日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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尋問とジレンマ

ダンブルドア先生が騎士団本部を訪れた。

それは少なくとも俺が騎士団本部に来てから初めての事であった。

そして、ダンブルドア先生が持ってきた情報は自身の訪問の衝撃を打ち消すほどの驚きの情報であった。

 

ダンブルドア先生はウィーズリー兄弟とハーマイオニーや俺、騎士団本部にいる子ども達を呼び出すと話を進めた。

ポッターへ吸魂鬼の襲撃があったこと。ポッターが自衛の為に魔法を使い、それによってホグワーツ退学処分を魔法省より通達されたこと。それを何とかダンブルドア先生によって阻止をしたが、ポッターには魔法省からの尋問が控えているとのこと。

騎士団員はそれらの事実を子ども達よりも早く共有をしていた。

既にウィーズリーおじさんとシリウスはポッターへの手紙を送っており、それぞれの役割を全うしているようだった。

そしてダンブルドア先生がここを訪れたのは、俺達にこの話をする為だけではなかった。

一通りの情報共有を終えたダンブルドア先生は、ポッターへの手紙を書くことを厳しく禁じ、特にハーマイオニーとロナルドに強く言い聞かせた。その考えの理由を語ることはなかったが、ハーマイオニーとロナルドは有無を言わさず誓わされていた。

そして、ダンブルドア先生の矛先はポッターの見張りをしているはずであったマンダンガスへと向かった。

ダンブルドア先生は酷く怒っていた。静かな怒りが全身から迸っており、マンダンガスを呼び出すと二人で部屋に閉じこもった。

二人がどのような話をしていたかは分からないが、あれほど怒り狂ったダンブルドア先生は初めて見た。フレッドとジョージですら冷やかす言葉が見当たらず、ハーマイオニーは怯えて言葉を失っていた。

 

ダンブルドア先生がマンダンガスと部屋で話している間は、それぞれの部屋で待機しているようにとの指示が出た。

重要な話をする為、盗み聞きを絶対にさせまいという騎士団からの強い圧力を感じた。

各々が不安を感じながら部屋にこもることになり、誰かの部屋に行って相談することも禁じられた。

誰もダンブルドア先生がいる中で何かしようとは思わないようで、姿現しができるフレッドとジョージも部屋を出ようとする気配はなかった。

俺も大人しく部屋で本を読んでいた。

本を丸まる一冊読み切るかどうかの時間が経った頃、俺の部屋のドアがノックされた。

もう部屋を出ていいと誰かが言いに来たのかと思いドアを開けると、ドアの向こうに立っていたのはダンブルドア先生だった。

 

「おお、すまぬのう。君の望んでいる知らせを言いに来たのではない。少しばかり、わしは君に用があったのじゃ」

 

「……俺に用事ですか?」

 

ダンブルドア先生は驚く俺に少し面白がるようにそう言った。

マンダンガスに向けていた怒りはもう見当たらなかった。そのことに安心しながらもダンブルドア先生がなぜ俺に用事があるのか分からず、怪しむような表情を浮かべてしまっていた。

ダンブルドア先生は穏やかに笑いながら、話の続きを始めた。

 

「新学期が始まってすぐに、君に特別授業を設けたい。教えるのはわしじゃ。内容は当日までの秘密。また、特別授業の事も誰にも言ってはならん秘密じゃ」

 

突然の事に体が硬直し返事に窮した。ダンブルドア先生が来てから驚きっぱなしだ。

ダンブルドア先生は長くは話すつもりはない様だった。

 

「じきにハリーがここに来る。ハリーは今、酷く怒っており、傷ついてもおる。ハリーと話す時は、わしの事は話すべきではないじゃろう。わしはハリーへ、酷い仕打ちをしておるからのう。……では、わしは行かなくては。これでも酷く忙しい身でのう。良い夜を、ジン」

 

