【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十二話 ペルソナ召喚

――総合訓練室

 

 カズキを一方的にのして、湊がやってくるとチドリが先に声をかけた。

 

「やり過ぎ」

「あれでも手加減したんだよ。本当なら、最初の接近の時点で槍の横振りで殴り飛ばせたし」

 

 実際、湊の反射神経ならばそれも可能だろう。カズキも決して遅くはないのだが、言ってしまえば人間の子ども。野生動物よりも速く反応できる湊にとっては、その程度は十分対応できるのだ。

 しかし、自分には絶対に出来ない事を簡単に言いのける湊を、マリアは拍手で褒める。

 

「ミナト、強い!」

「うん、強いよ。この研究所を一時間かからず潰せる程度には」

「潰されたら、私たちの制御剤がなくなるから止めて」

「ああ、それがあったね。何か考えておかないとなぁ」

 

 呑気な口調のまま顔には冷たい笑みを浮かべ、槍を持っていない方の手を顎に当てて考える湊。

 湊自身は自然適合者なので、制御剤を使っていないが、チドリやマリアなど、他の被験体は皆、決まった時間に制御剤を投与している。

 それを怠ると、自分の制御を離れたペルソナによって殺されてしまうのだ。

 もし無事に研究所から脱走出来たとしても、その事に関しては湊は何も出来る事が無い。いや、方法はなくはないのだが、それは湊と常に共にいるか、戦う力自体を失う必要がある。

 チドリから力を奪う気がない湊は、飛騨と相談して、なんとか解決法を考える事に決め、思考をいったん止めると、不思議そうに自身を見つめる二人の少女に笑いかける。

 不意討ちの優しい笑顔を向けられた少女らは、一人は顔が赤くなるのを感じて視線を逸らし、もう一人はポヤっとした表情で「えへへ」と照れて笑っている。

 

「フフッ、二人ともどうしたの?」

「何でもない。それより、また簡単にペルソナ呼び出してたけど、あれどうやってるの?」

 

 まさか、その笑顔に見とれていたと言える訳もなく、やや強引に話題を変えるチドリ。

 湊自身は、急な話題の変更も気にしていないのか、少し考える素振りを見せると、槍を置いてその場に座った。

 話していた二人もそれに倣って、その場に座る。本来ならば、訓練中に勝手に雑談や休憩をしていれば黒服の男がやってくるのだが、今日は湊がいるため見逃されている。

 マリアは分かっていないようだが、湊とチドリはその事を理解しつつも、再び会話を始めた。

 

「まず、ペルソナがどんなものかは知ってる?」

「もう一人の自分って聞いてるけど」

「うん。じゃあ、それは何を指して、もう一人なのかな?」

 

 尋ねられた二人の少女は、その意味を分かりかねて頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

 頭が良いと言っても、知識に関して言えば湊以外は小学生レベルなのだ。あまりにチドリが自分に近い雰囲気で話していたので、その事を忘れていた湊は苦笑しながら謝る。

 

「ごめん、ごめん。えっと、ペルソナが心の具現化なのは分かる?」

『うん』

「じゃあ、ペルソナは自分の心ってことになるけど。二人は今いる自分以外の人格、つまり、別の自分っていうのを感じたことはある?」

 

 そう聞かれると、二人は少し考えて首を横に振った。

 聞いた本人である湊も、これで頷かれていると、次の話に移る前に精神鑑定を受けさせる必要が出ていたので、そうならず安心すると、続きを話し始める。

 

「うん、感じたことがなくて当然だよね。ペルソナっていうのは、自分の心の無意識の領域に存在するんだ。つまり、自分が普段感じていない、自分の一面ってことね」

「マリアも知らないマリア?」

「そうそう」

 

 精神面で幼いマリアもしっかりと話を理解しているようで、ぽやんとしながらも湊に確認をとっている。

 そして、湊が肯定すると、うんうんと頷いてきっちりと理解したようだ。隣にいるチドリも真剣に聞いて口を挿んでこないということで、続きを待っているのだと受け取った湊は続ける。

 

「そこで、自分を定義して、無意識の領域に意識を向ける事で、自分ではない自分を呼び出すんだ」

「よく分からない。もう少し簡単に言ってよ」

「自分はここにいて、だけど、ペルソナも自分の中にいるってことだよ」

 

 チドリに言われたので湊は別の言葉に言い換えたのだが、再びチドリとマリアの頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。

 これは直接教えた方が早いと判断すると、湊は立ち上がって二人も立ち上がらせる。

 そして、二人に少し距離を取らせ、実際にペルソナを召喚させてみる。

 

