8月22日(水)
午後――都立運動公園・体育館
八月の頭にブロック大会で優勝した月光館学園男子バスケ部は、全国大会初日の予選を突破し、二日目の本戦では見事に勝ち進みベスト8への入賞を決めていた。
本日最後の試合を勝てば明日の準決勝に進むことが出来る。都大会と同じ会場である体育館には大勢の応援が駆けつけており、選手らもここまで来れば目指すは全中制覇と気合十分であった。
そう、対戦相手が全中三連覇を狙っている早瀬護のチームでなければ。
「カバー! 誰か、早瀬を止めろ!」
パスのボールを奪った色黒の少年がドリブルでコートの中央を疾走する。
相手を止めようにもそれぞれがエース級の実力を持った敵チームの選手らが壁となって接近を阻み、彼らを振り切って早瀬の前に出ても切り返しで躱され触れる事も出来ない。
「ナイッシュー!」
全員を躱してゴールに辿り着いた早瀬は、レイアップシュートで悠々決めるとチームメイトと観客席に手を挙げて応えている。
必死に止めようとして何も出来なかった渡邊たちは、都大会決勝で対戦した忍足が、どうして反則を使ってでも勝ちにこだわろうとしたのか今になって理解した。
以前、地区大会で戦った事のある彼らとは実力がまるで違っている。彼らは怪我や疲労を考えて、地区大会などではスタメン選手をほとんど温存して実力もセーブして戦っていたのだ。
第二Qの開始から三分で“14対37”と大差がついている。これがようやく都大会上位程度の実力になれた月光館学園男子バスケ部と全中連覇を狙う早瀬たちとの実際の差だった。
「お前ら、去年よりも上手くなってるよ。けど、勝つのは俺たちだ」
言いながらニカッと歯を見せて早瀬が笑う。同じ地区だけあって彼も月光館学園の選手らをちゃんと覚えてくれていた。
しかし、覚えてくれていたところで何だというのだ。仮に相手の人数が一人少なくても勝てる気がしない。
純粋な個人個人の実力差は当然として、会場中が熱気に包まれ雑誌記者やテレビカメラまで入っている全国大会独特の雰囲気、戦ってきたチームの実力が高いせいで今までよりも蓄積した疲労、全中三連覇を目指し圧勝を続けている格上が相手という重圧、そういった要因がいくつも重なったことで、渡邊たちは本来の実力を出しきれないまま心が折れかける。
だが、
「……指先で押す様に…………叩きつける……」
まだ一人会場の空気に一切呑まれず、何かを呟きながら鋭い視線で早瀬を見続けている男がいた。
長い髪を縛り、右眼に眼帯を付けているものの、彼だけは身体能力で早瀬たちに劣っていない。
これまでは早瀬に抑え込まれていた。けれど、それは技術等で劣っていたため、相手に上手く躱されてきただけのこと。
心が折れかけた味方は、助っ人の湊がまだ諦めずにいる姿を見て、自分たちが先に諦めてどうすると奮起する。
「まだまだこれから! 声出していくぞ!」
『オーッス!』
大差がついて諦めるチームはこれまでいくつもいた。だが、このチームはまだ諦めていないと分かった早瀬は、何やら嬉しそうに口元を歪ませている。
それを見た渡邊はスローインに向かいながら、その余裕面を二度と出来なくしてやる、と左サイドに向け強くボールを投げた。
「会長!」
ボールは明らかにコート外に向かっていたため、敵チームは誰も取りに向かっていなかった。焦って取りに向かったところ、手で弾いてコート外に出たらそれだけで相手が儲けるのだ。必要のないところでリスクを負う必要はない。
そう考えていたせいで、早瀬たちは逆サイドからコートを横切る選手がいることに気付くのが遅れる。
『っ!?』
コート外に出る直前で追い付いた湊は、片手を伸ばした状態で受け止め、ボールを掴んだまま後ろ回し蹴りを繰り出してゴールの方へと向いた。
まわりに選手がいればファールになっていただろうが、誰もいないところでなら文句を言われる事はない。敵チームより動き出しの速かった湊は、そのままドリブルでゴール目指して駆けていく。
