【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百二話 譲れぬもの

――ヴォルフ・市街地

 

 車の爆発に巻き込まれ吹き飛ばされたアイギス。固い地面の上を転がるかと思ったが、運良く雪かきで集められていた雪の山に飛ばされたことで、ほとんどダメージもなく止まる事が出来た。

 

(流石に、あのような自滅覚悟の手段を取ってくるとは予想外でした……)

 

 爆発に巻き込まれる直前、コンマ以下の余裕しかなかったあのタイミングで、アイギスは湊に手で肩を押され身体を僅かに浮き上がらせた。

 その行動の意味を理解したのは雪の山につっこんでからだが、湊が身体を押していなければ固い地面を転がり、今頃は身体のどこかしらに不具合が出ていた事だろう。

 自分を爆発に巻き込んだのは湊だが、助けたのもまた湊なので、複雑な想いを抱えながら雪の山から抜け出し、頭を振って服に着いた雪も手で払い落としてゆく。

 十数メートル離れた場所にはまだ燃えている車があり、傍に湊の姿がない事から相手も自分同様吹き飛ばされたのだろうと容易に推測できた。

 一度は自分のペースに持っていきかけたが、なるほど、チドリの言っていた通り、相手は存在自体がデタラメなのだと再認識する。

 

「……八雲さん」

 

 視線を上げた先、車道を挟んで向かいの歩道に湊は怪我した様子もなく立っていた。

 しかし、彼の傍らにある街灯の根元付近が大きく歪んでいることから、爆発で吹き飛んだ湊がそこへ衝突した事は一目瞭然だった。

 生身の人間が丈夫な金属が歪むほどの威力で衝突して無事な時点で驚きだが、それ以上に今の湊は先ほどまでとは異なる威圧感を放っている。

 右手にはカラブローネを、左手には仇桜を持ち、二挺拳銃から戦法を変えるつもりのようだ。

 湊の近接戦闘の脅威はチドリに聞いて頭に入っているため、相手が接近してくるなら銃で迎え討たねばならない。

 そう考えアイギスが銃を構えかけたとき、向かいの歩道にいた湊が口を開いてきた。

 

「待ってくれたお礼にさっきの質問に答えよう。俺の目的は久遠の安寧のトップが一人娘、ソフィア・ミカエラ・ヴォルケンシュタインを殺す事だ」

「それだけのためにこの復讐を?」

「他にも願いはある。だけど、まずはそれを成し遂げるっ」

 

 言った直後、湊は傍らにあった街灯を切り崩して筒状の鉄の棒を何本も作り出す。続けてアイギスに背中を見せたかと思えば、そのまま回し蹴りで空中にあった鉄の棒をアイギスに向けて飛ばしてきた。

 

「くっ……!」

 

 咄嗟に横に飛んで第一波を回避するも、追撃のように二波、三波と迫ってくるため、アイギスは側転に宙返りと連続の回避行動を余儀なくされる。

 アイギスがそのように避けている間に、湊は地面を強く蹴って駆け出すと左手に仇桜を持ったまま迫ってきた。

 装備の問題から接近戦は不利、そう判断したアイギスは飛んできた最後の一本を正面から受けとめ、一四〇センチほどのそれを丸太回しのように振り回して応戦する。

 

「貴方の願いは一人でないと叶えられないのですか?」

 

 地面に叩きつけるように振るわれた鉄の棒を、湊はバックステップのみで躱す。

 

「誰かを連れて叶えられるほど簡単な夢じゃない」

 

 躱した湊は、そのまま再度接近を試みてアイギスに袈裟切りに斬りかかった。

 だが、アイギスは叩きつけた棒を使って、まるで棒高跳びのように空中へ飛び上がり湊の攻撃圏から離脱する。

 着地直後は狙われ易いため、地面が近付いてくれば、アイギスは頭から落下しながら空中で湊に狙いを定めて左手のガトリングを放った。

 

