【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十一話 訓練

7月19日(水)

朝――エルゴ研・食堂

 

 チドリと湊が再会した夜から三日が経った。

 戻って来た研究員らは、湊の指示通りに被験体の子どもたちの容体を調べるのに一日使い。

 さらに、休ませるため一日を休養日とした。

 そして、訓練などが再開される日の朝、チドリと共に湊も食堂にやってきていた。

 食堂にいる被験体たちの顔色に特に問題がないことを確認し、脅しがしっかりと利いてたことに内心でほくそ笑む。

 

「……クスッ」

「……すんごい悪人顔」

 

 大人でも出来ないような悪さを感じる笑みを浮かべていたのをみて、チドリは湊を注意する。

 湊は母親に似たのか、男にしてはかなり中性的な顔立ちだ。

 一応、男子用の支給品の服を着ているので男だとは分かるが、ずっと髪を切っていないこともあって、外見上の性別はより曖昧になっている。

 しかし、幼いながらもクールな印象を受ける端正な顔の造形は、笑みを浮かべれば異性を魅了し。邪悪さを醸し出せば他の者に近付く事を躊躇わせる。

 それらはどちらも美しくはあるのだが、チドリとしては湊の困ったような笑みが一番好きだった。

 なので、それとは程遠い悪い笑みを止めさせたのだが、言われた方は気にした様子も無く普通の笑みで答えた。

 

「生まれつきだよ」

「両親が泣くわよ?」

 

 ここに集められた子どもたちは基本的に児童養護施設にいた者ばかり。

 そんな中で、唯一の例外である湊であったから、チドリも特に気にすることなく親の話を出した。

 しかし、返って来た言葉を聞いて言ってしまった事を後悔する。

 

「もういないけどね」

「っ、ゴメンなさい」

 

 自分の一番好きな困ったような笑みに似ているが、いま湊が浮かべたのは諦めからくる「どうしようもない」ことへの自嘲的な笑み。

 そもそも、親がいれば半年以上もこんな施設に黙って居るはずがない。

 単純な事へ考えが至らず、相手を傷つけてしまったことにチドリが申し訳なさそうに俯いていると、突然、頭に柔らかい感触が触れた。

 

「別に気にしなくていいよ。両親が死んだ事は確かに悲しいことだけど、別に独りって訳じゃないし」

 

 そういって湊はチドリの頭を撫でながら柔らかく笑う。

 心配をかけないように、チドリを傷付けないように。湊は自分自身にもそれを適応してチドリと接する。

 両親の死は今でも悲しいと思っているし、桐条や研究員に対しての憎しみの炎も黒く燃え続けている。

 だが、それをチドリに見せてはいけないとして、少年は心に仮面を被り、自分の本心とその表情を隠した。

 

「そんなことより、ご飯済ませちゃおうよ。今日も戦闘訓練があるんでしょ?」

「え? えっと、うん。基本的に毎日あるから」

「なら、早く食べて少しお腹を休ませないとね」

 

 クスッと笑って配膳台へと向かいながらチドリがついてきている事を横目で確認する。

 少し前までの暗い表情は消え、今は自然に湊の手を取って本日の朝食のメニューに視線が行っている。

 

(これでいい……)

 

 自分が少し気を遣うだけでチドリは笑顔でいられる。

 苦労する事もあるだろうが、笑顔が見られるのであればやすいものだ。

 そんな風に考えながら食器の載った盆を受け取り、空いている席を見つけて向かっていると後ろからパタパタと駆け足でよってくる足音が聞こえた。

 そして、その足音の発生源である金髪の少女は嬉しそうに湊の腰に抱きついた。

 

「ミナトー!」

「うわっ!? ちょっと、危ないよマリア。落としたらどうするの」

「マリア、一緒にごはん食べたい!」

「ああ、うん。別に良いけど、それなら食器とってきなよ。先に席についておくから」

 

 後ろから勢いよく抱きつかれたことで、バランスを崩し食事をこぼしかけるが、人間の限界を超えた反射神経で素早く体勢を立て直し、なんとか事なきを得た。

 自分自身で行動を起こしながらも、なんとも無駄な力の使い方だと湊は思いつつ、マリアを諌めて食器を取ってくるように言うと、マリアは素直に返事をして駆け足で食器を取りに向かった。

 そうして、気を取り直し、元から座るつもりだったテーブルに食器を置いて、湊は席に着いたところで横で不機嫌そうに座る少女に声をかけた。

 

「……どうしたの?」

「……別に」

「嫉妬?」

「うるさい、自惚れないで」

 

