【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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この作品について

 はじめまして、清良と申します。こちらでの初投稿作品のため誤字脱字が多数あったり、分かりづらい文章などがあるかとは思いますが、投稿済み分も含め、徐々に修正していきますのでよろしくお願いします。

 現在は予約投稿を使い、毎週水曜日の午前零時に定期更新していますが、書き終わった話を最低一週間は置いてから推敲することにしていますので、推敲の終わった書き溜めが無くなり次第投稿が不定期になります。
 

 それと、この作品では以下の内容を扱っています。

 ・かなりのネタバレ
 ・原作の両主人公が親戚という関係で存在
 ・男主人公がエルゴ研に回収されているというIF
 ・暴力、人死に、殺人、残酷描写
 ・原作設定の独自解釈
 ・本作固有の設定
 ・男主人公の設定変更によるストーリーイベントの改変
 ・ストーリー改変によるキャラ設定の一部改変
 ・オリキャラ&オリペルソナ登場
 ・オフィシャルサイドストーリーであるドラマCDの内容

 物語りはゲーム本編からではなくムーンライトブリッジでの事故からのスタートになります。途中でかなり時間が飛んで原作に合流するので、おおよその流れのために過去編から書いているんだと思ってください。
 ちなみに、序章はエルゴ研編で、一章からが月光館学園中等部編、六章から月光館学園高等部編、七章から原作部分の開始になります。





序章 -Distance-
第一話 始まりの日


1999年9月25日(日)

影時間――ムーンライトブリッジ

 

 ムーンライトブリッジ。開通してまだ半年も経たぬ真新しいその場所は、銃弾の跡がいくつもつき、路面はひび割れ、陥没している場所まで存在していた。

 その変わり果てた橋には白い人影があり、円を描くように移動する人影からは、マシンガンの音が響く。

 

「やはり、初期開発装備の内蔵銃では目標への効果は薄いですね……」

 

 移動しながらマシンガンとなった自身の指先より銃弾を放ち続ける人影。

 金髪碧眼という、ここ日本から見れば異国人風の見た目をするその少女は、耳や肩、足の付け根などが人間のそれではなく機械となっていた。

 そして、少女は銃弾のゆく先にいる存在を見ながら冷静に分析する。

 少女からの銃撃を受けていた存在は、獣の骸骨のような頭部をした異形の化け物。首には鎖分銅を垂らし、黒いマントの様な物を纏って宙に浮いている。

 そんな風に、じっと動かずに攻撃を受けていた化け物が音もなく右腕をあげると、そこから少女目がけて青白い雷が放たれた。

 

「っ……回避、成功。僅かに被弾しましたが、被害は軽微。作戦行動を続行します」

 

 放たれた雷を大きく横に飛ぶ事で回避した少女は、地面を転がり、その勢いのまま立ち上がると、直ぐに体勢を立て直し走り始める。

 少女は走りながら思考を巡らせていた。

 こちら側の攻撃は効かず、逆に相手からの攻撃は自分の弱点を突いている。

 故に、足を止めてその隙を狙われれば、なんとか均衡を保っている戦況は直ぐに自分の敗北という形で崩れさってしまうと。

 それが分かっているからこそ、少女は相手を倒す方法を考える時間稼ぎとして、相手からの攻撃を回避できるギリギリまで近付いた距離での足止めに徹していた。

 

「最も有効だと思える攻撃はペルソナによるアタック。……ですが、出力の差によってこちらの攻撃は効果が薄い」

 

 相対している化け物を倒す事が任務なのだが、自分と相手との実力差が大きくこれだと思える作戦がない。

 事前の作戦命令の時点で実力差があることは分かっていた。自分が一方的に破壊される可能性の方が圧倒的に高いことも理解していた。

 しかし、それでも自分がこの化け物を倒さなければ、人類は終わる。それが分かっていて、簡単に諦める事は出来ない。

 なぜなら、少女は目の前にいる異形の存在とその同胞である“シャドウ”らを倒すために生み出された“機械の乙女”であったから。

 

「……どうにも難しいですね」

 