ディフェンスに身長一八七センチの相手チーム一の長身選手が正面にやってくるが、上半身の動きで右に抜くフェイントを入れ、ボールを背面でドリブルして左に送りながら、フェイントに引っ掛かり相手の身体が泳いだところで、再度右側へと切り返し完全に抜き去った。
左から抜くのが本命だったと思って無理に動こうとした相手は、まさかの二重フェイントに対応しきれず尻もちをつく。
だが、相手を後ろへと置き去りにしてゴールへ向かう湊の前に、戻ってきていた早瀬が立ち塞がった。彼を抜けば誰もいないが、その彼が現在の中学バスケの頂点にいるのだから質が悪い。
「お前、面白いな!」
チームで最も大きい番号を付けていながら、実力は素人が見ても分かるほどチーム内で飛び抜けている。これまでは早瀬が単独で止めたり、他の選手が数人がかりで止めてきた。
つまり、裏を返せばエース級のメンバーが集まるチームでも、早瀬以外は単独で止められない事を表している。
先ほどのスローインをキャッチした際のアクロバティックな方向転換に加え、難易度の高い背面ドリブルにフェイントを組み合わせてもミスしないボールコントロール、こんな選手がいて話題にならないはずがない。
けれど、こんなにも目立つ見た目をしていながら話題はおろか名前も聞いた事がなかった。転校生か知らないが、こんな選手がいるのならもっと早く戦ってみたかったと、早瀬は湊との直接対決に獰猛な笑みを浮かべて挑む。
「――――っ」
「させん!」
先ほどの選手を抜いたときのように、今度は左に抜くフェイントを入れてボールだけ右側へと送る。
しかし、直前のやり取りを見ていた早瀬は湊の体重移動とボールの行方に意識を集中させ、フェイントに一切引っ掛からずに湊の進行を阻んでいた。
二回目のフェイントのために一時的に手放したボールを狙って相手の手が伸びてきて、湊は奪われないよう素早くもう一度背面ドリブルで左側へと戻し、ボールと相手の間に自分の身体を挿んで奪われることをなんとか防ぐ。
一応の危機は回避したがここで足止めを喰らっていれば相手チームの選手が戻ってくる。仮にボールを奪われなかったとしても、ボールを持っていられる時間に制限があるため、どちらにせよ攻めあぐねていれば相手ボールになることが決まっていた。
(強く叩きつけて、俺がボールに合わせるっ)
相手ボールになることが決まっているなら、その前に仕掛けてシュートへ持っていくしかない。
湊は相手の動きに集中しながらボールが後ろに飛ぶように強く叩きつけると、あっけに囚われている相手の目の前で自分も後方に跳んだ。
「後ろに跳びながら空中でキャッチに持っていくのかっ!?」
バウンドして跳ね上がったボールを追うように跳んだ湊は、ボールを空中でキャッチするとそのまま放り投げた。
ボールを叩きつけた時点では後ろの様子など正確に分かっていないはず。けれど、湊は誰もいない方向にボールが行くように調整し、自身も空中で追い付くタイミングと速さで跳んで空中でのシュートに持っていった。
そんな不安定な体勢からのシュートが決まるのかと会場中がボールの行方を目で追えば、ボールはバックボードに触れることなくリングをくぐっていた。
***
湊たちバスケ部が全国大会出場を決めた事で、応援席には大勢の学校関係者が集まっていた。
本日は桜も応援に来ており、初めて会ったゆかりが彼女として挨拶をする一幕もあったのだが、今は会場中が静まり返り全員が試合の展開に目を奪われていた。
第二Q残り二分、点差は“22対41”と僅かに縮まっている。だが、先ほどの湊の空中シュート以降、試合はほとんど動いていない。
その理由は両チームのエースが正面からぶつかりあっているからだ。
スローインでボールを貰った湊がコートを駆ける。それを追うように早瀬も駆けていき、ボールを持っていない早瀬が先に回り込めば、奪われまいと湊はバックロールターンで躱してシュートに持っていこうとする。
けれど、抜かれる時点で動き始めていた早瀬は、シュートのボールが湊の手を離れた直後には追い付いてコート外へと弾き飛ばす。
