【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百三十九話 修学旅行最終日

7月11日(水)

昼――国際通り

 

 午前中はバスで岬などの観光を行った生徒たちは、本日最後のイベントである国際通り巡りを行っていた。

 決められた時間にバスに戻ればいいだけなので、各々好き好きに土産屋を見て回ったりしている。

 湊たちは班員の内、友近と理緒が親から買って来て欲しいと頼まれているものがあるからと別行動を取っているが、他の者は全員一緒でさらに他のクラスだが部活メンバーと渡邊も合流してきたので、昨日の夜に遊んだメンバーと大して変わらない顔ぶれであった。

 現在は女子たちの買い物をメインに行動しており、風花が店先に並んだお菓子の箱を手に持ちながらチドリたちの意見を聞いていた。

 

「やっぱりお土産は黒糖を使ったちんすこうとかが良いかな? それとも紅芋タルトとかかな?」

「ちんすこうって雰囲気で食べるけど言うほど美味しいって感じしなくない? それならちょっとお腹にたまるオヤツになりそうなタルトの方が私的にいいと思うけど」

「……こっちに黒糖を使ったショコラクッキーの試食があるわよ」

「あ、本当だ。すみません、試食させて貰いますね」

 

 美味しいことは美味しいのだが、それほど印象に残るかと言えば個人的に微妙だとゆかりが言えば、チドリが見つけた黒糖を使った別のお菓子の試食をして楽しんでいる。

 綺麗どころの女子が並んで楽しそうに買い物をしている姿は眺めているだけでも眼福だが、隣の店に移動するたびにこうやって足が止まると中々進むことが出来ない。

 おまけに湊は生徒会メンバーの二人に絡まれているせいで、非常に面倒くさそうにしていた。

 

「会長、このハブ酒ってやつ精力増強にいいらしいッスよ。ゆかりっちとの夜のために買っておいたらどうっスか?」

「……ハブ酒やマムシドリンクを飲むくらいなら、ウナギを食べたりレバーを食べた方が効果ある。というか精力なんかいらない」

「ミッチー、この海人のTシャツ一緒に買おうよ!」

「……それ、東京にあるアンテナショップでも売ってるぞ」

 

 恋人との夜の生活に口出しなど余計なお世話以外の何ものでもなく、それ以前にすぐにシモの話に持っていくのはやめろと湊は相手を諌める。

 だが、入れ替わる様に西園寺がペアでTシャツを買おうと言ってきたため、彼氏とペアでなくていいのかと思いつつ、沖縄から余計な荷物を増やしていかなくとも東京で同じ物が買えるぞと教えてやった。

 同じ物だろうと観光地で買うことに意味があるのだが、青年はその辺りの人の気持ちを理解出来ず。西園寺が湊の言葉に頬をむくれさせていれば、記念のストラップを買って出てきた順平が何も買っていない湊に話しかけてくる。

 

「つーか、有里君はお土産とか買わなくていいんか? オレたちの買い物ばっか付き合ってくれてるけど、見たい物あるなら好きに行っていいんだぜ?」

「……知り合い用と職場用にいくつか買ったから十分だ」

「しょ、職場? 有里君ってば中学生なのに何かお仕事してんの?」

「まぁ、色々とな」

 

 本業は久遠の安寧を傘下に治めて裏界最大組織となった仮面舞踏会の盟主。表向きとしてはEP社の最高顧問で、新たに設立したジャパンEP社の代表でもあり。系列の久遠総合病院の理事長の他には、栗原が店主を務める『古美術“眞宵堂”』、紅花の実家である『中華料理店“南斗星君”』のバイトもたまにだが行っている。

 経済的には余裕があるというのに、未だにバイトも続けているのは湊なりの誠意らしく。チドリや桜たちがちゃんと表の世界でも生きろと言ってくるので、学生の他に普通のバイトもすればそれっぽいのではないかという単純な考えによるものだ。

 とはいえ、中学生ではバイトをしている者も少数なので、湊が仕事をしていると聞いた順平は口を開けて呆けていた。

 傍にいた渡邊は友人のそんな顔を見て、間抜け面を携帯のカメラに収めて笑いながら、先ほどの順平と同じように買い物をしていない湊に後輩らへのお土産について尋ねてくる。

 

