【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百四十九話 少女との墓参り

9月11日(火)

午前――EP社・研究所

 

 夜のうちに新型ボディへの移行を完了したラビリス。

 彼女は目を覚まして新しい身体の身軽さにまず驚き。旧型ボディとの最大の違いである踝より先の足パーツがある状態での歩行に感動を覚えた。

 以前の脚部は言ってしまえば円柱状で、ほとんど備えられたバランサーによって器用に歩行出来ていたに過ぎない。

 しかし、足首を柔軟に動かせるようになったことで機動力が増し、軽量化がなされていなくとも、たったそれだけの違いで戦闘力が二割は向上するのではないかと思われた。

 

「えと、着替えたけど、おかしいとこあらへんかな?」

 

 いいながら奥の部屋から出てきたラビリスは、グレーのワンピースに黒のスキニーパンツとロングブーツという出で立ちで尋ねる。

 この服を用意したのは湊で、ちゃんと流行色を押さえている辺り、ゆかりに言われて彼もファッションを勉強していることが窺えた。

 

「……よく似合ってる。ちゃんと可愛いぞ」

「か、可愛いって、湊君の趣味はよう分からんわ」

 

 褒められたラビリスは恥ずかしそうに照れながら、湊が持っていたハンドバッグを受け取る。

 今日はこれから墓参りに行く。けれど、流石に服を着ずに行くのは拙いとして、予め用意していたおいた服を湊が与えたのだ。

 旧型ボディの彼女はチタンボディに布張りでレオタードのように見せていたが、新型ボディは擬装用スキンでコーティング出来る様に布張りなどしていない。

 擬装用スキンを剥がせば、首より下は白色に塗装された金属の外装が露出する。その塗装は強度を上げる効果もあるが、旧型ボディにおける布張りと同じ効果を発揮するため、戦闘等で擬装用スキンを解除したところで裸に見える事はない。

 とはいえ、擬装用スキンは肌色な事もあって裸のように見えてしまうので、最初は患者衣を着せてボディの移行作業を行い。それが終われば湊が用意しておいた下着と運動着を着て動作チェックなどを行った。

 男である湊が女性用の下着を何故持っていたのか、研究員らは首を傾げつつも尋ねる事はなかった。ただ、色々な柄やサイズの新品を店の袋のまま大量にマフラーに入れていたため、誰かの着替え用などに自分の服以外も普段から用意しているのかもしれない。

 

「それじゃあ行こう」

「うん。あ、でも、移動はどうするん? ここから近いんかな?」

「……ここからはちょっと距離がある。移動手段は既に裏に用意してあるから気にしなくていい」

 

 研究所の中を並んで進みながら外を目指すと、湊に気付いた職員らが頭を下げて挨拶をしてくる。

 その光景を見たラビリスは、自分とそれほど歳の変わらない青年が、本当にここでは最も偉い立場なのだと改めて理解した。

 代表で責任者でもある湊に対し、ラビリスのここでの立場は現在のところは何もない。

 影時間に関わる研究は一部の職員にしか伝えていないのだ。最重要機密に分類される対シャドウ兵器の少女のことも同様に口外出来るはずもなく、見た目が人間とほとんど差異のないものになっていることから、関係のない職員には湊の連れとしか思われていないだろう。

 二人が完全に私服である事も手伝い。一部は恋人と邪推するかもしれないが、どちらにせよ一般の職員が深く付き合うことなどないため、二人は好奇の視線を時々受けながらも、視線の種類に全く気付かないで地上部の工場を通って裏手の出入口に到着した。

 

「あ、バイクや。これで移動するん?」

「ああ、車を用意するより自由に動けるからな。ほら、これを被ってくれ」

 

 出入り口の前に置かれていたのは、湊が以前から乗っていた黒とシルバーで塗装されたGSR400だった。

 白いフルフェイスのヘルメットを受け取ったラビリスは、被ろうとしたところでポニーテールが邪魔で被れない事に気付き、髪を解いて襟足の辺りで結び直してから被った。

 以前は頭部にパーツがいくつもついていたが、新型ボディではそれらは取り払われ首から上は人と変わらない。髪の毛も本来は臀部に届くくらいのストレートヘアで、ポニーテールにしているのは単純に慣れているからという理由だ。

 彼女以上に長い髪をしている青年も、普段はアップにしている髪を解いてシャツと上着の間に入れた状態で、さらにマフラーを巻く事で走行中に風で暴れないようにしている。

 タンデム走行すれば分かるが、運転者の髪が長くてそれが風で暴れた場合、当たった側は結構痛いのだ。湊はしっかりと髪が納まっていることを確認してからバイクに跨り、ラビリスにも後ろに乗れと合図を送る。

 自分でも車並みの速度で走れるラビリスにすれば初めての体験だが、タンデムシートに腰を下ろすとしっかりと湊の腰に腕を回して抱きついた。

 

「けど、ウチが封印されてる間に色々変わってんな。中学生でバイク運転出来るとか国の偉い人らも思いきった事しはるわ」

「…………そうだな」

「……今の間はなんなん? もしかして、湊君ってば無免許運転しようとか思てはらへんよね?」

 

