【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百六十三話 前篇 テスト勉強-建物探訪-

2008年2月17日(日)

午前――巌戸台駅前

 

 まだまだ寒さの残る二月中旬、吹きつける冷たい風の中、岳羽ゆかりは勉強道具の入った鞄を手に駅前へと向かっていた。

 明日からは中学最後の期末試験。有終の美を飾りたいねと部活の女子メンバーと話していたところ、生徒会副会長である渡邊が会長である湊の家で勉強会をしようと誘ってきた。

 湊本人はとても嫌そうにしていたが、今まで彼の家に一度も行ったことがないだけでなく住所も知らされていないチドリやゆかりが真っ先に賛成し、近くで話を聞いていた順平も行きたいと言ってきた事で、最終的に美術工芸部+生徒会役員+順平というメンバーが彼の家に集まり勉強会をすることになった。

 渡邊や西園寺などノリの軽い者や湊を崇拝している宇津木は分かるが、それ以外の生徒会メンバーが参加を表明してきたのは、テストで満点しか取った事のない湊の勉強法に素直に興味があるかららしい。

 そうして、首にマフラーを巻いたコート姿で駅前に到着すると、そこには湊を除く参加メンバー全員が揃っていた。

 

「うわっ、多いねー」

 

 今日のメンバーは合計十人になる。この人数で遊びに行くなど、騒がしいのが嫌いな青年がよく許可したなと思っていれば、企画した本人が笑顔で手を挙げて挨拶しながら返して来た。

 

「おっす。いやぁ、これで全員揃ったな。つーか、人数多過ぎてヤベー。でもま、なんかメッチャ高級マンションらしいから、この人数でも問題ないっしょ」

 

 確かに湊の住んでいるマンションはファミリー向けの高級マンションである。よって、この人数だろうと十分に座るスペースはあるだろうが、他のメンバーに視線を送れば、女子副会長の高千穂と庶務の木戸が何やら呆れた顔で渡邊を見ていた。

 部活メンバーは彼がマンションに一人暮らしだと知っていたが、他の者はチドリと家族だと聞いていたので、てっきり一軒家に住んでいると思っていたのだ。

 しかし、実際に話を聞くと彼は現在マンションに離れて暮らしているため、渡邊は参加メンバーが決まってから大丈夫かと不安な様子を見せる一幕もあり。彼が金持ちでファミリー向けの部屋に住んでいたことで事なきを得た。

 だが、改めて参加メンバーを見てみると約一名参加しそうにない者がいる。そうして、野球帽を被った少年の方を向くとゆかりは声をかけた。

 

「なんでいるの?」

「え、酷くね? オレっちもちゃんと勉強するんだぜ? いやまぁ、半分くらいは有里君やナベと遊ぼうって感じだけどさ。こんだけ成績上位がいたら勉強も捗りそうだろ? 短い時間で効果的に成績アップを狙いに来たって訳よ」

 

 以前まで三十点以下が赤点ラインだったのだが、湊が所信表明で宣言した通り赤点ラインが六十点未満に変更された。

 赤点ラインに引っ掛かっても定期テストと同じ問題の再テストが二回行われ、そこで九十点以上を取れば補習も免れるのだが、順平はそれでも駄目だったようで二学期の期末では四教科の補習を受けていたが卒業する三年生は期末の補習がない。

 とはいえ、最後くらいはビシッと決めたいのが男心。修学旅行で友人になった渡邊が面白そうな事を企画していたので、順平は他の者よりもやる気満々で参加を希望し、渡邊もそれを了承した。

 実を言えば、渡邊は最初学校の教室を借りて勉強会をしようと思っていたのだが、そういえば湊の家に行った事もないので、これは丁度いいと開催場所が変更されたのが今回の裏話だったりする。

 ゆかりとしては本当の恋人になってからデートは数回したが、一人暮らししている家の場所も知らなかったので、こんな事で知ることになって少々複雑な気分だ。

 

「私、彼の家に行ったことないんだけど、誰か行ったことある人いる?」

 

