【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百九十八話 新加入

影時間――七歌私室

 

 特別課外活動部に入ると決めてから、七歌はゆかりと一緒に召喚の練習をするようになった。

 本当ならタルタロスという異形の塔に行って、シャドウ退治も兼ねた実戦で鍛えた方が良いのだが、戦力となる新人が今週末に入寮してくるということで、タルタロスの探索はその“彼”とやらが来てから行うという事だった。

 けれど、召喚の練習も毎日行っている訳ではない。たまには休みも必要だろうと、影時間の前に眠ってしまう日もある。

 今日もそのつもりだったのだが、七歌が部屋で寝ていると何かの気配を察知してパッと目を開いた。するとそこには、

 

《やあ、こんばんは》

 

 囚人服のようなものを着た少年が立っていた。

 相手の名前は知らないが入寮の際に出会ったことは覚えている。彼と交わした契約のおかげでベルベットルームにも辿り着けたので、何故勝手に部屋に入ってきているのかは気になったが、そこは寛大な心で流してお礼を言った。

 

「こんばんは。契約、ありがとね」

《ああ、もう彼らに会ったんだね。お役に立てたなら良かったよ》

 

 やはり少年もベルベットルームについて知っていたらしく、契約が七歌をあの部屋へ案内するためのものだったことが分かる。

 と言うことは、彼は七歌がペルソナ使いであることも知っているはずなので、神出鬼没なことやその不思議な雰囲気もあって人間ではないのではと思った。

 

「あなたもペルソナなの?」

《どうしてそう思ったんだい?》

「だって急に消えるし、影時間にしか会ってないし」

《フフッ、それならシャドウと思うべきじゃないかな。ペルソナは日常の時間でも呼べるけど、普通のシャドウは影時間にしかいないからね》

 

 言われてみると成程と思わされる。七歌は日常の時間の中でペルソナを召喚したことはないが、常にその存在は自分の内に感じているため呼び出す事も可能と思われた。

 それに対してシャドウはこの街でしか遭遇したことはなく、影時間外に見たこともない。シャドウが普通の幽霊や怨霊であるならば日常にも存在や気配を感じるはず。それがない以上ペルソナは日常にも存在可能で、シャドウは影時間でのみ存在可能なものだと判断する事が出来た。

 けれど、話を聞いた七歌は少年の言葉に一部引っかかりを覚えた。“普通のシャドウは”と言うからには例外も存在するのではと思ったのだ。

 

「普通のってことはシャドウも日常に存在できるの?」

《出来るよ。その場合は体表面に影時間と似た性質のフィールドを展開したりするけどね。ただまぁ、普通のシャドウが自然にそれを行うのはほぼないから大丈夫だよ》

 

 影時間にしか存在できないのなら、それと同じ効果を持つ物で自分を覆ってしまえばいい。実に簡単な発想ではあるが、実現させようと思えば大変な労力が必要と思われる。

 街中で遭ったような普通の個体ではきっと無理だろう。先日ゆかりと共に戦った大型ならばどうだろうか。七歌がそんな事を考えていると少年はやってきた理由を思い出したようで唐突に話を切り出してきた。

 

《そうそう、今日は君に終わりが近付いている事を伝えに来たんだ》

「終わり?」

 

 終わりと一言にいうが、それだけでは何の終わりか分からない。一日の終わりであったり、この世界の終焉だったり、言葉の指す内容によって規模が大きく異なってくる。

 今七歌が終わりと言われて思い浮かぶのはこれまでの日常の終わりだ。ペルソナや影時間、シャドウといった存在について知ったことで彼女の生活に大きな変化が起こった。

 それはつまり平和な日常の終わり、新しい非日常と交わった生活の始まりという訳だ。

 

「終わりって何の終わり? 平和な日常?」

《君のいう平和な日常は十年前に既に終わっていたんじゃないかな? 大切な人を亡くし、影時間を知って、ペルソナを得たときにはさ》

 