 この任務の重要性と自身の存在意義は理解しているが、だからこそお互いの実力差から成功率の低さに歯痒い思いをする。

 インストールされている戦闘に関する機能の一つに戦力差を考慮したシミュレーションというものも存在する。

 それに現在の自分と相手を当てはめると、作戦前の説明とほぼ同様の結果が得られた。機械だけに現実的で、正確な戦力差を分析できている。

 その結果は自分の完全な敗北。勝率にして1.73パーセントという絶望的なまでの差だ。

 だからこそ、機械の少女はその数値をどうにか自分の側へと手繰り寄せる方法を考えていた。

 だが、走りながら有効だと思える策を練るその途中、近くに生体反応がある事に気付く。

 戦闘に巻き込まれ横転しながら炎上している乗用車。その直ぐ近くに小さな子どもが燃えている車に向かって何か叫んでいた。

 

「人間の子どもが、どうしてこんな場所に……。それに象徴化していないなんて」

 

 異形の化け物と少女の戦っている時間の名は“影時間”。毎夜零時ちょうどに存在する、現実から切り離された時間だ。

 影時間では、全ての電子機器が止まり、適性を持たない普通の人間は象徴化といって棺桶のようなオブジェになる。

 よって、車に向かって叫んでいる子どもが象徴化していないということから、その子どもは適性を持っていることになる。

 だが、今まではそれらを研究しているうちに自然に適性を持っていたという、後天的に適性を得た者しかいなかったため、彼の様な自然適合者は仮説の中にしか存在しなかった。

 少女はそんな稀少な能力を持った少年に少々驚きながら、少年の置かれた危険な状況に目をやる。

 横転し炎上している車に向かって叫んでいるこということは、少年が乗っていたのは目の前の車なのだろう。残念だが、その中にいる人間が無事だとは思えない。

 だが、このまま燃え続ければガソリンに引火し、周囲を巻き込んだ大爆発を起こす。

 そうなれば、数メートルしか離れていない少年までも巻き込まれ命を落とす危険があった。

 そう冷静に状況を把握し終わると、彼を救うべく少女は状況の改善のため駆け出した。

 人間ならば耳のあるべき場所に備わったヘッドホン型のユニットを高速で回転させ、人間には出せない速度で少年へと近付く。

 背を向けた自分に向かいシャドウが攻撃を放ってくる可能性もある。だが、それでもその攻撃が届くよりも先に少年の元に辿り着けると判断していた。

 

「失礼しますっ!!」

「……え?」

 

 少女は少年に声をかけると、横を通り過ぎる途中で少年を抱え込み、その場から高速で離脱する。

 接近前の予測通りに攻撃が来るよりも先に少年を保護し、炎上する車からも距離を取る事に成功したのだ。

 その直後、少年のいた場所はシャドウの放った青白い雷によって灼かれ、傍で炎上していた車にも当たったのか大爆発を引き起こした。

 少女に抱えられた少年は、その爆発の瞬間を目にして眼を見開きながら息をのみ叫んだ。

 

「父さんっ、母さんっ!!」

「っ……ご両親が、乗っていたのですか?」

「戻って! 父さんと母さんを助けて!!」

「それは出来ません。何より、あの爆発ではお二人は既に……」

「そん、な……」

 

 少女に残酷な現実を告げられた少年は拳を強く握りながら俯く。

 それを見た少女は、自分の戦いに彼とその家族を巻き込んでしまったことを悔やむが、今はまだ戦闘中。彼を慰める方法は分からないが、どちらにせよ構っていられる状況ではなかった。

 シャドウから大きく離れ、攻撃圏外へと出ると少年を下ろして目線を合わせて話しかける。先ずは、少年に状況を説明した方が良いと判断したからだ。

 

「あなたの、お名前は?」

「……やくも。数字の八に、空にうかぶ雲で、八雲」

「八雲さんですね。わたしはアイギス。あのシャドウという敵を倒すために作られた存在です」

 

 俯いたままだが、八雲と名乗った少年は少女・アイギスの言葉に反応を返す。

 両親が死んだ事にショックを受けているようだが、これならば状況の説明も早く済むだろうと少し安心した。

 

「状況を説明します。あの敵の名前はデス、あれを倒さなければ人類が滅びます。わたしはそれを防ぐためにやってきました。そして、戦力差が大きく、味方の援軍も存在しないために勝利は絶望的であります」

「……あいつがぼくたちの車をおそったの?」

「……いいえ。正確にはわたしとデスの戦いにあなた方を巻き込んでしまいました。通常、象徴化していれば戦いに巻き込まれないはずなのですが、もしやご両親もあなたの様に動けていませんでしたか?」