「会長、チビスケとか宇津木ちゃんとか宇津木ちゃんのお友達の子にお土産買いました?」

「木戸には菓子、宇津木には染め物のハンカチ、羽入には水族館で大きなぬいぐるみを買っておいたから問題ない」

「え、お友達ちゃんにぬいぐるみ買ってあげたんスか? てか、会長って行きのバスも含めて旅行中ずっと手ぶらだったような気がするんですけど」

「気のせいだろ。あと、遊園地やそういった大きな施設ではお土産の配送も出来るんだ。子どもへのプレゼントはぬいぐるみが基本だしな。とりあえず大きいのを選んでおいた」

「ん、んー……一個しか違わないんで子ども扱いとかオレには出来ないですけど、確かに大きなぬいぐるみは喜ばれるって聞きますね」

 

 宇津木と羽入の身長はそれぞれ一六一センチと一六〇センチ。これは部活メンバーでは佐久間と美紀以外の三人より大きいことを意味する。加えて、二人はスタイルもそれなり大人びていて、羽入にいたっては桐条美鶴よりも出るとこは出ているのだ。

 顔付きや本人の雰囲気で後輩と認識できているが、そういった身体面では完全に同級生以上であるため、渡邊が湊のように後輩を子ども扱いするのは難しいが、確かに羽入の性格を考えればぬいぐるみを喜びそうではあった。

 お土産を買って出てきた女子たちも丁度話が聞こえていたようで、おまたせと言ってやってくるなり、チドリが湊を見上げて喋りかけてきた。

 

「……湊、やけにあの馬鹿っぽいのに甘いけど何かあるの?」

「あれで二年の学年主席だぞ? というか別になにもない。まぁ、相手が懐いて来ているのは、親が仕事で海外にいて単純に寂しいからだと思う。八月には一段落して戻ってくるらしいから、それまでは多少面倒をみてやるつもりでいるが」

 

 湊の言葉を受けた羽入を知る一同は、天然で呆け呆け娘な彼女が湊と同じ学年主席と聞いて目を丸くして驚いている。

 だが、彼女が学年主席なのは事実であり、馬鹿っぽく見えるがゲーム攻略で脳が鍛えられて、基本五科目の習った部分は攻略法含めて暗記しているらしい。

 その他の副教科と呼ばれるものは覚えられるものは教科書やノートを見て覚えて、テストでは覚えた物をそのまま書いているため、それがどういった物かは理解していないことを考えると、彼女は典型的な“勉強が出来る”だけのタイプであった。

 勉強が出来る、知識がある、頭が良い、これら三種は似ているようで完全に別物であるため、将来はかなり苦労することになるだろうが、一応心配した湊が暗記した事柄をちゃんと知識に落としこめるよう勉強を見てやっているので、改善されつつあることを思えば希望は見えていた。

 とはいえ、面倒くさがりな湊が可哀想だからと色々と世話を焼いている話を聞くと、昼食を取るために県庁前通りに移動を始めたチドリたちは呆れた様子で湊を見てくる。

 

「……貴方、やっぱり子どもに甘いわね。将来娘が生まれたら苦労するわよ。父親を異性として好いて来そうだもの」

「あ、なんかそれ分かる。有里君って激甘で子どものこと叱れなさそうだよね。娘ならすごいファザコンになりそう」

「でも、優しいお父さんとして娘に好かれそうですけど。反対に息子には大きな壁としてライバル心を持たれそうな気がします」

「確かに有里君がお父さんだと、子どもは他の家庭より特別に意識しちゃいそうだよね」

 

 湊は人類最優の遺伝子を持つ鬼と龍が交わって生まれた現代人類から進化した新人類だ。子どもにこれ以上の遺伝子を求めようと思えば、湊は力の管理者であるエリザベスかマーガレットと子を生すしかない。

 しかし、湊にそのつもりがない以上は相手は普通の人間の女性ということになり、普通の女性から生まれた子どもは自動的に湊より遺伝子的に劣ってしまう。

 息子ならば自分よりも強い雄にライバル心を抱き、娘ならば雄として優れている上に自分に特別な愛情を注いでくれる父を異性として好いてしまう未来は確かにあり得た。

 

「……結婚相手が可哀想よね。夫が子どもに甘いから叱らないといけないのに、叱ると子どもからは恐い母親として見られるんだから」

「でも最近はそういう家庭も多いらしいよ。父親が娘に激甘だからって、母親が子どもを叱る父親としての役目もしなきゃいけないんだって」

「子どもの将来を考えて叱っているのに、お腹を痛めて生んだ子どもから嫌われるって可哀想ですね」

「自分が結婚する相手には、自分が嫌われてでも子どものことを考えて欲しいね」

 

 子どもからすれば自分を叱らずに愛情を注いでくれる親は、とても優しい最高の親に見えるだろう。けれど、父親がそうなれば母親は子どものことを考え、時には心を鬼にしなければならなくなる。