「八雲さんにとって他者は枷でしかないのですか?」

「守りながら戦えるほど俺は強くない。それだけだ」

 

 弾丸が迫ると湊は武器を背中側に回して、攻撃は全て外套で受けとめる。

 一応は防御姿勢と言えなくもないが、湊が守ったのは自分ではなく武器だった。

 ならば、この攻撃は湊にとって受けたところで何の問題もないレベルという事なのだろう。

 

「わたしは守られてばかりの存在ではありません。シャドウという異形の存在と戦うために作られ、むしろ、それを存在意義としている兵器であります」

 

 空けていた右手を地面に突いて、片手のハンドスプリングで体勢を立て直す。

 いまこの街には自分たちしかいないので、周囲の被害を気にする必要がないことから、アイギスは駆け出すとパン屋らしき店の前に止められていた中型バイクを湊に向けて投げ飛ばした。

 突然の妙手に湊も僅かに驚くが、いくら二百キロを超える物体が高速で飛来しようが、こんな物は避けてしまえば問題ない。

 そのまま飛んでくるバイクの射線上から左に二メートルほど移動すると、湊はアイギスに向けてカラブローネを三発撃ちながら接近を試みる。

 しかし、アイギスはそれを読んでいたかのように、横への回避を取りながら“バイクに向かって”両腕の銃を撃ち放った。

 直後、弾丸の雨にさらされたバイクは、先ほど湊が弾丸を撃ち込んだ車のように空中でガソリンに引火して爆発を起こす。

 

「……チィッ!!」

 

 爆発をもろに受けかけた湊は忌々しいとばかりに表情を歪め、アイギスへの接近を中断して横に飛び退く。

 爆発で飛んでくるパーツを手で払い落し、外套に掛かった引火したガソリンは外套をマントのように翻す事で消火してしまう。

 けれど、湊が対処に時間を割かれている間に、アイギスは近くにあった建物の外部非常階段から屋根の上を目指していたため、湊はそれとは別の建物の窓枠を足場に跳躍して屋根の上へと戻った。

 雪が積もり、わずかに傾斜のある屋根の上での戦闘は足場の悪さからとても危険だ。動きが制限されるため、どうしても実力を出し切る事が出来ない。

 それでも、相手も不慣れな状況なら自分にもまだ勝機はあるかもしれないと、アイギスはこの街というフィールドの中で試せる事は何でも試す気でいた。

 

「わたしは八雲さんが持っているその銃と同じです。兵器として、道具としてでも良いです。だから、わたしを貴方のお傍に」

「ふざけた事を言うなッ!」

「っ!?」

 

 表情を怒りで歪めて湊がアイギスの言葉を遮り、銃をファルファッラに切り替えて彼女の傍の屋根に二発着弾させてくる。

 着弾地点では小型の爆弾が爆発したかのように瓦や屋根板が吹き飛び、飛んでくる物から腕で顔を守りながらアイギスは自分が何か間違った事を言ったのかと考えていた。

 すると、踏みしめた屋根の表面を砕きながら駆け寄って、湊はアイギスに斬り掛かってくる。

 

「心を持っているのに、人々を守るために自分を犠牲にだって出来るのに、そんな君がただの兵器であるものか!」

「ですが、わたしの心は作られた物です。採取された人格データを組み合わせ、そうしてわたしという人格は生み出されました」

 

 迫ってくる湊へアイギスは手榴弾を一つ投げ、右手の銃を撃ちながら距離を取って接近を阻む。

 だが、湊は今度の爆発は避けようとせず、刀を横に一閃するだけで炎ごと消し去ってしまった。

 やはり、あの魔眼の力は脅威だ。弾丸とペルソナを除けば手榴弾程度しか持たないアイギスにとって、それらを後出しで消し去られるというのは、ジャンケンで二つの手しか使えないような物である。