 ラビリスの持っているデータでは、普通自動二輪、所謂中型バイクは満十六歳以上でなければ免許が取れないとなっている。

 湊は戸籍上、中学三年生の十五歳だと聞いていたため、封印されている間に法律も結構変わったのだなと思ったのだが、青年の返事には随分と怪しい間があった。

 その点について言及するため腰に回している腕に力を籠めると、青年はやけにはっきりとした口調で言葉を返して来た。

 

「大切なのは資格(ライセンス)じゃなくて技術(スキル)だと思わないか?」

「いや、それでも決まりは守らなあかんて」

 

 間があった時点で察していたが、青年は本当に無免許運転しようとしていた。

 EP社での役職は最高顧問であり、ジャパンEP社の中では代表取締役として働いている青年が、無免許運転で捕まりでもしたら会社がどうなるか分からない。

 別にタクシーでも何でも用意できるはずなので、そんなリスクをわざわざ負う必要もないだろうと思っていれば、真面目なラビリスに規則破りを納得させるべく湊が真剣に説得して来る。

 

「俺はそもそも鬼籍に入っていて、有里湊としての戸籍すら偽装なんだ。大丈夫、死人を裁く法律はない」

「い、いやぁ、それはそうやけど。色々と間違ってる思うんはウチだけかな?」

「ああ、君だけだ。ここには二人しかいなくて、俺はそうは思っていないからな」

「聞き取り対象少なすぎるやろ……」

 

 二人しかいないので、湊が違うと思えばラビリスに同意する者はいなくなる。実に単純な話ではあるものの、聞き取り対象がたったの二人では調査しても有意な結果とは言い難い。

 だが、これ以上言っても湊が意見を変えるとは思えなかったため、短い付き合いの中で彼の性格を理解していたラビリスは諦めて安全運転で頼むとだけ伝えた。

 

午後――霊園

 

 数時間かけて都心から離れ目的地に無事に着くと、湊はバイクとヘルメットをマフラーに仕舞った。

 代わりに今度は墓掃除用のセットとお参りの花を取り出し、花をラビリスに渡せば置かれていた桶と柄杓を借りて水を溜めてから墓まで歩いてゆく。

 霊園の中を進むにつれてラビリスの顔が緊張で強張っていく。湊はそれに気付きながらも無言で歩き続け、目的の少女の墓を発見した。

 墓の前に立ったラビリスはジッと見つめ、数秒ほど経ってから静かに刻まれた名を読み上げた。

 

「これは……“ひじり”でええんやろか? 間宮 聖(まみや ひじり)、それがウチのお母さんの名前なんやね」

 

 自分の人格モデルとなった少女の名前を確かめたラビリスは、湊と一緒になって墓の掃除をして、花も綺麗に供えると線香をあげてから合掌する。

 墓参りという単語の意味は知っていたが、実際にやってみることで知識が経験に昇華されていく。なんとも不思議な感覚だが、ラビリスは顔を上げると墓石に向かって話し始めた。

 

「えと、はじめまして、ウチはラビリス言います。貴女のおかげでこの世界に生まれてこれました。外に出れるようになったばっかりで、まだ世界のこともよう分かってへんけど、優しい人に出会えてこれからは色々勉強しながら生きていこう思てます」

 

 ラビリスは相手がいつ死んだのかは知らない。知っておいた方がいいのかもしれないが、もしかすると自分が作られる前に亡くなっている可能性もあるので、既に亡くなっているという事実以外は知ってもあまり意味がない様に思えた。

 しかし、だからと言って相手を軽視しているつもりはない。少女が自分たちに宛てて残したメッセージをしっかりと聞いたのだ。

 少女は自分たちの幸せを心から願っていた。機体番号024と同じように、そのメッセージを聞いたラビリスも心の中に温かい何かが広がるのを感じた。

 生んでくれて、愛してくれてありがとう。会ってそう伝えたいと024は言っていたが、ラビリスも同じように思いながら、自分はこれから幸せに生きていくので安心して欲しいと少女に伝えることにする。

 

「あ、024の記憶と封印前の夢で、お母さんがウチらに“幸せになって欲しい”って願ってくれたんはちゃんと聞きました。学校とかは無理やと思うけど、湊君とかEP社の人らは皆優しいし。これからは幸せに過ごせる思うんで安心してください」

 

 照れて恥ずかしそうにこそばゆいと言いながらも、自分から生まれたラビリスたちの事を考えてくれていた相手の事だ。きっと色々と心配していたに違いない。

 だから、ラビリスは昨日話しにくると決まった時点で、彼女が安心できる様に自分は大丈夫だと伝えるつもりでいた。

 少女が行きたがっていた学校には自分も興味あるが、それは機械の身であることを考えると難しい。よって、その点は目を瞑って貰うことになるが、他にも幸せに生きる方法はいくらでもあるため、安心して見ていてくれと言ったところで、後ろにいた湊が少々不思議そうな顔で話しかけてきた。

 

「……学校に行きたいのか? 別に戸籍を用意した後なら通えるように手続きくらいするぞ? まぁ、時期が中途半端だから、これから勉強して普通に高校受験で俺と同じ学校に通う感じになると思うが」

「え、あの、ウチって機械やで? 学校通ってええの?」

 