そうしてまた、スローインから試合が再開しようと、お互いがお互いのシュートを阻んでほとんど点が入らなくなっていた。
「あの早瀬という男、信じられん反射神経だな」
バスケに関しては素人だが、抜かれてもすぐに立て直して追い付いている姿を見て、真田は早瀬のとんでもない反応速度に思わず唸る。
自分より速い湊とほぼ同等、格闘技をやっていれば野試合という形で手合わせしてみたいほどの逸材だ。
「あいつ、ストリートもやってるんすよ。まぁ、それ言ったら有里の動きもどっちかっつーとストリートっぽいけど」
「ありゃ、早瀬から動き奪ってるだけだろ。それ以外は回し蹴りとか完全にバスケではねぇな」
偶然会って解説役にと近くに座らされた宮本が早瀬の情報を教えれば、その真後ろに座っていた忍足が呆れ気味に淡々と呟く。
都大会でのことがあったので最初は剣呑な空気が漂っていたが、それぞれの幼馴染が試合が始まるから後にしろと言った事で、今は大人しく試合を観戦していた訳だが、忍足の言葉に疑問を覚えたのか美鶴が質問をぶつけてきた。
「動きを奪うとはどういう事だ? 有里は元々テクニックで秀でていたように記憶しているんだが」
「あー……あいつは素人だから相手躱すときの動きだとかは、ほとんど感覚で後は見よう見真似でやってるみたいなんですよ。その証拠にこれまでの試合だと走って逃げれなきゃジャンプでシュート打つばっかで、ドリブルで敵を躱すのはほとんどしてないんです。理由は躱す技を持っていないから」
年上で何やら圧倒的なオーラを纏っている美鶴が相手だとやりづらいのか、忍足も素直に質問に答えてしまう。
だが、そのおかげで理解出来た美鶴が納得したように頷けば、ジッとコートを見つめていたチドリが口を開いた。
「……湊はまだまだ素人なのよ。身体能力頼みで足りない分はセンスで補ってここまで来れてしまった。だから、圧倒的に経験が不足してるの」
「でも、有里君ってちゃんと部活の練習に参加してたでしょ?」
「チームとしての練習はしてたでしょうけど、ああいうテクニックみたいなのは教えてないはずよ。時間が足りなくて湊を入れた状態でチームが機能するようにするのがやっとのはずだし」
チドリの言う通り、湊が参加している間、部活で行ったのは基礎的なメニューとチームでの連携の練習ばかりであった。
それは都大会で判明した、味方のパスが湊の長所を殺しているという課題をクリアするためであり、練習の甲斐もあってチームメイトらは部員と湊でパスを使い分けられる様になった。
おかげでブロック大会やこれまでの試合では、湊を軸に攻めて点を取って来られたが、ここに来てついにそれが通じない相手と当たってしまう。
「本人たちには悪いけど、湊以外の選手はいいとこ二流ばっかり。これじゃあ一流の中に超一流が混じってるチームに勝てるはずないわ」
「そんな、他の皆さんも頑張って練習してたんですよ?」
「いや、正しいと思うぞ。
「まぁ、有里頼みで勝ち上がってきたツケだな。人間どうしても楽な方に逃げやすい。あいつらは途中から勝ちパターンに乗っかって自分らのスキルアップを怠ってたんだよ」
嘲る様に告げる忍足に宮本が眉を顰めているが、彼の言う通りどんなに頑張って練習しようが現実は非情である。必死に練習しても渡邊たちの実力が劣っているということは、相手の方が才能に恵まれていたか、もしくは渡邊たち以上に努力してきたのだろう。
経験者の目から見ても、湊以外の選手は都大会からほとんど成長していない。それは大会が進むにつれて彼らの力が通用しなくなり、勝つには湊に頼らなければならなかった事が原因だ。
おかげで湊に出すパスの精度等は向上しているようだが、チームスポーツは突出した選手がいようと数で押さえる事も出来る。
今はエース同士が次元の違う戦いを行っているので試合は動いていないが、もしも均衡が崩れれば試合は一気に進むことが予想された。
「でも、ようやく湊は同格の選手と出会えた。フィジカルは湊が上、テクニックは相手が上、この二人の対決の方が今までの試合より余程面白いわ」
