【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

194 / 504
第百九十四話 新学年のはじまり

4月7日(火)

朝――月光館学園

 

 寮に新たなメンバーが加わった翌日、岳羽ゆかりは美鶴に言われて転入生を学校まで案内していた。

 相手の名前は九頭龍七歌。旧家の出身であり美鶴の知り合いと言うことで、ゆかりもパーティーでなんとなく見たような気もするが、実際に言葉を交わしたことはなかった。それ故、同級生だがなんとなく距離感を掴めずに学校に到着してしまった。

 

「ここが月光館学園高等部。まぁ、転入試験とかで来たかもしれないけど、登下校はこれが基本ルートだから覚えてね」

「了解であります! で、私のクラスどこー?」

「え? いや、それは生徒玄関のクラス表を見ないと分からないけど、貴女は先に職員室じゃないかな?」

 

 ニコニコと笑顔で話しかけてくれるのはありがたい。寮には先輩しかおらず、集まっている理由から和気藹々という雰囲気でもないため、どうしても息が詰まるのだ。

 その点、相手は影時間についてまだ何も知らないので、現時点ではただの同級生として接する事が出来る。

 施設の基本的なことを説明しながら靴箱に向かい。中で上履きに履き替えると、相手はそのまま「アデュー!」と言って職員室に行ってしまったので、唐突に案内の役目を終えたゆかりはポカンとしてしまった。

 会ったばかりで変な子という印象が固まりつつあるが、ベクトルは違っても同じくらい変な人間を知っているため、ゆかりは彼女も運動や勉強が得意なのだろうかと考える。

 あれで能力が伴っていなければただの馬鹿だが、何かしら秀でた才能を持っていれば天才の変人になる。

 ただでさえ自分の学年には濃い面子が集まっている現状で、これ以上増えるとなると自分のような常識人ではツッコミが追いつかず、精神的疲労を感じる毎日になりかねない。

 故に、先生方ももう少し能力より人柄で選んでくれないかなと思ったところで、ゆかりはクラス表の貼り出されたボードの前にたどり着いた。

 ずらっと並ぶ中から自分の名前を見つけなければならないが、彼女にはいくつかの希望があり。どうか自分の願うクラスになっていますようにとここ数日は祈り続けていた。

 その希望とは、湊と同じクラスになること。次点で部活メンバーと同じクラスになることで、顧問の佐久間はどうせ副担任にしかならないので正直別のクラスで構わないと思っている。

 自分の心に素直になって祈りを捧げ続けた少女は、今日でその結果が決まるとあって中々クラス表を見ることが出来ないが、覚悟を決めてちゃんと見ようとしたとき、丁度いいタイミングで他の部活メンバーがやってきた。

 

「あ、ゆかりちゃん。おはよう」

「おはよう、風花。それと皆もおはよう。全員同じ電車だったの?」

「ウチと湊君はバイクやで。まぁ、チドリちゃんの到着時間を聞いてたから合わせてきたけどな」

 

 湊とラビリスは相変わらずバイクで通学している。雨の日や湊に用事があるときには電車で来ることもあるが、ラビリスが朝練で先に出るとき以外二人は揃ってバイクで来ており、それを初めて見る一年生の中には目を丸くして驚く者もいた。

 せっかく、あの皇子と同じ学校に入れたのにと嘆く者や、やはり人気があるだけに一緒にいる先輩も綺麗な人が多いと羨む者などもいて、湊を中心としたメンバーは新学期早々なかなかに話題を集めている。

 ただ、本人たちは湊と一緒に過ごす中で周囲の人間に騒がれることにも慣れてきており、生皇子だとはしゃいでいる一年生らを無視して会話を続ける。

 

「……それで貴女はもうクラスを見たの?」

「ううん。今からだよ。今年も皆と一緒がいいなぁって祈りを捧げてたからね」

 

 チドリに言われてゆかりは冗談っぽく告げて笑う。他のメンバーと同じクラスがいいというのは本当で、今日までずっと寝る前に祈りを捧げていたのだが、やはりそこまで本気でやっていると聞けば大概の者は引く。

 風花や美紀にラビリスは苦笑して気持ちは分かると言ってくれるだろうが、湊とチドリは小馬鹿にした呆れ顔を向けてくるとはっきり分かっている。そのため、そこまで本気でやっていた訳ではないと装った訳だが、ゆかりの言葉を聞いた湊は右目を隠している前髪を指でいじりながらボソッと呟いた。

 

「まぁ、去年も一昨年も俺は別のクラスだったがな」

「知ってるから同じクラスがいいって祈ってたの」

 