 父親が甘ければ、厳しい母親はその分余計に厳しく見えるに違いない。すると、思春期になれば甘い父親ばかりに懐いて、母親のことは厳しいから嫌いだと言ってくるかもしれない。

 子の将来を思って心を鬼に出来る母親だ。お腹を痛めて産んだ我が子が愛しくないはずがない。

 だが、子どもが親のそんな愛情に気付くのは大人になって子どもの頃を振り返ったときである。それまで憎まれ役を続ける母親はとても辛い思いをするだろうと、女子たちが子を叱れない夫と結婚した妻に同情すれば、その後ろを歩いていた湊が眉を顰めて口を開いた。

 

「……お前ら、妄想の話題で批難するようにこっちをチラチラ見ながら話すのはやめろ。仮にそれが現実になろうとお前らは部外者だろうが」

「……親しい異性なんだから相手がこの中の誰かの可能性はあるわよ」

 

 チドリの言う通り、部活メンバーは湊と親しい女子ばかりなので、両者の関係を考えれば将来結ばれる可能性は他の者よりも高い。

 彼女になったゆかりや家族だが戸籍上は他人で結婚可能なチドリなど、他の誰よりも結婚に近い位置にいると言っていいため、仮の話ではあるが部外者かどうかは分からない。

 しかし、チドリがそういうのであれば、先ほどまでの話から考えるに女子たちも結婚相手が苦労しそうなのは分かっているはずだと湊も反論した。

 

「これだけ言ってきておいて、それで一緒になったならある程度は覚悟の上だろ」

「うわ、開き直ってる。有里君ってば子持ち家庭の夫としては最低だわ」

「……お前ら、自分が俺より家事が出来ないってこと忘れてるだろ」

『あ……』

 

 好き放題言われてもある程度は我慢していたが、妄想の話で最低とまで言われれば現実を見ろと言い返したくもなる。

 学業・仕事・家事をちゃんとこなして一人暮らししている湊は、ここにいる女子たちよりも圧倒的に家事スキルが高い。料理に関しては和食と中華はプロ級で、他の物だろうと基本が出来ているため十分美味しく作れる。

 掃除・洗濯・裁縫は再会する被験体たちに教えようと桔梗組に来た当初に習ったので、勉強を教えるのが得意で家庭教師を出来ることもあって、現在ではプロの執事(バトラー)として働けるレベルだ。

 いくら湊が子どもに甘かろうが、彼は子どもの家庭環境を整えて勉強を教えることも出来る。そんな彼よりも家事スキルを初めとした複数の項目で劣る者が偉そうにいうなど笑止千万。子どもの話をする前に自分のことを最低限出来るようになれと湊が言えば、女子たちは落ち込んだ様子で肩を落とし目的の店までトボトボと歩いて行った。

 

***

 

 国際通りを離れて県庁前通りにやってきた湊たちは、事前に調べていた定食屋で昼食を取ることにした。

 四人掛けのテーブル二席に部活メンバーと湊+その他で分かれ、店の一番人気と書かれた沖縄そば定食といくつかの郷土料理を頼んで料理がやって来るのを待つ。

 沖縄そば定食は『ソーキそば、炊き込みご飯、スパムとサラダ、もずく』で税込六五〇円と観光地に近いことを考えれば十分に良心的な値段だろう。

 単品で頼んだゴーヤチャンプルーやてびちが運ばれてくると、続けて定食も一人分ずつ盆に乗せられてテーブルに置かれる。

 運ばれてきた時点で漂っていたスープの香りが食欲をそそり、全員の分が揃ったことを確認した一同は手を合わせた。

 

『いただきます!』

 

 作ってくれた者と食材への感謝を胸に、白い湯気の立つ熱々のスープに浸かる麺に箸を伸ばして口へと運ぶ。

 ずるずると良い音をさせながら啜った麺を口に含むなり最初に感じたのは、透き通った色のスープからは想像も出来ないような、だしの旨味が凝縮された濃厚な味わいに対する驚きだ。

 カツオと昆布のだしをベースに、醤油と地元沖縄の塩を使った極めてシンプルな味付けだが、そこによく煮込まれて身がほろほろになったソーキを入れることで、ソーキに沁み込んだ味がスープに溶けだし、何時間も煮込んだラーメンのスープに負けない旨味を持った味付けになっている。

 あまりの大きさにスープから半分以上顔を出してしまっているソーキに、麺は食べごたえがありスープと絡み易い太麺、その他にはネギと紅ショウガがトッピングされ、薬味のトッピングそれぞれが口の中をさっぱりとさせるため、麺やソーキを食べる間に挿むことで最後まで飽きなくそばを堪能する事が出来る。

