【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

132 / 504
第百三十二話 助っ人依頼

7月2日(月)

昼休み――生徒会室

 

 生徒会長になったことで新たに部屋を手に入れた湊は、美術工芸部の部室より近い生徒会室をほぼ私物と化し、生徒会メンバーだけでなく部活メンバーや知り合いと一緒にときどき昼食をとっていた。

 この日、生徒会室には部活メンバーと宇津木と羽入が集まっており。お互いに面識のなかった部活メンバーと後輩らは、湊が紹介する事で挨拶も済ませて雑談を交わしながら食事を続けていた。

 もっとも、湊はEP社の仕事があるので、パソコンで作業をしながら総菜パンをかじって会話に参加していなかったが、昼休みが始まって十五分ほどしたとき扉をノックする音が聞こえてきた。

 昼休みに湊が生徒会室にいることはそれなりに知られており、用事があれば生徒会室に行けば会えるように思われている。

 しかし、湊には湊の用事があり、もっと言えば昼を食べているのに邪魔されたくはない。

 よって、召喚せずにバアル・ペオルの索敵を使い、扉の前にいるのが渡邊だと分かった湊は画面に顔を戻しながら返事をした。

 

「……定休日だ。帰れ」

「ちょ、そりゃないっすよ会長。生徒会は毎日がお客様感謝デーっしょ?」

 

 湊の返事を聞くなり扉を開けて入ってきた渡邊は、どこぞのデパート(ジュネス)のキャッチコピーを真似した台詞を吐いて来る。

 湊は一度としてそんなキャッチコピーを掲げた覚えはないので、嘆息しながら至極真面目な疑問を一つぶつけた。

 

「……お前は従業員側だろ?」

「業務時間外に利用しにくれば従業員も客としてカウントってことで」

「そうか。まぁ、今日も営業している役員がそっちにいるから、何か用事なら頼めばいいさ」

 

 羽入と話していたときに突然話題を振られた宇津木は、湊に頼られたことに喜びを感じて顔を輝かすが、直後、相手が渡邊であると知って普段通りの暗い表情に戻る。

 とはいえ、湊に言われた以上は仕事をこなすのが自分の使命。そう思う事でモチベーションを保った彼女は、嫌そうにしながら渡邊に話しかけた。

 

「どんな用件ですか。帰りの扉はあちらですが」

「いや、来たばっかだし。宇津木ちゃん、会長とオレとで反応違いすぎね?」

 

 自分も湊と同じ先輩のはずなのに、と渡邊は後輩のあんまりな対応に大げさに肩を落として見せる。

 だがその直後、宇津木の隣に座っていた人物の方へ視線を移したとき、後輩とは思えぬその圧倒的な胸のボリュームに目を奪われ、さらに視線を下げたときニーソックスがほどよく食いこんでいる白い太腿を見てしまった彼は、突然ハイテンションになって羽入に話しかけていた。

 

「つか、宇津木ちゃんの友達すっげぇスタイル良いじゃん! お名前なんてーの?」

「え? えっとねぇ、知らない人に聞かれても教えちゃいけないってママに言われてるの。あとね、わたしは変な男の人に狙われ易いから注意しときなさいって湊君も言ってて、おっぱいばっかり見てくる人とはお話しちゃダメなんだ」

 

 女性は男が思っているよりも邪まな視線に気付いている。ぽやっとしている羽入もそういった視線を何度も向けられてきたことで、今では見られていることにもすぐ気付くようになっていた。

 下心の籠ったいやらしい目で見られていい気分などするはずもなく、コロネパンを食べていた羽入が嫌そうな顔をすれば、室内の温度が僅かに下がったような錯覚を覚えるほど冷たい部屋の主の声が響いた。

 

「……渡邊、去勢されたくなきゃ失せろ」

「ま、待ってくださいよ。マジで用事あって来たんスから。てか、男子だったらこんな抜群のスタイルした子を前にしたら少しくらい胸に視線いきますって!」

「悪いがまるで共感出来ないな」

「いや、それ確実に会長が佐久間先生とかで見慣れてるだけっスから。思春期男子のパッション舐めないでくださいよ。オレらが一年の頃に会長と先生がお化けのコスプレしてた写真とか、ほとんどの男子が買って行きましたからね?」

