【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百七十五話 それぞれの研究

6月22日(日)

午後――EP社研究所

 

 普段学校に通っているせいで仕事や研究が出来ない湊は、日曜日は朝から晩までフルに研究所で過ごす事が多かった。

 Eデヴァイスのホログラフィのようなキーボードを高速で叩きながら、湊は目の前の容器に入っている人の腕をアナライズを用いて解析していく。

 容器は機械にセットされており、中は琥珀色を薄めたような色の液体で満たされている。時折、痙攣のように指がピクリと動く事はあるが、その腕は液体に浮いているだけで何かに繋がっている訳ではない。

 長さは一メートル以上、やや筋肉質な男性の物であると推測出来るが、腕しかないというのに血液やらは流れ出ていない。

 しかし、細胞が死んでいる訳ではない事は、時折の痙攣から分かるので、これが何であるかを知らない者が見れば気味の悪いお化け屋敷のオブジェにしか見えないだろう。

 

「こんにちはぁ、入るわよー」

 

 そうやって湊が容器の中身を観察していれば、研究主任のシャロンがトレーを持って部屋に入ってきた。

 彼女は湊の傍までやってくると、何も置かれていない机にトレーを置き、空いていたパイプ椅子を持って来て湊の隣に座る。

 部屋に人が来ても湊はキーボードを叩き続けているが、シャロンが横から顔の前に手を出してくれば流石に動きを止めた。

 

「はい、サンドウィッチよぉ。あんた、食べさせないとずっと仕事してるからね。年下の上司が困ったチャンでお姉さんも大変だわぁ」

「……別に食べなくても一ヶ月以上活動できるって言ってるだろ。それに朝は食べたさ」

「それはラビリスちゃんが作ってくれたからでしょ? 部活に行く前にプー太郎にご飯も出して行くなんて健気よねぇ」

 

 食事をする時間すら勿体ない。そんな風に考える青年は、放っておくと飲まず食わずで一日中働いているので、本人が大丈夫だと言っても精神衛生上よくない周りが、彼に軽食を届けて食べさせるようにしていた。

 一番彼の元へ行くのが多いのはシャロンで、それは彼女と湊が一番今の研究について詳しく、食事休憩中も意見交換という形で仕事をするためである。

 専門的な技術や知識では湊はまだ彼女たちに及んでいない。ただ、徐々に差はなくなりつつあり、さらに解析能力に関して言えば数百億する機械よりも湊の方が上なので、彼でないと分からない問題点を聞くというのは研究を進める上で非常に重要だった。

 差し出されたサンドウィッチを受け取り、続いてお茶も渡された湊が食事のために休憩に入ると、一緒にトレーに乗せてきたコーヒーのカップを手に取って、シャロンがそれに口を付けながら尋ねる。

 

「あんたの腕の成長具合はどう? 今の技術じゃ人工骨格はそれが限界なんだけど、見た感じはちゃんと定着して成長してるわよね」

「ああ、今のところは問題ない。もう少しすれば使えそうだ」

 

 湊が今まで見ていた腕。それは対シャドウ兵器の人間化のため、EP社が技術を結集し巨費を投じて作りあげた新素材人工骨格ベースの生体義手だった。

 腕に限らずEP社では生体パーツを作る際に、まず人工骨格を作りそれに合わせて培養機を組み立てる。

 そして、中を成長促進剤や栄養素を加えた羊水に近い成分の培養液で満たし、人工骨格に培養するための細胞を付けた状態で放り込むのだ。

 実際は細かな調整も必要になってくるが、その調整が出来るのは湊とシャロンのみで、シャロンの助手である武多やエマは安定状態をキープするために設定を多少変える事は出来ても、明らかに数値に異常が出たときは二人を呼ぶ事しか出来ない。