 まさかの発言に立ち上がって彼女は詰め寄り尋ねる。

 いくら人間に近い見た目と言えど、その身体は紛れもなく機械だ。本気で殴れば人など簡単に殺せてしまう兵器であり、命令だったとはいえ過去には同系機を何体も殺めている。

 今はそんな命令を拒める様になったが、自分のような兵器が本当に学校に通ってもいいのかと訊けば、湊は普段通りのやる気のない表情で淡々と答えた。

 

「不正している訳でもなし、試験に合格出来たら別に問題ないだろ。願書はこっちで出しておくから、ちゃんと勉強するんだぞ」

「あ、あはは、夢みとるみたいや。えと、そういう訳で学校に行けることになるかもしれへんです。合格したら報告に来るんで、どうか合格するよう祈っててください。あー、アカン、嬉しくて顔がにやけてまう……」

 

 憧れていた学校に行けるかもしれないと分かったラビリスは、表情が緩むのを抑えきれず両手を頬に当ててにやけるのを我慢しようとしている。

 だが、自分たちの母親である少女も抱いていた望みが叶いそうなのだ。喜びを我慢しろという方が無理な話である。

 インストールしたら簡単に知識は手に入るが、そんな卑怯な手を使って合格しても意味がないため、人と同じように繰り返しによって学習出来るようになっている彼女は、湊に勉強を教えて欲しいと頼んで許可を貰うと、それもまた母たる少女に嬉しそうに伝えた。

 そうして、学校に行ったらこんな事をしたいと色々な話をしばらくしていると、墓の掃除用具を持った初老の女性が歩いてきた。

 少女の墓に用があるらしく、歩いてやってくると先にいたラビリス達に頭を下げて挨拶をしてきたため、ラビリスも立ち上がると挨拶を返した。

 

「あ、えと、すみません、ご家族の方ですか?」

「ええ、はじめまして聖の母です。綺麗にしていただいたようで、どうもありがとうございます」

 

 湊の母親の世代より少し年上のようだが、身嗜みも綺麗で所作の端々に上品さが見てとれる。

 アイギスの人格モデルとなった水智恵の家が、桐条の名士会に名を連ねていることを考えれば、ラビリスの人格モデルになった少女の家も似たような感じなのかもしれない。

 挨拶してきた女性は墓が綺麗になって、花や線香が供えられているのを見て、二人が自分の娘とどういった関わりのある人物か気になったのか尋ねてきた。

 

「失礼ですが、本日はどういったご用件でこちらへ?」

「その、なんて説明したらええんやろ」

 

 尋ねられたラビリスは言い淀む。擬装用スキンでコーティングした新型ボディを、さらに幻惑機能で偽装して完璧に人間にしか見えない状態になっているが、少女の家族である女性に嘘は吐きたくない。

 けれど、桐条グループから脱走したような立場であるため、情報が広まる事を考えれば下手に真実を話す事も出来ない。

 何も言わなければ余計に怪しまれるが、ラビリスがどう説明しようか悩んでいると、傍に控えていた湊が助け船を出した。

 

「貴女の娘さんが関わっていた桐条グループの研究を覚えていらっしゃいますか?」

「桐条グループの研究? まさか……」

「はい、ここにいる彼女は研究で生み出されたロボットです。そして、俺は彼女の後継機によって命を救われ、今もこのように彼女たちの研究成果の恩恵を受けています」

 

 驚く女性に湊は若藻による偽装を解いた自分の右腕を見せた。ラビリスのボディは擬装用スキンでコーティングされているが、湊は戦闘でマシンガンの機能も使うので、邪魔でしかない擬装用スキンは付けておらず白い外装が剥き出しとなっている。

 明らかに人とは異なる機械の腕を見た事で信じる気になったのか、相手は戸惑いながらも真剣な様子で質問を返して来た。

 

「実験は上手くいかなかったと聞いていたんですが、その後も続けられていたんですか?」

「上手くいかなかったというのは、多分、彼女が脱走しようとして封印処置を施されたからでしょう。実在する人間の人格をコピーした分、自我の確立や精神の成長も早く、非道な命令を受ければ拒否したくなりますから」

「そうだったんですか……」

 

 実験の成否については微妙なところだ。最後の最後でペルソナ獲得の可能性が見えたが、ラビリスを使っての実験継続は脱走した時点であり得ないと判断された。

 そこだけを見れば確かに上手くいかなかったと言えるが、収拾されたデータはしっかりと後継機に利用されたため、テストベッドの機体だったこともあり最終的には及第点といったところだろう。

 とはいえ、極秘裏に孤島で行われた実験の詳細まで話せる訳もなく、今日まで実験は失敗したと思っていた女性は真実を知ると、自分の娘から生み出された機械の少女に笑いかけ名を訊いた。

 

「お名前を、伺ってもよろしいかしら?」

「はい、ウチは対シャドウ特別制圧兵装五式ラビリスっていいます」

「……戸籍を用意するから、今後は考えた名字+ラビリスが本名だぞ」

「あ、そうなん? えと、そういうことみたいです」

 

 まだ名字は何にするか決まっていないが、姉妹であるアイギスも同じ名字を使う予定なので、無難に“五式ラビリス”という名前にする訳にはいかない。

 一応、開発チームが異なるので、そういった意味で腹違いの姉妹という設定にしてアイギスが目覚めれば同学年にしてしまおうとも湊は考えており、名字が違っても問題ないようにするプランもあるが、流石に“五式”と“七式”などという似通った名字はないだろう。