それだけ言うと、ダンブルドア先生はにっこりと微笑んでから直ぐにこの場を去って行った。俺の返事を聞こうともしなかった。

少しして我に返ってから、俺は再び大人しく部屋に閉じこもって誰かが呼びに来るのを待つことにした。

 

しばらくしてウィーズリーおばさんがそれぞれに部屋を出ても良いと言い回ることでやっとお互いの意見を交換できるようになった。

ハーマイオニーは酷く取り乱していた。ポッターが退学になったらどうしようと、泣きそうになりながら自分が持ち込んだ本で調べ物をしていた。

ウィーズリーとジニーも不安がってはいたが、それ以上に怒りを露わにしていた。魔法省からポッターへの仕打ちに対し悪態をつき続けていた。

フレッドとジョージはそこまで不安がっている様子はなかった。二人にとってホグワーツの退学が大したダメージではないからだろう。二人はそれ以上に、何故ポッターに吸魂鬼が差し向けられたのか気になっているようだった。

全員がポッターの事を気にしていたが、ダンブルドア先生からポッターへの連絡が禁じられている以上、こちらから何かができるわけでもなかった。大人しくポッターが来るのを待つしかないのだ。

ポッターの事で気を滅入らせているハーマイオニーをウィーズリーやジニーが慰め、無理に情報を集めようとするフレッドやジョージをシリウスやウィーズリーおばさんらが抑えるのを横目に、俺は大人しくすることとした。

 

 

 

ポッターが騎士団の本部に来たのは、事件が起こってから三日後の事であった。

俺の部屋でフレッドとジョージと共に話をしていると、下の階から大きな叫び声が聞こえてきた。

 

「それじゃ、君達は会議に参加していなかった! だからどうだって言うんだ!」

 

ポッターの声が館中に響き渡っていた。

これを聞いた途端フレッドとジョージは顔を見合わせて、ニヤリと笑って姿現しをした。

下の階に行ったのだろう。

二人が下に行きポッターの叫び声が聞こえなくなった頃、俺も顔を出そうと思い移動を始めた。しかし、正直足取りは重かった。

ポッターが苦しみ、怒っていることは事前にダンブルドア先生から聞いていた。だが、予想以上のポッターの怒り様に少し尻込みをしていた。館中に響き渡る声で叫ぶのは尋常ではない怒り具合だ。

ポッターの声がした部屋に入ると、既に俺以外のメンバーが集まっていた。

ポッターは俺がいるのを見るとショックを受けたように固まり言葉を失った。それを見たハーマイオニーが慌ててフォローをするようにポッターへ声をかけた。

 

「ハリー、ジンもここに保護されているの。……ルシウス・マルフォイと争って、命を狙われているのよ」

 

ハーマイオニーの端的な説明で、ポッターは我に返ったようだ。

館中に響き渡る声で怒鳴っていた割には、ポッターは随分と冷静な判断ができるようだった。少なくとも、目に入った人間全員に噛みつくようななことはない様だ。

とはいえ俺に対し行き場のない感情は持っているようで、混乱し固まりながらも何かを言おうと口を開閉させていた。

 

「……学校が始まるまで共同生活になるな。よろしく頼む」

 

ポッターが混乱から回復する前に挨拶を済ませる。

そして丁度良いタイミングで下の階でドアが開く音が聞こえた。

会議が終わり、夕食の時間になったのだ。

 

「会議が終わりましたよ。もう降りてきて良いわ。さあ、夕食にしましょう」

 

ウィーズリーおばさんに呼ばれ、部屋にいた全員がぞろぞろと移動を始めた。

ポッターは何やら話足りない様子ではあったが、俺がすぐに移動を始めたので声をかけるタイミングを無くしたようだった。

それから客室に行くと、今日はルーピン先生にトンクス、マンダンガス、ビル・ウィーズリーとウィーズリーおじさんもいた。そしてシリウスがポッターへ温かく歓迎の言葉をかけ、ポッターもやっと表情を緩めて客席に着いた。