ボールを持って必死にゴールを目指す少年と、それをさせまいと喰らいついて阻んでいる青年を見て、チドリはとても楽しそうに口の端を吊り上げる。
彼女以外の者たちもきっと同じように思っているのだろう。声援を送るのを忘れ、ボールがつかれる音と二人の足音だけが体育館中に響いていることがそれを証明していた。
***
「一年、ドリンク持ってこい!」
第二Qが終わりハーフタイムに入るなり、顧問の盛本が指示を飛ばした。現在の点数は“29対45”でまだ負けているが、湊と早瀬の一騎打ちになったことで点数はほぼ入らなくなり、若干だが追い付きつつあった。
言われた一年が急いでボトルを持ってくると、湊はそれを一気に飲み干してタオルで汗を拭いている。
反対側のベンチも同じような動きをしており、休憩時間だというのに鋭い視線で闘気を放っているエースに、チームメイトたちは声をかけづらそうにしていた。
ただし、盛本だけはその間も湊の身体を冷やさぬように上着を羽織らせたり、タオルを交換したりと忙しく世話を焼いている。
「有里、体力はまだ大丈夫か?」
「……大丈夫です。ただ、それは向こうも同じかと」
「相手が中ばっかりでお前がスリー中心だったから点差は縮まったが、シュート数自体は一本しか違わない。簡単にひっくり返るから集中切らすなよ」
「はい」
顧問が一人にかかりきりになっても他の選手らは文句を言わない。彼一人がどれだけ激しく動いていたかを見ていて、ここで何かを言える者などいなかったのだ。
だが、後半に向けて何も作戦を考えないわけにはいかない。ドリンクとレモンの蜂蜜漬けを渡して湊の体力回復の処置をある程度終えると、盛本は渡邊たちに二人の対決から絶対に目を離すなと告げる。
「お前ら、二人の対決をしっかり見とけ。これだけの対決なんて大学やプロでも滅多に見れないからな。間近で見て学べるチャンスを無駄にするな。いつ均衡が崩れるか分からないから、コートの中では他の選手のマークも忘れるなよ」
これほどの試合など滅多に見れる物ではない。今はまだ無理でも今日見た試合がいつか活きるときが来る。
そして、もし二人の対決に決着が付けば一気に試合は動くのだ。他の者たちはその瞬間に反応する必要があるため、コートに立っている間は絶対に気を抜くなとも注意を受けた。
ベンチの選手も含めて全員がそれを胸に刻むと、ハーフタイムが終わる頃になって円陣を組んで気合を入れ直し。試合再開のためにコートに戻る途中、渡邊と山井が湊に声をかけた。
「こぼれたボールはオレらで拾いますから、会長はあいつに勝つことだけに集中してください」
「……悪いな。助っ人なのに勝ててなくて」
「早瀬とタイマンしてる姿見て、そんな事を気にしてるやつはいねぇよ。こっちこそ、お前に頼りぱなしでゴメンな。でも、お前なら早瀬に勝てるって信じてる。だから、絶対勝てよ」
二人の信頼を受け取った湊は静かに頷くと意識を切り替えて、先にコートで待っていた少年だけに集中してゆく。
周りから頼られてばっかりの人生だが、命のやり取り抜きでこんな風に頼られ、自分の勝利が味方の勝敗にまで影響することなど久しくなかった。
やる事は単純だ。ただ全力で相手に勝ちにいけばいい。味方の信頼が重荷になる事など一切なく、湊は闘気剥き出しの少年の前に立つと正面から向き合った。
「有里、お前の名前しっかり覚えたぞ。出来れば、お前とは決勝でやりたかった。こんなに楽しい試合は初めてだ」
「……ああ、俺もお前との対決が一番燃えてるよ」
「それは良かった。けど、決着は付けなくちゃな。悪いが勝って三連覇の夢を果たさせて貰う」
「こっちも負けられない理由がある。だからその夢は諦めてくれ」
これまでの試合で自分を本気にさせる者と出会う事のなかった二人は、心の中でずっと戦っていたいと密かに思っていた。
しかし、それ以上に目の前の男に勝ちたいという想いがある。決勝という大舞台ならばさらに熱い戦いとなっただろうが、準決勝への切符をかけた試合だという現実は変わらない。
第三Q開始のホイッスルと早瀬チームのスローインで試合が再開すると、二人はボールに向かって駆けだした。