「まず、現段階でどんな感じかやってみて」

「いいけど、召喚なんて出来ないわよ?」

「うん。ダメな部分はこっちで修正するから大丈夫」

 

 今までと何が変わったという訳でもないので、今やったところで先日のタルタロス探索のように召喚は出来ないだろうと思いつつ、チドリは湊の言葉に従って集中を始める。

 眼を閉じ、自分は自分だと言い聞かせる。そして、そこでペルソナの姿も思い浮かべて、自分からそれが抜け出るようにイメージし、宣言する。

 

『ペルソナっ』

 

 マリアと同時にペルソナと叫ぶが何も変化は起こらない。

 もう少し集中してみるが、以前呼び出したペルソナの気配すら感じない。これではやはり無理だと諦めると、瞳を開き湊を見た。

 

「やっぱり無理」

「自己の定義が甘いんだよ。自分っていうのは、命そのものだ。死を見つめ、それを受け入れるか拒絶することで力とし、ペルソナを召喚する」

 

 言い始めると、湊の周囲にいくつものカードが回り始める。

 カグヤやバイフーを召喚するときには一枚だけ取り出し、握りつぶしていた。しかし、今はその不思議な力を感じるカードをただ自分の周囲で回すだけ。

 見ていた二人は何をするのだろうと不思議に思いながら見続ける。すると、湊は自分の周囲でカードを回しながら宙に浮き始めた。

 

「人はいつか死ぬ。それは運命であり、絶対に変える事は出来ない。だけど、俺も君たちも、いまここにいる。死は運命なのは分かってるけど、ならその運命を早めようとする敵がいたら? マリア、死ぬのは嫌だろう?」

 

 宙に浮いた湊の瞳が蒼くなると、その背後にタナトスが現れる。だが、先日タルタロスでみたときとは姿が違っていた。

 仮面だった筈の獣の頭蓋が今は本体となり、その口が裂け内部には闇が広がっている。また、双眸が紅く輝き、身体からは吹き出した黒い靄を纏い、禍々しさを感じる。これでは、ペルソナというよりもシャドウだ。

 シャドウと思われる死の神の顕現に、チドリも本能で嫌なものを感じ、嫌な汗で背中が濡れるのを感じていると、横で湊を見ていたマリアが歯をガチガチと鳴らし、嫌々と首を横に振りながら涙を流している。

 しかし、氷よりも冷たい蒼い色の瞳をした湊は、マリアのそんな異常な様子を一切気にせず、シャドウ・タナトスの手をマリアに向けて伸ばし始めた。

 

「何をしている? 拒絶しなければ、死ぬぞ?」

「い、いや、死ぬのはいやぁっ」

 

 伸びてきたタナトスの腕から逃れるようにマリアはしゃがんで蹲る。しかし、タナトスの腕はさらに伸びてくる。

 直ぐ近くにいるチドリに、タナトスの纏っている黒い靄が流れてくると、本能が拒否するような寒気を覚える。このペルソナは危険だ、この異常な存在に触れてはならないと、脳が警笛を鳴らし離れるよう命令してくる。

 

「力を示せ。ここに居たい、死にたくないと」

「あ、ああっ、ペルソナーッ!!」

 

 だが、恐怖で固まっているマリアに、タナトスの腕が触れようとしたそのとき、マリアは湊に言われたように、死を拒絶しここに居たいと強く願った。

 その瞬間、マリアの身体が一瞬光ると、そこには黒い甲冑に身を包み、頭には二本の角、背中には巨大な龍翼を生やした女性型のペルソナが現れていた。

 兜は目元までを隠しており、その下からは薄緑の長い髪と、紫の紅の引かれた美しい口元が見えている。さしずめ、龍騎士といったところか。

 そうして、マリアの呼び出したペルソナ、女帝“ティアマト”が持っていた槍でタナトスの腕を弾くと、湊はタナトスごと上昇して距離を取った。

 

「……マリア、見てみな。それが君のペルソナだよ。君が強くここに居たいと思ったから呼び出せたんだ」

「あう、ペルソナ……ティアマト……」

 

 自分を守るように浮いていたペルソナに呼びかけると、ティアマトは振り返りマリアに手を伸ばした。

 抱っこをねだる子どものようなマリアに、ティアマトは笑みを浮かべると、槍を持っていない腕で抱き上げる。抱き上げると、そのまま宙に飛び上がり、タナトスと同じ高さまでやってきた。