 しかし、定食はソーキそばだけではない。冷房の効いた店内でそばのスープに負けないくらいホカホカと湯気を立てている炊き立ての炊き込みご飯は、鶏肉やひじきにこんにゃくといった具材をご飯と一緒に炊いているのだが、なんとソーキそばと同じだし汁も一緒に入れているのだ。

 具材と調味料の配合が異なるため味わいは全く別だが、ベースとなるだしを同じ物にすることで二つの料理の食べ合わせは最高だった。

 ソーキを口一杯に頬張り、ご飯の盛られた茶碗を手に持ってガツガツとかっ込みながら、順平が満面の笑みでそれぞれの料理を褒め称える。

 

「うんめー! オレっち、大のラーメン党だったんだけど、こんなでかい肉が入った沖縄そばならマジでタメ張れるっつーか、炊き込みご飯とのコンボで満足度はこっちのが上かも」

「このスパムってやつも美味いよな。ちょいきつめに塩味付けたジューシーなハムみてぇ」

 

 もりもりとサラダを食べながらスパムも口に運び、普段食べない料理との出会いに渡邊は楽しそうに食事を続ける。

 どちらかと言えば優しい味付けのそばとご飯に対し、がっつりと味のついたスパムは育ち盛りの男子や仕事を頑張っている者たちにも満足なボリュームを与える。

 しょっぱい味に飽きれば身体にも良いもずくで口直しをすることができ、定食以外にも豊富なメニューが揃っていることでこの店は客に飽きさせることがなかった。

 湊たちのテーブルで男子らが忙しそうに箸を動かしているとき、隣のテーブルではチドリたちが同じように料理の感想を言い合いながら満足そうな笑みを浮かべている。

 だが、その中でただ一人だけ普段通りの感情の読み取れない表情で食事を続けている者がいた。

 

「……ジーマーミ豆腐、落花生を使っているということはごま豆腐みたいに甘いのか? まぁいいか。すみません、ジーマーミ豆腐とチキアギーとグルクン唐揚げ追加で」

「ミッチー、沢山食べるんだね。まどか、お腹一杯だからこのスパムあげる。はい、あーん」

 

 表情は普段通りだが、彼は彼でアナライズを使いつつ料理の調理工程から隠し味まで調べ尽くし、密かに本場のレシピを盗んで料理のレパートリーを増やしながら料理を堪能していた。

 それを見た西園寺は一杯食べる男の子は好きだよと言いながら、自分の皿のスパムを箸で湊の口へと運んでゆく。

 いくら沢山食べると言っても、どこか潔癖症っぽい雰囲気の彼は流石に他人が口を付けた箸で触れた物は食べないだろう。周囲がそう思いながら、湊相手に押せ押せな態度を崩さない西園寺も大したものだと苦笑していれば、次の瞬間湊の口の前に運ばれたスパムが西園寺の箸から消えていた。

 

『……ん?』

 

 今、何が起こったのか理解出来なかった一同は首を傾げて青年の顔を見る。すると、青年がいつもと変わらぬ表情のまま、もきゅもきゅと口を動かして何かを咀嚼しながらメニューを眺めていた。

 彼の前には空になった皿や器が並んでいる。皆まだ食べている最中だというのに、追加で色々頼んだ分まで食べ終えているとは、随分と食べるのが早いのだなとちょっと驚く所ではあるが、皿や器が空になっている状態で彼がどうして口を動かしているのか分からない。

 彼の元には食べるものがなく。先ほど西園寺が持っていたスパムは一瞬で消えた。そこから推測するに、もしや他の者が目で追えない速度でスパムを口に入れたのだろうか。

 カエルが虫を食べるときですら残像くらいはあるぞと、ミステリーを超えてちょっとしたホラーの域に入っている青年の食事について、隣のテーブルにいたゆかりが恐る恐る尋ねる。

 

「え、えっとぉ、有里君さ。いま、西園寺さんのスパム食べた?」

「……メニューを見るのに邪魔だったからな。それに箸では触っていたが、食べさしでないなら別に気にしないし。残すのもあれだろ?」

 

 人の食べさしは遠慮するが、別に箸で触れたくらいならばそれほど気にしない。そもそも、他人の口に触れた物をそんなに気にするのであれば、湊は今までに何度も不意討ちで女性からキスされているので、その度にうがいや歯磨きをしなければならなくなる。