味方からのボールを手にしたのは早瀬。覆いかぶさる様にディフェンスを仕掛けてくる湊を腕で止めながら、躱して強引にドリブルでゴールへと向かってゆく。
だが、湊も完全に振り切られること無く、すぐに反転して追いかけると相手がゴール前でレイアップシュートを打ちにいこうと片手持ちになった瞬間を狙い、早瀬の手からボールを掻っ攫って反撃だとばかりにドリブルでゴールを目指す。
横から伸びてきた手にボールを奪われた早瀬は、着地するとそのまま湊を追いかけ、ボールを持ってない分速く動いてペイントエリアで相手の前に回り込めば、これ以上は進ませないと立ち塞がった。
けれど、まだこのとき早瀬は湊の身体能力を甘く見ていた。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「っ!?」
ボールを持った湊は吼えながら強く地面を蹴るとゴールリングに向かって跳躍する。
早瀬は自分がペイントエリアと呼ばれるフリースローレーンにいたことで、ペイントエリア外の微妙な距離にいる湊は、躱してシュートを決めにくるか、もしくはスリーポイントを狙って距離を取ると思っていた。
だが、湊はそのどちらでもないフリースローラインからの跳躍で、早瀬の頭上をいくという選択を取ってきた。中学生どころかプロでも簡単に出来る事ではない。
彼の行ったプレイの名は、
「人越え、レーンアップ……」
衝突を恐れて思わず頭を下げてしまった早瀬が、ダンクを決めた湊を見てポツリと呟いた。
ダンク自体は珍しいことではないが、フリースローラインで踏み切って跳ぶレーンアップは、驚異的な跳躍力を持っていなければ出来ない技だ。
それをさらに人越えというアメリカのプロでも早々出来ない大技と組み合わせてきた。早瀬の身長は現在一七八センチで僅かに頭を下げたにしろ、そんな技を中学生が全国の大舞台で決めたのだから、会場中からどよめきの声と共に多数のフラッシュがたかれるのも無理はなかった。
「は、ははは、あははは! すげー、すげーよ有里! お前、最高だ!」
目の前でそんな大技を見せられた少年は怯むかと思えば、彼は反対に目を輝かせて大きく笑う。
試合中にどんどん自分の技を盗んで成長しているかと思えば、後半が始まったばかりで彼の長所である跳躍力を活かした技を決めてきた。
一体どこまで驚かせれば気が済むのかと、早瀬は底の知れない好敵手に夢中になっていた。
「……正直、成功するかは賭けだった。ぶつかる可能性のある技をして悪かった」
「ああ、いいさ。決めた以上賭けはお前の勝ちだ。けど、それなら俺だって見せてやる」
言いながら走り出した早瀬は味方からボールを受け取るとゴールを目指す。湊が回り込もうと切り返し、フェイント入れ、早瀬も相手を振り切ろうとしながら、少しずつゴールに近づきフリースローラインに到達すれば、そこからゴール目がけ片手でボールを投げた。
明らかに入る軌道ではない。案の定、ボールはバックボードに当たって跳ね返ったが、湊がそれを取る前に駆け寄って跳んだ早瀬が、空中でそれを手にしてダンクで決める。
空中で味方のパスをキャッチしてダンクするアリウープは湊も決めた事があるが、バックボードを利用しての一人アリウープは決めた事がなかった。
先ほどの湊のレーンアップ同様、早瀬のアリウープも中学生が簡単に決められる技ではないが、いまこの場所ではどんなプレイでも成功するような気がしてならない。そんな空気が会場を包んでいた。
「どうだ。これが俺のとびっきりだ」
「フッ、ダンクコンテストじゃないんだぞ?」
「先に人越えレーンアップを決めたお前に言われたくないんだがな」
レーンアップに対抗して奥の手を見せてきて得意げな顔をする早瀬に、湊は呆れ気味な苦笑を思わず浮かべて返す。
しかし、先にダンクコンテストのような大技を決めて来たのはお前だと反論された事で、湊は自分と相手の技は種類が異なるときっぱり言い返した。
「俺のは純粋な身体能力の賜物だ。お前の曲芸紛いの大技と一緒にするな」