それから和気あいあいとした雰囲気で夕食が始まった。

マンダンガスのジョークにフレッドとジョージとロナルドが爆笑し、トンクスの七変化を使った顔芸にハーマイオニーやジニーが大喜びし、ポッターはシリウスと親し気に話をしていた。

俺も、ルーピン先生やビル・ウィーズリーと共に他愛もない事を話しながら夕食を楽しんでいた。

そしてそのまま和やかな雰囲気で食事終わり解散になるかと思いきや、シリウスがポッターに向かって爆弾を投げかけた。

 

「……ハリー、君には驚いた。ここに着いた時、君は真っ先にヴォルデモートの事を聞くだろうと思っていたんだがね」

 

部屋の雰囲気が一瞬で緊迫したものに塗り替わった。

シリウスの言葉を受けて、ポッターは部屋にいた時のような憤慨したような表情に戻った。

 

「聞いたさ! でも、ロンもハーマイオニーも、騎士団にいれてもらえないから、何も聞けないって!」

 

「そうよ、ハリー。あなた達は若すぎる」

 

ウィーズリーおばさんがそう厳しく釘をさすように言ったが、シリウスは話を続けた。

 

「騎士団員でなければ質問をしてはいけない、という決まりはない。ハリーは、何が起きているか知る権利がある」

 

「だったら、俺達にだってその権利はある筈だ! 俺達は質問をずっとしてきたが、何も教えてもらえてない! 若すぎるからってな! なのにハリーは良くて、成人している俺達はだめなのかよ!」

 

シリウスの言葉にジョージが食いついた。隣でフレッドも同意するように力強く頷いていた。

シリウスはそんな二人に静かに声をかけた。

 

「君達二人に教えるどうかは、君達のご両親が決めることだ。だが、ハリーの方は――」

 

「ハリーにとって何がいいか決めるのは、あなたではないわ!」

 

ウィーズリーおばさんがシリウスの言葉を遮り、鋭くそう言った。表情は険しく、今まで見たことがない程に怒っていた。

 

「ダンブルドアが決めたことです! ダンブルドアは、ハリーが知る必要があること以外は話してはならないと仰っていましたがね!」

 

「私は、ハリーが知る必要があること以外をこの子に話してやるつもりはないよ。しかし、ハリーはヴォルデモートの復活を目撃したものであり、大方の人間以上に知る必要があることが――」

 

「この子はまだ十五歳です!」

 

「モリー、ハリーは小さな子供ではない!」

 

「ええ、そうでしょうとも! そして、大人でもありませんわ!」

 

シリウスとウィーズリーおばさんは語気を強めていき、殆ど怒鳴り合いになっていた。

子ども達はオドオドとした態度で事の成り行きを見守っていた。

 

「シリウス、この子はジェームズではないのよ!」

 

「お言葉だが、私はこの子が誰なのか、はっきりと分かっているつもりだが?」

 

「そうは見えませんわ! この子はまだ学生で、責任ある大人がそのことを忘れてはいけないのよ!」

 

「私が無責任な名付け親だと?」

 

いよいよどちらかが杖を抜きかねない程にヒートアップした時、ウィーズリーおじさんがため息をつきながら口を開いた。

 

「……モリー、ダンブルドアも立場が変化したことをご存じだ。ハリーにはある程度の情報を与えるべきだと認めておられる」

 

「しかし、ハリーに何でも好きなことを聞くように促すのは全然別の事です!」

 

ウィーズリーおばさんは、ウィーズリーおじさんが少なからずシリウスの味方をしたことにショックを受けたようだった。

そしてそれに追い打ちをかけるように、ルーピン先生が口を開いた。

 

「私個人としては、ハリーは事実を知っていた方がいいと思う。何もかもというわけではないがね。だが、歪曲された話を誰かから聞かされるよりは、私達から全体的な状況を話した方が良いと思うよ」

 