 マリアは特に命令をしていないが、このまま戦闘するつもりなのかと周りが動向を見守っていると、湊は空中でタナトスを消し、直後にカードを握り潰す事で、緑色の龍を呼び出す。

 

「こい、チンロン」

 

 湊は青龍である、節制“チンロン”を呼び出すと、その頭に乗ったまま、ティアマトの元まで移動して、手を伸ばしティアマトからマリアを受け取った。

 マリアが先ほどまで恐怖を抱いていたのは、タナトスに対してだけらしく。目も金色に戻り、優しい普段通りの表情の湊には、首に手をまわしてしっかりと抱きついている。そのことに若干の苛立ちを感じながらも、二人が降りてくると、チドリは湊に話しかけた。

 

「さっきのタナトスは何? それに湊の眼の色も変わってた」

「俺が蒼い色の眼をしているときだけ、タナトスはあのシャドウに近い姿になるんだ。で、俺の眼は魔眼になっててね。あの蒼色のときには物だろうがペルソナだろうが殺せるんだよ」

 

 生き物ではない物やペルソナを殺せる。その意味は理解できないが、湊が事実を言っている事だけは分かる。

 肉体も改造し、体内には黄昏の羽根という未知の物質を内包しているために、そんなペルソナとは異なる異能を持っているのだろう。そんな風に当たりを付けると、これ以上は第八研に戻ってから話そうと決め、自分のマフラーでマリアの涙を拭ってやっている湊に話しかけることにした。

 

「私もマリアみたいに召喚させるの?」

「いや、マリアは拒絶型だから死の恐怖から発現させたんだよ。でも、チドリは受け入れた上で生きていくタイプだろうから、やるならこうかな」

 

 そう言うと、湊はマリアに少し離れるように言って、そのままチドリをしっかりと抱きしめた。

 不意討ちに抱きつかれたせいで、チドリは理解が追い付かず困惑する。体温が上昇し、心臓の鼓動も速くなる。

 完全に密着する形で抱きつかれているせいで、湊に自分の鼓動が速くなっていることもばれているだろう。恥ずかしさから、離れようと手で相手の胸を押すが、湊はびくともせず、しっかりと抱きついたまま、チドリの背中をポンポンと叩く。

 

「チドリ、君はここにいる。大丈夫、俺が守る」

「……もう、そんなの分かってるのに」

 

 頬を染め、照れ隠しにそう返すが、チドリは湊から感じる温もりから、自分がいまここにいる実感を感じた。

 それが分かると、今まで掴めていなかったペルソナという存在を自分の中に感じ、意識をそこに向けることで、もう一人の自分である心の鎧、ペルソナを呼び出した。

 

「来て、メーディア」

 

 パァア……、と光が集まり現れたのは、赤い瞳の輝く羊の頭骨のような物を被り、ロールした長い金髪垂らす女性型のペルソナ、刑死者“メーディア”。

 手には炎の燃え盛る金の杯を持っているため、湊はアナライズをせずともメーディアは炎に対する耐性なりを持っているのだろうと推測した。

 湊に抱きしめられたまま、自分が呼び出したペルソナを見て、チドリも微笑む。

 

「また会えた……。これからはちゃんと呼ぶから、力を貸してね」

《ルルゥ》

 

 召喚者のチドリに頷き返し返事をすると、メーディアはそのまま輪郭をぼやけさせ消えていった。

 しかし、今のチドリは自分の中に、自分だが自分ではない心の一部を感じる。これがペルソナを所持するということなのだと、いまになって漸く理解することが出来た。

 その充足感を感じながら、チドリは湊から身体を離すと、穏やかな笑みで礼を言う。

 

「ありがとう。これで、私も戦える」

「マリアも!」

「うん。じゃあ、もう一回呼び出してみようか」

 

 マリアに関してはショック療法的な形になってしまったが、ペルソナを呼び出す事の出来た二人が嬉しそうにしているので、湊も感覚の残っているうちに反復練習させようと二人にいう。

 言われた二人の少女は頷いて、瞳を閉じると、自分の中にいるもう一人の自分に語りかけるように呟いた。

 

「お願い、メーディア」

「きて、ティアマト!」

 

 再び自分だけでやってみた召喚は見事に成功。今までの不安定な召喚とは違い、湊のペルソナのようにしっかりとした存在感がある。

 湊もそれを確認して、満足気な笑みを浮かべると、急にペルソナの召喚が上手くいった少女二人を見ているまわりの者へと視線を移した。

 

