【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百三十三話 屋久島二日目

7月21日(火)

午前――屋久島・研究所

 

 十年前の事故以降、桐条グループでは対シャドウ兵器はほとんど造られなくなった。

 研究自体は他の物に転用出来るからと進められているが、実際に造られていた兵器のパーツなどで、七式より後に対シャドウ用人型戦術兵器という形で造られたのはRシリーズが数体だけだ。

 ただ、それを知っているのは桐条グループの中でも一部の人間だけで、後継機は実戦にも配備されていない事から彼らの姉にあたる者たちのデータの中には欠片の情報も存在していない。

 仮に、彼女たちが寝ている間にデータが追加でインストールされ、それによって存在を知っていればどうなっていただろう。

 Rシリーズはアイギスたちと違って純粋な人型ではない。ラビリスの持っている戦斧のようにボディ自体に可変機構が設けられており、中にはバイクに変形するような機体もある。

 心を持ったロボットを人間にしてしまおうと考え、実際に生命の創造という神の領域に踏み込んだ青年でも、流石に生身の身体でバイクに変形する機能は付けられない。

 そうなると人間になれるラビリスやアイギスというRシリーズ以前の機体とRシリーズたちの間に“同じ存在に造られながら自分たちは全くの別物”という認識が生まれ、人格面はともかく自己認識の面に何かしらの齟齬が発生する可能性もあった。

 とはいえ、Rシリーズは自分の姉たちの存在は知っているけれど、アイギスたちは自分より後に造られた後継機のことは知らないので、実際にどうなるかはもっと後の話になるだろう。

 そう、たった今数年ぶりの眠りから覚めた少女の行動次第という訳だ。

 

「――――ん、起動確認。サーバーとデータリンク、現在は二〇〇九年七月二一日と確認しました」

 

 前面部の開いた筒状の装置内部に設置された椅子に座っていたアイギスは、目を覚ますと桐条グループのサーバーにアクセスして今日がいつなのかを確認した。

 それによって自分が最初に設定していた“二〇〇九年”での起動を無事に果たした事に心の中で安堵の息を吐く。

 続いて彼女は自分のボディの状態を確認してゆく。各部センサー、ウェイトバランサー、損傷箇所の有無等、自分が万全な状態だと理解するとゆっくりと椅子から降りて自分が何をするために起動したのかを思い出そうとした。

 

「……八雲さんは?」

 

 彼女が最初に思い出すのは前回起動した際の記憶。

 大切な彼を追って島を飛び出し、無事とは言い難いが再会も果たすことが出来た。

 だが、自分が無事だというのに彼の姿が見えない。ここは屋久島の研究所だ。そこまで運ばれてボディの修繕等が行なわれておきながら、彼が傍にいないのはおかしい。

 一体どこにいるのだろうかと部屋の中を歩いて見て回る。すると、

 

「これは……クマの爪で作ったアクセサリー?」

 

 自分のいた部屋の壁際に置かれた棚に、水色のワンピースとクマの爪で作られたネックレスが置かれていた。

 どちらも保管用の袋に入っていたので破って取り出し、ワンピースを着てからじっくりとアクセサリーの方を観察する。

 その大きさから推定すると素材となったクマはかなりの大物。自分が雪原で八雲と共に戦った相手が該当するとして、きっと八雲が殺した相手の爪を誰かが加工したのだろうと考えた。

 自分にピッタリの服と一緒に置かれていたため、アイギスはアクセサリーを首に掛けて服の中に入れるとどうして彼がいないのかと部屋の中をさらに歩き回る。

 何か少しでも手掛かりが欲しい。何かないかと思ったところで自分の中にペルソナがいないことに気付いた。

 

(パラディオンの存在が感知出来ません。不具合……ではなく、そもそもわたしの中に存在しないようですね)

 

 自分の中にペルソナがいないと分かっても彼女は動揺しない。いない理由については彼にペルソナを抜かれて奪われたからと分かっているから。

 よって、その点については一切の動揺を見せなかったが、彼女は自分が無事だというのにペルソナが未返却のままであることのおかしさが気になった。

 

(わたしが無事ならば八雲さんはペルソナを返しているはずです。あれは意識のない状態でも第三者が身体を操って持ち主の手で砕けば戻ると聞きました。なら、今の状態は明らかにおかしい)

 