 

 校内で羽入より胸が大きいのは佐久間くらいしかいない。湊はその佐久間と一般の教師と生徒の関係以上に親しげだったことで、他の男子よりもスタイルがいい女性に対する免疫がついているのだと相手は指摘する。

 本当はもっと別な理由で性欲がないだけなのだが、遺伝子の異常など大勢に広めるような話ではない。

 なので、わざわざ訂正する必要性を感じなかった湊は、相手が同性の仮装写真を買ったと聞いて変わった物を見るような視線を向けて言葉を返した。

 

「お前、バイだったのか。別に個人の趣味や性癖を否定したりはしないが、今後は半径五メートル以上近付かないでくれ」

「いやいやいやっ! バイじゃねーですって、別に会長のケツとか狙ってませんし! オレの好みはこう出るとこ出てる同い年くらいの黒髪女子ですから」

「……食事中の人がいるのに下品な話をするな」

 

 女子たちはまだ食事中だというのに、ケツだなんだと何とも下品な事を言ってきた渡邊に嘆息しながら、湊は自分で淹れた熱いほうじ茶に口を付ける。

 同性愛だろうが露出等の変態的な性癖を持っていようが、それは相手の勝手だと思って湊も認めている。しかし、他人を傷付けるような場合と自分がその対象に含まれるのであれば話は別だ。

 幼い頃は変装として女子の格好をさせられていた湊は、仕事の中で何度も下衆な男に襲われかけたことがあり、相手の性別を女に変えてやったのも一度や二度ではない。

 写真を眺めて楽しんでいるくらいなら実力行使に出たりしないが、それでも他人から性の対象として見ていると言われればいい気分はしない。

 故に、自分にあまり近付くなと言ったのだが、やたらと高いテンションで騒いでいる相手が気に障ったのか、今まで黙っていたチドリが口を挿んでくる。

 

「湊、そいつウザい」

「……用は済んだろ。さっさと帰れ」

「まだ本題すら話してないっスから! マジで困ってるんでせめて話を聞いてから判断してください。依頼人もいま呼びますし」

 

 まだ用件すら伝えていないのに帰れるわけがない。そういって食い下がる渡邊は、焦りながらもすぐに本題に入る事で会話を進めてしまおうと考えた。

 一度生徒会室の外に出た相手は、今度はスポーツ刈りの少年を一人伴って現れる。先ほど言っていた依頼人が彼らしいが、他の者は渡邊が連れてきた相手が誰か知らないようで、少し不思議そうに眺めている。

 その様子から空気を敏感に感じ取ったらしい渡邊は、先ずは自己紹介をさせようと彼に湊を紹介することで話し易い場を作り出す。

 

「ヤマ、こちらがウチの会長だ」

「昼を食べてるときにすまん。俺はバスケ部のキャプテンをしてる3-Bの山井だ。さっきナベが言ってた依頼っていうのは率直に言うと有里にバスケ部に入って欲しいんだ。実は今週末に試合があるんだが、休日練習中に捻挫してしまってな。試合には多分間に合うが、療養で休んだ後だと普段通りの動きが出来るか分からないんだ」

「ウチの部活ってあんま強くなくて三年が三人、二年が二人、一年が四人しかいないんすよ。んで、一年もまだ慣れてきたってとこですし、キャプテンのヤマが万全じゃないとなると交代含めて厳しいなぁって」

 

 バスケットボールの試合人数は各チーム五人。試合に登録できる人数は大会によって増える事もあるが基本は十二人以内で、中学バスケだと交代は何度でも自由となっている。

 普通はその最大数である十二人をフルに登録するのだが、生憎と地区大会上位レベルでしかない月光館学園男子バスケ部の部員数は定員未満だった。

 別に定員に達していなくてもコートに立つ人数を満たしていれば問題ないので、最悪部員が五人しかいなくても試合には出られる。

 とはいえ、約半数が未熟な一年生であり、キャプテンが万全でないことを考えれば、渡邊たちバスケ部は深刻な人員不足と言えた。

 

「勝てた方がいいでしょうけど、別に負けたところで何もないじゃない」

 

