【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第六章 -Previous step-
第百六十七話 高等部入学


4月6日(日)

夜――湊自宅

 

 中学卒業の日、神降ろしの発動で一度は肉体を分解された湊だったが、その後、病院で精密検査を受けても問題らしい問題は見られないという検査結果が出た。

 何か身体に違和感があるかと尋ねても本人は何もないと言っていたので、肉体分解後の再構築までが神降ろしの正しい手順だったのではと推測されるも真相は謎である。

 元々、神降ろしは茨木童子と赫夜比売が、子を母と同じ神の位相へと辿り着かせようと思って始めた事だ。子により善きものをという親の愛で始まった行為は途中から儀式となり、さらに進んで一族の悲願となって名切りの一族全てを巻きこむ呪いと化した。

 母から神の力を受け継いだだけで人と同じ生まれ方をした彼女たちは、人が神になるということを甘く見ていたのだ。

 人は鳥にはなれない。こんな事は誰だって知っている。人が神になるのも同じ事だ。

 神の力を受け継いでいようと人は人である。何をしようと別の存在にはなれない。

 湊が神降ろしを成功させるため、肉体を完全に分解されたことでようやくその事に気付き、一度は湊の死を覚悟したものだが、青年は神との完全な融合を果たし肉体を再構築して神降ろしを成功させた。

 家に帰って寝ているときに心の世界に呼ばれ、湊は名切りのペルソナや自我持ちらに酷く心配されたが、それも既に先月の事だった。

 ダイニングのテーブルのところでノートパソコンを使って仕事をしていると、廊下の方からパタパタと走る音が聞こえてラビリスが部屋に入ってきた。

 

「湊君、湊君。着方これであっとる? おかしなとこない?」

 

 現れたラビリスは月光館学園の制服を着ており、その表情はとても嬉しそうである。

 あの日、シャビリスとして目覚めた彼女だったが寝て起きたら元に戻っていた。

 シャビリスが何をしていたかは中から見ていたらしいが、相手が出ている間は意識を覚醒して肉体の支配権を取り戻せなかったという。

 最初から二重OSの可能性を指摘されていた事で、彼女も湊と一緒に精密検査を受けたが身体に変化は見られなかった。

 単純にラビリスの意識が落ちたり精神が不安定になれば、もう一つの記憶野に宿るシャビリスの方へ支配権が移り易くなり、事が済めばメインであるラビリスに戻るらしいが、支配権を奪うかどうかはシャビリスの気分次第になる。

 対策として意識が落ちたときにシャビリスの宿る第二記憶野への電力供給を抑えるという案も出されたが、ラビリスが精神干渉スキルを受けてしまったとき、第二記憶野にいるシャビリスならばスキルの影響を無視して戦闘続行かもしれないと湊が言った事で保留となった。

 また、いっそのこと取り外して同型ボディにシャビリスを入れ、ラビリスとシャビリスで双子にしてはという意見もあったのだが、シャビリスはラビリスと精神の一部を共有している。

 二人は別人格だが元はラビリスの正と負の感情という形になるので、シャビリスを切り離してしまうとシャドウが抜けたようになり、ラビリスが精神に異常をきたすかペルソナ能力を失う可能性がある。

 故に、分離計画も見送られる形となったが、幸いなことにシャビリスはとりあえず湊の傍にいて危害を加えないという考えでいる。桐条グループの人間に会えばどうなるか分からないが、先日、湊が会ってすぐに意識と記憶を飛ばした美鶴を見ても何もしなかったので、現状維持で様子を見つつラビリスの生活に影響があれば改めて考えるという事になった。

 そうして、シャビリスに関する問題もとくに起こらず、明日は待ちに待った高校の入学式。

 春休みの間に中等部の離任式があって佐久間と櫛名田が揃って別の学校へ行くことになったが、二人と同じように湊もある意味新天地といえる場所へ移るというのに、早速の仕事を頼まれ新入生代表の挨拶をするように言われている。

 しかし、入学式自体は中学校の時と変わらない内容だったので特に何も用意していない。反対にラビリスは憧れの学校に初めて通うということで、数日前からずっとそわそわとしており、前日の夜になったときには楽しみ過ぎて興奮しっぱなしであった。