 言われなくても知っている。中学三年生、高校一年生、この二年間はゆかりと湊は別のクラスだった。

 というより、彼と同じクラスでいたのは風花くらいなものだ。チドリと美紀も中学三年生では湊と別のクラスになり、高校一年生ではゆかりと一緒のクラスになったが、湊は風花とラビリスとだけ一緒で別のクラスになっている。

 中学三年生のときはともかく、付き合って以降はずっと彼と同じクラスになりたいと思っている純情乙女なゆかりは、わざわざ悲しいことを言わないでいいからと責める視線を湊に向け、そのままいざ審判の時とクラス表に視線を移した。

 

「……おめでとう、岳羽」

「う、嘘、これ本当に? 夢じゃないよね?」

 

 信じられない、これは夢ではないだろうか。そうやって口元に手をやって驚く少女を、青年が優しい瞳で見つめながら祝福する。

 ずっと祈り続けた。そうなって欲しい、そうあって欲しいと。好きな人と少しでも一緒にいたいという少女として当たり前の感情を源泉とし、彼女は強い想いで神に祈り続けたのだ。

 そして、結果がついに出た。少女の願いと正反対という最悪の形で。

 

「なんでよー! 私だけ隣のクラスじゃん!」

 

 部活メンバー総勢六名、顧問を入れて七名。そのうち、ゆかりだけがF組所属になっており、他の者は顧問の佐久間も含めて全員がE組所属になっていた。

 いくら何でもあんまりすぎる。湊と別のクラスになることは可能性として考えていたので、残念ではあるが納得もしよう。

 けれど、これだけのクラスがあってほぼ全員が同じクラスになるという奇跡を起こしていながら、自分だけがハブられると仲間じゃなかったのかと自信を失う。

 ワナワナと震えてショックを受けている少女の隣では、中学一年生のときから同じクラスでいつづけている青年と少女が話をする。

 

「山岸とは五年連続だな」

「ふふっ、そうだね。これだけ続くと来年も一緒かもって考えちゃうね」

 

 三百人以上いる同級生の中で湊と同じクラスで居続けているのは風花だけだ。実際のところ中学三年間は本当に偶然だったが、去年は夜中に侵入して湊がクラス名簿を改竄したから同じクラスになっていたのだが、そんな事を知らない女子たちは暢気に会話を続ける。

 

「そういえば、私とチドリさんも五年連続ですね」

「ええ。一人だけ別のクラスってある意味伝統になりつつあるわね」

 

 美紀とチドリ。こちらは本当に純粋に五年間同じクラスのコンビで、湊らと再び同じクラスになったのも偶然であるため、どちらか一方が異常な豪運の持ち主なのかもしれない。

 対して、高校から参加したためまだ二年目でしかないラビリスは、そこまで同じクラスに拘る気持ちが理解できず、ただ落ち込んでいる友人を慰めようとゆかりの肩に手を置く。

 

「まぁ、ゆかりちゃんもそない落ち込まんと。別に知り合いがおらん訳やないしさ」

「そういう問題じゃないってー。嘘でしょー……。ねぇ、そっちのクラスに順平あげるから有里君ちょうだい?」

 

 お互いに男子を一名ずつ出せば人数比に影響はない。故に、出席番号もほぼ同じ知り合いをゆかりが交換に出そうとすれば、今まさに話題にあがった少年が丁度到着して、来て早々にどうしてそんな話にと微妙そうな表情を浮かべた。

 

「えー、オレっち到着したばっかで何で他のクラスに売られようとしてんの……」

「何よ、嫌なの? ほら、E組は男子が勝手にやってた非公式の人気ランキング上位の女子が沢山いるわよ?」

「それはそうだけどさぁ。有里君と同じクラスで超ハッピー! って思ってるE組の子がだよ? 実際にクラスに行ってみれば同じくらいナイスガイなオレっちがいたらどう思うよ? 多分、明日には机と椅子が消えてるぜ?」

 

 正確には一般人だが、一部から芸能人として扱われている湊と同じクラスになれるなど、同学年の女子のほとんどが目標にしていることだ。

 今もクラス表の貼り出された掲示板の近くでは、難関校の合格発表のように一喜一憂する者で溢れ、中には感極まって泣いてしまっている者もいる。

 もし、ゆかりがいうトレードが成立した場合、周りでこれから一年同じクラスだと喜んでいる生徒らはどう思うだろうか。

 間違いなくショックを受け、それらは次第に憎悪に変わり。元凶であるゆかりだけでなく、生け贄にされた順平にまで危害が及びかねない。

 既に決まったクラスが変更になることはないだろうが、その辺りまでシミュレーションして順平が話せば、

 