ルーピン先生はそう言いながら、チラリとフレッドとジョージを見た。盗み聞きの事を指しているのだろう。

ウィーズリーおばさんは味方がいないことにわなわなと体を震わせながら、椅子に座り直した。

それを見てから、ルーピン先生は穏やかな口調で話を続けた。

 

「ハリー、君の意見も聞こうか。君はどうしたい?」

 

「僕、聞きたい。何が起きてるのか、教えて欲しい!」

 

ポッターがそうハッキリというのを聞いて、ウィーズリーおばさんはうめき声をあげた。

ポッターが騎士団の会議での話を聞くのは、もう決定的であった。

ウィーズリーおばさんは震えた声でハリー以外の子どもに指示をした。

 

「……分かったわ。それでは、ハリー以外の子はすぐにこの部屋から出て行きなさい」

 

「俺達は成人だ!」

 

すぐさまフレッドとジョージが食いついた。自分も情報を得ようと必死であった。

ウィーズリーおばさんの顔をゆがませた。そんなウィーズリーおばさんに、ウィーズリーおじさんが疲れたように声をかけた。

 

「……モリー、フレッドとジョージは止められない。二人は確かに成人だ」

 

ウィーズリーおばさんは更に顔を赤くさせたが、抵抗はしなかった。

そして今度はロナルドが声を上げた。

 

「どうせ、僕とハーマイオニーにはハリーがここでの話を全部教えてくれる! ……なあ、そうだろう?」

 

「……ああ、もちろん」

 

ロナルドが一瞬だけ不安そうにしながら、ポッターへ問いかけた。ポッターはロナルドの顔を見て、優しく笑いかけながらそう言った。ロナルドとポッターが笑い合い、二人の間にある確かな友情を証明していた。そのお陰で、ロナルドとハーマイオニーはその場に残る権利を得た。

ウィーズリーおばさんは溜まりに溜まった怒りを、ジニーにぶつけた。

 

「ジニー! あなたはもう寝なさい!」

 

そう言って無理やりジニーを追い出した。ジニーは激しく抵抗したが、ウィーズリーおばさんには敵わずそのまま部屋へと連行されていった。

そしてウィーズリーおばさんがジニーを連れて部屋を出た後、俺も席を立ちあがった。

 

「……俺はここでの話を聞かない方がいいと思いますので、退出しますよ」

 

周りの反応は驚くか納得するか、概ねそのどちらかだった。

ポッターは勿論驚きながら、俺の事を凝視した。フレッドとジョージ、そしてロナルドも俺の情報の遮断の徹底ぶりに驚きを隠せないようだった。

一方でハーマイオニーは納得したようにしながら、同情するような表情だった。後の大人達は納得の表情を示しながら、何も言うことはなかった。

俺はそのまますぐに部屋を出ると、ジニーを部屋に閉じ込めたウィーズリーおばさんとすれ違った。

ウィーズリーおばさんは俺が話を聞かずに部屋を退出したことを察すると、複雑な表情をした。俺がもっと早く退出していれば、こんなことにはならなかったのではと思った様だった。

俺はウィーズリーおばさんとは目を合わせず、三階に自室にこもった。

そのまま寝ようとベッドに横になり、目を閉じる。

 

騎士団の話に興味がなかったわけではない。聞けるのならば聞きたいが、やはり重要な情報を持ってしまうことが怖かった。

闇の帝王が知りたがる情報を持ったままドラコ達と気兼ねなく接するのは、それだけで一苦労だ。

だから下でどんな話をしていようが関係なく、俺はそのまま目を閉じて眠るにつくことが出来た。

 

 

 

翌日から、シリウスとウィーズリーおばさんの関係は最悪だった。

二人は必要以上に礼儀正しく話をし、平静を装っていたが、決して目を合わせて笑い合うような事はなかった。

一方でポッターはここに来た時に抱えていた怒りを収めたようだったが、今度は数日後に控えている自身の退学をかけた尋問に悩まされているようだった。ウィーズリーおばさんから与えられた仕事を積極的に行いなるべく考え事をしないようにしているようだったが、疲れた表情で押し黙っている時間も多く、その度に誰かがポッターの気を紛らわせようと話しかけていた。