 遠足前の小学生じゃあるまいし、湊としては仕事中で相手をするのが面倒なのだが、基本的に甘い彼は視線を彼女に向けると上から下まで眺めて答える。

 

「……リボンは輪の部分を少し大きめに、スカートはもう一センチ短くていい。その方がバランスもよく健康的に見える」

「そうなんや。えっと、こう……こんな感じやろか?」

 

 スカート丈を短くしろと言えば変態だと思われる。だが、この青年には下心がない。

 なにより、途中から全て自分で作ったことで彼女の身体で触れてない部分などないのだから、基本的に毎日一緒に風呂に入っていることもあって、スカートを一センチだけ短くしろといったところで気にするなど今さらである。

 彼の言う通りにリボンとスカートを調整したラビリスは、部屋の隅にあった姿見で調整後の姿を確認する。

 言われた通りの状態にすると確かにバランスが良く、丈が短すぎる事もないので健康的な魅力を振りまいていた。

 今の状態をしっかりと記憶しておこうとメモリにデータを保存してから、ラビリスは再び湊の元へと戻ってくると浮かれて興奮気味に話し出す。

 

「ついに明日やなぁ。ウチ、何組になるんやろか。湊君とかチドリちゃんと同じクラスがええんやけどランダムやもんね」

「……そうだな」

 

 正確に言えばランダムではなく成績順である。なるべく学力が均等になる様に振り分け、素行の悪そうな者がいれば同じクラスにまとめるか逆にばらけさせ、管理し易い方法か集団にさせない方法を取る。

 もっとも、今年は湊がいるので学校側もそういった事は余り気にしていない。身長一八〇センチオーバーで鍛えられた肉体を持った男がいれば、相手がアクセサリーを多数身に付けた不良にしか見えない事もあって大概の者は目を付けられないよう大人しくする。

 相手をデカイだけと侮れば地獄が待っているため、いきがった愚か者がいればそれはそれで見せしめとして機能するのだ。

 もし仮に湊が動かなくても彼のファンクラブである“プリンス・ミナト”が密かに動き、相手の素性から素行まで全てを丸裸にして馬鹿な真似をさせないようにするので、学校側としては湊が入ってからの方が生徒の素行がよくなって助かっていた。

 それ故、ラビリスはどのクラスになっても心配することなどなく、見た目や人当たりの良さもあって多数の友達を作れるに違いない。

 もっとも、新入生代表としてのスピーチがあって入学式の打ち合わせに参加していた彼は、既に本年度の全クラスを把握している。一年生だけでなく他学年も知っており、今ここでばらしてもいいのだが楽しみを奪うのも可哀想かと黙っていた。

 

「部活も色々と見て回ろう思うとるんよ。セーフティーモードなら他の人らと同じくらいしか力も出ぇへんし。学習能力も人と同じように設定されとるから一緒に練習できるやん」

「……そうだな」

 

 何年も前の桐条製の安全装置はまるで信用できない欠陥品だったが、最新のEP社製ボディでは細かな刺激も感知できるように組んでいるため、機械としての性能をフルに使えば百分の一ミリ単位で肉体を制御出来る。

 人として過ごしているときには流石にそこまでは無理だが、同じように発揮される力を細かく制御できるため、しっかりとセーフティーをかけると男子と腕相撲しても勝てなくなるほど力を抑えられた。

 そんなことは作った本人の方がよく知っているので、ニコニコと笑ってどんな部活があるかと想像を膨らませている少女へは適当に返し、湊はパソコンのキーを叩いて仕事用の連絡メールを打ち込む作業に戻る。

 

「あ、ウチな学食とか購買ってのも利用してみたいねん。カレーうどん? とか焼きそばパンがあるんやって。すごい人気で争奪戦もあるとか」

「……そうだな」

 

 けれど、ラビリスは湊の反応がとりあえずは返ってきている事で話を続ける。

 湊は実家暮らしのときは桜の作った弁当を食べていたが、最近は面倒だからと買った菓子パンを食べていた。

 ラビリスが弁当も作ろうかと言ってきた事があったが、そういう手間をかけさせない湊は断って学校に行く途中や購買で買う事にしていた。

 彼女もこれから通うようになるのなら、交代制で弁当を作ってもいいかもしれない。しかし、しばらくは学校生活を楽しみにしている彼女に合わせて、湊も一緒に購買のパンや学食で過ごすことになりそうだ。