 いくら湊でもそこまで潔癖症ではないため、別に誰かが口元に料理を持ってくれば食べることもあるぞと返した。

 他の者たちはそれを聞いて意外と普通なんだなとも思ったが、家族の少女が大して驚いていないことから、彼は元々そういったことをあまり気にしない性格だったのだと認識を改める。

 今回の旅行で湊の意外な面を多数見ることが出来たが、それは他の者が湊をどこか特別視して固定概念を抱いているせいだった。

 彼と仲良くしようと接してみれば、初っ端からくだらない悪戯をしたり、レクリエーションのゲームにも参加してちゃんと罰ゲームまがいのこともやってくれる普通の人間だ。

 人とずれたところや住む世界が違うと思わされるような部分も確かに持ち合わせているが、よくよく考えてみると湊の方は親しくない者相手でも分け隔てなく接している。

 チドリや部活メンバーなど親しい者を優遇する点はあっても、それは他の者だって友人を優先するのでなにもおかしくないため、お互いの間に壁を作っているのは湊ではなく実は自分たちではないかと思い、チドリを除く他の者たちは湊に偏ったイメージを持って接してしまっていた事を少し反省した。

 中でもゆかりは、彼と友人としてだけでなく仮初の恋人としても付き合っていくなら、やはりちゃんと彼自身を見て知っていく必要があると考え、港区に帰ったら二人で遊んでみようと先に約束を取り付けておくことに決める。

 食事を終えて熱いお茶を貰って喉の調子を整えると、早速とばかりにゆかりは湊の方へと向き直って声をかけた。

 

「有里君さ。向こうに戻ったら一回デートしてみよっか」

 

 恋人になったからには二人でデートをするのも普通であるはず。別に何もおかしくはないと思いながらゆかりが提案すれば、食事を続けていた湊は一度箸を止め、何やら探るようにジッと見つめた後、ゆかりの向かいに座っていたチドリと視線を交差させてお互いに頷いてから口を開いてくる。

 

「……これは裏があるパターンだな」

「……そうね。気を付けないと絵とか壺を買わされるわよ」

『おー、こわいこわい』

 

 最後に揃って身を竦ませる小芝居をする二人。

 いくら他人を小馬鹿にしたような態度を度々取ってくると言っても、流石にここまでおちょくられるのは初めてだ。

 ただでさえ一人でもイラッとするというのに、似たようなやる気のない表情をした二人が揃って馬鹿にしてくれば、感じる怒りは数倍に跳ね上がっていた。

 せっかく付き合うことになったからと遊びに誘った少女は、肩をわなわなと震わせ周囲の迷惑にならない程度に声量を抑えながら、おちょくってきた二人に語気を荒げて言葉を返す。

 

「おのれらは私にどんなイメージを持っとるんじゃ! 別に裏とかなくて、よく考えたら有里君のことを深く知らないなって思ったから誘っただけよ。普段と違う状況の方が気付くこともあるでしょ?」

「……さてな。今まで気付けなかったことを急に気付けるようになるとは思わないが」

「注意してみれば何かしら気付けるわよ……たぶん」

 

 食事を終えた湊は熱いお茶を頼むついでに、二つのテーブルの伝票と財布から取り出した黒いカードを店員に渡しながら皮肉げに言う。

 ゆかりも約二年の付き合いがあって知らないことが多いことに気付いたので、確かに改めて注意して見ていても気付けない可能性は分かっている。

 だが、今までがそうだったからといって、今後も同じかどうかは分からない。故に、多少自信なさげな返しになったが大丈夫だと言ってみせた。

 彼女のそんな根拠のない台詞を聞いて青年がどこか楽しげに口元を歪めていれば、カードとレシートと共に店員が本人確認の署名を求めてきたので、受け取ったボールペンでサインを済ませて返してもらったカードを財布にしまう。

 すると、今までの一連の流れを見ていた西園寺が、突然瞳を輝かせながら湊に身体を寄せて話しかけてきた。

 

「ミッチー、ミッチー。今のシックでエレガントな色のカードってなぁに? まさか、一部のリッチマンしか持てない最上級ステータスだったりしないよね?」

「……それを訊いてどうするんだ?」

「まどか、ミッチーが浮気してもちゃんと謝れば許してあげるよ? 毎日愛してるって伝えるし。経験はまだないけど夜だってミッチーが求めるなら毎日頑張る。だから、ね? 岳羽さんじゃなくてまどかと一緒になろ?」

「……欲望に忠実過ぎだろ」

 