 どうやってか魔眼を解除させる方法はないか。戦いながら思考を巡らせていると、湊が距離を詰めてくる。

 アイギスが回避しながら至近距離で銃弾を放ったというのに、身体を捻るだけでそれらを避けて、新しい弾倉の収められていたタクティカルベストのポケットを一つ切り裂いた。

 

「何によって作られようと、そこに心があるなら君は人だ。だからこそ、俺は世界に君が一つの命である事を認めさせる」

 

 切り裂かれた布地と共に弾倉が落下してゆく。けれど、アイギスは攻撃のチャンスだと刀を振り抜いた事でがら空きになった相手の脇腹へ蹴りを見舞った。

 

「それは不可能です。心を持とうとこの身体は機械。生身でないのなら、誰もそれを人とは認めません。お気持ちは嬉しいですが、世界がわたしを兵器として扱うのはしょうがない事かと」

 

 蹴りを受けた湊は咄嗟に同一方向へ跳ぶ事でダメージを軽減させる。

 着地点の雪でブレーキが利かず、そのまま少々滑ったようだが、バランスを取って耐えきりアイギスへと向き直った。

 

「しょうがないなんて……そんな言葉で諦め切れるか!」

 

 消耗している身体を、戦闘状態へ脳を切り替える自己暗示紛いのことで誤魔化し、無理矢理動かしている湊に普段のようなキレはない。

 それでも、自分が叶えたいとする願いを否定する事は、例えその本人であろうと認める訳にはいかなかった。

 湊は武器を完全に仕舞うと、中国拳法の構えを取って再びアイギスへと向かってゆく。

 

「俺やソフィアのような人類にとって害でしか無い存在を人というのなら、人々のために生きる心と優しさを持った君も人と呼ばれるべきなんだ。日の当たる温かな世界で、当たり前の幸せを受ける資格が君にはある。それを世界が認めないというのなら、力で脅してでも俺は認めさせるっ」

 

 震脚で踏み鳴らした屋根を弾けさせると、湊は右手を腰溜めに構えたまま空中を滑るように移動してくる。

 確かに、雪で滑る場所を移動するよりも空中を行った方がエネルギーロスは少ない。中国拳法の足捌きならではの攻略法だ。

 アイギスの目の前に震脚で着地した事でさらに威力を上乗せした湊は、真剣な少年の言葉に衝撃を受けて顔を俯かせ動きを止めていた相手へ向け、真っ直ぐその拳を打ち放った。

 

「八雲さんは――――」

 

 だが、少年の放った拳はしっかりと正面から受け止められていた。

 攻撃を放った湊は片手なのに対し、受けたアイギスは両手なのでタイミングを間違えなければ受ける事は可能だ。

 とはいえ、いくら機械の乙女であっても、岩をも砕く剛腕の一撃を受けて無事に済む筈がない。案の定、肩や肘の辺りから過負荷によって煙を出ている。

 けれど、少女はそんな事は気にせず、俯かせていた顔をしっかりとあげるなり、怒った様子で拳を掴んだまま相手に頭突きをかました。

 

「――――大馬鹿者であります!」

「ぐあっ」

 

 石よりも硬い鋼鉄製の頭による頭突きだ。それを逃げないよう拳を掴まれたまま受ければ、当然、湊でも多少は怯んでしまう。

 しかし、大切な少年が痛がっている状況でも気にせず、アイギスは片手で相手の拳を掴みながら、左手で顔を殴りつける。

 

「わたしがいつそんな事を望みましたか! わたしは貴方と共にいられれば、それだけで十分幸せなんです! 他の方がどう思おうと何を言おうと気にしません!」

「ぐっ……それじゃあ、俺が嫌なんだっ!」

 