 学校での昼ご飯に大して関心のない湊にすれば、ラビリスの好きにしろといった感じではある。それを口に出すと相手が傷付くので黙っているが。

 

「そうや、持ち物もちゃんと確認しておかな。家に取りに帰れへんし、購買で買える物は限られとるもんな」

「……そうだな」

 

 話題をころころと変えて話していたラビリスは、部屋に戻って鞄を取ってくると入学案内を見ながら必要な物が揃っているかを確認する。

 月光館学園は有名私立にしては珍しく鞄や靴に指定がない。制服もインナーに関しては自由であったり、生徒の自主性に任せている点も多い。

 そんな中でラビリスが持っているスクールバッグは自分の人格モデルになった少女の両親、ラビリスから見れば祖父母とも言える二人から入学祝いに贈られたものだ。

 以前会ったのは祖母だけだったが、高校の合格を報せる際に祖父とも面会して食事をした。

 声や話し方など人格モデルの少女との共通点の多いラビリスは、二人にすれば娘が生きているように感じられるらしく、彼女がロボットであると聞いても優しく受け入れてくれた。

 そして、明日は二人も見に来てくれると言っていたので、ラビリスもただ自分が楽しみなだけでなく、優しい祖父母に自分の晴れ姿を見て貰おうと気合十分である。

 持ち物に不足がないと確認した彼女は、鞄のファスナーを閉めて立ち上がると、パソコンから目を離さずにずっと答えていた湊をジッと見つめて声をかける。

 

「なぁ、話ちゃんと聞いとる?」

「……聞いてるよ」

「そっか。それでな、通勤電車とかって大変やって聞いてるんやけど」

 

 ちゃんと話を聞いてくれているか確認すれば、湊がこれまでと違う返事をしたことで、ラビリスは深く考えずに納得して話を続けた。

 既に入浴や夕食を終えて寝る前の時間なのだが、ここ最近のラビリスはずっとこの調子で、前日の今日は特に酷くて湊としては話自体に飽きている。

 青年はそもそも高校に通う気はあまりなかった。数多の戦闘を経験し、それらを己が力として研磨し、研ぎ澄まされた刃の如く一つの個として遥かな高みに至った。

 青年の肉体は自立進化を可能としており、人としての形を保ったままより善きものへと成長を続ける事が出来る。故に一生完成する事はないが、現状、学校に通ったところで得られる物など何もない。

 人との関わりを得られる場所だとはいうが、湊の築いてきたコミュニティは、相手が湊を理解できないために永遠に極まる事がない。

 思い出作りに興味のない湊にとって、コミュニティすら成長させられないのでは学校に通う価値などなく、EP社で研究を進めていた方が何倍も有意義な時間が過ごせると思っていた。

 最近になってようやく生体パーツ用の人工骨として使える物が出来てきたのだ。巨費を投じて新しく素材を作ることになったが、身体に入れた際に拒否反応が極めて出にくいということで、生体パーツ用でなくとも医療に応用できそうだとシャロンも期待を寄せている。

 そうして研究も軌道に乗り始めたというのに、どうして時間を取られるだけの学校に通わなければならないのか。

 思っても少女のことを考えて言わないでいる青年は、これでは仕事にならないなと今日は諦めて寝ることにした。

 

「……ラビリス、そろそろ寝よう。明日は遅刻したら大変だ」

「あ、ホンマや。もうこないな時間やったんやね」

 

 時刻は十一時四十分を回っている。もう少しで影時間だが影時間に慣れて疲労を感じなくなっているペルソナ使いにすれば、他の者よりも一時間多く寝られることになる。

 ここから学校までは徒歩と電車で合わせて四十分ほどかかるので、電車に乗り遅れれば遅刻が確定する事もあって、湊はちゃんと寝ておこうと寝室へラビリスを誘う。

 同意してついて来たラビリスは自室に鞄を置いて、しわにならぬよう制服を脱いでパジャマに着替えると、部屋にノートパソコンを置きに行っていた湊と一緒に寝室のベッドに寝転んだ。