 最初期から関わっている二人が調整を行えないのは、生きた細胞を人工骨格に定着させるため、かなりピーキーな設定で回し続けているからだ。

 それには医者としての熟練の観察眼だけでなく、医療の最前線で生き残り続けるための勘も必要になってくる。

 湊はアナライズで不足分を補い。シャロンは純粋に自分の技量でそれらを可能にしている。

 日本中だけでなく、最近では海外からも難病治療のために人が来る病院で、未だに寿命を除き死亡者ゼロを維持し続けているトップは伊達ではなかった。

 

「順調ならとりあえず骨はこれで良さそうね。あとは脳や臓器まで安定して培養できるかどうかかぁ」

「生命が宿れば終わりだしな。課題は多い」

「まぁ、神様に喧嘩売ってる訳だしね。教会のシスターちゃんが聞けば怒るんじゃない?」

「彼女は俺が人殺しだとも試験管ベビーだとも知ってる。その時点で同情しか向けられないさ」

 

 シャロンの話すシスターちゃんとは、湊がイリスの故郷であるシャテーニュ村の教会から連れてきて、現在は敷地内の教会で働いているシスター・アンナの事である。

 彼女は日本での仕事が楽しいようで、充実した毎日を送りながらときどきシャテーニュ村にお菓子と一緒に手紙を送ったりしている。

 だが、彼女も湊が裏の世界で生きていたことは知っており、数多の人間を手に掛けてきた青年でも悔いて祈りを捧げることは自由だとして、以前、カトリックにならないかと誘いもした。

 もっとも、自分が試験管ベビーという教義に反する存在だと湊が告げたことで、それ以降は勧誘してこなくなったが、今でも会って話をしたり昼食を一緒に取る事もあるのでいい関係を築けている。

 そんな彼女がここでの研究を知れば、人工的に命を生み出すに等しい行為なのでいい顔はしないはず。ただ、湊という既に生を受けている近い存在もいることで、怒りの感情を抱いてやめるべきだと言ってきたりはしないだろうと湊が言えば、湊の主治医になってから彼の生まれや身体について話を聞いていたシャロンが、頭を掻きながらそんな話もあったなと返した。

 

「そういえば、あんたってクローンなんだっけ。ラビリスちゃんとか恵ちゃんにも教えてあげた方がいいと思うんだけどねぇ」

 

 百鬼八雲にクローン体が存在し、クローンの母体になった女曰く湊がそうだという話を知っているのは、名切りのペルソナを除けばソフィア、アイギス、シャロンの三人だけだ。

 細胞を調べれば成長促進剤やらを使った痕跡を発見出来るはずだったが、残念な事に湊の細胞は最適化で再構築されてしまったので、飛騨が過去に施した施術の跡すらも消えてしまっている。

 湊がどのような存在か知っている三名は変わらず接してくれているが、似た立場であるソフィアや医者であるシャロンは理解があるだけで、他の者まで一切気にせず接するかどうかは分からない。

 拒絶される事はまずないので心配していないものの、同情される可能性が高いので、それはそれで面倒だと思っている湊は、シャロンが挙げた二人だけでなく他の者にも出生について話す気はなかった。

 

「話しても混乱させるだけだ。余計な事は言わなくていい」

「そういう男の安っぽい意地で傷付くのは女の子なのよん。そりゃ、患者の意向には沿うし、人道に反しない命令なら部下として従うけどさぁ。話さないってのは信頼してないって事だと思うのよねぇ」

 

 同情されるのが嫌だというのは建前で、実際は拒絶されることを懼れているのではないか。また、彼女たちが相談という形でもそれを他者に話す事を心配しているのではないか。

 湊はいらぬ混乱を防ぎ心配をかけないようにしているつもりでも、実際は相手を信頼できていないだけだろうとシャロンは指摘する。

 それを聞いた青年は相手をジッと見ながらサンドウィッチを飲み込み、トレーにのったカップに手を伸ばすと、お茶で喉を潤してから言葉を返した。

 