 全員に尋ねるがチドリも含めて誰も手を挙げる者はいない。

 ならば、いくら住所を聞いていても近所に住んでいる者がいないので、初めての土地で探すのに少々時間がかかりそうだなとゆかりは疲れた顔をした。

 彼女のそんな胸中などまるで知らぬ西園寺など、湊の家に行くのが楽しみなのか、普段以上にニコニコと笑みを振りまいて宇津木に話しかけている。

 

「宇津木ちゃん、ミッチーの家に遊びに行くの楽しみだったんだよね?」

「え、あ、はい。会長のお家を汚さないために新品の靴下を三足持ってきました」

 

 宇津木は自分をいじめから救ってくれた湊を心酔している。プリンス・ミナトの会員たちも偶像視して崇拝しているが、彼女の場合は個人で神として崇めているので、似ているが宗派が異なると言えば分かり易いだろうか。

 そんな存在の家に行けると言うことで、自分のような人間が訪れていいのだろうかと悩んだようだが、結局、彼がどのような家で普段生活しているのか知りたい欲求が勝ち。絶対に家を汚さないように真っ白な新品の靴下三足を勉強道具と一緒にトートバッグに入れて持ってきたのだった。

 別にそこまで気を遣わずとも湊は気にしないはずだが、自己評価の低い彼女ならばこんなものかと他が苦笑しているとき、同じ二年生の木戸が呆れ顔で溢した。

 

「履き替えるにしても一足で十分だろ。馬鹿じゃないのか?」

「黙れ、チビ。お前は会長の家の空気を穢すから帰れ」

「なっ!? お前の陰鬱さの方が空気を淀ませるだろうが! あと、他人の身体的特徴を指して悪口言うなって親に言われなかったのか!」

 

 木戸の身長は一五三センチ、対して宇津木の身長は一六一センチ。身長差は約十センチあるため、学力でも劣る木戸を宇津木はチビと呼んで下に見ながら嫌っている。

 彼が無謀にも湊にテストで挑んで敗北した話を聞いたときなど、身の程を弁えないクズ、と呼んで氷のように冷たい視線を送っていたものだ。

 最初から二人は相性が悪かったが、湊に対して持っている感情が正反対なことで溝は余計に深まった。

 自分たちが卒業するまでに少しは改善されないかと思って湊ら三年生も見ていたが、これはまだまだ先は長そうだと既に諦めており、渡邊は喧嘩を始めようとする二人の仲裁に入る。

 

「はいはーい。喧嘩してないでチャッチャと行くぞー。全員オレについて来い!」

 

 そうして、渡邊を先頭に一同は電車で湊の暮らす中央区のマンションを目指した。

 

――中央区・マンション“テラ・エメリタ”

 

「うわー、でっけー」

 

 マンションの前に到着するなり順平が呟く。

 周辺の建物の中で最も綺麗で大きいのが湊の暮らすマンションだ。高級マンションというだけあって、駐車場には高級車や普通車の高いグレードの型などが並んでいる。

 エントランスへは普通に自動ドアで入れるため、ポストで湊の部屋があるかを確認してエレベーターで最上階の十二階まで上がってゆく。

 エレベーターに乗っている間、皆がなんとなしに静かになると、その空気に耐えられなくなったのか順平がやらしい笑みをしながら話し出す。

 

「なぁなぁ、ゆかりっち。もし有里君が女の子をこっそり部屋に連れ込んでたらどうする?」

「どうするって、別に、話し合いじゃないの?」

「お、意外と冷静ですな。てっきり彼をボコボコにするとか、相手の子を裸足で追い出すとかいうと思ってたぜ」

「人にどんだけ余裕ないイメージ持ってんだっつの。殴るとしても最初に一発くらいで、後は普通に経緯とどこまで浮気してたか聞くぐらいよ」

 

 浮気するやつはクズなので、ゆかりはどのような理由があっても一発は殴る気でいる。けれど、全く話を聞かないつもりはなく、むしろ、彼と浮気相手に全部喋らせて内容が共通しているか確認するタイプであった。

 感情的になって即行で別れるタイプより、一周回って冷静になるゆかりのようなタイプの方が恐ろしい。

 ここにいる女性陣はそれを瞬時に理解するが、男性陣は勘が鈍いのか気付けなかったようで、到着して開いた扉から出ていく順平と渡邊は、怒っても理性的なタイプだなとゆかりのことを褒めていた。