 八雲のアベルによって奪われたペルソナは、本人の身体でカードを砕けば持ち主の中に戻る。

 誰かが持ち主の手にカードを握らせ、そうして握り砕いても別に問題はないのだ。

 だからこそ、意識がなかったとしても、アイギスは自分の中にパラディオンがいない理由が分からなかった。

 何故、八雲は自分にペルソナを返していないのかと。

 

(あり得ない、そんな事は絶対にない。でも、八雲さんがわたしにペルソナを返していない以上考えられるのは……)

 

 そんな事は無いと考えたくはないが、数多の推論の中から機械としての自分が最も高い可能性を弾きだしてくる。

 

 意識を失ったとき自分と一緒にいたのは八雲である。

 それは意識を失う直前の記憶に過ぎない。

 自分をここへ連れてきたのは研究所の場所を知っていた八雲である。

 捜索命令を受けていた桐条グループの人間は世界中にいた。

 エネルギーの譲渡で彼の呼吸は安定していた。

 一時的に回復しようと衰弱しながらあれだけの怪我で生きていられる人間はいない。

 

 心の中で何度も反論しその考えを否定するが、自分の中にある情報から導き出される答えは一つの残酷な結論しか示さない。

 自分のことを大切だと言ってくれた彼が、自分のペルソナを持ったまま傍を離れるなど普通ならあり得ない事はアイギスにも分かっている。

 ただ、どうしてもその答えを認めることを心が拒否し、あの状態から彼が生存する可能性を何千回も何万回も計算し直した。

 そして、それらは全て彼の生存の可能性が限りなくゼロであることを証明し、アイギスはその場に座り込んで服越しに胸元のネックレスを握り締めた。

 

「そん、な……なんで、だって八雲さんが死ねば世界は……」

 

 彼が死ねば世界は終わる。不思議な予感でそう思っていたのに世界は続いている。

 既にこの世界に彼はいない。その事実だけで多数のエラーが観測され、胸の奥が苦しくて堪らなくなる。

 一人の青年の命など世界にとって数十億の中の一つだったのかもしれない。だがそれでも、アイギスにとっての世界は彼が全てだったのだ。

 

「こんな、こんな事って……」

 

 機械の少女の瞳から涙が溢れる。エモーショナル・ティアーと研究者たちが呼ぶ現象だ。

 しかし、そんな呼び方などどうでもいい。今ここにいるのは大切な人の死を知って悲しむ一人の少女しかいないのだから。

 

 

午後――ビーチ

 

 伊織順平はビーチで絶望していた。

 昨夜はゆかりがショックを受けて屋敷を飛び出す一幕もあったが、七歌が呼びに行けばどこかスッキリした表情で帰ってきたことで無事に話が終わったのだ。

 リビングから各自の部屋に戻るときには普段通りの様子で会話していたので、翌日になればまた一緒にビーチで楽しく過ごしながら、女子たちの眩しい水着姿を拝めると考えていた。

 

「れっつ、えんじょい……さまー、ばけーしょん…………」

 

 けれど、現実はそう甘くはなかった。なんと女子たちは、せっかくだから縄文杉を見てくるとお弁当を持って明け方に屋敷を出発していたのだ。

 いつになったら帰ってくるのだと使用人に尋ねると、休憩も含め往復で十時間くらいは掛かるのではと言っていた。

 若くて体力もあり、さらに登ってゆくことに慣れているため、ゆかりたちなら平均より早く帰ってこられるだろう。だが、それでも三時は過ぎるだろうということで、登山で疲れて戻ってきた彼女たちが海に入る可能性はゼロという事実に順平は膝をついて絶望していたと言う訳だった。

 

「なんで南の島に来て木なんか見に行ってんだよぉ……」

「屋久島の縄文杉をそこらの木と一緒にすんな。専用のツアーだってあんだぞ」

「いや、海があるのに勿体ないじゃないっスか」

「水泳の方が効率は良いが、登山も中々に鍛えられる。むしろ、陸地での作戦行動を考えると登山の方が優れている部分もあるくらいだぞ」

 

 順平から海に行こうとしつこく誘われた事で荒垣と真田もやってきたが、連れてきた本人がぐだぐだとしていることに先輩二人は呆れていた。

 そんなに女子の水着が見たければ、東京に帰ってからプールにでも行けば良いじゃないかと思ったが、口に出せば一緒に行きましょうと誘われることは容易に想像がつくため、二人はパラソルの下でビーチチェアに座って飲み物を飲みながら適当に順平の話を聞いている。

 しかし、そんな先輩らの適当な反応で爆発したのか、順平は「うがー!」と叫びながら立ち上がると、やけにギラついた瞳で二人の方へ向き直り口を開いてきた。

 