 人畜無害そうなのび太系男子の彼氏のことはいいのか、そう言いたくなるも湊は言葉を呑み込んで席を立つ。

 他の者も苦笑いと呆れ顔で反応は分かれているが、続いて席を立つと湊が代金はいらないと答えたので「御馳走さま」と礼を言って店を出て、残りの時間は再び国際通りの方で観光がてら土産を色々と買って過ごした。

 そして、時間になり他の者もバスに戻れば、一同を乗せたバスは那覇空港へとそのまま向かい。長かったようで短かった南の島での滞在を終え、元の日常に戻るべく月光館学園一行は飛行機で沖縄を後にしたのだった。

 

夜――東京国際空港

 

 夕方に那覇空港を出発した飛行機は無事に東京へと到着し。ベルトコンベアで流れてくる荷物を受け取った生徒たちは、ロビーを出て少し行った場所にある、既に業務時間を終えた受付カウンターに近い場所へと移動していた。

 ここでは点呼を取って全員いることを確認すれば、そのままバスに乗り込んで月光館学園に帰るだけなのだが、湊たちが部活メンバーでだいたい固まって集合場所へ移動していると、そこには何故だか真田が荒垣と美鶴を伴って待っていた。

 待っている時間暇だったのか、真田は制服姿で赤いグローブを装備してシャドウボクシングをしていたが、美紀たちがやってくることに気付くと笑顔で手をあげて挨拶してくる。

 

「よう、お帰り。沖縄は楽しかったか?」

「え、ええ。でも、どうして兄さんたちが空港にいるんですか? 迎えは空港ではなく学校でするように保護者向けのプリントにも書いていたはずですけど」

 

 空港まで保護者が迎えに来てしまえば、ただでさえ人数が多くて団体での行動が大変だというのに余計に混雑して空港にも迷惑がかかってしまう。さらに、締めの解散式などをせずに生徒に帰られてしまうので、迎えに来てもバスに乗せて学校まで連れて帰りますとお知らせのプリントに書かれていた。

 見たところ真田たちは三人で来ているようなので、車で送るために迎えに来たという訳ではないようだが、高等部の生徒三人がわざわざ出迎えに空港に現れるとも思えないので、美紀は兄が空港まで迎えに来ていると他の生徒にも気付かれ恥ずかしそうにしつつも問いかける。

 すると、彼女の質問には兄ではなくその後ろで呆れ気味に立っていた美鶴が答えてくれた。

 

「無事に帰ってきた後輩たちを出迎えに来たという理由もなくはないが、私と荒垣は真田が暴走しないように止めるために同行したんだ。なんでも、殺さなければならない男がいるらしくてな」

「昨日の夜にな。吉野や岳羽からアキの携帯に有里が美紀の胸を触ったってメールが来て、それを見た馬鹿は真実を確かめに行くっつって学校が終わってから空港まで来たんだ。流石に暴走した馬鹿を一人にすんのはやばいが、桐条だけで止められるとも思えねえ。つーわけで、俺まで揃って来たって訳だ」

 

 彼らがわざわざ空港まで来ていたのは、赤裸々トークサイコロの後に行った王様ゲームで、湊が美紀の胸を触ったとチドリたちがリークしていたことが原因だった。

 いくら王様の命令は絶対だと言っても、家族や彼女の前でその友人の胸に触れるのはアウトである。よって、その場でセクハラ野郎となじるだけでなく、姫を守っている皇帝にもしっかり連絡しておいたのだ。

 美鶴と荒垣が美紀たちにここへ来た理由を話し終えると、真田はグローブをつけたまま湊の前まで歩み寄る。

 他の者は大きな荷物を持っているというのに、湊は飛行機から降りてから買った胡椒博士のペットボトルを持っているだけのほぼ手ぶら状態で、普段通りのやる気の感じられない表情を浮かべている。

 身長差でやや見上げる形になりながらも、しっかりと正面から視線を合わせた真田は静かだがどこか威圧感を放って湊に話しかけた。

 

「有里、嘘もいい訳もいらん。真実のみを話せ。貴様、美紀を傷モノにしたのか?」

「……その言い方には語弊があるが、夜に行ったレクリエーションの中で服の上から胸部に触れたのは事実ですよ」

「そうか。最期の思い出作りは楽しかったか? その思い出を冥土の土産にここで果てるがいいっ」

 

 言い終えるかどうかのタイミングで構えた真田は、そのままさらに距離を詰めて左手で高速のフックを放つ。

 一度負けている男が相手だ。それも余裕を残した状態で実力の底すら見せて貰えていない。ならばと真田は不意討ちであっても一撃で決めにはいかず、相手が防御や回避で動きを止める瞬間に本命の拳を全力で叩きこもうと考えていた。