 

 アイギスの質問に八雲は答えない。だが、強く拳を握りしめていることから、両親も八雲のように自然適合者だったようだ。

 両親も揃って自然適合者であったのならば、八雲はかなり高い適性を持っていると思われる。

 それが分かったアイギスは、シャドウに対抗するための人格の鎧“ペルソナ”を彼も使えれば勝てるかもしれないと思った。

 

「八雲さん。戦いに巻き込んでしまったあなたに、こんな事を頼むのは間違っていると分かっています。ですが、どうかわたしに力を貸してください。お願いします」

「……ぼくにできる事なんてないよ」

「いいえ。強く念じてください。あなたなら出来ます」

 

 八雲の両肩に手を置き、真剣に見つめるアイギスに言われた八雲も、顔あげて相手を見つめる。

 子供である自分に出来る事はないと思った。だが、アイギスは強く念じれば出来るという。

 力を貸せと言うだけで具体的に何をしろとも言わない。

 自分たち家族を巻き込んでおきながらなんて勝手なんだと、八雲は怒りのままに念じた。

 眼を閉じ、八雲は自分の中を怒りで満たす。怒りを殺意に変え、あのシャドウと呼ばれた存在を消したいとただ強く望む。

 感情が膨れ上がるのを感じながら、頭の中はクリアになっていく不思議な感覚。

 それを味わいながら八雲は頭に浮かんだ言葉を口にした。

 

「  ペ  ル  ソ  ナ  」

 

 呟くと同時に、パキィンッ、とガラスの割れたような音が頭の中で響き、八雲の周囲で水色の欠片が渦を巻く。頭上で集束していき、その中心に竪琴を持った人型の何かが現れた。

 

《我は汝……汝は我……我は汝の心の海より出でし者……幽玄の奏者、オルフェウスなり……》

 

 光を纏いながら現れた、オルフェウスと名乗るペルソナを見ながらアイギスはただ感動する。

 初めて見る他人のペルソナ。命の様な鮮烈な輝きを纏って現れたその存在の力強さに。

 

「本当に召喚できるなんて……これが自然適合者の力。すごいです。サポート無しでこんなに安定して召喚できるなんて」

「これで……いいの?」

「はい。わたしが撹乱しながらアタックをしかけます。あなたはそのオルフェウスを使って遠距離から攻撃を放って下さい。ただし、ご自分は決してシャドウに近付かない事。攻撃を喰らえば耐えきれませんから」

 

 いくら自然適合者といっても、八雲の身体はあくまで子どものそれだ。

 筋肉も骨も大人に比べれば柔らかく、アイギスですら一撃で仕留められかねない攻撃をそんな脆弱な身体で喰らえば、たった一発で簡単に死んでしまうだろう。

 故に、アイギスは絶対に言いつけを守るよう強く言い聞かせる。

 

「それとペルソナも攻撃を受けないよう注意してください。ペルソナの受けたダメージは召喚者にフィードバックします。それに攻撃を受け過ぎれば消えてしまうので、常に敵の攻撃には細心の注意を」

 

 アイギスの説明を聞いた八雲は頷くと、恨みの視線をシャドウに向ける。

 その子どもらしからぬ表情と空気に、機械である筈のアイギスも一瞬薄ら寒い物を感じるが今は時間が無い。

 そう思う事で思考を切り替えると、八雲に合図をしてから戦場に戻るため駆け出した。

 

「ペルソナ、レイズアップ!」

 

 走りながらアイギスが声をあげると、頭上に眩い光が集まり、自身のペルソナである、戦車“パラディオン”が現れる。

 呼び出されたパラディオンは進むにつれて速度をあげ、身体の中心から生えた槍でシャドウへと突撃し、アイギスも距離を取りつつ動きながら牽制の銃撃を放つ。

 その銃弾を胴体から頭部にかけて受け続けるシャドウだが、それらを無視して持っていた剣を横薙ぎに払い、迫ってくるパラディオンを攻撃した。

 

「緊急上昇! 八雲さんお願いします!」

「オルフェウス、アギ!」

 

 シャドウの攻撃を上昇することで避けたパラディオン。そして、避けられたシャドウは攻撃を外した事で隙が出来た。

 アイギスがその瞬間を狙って指示を出すと、八雲のオルフェウスが左手を突き出しそこからバスケットボール大の火球を放つ。

 轟々と燃え盛る火球は見事に敵の顔面に直撃する。だが、実力に差があるためか、あまり効いていないようだった。

 