 相手の腕を振り払うと、湊はアイギスの胸を蹴って後方に跳び、そのまま屋根から落ちて距離を取る。

 すると、アイギスも即座に後を追って空中から湊の着地点を囲うように手榴弾をバラ撒く。

 本来、インファイトは湊の距離だったはずだが、今の湊には戦鬼と恐れられたときほどの力は残っていない。

 ならば、遠距離でも威力の変わらない銃火器を使われるよりも、多少のダメージを負いながらも攻撃を受け止める事も出来る接近戦の方が勝率は高いと睨んだ。

 着地とほぼ同時に爆発に囲まれた湊は外套での防御を取っている。そこへ間髪入れず、空中で縦に回転して威力を高めた踵落としをアイギスは振り下ろした。

 

「ハァッ!!」

「っ……こんのぉ!!」

 

 アイギスの踵落としを湊は両腕を頭上に掲げたクロスガードで受け止める。落下の加速と回転で増した威力を受けたことで足元の路面が砕け、受けた湊自身も骨に伝わる衝撃に歯を食いしばり耐えた。

 そして、ようやく威力がある程度消えたところで、湊は相手を押し返して遠くへと投げる。

 投げられたアイギスは器用に空中で体勢を制御して着地したかと思えば、再び湊にインファイトで挑むため人ではあり得ない加速で接近してきた。

 

「わたしが気にしないというのに、何がそんなに嫌なんですか!」

「君がただの兵器として扱われる。それが俺には耐えられない。君がどれだけ傷付いても、どれだけ苦しんでいたとしても、そいつらは君の心を無視して使おうとしてくるんだ」

「だから力で押さえつけて、他者を心ごと従えようとするのですか? しかし、それでは人々の心は何も変わりません。独裁者に怯え、ただ表面的に逆らおうとしないだけです。八雲さんのいうわたしの心を無視してくる方々と何が違うというのですか」

 

 アイギスが相手の顔面を捉えようとすると、半身で躱して湊がアイギスの腹部に膝蹴りを入れる。

 ガンッ、と硬い音をさせながら身体が浮き上がった相手の顔へ、湊はさらに遠心力を加えた裏拳を放って、傍の雪の山へ吹き飛ばした。

 だが、アイギスが高く積まれた雪の山に埋もれると今度はそこから銃弾の雨が飛んでくる。姿が見えていなかった事で反応がギリギリになり、咄嗟に横っ飛びに転がって回避した湊へ、雪から脱出したアイギスが全速力のタックルをお見舞いした。

 タックルを受けた湊は、傍にあった高級宝石店のガラスを突き破り店内に飛ばされる。ガラスが割れた事で防犯装置が作動したのか、ジリリリッ、と五月蝿いベルが鳴っている。

 

「八雲さんの願いは矛盾だらけであります。人々を、世界を、わたしのために変えるのでは、それは八雲さんの考える本当の温かな世界とは言えないのではないのですか」

 

 騒音で耳を封じられた湊は、さらに続けて撃ちこまれた弾丸への対処が再び遅れ、両腕のガトリングを撃ちながら追ってきたアイギスが、湊を逃げ場のない壁際に追いこもうとしながら退路を塞いでゆく。

 そんな状況を湊は外套から取り出した刀で壁を切り崩す事でクリアし、再び店の外に出てから相手の問いに斬撃を繰り出しながら答える。

 

「言われなきゃ気付かない莫迦に言って聞かせるだけだ。一部の力を持った人間が今の世の中をコントロールしている。そのコントロールする人間が変わるだけだと考えれば、人々への影響は少ない」

「わたしは此処に来るまでに色々な国を見てきました。矛盾する願いに気付かないフリをして、御自身を誤魔化している。そんな人に変えられるほど、この世界は単純ではありません」

 

 湊の斬撃の軌道を読み切り、先ほどの湊の裏拳の動きをトレースしてアイギスは刀を弾く。

 続けて刀が逸らされ泳いだ身体へ、これまた先ほどの湊の動きで膝蹴りを腹部に向けて放つ。

 しかし、自分の動きならば読む事も容易かったのか、刀を片手持ちに切り替えていた湊は、独楽のように回転しながらアイギスの蹴りを片手で受け流して、刀を持った腕の肘を彼女の後頭部に打ち込んだ。