 ヒュッ、と空気を切り裂く音が聞こえ、拳が湊の頬へと迫る。まわりの者たちが驚きながら制止しようと駆け寄ってくるが、それよりも真田の拳が届く方が確実に早い。

 拳が迫ってきた事で湊も右肩を後ろに引きながら身体を捻って回避に移り始めたが、それを見た真田は狙い通りだと反対の拳を握りしめていつでも打ち込めるように準備する。

 相手が左拳を警戒して右肩を引けば、隙が出来た左の脇腹を右拳で捉えるだけのこと。さぁ、右肩を引いたまま一歩後ろに足をついてみろ、と思った瞬間、回避行動を取っていると思っていた湊が迫る左拳を受け流す様に身体を回転させ左手を添えていることに真田は気付く。

 通常、敵が左手で殴りかかってくれば、相手は右肩を引く動作と連動して右手で攻撃を受け流し背中を向けるので、そのときを狙い渾身の右拳を背中に叩き込むことが出来る。

 しかし、湊は後から動き出しておきながら、真田の攻撃に追い付いて左手で受け流していた。狙うべき背中は真田自身の左腕の方を向いており、この状態では中途半端な体勢で一周回ってみせた相手の右脇腹を殴ることしかできない。

 それだけでなく、湊は左足を軸に駒のように回転しながら真田の攻撃を受け流しきると同時に、真田が攻撃を受け流されると認識してからコンマ以下の反応で、そのまま引いた勢いを乗せた右腕の肘を真田の顎にぶち当てていた。

 不意討ちの高速フックにカウンターを合わせられると思っていなかった真田は、攻撃を受け流され身体が泳いでいた状態でクリーンヒットを喰らったことにより、脳を揺らされそのまま斜め方向に倒れてゆく。

 勢いのついた肘を顎に受けたことで、倒れる側にも勢いがついていて危険だと思われたが、床にぶつかる前に駆け寄ってきていた荒垣が受け止めたことでどうにか無事に済んだ。

 足に力が入らず立てないことで真田はそのまま床に寝かされ、それでもなお焦点の合わぬ瞳で見上げているのを見た青年は、いつもと同じ感情の読み取れない冷たい表情で淡々と言葉だけで気持ちの籠っていない謝罪を述べてくる。

 

「すみません。丁度いい位置に顎があったのでつい」

 

 台所で美味しそうな料理をみつけて少しつまみ食いするような、かなり軽いノリで青年は話すが先ほどの一瞬の攻防はそんな生易しいものではなかった。プロでも褒めるほど非常にハイレベルなやり取りだったが、一歩間違えれば首が飛ぶような環境で生きてきた青年にすれば、試合用グローブを付けた高校一年生の拳など数発受けても問題ないのだ。

 それゆえの軽さだったが、シャドウとの戦闘を経て実力を上げ続けている幼馴染の強さを知っていた荒垣は、実戦を積んでいる自分たちに背中すら見せない青年の実力に軽く脅威を感じて、驚嘆と共に素直な感想を口にする。

 

「カウンター一撃って、えげつねぇな、おい」

 

 牽制で放った攻撃にカウンターを完全に合わせられては回避も防御もしようがない。青年はさらっとやってのけたが、見た目以上に高度な技術を必要とする恐ろしい技なのは間違いない。

 荒垣がそうやって感想を述べれば、同じように傍で一連の流れを見ていた美鶴も、実戦に加えて部活でフェンシングを嗜んでいる身として、抱いた疑問を率直に尋ねていた。

 

「そもそも、あの速度を相手に咄嗟でカウンターを合わせられるものなのか?」

「普段から練習に付き合ってるだとかで、アキの攻撃テンポに慣れてりゃ出来るだろうが、不意討ち気味な攻撃となるとガードを合わせるのがやっとだろ」

「なるほど、偶然ではなく狙って出したのなら相当な実力差が存在する訳か。まぁ、それほど騒ぎにならずに済んだのは良かった。悪いが荒垣は真田を背負って運んでやってくれるか? 私は先生方にバスの空席を聞いて月光館学園まで乗せて貰えないか話してくる」

 

 真田は最初から美紀を学校で出迎えるつもりだったと聞いている。ならば、少しすれば回復するはずなので、行き先が一緒ならば補助席でもいいので同乗させて貰おうと美鶴は考えた。

 ただし、席が空いてなければろくに歩けもしない人間を連れて移動するのは面倒なので、このままタクシーで寮に帰ってしまおうとも考えている。

 心配していた真田と湊の衝突はまさかの初撃決着で収束したため、美鶴は迷惑をかけた人間の連れとして、教師の元へ向かう前に湊に一声かけてゆく。

 

