っていた事になる。

 

(八雲君が放った殺気は間違いなく本物だった。最初の一撃は挨拶代わりだとしても、本気で防がなければ死んでいた威力。なら、やっぱりストレガを殺すために戦いに行ったんだろうけど、殺そうっていうときに手を抜く意味が分からない)

 

 あの日の湊は体調に問題はなく、ペルソナも使える状態で、さらに言えば人質などが取られている訳でもなかった。

 最初に街ごと焼き払おうとしたように、やろうと思えばストレガの上空に着いてからペルソナのスキルの雨を降らせて絨毯爆撃も出来たに違いない。

 到着したときにはあの地域一帯は瓦礫の山と化していたので、街への被害を考えてそれをしなかったとも思えず、一体何があって彼が全力を出していなかったのかが分からない七歌は、椅子に浅く座ると背中を背もたれに預けて頭の後ろで腕を組んだまま天井を見上げた。

 

「七歌ちゃん、お疲れさま」

「んー、おっつー沙織」

 

 七歌が考えながら少し休んでいると、同じ図書委員である長谷川沙織がやってきた。

 彼女は自分の担当である掲示物を既に完成させ、今日は展示コーナーの飾り付けなどをするようだが、友達である七歌が何やら考え込んでいる様子だったことで声を掛けてきたらしい。

 七歌が手を挙げて挨拶すると沙織はフフッと小さく笑って七歌の隣に座り、彼女の書いている模造紙に視線を送りながら話しかけてきた。

 

「なんか困った顔をしていたけど、アイデアに行き詰まったりしていたの?」

「ううん。これ自体は面倒なだけで一切問題はないよ」

「じゃあ、何か別の事かしら? あ、もしかしてクラスの出し物がまだ決まってないとか?」

「いや、そっちも大丈夫。うちのクラスはゆるーく喫茶店なのですよ」

 

 掲示物を書きながら考えていたことで、何か詰まっているのかなと沙織が心配して声をかければ、七歌はこんなの年表から情報をピックアップするだけだと軽い調子で話す。

 ならば、一体何に悩んでいるのかなと考え、沙織がクラスの方で問題があったのかと尋ねれば、そちらも問題はないと七歌は答えた。

 月光館学園は有名進学私立ということもあって、他の学校のように休憩所という出し物をすることが出来ない。

 合唱や演劇などで舞台に出るか、真面目に研究したものなどを展示するか、クラスで考えた出し物なり飲食店なりをする必要がある。

 だが、そんな面倒なルールがあろうと、ルールの範囲内で手を抜くことは出来る。

 七歌たちのクラスでは喫茶店を開く事になっているが、専用の制服を用意したりはせず従業員は学校の制服の上からエプロンを着けるだけ。

 メニューはというと、飲み物としてインスタントの業務用紅茶とコーヒーを用意し、食べ物はカレーライスとカレーパスタの二択というおかしな状態になっている。

 メニューをみた時点で炭水化物の部分を変えただけの同じ物だと分かるが、文句があれば食べなければ良いだけなので、七歌たちのクラスは適度に手間をかけつつもしっかりと楽できるよう考えられていた。

 そんな風に学校関連での悩みではないとなると、ここへ到着したばかりの沙織には想像が付かない。

 けれど、何かしらの力になってあげたいと彼女が言葉を待っていれば、七歌は先ほどまで考えていた湊のおかしな点について、部分的に情報を伏せつつ沙織に聞いてみる事にした。

 

「あー、沙織に少し聞いてもいい? 最近読んだ漫画の展開でよく分かんない事があってさ」

「うーん。あんまり漫画は読まないから力になれるか分からないけど、私で力になれるのなら何でも聞いて」

 

 以前自分で言っていたが、沙織は人から必要とされたいと考える人間だ。

 だからこそ、友達である七歌が相談に乗って欲しいと言ってくれば嬉しそうに笑い、しっかりと瞳を七歌に向けて話を聞く体勢になった。

 

「えっとね、あるキャラクターが仲間を殺されかけてメチャクチャ怒るんだけど、その犯人であるやつらに報復に向かうの。実力的には勝てるから報復自体は良いんだけど、そのキャラクターは何故か戦い方を制限して挑んだんだよね。私はその理由が分からなくて一体何でなのかなって考えてたの」

 

 ストーリーも何も説明せず、そんな一つの場面についてのみ聞かれても普通は困るだろう。

 けれど、沙織は漫画の話だと言われても軽く考えたりはせず、年下の友人である七歌の力になってあげたいがために、自分がこれまで読んできた小説などを思い出しながら、そのキャラクターの状態や心情を想像してみた。

 

「そうねぇ。身体の調子だったり、そのときの装備に異常でもあったんじゃないかしら?」

「いや、そういう訳でもないっぽいんだ。武器で戦いはしてるし殺そうともしてたし」

「じゃあ、殺そうとした相手が知り合いだったとかかしら? 憎いけど憎しみだけじゃないみたいな」

 