「それでも、勝率は2.11パーセントに上がりました! パラディオン、キルラッシュ!」

 

 回避で上昇していたペルソナに命令し、一気に急降下で敵へと攻撃を放つ。

 シャドウがそちらに気を取られている間に、アイギスは自身の核であるパピヨンハートで練り上げた精神エネルギーを全身の機関へと送り込んだ。

 この戦いは長引けば自分たちの敗北で終わる。それは揺るぎようのない事実であり、そうなる前に一気に勝負をしかける。アイギスはリミッターを解除し、スペックギリギリまで性能を引き上げるオルギアモードを発動した。

 自身の性能を限界まで高めたアイギスは生温い影時間の空気を身体で切り裂きながら敵へと向かって行く。

 その間に、八雲のオルフェウスが何度も火球を飛ばしているが、それと上空から迫るパラディオンが囮の目隠しとなってアイギスの接近は気付かれていないようだった。

 

「はあっ!!」

 

 パラディオンよりも先に敵へと接近出来たアイギスは、助走の勢いも乗った拳を敵の横っ面へと叩きこむ。

 かなりの硬度のある鉄の拳の一撃は、ガシャンッ、と機械特有の音を立てながら、自身の二倍以上ある敵の巨大な体躯をそのまま吹き飛ばした。

 そして、今日の戦闘において初めてまともに決まったと言える一撃に続き。さらに、その吹き飛んだ相手めがけ降下してきたパラディオンの一撃が、倒れた敵を地面に縫い付け、ぶつかり合った衝撃が周囲に軽い揺れを起こす。

 

「ここで一気に倒します!」

 

 気合と共にアイギスはパラディオンへ精神エネルギーを送り続ける。

 絶対に敵を解放してはならない。そのために、パラディオンで敵を貫き倒すと力を送り続けているのだ。

 強力な障壁の様な魔法陣らしきもので阻まれているため、攻撃は未だに通っていない。しかし、魔法陣ごと相手を地面に押し込み、動きを封じる事が出来ている。

 倒れた状態で障壁を張っているために攻撃にも制限が付いているのだろう。別の角度から攻撃している八雲のオルフェウスの放つ火球が連続で当たっている。

 こんなチャンスはもう二度とめぐってこないとして、アイギスは再び自身で敵にダメージを与えるため、敵へと接近した。

 だが、

 

「っ!? まずいっ、戻ってパラディオン!」

 

 バチッ、と電気の爆ぜる音を聞いて即座にパラディオンを消すアイギス。

 直後、倒れていたシャドウから広範囲に電撃が放たれた。

 機械の身体のためか電撃に弱いアイギスは、パラディオンからのフィードバックダメージを受けないようペルソナを消したのだが、間一髪それは間に合った。

 しかし、敵を倒すために接近していたという事実は消えず、広範囲に向かって放たれたその一撃を自分の身で受けてしまう。

 システムがダウンしたかのように身体の自由が利かなくなり、敵の近くだというのに倒れるアイギス。

 ペルソナも出さずに、こんな無防備な状態でいればどうなるかなど分かっている。

 起き上がったシャドウは八雲からの攻撃を受けつつも、その手に持っている巨大な剣を振り上げる。そして、空気を切り裂くヒュンッという音をさせながら、倒れているアイギス目がけそれを振り降ろした。

 

「やめろー!!」

 

 少年の叫びの直後、金属同士がぶつかりあったような甲高い音が響く。

 アイギスを襲うかと思われたシャドウの攻撃は、八雲のオルフェウスの竪琴の一撃によって軌道を逸らされた。

 そのまま目標と別の場所へと向かった剣は、地面に衝突すると地面を深く抉る。

 

「やれ、オルフェウス!」

 