「先輩、こうなりゃアレしかないっスよ!」

「なんだアレとは。分かりやすく言え」

 

 順平の様子から考えるにどうせ碌な事ではない。

 ビーチフラッグや遠泳勝負ならまだしも、一緒に女の子を眺めましょうと覗きまがいのことを言ってくればすぐに殴ろうと考えながら、二人は順平からの言葉を待った。

 

「夏、南の島、ビーチ。それで女子がいないときたらナンパしかないっしょ!」

『却下だ』

「ちょ、即答すか!?」

 

 やはりろくでもなかったかと真田と荒垣は同時に溜息を吐く。

 こんな南の島に来てまで考えるのは女性のことばかり。他にもっと考える事があるだろうと思うと共に、骨休めなのだから少しはゆっくりとしたらとどうだと言えば、相手は何故か小馬鹿にしたようにハンと鼻で笑って小さく呟いた。

 

「はーあ、これだから女子慣れしてない先輩はなぁ。有里君なんて色んな女の子と遊んでるってのに、年上の先輩らが未だにチェリーとは笑えてくるぜ」

「なんだと貴様、もう一度言ってみろ!」

「あれ、図星突かれてキレるんスか? でも、勝負する前から逃げてる男が何を言っても言い訳にもならないッスよ」

 

 真田にとって湊は忌むべき存在だ。自分の妹のまわりを彷徨く害虫と呼んでもいい。分不相応に話しかけてデートに誘おうとしていた他の者たちは駆除してきたが、未だに湊だけは駆除することが出来ず、むしろ可愛い妹の信頼まで得ているから質が悪い。

 そんな男と比べて劣っているとは最大の侮辱であり、真田だけでなく荒垣も苛ついたのか額に青筋を浮かべて順平を睨み付けた。

 

「テメェ、人にそんだけ言っといて自分もチェリーじゃねえだろうな?」

「あーれ、荒垣先輩はまさか年下と比べるんスか? 今はチェリーでもオレっちが先輩らと同条件になるには一年あるんですよ?」

 

 一年後もどうせ同じだろうとは思ったが真田たちは何も言わない。

 現状は相手の言う通り年下の湊に遅れを取っているのだ。それだけで挑む価値はあり、順平の女性経験など欠片も興味ないこともあって二人は作戦について話し始めた。

 

「順平、それだけ啖呵を切ったんだ。何かしらの勝算があって言ったんだろうな?」

「その辺りは先輩らのコミュニケーション能力によるッス。まぁ、会話の糸口くらいは何個か頭に入ってますけどね」

 

 これまでも順平は友人らと一緒にナンパや合コンに参加してきた経験がある。成功率は言わずもがなではあるが、仲間を除けば妹とその友人くらいとしか話した経験のない真田よりはマシだろう。

 

「ま、気楽に行きましょうよ。ただ女の子と会話して一緒に遊ぼうってだけッスから」

「いや、やるからには全力で勝ちに行く。交渉時の貢献度で採点していき勝負だ」

「んじゃ、負けたらラーメン奢りだからな」

「フッ、見ておけ。俺が有里になど負けていないところを見せてやる!」

 

 バシンッ、と右掌に左拳を打ち付けて真田は不敵に笑うが、その勝負しようとする相手は既に真田たちの手の届かない遙か先にいたりする。

 どこの誰が高校生で女子複数人を一度にで相手にしていると考えるだろうか。他にも色々とアブノーマルな行為もしているため、内容を聞けばドン引きしながら勝てなくてもいいと思うに違いない。

 ただ、いまこの場にいる馬鹿な男子たちは、自分たちも有里には負けていないという一心からナンパ大作戦を開始した。

 

――森

 

 縄文杉を見に行ってきた帰り道。本当に現代なのかと思うような幻想的な風景を見たことで興奮状態の風花は、疲れたけど見て良かったねと他の者たちと笑いながら話す。

 

「本当に素敵でしたね。パワースポットって呼ばれるのも納得で、不思議な雰囲気のある森でした」

「近隣に大きな都市のない島だからな。独自の生態系が作られ、手つかずの自然が残っているんだ。そして、世界遺産にも登録されたことで島民も環境保護に取り組んでいる。あの風景は人と自然が共存している証という訳だ」

 

 元々は長い年月をかけて形作られた自然ではあるが、観光客が増えてからも形を保っているのは島民たちの努力の賜物である。

 自分たちの暮らす島の自然を守る。その思いは人々と街を守るために戦っているゆかりたちも共感する事が出来た。

 