 

「えっとぉ、いっちゃん奥だな。それじゃあ、呼び鈴ならしまーす」

 

 ぞろぞろと大勢で歩きながら通路の最奥まで向かうと、表札に『有里』と書かれた扉の前で一同は立ち止まる。

 通路からは街が一望でき、随分と良い場所に住んでいるのだなと、改めてここが高級マンションである実感が湧いてくる。

 しかし、いつまでも扉の前で止まっている訳にはいかない。一同を代表して渡邊が手を挙げると、そのままインターホンのボタンを押した。

 すると、

 

《はーい》

『……ん?』

 

 プツッ、と繋がる音が聞こえたかと思えば、応対してきたのは明らかに女子の声だったことで全員が首を傾げる。

 部屋を間違えたかと思って表札を確認し直すも、そこには『有里』と書かれており間違いはない。

 では、どうして一人暮らしのはずの湊の家に来て女子が応対に出るのか?

 先ほどのエレベーターでの冗談が現実味を帯びてきて、順平はゆかりに謝りながら顔を青くしているが、もしや、同じ名字の人の家に間違ってきたのかもしれないと思った渡邊は、ここに有里湊がいるかどうか先に確認しようと考えた。

 

「あ、すみません。遊ぶ約束していた渡邊ですけど、有里湊君はいますか?」

《湊君? 湊君はお茶淹れてるよ? あっ、香奈ちゃんだ! 香奈ちゃん、にゃっちー》

「……羽入さん?」

《うん! ドア開けるから待っててね》

 

 インターホンのカメラから渡邊の後ろにいる者らも見えていたのか、友人の宇津木がいることに気付いた羽入かすみが嬉しそうに挨拶をしてきた。

 どうして彼女が湊の家にいて家人でもないのに応対に出ているのか不明だが、ドアを開けてくれるというのなら待っていよう。

 全員が扉からドアから少し離れれば、カチャン、と鍵を開ける音がして扉が開いた。

 

「うわぁ、いっぱいだねぇ。香奈ちゃん、いらっしゃーい」

 

 ピンクの猫耳フードロングパーカーを着た羽入が笑顔で現れると、一同はその油断しきった服装に少々ギョッとする。

 冬だというのにファスナーが胸元までしか上がっておらず、下着らしきものと谷間が僅かに見えており。下は下で超ミニ丈くらいまでパーカーで隠れている以外は完全に素足だ。

 男の一人暮らしの部屋で発育のいい彼女がそんな格好でいていいはずがない。男子の視線が谷間に固定される僅かな間に、近付いた高千穂は素早く彼女のファスナーを上まで上げた。

 

「羽入さんだったかしら? 暖房しているからといって、あまり露出を多くするのは良くないわよ」

「そうなの? あ、それよりね。お客さんいっぱいだけど、わたしはまだお勉強中だから遊べないの」

「……別にアンタと遊びに来た訳じゃないわよ」

 

 とりあえず、家の中には入れて貰えたが、今も勉強中だという羽入は遊べないと残念そうな顔をする。

 しかし、チドリたちからすれば羽入の登場はイレギュラーであり、当初から羽入と遊ぶつもりではなかったので、別に勝手に続けて貰っていて構わない。

 さらにいえば、渡邊の発案でメンバーを集めた際に彼女はいなかったので、イレギュラーな登場とはいえ彼女が既に勉強中だというならタイミングはむしろ良かったと言えた。

 羽入を先頭に広い廊下を進んでリビングへの扉を開くと、弱めに設定した暖房の暖かい空気が全員を包む。それと同時に何やら甘い匂いまでして、扉を入ってすぐ左に視線を向ければ、キッチンでお茶を淹れている湊がいた。

 ぞろぞろと人が来た事で視線を向けてきた湊は、トレーにポットを載せてキッチンを出る際に羽入に声をかける。

 

「……羽入、お前は別に出なくてもよかったんだぞ」

「うん! あ、でもね、丁度切りがいいところだった大丈夫なんだよ?」

「そうか。まぁいい、入り口に固まってないでお前らも中に入れ」

 

