砲雷撃戦(物理)するには提督は必要ですか? ~はい。提督は脳筋仕様の化け物です~   作:elsnoir

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壱拾九話 不安と恐怖と支え

★鎮守府 提督の私室

side:矢矧

 

 たまたま真夜中に鎮守府を歩いていたら、自分の名が大声で呼ばれた。それも呼び出すかのような声ではなく、悲鳴じみた声。彼の部屋に入ってみれば、布団から半身を起き上がらせ、息を切らしていた渚。月明かりで照らされていた彼の顔は青ざめていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

「………………提督?」

 

 小さな声で喋りかける。

 

「っ!?」

 

 びくりと体を震わす渚。そしてゆっくりとこちらを見る。彼のすぐ近くまで寄ってみた。

 

「…何があったの?突然私の名前なんか呼んっ…!?」

 

 渚が突然抱き着いてきた。

 

「……っ……ぐっ…………っ……!」

 

 渚が小さく震えながら泣いていた。いつも危険で頑丈そうな彼が今は子供のようでとても頼りなさそうに見えた。

 

「…………提督…」

 

 彼の背に手を回し、そっと抱いた。これでも彼はまだ十九の未成年だ。

 

 

 それから少しそのままの状態でいると落ち着いたようで、嗚咽もなくなってきた。

 

「……落ち着いた?」

「……ああ……」

 

 それでもまだ声は震えていた。よほどのことがあったのかもしれない。

 

「………ちょっと待ってて」

 

 彼から少し離れた。ラウンジの棚からココアの粉末を取り出し、マグカップ二つに入れお湯を注ぐ。そしてそれを手に持ち、渚の隣に座った。ベッドに腰を掛けている。渚は下を向き、うつむいていた。

 

「………教えてくれる…?何があったの…」

「……夢を…見たんだ」

 

 悪夢とでもいうのだろうか。そしてそれで自分の名前を呼んだのなら、その夢で自分が出てきたということになる。

 

「…………鎮守府が深海棲艦に襲撃されそうだった。そこで全員で出撃して、戦闘をしていた。そこまではよかった」

 

 震える声でつぶやく渚。彼の目にはうっすらと涙が見えた。その涙は今にも頬を伝いそうなくらいでもあった。

 

「………矢矧が一撃もらって、大破したんだ。そこで俺が矢矧の前に立ってかばった…………はずだったんだ」

「…はず?」

 

 自分の問いにゆっくりとうなずく渚。

 

「……そのままだったら俺が一撃もらって、大きなダメージを受けるぐらいで済んだはずだったんだ……砲弾が放たれる前に俺は誰かに飛ばされたんだ…」

「………それが私ってこと?」

「…ああ…………夢の中の矢矧はその時「提督、元気でね。海の底から見守ってるから」って一言残して、俺の代わりに被弾した」

「……………」

「俺はまた守れないのかって思った。大切な人を…仲間を…守れないのかって…」

「……またってどいうこと?」

 

 「また」。過去に一度守ろうとした人を守れなかったことがあるようだ。

 

「……………俺は…士官学校に入る前に家族で旅行に出たんだ…俺の家族は父と母。姉に妹と俺の五人。……船で移動しているときに、連中がやってきた」

 

 連中。おそらく深海棲艦のことだろう。

 

「…標準がこちらに向けられて、その時俺は姉をかばおうとしたんだ。でもそれは姉にとって望まないことだった………そんな俺を突き飛ばし、被弾して死んだ」

 

 湯気を放つココアを除きながら過去を話す渚。今はそれを聞くことしかできなかった。

 

「……その時の姉はにっこり笑っていた…………それが…さっきの夢で、矢矧と姉がダブって見えた……何から何まで全部…ダブって見えた…笑顔も死ぬところも」

「……それで…さっき大声を上げていたわけね…」

 

 ゆっくりとうなずく渚。

 

「……俺は………守れるのか……お前たちを…?」

 

 いつにもなく弱気な発言。彼らしくない。恐怖と不安が彼を支配しているようだ。

 

「………俺は…怖いんだ……お前たちが帰らぬ人となったら……って思うと……怖くて……怖くて………!」

 

 彼の頬を一つのしずくがつたう。そのしずくは彼の持つココアにぽちゃんと落ちる。一つだけじゃない。幾つも落下している。

 

「………提督……ううん…渚、秘書艦の私がいる。あなたを支え、助けるのが秘書艦の役目だと思ってる。渚が危なくなったら、私が助けるから。不安になったら励ますから。立ち直れなくなったら、支えるから…」

「……っ……矢矧…」

 

 二人してココアをテーブルの上に置く。さっきまで俯いていた彼がようやく顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔。本当に彼らしくなかった。

 

「……男の悲し涙ほど、見苦しいものはないわ。でも今だけは許してあげる。泣くだけなくといいわ。でも静かにね」

「ッ!」

 

 渚が再び矢矧に抱き着いた。女の子の用に抱き着き、再び泣き出した。

 

「……っ…矢矧………俺は………俺は……!」

「…大丈夫……私がいるから…大丈夫」

 

 渚が泣きやむまで時間がかかり、結局収まったのは四時ごろとなってしまった。

 

 

「矢矧、すまなかったな」

「いいのよ。これも秘書艦の務めだと言い聞かせればいいから」

 

 提督を支えるのも一つの仕事。

 

「……提督…渚」

「なんだ?」

 

 二度目の名前の呼び。特に大きな意味はない。それでも今はそう呼びたかった。

 

「……私がそばにいるから、同じ仲間として、そばにいるから」

「………………矢矧…」

 

 渚の目が再び潤み始めた。

 

「ちょ、ちょっと!?もう泣かないでよね!?」

「……お前の言葉が嬉しすぎただけだよ」

 

 涙をぬぐう渚。彼の瞳に数時間前の恐怖や不安はなかった。

 

「………大丈夫そうね。さて!提督、お仕事始めようかしら!」

「…ああ!」




大分遅刻しましたが、18・19話はエイプリルフールネタでした。初日から間に合わなかったのは本当に申し訳ありませんでした。リアルが非常に忙しかっただけなんです(言い訳)。

渚の意外な一面を出した回でした。ああ見えて非常に涙もろく、トラウマには結構弱い方です。

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