 片足を膝蹴りとして上げていた状態で後頭部を打たれれば、当然、バランスを崩して前のめりに倒れてしまう。それをアイギスは咄嗟に残った足で地面を蹴る事で宙返りに持っていき回避した。

 その動きは流石に予想外だったのか、追撃しようとしていた湊は中断して距離を取る。

 

「世界を見て感じたなら、君にとってはそうなんだろうさ。だが、人の善意や優しさという可能性を信じた結果、俺は大切な人が傷付くのを何度も見てきた。誰も傷付かない方法なんて子どもの見る夢でしかないんだよっ」

「貴方がそれを諦めれば誰も傷付きません。貴方の傍にいて、貴方が傍にいてくれればわたしの世界は平和で幸せです」

「君を俺という閉じた世界にいさせるつもりはない!」

 

 湊はアイギスに自分のいる場所とは対極な世界にいて欲しいと願っている。それだけに、自分を基準とした狭い世界に縛られたままでいさせるつもりは毛頭なかった。

 湊は再び武器を二挺拳銃に切り替えると、道路を挟んで並走しながらアイギスと撃ち合う。外れた弾丸や、空中でぶつかり合った弾同士が兆弾となって、二人の通った通り沿いの店の壁やガラスに戦闘痕を残してゆく。

 

「だから、アイギス。君はチドリたちのいる光の世界に戻れ」

「嫌です」

「俺なんか居なくたって」

「無理です」

「生きていればもっと相応しい人間にだって出会え」

「お断りします」

 

 アイギスは、湊が何を言っても真顔のまま即座に切って捨てる。最後など言葉を遮ってまで先に言い切ってやった。

 すると、苦々しげに表情を歪めていた湊は耐えられなくなったのか、足を止め距離を開けたまま叫ぶ。

 

「我儘ばっかり言うなっ!」

「どっちがですかっ!」

 

 お互いに相手の意見を聞かずに自分の意見を押し通そうとしているため、確かに、二人は相手にだけは言われたくないだろう。

 そして、両者ともやや冷静さを欠いたまま心の化身を呼び出した。

 

『ペルソナっ!!』

 

 現れたのは青銅の女神像と黒い死神。呼び出された二体は敵へ向かってゆくと、槍と剣で鍔迫り合いを始めた。

 二体の力は拮抗している。少しでも気を抜けば押される状況で、二人は尚も言葉をぶつけあう。

 

「貴方は誰かのために自らの手を汚し。弱者のために、救われぬ者のために小狼という仮面を被って力を振るってきたのではなかったのですかっ」

「他人を犠牲にして生き残ったんだ。俺一人を生かすために片手では足りないほどの人間が犠牲になった。なら、彼らの分まで誰かを助けるのは当然の事だろうっ」

 

 七年前の事故では両親やアイギスに救われ、タルタロスではチドリに助けられた。それからも湊は様々な人間の力を借りて、こんな危険な世界で生き延び続ける事が出来たのだ。

 だからこそ、自分を助けるために命を落とした者や傷付いた者の分まで湊は他者を助けなければならない。

 それが生かされた者としての責任であり、自身が出来る唯一の贖罪であると少年は考える。

 しかし、それを聞いた少女は彼の考えを真っ向から否定する。

 

「八雲さんを助けた方たちは、誰もそんな生き方をして欲しいだなんて望んでいません! どうか無事に生きて欲しい。誰よりも幸せな一生を生きて欲しいと願って貴方を助けたはずです! 他者を救わねばならないという強迫観念に突き動かされ、自らの幸せを蔑ろにした先に貴方が得る物はなんですか!」

「俺が求めるのは君とチドリが平和に生きられる世界、ただそれのみだ。今さら、自分の幸せを願うほど図々しくはない」

「やっぱり、八雲さんは大馬鹿者であります! 発動、オルギアモード!」

 