ポッターは尋問以外の話題を好んで口にしたし、尋問以外の話題には積極的に話に参加していた。

そんなポッターにとって、俺の存在は尋問から気をそらすのにうってつけの話題だったのだろう。

俺と二人になった時、ポッターはよくしゃべった。

 

「君はどうやってここに?」

 

「暖炉を使って。二年前に、シリウスを逃がすために使った部屋を経由してな。……あれを使うと、暖炉移動で足が付かない。よく知ってるだろ?」

 

「ああ、それなら僕もそれを使わせてもらえればよかったのに……。そしたら、凍える思いをして箒で移動することもなかったし、誰かが危険な目に遭う可能性もなかったろうに……」

 

「そのためにマグルの暖炉を暖炉ネットワークにつなげることの方が、リスクが高かったんだろうな。暖炉の管理は魔法省がしているし、迎えに行く人物も限られるし、マグルの暖炉に火がついていたら最悪だしな。……箒での移動は、そんなにひどかったのか?」

 

「……箒というより、ムーディー先生が酷かった。警戒しすぎというか、なんというか……」

 

他愛もない会話をしながら、部屋を片付ける。他愛もない会話を続けていると、ポッターは段々と踏み込んだことを話し始めた。

俺が騎士団の事を聞かない理由や、俺とルシウス・マルフォイとの間に何があったのか、騎士団本部に来るまでの両親が遺した部屋での缶詰生活など話は多岐にわたり、ポッターはどれも興味深げに俺の返事を聞いていた。

そして、ポッターは少し気まずそうにある話題を打ち出した。

 

「……ねえ、あの日の事を聞いてもいいかな?」

 

「……あの日?」

 

「ヴォルデモートが甦った日。……君に何があったのか、僕は何も聞かされてないから」

 

ヴォルデモートが甦った日、俺に何があったのか。

ダンブルドア先生が質問を禁じていたこともあるが、そのことを俺に質問をしたのは実はポッターが初めてだった。今更な話だし、誰も気にも留めていないと思っていた。

ポッターは無意識か分からないが、尋問の事を忘れたい一心で話題を探し、この話題にたどり着いたのだろう。

俺はダンブルドア先生から口止めされている自分の予言の事と、両親が遺した指輪の事を触れないように注意しながら、返事をした。

 

「お前の身に起きたことと比べると、大したことはない。ビクトールと一緒にクラウチに襲われて、何とか生き延びただけだ」

 

ポッターは少し気まずそうにしながら、さらに踏み込んで質問をした。

 

「クラウチは事故で死んだって聞いてるけど……君とクラムで、その、倒したってことなのかな?」

 

言葉を選びながら、ポッターは気になっていることを探っていた。

俺とビクトールのどちらかがクラウチを殺したのではないかと危惧しているようだった。

俺は少し固まったが、冷静に返事をすることが出来た。

 

「……俺とクラムも殺される寸前だった。だから正直、何が起きたのかは分からない。気が付けば、俺は医務室のベッドで目が覚めたんだ」

 

「……ごめん、変なことを聞いた」

 

ポッターは俺の返事にどこまで納得したかは分からない。

ただ、自分のした質問が不躾であったと恥じているようだった。

それから少し気まずい沈黙が流れ、昼食に呼ばれた時にはポッターはホッと息をついていつもよりも少し足早に大広間へと向かった。

それからポッターが尋問を受ける日まで、俺に話しかけることはなかった。

俺からポッターへ話しかけることもなかった。

 

 

