「君って中々の人たらしだよね」
「急にどうした?」
騎士団本部での日課である大掃除をしている最中、フレッドからそう言われた。
「お袋は、君を随分と気に入ってる。真面目でいい子だって」
「ああ。俺もウィーズリーさんの事、結構好きだぞ。すごく優しい人だよな」
「冗談。お袋が優しいだって? そりゃ言い過ぎだ。本当に優しい母親は、息子の夢を否定するものじゃないさ」
そう言いながら、フレッドは気絶させたドクシーをポケットにしまい込んだ。
それを見ていると、フレッドは声を潜めながら教えてくれた。
「今年はずる休みスナックボックスを完成させるつもりなんだ。ドクシーの体液や毒針は、いくつあっても足りないよ」
「……随分と研究を急ぐんだな。あれは副作用が強いから慎重にやるんじゃなかったのか?」
「ああ、まあね。でも、僕達がホグワーツにいる時間はそう長くない。今年いっぱいで辞めるつもりさ」
フレッドは何げなくそう言ったが、俺にとっては衝撃的な内容だった。
「今年で? お前達の卒業には二年かかるはずだが?」
そう言うと、フレッドは一層注意深く周りを確認してから、さらに声を潜めて話を続けた。
「詳しくは言えないけどさ、店を始める目処が立ったんだ。今は通信販売を始めてる。日刊預言者新聞を使って、広告も打った。中々の反響さ」
「……でも資金は? 去年のバグマンとの賭けで無一文になったはずだろ?」
「それこそ、僕が詳しく言えないものさ。……ああ、心配するなよ。法を犯してはいない。まったく綺麗な金さ。誓うよ」
疑わしそうな顔をしてしまったのだろう。フレッドが慌てたように付け加えた。
少し心配にはなったが、フレッドとジョージが何か法を犯したりすることはないと思った。少なくとも、詐欺や盗みはしていないという信頼はあった。
「……店をやるって言うのは分かったけど、何も卒業をしないってのは早まりすぎじゃないか? 卒業してからだって、そう変わらないだろ?」
「分かってないなぁ……。僕らの成績は、世間から見たら下の下。期待外れもいい所さ。でも気にしちゃいない。学業の成績って言うのは、僕らの将来には不要なのさ。だから学校を卒業しているかどうかは、そう大した問題じゃない。重要なのは、何を学んだかってことさ。そして、僕らはもう十分に学ばせてもらった。そうなれば、後は時間との勝負さ。僕らがやろうとしていることを他の誰かがやる前に始めるんだ。そう考えたら、一刻も早く動くべきなんだよ」
フレッドはそう言いながら笑った。
「悪戯専門店のゾンコや、他にもジョークグッズを売っているところは沢山ある。ダイアゴン横丁にだって、雑貨店を見たら糞爆弾や騙し杖に簡単な惚れ薬はおいてあるもんだ。うかうかしてたら、乗り遅れる。今がチャンスなんだよ。通信販売の売れ行きも悪くない。店を開けさえすれば、成功間違いなしなんだ」
フレッドとジョージは、自分達の将来の事がリアルに想像できているようだった。
それは羨ましく、尊敬できるものだった。
「……そうか。お前達が研究を急ぐ理由も、少し分かったよ」
羨ましい気持ちも込めてそう言うと、フレッドは嬉しそうに笑った。
「僕らは君のそういうところが好きなんだ。柔軟で、否定しない。このことをお袋に言おうものなら、学校は絶対に卒業しろってうるさいよ」
「いや、ウィーズリーさんの言うことの方がもっともだとは思うけどな。けどお前らも既に通信販売で成功していて、将来が見えているって言うのなら、お前らの意見も一理あるって思うだけさ」
そう肩をすくめながら答えると、フレッドは少し呆れた様な表情になった。
「君は、やっぱりいい子ちゃんだよな。……騎士団の会議の盗み聞きだって、しようだなんて考えてもいないんだろう?」