 キッチンを出た湊と羽入に続いて一同がリビングとダイニングの方へ行けば、まずその部屋の広さに驚いた。

 玄関からしてとても広かったが、リビングとダイニングが繋がった空間は、置かれている調度品が一目で高級と分かる事もあって、ここは実はスペシャルなホテルなのではないかという錯覚を覚える。

 しかし、部屋の中を見渡していると、湊と羽入が進んで行ったテーブルのところに銀髪赤眼の美少女が座っていて、彼女の事を知らない順平や渡邊は羽入が登場したときよりも驚きの声を上げた。

 

「おおっ!? メッチャ美少女の外人さんがいる!」

「あの、はじめまして! オレ、渡邊凛太郎って言います! あ、マイネーム・イズ・ワタナベ、ナイス・トゥ・ミートゥー」

「いや、普通に日本語で大丈夫やで?」

『関西弁だっ!!』

 

 とても肌の白い外国人の美少女がまさかの関西弁だったことで、順平と渡邊は変なテンションで盛り上がる。

 女子たちは二人の様子に微妙な表情を浮かべるが、ラビリスの隣の席に座った羽入が他の者に彼女を紹介した。

 

「えへへ、ラビちゃんっていうんだよ」

「いや、自己紹介は自分でするて、ウチは汐見ラビリス。よろしゅうな」

「彼女は来年から月光館学園の高等部に行くんだ。既に試験に合格してて、今は羽入の試験勉強と一緒に彼女も進学に向けて勉強していた」

 

 私立の一次試験は公立よりも早い。そして、ラビリスは既に合格を決めており、その事は自分の人格モデルとなった故人の少女とその母親にも報告済みだ。

 そして、湊から彼女の入学決定を聞き、来年から美少女が一人追加されることにハイタッチしている順平らを無視して、生徒会の宇津木がおずおずと湊に話しかけた。

 

「あの、会長? どうして羽入さんがここに?」

「本人に聞いてないのか? 羽入の家はここの隣なんだ。ご両親が仕事でよく家を空けることもあって、遊びに来たり食事に来たりはしょっちゅうだぞ」

 

 彼の説明に羽入本人もニコニコと笑顔で頷いて他の者はまたしても驚かされる。ゆかりやチドリなどは、家が近所と聞いていたが、部屋が隣なら最初から隣の家だと説明しろと突っ込みを入れたいに違いない。

 しかし、ここへは勉強をしにきたはずだ。湊はラビリスと羽入に紅茶を淹れてやりながら、他の者たちも自由に座れと二ヶ所あるテーブルを指差した。

 

「まぁ、雑談はこれくらいでいいだろ。座布団やクッションは好きに使っていい。適当に分かれて座れ。俺は人数分のお茶を用意してくる」

 

 言われて荷物を置いた者たちは手を洗ってきてから二つのテーブルに分かれ、準備を整えると試験勉強を開始した。

 

***

 

 とりあえずお昼までは集中して勉強しようということで、一同は湊が各教科五種類ずつ用意した対策プリントを解いていた。

 窓際のテーブルには生徒会メンバーと順平、部屋の真ん中のテーブルには部活メンバー、ダイニングのテーブルには最初から家にいた三人が座っている。

 解き方が分からなければ質問して教えて貰い。順平はこんなに勉強したのは初めてじゃないかと思いつつ、自分が問題を理解して解けるようになっていく感覚に感動を覚えていた。

 そして、それは成績上位陣も同じで、これほど分かり易く教えてくれるのは学校では佐久間くらいではないだろうかと、湊がただ勉強出来るだけではない事に改めて驚かされた。

 人に教えるというのは非常に難しいもので、情報を正確に伝えるだけでは不十分。そこからさらに、相手がどう理解していないかを把握し、こうすれば理解出来るだろうと導かねばならない。

 マンツーマンの個別指導ならばそれも可能だが、湊は十人全員にそれを出来るので、彼がこのまま教師になったら世の中には天才が溢れかえるのではないかと思えるほどだ。

 上位陣は最初からポイントでしか訊いていなかったが、何ヶ所も訊いていたゆかりや順平に木戸と言ったメンバーも、プリントをこなしているうちに基本的な考え方が身についたらしく、徐々に質問の回数が減っていき今は全員が黙ってペンを走らせている。