 

「あー、楽しみやなぁ。生徒は九時までに教室に集合で、入学式は十時から講堂でやんな?」

「ああ、張り出されているクラス表を見て教室に行き。そっちで一連の流れを聞いたり、入学式用のコサージュを受け取ったりするんだ」

 

 新入生は全員が胸にコサージュを付ける。新入生代表である湊だけは少し豪華なコサージュだが、それでも制服に飾りを一つ付けただけで、他の生徒も随分と立派に見えるのだから効果は絶大だ。

 入学式の流れが全て頭に入っている湊がそれを伝えると、ラビリスはそうなのかと感心して毛布を胸元まで引き上げた。

 これで彼女も寝るだろう。そう思った湊は相手が寝てから起きて仕事の続きをしようと考えて目を瞑る。けれど、寝るとばかり思っていた相手はまた話しかけてきた。

 

「なあなあ、部活の見学って明日からでも出来るんかな? 体験入部は後からやろうけど先に見学しておいたらイメージも持ち易いと思うんよ」

「……出来ない。明日は解散後に入学式の片付けがあるから全部活が休みなんだ」

「そうなんや。なるほどなー」

 

 入学式は看板を置いたりそこらを飾りつけたりしているので、翌日の始業式のために外したりなど片付けをしなければならない。

 私学だけあって保護者も来る学校行事には力を入れており、その分飾りの数も多かった。

 部活動をしている者にも片付けを手伝って欲しいほどなので、その日は在校生に午後からボランティアを頼んでおり、在校生と教師らで一斉に片付けをする事になっている。

 なので、見学したくても活動する部活がない。そう言われてラビリスは納得して頷いた。

 同じフレーズをアイギスも言っていたような気がするが、別に同じ口癖を持っていても気にしない湊は再び寝ようとする。

 相手は遅刻したら大変だと分かっていて、普段は規則等を守るクラス委員タイプの性格をしている。そういった性格ならちゃんと状況を理解して眠るだろうと思っていれば、

 

「なあなあ、他の子から連絡先聞かれたら普通に教えていいんかな? ほら、初めが肝心でアドレス交換するなら初日とかって聞くやん。ウチももしかしたら聞かれるかもしれんし、そういうときは教えていいんやろか?」

 

 ラビリスは湊の腕を掴んで身体を揺らしながら再び尋ねてきた。

 そんなのは勝手にすればいい。湊のように仕事の連絡が入る訳でもないので、明らかに信用出来ない相手でもなければラビリスが自由にすればいいのだ。

 まして、明日でも話せる事をいま寝る前に聞いておく必要はない。湊は普段よりも声のトーンを一段落としてさっさと寝るように告げる。

 

「……ラビリス、寝ろ」

「うん、ちゃんと寝るで。でな、色々と生徒にも役職みたいなのあるんやろ。委員会とか生徒会っていう。ウチもそういうのやってみたいねん」

 

 殴りたい、その笑顔。相手に悪意がないのは分かっているが、湊は一瞬意識を刈り取ろうとしかけた腕を必死に押さえつけて我慢する。

 もう少し、あともう少し話せば寝るはず。湊はそうやって自分に言い聞かせて、何度も相手に寝るように言いながらも話を聞き続けた。

 そして、彼女がようやく寝たと思ったときには、時刻は既に朝の四時を回っていたのだった。

 

 

4月7日(月)

 朝――湊自宅

 

「もう、なんで起こしてくれへんのよ!!」

 

 翌日、朝からラビリスは半泣きになって学校へ行く準備をしていた。髪を梳かしてポニーテールに結い上げ、制服がしわにならぬよう注意しながら急いで袖を通す。

 現在の時刻は八時十五分。九時に教室集合でここから学校までは約四十分かかるというのに、ラビリスは準備にもう少し時間がかかりそうであった。

 彼女が慌てている理由は単純に寝坊したから。目覚ましはセットしていたのだが、寝るのが遅かったせいで鳴ったことに気付けなかったという訳だ。

 そうして、目を覚まして時計を見ると時刻は既に八時を回っており、隣でスヤスヤと眠っている青年の腹に拳を振り下ろして無理矢理に起こしながら支度をしていた。

 起こされた青年は普段以上に顔から表情が消えており、準備はラビリスよりも早く終わっていたので、テレビのニュースを眺めながらコーヒーを飲んでいる。

 そのゆったりした姿がムカついたのか、ラビリスは定期券と財布をポケットに入れながら湊を怒鳴りつけた。

 