 言われた七歌は心臓がドクンと強く鼓動したように感じる。

 父や祖父は彼らを恐れていたが、七歌は百鬼家の三人が大好きだった。特に自分では絶対に勝てないと思わされた少年には淡い憧れも抱いていた。

 しかし、大変な事故が都会で起こったというニュースを見ていたとき、警察から家に電話が掛かってきて一家の死を伝えられた。

 鬼と恐れられた一族の者も、自分と同じ龍の血が流れる者も、その二人の子として生を受けた現人神の少年も、交通事故というごくありふれたものによって命を落としたのだ。

 もう会えないと聞いて涙を流したが、七歌は彼らの葬儀の際に少年の遺体がないことに気付いていた。最初は遺体が見つからなかったのかと思ったが、誰もがそこに少年の遺体があると認識していて、最後は七歌の目の前で何も入っていない骨壺を墓に納めていた事を覚えている。

 あのとき影時間の記憶補正に気付いていれば、彼らの事故が影時間に起きた物だとも気付けただろう。しかし、七歌がそれを知ったのはつい先日のことで、今更それを人に言う訳にもいかない。

 なら、七歌にとって平和な日常が終わったのは事故の異常に気付いたあのときで、事故の真相を知ろうとしている今は既に非日常であると言えた。

 

「何でも知ってるんだね」

《何でもは知らないよ。僕が知っているのは自分が見聞きしてきた事だけさ》

「じゃあ、八雲君が事故に遭って、おじさまとおばさまが死んだのも見てたんだ?」

《直接ではないけどね。ただ、そういう事があったっていうのは知ってたよ》

 

 にっこりと人懐っこい笑みを浮かべる相手が何者かは分からない。しかし、悪い存在でないことは分かる。

 故に、七歌は契約によって自分の手助けをしてくれた相手ともう少し親交を持つことにした。

 

「何の終わりかは教えてくれないんだね」

《いずれ分かることだからね》

「じゃあ、名前は教えてよ」

《うん。僕の名前はファルロス。これからよろしくね、七歌さん》

 

 笑顔で握手を求めてきたファルロスの手を七歌も握り返す。これで相手がシャドウならシャドウにも色々な種類がいるのだなと思うところだが、七歌は不思議なことに少年から八雲に似た気配を感じていた。

 もしこれが八雲の送ってきた使者ならば彼も何か知っていることになる。記憶喪失の範囲が分からないので下手に聞くことは出来ないが、とりあえず明日は彼に会いに行こうと思いつつ、七歌は消えていくファルロスを見送ると再び眠りについた。

 

 

4月18日(土)

昼休み――月光館学園

 

 昼休み、午前中の授業で疲れた脳と身体を食事などでリフレッシュするための時間だが、ゆかりが七歌と一緒に教室でお昼を食べようとしたとき、七歌は飲み物を買ってくると言って教室を出て行ってしまった。

 一階の購買部まではそれほど離れていない。行ってすぐ帰ってくるはずなので、それくらいなら待っておこうと思った訳だが、七歌は五分経っても帰ってこなかった。

 混んでいるのかなとも思ったが、七歌より後に教室出て行った男子が買って戻ってきていたので、ゆかりは何かあったのかなと心配しつつ迎えに行ってみると、生徒玄関についた時点で相手の姿を発見した。有里湊というおまけ付きで。

 

「でね、シャドウと戦うためのペルソナっていう守護霊みたいなのがいて、あそこの寮はその力を持った人たちの秘密基地なの」

「……そうか」

 

 聞こえてきた会話にゆかりはギョッとする。そも、どうして二人が一緒にいるんだという疑問もあるのだが、紅茶のペットボトルを持っている七歌と同じように、湊も湊でやる気のない表情で紙パックのジュースを手に持って飲んでいるため、飲み物を買いに来たところで遭遇し七歌が相手を捕まえたことは容易に推測できた。

 少女から知り合いと勘違いされたまま接せられるのは面倒だろうが、あれで湊は面倒見が良い貧乏くじを引くタイプ。七歌が嬉しそうにしている限り、湊は嫌々ながらでも会話に付き合ってやるのだろう。

 ただ、その会話の内容が他言無用と言われた影時間関連のものとなれば、彼が関係者である可能性を知っている身として口を挟まずにはいられない。

 ダッシュで近付いたゆかりはすぐに七歌の口に手を当てると、いい加減帰りたそうにしている青年に慌てて直前の会話が冗談であると誤魔化した。

 

「むぐっ!?」

「あははー、ゴメンねー。知り合いが迷惑かけて。この子、変なこと言ったりする癖があるから真面目に聞かなくていいからー!」

 