「有里、連れが突然襲いかかって悪かったな。後はバスで帰るだけだが生徒会長として最後まで他の者に目を配ってあげてくれ。ああ、それと今さらだがおかえり。無事に帰って来てくれてよかった」

 

 いくら日本の航空会社のパイロットは優秀だと言っても、ちゃんと帰って来たのを確認しないと少しは心配してしまうものだ。美鶴は相手が自分の方を見てもくれないと分かっていながら、それでも無事に帰って来てくれて嬉しいと優しい笑みを浮かべた。

 彼女と湊のやり取りを見ていた他の者は、チドリを除き、彼がどうして美鶴を無視しているのか知らないので、心配してくれていた相手も無視してしまうのかと不安げな表情をしている。

 話しかけられても湊は美鶴を視界にもいれないで寝かされている真田の方を見続けているが、理由を知らないため返事くらいしてあげてもと軽い気持ちで言うことは出来なくとも、やはり無事を喜んでくれている相手に何の反応も返さないのは可哀想に思う。

 そして、美鶴が少し悲しげに笑って教師の元へ向かおうとするので、風花や美紀が我慢できずに湊に声をかけようとしたとき、今まで黙っていた湊が口を開いた。

 

「……荒垣先輩。先輩たちにも一応お土産を買って来たんで、また寮に帰ってからでも食べてください。選ぶのは真田にも手伝ってもらったので、真田先輩も安心していいですよ」

 

 そう言い終わるなり湊はマフラーをごそごそと漁って、白いレジ袋に入った箱のお菓子を取り出した。

 美鶴に話しかけられたのに、それには何も返さず真田の介抱をしている荒垣に話しかけるとは露骨に無視しているようで、他の者から見ればただのいじめのようにしか映らない。

 いくら理由があろうと、いじめ撲滅キャンペーンをしていた人間がこんな事をするのはおかしい。あまりにも子ども染みた嫌がらせだと、先ほど話しかけるタイミングを外された二人が改めて口を開こうとすれば、湊は教師らの待つ集合場所に向かってそのまま歩きだした。

 そして、その途中にいた美鶴に袋を渡すと、ついでに中に赤いハイビスカスの模様が入った雫型の琉球硝子のストラップを一つ載せて、視線も合わさぬまま去ってゆく。

 確かに荒垣は真田の介抱で手が塞がっているので、荒垣たちへのお土産だとすれば何も持っていない美鶴に渡すのが正解だが、子どもが親の持つ買い物カゴにお菓子を入れるくらいの気軽さで、あまりにも普通に渡していったのでチドリや美鶴も含めた全員が目を丸くしてしばらく動けなかった。

 けれど、再起動を果たすと美鶴は両手で受け取った袋の上に置かれたストラップについて考える。袋にはお菓子の箱が一つ入っているのみで他には何もない。ストラップは赤いハイビスカスというデザインからどうみても女性向けだ。荒垣の生活している寮には美鶴しか女性はいない。以上から察するにお菓子は寮生に対してで、ストラップは美鶴個人に贈ったと判断して良いだろう。

 

「あ、有里!」

 

 考察を終了した美鶴は、初めて湊に認識して貰えたことが嬉しくて、貰ったストラップを大切そうに握って去っていく湊に呼びかけた。振り返ることはなく、返事をして貰えないことも分かっているが、それでも美鶴は礼を言いたかった。

 

「君に貰えたことが何よりも嬉しい。どうもありがとう、大切にする。またお返しをするので、吉野経由でもいいから受け取って欲しい。本当にありがとう」

 

 反応はないが声は届いたはず。喜びからか瞳を僅かに潤ませて湊の背中をジッと見つめていた美鶴は、受け取ったストラップをハンカチで丁寧に包んでからポケットに入れると、そのまま歩きだして教師らにバスへの同乗について尋ねに向かった。

 去っていく二人をそれぞれ見ていた女子たちは、やはり湊が美鶴を無視するのには理由があるが、それは悪意を持って彼女を傷付けようと思ってしている訳ではないのだと理解し。美鶴自身もお土産を喜んでいたので、二人のことについては口出しせずにいることにした。

 そうして、チドリたちも集合場所へと向かうと、点呼を終えた一同はバスに乗り込み。美鶴たちも空いていた席に同乗させて貰って月光館学園に到着すれば、そこで解団式を行い。それぞれの暮らす場所に帰って、ようやく修学旅行を無事に終えることが出来たのだった。

 

 

 


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