「……その通りだ。俺はラビリスやアイギスの事だって信頼はしてない。信じて頼ってもろくな事がないからな」

「あーあ、言っちゃった。それ聞いたら泣くわよ、絶対。あんたと並んで歩きたい子にしたら一番残酷だもの」

 

 シャロンは指摘しておきながらも、少女の事を考えれば湊だけはそれを口にしてはダメだろうと嘆息する。

 彼は必要な技術や知識を得るためには他者を師事したりもするが、それは酷く冷めたビジネスライクに近い関係で接している。

 誰かを頼らないのは何かあれば結局自分が動かなければならないので、最初から期待するだけ無駄だと割り切っているからだ。

 久遠の安寧との戦争中に人の汚い部分をずっと視続け、生かす価値があるのだろうかと疑問を持って、未だにその疑問は消えていない。

 だからこそ、湊は他人に期待を寄せたりしないし、相手の能力を最低限のラインでしか信じないのだ。

 酷く冷たいと発言について責められた湊は、空になったカップをトレーの上に置き。休憩は終わりだと再びキーボードを叩きながら答える。

 

「問題ない、信用はしてる。それに裏切られても別に恨んだりはしない。ただ現実として受け止めるだけだ」

「あんた、言葉の意味を辞書で調べ直してきたら? そういう事を平然と口にしてる時点で信用も出来てないわよ。大切に想ってて親愛の情を向けてるのも分かるけど、あんたって相手を理解する気ないの?」

 

 裏切られて傷付くのは相手を信じていたからだ。だというのに、それをただ現実として受け止めるなど、最初から裏切られる可能性を頭に置いていたからとしか思えない。

 口では信用していると言いながら、欠片も信じているとは思えない青年に、シャロンは衝突したり手探りでも相手と本音でぶつかって理解し合おうとは思わないのかと問う。

 すると、青年は視線をメガネのレンズに映る画像の方から外さず、読心能力のおかげで既に理解しようとする必要がない事を告げた。

 

「本人以上に相手の事は分かってるさ。過去も含めて全て解かるんだから」

「記憶の読み込みによる他人の人生の追体験とか興味はあるけど、実際にやってみるかって聞かれたらお断りだわ。それやっちゃうと自分と相手の線引きが出来なくなって自我崩壊を起こすもの。他人の心を視続けて自我を保つってホントに異常なことよ」

 

 湊の読心能力は深度をあげれば、本人すら忘れている記憶を当時の感情や五感への刺激なども含めて読み取る事が出来る。

 それは相手の人生の追体験に等しく、記憶の中では自分も相手と同じ体験をしたこともあって、視続ければ自分を相手だと思いこんだり、自分は本当に自分なのかと自信が持てなくなり自我崩壊を起こす。

 彼が自我崩壊を起こさずにいることは喜ぶべきことだが、人としては異常でしかないので素直に喜ぶ事も出来ず、シャロンは残っていたコーヒーを一気に呷ると雑談を切り上げ仕事の話に戻った。

 

「まぁ、そういう話は別にいいんだけどさ。全身生成(フルオーダー)の最初のテストベッドはあんたでいいの?」

「ああ、他の二人よりも俺の細胞の方が強いからな。データ取りには適してるだろ」

「あんたの細胞で上手くいっても他の二人の方じゃダメってパターンも考えられるけどね。ま、データ取るなら参考になる事もあるし、別に構わないんだけどさぁ」

 

 アイギスとラビリスは、それぞれ人格モデルとなった少女の細胞を使って生体パーツを作る。

 細胞の核を黄昏の羽根に交換するにしても、一般人の細胞がベースということもあり強化には限度があった。

 その点、神の血を濃く受け継いでいる湊は、細胞一つとっても生命力が桁違いなので培養ペースも速く、データを取るためだけに多少無茶なことをしてもギリギリまで耐えられる。

 湊の細胞で無理ならその技術を一般人の細胞で行うことは不可能で、仮に無理だったとしてもギリギリまで耐えて経過のデータを多く採れるというのは、研究者にすればマウスよりも有用なサンプルだと言えた。