「このドアホ! なに呑気にコーヒーすすっとるんよ。次の電車は三十分で遅刻確定やのに急がんでどないすんの!」

「……遅刻確定なら急いでも意味ないだろ。それに寝坊は君が朝の四時まで俺を寝させなかったからだ。影時間前から遅刻しては大変だから寝ろと何度も言ったのにな」

 

 湊は何度も寝ろと言った。途中から数えだしたが二時から四時になるまでに一一八回は言ったのだ。

 それでも寝なかったのはラビリスで、湊は彼女が寝てからしか眠れなかったので、さらに睡眠時間は少ない。

 これで自分を責めるのかと湊が普段よりも真剣な目付きで言えば、相手が少し怒っていると流石に理解したラビリスは反省し、とても申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ご、ゴメン。けど、ホンマに時間ないんやって。入学式から遅刻やなんて最悪やぁ……」

 

 せっかく楽しみにしていたのに初日から失敗してしまった。一生に一度の晴れ舞台。来年高校に入り直せば入学式も経験できるが、湊たちと同じ学校に通えるというのに、それを捨ててまで入学式のためだけに学校に入り直したくはない。

 自分のせいだとしてもショックを隠しきれず、ラビリスが今にも涙を流しそうになったとき、テーブルにカップを置いた青年が口を開いた。

 

「まぁ、“電車なら”確実に遅刻だろうな」

 

 そういった青年は胸の内ポケットからパスケースに入った一枚のカードを取り出した。

 一瞬それが何であるか分からなかったラビリスも、次第に焦点があって物を認識すれば、確かにそれを使えば遅刻せずに済むと顔を輝かす。

 

「湊君!!」

「準備が終わったなら行こうか。遅刻しないために」

 

 荷物は持った。戸締りやテレビを消すのを忘れず部屋を出ると、二人は学校に向けて出発した。

 

***

 

 時刻は八時四七分。月光館学園高等部に集まった部活メンバーと元生徒会メンバーは、保護者に先に講堂へ行っておいてくれと告げて湊らを待っていた。

 つい十分前に順平もやってきて湊らを待っていると告げれば、なら自分も一緒にと待ち始めたが、八時半に集合をかけていたというのに二人は一向にこない。

 何度もメールや電話で連絡を取っても相手から返事はなく。揃って寝坊しているのではと半分が呆れ、半分が心配そうな顔をしていた。

 

「もういいんじゃないか? 時間を守れないようなやつを待って、お前らが遅刻しては意味がないだろう」

「でも、兄さん。今回は、そのぉ、有里君が新入生代表の挨拶をするんです。彼がこないと入学式が……」

「なっ!? あいつ、美紀たちの晴れ舞台をっ」

 

 首から一眼レフカメラを提げた真田が顔を怒りに歪める。彼は妹の入学式の写真を撮りに来たのだが、美紀たちが教室に入ってからでも講堂へ行くのは間に合うと一緒に待っていた。

 しかし、全員が湊待ちだと聞いていたところへ、さらに入学式にまで影響が出ると聞けば我慢の限界だった。

 来たら殴る。顔はマズイので腹に一発入れる。そう心に決めてシャドーを始めた。

 妹の入学式を楽しみにしていた彼が怒る気持ちも分かるが、他の者たちとしてもいくらなんでも遅すぎると苛立ち始めていた。

 待っているメンバーは揃ってクラス表を見ようと思っていたのでまだ見ていない。彼が来てからクラスを探すと本当にギリギリになってしまうので、いっそクラスだけは先に探しておこうかと思ったとき、車体を大きく傾けて曲がりながら黒いバイクがすごい速度で入ってきた。

 音が聞こえて生徒や保護者は一斉に道を開けているが、入ってきたバイクは校舎の入り口の辺りまでやってくると、タンデムシートに乗っていた女子を降ろして入り口脇にバイクを止め、運転していた者もバイクを降りてヘルメットを脱いだ。