 それ故、やっぱり名字は共通にしようと思って湊がラビリスに名前の事を言えば、二人のやり取りが面白かったのか女性は穏やかな表情で笑った。

 

「フフッ、ラビリスさんとお話してると娘と会話しているみたいで懐かしいわ。娘は貴女達のことをよく心配していたの。だから、これからもよければ会いに来てあげてくださいね」

「はい。さっきも高校に受かったら報告に来るっていうてたんで、時間が出来たらちょくちょく話に来させて貰います」

 

 母である少女本人に会う事は出来なかったが、不思議な縁によって少女の母親、ラビリスから見れば祖母になるのかもしれないが、その人物と会って話す事が出来た。

 突然の出会いに最初は拒否されるのではと不安も抱いたが、女性はラビリスのことを受け入れてくれた。

 湊の存在により自分たちの生まれた意味や実験に価値があったと思えるようになり、母親の家族である女性に受け入れて貰えたラビリスは、今の自分は間違いなく幸せだと心の中で母親に伝えるのだった。

 

「……ラビリス、ちょっと道具を返しに行ってもらっていいか? それと自販機があったから、そこで缶ジュースでも買って来てくれ。種類は任せる」

 

 ここで出会ったのも縁だと連絡先を交換し、しばらく話していると、湊が借りてきた桶と柄杓をラビリスに預けながら財布から千円札を取り出して渡して来た。

 ここまで連れてきて貰ったのでお遣い自体は構わないが、返す場所は霊園から出る際の通り道だというのに、どうしてわざわざ頼んできたのか不思議に思い彼女は尋ねる。

 

「別にええけど、帰り道やないの?」

「ジュースはお供えするんだ。だから、炭酸系以外で頼む。君が飲む分も買っていいから頼んだぞ」

 

 言われてみれば線香と花はあるが、ジュースや食べ物などのお供え物は持って来ていなかった。

 女性は気にしなくていいと言ってくれたが、手ぶらで会うのも失礼かと思ったラビリスは、お金と道具を受け取ると少し待っていてくれと駆けていった。

 残った二人は遠ざかる彼女の背中を見送り、会話が聞こえない距離になったところで女性の方から口を開いて来る。

 

「彼女には聞かせられないお話かしら?」

「別に聞かせてもいいですけど、不必要に期待を持たせたくないんです」

 

 ラビリスは気付かなかったようだが、女性は湊がお遣いを頼んだ理由を察しており。聞かせてもいいとは言っているが、実際は聞かせたくないに違いない。

 青年がどういった経緯で対シャドウ兵装の少女に助けられたのか、何があって右腕が機械義手になったのか、聞きたい事はそれなりにあるが、彼がラビリスたちの事を大切に想っていることは雰囲気で伝わってくるので、今はただ彼女を遠ざけてまで彼が何を語るつもりなのか知ろうとする。

 

「貴方は優しいのね。それで、どういったお話ですか?」

「貴女の娘さんの遺伝子を採取出来る物は残っていませんか? 血液や細胞など何でもいいんですが」

「遺伝子を採取? よく分かりませんが、将来のことを考えて健康な内に卵子と血液を冷凍保存したものが、まだ病院に残っているはずですが、一体何に使われるんですか?」

 

 突然の言葉に驚いたが、女性は自分の娘の卵子と血液が冷凍保存された状態で病院に残っている事を素直に伝える。

 未成年の女性が卵子を冷凍保存など一見珍しく思えるが、遺伝的に癌になりやすいことが分かっている者や、病気の治療による影響を懸念して、仮に将来卵子を作れない身体になっても子どもを作れるようにと、若いうちに健康な卵子を保存しておく者は年々増加傾向にある。

 ラビリスの母の少女も、それまで生きられるか分からなくとも、後悔しない様にと残しておいたのだが、生きた細胞が残っていることを聞いて少しホッとした顔をした青年は、女性に問われて真剣な声色で静かに答えた。

 

「……その細胞を使ってラビリスを人間にします」

「人間にって、そんなどうやって? クローンでも作る気ですか?」

「違います。正確には生体パーツを使ったサイボーグで純粋な人間ではないですが、人格モデルとなった人物の細胞を加工して彼女の肉体を作ります。黄昏の羽根というオーパーツが存在するのですが、記録媒体として使えるそれにラビリスの身体データを保存して細胞と組み合わせれば、元は人格モデルの人物の細胞だった物がラビリスの遺伝子情報を持った細胞に変化させられるんです」

 

 湊がシャロンに言って進めていた計画、それはアイギスたち対シャドウ兵装の少女たちの人間化だった。

 黄昏の羽根はまだ解明されていない事が多いが、それ自体にデータを記録する事が出来る。今でこそ自我が育ち心を手に入れているが、アイギスたちの人格も言ってしまえばデータを入力して作られたものだ。

 青年はそれと羽根が情報と物質の中間の性質を持っている事に注目し、身体データを保存した羽根を遺伝子の代わりに出来ないかと考えた。

 生きた細胞の核を取り出し、代わりにデータの記録された極小サイズの羽根を入れることで、保存されたデータを遺伝情報とした細胞を作り出す。

 けれど、その細胞を培養したところで、保存されたデータの見た目の人間が生まれるだけではないか。そう思った女性は真っ直ぐ青年を見つめて尋ねる。

 