「ゆかりちゃんはどうだった?」

「言葉にしづらいけど、なんかこう純粋にすごいなーって思ったよ。アニメ映画のモデルになったって聞いてたけど、本当にソックリで驚いちゃった」

 

 太古の自然を残す森は映画の映像そのままで、現実に存在していたことにも驚いたし、逆にタイムスリップしたような景色をソックリそのまま描いた映画の方にも感心してしまった。

 昨日の夜に沈んでいたとは思えないほどの笑顔に身振り手振りを混ぜてゆかりが話せば、その作品を知っていた風花も本当にソックリだったねと同調する。

 後輩たちがそんな風に話に花を咲かせているのを美鶴は微笑ましく思いながら眺め、時計で時刻を確認しながら屋敷までの距離をおおよそ測っていると、森の奥でも通じる衛星を利用した通信機に急に連絡が入ってきた。

 

「すまない、理事長からだ」

 

 こんなときに何かあったのだろうかと美鶴は首を傾げ、ゆかりたちに一言断ってから立ち止まって通話ボタンを押す。

 

「はい。私です」

《ああ、繋がって良かった。桐条君、実はこちらで少し困った事が起きてね》

「ちょっと待ってください。いまスピーカーに切り替えます」

 

 どうやら悪い予想が当たってしまったらしく、屋敷の方で何やらトラブルが発生したらしい。

 大概のことは多芸な屋敷の使用人たちで解決出来るため、幾月がわざわざ連絡を入れてきたということは戦闘力も持った美鶴たちにしか解決出来ない事なのかもしれない。

 それならば何度も伝えるのは時間も掛かるので、いっその事と全員で同時に聞ける状態にしてから幾月に話の続きを促した。

 

《実は島の研究所に保管されていた対シャドウ兵器の戦闘車両が起動し、勝手に出て行ってしまったんだ》

「は、え、対シャドウ兵器の戦闘車両って戦車って事ですか!?」

 

 あまりに予想外の言葉にゆかりは目を大きく開いて驚愕する。

 そも、どうしてそんな物騒な物を屋久島になど運び込んだのだろうという疑問も残るが、出て行ったのが戦車となると捜索自体は難しくないと思われた。

 何故ならどう考えても平和なこの島に戦車があれば目立つからだ。さらに追跡もそう難しくはないのではと風花が話す。

 

「戦車なら目立つと思いますし、そもそもキャタピラ痕で辿っていけるんじゃ?」

《それがキャタピラじゃないんだ。市街地でも活動出来るよう小型化もしてるしね。歩行式小型戦車と思ってくれればいい》

 

 それを聞いたゆかりたちはなんて面倒な物をと思わず呆れ顔になる。

 別に幾月が作った訳でもないのだが、そんな無駄に高性能な戦車ならしっかりと管理しておけと思ってしまうのも当然だ。

 けれど、それをここで言ってもしょうがないので、美鶴は今自分たちがどういった状況にいるかを伝える事にした。

 

「現在帰っている途中ですがまだ時間はかかりそうです。男子の元に直接向かって合流し、それからの捜索になりますが何か注意すべき点はありますか?」

《特にはないがなるべく一般人には見られない方が良いね》

「分かりました。ただ、目標の捕獲が困難と判断すれば最悪破壊しても構いませんか?」

《う、うーん。破壊は多分無理かな。それに君のお父上が研究員たちに何があろうと破壊や破棄することは禁ずると言っておられたようだし、桐条グループにとっても重要なものだから最悪足止めに徹して時間を稼いで欲しい》

 

 ペルソナを使えば戦車だろうと破壊出来そうなものだが、美鶴の父である桐条が他の者に破壊するなと言っていたなら美鶴たちも従うしかない。

 通信を切って急いで帰る用意をし始めた美鶴は、共通の認識を持っておくため他の者たちにこれからすることを告げた。

 

「と言う訳だ。せっかくの観光だったがこれから作戦行動に移る。まずは浜辺にいると思われる男子たちと合流しよう」

『はい!』

 

 せっかくの観光も一時中断。向こうにも情報が伝わっているかは分からないが、一先ず合流してから考えようと美鶴たちは駆け足で浜辺を目指した。

 

***

 

 男たちは浜辺で膝を抱えて並んでいた。こんなはずではと思いながらも、自分たちの無力を思い知らされた事で燃え尽きていた。

 