 

「ほら、間に合っただろ」

「うん! 良かったぁ。寝坊したときはホンマにどないしようかと思ったわ」

 

 脱いだヘルメットをロックに掛けて、二人は他の者の前にやってくるとラビリスが輝くような笑顔で挨拶する。

 

「遅れてすみません。皆、おはようございます」

『お、おはようございます』

 

 余りに綺麗な笑顔を浮かべるものだから、一同は呆気に囚われていたこともあって素直に挨拶を返してしまう。

 だが、色々と突っ込み所がある。バイクで来たのは寝坊で電車に乗り遅れたからだろう。そこは理由として納得できるものの、何故高校生が入学式の日からバイクに乗って来るんだといち早く復活したゆかりが大声を上げた。

 

「じゃなくて、なんで君はバイクに乗ってんのよ! てか、免許は!?」

「俺の誕生日は四月五日だ。誕生日の日に飛び込みで受けて取ってきた」

 

 そういって湊は内ポケットからパスケースに入れた免許証を取り出す。確かに本物のようで発行日は彼の誕生日である四月五日になっている。

 誕生日は午後からお祝いをしていたというのに、その前に朝から試験場に行って免許を取っていたと聞いていなかった部活メンバーは驚きの表情を浮かべた。

 そして、彼がちゃんと免許を持っていると分かると、今度は順平と渡邊が青年の黒いバイクを眺めて瞳を輝かせる。

 

「マジカッケー、有里君これなんてバイク?」

「CB400SBだ」

「うお、それ高いやつじゃないっスか。会長ってばブルジョア」

 

 湊の通学用バイクの種類は“CB400SB”という中型バイク。初心者でも乗り易いCB400SFにハーフカウルが付いたモデルで、長距離走向けにシートの乗り心地やハンドルの角度がマイナーチェンジで見直され、しかしながらデザイン性を損ねない美しい外観をしている。

 安くはないが乗り続けるのなら決して高いとは思わない。ライダーにそう感じさせ、誰からも一目置かれる優秀なマシンだ。

 バイクに興味のある少年らは瞳を輝かせてバイクを眺め、自分が女子とタンデムする姿でも想像したのか途中でいやらしい顔になっている。

 だが、湊は既に生徒会長ではないので、渡邊の呼び方はどうにかならないかと思っているところに腕時計を見た風花が話しかけてきた。

 

「あ、それより時間。教室行く前にクラス探さないといけないから急がないと」

「高千穂はB組、俺と山岸とラビリスと西園寺はE組、残りは全員D組だ」

 

 クラスを探すのには時間が掛かる。そう思って全員が生徒玄関に入ろうとしたとき、湊が全員分のクラスを言ってしまう。

 集合まで十分を切ったので時間短縮のために親切で教えたのだが、少し楽しみにしていたメンバーたちは全員が何やら微妙な顔をしていた。

 

「同じクラスはええけど、自分で見たかったわ……」

「いるんだよねー、楽しみにしてるのに先にネタバレする人って」

「ミッチー空気読んでー」

 

 ラビリス、ゆかり、西園寺を筆頭に他の者も口々に不満を漏らす。唯一笑っているのは湊と妹が別のクラスだと知った真田くらいだ。

 遅れたのはラビリスのせいで、そのお詫びのつもりで時間短縮として教えただけに、一同の反応が予想外だった湊は何で自分が怒られなきゃいけないんだと子どものように返す。

 

「なら、先に見ていれば良かっただろ。集合時間を決めたときに誰かが遅れたら先に見ていて良いと言ったぞ」

「……それでも一緒に見ようと思って待ってたんじゃない。なんで遅れたやつが先に知ってるのよ」

「新入生代表で打ち合わせに参加してたからだ」

 