 話を聞いていて彼らがかなり困った状態である事は理解したが、別に負けて何を失うでもなし。大事な試合の前に怪我を負った自分が悪いのだから、今回の試合は諦めたらどうだとチドリは話す。

 その言葉を受けた山井は、チドリの言う通りなため悔しそうな表情を作る。しかし、改めて顔をあげて真っ直ぐ見返すと、週末の試合がただの試合ではないと真剣な顔で告げてきた。

 

「練習試合じゃなくて夏の公式大会なんだ。最初の地区大会はブロック内で総当たり戦だから一日に何試合もする。ブロックで一位なら翌日もだ。本人らも言っていたが、とてもじゃないが一年生が連日で何戦も出来るとは思えない」

 

 地区大会は週末の二日間を使って行われる。月光館学園が属している地区では、各ブロック三校で四ブロックに分かれ、各ブロックの成績一位だった学校が翌日に勝ち上がり戦で準決勝と決勝を戦う。

 バスケットはただでさえ疲労の激しいスポーツだ。試合独特の空気に加え、負けたらそこで三年生の夏が終わるというプレッシャーまで掛かってくるとなれば、まだ体力が付き始めた程度の一年生たちでは戦い抜くのは難しいだろう。

 

「だけど、俺たちにとってこれが中学最後の大会なんだ。先輩らが抜けてしまってからやっと強くなってきて今年こそは上の大会に進むって皆で頑張っていた。そんな時にキャプテンの俺が怪我をしてしまってチームのやつらには本当に申し訳ないが、こうなったら自分に出来ることは何でもするしかない」

「んで、一年より体力ありそうな運動部に入ってない助っ人を急遽探す事にしたんスけど。会長、お願い出来ませんかね? 依頼料が必要ならうち八百屋なんで野菜くらいならあげれますけど」

 

 普段よりもいくらか真面目なトーンで渡邊も頼んでくる。彼の実家は商店街にある八百屋なので、湊が依頼として受けるとなれば本当に野菜を持ってきそうではある。

 だが、野菜の価格が高騰してきているといっても、別に買う金に困っていない湊としては報酬に魅力を感じなかった。

 そして何より、湊には本人以外ここにいる全員が知らないある重大な問題があった。

 それは、

 

「……俺、バスケットボールなんて触れた事もないぞ」

『……は?』

 

 青年の予想外の発言に、羽入と宇津木を除く全員がポカンと口を開けてしばし呆ける。

 これはこれで珍しい光景だが、意味が分からなかったのならば改めて説明しようと湊は再び口を開いた。

 

「だから、生まれてから一度もバスケットボールに触れた事がないんだ。体育でバスケをするときだってさぼ……見学していたしな」

 

 そう。湊はこれまでの人生で一度もバスケットボールに触れた事がなかった。

 普通は小学校の体育の授業で習ったりもするのだが、湊は小学校には一年生の途中までしか通っておらず。中学校の体育は医者の診断書を学校に提出して見学という名のさぼりで済ましていたため、これまで一度としてボールに触れる機会がなかったのだ。

 湊と似たような人生を歩んできたチドリも、中学校の体育は真面目に受けていたのでバスケはした事があるし。野球、サッカー、バレーボール、ソフトボールなど他にも色々と球技を経験している。

 けれど、見学に加えて留学までしていた湊は、幼稚園の頃にドッヂボールをした他には両親とキャッチボールをしたくらいであった。

 半分は人と違った人生を歩んできた弊害だが、もう半分は面倒くさがった湊の責任である。そんな美鶴とは異なったベクトルで世間知らずの青年が放った先ほどの言葉に、少しばかり聞き流せない単語が混じっていたことにゆかりが食い付く。

 

「有里君、いまさぼってたって言いかけたよね? 何、本当は身体とか別に問題ないの?」

「吹けば倒れるような病弱な青年を捕まえて何を言うんだか。岳羽は少し妄想癖があるようだな」

「いや、君って一年の頃に真田先輩と試合して勝ってたじゃん。病弱な青年はボクシングチャンプに余裕勝ちしないから」

「逆だな。病弱な青年に負けるほど、そのボクシングチャンプが弱かったんだ。仮に妹がいればきっとシスコンの変態になっているに違いない」

 