「曲芸紛いっていうな。NBAの試合ビデオで見てから一人で練習したんだぞ? 上手くいったのだって今ので四回目だ」
本当に今日初めてあった敵同士なのかと思うほど、今の二人は楽しそうに会話をしている。同じチームの者でも、彼らがこんなに楽しそうにプレイしている姿は見た事がない。
かと思えば、試合が再開すると両者は鋭い目つきになって、互いに自分の持っている全てを出し尽くしてゴールを目指し戦っている。
これまで全力を出せなかった二人は、ようやく全力を出して戦える者と出会えてきっと楽しいのだろう。
もしかすると二人の邪魔になるかもしれない。だが、コートに立っている選手たちは、このまま見ているだけなんて嫌だと、それぞれの全力でエースを支え、時に点を取りに行き、自らこの素晴らしい戦いに参加していった。
8月23日(木)
午後――都立運動公園・体育館
《優勝は東京都の市立森岡第二中学校》
全国大会最終日の午後、全ての試合を終えた閉会式では、早瀬が皆の前で中学バスケット連盟会長から大きなトロフィーを受け取っていた。彼の隣にいるキャプテンは優勝旗を手にしており、全中三連覇の喜びに涙を流している。
あの後、湊たちと早瀬らの試合は“63対67”で早瀬たちが勝利した。序盤の点差を考えれば怒涛の追い上げであり、エース対決は湊が僅かに上回ったことになる。
だが、試合結果は湊たちの敗北だった。
試合中に成長して相手のエースを打ち破ろうと、他の選手の地力で負けている以上、エース一人が頑張ろうが差を完全に埋める事は出来ない。
今まで二十点以上の差で勝利を続けてきた早瀬らを苦しめたとして話題になったが、それだけに湊以外の選手層の薄さが敗北の原因だとはっきり表れる形となった。
各校一列に並び閉会式に参加しているが、トロフィーを手にしている早瀬を見て拍手している渡邊は目が充血して腫れていた。
キャプテンの山井も同じようになっており、それは湊を除く全メンバーに共通している状態だ。
《続いて、優秀選手の表彰に移ります。呼ばれた選手は前へ来てください》
自分たちの実力不足で負けた事など、周りに言われずとも本人たちが一番分かっている。
湊は相手を上回ったというのに、自分たちのせいで負けてゴメンと泣きながら謝るなど、普段の飄々としている彼からは想像もつかない姿だった。
《平松附属平松中学校、五番・大島徹くん、桂馬学園中学校、六番・内藤勉くん》
最終日の準決勝と決勝で早瀬たちと当たった学校は、共に十五点以上の差をつけられており、早瀬たちと本当の意味で渡り合えたチームは湊たちしかいなかった。
自分たちと競った相手が優勝して誇らしい部分もあると言えばあるが、勝てていれば優勝も十分狙えたという事実の方が重くのしかかり。そこまで割り切っていられる選手は一人もいない。
《森岡第二中学校、四番・白木光一くん、森岡第二中学校、五番・早瀬護くん》
自分たちを負かしたチームから二人も優秀選手に選ばれ前に出ていく。その姿を目で追っている渡邊など、口に出さずとも自分たちのエースの方がすごい選手だと思っているのが丸わかりだった。
しかし、最後の選手が呼ばれた瞬間、
《月光館学園中等部、十番・有里湊くん》
彼の表情は一変した。
「ちょっ、会長スゲー! 優秀選手ッスよ! これ、ウチのバスケ部創立以来の快挙っしょ!」
「……最高でも都大会前で消えてたことを思えば、全国ベスト8も十分に快挙だろ」
「いや、個人成績はまた別の話ッスから! うっひょー、今夜は打ち上げじゃー!」
山井らと一緒になって飛び跳ねて喜ぶ渡邊に、別にお前が選ばれた訳でもないだろうにと冷めたことを考えながら湊が列の先頭まで出れば、早瀬がニカッと笑って拳を突き出して来たので、隣に並んで拳をぶつける。
その瞬間に会場の至るところからフラッシュがたかれ、目がチカチカしそうな状態の中、選ばれた選手らは記念の盾を受け取った。
チーム成績、全国大会八位入賞。個人成績、優秀選手賞・有里湊。そうして、月光館学園男子バスケ部の夏は終わった。