 細胞の持ち主もその事は理解しているため、データが多ければ多いほどアイギスたちの肉体を作る本番に活かせるので、血や肉が欲しいならいくらでも提供しようとすら思っている。

 もっとも、いくら湊の傷が高速で治癒すると分かっていても、医者であるシャロンは怪我を負う事や血を流すこと自体をよく思っていない。

 なので、本人が協力しようとしても必要な分以外は全て断っており。今日のように様子を見に来ては無茶をしていないかと目を光らせている事もあって、他の研究員たちは湊の異常さを恐れずに研究に集中できていた。

 部下たちのメンタルケアは上司として当然だが、上司の世話までしなければならないシャロンは中間管理職の面倒さに絶賛悩み中だ。もっとも、研究は楽しいので文句ばかりではないが、たまには皮肉の一つでも言いたくなるので、椅子から立ち上がってトレーを持った彼女は去り際に言葉を残していく。

 

「じゃあ、ペットにエサもやったし。私は帰るわね。ちゃんと休憩しなさいよぉ」

「……三ヶ月間、報酬四十パーセントカットだ」

「あーあ、労基に駆けこまなきゃー」

 

 上司への敬意が足りないとして青年が減俸を告げれば、シャロンは冗談を言いながら楽しそうに口元を歪ませる。

 他の者たちは彼を遠巻きに見ている感じだが、冷たそうな見た目に反して、いじれば結構面白い反応を返してくるのだ。

 その反応からは少しだけ子どもらしさも感じられ、やっぱり子どもはこうでなくてはと、シャロンは楽しそうに部屋を出て行った。

 

深夜――巌戸台・某所

 

 巌戸台の外れも外れにある建物の地下を改造し、幾月修司は自分用の研究所を密かに作っていた。

 彼の専門はシャドウの研究。ポートアイランドインパクトの後はペルソナと人工ペルソナ使いの研究も行っていたが、本職はシャドウの研究で性質の分析から、アルカナ毎に見られる特徴などを細かく分析し、今では桐条の研究グループであるラボよりも数歩先をいっている。

 そんな男が深夜の研究室で何をしているかというと、現在自分が進めているデス・アバターのプロトタイプの様子を観察していたのだ。

 彼の視線の先にある巨大なケースの中には、タナトスたち普通のペルソナと同じ大きさながら、地面に着くほど長い腕をした細身のシャドウが入っている。

 細く長い手足、背中には折りたたまれた蝙蝠の様な羽、頭部はベルトの様な物が何重にも巻き付きその上から刑死者の仮面を被っている。その姿はまさに悪魔と言ったところか。

 シャドウは灰色の鎖で身体を縛られ、腕には同じ色の枷を付けられている。これは影時間の研究を進めていく中で発見された副産物で、ペルソナやシャドウの波動を阻害し力を抑える働きがある。

 仮にこれを使ってペルソナ使いを捕えれば、相手は集中力が乱れた様にペルソナを呼べなくなる。

 もっとも、阻害効果は素材の量で変動し、さらに無効化するのではなく抑えるだけなので、一定以上の強さを持つ者には効果はなく、黄昏の羽根並みに貴重なこともあって大量に用意する事は難しかった。

 ケースの中にいるシャドウは全身を縛る様に鎖を巻かれ、腕を枷で封じていることもあり、拘束具の量を考えれば一般的なシャドウとは異次元の強さだということになる。

 強力なペルソナ使いである娘と理がいない状態で、そんなシャドウを作り出しているなど危険極まりないが、シャドウを見る幾月の表情は真剣そのもので、一切の恐れも怯えも抱いていなかった。

 

(ふむ、計測された数値を基に考えれば破格の強さを誇る個体が出来た。しかし、実際に外に出した際に肉体を維持出来るか分からないな)

 