 もうこの相手には何を言っても無駄だと、アイギスは作戦を考えてくれたチドリに心の中で悪いと思いながらも、力技で捻じ伏せるため自身の機関中枢にエネルギーを送りリミッターを解放する。

 人間でいう耳のある位置に付いたヘッドフォン型のクラッチユニットが高速で回転を始め、彼女の機体性能が“オーバーヒートするまで”という時間制限付きで上昇する。

 アイギスの能力が上昇したことでパラディオンがタナトスを押し始めた。それを横目で見ながら、アイギスは先ほどの倍速以上で駆け出し、湊をその場に縫い付けるため両腕の機関銃を掃射する。

 

「パラディオン、キルラッシュ!」

 

 相手を押し始めたパラディオンは、そのまま槍を高速で回転させタナトスの剣との間に火花を発生させながら、ガラスと壁を破壊して相手を近くの店舗に押し込んだ。

 まさか圧倒的なレベル差のあるパラディオンに力負けするとは思っていなかったのか、タナトスの受けたフィードバッグダメージを喰らった湊は、複雑な表情で膝を突きながらフードを深く被ってアイギスの銃弾から身を守っている。

 相手はもう既に走って逃げ回るだけの力を残していない。ならば、チドリから受け取った秘密兵器を使うのは今しかないだろう。

 そう考えたアイギスは、傍に止めてあった車と店の二階の窓にある手すりを足場に、再び屋根の高さまで跳躍した。

 急に高い位置に移動した相手に湊は訝しんで武器を取る構えを見せている。けれど、湊が何をしようと関係ない。彼女が受け取った秘密兵器は湊自身の力なのだから。

 空中で背中に付けていたショルダーバッグを外し、その中身を取り出しながらアイギスは店舗の中に潜んでいた自身のペルソナに命令する。

 

「パラディオン、電光石火!」

 

 轟音と共に店の中で爆発を起こしてパラディオンが現れる。タナトスを倒した時点で消えていたと思っていた湊は、転がる様に避けると旋回して再び戻ってきた相手へ、喚び出した赤い光を宿した剣(楔の剣)ですれ違い様に切り付けた。

 途端、パラディオンは水色の光に包まれ消えてゆき、最後にはカードとなって湊の中に吸収されていった。

 あれがチドリから聞いていたアベルの剣かと、ペルソナを奪われた事を痛手に思いつつもアイギスは全ての準備を終えていた。

 バッグから取り出した、美術品と見紛うばかりの黒い翼のついた紫色の手甲型大砲を両手で構える。大砲の名は“ウィオラケウス”、以前、湊がチドリに見せた無の銃とタナトスを融合させた武器である。

 湊はペルソナを力の管理者に頼んで呼び出し直す事が出来るため、万能属性に似た特殊な攻撃を放てるウィオラケウスをチドリは一つ貰っていたのだ。

 アイギスの手にある武器がそれだと分かった湊は、目を大きく開いて外套を伸ばして何重にも自分に巻き付けている。この攻撃だけは外套でも防げるか分からないのだ。

 そして、

 

「これで……終わりであります!」

 

 彼女の持っていたウィオラケウスが火を噴いた。赤と黒の禍々しい光が湊を呑み込み、周囲の建物を崩壊させ、攻撃の余波で巻き起こった暴風でアイギス自身も吹き飛ばされる。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 光に呑まれる少年の声を聞きながら、吹き飛ばされたアイギスは大砲に力を吸われ全身に虚脱感を感じる。チドリから一発限りの必殺技だとは聞いていたが、流石にこれほどの威力だと思っていなかった。

 残っていた精神エネルギーを全て消費しきり、仮にペルソナを奪われていなくとも呼び出せなくなっていただろう。

 発射の勢いと余波で飛ばされたアイギスは、店の壁にぶつかって地面に落ち、なんとか武器を手放さずには済んだがよろよろと立ち上がる。

 そして、更地と化していた街の惨状と、その中心にいるであろう少年の安否が気になり、少年の元へと駆け出したのだった。

 

 

 

 


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