ポッターが騎士団本部に来てから数日後に、とうとうポッターの尋問の日が来た。

ポッターが早朝にウィーズリーおじさんに連れられて騎士団本部を出た後、騎士団本部では全員がいつも通りに過ごそうとしていたが、所々で気が張り詰めていた。

シリウスは確実に口数が少なくなり、ウィーズリーおばさんは同じ部屋を何度も掃除していた。

ハーマイオニーは不安で何度か皿やグラスを落として割ってしまい、ロナルドとジニーはそんなハーマイオニーにつきっきりだった

フレッドとジョージはみんなが上の空なのを見て、これ幸いとドクシーの毒針や呪いのかかった鉤煙草、灰皿などをかき集めては隠し場所に保管をしていた。

俺はそんなフレッドとジョージを横目に、シリウスと同じ部屋を粛々と掃除をして過ごしていた。

黙って掃除をしていると、隣にいたシリウスが話始めた。

 

「……そう言えば、君は昨日クリーチャーから何かを遺してくれと頼まれていたね。何を遺したんだい?」

 

シリウスからそんな質問をされるのが意外で驚いた。

クリーチャーと約束をしてから、クリーチャーは何度か俺に遺したいものがあると申し出てくることがあった。俺はクリーチャーが申し出る度にシリウスに確認をしようとしたが、シリウスは好きにしたらいいと言って何を遺すか確認しようともしなかったのだ。

こんな質問をするとは、やはりポッターの尋問にシリウスも少し気が滅入っているのだろう。

そんなシリウスに、俺は正直に返事をした。

 

「……家紋の入った、銀の懐中時計。シリウスのお父さんの部屋にあったもので、代々受け継がれたものらしい」

 

「ああ、あれか。代々などと言って、あれは曽祖父が職人に作らせたものだ。家紋がいつでも見えるようにと、いやらしく大きく刻ませてね。……まあ、先代からの趣向を受け継いだという意味では、クリーチャーの目にはブラック家の歴史ある物に映るのだろうね」

 

「……詳しいね」

 

皮肉ではなく、純粋な驚きとして口に出た。

俺は父親の部屋にあった銀の懐中時計としか言っていないのに、まるで実物を見たあの様に詳しく懐中時計の事を話し始めたシリウスに驚いたのだ。

シリウスは俺の返事に少し固まって、溜息を吐きながら話始めた。

 

「この家にいると、何度も無駄なことを口うるさく教えられる。やれ壁のタペストリーが何世紀からのものだとか、古時計にいかに偉大な魔法がかかっているか、マーリン勲章をいくつ受け取ったか、果てには父親のズボンがいかに素晴らしいかまで語られる」

 

最後の方には冗談めかしていたが、シリウスの声には隠しようのない寂しさが滲んでいた。

 

「……理解できなかったよ。この家にいる人間が誇る物も、それをありがたがる者も。差別と侮蔑で満ちた張りぼての誇りをかざして、どうして胸を張れるのか、私には理解ができなかったんだ」

 

ルーピン先生の言葉を思い出した。

シリウスが家族を愛していたのではないか、という事を。

理解できなかったという事は、理解しようとしたという事ではないだろか。

シリウスがこの家に何を思っているか気になったが、黙って背を向けてしまったシリウスにそれ以上声をかけられなかった。その背中からも哀愁が漂っていた。

 

その日の夜にはポッターが尋問から帰ってきて、無罪放免であったことを発表した。

ポッターの無罪放免を受けてハーマイオニーは泣きそうになりながら喜び、ロナルドは宙に拳を振り上げて大はしゃぎだった。他の面々も大きく喜びを表現していたが、シリウスだけは喜んだ表情をしながらも、どこか哀愁がぬぐい切れないようだった。

ほんの少し、シリウスの心情を察した。

シリウスは、ポッターが無罪放免となりホグワーツに行けるようになって、また一か月後には一人にこの家に閉じ込められることを憂いているのだ。

騎士団が命を懸けて仕事をしている中で、自分の辛い過去が詰め込まれた空間に押し込められ、いつ出られるか分からぬままにただ耐え忍ぶ。

俺にはシリウスが、なんだか迷子の子どもの様に見えてきた。

 

 


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