 咥えていた煙管の煙を意味もなく吐きながら湊が言えば、近くで弁当を食べていた美紀が気まずそうな顔で視線を逸らしている。

 真田の実力は本物であり、高校生を相手にしても勝っているので決して弱くなどない。しかし、シスコンであることは事実なので、美紀は兄のフォローよりも自分が巻き込まれない事を選択したのだ。

 他の者は美紀のそんな反応に気付きつつも特に触れず、湊のしょうもない発言にジトっとした視線を向けていたゆかりが、咀嚼したミックスサンドを飲み込んでからさらに言葉を返した。

 

「ってか、君の病弱設定について学校もかなり疑ってるよ? 真田先輩との試合もそうだけど、服を着てても体格いいの分かるし。体調不良で倒れた女子とか簡単に抱き上げて運んでるから、少なくとも筋力はあるって思われてる」

「設定とかいうな。岳羽の二面性に比べれば許容範囲だ」

 

 ゆかりの言う通り学校側も疑っている湊が病弱だという話はただの設定でしかない。

 子どもたち二人を学校に通わせる際、湊は裏の仕事で休む事もあるので信憑性を高めるのに役立つだろうと桜も認めて偽造診断書を提出したのだが、湊は平気で人助けを行っているせいで病弱どころか超人のように思われている。

 入学してすぐに大柄な教師を一撃で殴り飛ばした事や、中学のボクシングチャンプだった真田をKOした事でさらに噂は加速し、今では学内で最も強い男として認識されてすらいるのだ。

 その事をゆかりは指摘したのだが、湊が己の二面性よりもマシだと言い返して来たので、ゆかりは僅かにムッとした表情で何の事か尋ねた。

 

「私の二面性ってなによ? 部活関係では学外でも会ってるけど、本当にプライベートな状態の私のこと知らないでしょ?」

「……そう思うのは岳羽の自由だ」

「すかしちゃってムカつくなぁ。人のこと言ってるけど有里君の方が二面性とか酷いじゃん。私と他の女子でも態度違うし。好きな子に意地悪する系って女子からするとポイント低いよ?」

 

 好きな子にちょっかいをかけるという話はよく聞くが、実際にそれをやっているとガキっぽく映るので女子たちからの評価は悪くなる。女子は男子より精神的に早熟であるため、多少のガキっぽさは苦笑して流しもするけれど、それで相手の子が不快に感じているとなれば話は別だ。

 ゆかりに対する湊の態度は一部ではそのように思われており、ゆかり本人も相手が自分にだけやけに突っかかって来ると感じている。

 そのため、完全に本気という訳ではないが、仮に好きな子にちょっかいをかけているのだとしても、ゆかりだけでなく他の女子からもよく見られないので控えるべきだと窘めた。

 だが、言われた方は全くそんなつもりはなかったので、勝手な妄想で話を進められるといい気持ちはしなかった。

 やる気のない表情でジッとゆかりを見つめ返し、吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出せば、湊は光のエフェクトを幻視するほど爽やかな笑顔を作って口を開いた。

 

「よくいるよな、“勘違い女”って」

「そうだね。自分は分かってるつもりの“勘違い男”とかもいるよね」

 

 対するゆかりも周囲に花のエフェクトを幻視するほど綺麗な笑みで言い返す。初心な男子ならば完璧に騙されコロッと堕ちるであろう最高の作り笑顔で。

 美男子と美少女がお互いに笑顔で会話しているので、第三者から見ればきっととても絵になっている事だろう。

 けれど、こうなる経緯を見ていた者にすれば、両者の背後に黒いオーラを感じて、さらに激しい火花が散っている事も理解している。

 二人ともキレれば相手が誰だろうと拳を叩きこみにいく性格なので、徐々に室内の空気が張り詰めていく事を感じた渡邊がバトル勃発を防ぐため口を挿んだ。

 