 言い合いをしながらも一同は校舎に入って靴を履き替える。クラスの貼り出された掲示板を見れば、確かに彼の言っていた通りのクラスに配置されていた。

 見るまではまだ嘘の可能性があると祈っていたゆかりは、今年もまた彼氏と別のクラスだったことであからさまに落胆し、チドリも同じように少し悔しそうにする。

 対して、部活メンバーと同じクラスだった美紀は嬉しそうに笑い。風花は湊に四年連続だねと言った事で、今年はチドリとゆかりの二人から頬を引っ張られている。

 時間がないというのに騒いでいる一同を見ていたラビリスは、これから自分もこのメンバーやもっと大勢の人間と関わって行くのかと嬉しそうな笑顔を見せた。

 

「今日からウチも皆と同じ学校に通うんやね」

「……そうだな。入学おめでとう」

「うん、ありがとう!」

 

 入学おめでとう。今日という日にその一言を貰えたことで実感が湧いて来た。

 友達が出来なかったらどうしよう、授業についていけないかもしれない、ロボットという事がばれたらどうなるか。

 そんな不安をいくつも抱いたまま学校へと来たが、今はそれ以上にこれから始まる学校生活への期待と希望で胸が満ち溢れている。

 この後の入学式だけでなく明日以降の授業なども非常に楽しみだとして、ラビリスが早速教室へ向かおうと言いかけたとき、職員室のある管理棟の方から人がやってきてエントランスに来るなり声を上げた。

 

「あー、いたいた! 有里君、おっそいよー。君は新入生代表だから八時半集合って言ったじゃん」

「寝坊した」

「なるほど! そっか、寝坊ならしょうがないね。ま、最終確認でしかないし問題ないから気にしなくていいよ!」

 

 やってきたのはグレーのフォーマルドレスに身を包んだ一人の女性。湊とラビリスを除いた一同はその人物を見るなり目を見開き、何故お前がここにいるのだと驚きを隠せない。

 

「は? なんでクマモンがいるの?」

「あ、みんな入学おめでとう。新しく赴任してきた社会科教師の佐久間文子です。有里君のクラスの副担任だし、授業は奇数クラス担当だからこの面子じゃ有里君と同じクラスの人しか教えないけどよろしくね」

 

 そう、現れたのは月光館学園中等部を離れて別の学校に行ったはずの佐久間であった。

 相手はチドリにここにいる理由を尋ねられても気にした様子もなく、他の者が既に知っている自己紹介をして最後にビシッと敬礼して見せた。

 確かに相手は中学と高校両方の社会科教師として教員免許を持っていた。しかし、いくらなんでも赴任先が隣は近過ぎないだろうか。

 ツッコミたいがツッコミ所が多過ぎて何を言えばいいか分からず一同が固まっていれば、再び管理棟の方から人が現れ、その人物も佐久間と同じように湊に話しかけてくる。

 

「有里ー、他の先生方からバイクの移動指示だ。雨の日は屋根付きの駐輪場の方でもいいが、普段は教師用の駐車スペースの方へ置くようにだとさ」

「ああ、分かった」

 

 今度現れたのは月光館学園高等部の女子制服の上から白衣を纏う女医、櫛名田姫子。

 相手も佐久間と同じく先月の離任式で去って行った。ここは隣と同じ月光館学園だが、学校体系としてはそれぞれが独立しているので横移動など出来ないはず。

 それでも堂々と学校の制服を着ているということはここで働いているに違いない。一般の生徒よりも関わりのあった部活メンバーであるゆかりは、湊がバイクの移動でいなくなったので一同を代表して相手に尋ねた。

 

「なんで櫛名田先生までいるんですか?」

「フフン、はじめまして新入生たち。今年から学校の心理カウンセラーになった櫛名田姫子だ。保険の養護教諭は江戸川という男に取られていてな。代わりに心理カウンセラーにしたという訳だ。なに、安心しろ。こっちにも簡易ベッドは二つある。薬品も学校に取り寄せて貰ったから第二保健室として利用できるぞ」

「いや、あの、有里君持ちで盛大にお酒飲んで送別会しましたよね。いい感じに思い出に残る別れだったのにオチがこれって……」

 

 一応世話になった二人が学校を去るという事で、既に卒業していた部活メンバーも集まって紅花の実家の中華料理店で送別会をした。

 その際、二人はタダ酒タダ飯だからと高い物を頼みまくり、スポンサーになっていた湊に四六万の支払いがいったほどだ。

 女子らはその金額に驚いて、主役だからと言ってもハメを外し過ぎだと二人に注意したが、湊がゴージャスな黒いカードでスマートに払ってしまったので、金額についてはその後触れず互いの今後の活躍を祈って別れた。