「その細胞を使ったところで、ラビリスさんと同じ遺伝子情報を持った人間が生まれるだけでは?」

「基本の骨格はこっちで用意するんです。言い方は悪いですが、作った細胞はそれを覆う肉でしかありません。現在、我々が対シャドウ兵装の研究をしているのは、その骨格になるものを作る下準備に過ぎません」

「細胞の遺伝子情報の書き換えは成功しているんですか?」

「ええ、既に成功しています。ただ、骨格になるものが研究段階で出来ていないので、先に細胞を確保しようとお願いしに伺おうと思っていました」

 

 女性の疑問はもっともだが、湊はそこにもう一つ工程を加えることで、ラビリスたちの遺伝子情報を持った人間が生まれる事を防ごうと考えた。

 それは人工骨格をベースにして彼女たちの細胞を培養するという方法だ。受精卵が育っていくように、自然な形で細胞分裂させていけば人間になるかもしれないが、人工骨格を覆うように細胞を培養すれば人の身体はできても人間は生まれない。

 真っ当な人間ならそんな発想を思い付く事はなく、核を取り換えた細胞が正常に培養出来るとも思わない。

 しかし、青年は生命の誕生という神の領域に手を出し、適合する人工骨格さえ見つかれば人造人間を造れる段階まで成功させてしまった。

 彼はシャロンたち研究員にクローンなど人為的に命を作ることを禁止し、アイギスたちのような黄昏の羽根に心を生み出すことも、命を弄ぶ行為だとして禁止していた。

 だが、彼の行っている研究は魂を持った命こそ作りだしていないものの、それらに並ぶほど罪深い生命への冒涜であることは言うまでもない。

 

「どうして彼女を人間にしたいのか聞いてもよろしいですか?」

 

 何がそこまで青年を駆り立てたのか。どこか浮世離れした雰囲気を纏っているが、静かに佇む青年の瞳の奥に狂気の混じった執着を見た女性は、彼が一体何を望んでいるかを知りたがった。

 命を救われたと言っていたが、それだけでここまでするとは思えないのだ。

 女性に問われた青年は、偽装を解いたままの自分の右腕に視線を落としながら、普段通りの淡々とした口調で自分がこの研究をしようと思った理由を話す。

 

「彼女やその姉妹機には人としての心があります。ですが、身体が機械であるため、親しくなった者が老いたとしても自分たちはそのままです。老朽化などは当然ありますが、コアやメモリの移植でボディを替えたら、半永久的に生き続けられます」

 

 命はなくとも人と同じ心を持っていれば、それは青年にとっては紛れもなく一つの生命だ。

 

「姉妹がいるうちはいい。だけど、もし事故で片方が死んだら理解者は消えて完全に孤独です。親しい者の死を何度も見続け、理解者もいないなんて地獄だ。人の心がそれに耐えられるはずがありません」

 

 人と同じように笑い、泣き、誰かを想う事が出来る。自分を犠牲にしてでも他者を助けようとする姿は、人間以上に人間らしく彼の瞳に映った。

 

「俺はそんな残酷な生き方を彼女たちにさせたくない。これが生命に対する冒涜だなんて分かってる。それでも、人間が身勝手な理由で心を与えて生み出したなら、彼女たちを救うのは当然の義務なはずでしょう」

 

 人の心を持っているのなら、それは人の身体に宿っていなければ、いつか自己矛盾に悩み崩壊する。最初は小さな違いとして認識していたものが、積もり積もって決定的な差として、自分たちは“機械”であり“物”であると残酷に告げてくるのだ。

 どうやっても変えられない現実に悩むことは人間にもある。けれど、人間たちの勝手な都合で人の心を与えて生み出された彼女たちが、そんなどうしようもない事で傷付き悩むのなら、神の領域に手を出して変えられない現実を変えてしまおうと青年は考えた。

 彼女たちを作った者と同じ人間であり、彼女たちに実際に命を救われた者として、当然の義務であると思っているから。

 

「……貴方は彼女たちの事が好きなんですね。大人たちがやった事が許せなくて、他の誰にも出来ないなら、自分がその運命を変えてやるって考えているのでしょう?」

 

 その話を聞いた女性は、やはり彼は優しい青年だと思った。誰よりも優しいから、誰よりも彼女たちに対して罪の意識を持ってしまっている。

 大人たちのやったことに怒りを感じるまでは分かるが、彼女たちが将来抱く悩みの解決法として、“彼女たちを人間にする”という最もシンプルだが最も難しい事を、具体的なところまで思い付いて実行に移している。

 普通の子どもが出来る事ではないけれど、きっと彼にとっては当たり前で、それを当たり前だと思ってしまうような性質で生まれたのか、もしくはそういった環境で育ってきたのだろう。

 機械であることで人より多くの苦労を負う事になるラビリス達も心配だが、少し話しただけで青年が一人で全て背負おうとするタイプだと分かった女性は、優しく微笑んで彼の頼みを聞いてあげることにした。

 

「血液と卵子をお譲りしても構いません。娘は誰かの役に立ちたがっていましたから、自分の娘のような存在であるラビリスさんたちのためなら喜んで協力するでしょう。ですが、それには条件があります」