 そう、今日の勉強を終えて静かに読書しているラビリスと別の勉強をしている羽入以外は。

 

「湊君、湊君。お昼ご飯食べたいな」

「……確かにもうすぐ昼だが、朝食を食べるのが遅かったのに大丈夫か?」

 

 湊の作るご飯は美味しい。それをよく知っている羽入はニコニコと笑ってお昼をねだる。

 時計を確認すればもうすぐ十二時なので、お昼ご飯を食べること自体は構わないが、起きるのが遅くて朝食を摂ってから三時間しか経っていない状態で大丈夫か湊は尋ねた。

 

「うん。朝はパンだったからお昼はご飯がいいなぁ」

「……分かった。炊飯の準備をして少し食材を買い足してくるから待っておけ。他のやつらも切りがいいところまで進めたら休憩しておいてくれ。俺はちょっと買い物してくる」

 

 集中して勉強したことで、午前中の勉強はそろそろ終わりでもいいだろうと他の者も思っていた。

 長時間したところで集中力が持続するはずもないので、こういった物は短い時間でいかに濃く出来るかが重要なのだ。

 そして、他の者に教える回数も減っていたことで、湊はコートとマフラーを身に付けると買い物に出て行ってしまった。

 荷物持ちについて行こうとした者もいたが、本人に断られれば素直に待っているしかない。

 残った一同は湊が出て行ってからも大人しく勉強し、切りのいいところまで進め休憩に入る者が増えてくれば、座りっぱなしで固まった身体をストレッチで解しながら順平が口を開いた。

 

「……そろそろ良いかな渡邊君?」

「……そうだね伊織君。十分も待てば大丈夫なはずだよね」

 

 同じようにストレッチをしていた渡邊と一緒に順平は変な口調で笑い合う。他の者は何の話だという顔をしているが、既に休憩時間に入っている事で、順平と渡邊はダイニングのテーブルでゲームをしていた羽入の元へ向かう。

 

「よっし、それじゃあ建物探訪と行くか!」

「ねえねえ、羽入ちゃん。会長のベッドってどこにあるか知ってる?」

「湊君のベッド? 眠いの? ベッドはこっちのお部屋にあるよ」

 

 訊かれた羽入はゲームをスリープモードにして素直に案内する。彼女も湊の家で眠くなるとすぐにベッドに向かうので、他の人が眠いのなら案内しようと思ったのだ。

 扉を開けて廊下に出ると少し進み、閉められていた扉を開けると部屋の中に置かれた大きなベッドが目に入る。

 案内した羽入は笑顔でダイブしてビョンビョンと跳ねているが、ベッドの上で跳ねると中のスプリングがダメになるので他人の家でやるのは本来NGである。

 もっとも、同じようなベッドを湊は何個もマフラーに入れているので、今のベッドがダメになったところで軽く羽入に注意をする程度で怒りもしないだろう。

 ロングパーカーを着ているだけの彼女が跳ねると、生足やらその奥に隠された布地やらが見えそうになるが、順平たちはそれをチラ見するだけで目的を達成するため部屋に足を踏み入れた。

 

「ちょっ、ベッドでかくね!?」

「つか、なんで枕三つもあるんだろ。ま、いいや。さーて、会長の秘密の本はどこぞなもしっと」

 

 二人がやってきた理由は湊の持っている十八禁本を探すためだった。普段の彼からはそういった俗っぽい物を想像出来ないが、可愛い女子や綺麗な女性に囲まれているなら、彼も思春期男子として性欲があるはずと睨んだのだ。

 順平たちの後ろからはラビリスもついて来ているが、羽入と一緒で最初から家にいた人物なので、何かあれば答えるためについて来ているのだろうと考え、二人は特に気にせずベッドの下を携帯のライト機能を使って覗きこむ。

 綺麗に掃除されていてベッドの下には埃一つない。その分、目的の物もなさそうだが、熱心にベッドの下を見ている二人を不思議に思ったのかラビリスが声をかけた。

 

「ベッドの下なんてなんもない思うけど、なに探してはるん?」

「いや、男の子の秘密っていうか所謂アダルトブックっす。ベッドの下は定番過ぎて今日日隠してるやついないんだけどね」

「あー、ねーわ。こりゃ部屋の方かな。ゴメン、有里君の部屋ってどこか分かる?」

「湊君の部屋やったらこっちやけど、あんまいじったら怒られるで?」

 