「岳羽さん、他のクラスに有里君はあげないよ!」

 

 丁度話が途切れたタイミングで後ろから声がした。

 声がして一同が振り返れば、そこには腰に手を当てて堂々と立つ佐久間がいた。フフンと得意気な表情をしている理由はクラス表の副担任の欄をみれば理解できるが、ショックを受けているときに彼女の相手は面倒くさいとゆかりは露骨に嫌そうな顔をする。

 

「うわ、テンション下がってるときに来るとか……」

「おっとぉ、一応は先生なんだし。先生相手にそういう態度はよくないよぉ?」

 

 ゆかりの冷たい態度には慣れている。というか、部活メンバーのうち半数は佐久間をぞんざいに扱うため、小さいことを気にしない質もあって彼女はそれを笑って流しつつ諫める。

 すると、一応は教師の言うことであり、確かに他の生徒のいる前でこういった態度は不味かったなと反省してゆかりも謝罪を口にした。

 

「はいはい。すみませんでした、佐久間先生。それで、何で来たんですか?」

「いやぁ、うちの有里君が他所のクラスに攫われようとしてるって聞いてね。これは副担任として守らなきゃって」

 

 クラス表に書かれている通り、佐久間は去年に続けて今年も湊のクラスの副担任になっていた。

 しかし、湊の担任は英語の寺内から古文の江古田に変わっており、担当学年と共に担任と副担任がセットで進級するのでなければ、今年も湊の担任や副担任になりたい者がジャンケンでその座を勝ち取ったことになる。

 二年連続でそのような適当な決め方をされていれば不安しかなく、いい加減経営母体である桐条グループにたれ込むぞという脅しも籠めてチドリが担任の決め方について尋ねた。

 

「……今年もジャンケンで勝ったの?」

「違うよぉ。今年はまず先に先生たちのクラスを決めてね。それから有里君を欲しいってクラスの先生でクジを引いたの」

 

 去年の決め方には色々と不都合があった。先に生徒を決めていたせいで、所謂問題児を集めたクラスに気の弱い教師が配属されたり、進学クラスに根性論を唱える時代遅れの熱血教師が配属されたりと、明らかに適性を欠いた組み合わせがいくつか出たのだ。

 最初はいいかもしれないが、僅かな亀裂が大きな溝となり、教師のリコールを求める声が生徒からあがりかけ。これでは湊の宣伝効果もあって、進学私立としてブランド力の高まっている学校の評判に傷が付いてしまうと、学校も早期に対応し去年はなんとか乗り切ることが出来た。

 それを反省したのが今年からの決め方で、先に担任と副担任を含めたクラス構成を決めてしまい。次に宙に浮いていた状態の湊を欲しいクラスがクジ引きで手に入れるという方法だった。

 湊は事前にこの決め方を知ったことで、今年はクラス決めを操作できないと諦めたのだが、生まれ持った強運によってかチドリやラビリスのクラスの副担任になった佐久間が湊を引き当てた。これには湊も少しだけでかしたと思っており、後でご褒美に飴玉でもあげようと思っている。

 そんな事は欠片も知らない佐久間は、自分が見事引き当てるまでに色々と苦難があったのだとメンバーたちに話した。

 

「今年は副担任まで結構埋まっててさ。二年目の私じゃ江古田先生のクラスしか空いてなかったんだぁ。でも、江古田先生はあんまり有里君を欲しがってなかったんだよね」

「じゃあ、くださいよ。副担任が出しゃばるのって良くないですよ。年長者の江古田先生を立てましょうよ」

「うぇ、今日の岳羽さんキツメだね……。いや、でも、私が欲しかったんだもん。それでクジ引きしてちゃんと勝ったもんね。まぁ、F組の鳥海先生とどっちがそのクジを選ぶかジャンケンになったんだけどさ。あの人の直感も恐ろしいね」

 

 副担よりも権力の強い担任は湊を欲しがっていなかった。それを聞いたゆかりが割とマジな口調で攻めれば、朝からやけに攻撃的だと佐久間もタジタジになる。だが、そうは言っても自分が湊を欲しかったのだから、誰がなんと言おうと佐久間に譲る気はない。