「あのぉ会長、話を戻していいっすか?」

「失せろ。俺はそこの女と話をつける必要がある」

「先に喧嘩売ってきたのはそっちでしょ? いいよ、話をつけるっていうなら放課後だろうとトコトン付き合ってあげるわよ。その代わり喫茶店の会計とか全部そっち持ちね」

「ああ、それぐらい出してやる。“自称・男に頼らない”さんに頼られるのには慣れているからな」

「なんですって?!」

 

 ゆかりが男に頼らないという話をしたのは湊だけだ。その事を出してきて皮肉を言われたゆかりは怒りからキッと睨んで立ち上がる。

 最初に喧嘩を売るような引っ掛かる物言いをしてきたのは湊だが、その後はゆかりも言い返していたので過失は“7:3”か“6:4”ほどだろう。

 けれど、頭に血が上っている二人は白黒つけねば収まらない。絶対に相手に間違いを認めさせて謝罪させてやると睨み合っていたとき、今まで黙っていた赤髪の少女がテーブルを叩いて声をあげた。

 

「人がご飯食べてるときに二人とも五月蝿い! 幼稚園や保育園の子どもじゃあるまいし、周りからすれば両方変人なんだから食事中くらい静かにしなさいよ!」

 

 テーブルを叩いて発したチドリの怒鳴り声は部屋中に響いた。湊とゆかりの喧嘩にオロオロしていた他の女子や、ビビって口を挟めなくなっていたバスケ部の二人も驚いたようだが、喧嘩が止まった事にはどこか安堵しているように見える。

 チドリは桔梗組で暮らす様になって以降、桜からどこの社交界でも通じるマナー等を教わっていたが、流石に学生同士で食事をするときに五月蝿く注意をしたりはしない。

 しかし、くだらないことで口喧嘩をされては周りも落ち着いて食事出来ない。そんな事を続けるのであれば、これ以上は外でやれと険しい目付きで睨んでいれば、まだ頭に上った血が下がり切っていなかったゆかりが聞き逃せない単語が混じっていた事で一つ反論した。

 

「へ、変人って赤髪半目のアンタも大概でしょうが!」

「はぁ? 階段登るだけで下着が見えそうなスカート丈で男を誘ってる露出狂と比べれば普通の範囲内よ。ウチの学校の変人トップ5はクマモン・櫛名田・シスコン・桐条美鶴・貴女だから」

「シレッと有里君を抜くな!」

 

 両方変人と言っていたくせにトップ5になれば湊だけが消えている。上位五人の順位付けなので六番目に湊がいるのであれば入っていなくてもしょうがないが、ゆかり個人としては発表された面子に湊がおらず自分が入っている事に納得がいかない。

 どう考えても身内だから判定が甘くなっていると思ったゆかりが異議ありとばかりに言い返せば、チドリも文句あるかとばかりに睨み返して来た。

 せっかくチドリによって湊とゆかりの喧嘩が治まったというのに、今度はゆかりとチドリの喧嘩が始まってしまった。傍から見れば仲が良さそうだと思っていたのに、実際は美紀と風花以外は喧嘩もするという事実を知ったバスケ部の二人は、酷いタイミングで依頼に来てしまった事を深く後悔した。

 そうして、誰が収拾をつけるんだと他の一同が思ったとき、

 

「……後輩が見ている前でよく言い争いが出来るな。もう少し最高学年としての自覚を持ったらどうだ?」

 

 いつの間にかパソコンでの作業に戻っていた湊がシレッと二人の少女を諌めた。

 そのとき誰もが思った事だろう。最初に始めたお前がいうなと。

 しかし、いくら言った本人が真正のクズであったとしても言っている事は正論だ。湊に注意を受けた事で二人は席について食事を再開すると、心の底から呆れた表情でボソリと呟く。

 

「……誰よ、こんなの生徒会長にしたの」

「本当にね。こんなのが学園代表とか私らまで頭おかしいと思われそう」

「これは噂なんだが、そんな頭おかしいやつより成績悪いやつがいるらしいぞ」

『……うざ』

 