 身体と装備に問題がなければ心の問題だとしか思えない。

 殺したいほどの憎しみがあったとしても、もしその相手が親しい知り合いであったなら決意が揺らぐこともあるかもしれない。

 そんな可能性はないかなと沙織が僅かに顔を傾けつつ尋ねれば、七歌はよく知り合いと分かったねと彼女の鋭さに感心して見せた。

 

「うーん。確かにそれはあるのかな。昔の知り合いで助けたこともあったみたいだし。あ、でも、そのキャラクターって仕事モードに切り替えて、思考と感情を分けられる感じでもあったよ?」

「そうなの? じゃあ、ただ殺すことが目的じゃなかったとか、後は何かしら殺せない理由があったとかじゃないかな?」

 

 ただ殺すことが目的ではなかった。そう聞いたとき七歌はそこが理由かと何かを掴みかける。

 以前、風花が行方不明になっていたとき七歌たちは路地裏で湊と遭遇した。

 普段の彼ならば単に不良たちをのして終わっていたかもしれないが、あの時はわざわざ恐怖を植え付けるようにいたぶっていた。

 それと同じように、ストレガと戦っていた湊は最終的な目的を敵の殺害に定めつつも、出来得る限りの手段でもって恥辱と痛みを与えようとしていたのかもしれない。

 美紀を殺そうとした事を後悔させるために、二度とそんな真似が出来ないよう自分と相手の実力差を見せつけて。

 

「なるほどね。確かに沙織の言うとおりかもしれない。分かったらスッキリしたし、沙織に相談してよかったよ。ありがとう!」

「フフッ、お役に立てたなら良かったわ」

 

 敵と認識した者は殺す。実際に彼は今までそうやって行動してきたのだろう。

 だが、彼は誰よりも深く憎んでいたはずのソフィア・ミカエラ・ヴォルケンシュタインを殺そうとしたときには、久遠の安寧の構成員たちを次々殺すことで相手側にプレッシャーをかけ続けた。

 おかげでソフィアの父は湊を強く警戒して拠点に籠もっており、他の幹部たちもいずれ鬼がやって来るのではと恐怖を抱いていた。

 本当に何も知らないような他人であれば“作業”として殺せるのだろうが、誰よりも憎み続けるという負の執着によって相手を知ってしまった場合などは、それは作業でも仕事でもなく“殺人”になることで無意識に感情が乗ってしまうようだ。

 感情の昂ぶりによって突発的に人を殺せてしまう他の者とは真逆。理性的、または感情的になった方が人を殺せず、むしろ作業のような無意識的な方が人を殺せる辺りにバランスの悪さを感じる。

 それが良いことなのかどうかは七歌には分からないが、他の者が知らない湊の一面を知ることが出来たことで、彼女はその後の作業を上機嫌でこなしていった。

 

 

――EP社・工場区画

 

 EP社工場区画の地下に存在する特別エリア。

 そこは湊やソフィアなど一部の者しか立ち入ることを許されていない場所だが、学校の体育館ほどの広さを持つとある部屋で、青年が熱心に巨大な鉄の塊を振るっていた。

 鉄の塊の名はデュナミス。分類上は巨大なメイスになると思われ、これを持って事を為そうという青年の意思を名として付けられた。

 もっとも、この武器の初陣はなんとも中途半端な結果に終わってしまい。武器を持って帰ってきたのも青年ではなく、その身体に同居している他次元神の少女であったことで、彼の帰還を待っていたソフィアも驚いたものだ。

 

「湊様、やはりまだ武器に引っ張られている感が否めないかと」

「……そうか。これでも結構振るえているつもりだったんだが」

 

 武器を振るっている青年の傍には、様々な角度から撮影した映像をモニターで確認していたソフィアがいた。

 彼女がここにいるのはただ湊のトレーニングの付き添いである。

 あまりに重すぎるせいでデュナミスを十全に使いこなせていないという問題を解決するため、湊は元に戻ってからは毎日のようにここで鍛錬を続けている。

 ソフィアはその間ずっとここにいる訳ではないが、仕事の合間や仕事が終わってからなど、出来る限りここへ訪れて湊の鍛錬に付き合っている。

 だが、ずっと見ていたソフィアだからこそ、湊でもこの武器を使いこなすことが出来ないと考えていた。

 

「確かに最初に比べれば振るえていると思います。ですが、どうしても振るときには踏ん張って溜めを作っているので、普段の戦い方と比べると隙が大き過ぎるのです」

 