 体勢を僅かに崩す事に成功したオルフェウスは、八雲の念じるまま裏拳の形で竪琴を振るい。アイギスが攻撃したのとは反対の横っ面へと一撃を決めた。

 倒れてそれを見ていたアイギスは八雲のセンスに驚く。

 これだけの異常な状況で両親を失った直後だというのに、味方を庇って戦い続けている。

 普通の子どもでは考えられない精神の強さだが、それよりも体勢の崩れた相手への咄嗟の追撃という発想が子どもとしては考えられない。

 連続で攻撃を放ち続けるのならば分かるが、八雲は裏拳の形で攻撃を放つ事により、崩した体勢にさらに勢いを乗せることが出来ている。

 見たところ筋肉の付き方も同年代の少年と大差なく、武道をやっているようにも見えない。

 だとすれば、八雲は一瞬の閃きだけで攻撃を選んだ事になる。

 どうやら天は八雲という少年に二物も三物も与えているようであった。

 そんな風に思いながらダウンから立ち直ると、アイギスはダメージを負った身体を庇いながら距離を取った。

 ダメージレベルは小破。長時間の活動は無理だろうが、まだ多少の無茶は可能なレベルだ。

 どうやら障壁を張りながら攻撃を放った事が原因で、術自体の威力がかなり抑えられていたようである。

 

「しかし、オルギアモードはもう使えませんね。オーバーヒートしなかったことは幸いですが、ギミックの一部に不備が生じたようであります」

 

 アイギスはそうやって冷静に自分の損傷レベルを判断し、今出来る最善の策を考える。

 シャドウは八雲のオルフェウスが牽制の火球を放つ事で抑えている。本当に大した子どもだと感心させられていた。

 だからこそ、その頑張りに応えるため、アイギスも作戦を練り直す。

 

「……最悪、封印も選択肢として考慮しておくべきですね。わたしのパピヨンハートか、可能性の申し子である八雲さんに」

 

 彼をこれ以上巻き込みたくはない。だが兵器としての思考が封印の適性の高さは八雲の方が上だと言っている。

 実際に自分も八雲という少年を見て思った。ああ、彼はなんて神に愛された子なのだろうと。

 敵への牽制の銃弾を放ちながら、八雲の様子を見ると、八雲はオルフェウスにかなり複雑な動きをさせていた。

 しかし、それはただ滅茶苦茶に動いている訳ではない。

 敵が生物に近い骨格をしていると判断し、関節の可動領域の関係で狙えない場所へと常に逃げ続けているのだ。

 小学生になるかならないか程度の子どもが関節の可動領域など知っている筈がない。いや、仮に知っていても、そこから的確に死角となる場所を見抜くことなど出来ない。

 

「本当に、八雲さんはすごいです」

 

 シャドウを倒すためだけに作られた自分。思考も人のそれに似るように作られているが、優先順位はシャドウを倒す事に関わることが高くなっている。

 にもかかわらず、アイギスは自分と共に戦っている少年の未来を見たいと思った。

 限界を知らず、無限に広がる可能性を秘めた子ども。その未来の行きつく先がどこであるか自分も見てみたいと。

 強力な敵との戦闘中。それも人類の未来のかかった戦いだ。

 自分の存在意義を考えれば、戦闘中にそんな事を考えるなど、不謹慎どころかバグでも発生しているのではないかというレベルと言える。

 しかし、その不謹慎とも言える思考のおかげかアイギスは自分の中で力が湧くのを感じた。

 自分の戦いはこの子の未来を守るための戦い。そう思うことで、心の力が増幅し、パラディオンに更なる力を与えた。

 

「パラディオン、電光石火!」

 

 目覚めた力を自然と理解し、命令として口にする。

 先ほどまでよりも速くなったパラディオンが縦横無尽に空を駆け、敵に接近すると槍による攻撃を何度も浴びせた。

 

「絶対に、あの子の未来を壊させはしない!」

 

 ペルソナと自身の腕のマシンガンによる連続攻撃。

 二度とめぐってこないと思われたチャンスは八雲によって引き寄せられた。

 効果は薄くとも重い打撃を顔面に既に二発入れ、先ほどから攻撃を加え続けている。

 いくら敵が強くてもそれなりのダメージが蓄積している筈だ。

 

《グルァアアアアアアアアアアアッ!!》

 

 いい加減に鬱陶しくなってきたのか、持っている剣を振り回しながら電撃を放つシャドウ。

 アイギスは離れた場所から、その狙いが八雲であると判断した。

 

「八雲さん回避を!」

「分かってる。オルフェウス、地面にアギ!」

 

 それを見切っていた八雲は、オルフェウスに距離を取らせながらアギで敵の進路を塞ぐ。

 

「パラディオン!」

 