「他も安定してペルソナを呼び出せるようにしてやる。研究員の指示は気にしなくていいから、現段階で呼び出せる者はこっちへ、不安定だという者は俺から見て左、まったく反応が無いものは右に移動しろ」

 

 突然の湊の指示に被験体らは顔を見合わせているが、湊がタナトスの斬撃で床にラインを引くと、全員が渋々ながら指示に従い移動を始めた。

 全体の人数は三十人程度。元が百人ほどだと聞いていただけに、随分と少なくなってしまっているんだと思い、先日のようなことが二度と起こらないように、しっかりとペルソナを呼び出せるように教えようと思った。

 そして、全員が動き終わると、既に召喚できるようになっているのは、自分たちを除けばたったの三人。

 飛騨の話では、安定して召喚できる者は五人にも満たないと言っていたので、この少なさは前回の探索とは関係ないのだろうと思考を切り替えると、召喚できる者らに話しかけた。

 

「自己紹介を頼める? 俺は第八研の湊。研究員にはエヴィデンスって呼ばれてる」

「第一研の榊貴 隆也(さかき たかや)です。先ほどの召喚を見ていましたが、貴方は複数のペルソナを扱えるのですね」

 

 最初に自己紹介を返してきたのは、湊らよりいくらか年上の髪の長い男子だった。物静かな雰囲気だが、色素が薄いのか顔色が悪く見える。

 しかし、湊も眼の色など、他人とは異なる部分があるので、気にしないことにすると言葉を返す。

 

「伊達に自然適合者と天然覚醒型を兼任してないんでね」

「ほう……。では、室長の言っていた忌々しい成功体とは、貴方の事でしたか」

「湊で良い。で、多分、そうかな。松本には何回も攻撃してるし」

 

 松本から湊の噂を聞いていたようで、タカヤが感心したように言うと、湊は悪人のよう見える冷笑を浮かべる。

 タカヤ以外の二人はそれを聞いて驚いているようだが、タカヤはチドリとマリアと同様に気にしていないようだった。

 それを見ながら、話を進めるため、湊はタカヤの後ろにいた二人のうちの女子の方に視線を向け、自己紹介するよう促す。

 

本庄 菫(ほんじょう すみれ)です。いるのは、第一研ってところで、ああ! そうだった。ミナト君だったよね? この前はありがとうございました。ケガ治してもらっちゃって」

「ん? ああ、タルタロスのエントランスにでもいたのかな? 気にしなくていいけど、礼は受け取っておくよ」

 

 二人目はおっとりした雰囲気のマリアと同じくらいの見た目の少女だ。マリアは実年齢よりも幼く見える特殊な例だが、今回の少女は、見た目と年齢が一致してそうだと思いつつ返すと、相手も嬉しそうに笑っている。

 

「えへへー、わたしのペルソナって刑死者のアルカナなんだけど、凄くおっきいから通路みたいな狭いところじゃ召喚出来ないんだー」

「大きい? 第一研は確か、能力者の身体能力の強化とかの研究がメインじゃなかったか?」

「少々違いますね。確かに、そのような研究も行っていますが、既に潰れた研究室も統合しているため、移籍してきた者の中には、引き続きいままでの研究を受けつつ第一研の研究を受けている者もいるのです」

 

 湊の疑問にタカヤが答えると、他の研究室はそうなっていたのかと素直に関心する。一応、飛騨からは各研究室の特色を聞いていたが、それはメインがそうなだけで、研究自体は複数行っている。

 そして、最大規模の第一研は、解散した研究室を統合しているため、第八研とは違った意味で、多様な研究を行っているのだった。

 

「ふーん。それじゃあ、スミレの前の所属は?」

「第六研だよ。でも、テュポーンが大きいのは、第一研になってからなのです。運動が苦手だから戦いながら自分も守れるようにって頑張ったのですよー」

 

 ということは、スミレのいうテュポーンというペルソナは、ただ巨大なだけでなくかなりの防御力も有しているらしい。

 状況に応じたペルソナに付け替える自身とは対極な、ペルソナを付け替えれないからこその正当な進化。

 おっとりした雰囲気のまま笑っているその裏で、一体どれだけの辛い研究と訓練を行ったのだろうかと考えつつ、湊は最後の一人に視線を向けた。

 

「俺は第二研の谷口 誠也(たにぐち せいや)だ。セイヤでいいぞ。よろしくな!」

 