 相手は少し酔っていたがちゃんと会話が成立していたため、お世話になりましたと感動した風花が泣く一幕もあったというのに、なんで新しい環境に移ってからも同じ顔を見なければならないのか。

 チドリやゆかりが冷めた視線を送っていれば、ニコニコと笑っている佐久間が平然と受け止め答えた。

 

「入学式のおめでたい日に細かい事は気にしたら負けだよ。今日から君らは高校生。中学生とは責任その他もろもろが違うんだから、いつまでもそんな中学生気分じゃダメだぞ!」

「……社会不適合者が言っても説得力無いわよ」

「うっはー、吉野さんったら厳しい! ま、何を言ってもクラスは貼り出された通りだし。担任や科目の担当教師も決定済みだから、吉野さんや岳羽さんは別のクラスで別の男子と青春をエンジョイするといいよ!」

 

 副担任だろうと佐久間は湊と同じクラス。対して、チドリとゆかりは隣のクラスで、さらに佐久間の授業担当からもはずれている。

 これでは何か文句があっても会える機会がほとんどなく。相手が勝ち誇ったように自分と少女らの立場の違いをいってきたので、もしや別のクラスになった理由は相手が仕組んだからではと疑いの目を向ける。

 

「え、まさか先生いじったんですか?」

「まっさかー、新任の教師がそんな事できる訳ないじゃん。担当だって隣のクラスが同じ社会科の小野先生担任だから一つ飛ばしなだけだよ。副担任になったのは担任は全クラス埋まってたけど、副担任なら空きがあったからお給料を多くするためになっただけだし」

 

 学校の教師は担任を持ったり部活の顧問になると手当てが付く。なので、佐久間も面倒が増えようが積極的に担任や顧問になろうとしたが、今年は“有里世代”と学校が裏で呼んでいる優秀な生徒がエスカレーター式で上がってくるので、高等部では早い段階から中等部の生徒を成績や素行でクラス分けして担任も決めていたのだ。

 そうなると副担任でもならないよりはマシなので、佐久間は空いていた湊の学年の副担任に名乗りを上げたのである。

 けれど、それを聞いてもチドリたちの疑いの目は消えない。逆に副担任になることは妥協しつつ、どのクラスの副担任になるかという点では手を回したのではないかと尋ねた。

 

「……湊のクラスの副担任になるよう細工はしたんでしょ」

「してないよー。普通にジャンケンで勝ったんだもん」

『ジャンケンって……』

 

 副担任は担任が休みの日には代行で監督する立場だ。そんな重要な物をジャンケンで決めていると聞いて生徒らは疲れた顔をする。

 話が一段落したところでバイクを移動させた湊が帰ってきたので、佐久間は腕時計で時間を確認して一般生徒は教室に行かないとまずいぞと急かした。

 

「まぁ、細かい事はいいじゃん。ほらほら移動しないと遅れるよ。皆は行った行った」

 

 言いつつ、管理棟に戻る佐久間は湊の手を掴んで繋いだまま去っていく。櫛名田はその様子を見てから生徒らの方を眺めニヤッと口元を歪めて一緒に帰って行くが、新入生代表を連れていくのは分かるが連れていく方法をもっとどうにかしろとゆかりは叫ぶ。

 

「こらー! 手を繋ぐなー!」

 

 本当は手を繋ぐなの前に“人の彼氏と”という単語が入る。けれど、それは一応内緒になっていることもあり、高等部から入ってきた事情を知らない者らにばれぬようゆかりは我慢した。

 少女のそんな複雑な乙女心を理解している女子らは肩を叩いて慰め、しかし、本当に時間が迫っていることで移動を開始した。

 学校について知らないラビリスは風花と西園寺が連れていき、教室でしっかりと話を聞いて移動した講堂では無事に入学式が行われたのだった。

 

 




補足説明

 実際の免許試験場は土日祝日は休みとなっており、さらに免許を取ってから一年間は二人乗り禁止となっている。作中世界ではその部分の規制が緩和されているため問題なしとなっている。

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