 湊にしてみれば軽いジョークのつもりだったのだが、意外にもチドリが真面目に答えたことで少々面食らってしまう。

 これ以上何かを聞けばさらに機嫌を損ねるだろうし、湊もここは放置する事に決め。マリアが来るのを待って食事を始める事にした。

 

「持ってきた! 一緒にたべる!」

「うん。それじゃあ、食べようか」

 

 今日の朝食は和食の献立だ。

 ご飯、味噌汁、出し巻き卵、鰤の照り焼き、ホウレン草のおひたし、漬け物。

 特に嫌いな物のない湊は、パクパクと箸を進めていく。

 左に座るチドリも無愛想な素の表情で食事を続け、向かいの席のマリアも湊を見ながらニコニコと食事をしている。

 そして、口の中の物を飲み込むとマリアは話しかけてきた。

 

「ミナトも訓練くる? マリア、ミナト見た事ない」

「うん、まぁ、行くけど。マリアって日本人じゃないのかな? ちょっと言葉が独特だね」

「……? 分かんない。マリア、上の名前、シロツユっていうの。真っ白と雨みたいな漢字書く。マリアは棒と四角がいっぱい」

 

 キョトンとした表情から一生懸命に自分の名前を説明するマリア。

 それらを聞いて湊は頭の中で、マリアの名前に使われている漢字を推測していく。

 棒と四角がいっぱいというのはよく分からなかったが、マリアという読みによく使われる漢字のどれかだろう。

 そう考えてEデヴァイスを呼び出すと、キーボードを操作してマリアに画面を見せた。

 

「これでいい?」

 

 Eデヴァイスの上に浮かび上がった画面に表示された文字は、【白露 真理亜】。

 雨のような漢字でツユと読むのは『露』か『梅雨』だけ。

 しかし、マリアは精神が幼い割に理解力などはあるようなので、雨という字を実際に使っていれば「雨の様な」とは言わない筈と思ってこれらを選択した。

 そして、正解かどうかの答えを待っていると、マリアは目を輝かせてテーブルの上に身を乗り出した。

 

「それなーに?」

「これ? Eデヴァイスっていう、まあ、パソコンみたいなものかな」

「でも、普通のパソコンじゃないでしょ? 画面もキーボードも立体映像みたいな感じだし。この前はタルタロスの地図とか表示してたじゃない」

 

 チドリが言ったのは、チドリと湊が再会したタルタロスでの事。

 他の者をペルソナに乗せて移動を始めると、湊はEデヴァイスを起動させタルタロスの地図を表示した。

 最初は周囲の図しか表示されていなかったのだが、カグヤが耳をピコピコと動かすと、範囲が拡大し、落ちているアイテムや敵の位置、さらに階段と脱出装置の位置まで表示されていたので、なんと高性能なのだとマリア以外の三人は驚いたものだ。

 もしも、これを量産することが出来れば、被験体らの生存率や探索効率は飛躍的に上がるだろう。

 だが、Eデヴァイスは現代の技術で作れるものではなく、また、マッピングは探知能力を有しているペルソナを持っている者しか使えない機能なので、どちらにせよ量産する意味はない。

 その事を理解している湊は、二人に変な誤解を与えないよう気を付けながら説明する。

 

「地図は探知能力の応用だよ。掴んだ感覚を視覚化した方が分かりやすいからって、アプリを追加したんだ」

「ふーん、それもハカセの作品?」

「いや、エリザベスっていう、俺に戦い方を教えてくれてる人からのプレゼント。ついでに言うと、このマフラーもそうだよ。靴はその弟からだけどね」

 

 Eデヴァイスを消し、食事を続けながら、左手でマフラーを軽く引っ張って見せながら笑って答える湊。

 急に消えてリストバンドになってしまったEデヴァイスに、マリアは興味津津のようだが、チドリは湊の身に着けている数々の品が、自分の知らない女からの貢ぎ物であるとして不機嫌になった。

 そして、不機嫌さを隠さずに問いかける。

 

「どこの人間? 年上?」

「どこって……どこだろう? 現実とは違う、不思議な空間としか言えないかな。それで、年上だよ。見た目は二十代中盤くらいかな」

「二十代って、おばさんじゃない」

 

 言って内心で勝ち誇るチドリ。自分たちよりも一回り以上年上なのだ、そんな相手がいくら湊にご執心だろうが、若さという最大の武器を持っている自分には敵わない。

 よって、そのエリザベスなる人物は自分の敵ではないと、勝手に勝敗を決めると、機嫌を少し戻し食事を続けた。

 だが、チドリはこの時知らなかった。チドリの『おばさん』という発言が相手に伝わっており、その罰を湊が受ける事になる事を。また、エリザベスが不老であり、いつまでもその全盛期の美貌のままである事も。