 自分でしておきながら非常に雑な言い訳だとゆかりは泣きたくなる。もう少し演技力があれば自然な流れに持って行けたのだろうが、残念ながら今は七歌が湊に影時間のことを話してしまったことで内心焦っているため、文句を言う者がいれば自分に出来る精一杯がこれなのだと言い返したかった。

 けれど、そんな者が現われるよりも早く七歌が拘束から脱出し、息を吸い込むなり中断した話の続きをしゃべり出す。

 

「ぷはぁっ。あ、ゆかりもさっき言ってた特別課外活動部のメンバーなんだよ。イオっていう変な牛のペルソナ持ってるの」

「牛じゃねぇっつの。人型の方が本体だから!」

 

 そして、ゆかりはそれについツッコミを入れてしまった。条件反射とは恐ろしいもので、牛に可愛いイメージを持っていなかったゆかりは、少女特有の感覚でそこを訂正せずにはいられなかったのである。

 口に出した後になってしまったと彼の顔を見れば、青年は真っ直ぐゆかりのことを見ていて言い訳は出来そうにない。

 

「あ、えーと……ゲームの話です」

 

 それでも自分は誤魔化すしかないのだと己に言い聞かせ、かなり無理があると分かっていてフィクションの話だと言ってみれば、

 

「いや、大丈夫だ。信じるぞ」

 

 意外なことに湊は少女らの話を頭ごなしに否定せず、むしろ真剣な表情で誤魔化す必要は無いと告げてきた。

 もし、湊が影時間に対する記憶を持っていたならこの反応はおかしい。彼は必要の無い嘘は吐かず、相手に知られたくないときは話さないという選択肢を取る傾向がある。

 故に、この反応からすると美鶴の言っていた過去の非道な実験の話が間違っていたか、もし彼が被験体だったとしても影時間の記憶を失っている可能性が考えられた。

 そしてそうなると、もしかすれば七歌のいう八雲君と湊が同一人物という話も嘘ではないかもしれないと思ったところで、これまで真剣だった青年の表情がどこか哀れみの籠もった優しいものに変化した。

 

「まぁ、思春期の子どもによく見られるものだからな。気にしなくていい。ちゃんと分かってる」

「ちょっ、違うって! 本当にそういうやつじゃないから!」

 

 痛いやつ。そう認識されたと気付くのは一瞬だった。

 確かに一般人が聞けばゲームや漫画の話としか思えず、逆に真剣に言っていれば可哀想な痛いやつと思われるだろう。ゆかり自身勧誘されたときは美鶴に対して同じことを思ったので、話を聞いていた湊がそう思うのも無理はないと思う。

 ただ、他の者ならともかく、好きな人にそう思われるのは本気で避けたかった。

 既にお互いの間に見えない壁が出来て、精神的な距離が開いたような錯覚すらしているのだ。別れたあとのギクシャクがようやく無くなったタイミングで、また彼と会えなくなるなど死んでも御免である。

 影時間についてばらすのはいけないと分かっていても、ゆかりは一身上の都合により彼に話しますと心の中で謝罪し理解して貰おうとすれば、

 

「大丈夫、分かっているから。月にニュクスっていうシャドウの親玉がいて、そいつを倒さないと影時間とやらが終わらないんだろ? 誰にも知られずに、ただ人々の平和のために戦うなんて素晴らしいじゃないか。俺も影ながら応援しているから、その活動が終わるまで近付かないでくれ」

「ちがう、誤解なの! てか、変な設定つけるな!」

「私、ポジションはレッドね! ゆかりはカレー大好きイエロー、八雲君は皆のピンチに覚醒して助けに来るブラックとかシルバーのポジションあげるから助けにきてね!」

「あんたも五月蝿い! てか、誰がカレー大好きか! そんなの真田先輩に譲るから、私は可愛いヒロインのピンクにしとけい!」

 

 聞き覚えのない単語が出てきたり宇宙規模の話になったりと、訳の分からない設定まで追加された時点で相手が本気で信じていない事は理解できた。

 青年は話しながら徐々に下がって距離を開け始めたので、ゆかりが相手の上着を掴んで必死に行かないでくれと頼み込んでいれば七歌が余計な事を言ってくる。

 別に七歌がレッドだろうと美鶴がホワイトだろうと構わないが、特別課外活動部はイメージカラーを設定した戦隊モノの組織ではないし、イエローはまだしもカレー大好きという設定が気に入らずゆかりが言い返せば二人は口論に発展した。