 もっとも、女の勘か勝負師の勘か、佐久間が引こうと思ったクジをゆかりの担任になった鳥海も狙っていた。

 一人だけなら偶然や勘違いかもしれないが、二人が同じクジに惹かれる物を感じたなら何かある。そう思った佐久間と鳥海は真剣な表情で向き合い、勝利を掴むべくジャンケン一発勝負に挑んだ。

 結果、ジャンケンで勝って望み通りのクジを引いた佐久間が湊をゲットしたと聞き、ゆかりは担任になった鳥海にもっと頑張って欲しかったと八つ当たり気味の愚痴を漏らしながら、一人だけ別のクラスになったことに改めて肩を落とす。

 

「はぁ……ギリギリで有里君と別のクラスとか泣ける。せめて他に誰か一人でも同じクラスが良かった。一人だけ別って何の罰ゲームよ」

 

 昔は自分の気持ちを誤魔化していた少女が、こうもはっきり自分の希望を口にして落ち込むのを見ると微笑ましいものがある。

 落ち込む少女のことは頭をポンポンと撫でてやっている湊に任せ、他の者はそろそろ自分のクラスに行かなければと移動を開始した。

 

放課後――2-F教室

 

 新学期の始まる全校集会を講堂で行った後、クラスに戻って担任が今後の予定を話すと今日の授業は終了した。

 まだ部活にも委員会にも入れないため、七歌は昨日できなかった荷解きをしてしまおうと帰る準備をしていたとき、すぐ傍にいた帽子を被った男子が彼女に話しかけてきた。

 

「よう、転校生!」

「よう、在校生! 顎ヒゲが最高にクレイジーでキマってるな! ヒューヒュー!」

「お、おう。君、そういうキャラなのね……」

 

 名前ではなく転校生と呼ばれたので、七歌もそれに倣って在校生と返してやる。予想外の反応に相手も引いているが、別に引かれたところで気にしない少女は荷物をまとめながら帰る準備を進める。

 すると、まだ残っていた男子は気を取り直して再び笑顔を浮かべると、自分の胸を右手の親指で指しながら自己紹介をしてきた。

 

「まぁいいや。オレは伊織順平、呼ぶときは順平でいいぜ」

「私は九頭龍七歌。呼ぶときは九頭龍さんでいいぜ」

「いやぁ、それ距離あるなぁ。名前で呼んでいいって言ったんだから、そこは同じく名前で呼ぶの許可する展開じゃね?」

 

 言葉は通じているのに話が通じない。言葉のキャッチボールをしようとすれば、相手はボールをバットで打ち返してくるイメージだ。

 どうして会ったばかりでそのような対応なのかと順平が不思議に思っていれば、七歌は名前呼びの許可を求めてくる順平に嫌そうな顔をして理由を話す。

 

「えー、だってナンパでしょ? 私、そういうの受け付けてないんだよね」

「ちがうっつの。オレっちも中二のときに転校してきてさ。転校したてのアウェー感っての? そういうの知ってるから、七歌っちが馴染みやすいよう最初に声かけて切っ掛け作ろうと思っただけだって」

「ほーん、見た目よりいい人だね。顎ヒゲはセンスないけど」

「きっついな-。ナチュラルにディスって来るとか会ったことないタイプだわぁ」

 

 “言葉のナイフ”というものがあれば彼女の言葉がまさにそれだ。会ったばかりで警戒されているのかもしれないが、せっかくの美少女転校生と仲良くなろうと思っていたのに、初っ端からその思惑を砕かれ順平は本気で肩を落としヘコんだ。

 そして、二人のやり取りを見ていたのか、何を馬鹿な事を言っているんだとピンクのカーディガンを着た少女も新たにやってくる。

 

「あんたは割とそういうポジションでしょ」

「おっと、元祖プリプリ王女……」

「変なあだ名付けんな。それより、同じクラスだったね。寮も同じで何かと接点あると思うから改めてよろしくね」

 

 ゆかりは部活メンバーと離れてしまったが知り合いはいた。けれど、順平も言っていたが相手は転校生で知り合いも居ない。

 なら、同じ寮でもある自分が色々と助けになってあげようと思って挨拶をすれば、七歌も同性相手だと警戒が薄れ自然な笑みで挨拶を返した。

 

「うん、よろしく。私のことは七歌様でいいよ」

「な、七歌様って……ゴメン、私まだ貴女のキャラに慣れないわ」

 

 一部訂正しよう。警戒は薄れてもキャラはぶれていなかった。

 相手のノリに慣れれば流すことも出来そうだが、それには時間が必要になる。どれくらいで慣れるか分からないため、その前に距離を開けてしまう可能性もあるが、まだもうしばらく様子を見ておこうと順平とゆかりがその場に残る。