 最後の一人は短めに揃えられたスポーティーな髪型をした、タカヤと同じ年頃の少年だった。髪型通りに快活な好青年タイプらしく、湊に右手を差し出し、握手を求めている。

 本来ならば、握手などしたくないのだが、ここでマイナスの印象を与えるのも今後に響くかもしれない。そう、割り切る事で、湊も内心では嫌がりつつも、差し出された手を握り返した。

 

「ハハッ、俺は皇帝“フレイ”を使える。だが、君のあの黒いペルソナも強そうだったな。あれの名前はなんていうんだ?」

「死神“タナトス”だよ。俺は他の人間と違って、死の先である死神以降のアルカナも扱えるんだ」

「タナトス、ですか。私の運命“ヒュプノス”とは縁がありますね」

「ギリシア神話か。俺のフレイは北欧神話だから、残念ながら繋がりはないな」

 

 湊と意外なところに共通点を見出したタカヤに、セイヤも笑って会話に参加する。繋がりがないと言っても、別に落ち込んではいないようで、少々残念に思った程度らしい。

 だが、言ってしまうと、複数のペルソナが使えると言っても、湊の主人格とも言えるペルソナはギリシア神話の者であるし。タカヤだけでなく、チドリ・マリア・スミレも同様にギリシア神話の神らがペルソナとなっている。

 その事に気付いているのは、ここに集まった者らのペルソナを把握し、尚且つ神話の知識を持っている湊だけだったが。それはセイヤのために伝えないことにした。

 

「そう言えば。貴方が先ほど一方的に倒したカズキも、隠者“モーモス”というペルソナを召喚出来ます。なので、現段階で比較的安定してペルソナを呼び出せるのは、我々四人と貴方、それにそちらの二人を加えた七人だけです」

「ありがとう。安定っていうのが、どの程度なのかはまた見せてもらうけど。俺は他の大勢に召喚というか、自分の中のペルソナを自覚させるから、皆は見学でもしてて」

 

 追加で情報を伝えたタカヤに礼を言って、湊は皆から離れて他の被験体らの前に立つ。

 その背後にはペルソナを付け替えて現れた、高同調状態のカグヤが浮かんでいて。淡く身体が光ると、その光が広がり、全員を包みこんだ。

 

「……アナライズ完了。OK、それじゃあ始めよう。全員にチドリとマリアみたいにマンツーマンでしてやりたいところだけど、面倒なんだよね。ていうか、大して知りもしない人間に優しくするほど甘くもないし」

 

 全員をアナライズの光で包みこみ、それぞれのおおよその状態を把握した湊は、全員の前を横切りながら淡々とした口調で続ける。

 

「結局、ペルソナは自分の死と向き合うことで召喚するんだ。死にたくないから自分を守るためにペルソナを呼び出す。いつか訪れる死を受け入れた上で今を生き続けるため、戦う力としてペルソナを呼び出す。ようは、その二通りだ」

 

 集団から離れた湊は立っていた黒服の元へ行くと、手を出してある物を強請る。

 

「拳銃貸して、弾はいらない。マガジンも空にして、装填済みのやつも適当な方に撃って抜いて。本体だけでいいから」

 

 指示の意味は分からない。しかし、湊のペルソナが相手では拳銃も通用しないので、大人しく腰と胸のホルスターから銃を取り出すと、弾を抜いてから手渡す。

 そして、湊は銃を持つのは初めてだが、本物だけあって中々に迫力があるなと考えながら、二挺の銃を持って被験体らの前に戻った。

 移動中も、戻ってからも、何度も確認するように銃口を上に向けた状態で引き金を引いている。

 他の者がその行動の意味を理解しかねていると、引き金を引くのを止めた湊は口を開きながら、近くにいる被験体にそれを渡した。

 

「これを頭か喉に当てながらペルソナを召喚するんだ。ゆっくり引き金を引いて、ペルソナを呼ぶ。簡単だろ?」

 

 まるで、初めてゲームする子どもに操作法を教えるような気軽さで湊は告げる。表情は歳不相応な冷めた笑みだが、いたって自然体だ。

 それだけに渡された被験体も、まわりにいた被験体も背筋に寒いものを感じた。

 弾は何度も確認していたので、もう入ってはいないだろう。だが、拳銃は本物なのだ。光りの反射で、冷たい鈍い光を放つ、人を殺すための道具。

 湊はそれで自殺まがいのことをやらせると、極めて自然に――――

 

「じゃあ、自分を殺すところから始めようか」

 

――――そう言った。

 そうして、被験体らは、安定して召喚できるようになるまで、湊とシャドウ・タナトスに見張られたまま、引き金を引き続けたのだった。

 

 


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