 そうして、次回の鍛錬で罰を代わりに受けさせられ、回復もされぬまま不老である事を延々と説明される湊は、何か背筋に寒いものを感じながら、その後も食事を続けた。

 

――総合訓練室

 

 朝食を食べ終え、少し休憩した後、三人は時間になったので体術の訓練をするための施設にやってきていた。

 ここは先日、チドリとマリアが訓練で戦ったのと同じ場所である。しかし、マリアはそのときの事など覚えていないようで、今日も湊の服の裾をちょこんと摘んで部屋内をキョロキョロと見ている。

 それを気にした様子もなく、湊は二人に尋ねた。

 

「それで、ここで何するの? 前はただ走ったり筋トレしたりしてたけど」

「武器もってたたかうの。マリアのおっきい剣」

 

 言って、マリアは遠くの研究員らの近くにある箱を指差した。

 訓練で使う武器はそこに入っており、種類も小型のナイフから大型の斧や槍まで存在する。

 しかし、殆どの者は筋力と体力の関係からナイフか六十センチ程度の剣を使用していた。

 案内されるまま、湊もそこへ向かうと置かれている武器を見ていく。

 一応、自分自身の武器はマフラーに入っているが、流石に訓練に真剣を使う気はない。なので、他の二人がそれぞれ武器を取りに行ったのを見届けると、自分はフリウリスピアを選ぶことにした。

 掴んだそれの調子を確かめるように少し離れて振り回すと、研究員や被験体らの注目を嫌でも集めた。

 そもそも、被験体らにとって湊は全く見覚えの無い新参である。そんな新参が、男女の違いはあっても全員が共通の支給品の服と靴を身に着けている中、一人だけ黒いマフラーと編み上げブーツを身に着けている。

 そして、極めつけに、誰も使った事の無い変わった形状の槍を振り回す始末。

 研究員には逆らわないが、好戦的な性格をしている者たち数名に、普段の鬱憤を晴らすため今日の訓練相手にしようと思われても仕方がなかった。

 

「なァ、新入り君。面白ェ武器つかってんじゃねェか。それ使ってるやつとやったことなくてよ。今日はオレの相手してくれねェか?」

「ん? 新入りって俺?」

 

 若干、独特な口調で話しかけてきたのは、湊と同じ年頃の少年だった。

 湊よりも色白だが、髪は湊よりやや短めに切り揃えられた濃い黒髪。

 そんな少年は、自分がいままで戦った事の無い相手と戦ってみたいという台詞の割に、口元が下卑た笑いに歪んでいることから、本心は目立っている湊を嬲りたいだけだろう。

 だが、嬲りたいという事は、それをするだけの最低限の自信と強さを持っているという事だ。

 ならば、それを思える実力がどの程度か確かめるため、湊はそれを了承することにした。

 

「いいよ。俺は第八研の湊。そっちは?」

「第一研の鈴原 和輝(すずはら かずき)だ。カズキでイイぜ。よろしくなァ、新入り君。ンじゃ、また後でな」

 

 そういうと、カズキと名乗った少年は楽しそうに合成樹脂製のナイフを投げて遊びながら離れていった。

 

「あいつとやるの?」

 

 離れていく相手の後ろ姿を見ながら突っ立っていると、チドリが話しかけてきた。

 その表情は心配しているというより、どこか呆れているようだ。

 理由が分からない湊は、槍の石突きを地面につけると、チドリの方に向き直り尋ねる。

 

「何か問題あった?」

「なくはないわね。だって、あいつ一応は強い方だし」

「大丈夫、負けないよ」

 

 心配をかけぬよう笑って返す湊。その声や表情に一切の緊張や気負いは感じられない。全くの自然体で答えていた。

 だが、そんな返事を受けたチドリは呆れたような視線を送り首を横に振る。問題はそちらではないと。

 

「あいつも言ってたけど、貴方は私たちにしてみれば訓練にも出てない新入りなのよ。本当は最古参でしょうけど、そんな新入りが被験体でも強い方の人間を一方的に倒したらどうなると思う?」

「ミナトが強いってみんな思う」

 

 急に会話に入って来たマリアの回答にチドリは溜め息を漏らす。確かにそうだが、問題はそう認識した後の事だからだ。

 そんな中身の幼いマリアにも問題点が分かるよう、チドリは簡潔に述べた。

 