 そこへすかさず別方向からアイギスが攻撃を加える。炎に進路を塞がれ怯んだシャドウへ斜め後方から接近し、掠める程度だが槍の一撃を当てて直ぐに離れていく。

 先ほどの様に焦って一気に決めには行かず、あくまで自分が被弾せずに敵の体力を削る事に徹底する。戦いなど知らぬ幼い少年の戦い方からアイギスが学んだことだ。

 プレッシャーを感じるのは良い。だが、それが焦りを生み。焦りが危機を招いては全ての努力が無に帰す。

 そんな事では、両親を殺した自分に力を貸してくれている少年に失礼だと、アイギスは考え直した。

 

「はあっ!!」

 

 疾走しながら銃弾の雨を降らす。常に的を絞らせずに追撃を与える事で、八雲と八雲のペルソナへ攻撃が集中しないように相手の気を逸らす事が出来る。

 しかし、地力の差を考えれば、そういつまでも上手くいく筈が無かった。

 異形の化け物、シャドウが攻撃を喰らいながら何も持たぬ左腕を天にかざすと、頭上に魔力の光が集束してゆく。

 AIだというのに、戦闘を続け八雲と出会った事で疑似人格が成長したのか、アイギスは存在しなかった筈の『本能』で危険を感じ取った。あれを受けてはならないと。

 

《グルァアアアアアッ!!》

 

 叫ぶシャドウの頭上に収束する光は、ゴゴゴゴゴッ、と地響きにも音を立てて威力を高めてゆく。

 それを見た八雲も、アイギスと同様に危険を感じ取り、いま取れる最善の策をとることにした。

 

「避けきれないっ!? オルフェウス、ガード!」

「パラディオン、キルラッシュで少しでも攻撃を逸らしなさい!」

 

 少しでも八雲のオルフェウスへのダメージを軽減させようと、アイギスは自分がフィードバックダメージを受ける事も構わずペルソナを突撃させた。

 天にかざす腕をパラディオンの槍が貫く。ダメージを受けた事で、シャドウの腕は血の代わりに黒いもやを出した。

 しかし、それでも集束してゆく魔力は治まらない。

 そして、ついに魔力は光の奔流となり、周囲の全てを飲み込んだ。

 爆心地の中心にいた二体のペルソナは耐久限界を超えたのか、光の奔流にそのまま飲まれて消え去る。

 一方で、自身も吹き飛ばされながら、ペルソナの受けたダメージが返ってきたアイギスは回路がショートするのではないかと思いながら地面を転がっていた。

 機体が活動限界を迎えようとしていることを知らせるアラートが表示され続けている。しかし、今はそれよりも自分に力を貸してくれていた少年の安否が気になる。

 転がっていた身体がついに止まると、ギギギという異音をたてながら腕を地面について上体を起こす。

 攻撃が止み。巻き上がった砂ぼこりの向こうに佇むシャドウを見て。その向こうに倒れている少年の姿を発見した。

 

「や、くもさん……」

 

 意識を失っているのか八雲はピクリとも動かない。

 当然だ。自分のような機械でも動けそうにないのだから、生身の子供であるのならば死んでいてもおかしくない。

 そう考えたところで、アイギスは背筋に冷たい垂氷が突き刺さったかのような、絶望へと通じる悪寒が走るのを感じた。

 

「八雲さんが、死ぬ?」

 

 巻き込んだ自分に力を貸してくれた少年を死なせてしまった。彼の未来を守ると約束したのに。

 人の心を待たぬ筈の自分が言いようのない恐怖を感じている事が分かる。これが大切な物を失うことへの恐怖。

 

「ぐっ……オル、ギアモード、発動!」

 

 パピヨンハートに残っているエネルギーの全てを注ぎ込み、再びオルギアモードを起動させようとする。だが、機体のダメージが大き過ぎたためか、一向に起動する気配がない。

 

「動いてっ、彼のところに、八雲さんの元に行かなくちゃいけないの!」

 

 壊れた肩の装甲が落ちる事も無視して身体を起こし地面に膝をつく。

 強い意思に呼応するように、ヘッドフォン型のユニットが煙を出しながらも高速で回転し始めると、アイギスは地面を蹴り、最短距離で八雲へと駆け寄る。

 気付いた敵が雷を放ってくる。しかし、そんな物に構っていられないと、さらに機体を酷使し速度をあげて回避する。

 

「八雲さん!」

 