 ベッドの下は定番過ぎて隠している者はいない。そういうのは机の引き出しの裏であったり、そういう物だとばれないよう本棚に仕舞っていたりするのだ。

 寝室ではこれ以上探しても無駄だと判断した二人はラビリスに湊の部屋を聞き、案内されると扉を開けて中を見る。

 すると、中は落ち着いたデザインの家具が置かれ、机の上に置かれた付箋のついた外国語で書かれた医学書や、株でもやっているのか複数のディスプレイがあるパソコンなど、この部屋の主は社会人ではないかという印象を受けた。

 

「うわ、なんかすっごいインテリっぽいなぁ。ま、ちょっと本棚覘くだけだから許してくれるよね!」

 

 順平がそういって先に入れば渡邊も後に続く。見るからに高そうな物が置かれているので、パソコンなど気になる物はあるが基本的に手を触れない方針で行く。

 寝室と同じように二人が色々と探している姿を眺めていたラビリスは、ベッドで跳ねるのに飽きて出てきた羽入と一緒にリビングに戻っていったが、少女たちがいなくなったことで二人は本格的に本棚の捜索に移った。

 

「おっ、隊長! ヌードデッサンのポーズ集を発見しました!」

「なにっ!? それは部活関連の品に偽装した物に違いない。すぐに検品だ!」

 

 探すこと約三分、順平は美術のデッサン練習用ポーズ集の中にヌード編を発見した。表紙の時点で裸の女性が写っているので、これは期待できそうだと渡邊を興奮気味に見せるように言う。

 やはり湊も男だった。これで彼の嗜好が分かれば色々と男だけで話し合う事が出来る。

 そんな期待を抱いて、本棚の前に座った二人は肩を寄せ合うように本を眺めていたのだが、ページを捲るにつれて表情を曇らせていった。

 

「うへぇ、こういうのって結構モロにヌードなのね。際どいポーズもあるけど色気は感じねえなぁ」

「あー、普通に服着たポーズ集もあるから、こりゃマジで部活関連っぽいな。あんまいじっとバレるからここはこれくらいにしとくか」

「そうだな。んじゃ、もう一つ部屋あったし家のこと知ってる二人に聞いてからそっち行くべ」

 

 ヌード編を発見したときにはコレだと思ったものだが、シリーズ物のようで普通に服を着ている女性のものだけでなく、男性や動物のものもあるので、本当にただの部活関係で買った品のようである。

 色々と触るとまずそうな物もあるので、これ以上は止めておこうと切り上げた二人は、部屋を出て扉を閉めるとダイニングの方に戻っていた羽入とラビリスの元へ行き、残る一部屋について尋ねた。

 

「羽入ちゃん、ラビリスさん、もう一つの部屋って何の部屋?」

「もう一つの? ああ、あそこはウチの部屋やで。見たいんやったら別に入ってもええけど」

『……は?』

 

 一瞬ラビリスが何を言ったのか分からず、二人は口を開けて間抜けな表情で呆ける。

 それも当然だろう。二人はラビリスも羽入と同じようにここへ遊びに来ていると思っていたのだから。

 他の者もいる場所で話していたことで聞こえたのか、年末に湊が帰省したときに聞いていたチドリはムスッとした表情をするだけで驚かないが、何も知らなかった他のメンバーも順平たちと同じように驚いた顔をする。

 そして、ようやく再起動した順平が彼女の話を信じられず聞き返した。

 

「え、ウソ、どゆこと? ラビリスちゃんってここで暮らしてんの?」

「湊君に聞いてなかったん? かすみちゃんも泊まったりするけど、ここに住んどるのはウチと湊君だけやで」

 

 くすくすと笑って話す彼女に嘘を吐いている様子はない。隣に座ってゲームをしている羽入も否定しないので、きっと全てが真実なのだろう。

 信じがたい衝撃の事実を告げられ、青い顔をした順平は渡邊と一緒に数歩下がると、振り返ってラビリスに背中を向けながらその場にしゃがんで小声で後悔の言葉を吐きだす。

 