 相手が去ってしまわないなら七歌の方もクラスメイトと会話を続ける意思はあったので、変人キャラは一時封印して自分が聞きたかったことを二人に尋ねた。

 

「まぁ、冗談はそれくらいにしておいて。八雲君ってどこにいるか知ってる?」

「八雲? それって名字? それとも下の名前?」

「下の名前だよ」

 

 正しくは百鬼八雲。どちらも珍しいと言えば珍しい名前だが、ちゃんと名字辞典にも載っている名前だ。

 七歌の探し人である青年は全国に知られるようになった有名人なので、勿論二人も知っていると思ったのだが、少女の予想に反して聞かれた二人は首を捻った。

 

「うちの学校にそんな名前の生徒いたっけか?」

「新入生は確認してないけど、二、三年にはいないと思うよ。ちょっと珍しい名前だし、聞いてたら覚えてるだろうから」

 

 二人も全校生徒の名前を把握している訳ではない。けれど、八雲という珍しい名前なら少しは話題になるはずだ。

 月光館学園では定期考査の結果が順位と共に貼り出されるため、話題になった相手のことをもっと知ろうと点数や順位を見る者も出てくる。

 それがないということは月光館学園高等部に該当する生徒はいないということであり、ゆかりたちがまだ名前を把握していない一年生にいないのであれば、探し人は中等部か初等部にいると思われた。

 二人からその事を聞いた七歌は、そんなはずはないと一瞬怪訝そうな顔をするも、すぐに何かに気付いた顔をして改めて口を開く。

 

「あ、そっか。えっとね、有里湊君だよ。うん、他の人だとそっちの名前だ」

「いや、有里君って名前ぜんぜん違うぞ。まぁ、有里君は隣のE組だな。今朝、それでゆかりっちもヘコんでたし」

 

 自分は昔の癖で八雲と呼んでしまうが、他の者にすれば彼は有里湊だった。その事に気付いて七歌が訂正すれば、やはり有名人だけあって順平たちも彼のクラスを教えてくれる。

 聞いた七歌は早速生徒手帳のメモ欄に聞いたクラスを書き込みつつ、どうして湊が隣のクラスだとゆかりがヘコむのか気になり、ちょっとした雑談として尋ねた。

 

「ヘコむってなんで? ファンなの?」

「ゆかりっちは元カノなんだよ。よく分かんないけど、お互いのために距離を置いて別れたって話だけど」

 

 七歌は本人に尋ねたのだが、理由を正確に把握していた順平がニカッと笑って答えてくる。

 別に理由を知れればどっちが答えても構わないけれど、今度はどうしてそんな大人な理由で別れたのかという疑問が浮かんできた。

 ただ、会ってすぐに深くまで事情を聞くのはデリカシーに欠けるので、七歌も自重して二人の漫才のような会話を聞き続ける。

 

「本人の前で普通そういう話するかな」

「どうせすぐばれるっしょ。未練MAXなのも見てりゃ分かるし」

「はいはい、引き摺る重い女で悪かったわね。てか、部活あるから私は行くから。順平、その子に変なことしないでよ」

 

 聞いていると湊とゆかりが付き合っていたと言う話は中々に有名なようだ。それを七歌が理解しているうちにゆかりは部活に行くため去ってしまったので、七歌もそろそろ帰るかと席を立つ。

 

「過保護だねぇ。ま、用事も特にないしオレたちも帰るか?」

「うん。じゃあ、また明日!」

 

 別れを告げてすぐにダッシュ。驚いている順平をその場に残して、七歌は一人ですぐに教室を出て行ってしまった。

 後に残るは一緒に帰ろうと誘ったつもりの少年一人だが、名前の呼び方について話していたときと同じノリだったことで彼も色々と悟ったらしく、空いてしまった放課後の予定に思いを馳せつつ小さく呟いた。

 

「ああ、そこ一緒に帰らないんだ。キャラ濃いなぁ、あの子……」

 

 悪いやつではない。だが、とりあえず変なやつではある。順平は七歌と会話してみて抱いた印象をそう結論づけ。席に戻って鞄を取ってくると自分も今日は帰るかと教室を出て行った。

 

夜――巌戸台分寮

 

(八雲君は隣のクラスかぁ。見たら確かにいたけど女の子に囲まれてたなぁ)

 

 教室を出てからダッシュで寮に帰ってきた七歌は、途中で夕食を食べに出かけた以外ずっと荷解きを頑張っていた。

 何に使うのか分からない黒いマントをクリアケースに畳んで仕舞ったり、ベッドの下のスペースに黒い寝袋を設置したり、ワンルームの部屋を自分好みの快適な空間にするべく彼女は奮闘する。