「そうだけど、強過ぎると他の人間に疎まれるようになるのよ。強さで自分っていうのを保ってる人間は、特にそうでしょうね。気に食わない、自分の方が本当は強い、あいつがいなければって」

「そして、逆に弱者には恐怖を抱かれる。自分もあんな風に痛めつけられるんじゃってね。その両者から負の感情を向けられた俺は、同様に俺を疎ましく思っている研究者からも、何かしらの妨害を受け。それを苦に、この研究所を去る事に決めたのでしたっと」

 

 チドリの言葉を引き継ぎ、続けた湊の表情は驚くほど感情の籠もっていない、冷たい仮面の笑みだった。

 冗談のような口調だが、湊は本当にこの研究所を去るつもりなのが分かる。それも今の話で言ったように追われるのではなく、時が来れば明確に自分の意思で出ていくつもりなのだろう。

 どうやってそれを実行するのか分からないが、きっと大きな事件となる。どう心構えをしておけば良いのか分からないが、少女二人はそれが来る事だけは覚えておこうと思った。

 

「よし、それでは整列しろ。準備運動を終えた後、ペアを組んで模擬戦をする。意識を刈り取るか、動けなくすれば勝ちだ。また、こちらで判断して止めることもあるので、注意しろ」

 

 話が終わったところで、研究員とは違う、スーツにサングラスをかけたSP風の男が仕切り始めた。被験体らが、その指示に従っているので、湊も他の者と同じように武器を持ったまま整列し、一緒になってランニングを始める。

 最初は、武器を置いて走り体力をつけた方が良いのではと思ったものの、実戦まで期間がそんなにある訳ではない。

 ならば、探索時と同じように、訓練でも武器を持って走る方が確かに効果的だと思えた。

 

(ふーん、意外と全員がちゃんと走れるんだ)

 

 速めのペースで全員が走り終わり、息を切らしているのを見ながら、湊はそんな風に全員が最低限の下地は既に出来ていると感じた。

 後ろの方で走っている姿を観察していたので、誰が運動が苦手かなども、ある程度は把握できた。

 チドリとマリアは女子だが、全体でも上位に入る運動性能をしており、身体が成長すればかなりの強さになるだろう。

 先ほど、湊に話しかけてきたカズキも、チドリが言うだけあって体力もスピードもある。

 先日助けた第四研の二人は、男子は中の下で年相応の運動性能しか無い凡人。女子は、そこそこに高い運動性能を持っているが、チドリとマリアには若干届かないイメージだった。

 

 そんな風に全員の採点をして、ランク付けをしながらランニング後の体操と柔軟を終えると、ペアを組んだ者らが広がり始める。

 今日は湊がカズキと組んだので、チドリとマリアは二人で適当に流しながらやるらしく、斬り合いをしても最後の踏み込みで斬りつける場面でバックステップで距離を取っていた。

 それを見ていると、湊の元にもカズキがやってきて、先ほどよりも悪さを感じる笑みで大型のナイフを持っていた。

 

「ンじゃ、やろうか。間合いは勝手に決めてイイぜ。直ぐにつめてやるからなァ」

「そう、じゃあ、この距離でやろうか」

 

 湊がとった距離はおよそ五メートル。小学生で身体の小さい二人にとっては、十分に離れていると言える。

 そして、この距離は二メートル二十センチという、用意された武器で最長のフリウリスピアに有利な間合いだった。

 カズキもその事は十分に理解している筈だが、よほどスピードに自信があるのか狂気の混じった笑みを浮かべ、湊の準備が終わるのを今かと待っている。

 

「ハハッ、準備は出来たかよ?」

「……ああ、良いよ。それじゃあ、やろうか」

 

 言って湊は石突きから四十センチほどの場所を右手で掴み、他を背中側に回して槍を肩に担ぐ。

 構えとしては不自然、咄嗟に武器を振るうにしても、今の構えでは振れたときには間合い詰められているだろう。

 だが、今の湊からはむしろ余裕さえ感じられた。その奇妙は様子を怪訝に思いながらも、戦闘開始の合図でカズキは地を蹴った。

 

「クハッ、速攻で終わンじゃねェぞ!! 気取った武器で見かけ倒しでしたじゃ、洒落にもなンねェからなァ!!」

 

 姿勢を低く保ち、直線ではなく僅かにジグザグに走る事で、相手が真っ直ぐ攻撃出来ぬようにするカズキ。

 湊が武器を振るう前に、五メートルの間合いを一気に詰め、下から斬りあげるようにナイフを振るった。

 

「ヒャハハッ! おいおい、どうした新入り君? 使えねェ武器を選ぶなンざ、初歩的なミスすぎンだろ!!」

 