 湊の戦い方は速さを活かした高速戦闘や、次々と技を繋げて隙を作らない技術寄りのものが多い。

 本人の性格からすると特大火力の一撃で済ます方が好みのようだが、その極地とも言えるデュナミスはそもそもの規格からして人間用ではない。

 超重量の武器ならば九尾切り丸という名切りの最高傑作を既に持っている。そちらならば湊は完璧に己の一部として武器を扱える。

 だというのに、湊は相手を叩き潰すようなタイプの重量武器が欲しいと言ってこれを作って、使えはするが使いこなせてはいないという結果に留まっている。

 振るう感覚を掴もうと汗だくになりながら振るう姿を見ていたソフィアとしては残念に思うが、使えると勘違いして危険な目に遭う方が辛い。

 そうして、彼女がストレートに見ていた感想を述べれば、鍛錬中は腰に付けていたマフラーに武器をしまって湊も休憩のためソフィアの隣に座った。

 

「……先は長いな」

 

 疲れた様子で呟く湊だが、ソフィアからすれば長いも何も永劫に辿り着けないと思っている。

 そも、先日の戦いの結果に彼女は疑問を感じているのだ。

 あの日、上空から街に向けて放った一撃を見て、さらに青年が飛んでいったことでソフィアは相手が確実に死んだと思っていた。

 しかし、戻ってきたベアトリーチェに聞いたところ、湊は武器と体術のみで敵と戦って引き分けたのだという。

 どうして彼がそんな無駄な戦い方をしたのかずっと不思議だったソフィアは、これも良い機会だからと湊にスポーツドリンクを手渡しながら尋ねた。

 

「あの、湊様。以前から聞きたかったのですが、どうしてストレガとの戦いでペルソナを使わなかったのですか?」

「また突然な質問だな。まぁ、理由はいくつかあるが、まずあれはデュナミスの性能をテストするという目的があった。だから出来る限りはデュナミスを使おうと思ったし、実際にほとんどデュナミスで戦っていた」

 

 ストレガとの戦いのとき、武器というのは実戦の中でこそ真価が分かると、湊は初陣であったデュナミスの使い勝手を確かめていた。

 おかげで空から地面に叩き付けようが、敵の攻撃を迎え撃とうが、持ち手になっている軸すら歪むことがないと分かった。

 湊が戦闘中に一番困るのは全力で使って武器の耐久限界を超えて壊れてしまう事だ。

 敵が強ければ強いほど武器を気にしていられないのだから、自分が全力で使っても壊れない武器というのはそれだけで信頼できる。

 さらに使っていて気になった部分も帰ってきてから報告し、既に改修してあるので、あの日の性能テストは非常に有意義だったと言えるだろう。

 だが、新たな武器の性能テストのためだけにペルソナを使わなかったとは思えないので、まだ他にも理由があるのだろうとソフィアが話を聞いていれば、湊は先ほどよりも真剣な様子で話してきた。

 

「そしてもう一つが重要なんだが、強いやつが上から目線で全力も出さずに相手をしてきたらムカつくだろ?」

「……え? あの、まさか、本当にそんな理由で? ただ煽るためだけに自分もボロボロになりながらペルソナを使わなかったんですか?」

「効果は覿面だったぞ。タカヤもカズキも終始苛ついてたようだしな」

 

 大層な理由があると思っていたソフィアはその理由を聞いて唖然とした。

 どこの世界に腹や肩を銃で撃ち抜かれてまだ、ただ相手を煽るためだけに手を抜き続ける者がいるというのか。

 チドリの世界を壊そうとした相手に怒っていた湊は、相手をすぐには殺そうとせず、怒りと屈辱の中で殺してやろうと考えたに違いない。

 しかし、いくら煽るためだからといって、怪我をすればどうしてもパフォーマンスが落ちるし、それが原因で逆に負けるようでは目も当てられない。

 これではチドリの世界を壊そうとした者を殺すという動機すらも怪しく、かつて同じような事をして一度失敗してるのに、どうしてまた繰り返すのかとソフィアは苦言を呈する。

 

「湊様。確か、わたくしを殺しに来られたときも同じような事をしていませんでしたか?」

「……詳しいな」

「まぁ、音声は届いていましたから。ですが、そのせいで腕を失ったというのに、また無駄なことに力を注いで敵を逃していては本末転倒ではないですか」

「いや、最終的には殺せればいいと思っていたんだぞ」

「どう思っていようと失敗している時点で一緒です」

 

 この男は普段は効率を求めるくせに、感情で敵を殺すときには、相手に屈辱を与えようとして途端におかしな方へ向かい出す。

 別に本人がそれで良いなら構わないが、屈辱を与える事よりも殺すことを優先して欲しいと思うのは自然な事だろう。

 ずっと引っかかっていた疑問は解決したが、逆に色々なモヤモヤを抱えることになったソフィアは、もうデュナミスを使った鍛錬に協力するのを止めようかなと心の中で思い始めるのだった。

 

 

 


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