 去り時を逃したことで無益な争いを続ける二人を眺める青年は死んだ目をしているが、そろそろ止めようかなと思ったところで後ろから声がかけられた。

 

「あ、ゆかりちゃん」

「ん? あ、風花じゃん。有里君を迎えに来たの?」

「え、あ、ううん。ちょっとパンを買いに来たの」

 

 やってきたのは湊と同じクラスの山岸風花。てっきり帰ってこない湊を迎えにきたと思ったが、今日は一緒に食べていなかったことで首を横に振ると、ゆかりたちは場所を空けて風花が購買で買い物出来るようにする。

 空いたスペースを通った少女はおばちゃんに注文してパンを買い、支払いを終えると両手いっぱいにパンを持って行こうとするので、湊がマフラーからレジ袋を出して入れてやると頭を下げて礼を言ってきた。

 別にその程度大したことはないのだが、小食なイメージのある少女がパンを大量買いするなど珍しい。体力を使うような事をした後でも、ここまで大量に食べている姿を見たことがなかったので、不思議に思った青年は風花に声を掛けていた。

 

「……随分と沢山食べるんだな」

「その、今日一緒に食べてる友達の分も買いに来たの。混雑してると思ったから、大勢で行くより一人がまとめて買った方がいいかなって」

 

 友人の分も一緒だと言われれば、そういう事かとすんなり納得がいく。別に混雑はしていなかったが、普段あまり昼に買いに来なければお昼時のイメージで混んでいると思っても不思議ではない。

 そこで風花が気を利かせて自分が買いに行ってくると言う様子も想像がつくので、友達を待たせているからと去って行く風花に手を振りゆかりたちは少女を見送った。

 

「今日は一緒に食べてなかったんだね」

「……まぁ、山岸には山岸のコミュニティがあるからな。クラスも変わって新しい知り合いが出来てもおかしくないだろ」

「変な男に引っかかったりしてないよね?」

「……山岸の周りにいるのは女子くらいだぞ」

 

 湊と一緒にいるため部活メンバーに近付いてくる男子は少ないように思えるが、風花は小動物系なこともあって狙われやすいイメージをゆかりは持っていた。

 それ故、おかしな人と交友関係を持っていないだろうなと探りを入れれば、湊があっさりと否定したことでゆかりとしては僅かに安心する。

 別に部活メンバーに彼氏が出来たところで口出しする権利はないが、友人として皆に幸せになって欲しい彼女としては、世話焼きな性分もあって色々と気になるようだ。

 他の者にすれば自分のことをまず先にしろと突っ込みたいだろうが、残念ながらここにそのメンバーはいないので、去って行った風花と面識のなかった七歌の言葉で話題は変わった。

 

「さっきの子って八雲君の友達?」

「……友達じゃない。俺の友人は一人だけだ」

「じゃあ、彼女?」

「……クラスメイトだ」

 

 言葉が出てくるまでの間がなんとも怪しいが、二人の関係は二人にしか分からないものなので、知りようのない七歌とゆかりは深く突っ込んだりはしない。

 ただ、七歌に八雲と呼ばれた湊がすんなり返事をしていたことで、ゆかりは押しに負けたんだろうなと苦笑しながら指摘した。

 

「有里君、もう訂正するの諦めたんだね」

「何度言っても直さないなら、いっそ諦めた方が楽だからな」

「クラスメイトが苦労かけます」

 

 ただでさえ彼は人助けで普段から忙しそうにしているのに、昼休みという貴重な休憩時間まで困らせる訳にはいかない。

 ペコリと頭を下げればゆかりは七歌の手首を掴んで引っ張り教室へ帰ろうとする。七歌の方は当然それに抵抗するが、“しつこいと嫌われるよ”という自分が言われたら効果覿面な言葉ランキング上位の台詞によって見事誘導し、そのまま大人しくなった七歌を連れて教室へと戻っていく。

 本当ならば湊も同じ方向なのだが、ここですぐに動けば七歌に話しかけられることは容易に想像がつくため、湊は湊で購買に再び寄って時間をずらしてから教室へと帰っていくのだった。

 

夜――巌戸台分寮

 