 

(まぁ、昔から綺麗な顔しているしね。ただのファンじゃなくて友達っぽい雰囲気だったし安心かな)

 

 とはいえ、頭の中ではずっと湊のことを考えており。見た目や名前など色々と変わってしまった彼が、学校でもしっかりと人気者であったことは少女としても嬉しいことだ。

 彼の学校での様子をたまに教えて欲しいと英恵からも言われているため、今日のことや自分とは別のクラスであることも伝え、少し経ってから情報提供への感謝と新しい環境に移った七歌を案じる言葉を貰い。少女としてもそれなりにリラックスした状態で作業できていた。

 

(さてと、荷解きも終わったし。お風呂に入ってから寝るかな。あっちの方は……証拠掴んでからでいいや)

 

 ただ、今現在少女はある一点気になることがあった。何の意図があってそうしているのかは分からないが、もう少し情報を集めてから行動する事に決め、入浴セットと着替えを持つと七歌は部屋を出て行った。

 

――???

 

 荷解きを終え、お風呂に入ってから翌日の準備も済まし、七歌はぐっすりと夢の世界へ旅立ったはずだった。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

「……ん? 夢じゃない感じ?」

 

 けれど、気付けば彼女は上昇する群青色の部屋にいて、正面に座っている長鼻の老人に挨拶されるも、これが夢なのか現実なのか気になり頬を抓ってみたりと色々試していく。

 それらは全くの無意味なのだが、やってきた少女の反応を楽しそうに眺めていた老人は、来たばかりの相手にここがどういった場所なのかを説明した。

 

「夢であるとも言えるし、そうでもないとも言えます。ここはベルベットルーム、夢と現実、精神と物質の狭間に存在する場所にございます。そして私の名はイゴール、ここの主です」

「私は九頭龍七歌。あの、立派な鼻ですね!」

 

 見た瞬間に鼻に目が行き、七歌はそれをずっと言いたかった。彼女的には褒め言葉のつもりなのだが、イゴールの後ろで話を聞いていた者たちはクスクスと笑い。笑われたイゴールが責めるような視線で笑っていた者たちを睨んだことでようやく止まった。

 群青色の服を着た者たちは見た限りイゴールの部下のようだが、七歌が彼らの方を見れば、視線を戻したイゴールが親切に紹介してくれる。

 

「彼らについても紹介しましょう。この三人は私の従者で長女のマーガレット、次女のエリザベス、末弟のテオドアです」

 

 紹介された三人は呼ばれるたびに礼をして挨拶をする。末弟のテオドアだけはテオとお呼びくださいと言っていたが、全員の紹介が終わったところで本題に入るらしく。イゴールは指を組み直しギョロリとした瞳を七歌に向けると話し始めた。

 

「本日貴女をここへお呼びしたのは、貴女の持つ力と待ち受ける運命についてご説明するためです。既に貴女はご自身に宿る力を自覚しているはずだ。心の具現にして、様々な困難に立ち向かうための仮面の鎧。それを我々はペルソナと呼んでいます」

 

 聞いて七歌はニット帽が言っていたことを思い出す。彼は七歌の守護霊を見てペルソナと呼んでいた。てっきり何かのゲームや漫画で似たような存在がいるのだろうと気にもしていなかったが、イゴールはペルソナを心の具現と呼んだ。

 確かに守護霊を呼び出す際、七歌は精神力を大量に消費して呼び出しているので、心を具現化させていると言えなくもない。

 だとすれば、ニット帽とイゴールが言っていることは同じで、七歌が守護霊と呼んでいる存在は一部でペルソナと呼ばれているようだ。

 

「ペルソナって私の守護霊のこと?」

「はい。愚者“エウリュディケ”、それが現在の貴女の持つ力です。しかし、貴女には複数のペルソナを扱う“ワイルド”の素質がある。我々はそのワイルドの力が十分に発揮できるよう、何らかの形で契約を結ばれたお客人のサポートするのが仕事でございます」

 

 少女の問いに肯定で返すイゴールは、テーブルクロスの表面を撫でて先日七歌が署名した冊子を呼び出した。

 どうしてそれがここにあるのかは分からない。しかし、寮の受付でした署名が契約となって、七歌は今現在ここに呼び出されていることは理解できた。

 なら、もう少しここでの事を聞いても良いだろうかと新たな質問を口にする。

 