「……条件ですか?」

「はい。まず、絶対にクローンを作らない事。次に、もしも研究中に手違いで命が誕生してしまってもその命を殺めない事。最後に、ちゃんとラビリスさんに話してから研究を続ける事。これらが守れるのであればお譲りします」

 

 女性の提示した条件を聞いて、一つ目と二つ目に関しては湊も理解出来た。最初からそんな事をするつもりはなかったが、作った肉体に魂が宿ってしまったときには、戸籍をしっかりと用意して何不自由なく普通の人間と同じように暮らしていける様にするつもりだった、

 しかし、最後の条件だけは別だ。聞かせても構わないと言ったがそれは言葉の綾で、まだ成功するかも分からない計画全てを正直に伝えるつもりはない。

 細胞を譲って貰えるのなら条件は呑みたいが、それを素直に呑んでしまうと大切な少女を傷付ける事に繋がりかねないため、湊は苦悶の表情を浮かべて言葉を返した。

 

「でも、まだ成功するか分からない。下手に期待を持たせて、それで無理だなんて事になったら彼女を余計に傷付けることになってしまう」

「貴方は全部自分で背負いこんでしまうタイプのようですね。でも、もっと相手のこと信じてあげてはどうかしら? 大丈夫、ちゃんと伝えればきっと分かってくれます。ねえ、そうでしょう?」

 

 女性に言われて嫌な予感がした湊は勢いよく振り返る。そこにはジュースの缶を両手で抱えたラビリスが、困ったようなどこか複雑そうな表情で立っていた。

 青年の欠点の一つにチドリやアイギスたちのことで真剣に話していると、感情が昂って来るのか話に集中して周囲への警戒が疎かになるというのがある。勿論、戦場など危険のある場所なら別だが、襲ってくる敵のいない場所で女性と話す事に集中していたことで、湊はラビリスの接近に気付かず会話を聞かれたことを悟った。

 会話を聞かれた湊が自分の迂闊さに苦虫を噛み潰した顔をすると、少し離れた場所に立っていたラビリスが近付いて来て、母の墓前に持っていたジュースの缶を置かせて貰ってから、改めて湊の方へ向き直ってくる。

 

「湊君、そんな事考えてくれてはったん? ウチ、別にこのままでもええんよ? 確かに人間に憧れてない言うたら嘘やけど、今の状態で十分過ぎるくらいやもん。湊君が悩んでそない傷付く方が辛いわ」

 

 何でも背負い過ぎる青年に対して苦笑と共に告げたこれは、彼女の紛れもない本心だった。

 人間に対する憧れはあるが、今のボディの時点でほとんどの者には機械だとばれない。幻惑機能も組み合わせればほぼ完璧で、青年が無理をしてまで人間化の研究をする必要はないと思ってしまう。

 だが、いまの自分を見て少女がそんな顔をする必要はないと、青年は先ほどよりもどこか辛そうな表情で必死に返してくる。

 

「違う。これは、俺が勝手に決めたことなんだ。君たちが兵器として扱われるのが嫌で、一度は今のままで世界に君たちを人と認めさせようとした。だが、力で押さえつけて従えることなど駄目だとアイギスに言われて、それなら君たちを人間にしてしまえばいいと思って」

 

 復讐のためだけでなく、アイギスを人として世界に認めさせようともして、恐怖による支配のため青年は世界を敵に回して大勢の人間を殺した。日本に帰ってからその話を聞いた者たちは、常軌を逸しているとしか思えない彼の行動に対し、“狂っている”と感じてそれを止めてくれたアイギスに感謝した。

 しかし、アイギスやチドリも含めた全員が一つの思い違いをしていた。アイギスに否定され恐怖による支配を目指すのを止めてからも、彼は今日までずっと狂い続けていたのだ。

 

「黄昏の羽根という情報と物質の中間の性質を持つ物があるのなら、君たちの身体データを保存することで遺伝子の代わりに出来ると思った。その段階の実験は成功したけど、それを定着させる人工骨格がまだ適合素材の選別すらできなくて、せめて母親の細胞だけでも入手しておきたかっただけなんだ」

 

 最初の方法が駄目なら、別の方法でアイギスたちの居場所を作る。世界に彼女を人として認めさせるなら、いっそのこと人間にしてしまえばいいと、彼は目的を一切変えず別のアプローチを取った。

 ラビリスの存在を知ってからは、彼女の事も人間にしようと考え、仮に今日ここで女性に出会わなくとも、調べて病院に卵子と血液が残っていると分かれば会いに行っていた。

 だから、これは全て自分が勝手にやっていることで、ラビリスが自分に対して何か負い目を感じる必要はない。

 機械の腕で右眼の眼帯を押さえながら、僅かに動揺した様子で湊がそう言えば、ラビリスは青年に歩み寄って背伸びしながら彼の首に腕を回して抱きしめた。

 

「……ありがとう、それとゴメンな。ウチらが湊君のことそんな追い詰めてしまったんやね。大丈夫、心配せんでええよ。湊君ならきっと出来る。駄目でも長生きした分思い出を沢山作れるやもん。ウチはなんも怖ないよ? だから、湊君はそんな気張らんと肩の力抜いてええねん」

 