 学校から帰ってきて夕食を済ました七歌は、暇な時間をゆったり過ごそうとラウンジで美鶴とゆかりを誘いお茶の時間を楽しんでいた。

 美鶴が最近はまっているという紅茶だけあって香りと味がよく、リラックスした状態で新しい学校や街での生活について談笑していたのだが、途中で真田が降りてきてテーブルの傍に立ちつつ会話に参加してきた。

 

「さっき連絡があった。もう少しで寮に着くそうだ」

「あ、それって言ってた新メンバーですか?」

 

 全員に向かって笑顔で告げた真田にゆかりが尋ねる。

 これまで美鶴と真田しかいなかったが、三月にゆかりが入部し、四月初旬に七歌が加入した。そしてさらに、先日の大型シャドウと戦った日に真田が候補者を見つけたらしく、ずっとその人物が来るのを待っていたのだが、真田の様子からすると今夜にも着くらしい。

 学校から帰ってきてから荷物が運び込まれていた様子はなかったので、学校に行っている間にでも桐条グループの者が運び込んだと思われるが、前に住んでいた寮の部屋を引き払った相手は、放課後からこの時間まで遊んでいたという事になる。

 これはもしかして、中々に遊び人な人物なのではと考えたところで、少し勿体ぶった悪戯っぽい表情をした真田がゆかりの問いに首を縦に振り答えてきた。

 

「ああ。お前たちと同じ学年の男子だ。というか、お前らの知り合いでもある。特に岳羽とは親しい人物だぞ」

 

 二人と同じ二年生で転校して来たばかりの七歌の知り合い、さらにゆかりと親しい男子など限られている。

 話を聞いた少女らは同時に同じ人物の姿を頭に浮かべ、昼に冗談で影時間の話をしたが、本当に彼が新メンバーなのかと半信半疑ながら期待に胸を膨らませ浮き足立つ。

 そうして、答え合わせは来てのお楽しみだと到着を待てば、それから十分経ってようやく寮の扉が開き、少女らのよく知る人物がしっかりとした足取りで皆の前に現われた。

 

「じゃじゃーん、オレっち登場!」

『チェンジで』

「ちょっ、ひどくねっ!?」

 

 相手を見た瞬間瞳のハイライトが消えた少女らの声が重なる。

 現われた人物の名は伊織順平。真田の言っていた通り二人の知り合いで、ゆかりと親しいと言えなくもない男子だ。

 けれど、お前じゃない。自分たちの期待を返せと溜息を吐き、ゆかりも七歌もテンションだだ下がりとばかりに紅茶とクッキーをやけ食いする。

 

「はぁ、期待して損した」

「ヒゲ、走って八雲君呼んできてよ」

「えー……新メンバーにも優しいアットホームな職場じゃねぇの? つか、なして有里君? マジで関係ないし、あっちとしても呼ばれても困るだろ」

 

 一方の順平はここまで冷たい態度を取られると、自分が何かしただろうかと動揺を隠せない。

 七歌が湊のことを八雲と呼んでいることは知っているので、そちらの名で呼んできてと言われても意味は通じるが、多忙な彼をこんな時間から呼んでも迷惑になるだけだろうと常識的なツッコミを入れた。

 そんな後輩たちの様子を立って眺めていた真田は、せっかくの新メンバー加入というおめでたいイベントが思っていたのと大きく異なる反応に終わったのを見て、落ち込んでいる少女らは何を期待していたんだと疑問に思った。

 

「お前ら誰だと思ってたんだ? 九頭龍も岳羽もこいつとは同じクラスだろ? それに岳羽は以前から面識もあるらしいじゃないか」

「そりゃ面識はありますけど、親しい男子って言ったら普通に有里君だと思うじゃないですか」

「あいつに適性があるなんて話は聞いたことがないからな。俺としてはお前のイメージの方が驚きだぞ」

 

 確かに最も親しい男子と言えば湊になる。しかし、真田は彼に高い適性があるという話は聞いたことがなかったので、ゆかりのイメージの方が違和感があると呆れた顔をした。

 その影で美鶴が複雑な表情を浮かべている事には誰も気付かず、出鼻を挫かれ所在なさげにしていた順平が遠慮気味に手を挙げ、まだまともな反応をしてくれそうな先輩二人に声をかけた。

 