「え、じゃあ担当者とかも付くんですか?」

「ええ、勿論。基本的には全員でサポートを行いますが、何かあったときのため担当は設けておきます」

「やった! じゃあ、私はそっちのショートの人がいいです!」

 

 七歌が向いた視線の先にいたのは次女のエリザベス。肩に掛からない程度の銀髪を揺らす美女だ。

 ミステリアスな雰囲気を纏った大人の女性に見えるが、どこか幼くも見えて自分と同じ年なのではとも考えてしまう。

 女性相手に年齢を尋ねるようなマナー違反は犯さないものの、マーガレットよりは歳も近いはずと、彼女に担当を依頼すれば、エリザベスはとても丁寧な仕草で頭を下げてきた。

 

「誠に申し訳ありません。私は既に他の方の担当となっておりますので、七歌様の担当者になることは出来ないのです」

「えー、そっかぁ、残念。じゃあ、マーガレットさんでお願いします!」

 

 長女のマーガレットは背中に届く銀髪を高い位置で纏めた、一目で大人の女性と分かる美女だ。

 ミステリアスな雰囲気で言えばエリザベスと同レベルだが、歳や姉弟での立場の違いか彼女には落ち着きがあった。服装や口調も相まって秘書や厳しい教育係に見えなくもないが、七歌が彼女に担当になってくださいと頼めば、先ほどのエリザベスと同じ内容の言葉が返ってきた。

 

「申し訳ありません、私も既に担当が決まっております。よって、七歌様の担当は愚弟であるテオドアとなりますが、何卒ご理解くださいませ」

 

 それぞれが担当に付けるのは一人だけ。よって、七歌の担当にはフリーのテオドアが付くことになる。

 そういう事なら先に言っておいて欲しかった七歌だが、ここでのルールがそうなら自分は従うまでだと残念そうにしつつも話を受け入れ、それならばとマーガレットとエリザベスそれぞれの担当者について教えて貰うことにする。

 

「なんだぁ……。ねぇねぇ、二人の担当ってどんな人? その人もここに来るの?」

「私どものお客人もたまにお見えになりますよ。ですが、お客人同士が顔を合わせぬよう、こちらからお呼びするときはタイミングをずらしております」

 

 ベルベットルームの住人はそれぞれの客人のことを知っている。両者が希望するならば同じタイミングで呼んでもいいが、そうでなければ顔を合わせても混乱するだけなのでタイミングは常にずらすようにしている。

 話を聞いて七歌はそういうものなのかと感心しつつ、しかし、聞き逃せない部分があったぞと聞き返した。

 

「え? 二人とも同じ人を担当してるの?」

「はい。元々は私だけでしたが、一人では十分なサポートをすることが出来ないと判断し、途中から姉上にもお手伝いしていただいております」

「ずるいよー。私も綺麗な女の人を侍らせたかったー!」

 

 七歌は別に同性愛者という訳ではないが、イケメンな男よりも綺麗な女性といる方が楽しいと考えるタイプであった。

 エリザベスから姉と二人で一人の客をサポートしていると聞けば、自分もそんな羨ましい状況になりたかったと落ち込み、腕を伸ばした状態でテーブルに頬をつけてだらけた態度を取る。

 端から見ていれば中々にユニークだが、一方で彼女の担当になることが決まったテオドアは、自分が未熟だから七歌が落ち込んでいると思い込み、普段以上に真面目な表情で全力のサポートを約束する。

 

「未熟な身ではありますが、出来る限りのお手伝いをさせていただきますので、どうかよろしくお願いします」

「うーん、まぁいいけどね。じゃあさ。前に私が戦ったお化けみたいなのって何か分かる?」

 

 そんなに熱の宿った瞳で決意表明されても、七歌としては別にテオドアに不満があったわけではない。ただ個人の好みで美女二人の方が良かっただけなのだ。

 故に、相手のやる気は買うが、今はそれほど何かして欲しい訳でもないので、とりあえずペルソナやらに詳しい様子の相手に先日の化け物について尋ねた。

 七歌の予想通りならあの化け物はペルソナの同類。人の心や想いが元となって生まれた存在ではないかと睨んでいる。

 その予想はほぼ当たっており、尋ねられたテオドアも質問が自分の知っている事柄だったことで、ホッとした様子で出来る限り分かりやすく簡潔に話す。

 

「あれはシャドウと呼ばれる存在です。現実世界の一日と一日の狭間に存在する影時間に姿を現し、シャドウを倒すことが出来るのはペルソナ使いだけです。ただ影時間に適応しただけでは力が足りず、ペルソナ使いとしての適性を得て初めて物理ダメージも与えられるようになります」