 幾月が複数のシャドウを合わせて作った個体の名は刑死者“ダイモーン”。

 九年前、大量のシャドウを集めて融合させた事で生まれたデスが湊の手に亘っているため、来たるべき滅びの日を迎えるための保険として研究しているデス・アバターの研究個体だ。

 ダイモーンはあくまでプロトタイプで本命ではない。これはどのアルカナ同士を組み合わせれば目的のアルカナになるかを調べ、力や速さなど似た性質の者同士を合わせれば能力が引き継がれるかを調査するために作ったものだった。

 結果的に言えば、シャドウは似た性質同士を掛け合わせても意味がなかった。

 正確には強い個体に他のシャドウを食わせれば、食べたシャドウの能力をいくらか吸収するため、掛け合わすよりも蠱毒の様な方法を取った方が効率的だったのだ。

 古代では昆虫だけでなく蛇や蛙など小さな生き物を指して虫と呼んでいたが、百種の虫を用意して一つの容器に閉じ込め、互いに食わせあって最後に残った物が神霊として祀られるのが蠱毒という儀式である。

 ペルソナは神や悪魔など神霊の名を冠している物が多いため、本質的には同一であるシャドウも、蠱毒と同じ方法でもって神霊に至ろうとするのかもしれない。

 研究の途中で改めてシャドウとペルソナの興味深さを感じた幾月だが、発見した方法では強い個体は作れても、狙った能力を持った個体を作るのは難しいという問題を抱えている事に早期に気付いていた。

 問題に気付いていた幾月がいま進めているのは、狙った能力を持った個体を生み出す方法の研究で、その傍らで食わせたシャドウの量と強化レベルの計測もしている。

 ただ、計測で分かるのはあくまで適性値から読み取れる強さでしかない。適性値が低くても一点集中型のスキルを持っていれば格上に勝つ事も出来る。逆に適性値が高くてもスキルが弱ければただの体力馬鹿でしかない。

 玖美奈と理がいればもう少し早い段階で実戦データが取れたのだが、二人は理のスキルアップ名目で二年間海外で暮らしている。

 呼べば帰って来てくれるだろうが、これほど強化してしまったシャドウの実戦データは地下の研究所では取れないので、それなら呼ぶ意味もないからと幾月はデータを取る方法に悩んでいた。

 

(あまり気は進まないが、やはりこいつを外に放った方が早いか。真田君と桐条君だけでは勝てないだろうが、そのときにはエヴィデンスも出てくるだろう)

 

 ダイモーンの強さは数値的にはモナド級である。学校の検査で適性値十万に達している湊ならば勝てると踏んでいるが、残念ながら桐条側のペルソナ使いらでは戦いで生き残れるかも怪しい。

 彼らにはまだまだ生きていて貰いたいので、湊が参戦してくれることを祈るしかないが、そこで幾月は彼の傍にいる少女たちのことを思い出した。

 

(そういえば、エヴィデンスの下には被験体の少女だけでなく五式までいたか。何故、封印されていたはずの五式がやつの下にいるのかは分からないが、ご当主に動く気がないのなら仕方がない。あれにも兵器としての仕事を全うして貰おう)

 

 幾月は対シャドウ兵装シリーズの開発にも関わっていたので、五式ラビリスの開発から封印までの流れも知っている。

 正式採用された機体の姿も覚えていたので、ラボの方から送られてきた月光館学園に通う生徒たちの適性検査の結果を見て、相手が間違いなく五式ラビリスであることにも気付いていた。

 彼女が封印されることになった脱走事件では、ペルソナを覚醒しかけたと聞いており。それにしては適性検査の数値が高かったので、現在ではペルソナを獲得しているものと思われる。

 それならば、相手のペルソナを把握しておくためにも、ラビリスには是非参加して欲しかった。

 ダイモーンは背中に羽が生えているので、解き放てば影時間の空を自由に飛ぶに違いない。現在、この街で飛行能力を持っているのは高同調状態になれる湊しかいないので、多機構ユニットである戦斧の推進器を使って飛べるラビリスがいるのは好都合だ。