「あ、あのぉ、オレっちって来ちゃダメでした? あんま歓迎されてない雰囲気?」

「いや、我々は君の加入を心から歓迎する。実際のところ常に戦力が不足していてな。君のように顔見知りなら連携も取りやすいので、こちらとしては嬉しい限りだ」

「そ、そっすか? いやぁ、この前、真田さんに助けられたときはシャドウにビビって情けないとこ見せちゃいましたけど、オレっちにもペルソナっつー特別な力があるって聞いて、今じゃやる気満々ッスよ! 皆で力を合わせて街の平和を守ろうぜ!」

 

 根が単純なのか、順平は美鶴から歓迎の言葉を受けると照れたように笑い、すぐに拳を突き上げて己のやる気を全身で表現した。

 少女ら二人はそれを冷めた目で見ているが、新メンバーになんの不満もない真田たちはムードメーカーだなと彼の情熱を買った。

 

「な、頼もしいだろ?」

「ああ、使命に燃えることは良いことだ。この性格からするとペルソナは火炎属性かもな」

 

 ペルソナとは精神の具現、ワイルドと異なり己の心の根幹部分をペルソナとして成す普通のペルソナ使いたちは、その性格がペルソナの持つ属性に大きく反映される。

 順平のように単純な熱血タイプなら火炎、熱血タイプではあるがテクニックと速さを持っている真田のようなタイプなら電撃など、やろうと思えば性格診断の形で分類し予想する事も出来た。

 正確な属性は実際に召喚してみないと分からないが、上級生二人が新メンバーの順平が火炎属性であるならと作戦について語る傍ら、順平はクラスメイト二人の元まで近付き、自分がまだ知らない組織の内情等について尋ねた。

 

「そういやお二人さんもペルソナ使いなんだよな。役職とか階級とかあったりすんの?」

「私、レッド。ゆかりはピンク。真田先輩はカレー大好きイエローで、美鶴さんがホワイトだよ」

「お、じゃあオレっちはクールな二枚目のブルーってとこか」

 

 順平もヒーローに憧れる男子だけあって、七歌が口にした戦隊モノの話題は普通に通じた。

 昼間のゆかりの希望が通ったことで更新されたらしく、カレー大好きイエローの称号は無事真田に引き継がれたが、リーダーのレッドを七歌が務めるのなら自分はサブリーダーポジションのブルーかなと順平は言った。

 けれど、哀しいかな現実は非情である。別にブルーが誰とは決まっていないが、現時点でのお前の役職はそれではないと七歌がはっきりと告げた。

 

「残念、見習い期間中はお茶汲みブラウンだよ」

「えー……マジかぁ、最近はヒーローにも下積みってあんだなぁ……」

 

 戦隊ヒーローにブラウンなんていたかなと首を傾げる順平。いてもいなくても特別課外活動部ではそうなのだと言われればお終いだが、あまりにくだらない後輩同士の会話を見かねたのか、美鶴との会話を終えていた真田がツッコミをいれてきた。

 

「何を馬鹿なことを言ってる。うちは部長の美鶴以外は学年の序列があるくらいで横並びだぞ」

「え? そうなんスか? んだよ、七歌っちってば人が悪いぜ」

「いやいや、顔と頭が悪い順平よりマシだよ」

 

 言葉のナイフが順平の胸に突き刺さる。ショックのあまり思わずその場で四つん這いになってしまうが、今度は誰も順平に構ってくれず、真田ですらスルーして美鶴との会話を再開している。

 

「さて、美鶴、メンバーも揃ったし今夜こそ挑戦しようじゃないか」

「ああ。だが、怪我の治ってないお前はエントランスで私と待機だぞ」

「ちっ……治ったらすぐに前線に出るからな」

 

 傍らで聞いていると物騒に聞こえるが、この寮はシャドウと戦うメンバーの集まった秘密の組織である。

 それを踏まえると活動関連の話だろうかと興味を持った順平が、四つん這い状態から復活し、床に着いた膝を払って立ち上がってから真田に質問をした。

 

「えっとぉ、何の話ッスか?」

「フッ、初陣だぞ順平。準備しろ。今日の影時間にシャドウの巣へ出向く」

「おおー、早速ッスか! よっしゃ、オレもペルソナ召喚してバンバン活躍してみせるぜ!」

 

 時間はあるが初陣の順平には心の準備も必要だ。そう思って真田が出陣の用意を促せば、順平は期待の新星としてデビューするぜと準備のため部屋へと走って行き。残された者らも武器や治療薬の用意があるからとそれぞれの部屋に戻っていった。

 

 

 


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