 斬り上げを後ろに跳んで躱した湊に合わせ、自身も跳躍して追撃するカズキ。横薙ぎを躱されれば、その勢いを利用してハイキックを放ち、足が地に着けば肘鉄を顎目がけて放つ。

 湊も上体を反らし蹴りを躱すと、顎に向かって来た肘を左足を引いて半身になることで避けた。

 続けて肘も避けられたカズキは、半身にした事で前に出ていた湊の右足を払おうと、しゃがんで横薙ぎに蹴るが、今度はそれを上から踏みつけられ、動きを止められた。

 

「ぐあっ!?」

 

 完全に重心が後ろに行っていたと思われたタイミングのため、その予想外の踏み込みの強さにも驚き、苦痛に表情を歪める。

 だが、堪えて顔をあげ、相手を睨みながら、合成樹脂製のナイフでその足を突き刺そうとしたその時、顎に強烈な衝撃を受け、カズキは吹き飛んだ。

 

「がッ」

 

 衝撃を受け、自分が吹き飛んで空中にいる間、カズキは自分が何をされたのか理解できていなかった。

 防戦一方の新入りを追い詰め、気持ちよく嬲ってやろうと思っていたのに、最初にダメージを受けたのは自分だった。

 武器もまともに選べない新入りと思っていただけに、先に攻撃されたのは深くプライドを傷付けられ、ふざけるなと足を突き刺してやる筈だった。

 しかし、顔をあげ、相手を睨みつけたときに見えたのは、とても退屈そうな冷たい瞳。

 開始前のどこか不敵に思える表情など欠片も無く、本当につまらなそうにカズキを見下していた。

 そして、その直後にカズキは顎に衝撃を受け、吹き飛んだ。そう、湊はカズキの足を踏みつけていた足で、そのまま顎を蹴り上げたのだ。

 体重移動が信じられない速度で行われているが故に可能な連撃。

 ふきとばされたカズキも、床に落下した衝撃と痛みを感じたことで、漸くその事を理解し。ぐわんぐわんと視界が揺れ、身体の自由が利かないまま、悔しさと怒りで叫ぶ。

 

「ぐっ……テメェ、ふざけンな! どンなイカサマ使いやがった!?」

 

 ナイフも取り落とし、床に手をついてもまともに起き上がれないまま、カズキは湊に怒りを向ける。

 訓練でも、実際のタルタロス探索でも、上位の強さを誇っている自分が、こんな新入りに負ける筈が無い。何か卑怯な手を使ったのだろうと、そう非難する。

 だが、それは上から降って来た三叉になった槍が、自分の首をギリギリ避けるように地面に突き刺さった事で中断された。

 何故なら、降って来た槍には、その使い手も一緒についていたから。

 首ギリギリを狙って地面に刺さったことで、喚いていたカズキが静かになると、武器を片手で掴んだままの湊が口を開く。

 

「実戦は負けたら死んで終わりなんだよ。卑怯? それの何が悪い。相手が卑怯って思うからには、それだけ戦略的に有効ってことだろ。命のやり取りで、文字通り負け惜しみにくだらないこと言ってんじゃないよ」

 

 言い終わると、湊は槍を引き抜いて離れる。

 その周りの被験体らは、あまりに一方的な戦いの終わりに、思わず目がいってしまっている。

 それは監督役のSP風の男たちも同様で、本来ならば最後の槍を首ギリギリに刺す前に止めなければならなかったのだが、湊の動きが完全に想定外の速度だったために、止める事が出来なかった。

 

「クソッ、テメェ、待てよ! ブッコロしてやるから戻ってこい! おいっ、勝ち逃げなンざ許さねェぞ! 戻ってこッ!? ごはっ」

 

 解放されたカズキも、悔しさで悪態を吐いていたが、それは途中で止まった。戻ってこいと言っている途中で湊が走って蹴り飛ばしたからだ。

 蹴り飛ばされたカズキの身体は、突っ立っていたSP風の男のとこまで飛び、地面に落下する前に受け止められる。

 既に意識は失っているようで、腕をだらんとしたまま動く気配はなかった。

 冷めた表情でそれを見た湊は、カズキの今後の活動のことを考え、カグヤを呼び出し回復魔法をかけると、手を払う仕草で連れていくよう命令した。

 そうして、素直に命令をきいた男が、カズキを医務室かどこかへ運んでいくのを見ながら、湊は手の止まっている者らの間を進み、呆れた表情のチドリと憧れの様な輝いた瞳を向けているマリアの元へ向かった。

 

 


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