 共通の敵がいれば手を組める。ゆかりとチドリは相手をするのも面倒だと、青年に向かって丸めたレシートなどを投げつけて黙って作業していろとこれ以上の会話を拒否した。

 喧嘩までは一気に発展していったように見えたというのに、治まるときには急激に治まってしまい部活メンバー以外は少々面喰らう。

 とはいえ、喧嘩の当事者だった三人の様子を見て風花や美紀がくすくすと苦笑している事から、部活メンバーにすれば日常の一部なのかもしれない。

 文字通り部外者では知る事のなかった一面を見て、意外と彼らも年相応の精神年齢で学校生活を謳歌しているのかもしれないと思いながら、渡邊は中断していた依頼の件で再度湊に話しかけた。

 

「それで、えーっと……ああ、クソッ。会長らが喧嘩してたせいで、どこまで話してたか忘れちったよ」

「俺がバスケットボールに触れたこと無いってとこまでだ。ちゃんと覚えておけ」

「ああ、そうでした。んで、練習したら出来るようになります?」

 

 ボールにすら触った事がないと言っても一年より体力があり体格にも恵まれている。中等部に湊より身長が高い生徒はいないので、その長身を活かすだけで戦力になりそうだと渡邊は睨んでいた。

 大会は勝ち上がれば八月の終わりまで続くため、その間に何度も練習していれば何かしら得意なプレーも覚えるに違いない。

 そんな期待を籠めて尋ねた渡邊に、パソコンの画面を見ながらほうじ茶を啜っている湊は肩を竦めて返した。

 

「さぁな。人より才能に恵まれずに生まれてきたから、交代要員としてレギュラーを休ませるくらいしか出来ないかもな」

「……武術習ってたんだからボール奪うくらい出来るでしょ」

「ああ、中東ではスリからスリ返した事もあったから、その応用で良ければ出来るかもしれない」

 

 蠍の心臓にいた頃、たまに街にいくと観光客がスリに遭っているのを目撃した。そんなときにはスリ返して持ち主に財布を渡していたので、激しい動きをしている相手からでもボールを奪える可能性はあった。

 チドリの指摘にそう話した湊の言葉を聞けば、渡邊は少々考えて湊の運用方法についてキャプテンに意見を話す。

 

「ヤマ、そういう事なら点数取るのはオレらでやって、会長にはスティールとパス回しに集中して貰えばいけるんじゃね?」

「実際に見てみないと分からないが、確かにそれならいけるかもしれない。むしろ俺たちチームの攻撃力が上がる事も考えられる。有里、どうか頼む。夏の大会中だけバスケ部に入ってくれ!」

 

 点取りに期待できないとしても、相手からボールを奪って仲間にパスしてくれるのであれば、それは攻撃の基点となり得る貴重な戦力だ。

 総合力では他所の強豪に勝てない渡邊たちにとって、湊のような尖った性能の選手はバランスタイプと渡り合う上で重宝する。

 試合まで残り時間が少なくスカウトを行ってばかりもいられないバスケ部の二人は、湊の前まで進むと頭を下げて助力を頼んだ。

 

「……条件その一、シューズ選びについて来る事。条件その二、ユニフォームを用意して高等部の雪広先輩の家ですぐにナンバーとネームをプリントして貰う事」

 

 バスケ部の二人が頼みこむと急に湊が喋り出す。条件とやらを色々と掲げてきているが、それをクリアすればいいのかと考えている間も湊の話は続く。

 

「条件その三、知り合いに病気で学校生活をした事がないやつがいるんだ。今は完治しているがそいつに少し学校生活を体験させてやりたいから、特別にマネージャーとして入れて欲しい。これらの条件を顧問の教師も含めて呑めるのなら大会期間中だけ参加してもいい」

「わ、わかった! ナベ、いますぐ盛本先生に許可貰いにいくぞ!」

「了解! 会長、絶対許可貰ってきますから今日の放課後シューズ買いに行きましょうね! 練習日もその時に教えますから!」

 

 それだけ言い残すと二人は嬉しそうな顔をしながら駆け足で部屋を出ていった。キャプテンは足を捻挫していたはずだが、無茶をすれば怪我が長引くのではと思いながら湊はパソコンでの作業に戻る。

 すると、今まで青年とバスケ部らのやり取りを見ていて不思議に思ったチドリが、普段通りのやる気のない表情で先ほどの話について尋ねてきた。

 