 チドリのペルソナは魔法特化タイプなので後方支援に向いており、湊側のペルソナ使いたちはダイモーンと相性がいい者が揃っている。

 格闘と魔法のバランスタイプである美鶴たちでは援護すら出来なくとも、他の三人が戦えば適性値から見ても負けるとは思えなかった。

 

(ダイモーンの性能テストが出来れば十分だが、向こうの手札が分かれば今後の対策も立てられる。適性値でそれほど差のない玖美奈だけでなく、上回っている結城君でも、何故だかエヴィデンスに勝てる気がしない。それは複数同時召喚による特異性だけが原因ではないはずだ)

 

 難しい表情をしたまま手元の機械を操作し、透明だったケースの表面を鏡状態にして幾月は部屋を出ていく。

 彼の計画は未だ桐条にもばれていないが、本来誰にも止める事の出来ない最終段階まで進もうと、湊ならばどうにかして防いでしまうのではという嫌な予感があるのだ。

 現在、ワイルドの能力を持っている人間は三人いて、それはエルゴ研で研究員らにその力を見せた湊、自分の居場所を奪われたと湊に憎しみを向ける結城理、黄昏の羽根を身体に埋め込むことで能力を増幅拡張させ力を手にした幾月玖美奈の三人だ。

 後者の二人はベルベットルームのバックアップがないため、ペルソナは自分で目覚めさせないといけないなど不便な点もある。

 ペルソナの切り替えや高同調状態になれるなど、総合的には同じ力を持っているので対抗し得ると思えるが、複数同時召喚だけは研究し訓練を積んでも未だに出来る兆候すらなかった。

 これはベルベットルームの住人も言っていた事だが、複数同時召喚やミックスレイドはワイルドの究極奥義でありながら、扱う者の才能だけで使えるかどうか決まるらしい。

 将来ワイルドに目覚める少女や、さらに先の未来でワイルドに目覚める少年も、ミックスレイドの才能は持っていないので実質湊だけの技である。

 デスというシャドウの王を身に宿した事によるブーストも、複数同時召喚やミックスレイドの件については関係なく、ワイルドの力を手にした青年がそれをさらに活かす才能を持っていた事は運命としか言いようがなかった。

 ただ、幾月が不安を抱いている理由は複数同時召喚の差だけではない。エルゴ研にいた当時、少年だった彼は一夜で百人を超える大人を殺して見せた。

 建物を崩落させぬようペルソナも使わず、銃で武装した者らを相手に殺戮の限りを尽くした少年に、幾月はデスと同じ具現化した死のイメージを持ったのだ。

 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるのではなく、狂えないならいっそ死んでしまいたいと思わされるような明確な死のイメージは、本人が意図して出しているのなら、死を意識して召喚するペルソナに他者よりも多くの力を注げることになる。

 適性値はあくまで保有するエネルギー量、最大瞬間出力が高い方が威力を出せるので、幾月としてはダイモーンとの戦闘で彼の最強の一撃を見られればと淡い希望を抱いていた。

 

(エヴィデンスの力の解放は街の一角を灰塵に変えるだろう。ダイモーンの力も未知数となれば、街中で解放するのは危険だが。アレはペルソナ使いを狙いにいくはず。桐条君たちかエヴィデンスか、どちらを先に狙うかで状況も違ってくるな)

 

 美鶴たちとダイモーンの邂逅は、美鶴たちの生存の心配だけしていればいい。だが、湊とダイモーンの邂逅は、邂逅ではなく衝突になってくる。

 ダイモーンは格闘スキルだけでなく魔法スキルも備えている可能性が高いため、戦闘は遠距離での撃ち合いに発展するかもしれない。

 都心でそんな事をすれば甚大な被害を及ぼすこともあり、幾月はダイモーンを解き放つ日と場所を慎重に決めねばならないと考えていた。

 

 

 


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