「……先輩、生意気言ってすんませんした」

「いや、順平の言う通りだった。美鶴や岳羽たちと普通に会話出来ていることでどこか驕っていたんだ。自分がこんなにも見知らぬ相手との会話で躓くとは思ってもいなかった」

「……これまでずっと見下してたが、有里のやつは何気にすげー事してたんだな。考えを改めさせられたぜ」

 

 泳いで遊んでいた三人組にはキモイと逃げられ、旅行に来ていたOL二人組には邪魔だと追い払われ、ノリの良い女性二人組は途中までは会話に付き合ってくれたが最後に連れがいるとネタばらしして帰られた。

 しかし、これじゃあ死んでも死にきれんと男たちは諦めずに頑張った。

 もっとも、一人ならどうだと話しかければなんかキャラの濃ゆいオバサンであったり、自分たちの悪いところを丁寧に指摘して練習に遊んであげようかと言ってくれたお姉さんは本当はお兄さんだったりと本当に散々だった。

 こんな事なら大人しく自分たちだけで遊んだり、ゆかりたちのように森へ行ったりした方が良かったとすら思える。

 順平はともかくとして、真田と荒垣にとって何よりもダメージとなったのは、湊が相手の年齢問わず女性と普通に談笑していた場面を見ていたことにあった。

 あんな適当なやつに出来るのなら自分たちの方が常識もあるので余裕だろう。そんな風に考えていた過去の自分を殴ってやりたい。

 ナンパをして思い知らされたのが、知らない人間との会話のキャッチボールにはかなりの技術と知識が必要ということだ。

 自分の得意な分野のことならば話せる。だが、それ以外のことでは何について話せばいいのかも分からず、また自分が興味のない内容であろうと相手に気持ちよく話させて聞いておかなければならない事もある。

 それを酷く痛感させられる一時であったと、真田たちは湊が女性にモテる理由を理解し、せっかくの旅行で途轍もない敗北感を味わうはめになった。

 

「はぁ……って、ん?」

 

 もう何もやる気が出ない。そんな風に順平が深く溜息を吐いて絶望していたときのことだ。ぼんやりと景色を眺めていた順平は急にボケッとした顔をしてフリーズした。

 それを見て、同じように敗北感を味わっていた真田と荒垣は、気持ちは分かるが流石にフリーズするほどのダメージを負っているなら屋敷で休んだ方が良いのではと声を掛ける。

 

「おい、順平。具合が悪いなら屋敷に帰ったらどうだ」

「違いますよ! ほら、アレ! アレ!」

 

 声を掛けられたことで復活した順平は何やら急に元気になっていた。

 ダメージの抜けきっていない真田たちにすれば、急に元気になった順平の相手は面倒臭いのだが、必死に見ろと言ってくるので言われた方を向いた。

 その方向にあったのは浜辺から伸びる桟橋だ。この辺りはボートで遊ぶ者も居るので、別に桟橋があっても不思議ではない。

 けれど、順平が言っているのはその桟橋の端に立っている一人の少女の事だった。

 太陽に照らされ輝く金髪、雪のように白い肌、水色のワンピースに身を包んだその少女はどう見ても日本人ではない。

 世界遺産なので外国から見に来る者もおり、もしかすると観光客だろうかと考える。

 だが、そんな風に考えていた真田たちと違って、順平は純粋に相手の容姿について言及した。

 

「見てくださいよ先輩! 今までのは前座だったんだってくらいブッチギリで可愛くないッスか?」

「ん、まぁ確かに」

「でしょでしょ! あの子と遊べたらこれまでの事は帳消しっしょ!」

「いや、待てよ。流石に外国人観光客だったらまずいぞ」

 

 ここからでは横顔くらいしか見えないがそれでも可愛いという確信が持てる。大興奮の順平に続き、真田も確かに相手の容姿が優れている事は認めざるを得ないと同意した。

 しかし、それはそれ、これはこれというやつで、これまでは同じ日本人で言葉も通じたから振られる程度で済んでいたが、いくら可愛くても日本人相手とは勝手が違うぞと荒垣は忠告する。

 それを聞いた順平は浜辺から腰を上げてニカッと歯を見せるなり、先輩たちも行きますよと少女の方へ向かいだした。

 

「これも旅の思い出っスよ。ほら、行ってお喋りしますよ!」

「おい、待て順平!」

「お前、どうなっても知らねぇぞ」

 