「珍しいわね。すぐに話を受けてあげるなんて。頑張ってる凡人に対する同情? それともそのマネージャーのため?」

「必死に頼む相手に僅かに同情した事は否定しないが、普段から他人を凡人と見下すほど捻くれてないさ。まぁ、比率的には水智に学校生活を送らせてやりたい方が強い」

 

 湊が先ほど言っていた学校生活を送った事がない人物とは、アイギスの人格モデルの一人だった水智恵の事だ。

 彼女は一ヶ月の研修を受けて病院で働き始めたが、朝のシフトにいれれば放課後に部活のマネージャーをするくらいは出来る。

 病院に務めている看護師らは、夫のDVから逃げて子どもと二人で暮らしている者や、湊たちと同じ年頃の子どもがいるような人まで様々だが、別室から面接を見ながら湊が選んだので性格のいい者ばかりだ。

 彼女たちは研修中に恵ともよく話していたので、彼女が病気で学校に行っていなかった事なども知っている。

 よって、夏の間だけ少しシフトを融通してやって欲しいと頼めば、お安い御用だと笑って了承して貰える確信が湊にはあった。

 もっとも、最大の問題は本人に許可を取る事なのだが、拒否しようとすれば仕事として割り振るだけなので恵に拒否権はない。スタッフを従業員、患者を客と呼んでいる若干十五歳の病院理事長は独善的なのだ。

 そうして、恵は本人が知らぬ間にマネージャー就任が決まり、湊も最も数字の若い背番号十番を貰ってバスケ部への助っ人入部が決まったのだった。

 

 

夜――月光館学園女子寮

 

 湊のバスケ部入部が決まった日の夜、ゆかりは寮の自室で写真を見ながらスケッチブックに鉛筆で絵を描いていた。

 美術工芸部はずっと一緒に作品作りをしていたが、コンクールへはそれぞれ得意なジャンルで応募することになっているため、三年間でほぼ初めての自分だけの作業となっている。

 風花は写真、美紀は油絵、チドリは指定なしの絵画、湊はグラスリッツェン、そしてゆかりは水彩絵の具による風景画のコンクールに応募する予定だ。

 部活で一度もしたことのないグラスリッツェンを湊が選んだときには少し驚いたが、選んで個人作業になってからは写真を撮りに行く風花よりも部室に来ない日が増えているので、自分たちが知らないものを選んでそれを言い訳に使っているのではないかと読んでいる。

 

(有里君って風花の優しさに結構甘えてるよね。というか、“彼はそういう人だから”って周囲が我儘を受け入れてる現状がちょっとおかしい気がする。ま、断った方が面倒なパターンもあるから負担の少ない方を選んでるのかもしれないけど)

 

 まだどこの風景を描くか決めていないゆかりは、とりあえず写真の風景をスケッチして感覚を養いながら湊への不満を漏らす。

 彼の事は別に嫌いではない。文武両道でルックスも最高ランク。趣味なのかは知らないが人助けをよくしているので評判もいいため、勉強を教わったり親しくしているゆかりが彼を嫌う要素はない。

 だが、どうしてか自分にだけやけに突っかかって来ることが気になる。好きな子をいじめるのとは異なっているように思うし、じゃあ、なんで自分だけそうなのかという疑問が湧くのだ。

 一年生の頃に美紀が彼を知っているような気がすると話していたが、ゆかりもどことなく似たような人物を知っている気がしており。もしかすると、相手は入学前にゆかりと会っていて知り合いだからと無遠慮に絡んできているのかもしれない。

 けれど、あれだけ目立つような人間であればゆかりも覚えているはずだ。流石に桐条家主催のパーティーですれ違っていたとかいう話であれば別だが、心当たりがないゆかりは長時間座っていたことで固まった筋肉をほぐす様、両腕を頭上に上げて背伸びをしてから休憩を取ることにした。

 

「んー……はぁ」

 

 ゆかりの絵は正直上手いとはいえない。それでも三年もやっていれば授業で他の生徒から上手だねと言われるくらいにはなる。

 後は色彩センス等でいくらかは誤魔化せるが、小手先の技だけではどうにもならないのがコンクールだ。選ばれる可能性は低いだろうが駄目で元々、自分が気に入った風景をのびのび描いて思い出にしようとデジカメで記録してきた風景をいくつか見ていき場所を考えていると、ベッドに置いていた携帯が鳴った。