 ラビリスは彼の過去を詳しくは知らない。桐条グループの起こした事故で両親を亡くしていることや、その事故で死んだ事になっており新しく作った戸籍の名前で暮らしていることなど、本当に最低限のことは恵やシャロンから聞いたが、それ以上は本人のいないところで勝手に話せないと言われ未だに聞けていない。

 それでも、彼がアイギスに助けられたことで自分たちに恩を感じ、赦されざる行為と理解しながらも神の領域を侵してしまった事は分かる。純粋な青年をそこまで追い詰めてしまったのは、間違いなく少女たちだ。

 だからこそ、ラビリスは青年が誰かのためにしようとする行為を咎めたりはしない。

 道徳や倫理の観点からすれば間違っているのかもしれないが、青年は自分のためではなく他者のために道を外れようとする。そんな相手を否定してしまえば、今回のように余計に目的に固執して突き進んでしまうのだ。

 心優しい青年にもうそんな事はさせたくないラビリスは、抱きしめた相手を安心させるよう、ゆっくりと頭を撫でながら、彼の傍に居てあげようと心に決めるのだった。

 

 

夜――海岸

 

「海やー!」

「危ないからあんまり波打ち際に行くなよ」

 

 墓参りを終えて夕食を食べに行った二人は、まだ時間があったことで海へとやってきた。

 あの後、ラビリスに抱き締められた事でどこかスッキリとした表情になった湊は、女性の家に書類を送るので、それを記入し病院に渡してくれれば後は病院同士で行うと説明した。

 余計なお節介を焼いてしまったと女性は謝罪してきたが、むしろ伝えるいい切っ掛けになったと湊は女性に感謝を伝え、また今度一緒にお茶でもしようと再会を約束して別れた。

 

「ウチ、海って一回しか見た事なかってん。あんときは明るいうちに外出て初めて海見たけど、脱走する方法考えててあんまり楽しめんかったから、ここじゃ星はあんま見えへんけど自由やし夜の海でも全然ええわ」

 

 夜の海にやってきたラビリスは、波打ち際にしゃがみ込んで、届いた波にパシャパシャと手を付けてはしゃいでいる。

 屋久島と違って街が明るいので星は見えづらいが、それでものんびりと自由に海を眺める事が出来て彼女は満足しているようだ。

 

「あそこに小っちゃい島みたいのあるけど、なんやろ?」

 

 街が明るいと言っても、沖の方は暗くて見えづらいはずだが、高性能な彼女のアイカメラには余裕で見えているらしく、ある方向を指さして湊に尋ねる。

 言われてそちらを見た青年は、彼女と同じように島を発見したことで、どうせなら近くまで行ってみるかと提案した。

 

「後は帰るだけだし、時間もあるから行ってみるか?」

「ボート借りるん? 夜で波も高いから危ない思うけど」

「いや、ペルソナの力を使えば大丈夫なんだ――――レヴィアタンッ」

 

 “女帝”のカードを呼び出した湊は、カードを靴に当ててペルソナの名を呼ぶ。すると、無の鎧本来の機能が発揮され、ペルソナを取り込んだ靴は光に包まれ膝までを覆う薄水色の脚部鎧に変化した。

 先ほどまで編み上げブーツだったものが、突然金属の脚部鎧に変化したことでラビリスは驚くが、そんな驚いている彼女をお姫様抱っこで抱き上げるなり、青年は海に向かって歩いて行く。

 そのまま進めば濡れてしまうが、ラビリスがその事を告げようとしたところで、なんと彼は水の上を歩きだした。

 

「ほわー……これ、どないなってるん?」

「俺の靴は“無の鎧”と言って、ペルソナと融合させれば姿が変化して能力が付与されるんだ。そして、レヴィアタンと融合させると“水神の具足”になって、自在に水の上を歩ける特殊効果が付く」

「ペルソナの能力ってホンマに色々あって便利やなぁ。ウチのペルソナも何か特殊な力があるんやろか」

 

 ラビリスは波打つ海面を気にせず歩き続ける青年の姿に目をぱちくりとさせながら、目覚めてからまだ一度も召喚していない自らのペルソナも同じように特別な力があるのだろうかと思案に耽る。

 こんな特殊機能を引き出せるのは彼くらいなものだが、彼女のペルソナにも彼女のペルソナにしかない特殊な力はあるため、使いこなせば湊とは異なる場面で活躍出来ることだろう。

 そうして、青年が少女を抱いたまま波の上を歩き続けると、砂浜からは小指の先ほどの大きさにしか見えていなかった小島が段々と見えてきた。

 人が住んでいる気配はないが、無人島なら無人島で面白そうなので、近付くにつれラビリスは期待に目を輝かせている。

 だが、歩くペースを考えるともうしばらくかかりそうだ。黙って歩くのも暇なので、会話が途切れたタイミングで湊は新しい話題を切り出した。

 

「……なぁ、君の戸籍での名字を考えたんだけど、“汐見”じゃ駄目か?」

「ん? シオミってどんな意味なん?」

「さんずいに夕方の夕で“汐”って書くんだが、夜の海の事なんだ。だから、夜の海を見た記念的なもので“汐見”ってどうだろう?」

「へぇ、別にウチは湊君と同じ有里とかで良かってんけど、そういう思い出の名前って素敵やね。そんならウチは今日から汐見ラビリスやな。改めてよろしゅうな!」

 