 どうせこれでダメでも結果は今と変わらない。なら、最後の希望に賭けてみるのも悪くはないだろう。

 そんな風に少し自棄になりながら少女の元へ向かった三人は、最初になんと声を掛けるか相談し合って、とりあえず順平が代表して声を掛けてみることに決まった。

 先頭を歩く順平の後ろに二人が続き、数メートル離れたところで立ち止まり声を掛けた。

 

「あの……君、一人?」

 

 順平が声を掛けると相手の肩がビクリと揺れた。言葉が分かるかどうかはまだ判断出来ないが、反応があったからには自分が話しかけられた自覚はあるのだろう。

 少し待っていれば相手がゆっくりと振り返る。ついにその尊顔が拝めると男たちは無意識に構えて喉を鳴らし、次の瞬間予想外の事態に男たちは驚いた。

 

『……え』

 

 振り返った少女は予想通りに可愛かった。むしろ想像以上の美しさと言える。

 これは直接見ることが出来ただけでもラッキーだと思えるレベルなのだが、宝石のように美しい水色の瞳からポロポロと涙が溢れていたのだ。

 もしや急に声を掛けられ驚いて泣いてしまったのだろうか。思わず順平たちはそんな事を考えるが、少女は袖でグシグシと目元を拭うと再び目から涙を溢れさせながら口を開いた。

 

「なにか、ご用でしょうか?」

「あ、えっと、その、なにかあったのかなぁ……なんて心配してみたり」

「放っておいてください」

 

 泣いている少女はそれだけ言うと再び海の方を向いてしまった。

 完全な拒絶の言葉に男たちはお互いに見合って困り顔を浮かべる。

 少女本人から放っておいてくれと言われても、明らかに何かありましたという空気を出して泣いている少女を放っておくことなど出来ない。

 ただ、泣いている理由が分からないことにはどうしようもなく。何か情報を得ることは出来ないだろうかとその場で話していれば、突然ザパンと海から何かが出てきた。

 

「一人の少女を大勢で囲み、自分たちの思い通りにしようだなんてふてぇ野郎だぜ! そこに並べ、私の銛が貫いてやる!」

 

 顔にシュノーケル、身体をダイビング用ウエットスーツで覆い、手には銛を持った女が海から現われ桟橋の上に登ってくる。

 女子たちは全員が縄文杉を見に行っていたと思っていたので、ここで単独行動をしていた少女が物騒な物を持って現われたことは驚きだが、男たちは少女の手にある銛の方が気になって上手く反応を返せない。

 

「ま、待て九頭龍。俺たちは今来て声をかけただけだ」

「黙れナンパ野郎! お前たちの悪行はここまでだ!」

 

 ずっと海にいたということは、真田たちが必死にナンパしている姿を見ていてもおかしくないという事である。

 “ナンパ野郎”と呼ばれてそれに気付いた男たちは、見られていた事実に恥ずかしさのあまり死にたくなってくる。

 けれど、銛を構えた七歌を見ていると恐ろしさに顔が引き攣るため、本心ではまだ死にたくないと思っているようだ。

 そして、怒った様子のまま銛を構えた状態で目の前にいる七歌をどうしようかと悩んでいれば、真田たちの後方から知っている声が届いた。

 

「お前たち、こんなところにいたのか」

 

 

 声に反応して振り向けば、森の方から駆けてくる美鶴たちの姿が映る。

 縄文杉を見に行っていたはずが、何をそんなに慌てているのだろうと思えば、やってくるなり美鶴は真田たちに事情を説明しようとした。

 

「実は大変なことが起きたらしく、お前たちにも手伝って」

「――――いや、大丈夫だ桐条君」

 

 美鶴が事情を話そうとしていた途中、新たに聞こえてきた声によって美鶴の話は中断する。

 そして、先ほどの男子たちのように美鶴たちが振り返れば。スーツ姿でやってきた幾月が泣いていた少女に声を掛けた。

 

「ダメだろう、アイギス。勝手に研究所を抜け出しては」

「……すみません」

 

 幾月にアイギスと呼ばれた少女は今度は涙が止まっていて、しかし、どこか沈んだ様子で謝罪の言葉を口にした。

 その姿は見ているだけで哀しくなってくるが、続けて語られた幾月の言葉のせいで皆の頭の中は驚きに染まってしまう。

 

「何にせよ見つかって良かった。ああ、詳しい事は屋敷に戻ってから話すが、私が言っていたのは彼女の事だ。対シャドウ特別制圧兵装七式アイギス。それが彼女の名だ」

『はぁっ!?』

 

 

 


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