 

(あ、電話……お母さん)

 

 こんな時間に誰だろうかとディプレイを見れば、そこには母親の名前が表示されていた。たまにメールや電話が来る事もあるが、それほど頻度は高くないため少し身構えてしまう。

 けれど、このまま出ない訳にもいかないので、深く息を吐いて心を落ち着かせてから通話ボタンを押すと携帯を耳に当てた。

 

「……もしもし」

《あ、ゆかり? いま電話しても大丈夫かしら?》

「うん。まぁ、寝るだけだから大丈夫だよ」

 

 コンクールなどについて考えていたときの楽しい気持ちは萎み、どこかイラついたような素っ気ない声で話すゆかり。

 母親は思春期の娘だからこんなものなのだろうと気にしていないが、少女の態度は思春期とはまた別の問題だった。

 

《ちょっと夏休みの予定を聞きたくて。今年は実家に帰って来る?》

「分かんない。部活とかも忙しいし帰らないかも」

《そう……》

 

 後一月もすれば中学最後の夏休みにはいる。弓道部と美術工芸部を掛け持ちしているゆかりは、大会とコンクールがあるので暇という訳ではない。

 とはいえ、大会は勝ち進まなければ七月中に終わる可能性もあり、コンクールに出す絵も夏休みで描く時間が増えれば八月の中旬には終わるだろうと本人は思っていた。

 だというのにゆかりが帰らないと言ったのは、父親の死後、母親の梨沙子の生活態度等に苛立ちを感じて関係がぎくしゃくしてしまっているからだ。

 愛していた夫を失って悲しいのは分かるが、それを他のもので埋めようと男に依存する理由が分からない。結婚や婚約には至っていないが、付き合っては別れるという事を何人もの男と繰り返していることをゆかりは知っている。

 弱っていた時期を支えてくれた相手と再婚というくらいならば、ゆかりも実父のことを想えば多少複雑ではあるが理解を示して祝福も出来た。

 しかし、今の母は支えてくれる者ならば誰でも良いようにしか見えず、そんなものは祝福できないとしてゆかりは嫌悪すらしているのだった。

 だが、娘にそういった感情を抱かれていると気付いていない母は、ゆかりが帰って来ない事を残念に思いつつも、自分が電話した最大の理由を話して来た。

 

《あのね。もし帰って来れるならの話なんだけど、少し紹介したい方がいるの》

「……は?」

《えっと、お母さん今お付き合いしてる方がいて、その方にゆかりの事を話したら一度会ってみたいって》

 

 母親の言葉を聞いてゆかりは拳を強く握り、またか、と呆れ果てる。

 自分が会いたいのではなく、娘と恋人を会わせたいだけなのか、と少々思い込みが混じりながらもゆかりにとってはそれが真実となり、素っ気ない言葉が口から出る。

 

「悪いけど忙しくて帰れないから会えない」

《そう。それなら帰って来れそうなら連絡頂戴ね》

「うん。じゃあ、寮の消灯時間になるから切るね。バイバイ」

《ええ、おやすみなさい》

 

 これ以上話していたくなかったゆかりは、消灯時間というもっともらしい理由を告げて通話を切った。

 通話を終えた携帯を充電器に繋ぐと、描いていた絵などをそのままに部屋の電気を消してベッドの上へ身体を投げ出す。

 明日の学校の準備等しなければならないこともあるが、今はただ面倒くさくてやる気が起きなかった。

 少女の胸の奥に渦巻いているのは、男に依存する弱い母親への嫌悪感と反抗心。あんな父への裏切り行為を繰り返すような者に自分はならない。一人でも生きていくと強く心に誓い。彼女は枕を引っ張り寄せて頭を乗せると自分を抱きしめるように小さくなって眠るのだった。

 

 

 




本作内の設定

 寮の部屋は初等部は二人部屋のみだが、中等部以上は一人部屋と二人部屋があるように設定。
 一人部屋の方が料金が大分高くなるので、ほとんどの者は二人部屋を選択しているが、一人部屋があまり広くないことも人気がない理由となっている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。