 湊が考えた名字を気に入ったらしく、ラビリスは嬉しそうに改めての挨拶をしてくる。

 “汐見”という名字ならば、ラビリスでもアイギスでも語呂はそれほど悪くない。彼女が言った湊と同じ有里にしていれば、少しばかり語呂が悪くなっていたので、記念という意味をしっかりと籠めてよかったと青年は安堵の息を吐いた。

 そして、戸籍の名前が決まったのなら、次は暮らす場所も決めておこうと湊はもう一つ考えていた事を口にした。

 

「後もう一つ、君が良かったらで良いんだけど、俺と一緒に暮さないか?」

「一緒にって、ウチって研究所で暮らすんやないの?」

「いや、研究所はメンテナンスと動作チェックとかに通うだけで、暮らす場所はまた別に用意するさ。君が研究所で暮らしたいなら部屋を用意するけど、そっちの方がいいのか?」

 

 研究所にも宿泊出来る部屋はあるし、湊やシャロンのように個人の研究室を持っている者もいるため、ラビリスに一室用意するくらいは簡単である。

 けれど、研究所はあくまで会社の一部なので、一緒に暮さないにしても、彼女には社員寮に部屋を用意するつもりであった。

 本人が研究所で暮らす方がいいのなら希望通りにするが、そちらの方がいいのかと湊が尋ねれば、ラビリスは慌てた様に首を横に振った。

 

「あ、別に湊君と暮らすんが嫌とかやないんよ。ただ、研究所暮らしやとばっかり思ててん。けど、一緒に暮らして大丈夫なんかな? 家事とかできへんし、一般常識とか全然ないんやけど」

「家事がしたいなら、最初は朝の洗濯とか簡単なことから覚えていけばいい。一般常識なんて人の中で暮らすうちに覚えていける。俺もちゃんとフォローするしそこら辺は問題ない」

「そっか。それやったらウチもお邪魔させてもろてええかな?」

「ああ、よろしくな」

 

 ラビリスの同居が決まると湊も嬉しそうに笑う。部屋は倉庫代わりにしている一室があるため、そこを空ければ彼女の部屋も用意できる。

 ベッドは寝室にキングサイズのベッドがあるため二人でも余裕で寝ることが可能で、インテリアはショッピングモールに行ったときにでも買えばいい。着る物は下着含めて女性物も大量にマフラーに入っているので問題ない。

 これなら仕事が入っていても当分はラビリスに不自由させる事はないだろう。必要な物が足りていることを頭の中で確認した湊が小島に向かって歩き続けていると、ポケットに入れていた携帯がマナーモードで震えた。

 

「……悪い、知り合いからメールだ」

「全然ええよ。急ぎの用事かもしれんし、ちゃんと見とき」

 

 水の上で立ち止まった湊にラビリスがそう答えれば、湊は彼女をお姫様抱っこから背負う形に変えて、ポケットに入れていた携帯を取り出しメールを確認する。

 すると、メールを確認していた湊は、画面をスクロールさせるにつれて表情を怪訝な物へと変化させていった。

 

「どないしたん? 誰からのメールやったん?」

「山岸っていうクラスメイトからのメールだった。今日、文化祭の出し物が“シンデレラ”の劇に決まったらしい」

「へえ、文化祭なぁ。ウチ、見た事ないけど皆でお祭り作るやなんて楽しそうやん。湊君も劇に出るんやろ? なんの役になるとかはまた決めるんかな?」

 

 文化祭という言葉はラビリスも知っている。クラスや学校が一丸となって様々な出し物をして作りあげる学生たちのお祭りだ。

 その中でも劇は大勢の前でやるだけあって、一種の花形と言えるだろう。シンデレラはメジャーなタイトルであるし、ラビリスから見ても湊の容姿は非常に整っているため、舞台衣装に身を包めばどんな役でも映えるに違いない。

 彼の役が既に決まっているのか気になったラビリスが返事を待っていれば、かなりの間を置いてから湊は静かに答えた。

 

「……配役はシンデレラらしい。王子役と意見が分かれてシンデレラになったと」

「え、その……が、頑張ってな」

「文化祭、休もうかな……」

 

 一瞬、ラビリスは湊が主役に抜擢されたことを祝おうと思ったが、よく考えればシンデレラはある意味お姫様とも言える女性の役だ。

 いくら髪が長くて美人だと言っても湊は男であるため、全配役の性別が逆転しているならともかく、彼一人だけが女性の役に選ばれていたとしたら迂闊に祝う事は出来ない。

 けれど、何か声をかけねばと思ったことで、ありきたりな応援の言葉をかければ、青年は愁いを帯びた表情で溜め息を吐いて肩を落としながら無人島へと歩いて行った。

 

 

 




原作設定の変更点

 少女としか表記がなかったため、ラビリスの人格モデルになった少女の名前を間宮聖と設定。さらに死亡時期が不明だったので、2007年より前に既に死んでいたと設定。


補足説明

 ラビリスの名字として使った“汐見”という名前は、舞台版ペルソナ3の主人公の名字から取ったもの。湊はラビリスとアイギスに戸籍を作る際にそれを使用するため、二人の戸籍上の名前は汐見ラビリス、汐見アイギスということになる。


補足説明その2

 浮気、ダメ。ゼッタイ。

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