「っべーよ、マジやべーよ! 家の人の前で思いっきり家探ししちゃったじゃん! それもエロ本探してるって言っちゃったし!」

「詰んだわ。これ絶対に詰んだわ。つか、会長一人暮らしじゃなかったのかよ! 女の子と同棲してるとか聞いてないし!」

 

 途中からは他の者にも聞こえる音量になっていたが、順平と渡邊はまずい事をしてしまったと頭を抱える。

 ラビリスが羽入と同じ遊びに来た人間であったなら誤魔化しようもあったが、この家で暮らす住人なら絶対に二人が家探ししていたことを伝えるだろう。

 わざわざ湊が家を出てから少し時間を置いて、忘れものなどで湊が急に戻って来ないよう細心の注意を払ったというのに、住人が残っていた以上はそれも全て無駄だったということになる。

 多少の事は呆れて許してくれる湊も、流石に家に来てベッド周辺と私室の本棚をエロ本探しで荒らされたと聞けば怒るだろう。

 彼の怒りを恐れて二人が震えていれば、同棲しているなんて聞いていないという渡邊の叫びに言葉が返って来た。

 

「……実家から離れて暮らしてるとしか言わなかっただろ。一人暮らしとは言ってないぞ」

「いや、普通そこは一人暮らしって思うじゃないッスか! ……って、え? か、会長? なんで家にいるんスか?」

「自分の家にいても別に問題はないと思うが?」

 

 聞こえるはずのない声が聞こえ、渡邊が振り返るとキッチンから出てくる湊がいた。

 さっきキッチンの前を通ったときには誰もいなかったというのに、どうしていないはずの湊がそこから出て来るのか分からない。

 そもそも、いつ彼は帰って来たのだと知りたがった渡邊は、窓際のテーブルで生徒会メンバーとお茶を飲んでいた宇津木に問いかけた。

 

「な、なぁ、宇津木ちゃん。会長っていつ帰って来たの?」

「先輩達が会長のベッドルームを荒らしているときです。さらに、私室に侵入するという罰当たりな行いをしていた頃は、キッチンで買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞われていました」

 

 それを聞いて二人は全く気付かなかったと頭を抱える。

 近所のスーパーに行っていただけなので、二人がベッドの下を覗き込んでいるときに湊は帰っていたのだが、湊は扉の開け閉めも歩くときも基本的に音を立てない。所作の端々に気品が感じられる通り育ちがいい事に加え、日常から動き方に気を遣う訓練を受けているのだ。

 別にそれを解除して普通に歩いたりも出来るが、普段からしておかないと勘が鈍るため、仕事屋時代からの歩法などを実践していたことで二人は湊に気付けなかったという訳である。

 そして、二人が部屋に戻ってきたときに湊がキッチンにいなかった理由だが、この家は角部屋でバルコニー付きとなっており、繋がっているベランダから行くかキッチンの奥にある扉から行くか二種類方法がある。

 買ってきたものを仕舞い終わった湊は、そのままキッチン側の扉からバルコニーに出て洗濯物の乾き具合を確認して、ついさっき部屋へと戻ってきたのだった。

 バルコニーへの行き方を知っているラビリスと羽入は何も驚かないが、順平たちにすれば湊が一時的にキッチンから消えて再び現れた感覚だろう。

 彼に怒られると確信している順平は、怒りへの恐怖に状況への混乱も合わさり声を震わせて湊に話しかけた。

 

「あ、有里君、冷静に話し合おうぜ。ちょっとトイレを探して部屋を間違えただけなんだ。初めて行った場所ならよくあることだろ?」

「静かに座ってろ」

『……はい、すみませんでした』

 

 話し合うまでもない。冷たい瞳を向けてテーブルに戻っておくよう言われた二人は、素直に頭を下げて謝ると、肩を落としてしょんぼりしながら戻っていった。

 余計な事をしていた二人が大人しくしているのを確認した湊は、髪を短めに結い上げてキッチンに戻っていくと、少し経ってからキッチンの方からいい匂いが漂い始め、頭を使って空腹になっている一同は、部活メンバーとラビリスと羽入以外は食べた事のない彼の手料理に期待を寄せるのだった。

 


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