 そうして、シャドウの数メートル横を通り過ぎながら、倒れて動かなくなった八雲の元へと辿り着いた。

 辿り着くなりアイギスは八雲を抱き起こし、すぐに容体を確認する。

 呼吸が浅く、顔色が優れない、自分同様に地面を転がったときに出来たであろう手足の擦りキズからは大量の血を流している。

 だが、非常に危険な状態ながらも、なんとか生きているようだ。

 しかし、生きているといっても、自分のペルソナは治療を施せるスキルを持っていない。今から治療できる施設へと連れて行っても間に合うとは思えない。

 助けたいという想いに対し、現実は残酷だった。

 

「死なせたくないっ。誰でも良い、この子を助けてください!」

 

 消えようとする小さな命を胸に抱きながらアイギスは天を仰ぎ懇願する。

 だが、ここにいるのは自分と異形の化け物だけだった。

 しかし、ここでアイギスはある可能性を思い付きハッとする。

 自分の中に存在するデータによれば、シャドウとはペルソナに近しい人間の心から生じた存在。その身には不思議な力を宿しており、時に空間や時間にも干渉するという。

 ならば、いまここで命の灯が消えようとしている子どもを助ける事も出来るかもしれない。そう、なぜなら、相手は『死』を司るシャドウだから。

 

「八雲さん、もう少し我慢してください。いま、あなたを助けます」

 

 八雲を胸に抱きかかえながら死を司るシャドウ“デス”を見やるアイギス。一方のデスはアイギスと八雲の動向を見ているようで、動きを止めたまま何もしてこない。

 それならば、丁度良いとアイギスは地面を踏みしめる。初動から最高速へと直ぐに達するよう身を屈め、足に力を込める。

 耐久限界を超えている機体はギギギ……と不安な音を立てている。だが、それでも、デスの元へは何としてでも辿り着いて見せると、アイギスは駆け出した。

 急激にGがかかったことで抱かれている八雲が気を失ったまま辛そうな表情をしているが、いつ攻撃されてもおかしくない状況だ。速度を落とす事は出来ない。

 案の定、デスは持っている剣を振って斬撃を複数飛ばしてくる。

 アイギスはそれを左右に飛んで避けながら、相手の元へと走った。

 そして、相手が手に青白い光を溜め始めたところで、懐に潜り込む事に成功する。

 この至近距離で攻撃を喰らえば大破は確実。瀕死の八雲も死んでしまうだろう。

 それだけは何としてでも避けようと、自分の中にあった人工的に自分にペルソナを宿した方法の記録を開く。

 シャドウの封印とは、人工的にペルソナを発現させることを逆からのアプローチでしかけるのだ。ペルソナと同じく精神から生じたシャドウを、別の存在の精神へと強制的に捻じ込むという荒技。

 しかし、ペルソナと違い無意識の領域の存在であるため、性格が丸っきり変わってしまうということはない。

 せいぜいが、元となった人間が短気であったのなら、捻じ込まれた側も少し神経質になるかもしれないという程度。

 命を失うよりはマシだろうと八雲を地面に横たえると、アイギスはそのままデスのマントを掴み。残っている精神エネルギーで存在を揺らがせ、寝ている八雲にも同じように自分の精神エネルギーを送る事で強引にラインを繋いだ。

 すると、生存本能なのか八雲がアイギスの精神エネルギーを大量に吸収し始め。ラインを繋がれたデスも同じように八雲へと吸い込まれていく。

 吸収し始めたときには、こんな小さな体に強大な存在を宿らせることなど出来るのだろうかという不安を抱いていた。

 だが、八雲はあらゆる可能性に恵まれた存在だ。

 そう考えると、例え数百人分の精神の融合体であろうと内包しきれるだろうと自然と不安は消えていた。

 吸収が進むにつれて呼吸が安定し、八雲の顔色が良くなっていく。暴論とも言える推測からの賭けだったが、どうやら成功したようだ。

 人類を滅ぼす存在は子どもの中に宿り、この子が青年へと成長するほど時間が経たなければ出て来れないだろう。

 八雲と人類。その両方をなんとか守る事に成功したアイギスはエネルギーを使い果たし、機体の耐久限界を超えていたため、静かにその機能を停止したのだった。

 

 




本作内の設定

 男主人公の名前を八雲に設定。名字に関しては作中で正式に出てから書くものとする。

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