「シャドウに影時間ね。じゃあ、あの高い塔は?」

「あれはタルタロスと呼ばれる物です。もし影時間にタルタロスを訪れたら、そのときは青い扉をお探しください。その扉を潜ればご自分の意思でこの部屋を訪れる事が出来ますので」

 

 ペルソナ、シャドウ、影時間、タルタロス。自分の知らなかった情報が次々と手に入り、七歌はここに呼ばれて良かったと思い始める。

 彼女がここに来られたのは、寮の入り口にいた少年が難解な内容の書かれた冊子にサインを求めてきたからだ。

 あのときの少年もまた日常の存在ではなかったように思うが、このベルベットルームには現実からも来られるらしいので、もしここで帰ってしまっても色々と知る機会はあるに違いない。それなら、今のうちに知っておきたいことをいくつか聞いてから今日は帰ろうと心に決める。

 

「あ、さっき言ってたワイルドだっけ? ペルソナを複数扱うってどうやるの?」

 

 七歌は自分が特殊な才能を有していると言われても、自分の中にエウリュディケしか感じない。これでは複数のペルソナを扱う以前の問題だった。

 ペルソナという超常の存在を複数扱えれば、昨日現われたようなシャドウと戦うときに便利である。そう思って方法を聞くと、今度の質問には部屋の主であるイゴールが答えてくれた。

 

「今後、シャドウを倒したときや精神の変化で新しい力に目覚める事があるでしょう。そのとき目覚めた力、すなわちペルソナを意識して精神の表層へと引き上げれば、ペルソナを切り替えて呼び出す事が出来ます」

「一度に複数は呼べないの?」

「複数同時召喚も理論上は可能です。しかし、ペルソナは貴女の人格の一部を固定化したものであり、一度に複数の人格を表出させられる者などいません。そのため、呼び出そうとしても失敗し、仮に成功しても十分な力が発揮されぬまま人格の統合が上手くいかず廃人となるやもしれません。十分にお気を付けください」

 

 ペルソナは七歌自身の心の一部に姿を与えたものである。一体呼ぶだけで精神力を消耗し疲労を感じるため、二体同時に呼びだそうものなら相応の負担を覚悟しなければならない。

 イゴールの説明ではまず出来ないといった感じだが、それでも理論上可能なら成功する可能性も同時に存在する訳で、七歌はどういった人間なら出来るのだろうかと顎に手を当てて考え込み、こういった存在なら可能ではないかと思い付いたことを試しに聞いてみた。

 

「ふーむ、なるほどねぇ。多重人格の才能があるとかなら出来るのかなぁ。そういうペルソナ使いっていたことある?」

「ええ、しかしその方は人格毎にペルソナを有していました。また、他者の心までも受け入れ己の内に取り込む方もおられましたが、それは己と相手の境界が曖昧になり、自我崩壊の危険性を孕んでいます。ある意味、その方の心が壊れているからこそ出来たと言えるため、参考にはなりません」

「そうなんだ。色々と分かってるんだね」

 

 七歌の思い付いたことはいい線を行っていた。しかし、イゴールの知る一つの身体に二つの精神を宿す少女は、それぞれの人格毎に別のペルソナを所持しており、肉体の支配権をどちらか一方しか手に入れられないこともあって同時召喚など出来そうにもなかった。

 そして、似たようなところで、別の人間の心を自分に取り込み、己を主人格としたまま擬似的な多重人格状態を己の内に展開している青年もいたが、そちらは通常の多重人格より余計に精神崩壊の危険がある。

 なので、負担とリスクが大きいだけの同時召喚を無理に試みようとせず、上手く持っている戦力を使う方法を考えた方がいいとアドバイスし、イゴールは本日の別れの時が来たことを告げた。

 

「さて、そろそろ時間のようですな。最後にこちらをお持ちください。先ほど言った扉を潜る際に必要な鍵です。ペルソナを呼び出すように鍵をイメージしていただければ現われますので、現実世界から来られる際にはその様にお願いします」

「うん。わかった。また何かあったら聞きにくるね」

「ええ、お待ちしております。それではまた、ごきげんよう」

 

 老人の声が徐々に遠く聞こえていき、七歌は瞼を開けていられなくなっていく。

 ベッドで寝たらここに来ていたので、帰るときは逆にこっちで寝るのかもしれないと、暢気に考えて意識を手放せば、ベルベットルームに来ていた七歌は金色の光に包まれ消えていった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。