フレッドとジョージだけでなくジニーやロナルド、ハーマイオニーまで騎士団の会議や情報を聞こうと伸び耳を使ったり、盗み聞きに手を回したりしている。
そして俺はそれに一切参加をしていなかった。
フレッドはそれを度々不思議がっていた。
「俺が騎士団の情報を持つのは、俺自身の為にも良くないと思ってるんだ」
「そうかな?」
「ああ、そうさ。ホグワーツに戻れば、俺はスリザリンで生活をする。ドラコの様な、親が死喰い人だっていう連中がそれなりにいる。……そいつらと今までの様に一緒にいるためには、俺はあまり重要なことは知らない方がいいんだ」
そう返事をすると、フレッドは複雑そうな表情になった。
「君のホグワーツでの生活については同情する。……なあ、もし辞めたくなったら言ってくれよ? 君が助手として有能なのは知っている。店が大きくなれば、店員の一人は必要になるからさ」
「ありがとう。でも、俺はホグワーツを辞めるつもりはない。それに、スリザリンでの生活も気に入ってるんだ。……今年はきつい思いをするかもしれないけど、逃げたくないんだ。全てが終わった時に、今まで通りの生活ができるようにな」
そうフレッドに笑いかけながら返事をすると、フレッドはどこか理解できないような顔をしながらも、それ以上は何も言わなかった。
不死鳥の騎士団の本部にいる間、俺は余計なことを見聞きしないように努めていた。
俺が何も知らないでいることで、ホグワーツに戻った時にドラコ達と少しでも今まで通りの生活ができることを期待している。
例えドラコ達の親が死喰い人でも、ドラコ達自身が闇の帝王に従わざるを得なくとも、それを理由にドラコ達との友情を捨てることなどしたくなかった。
そして、俺が闇の帝王に対抗することを理由に生まれるドラコ達との溝もできるだけ小さくしたいと願っている。
その為にできることは、していたかった。
俺はホグワーツに戻ってからの生活を考え、騎士団本部での生活では自分なりに一線を引いていた。
とはいえ、闇の帝王と立ち向かうために仲間と団結する事も重要なことだとは思っていた。
すなわち、紹介された騎士団員の信頼を勝ち取り、ジニーやロナルドと打ち解ける努力が必要だということだ。
ウィーズリー夫妻、シリウス、ルーピン先生、トンクスを始めとする顔見知りの騎士団員からはそれなりの信頼を受け取っていた。騎士団の事を探ろうともしない態度が、より信用にもつながったようだった。
ジニーとは、トンクスのお陰で随分と打ち解けた。お互いに一緒にいても険悪にはならないほどに。
しかし、ロナルドとはそうはいかなかった。
度々ハーマイオニーによる仲介はあったものの、ジニーの時ほどうまくはいかなかった。
ある日、俺の部屋にハーマイオニーがロナルドを連れて話をしようと押しかけて来た。
俺とロナルドの煮え切らない態度にしびれを切らしたようだった。
ハーマイオニーはロナルドを連れてベッドに腰かけ、椅子に座る俺と向かい合うように座った。
「いい? 私はしっかりと話し合えば、あなた達が気の置けない仲間になれるって確信しているのよ」
そう強気で言うハーマイオニーに、ロナルドは白い目を向けていた。
「ああ、そりゃいいね。こいつがマルフォイの親友だって言うことは、些細な問題さ」
ロナルドにとって決定的だったのは、俺がドラコ達との友情を捨てきれずにいる事だった。
ジニーにも言った、俺がここにいるのがスリザリンの親友達にもしものことがあった時に守りたいからという事は、ロナルドにとって受け入れがたいものであるようだった。
そんなロナルドの態度に、ハーマイオニーはヤキモキしていた。
「ええ、そうよ。些細な問題よ。例えドラコ・マルフォイと友達でも、ジンはルシウス・マルフォイからの誘いを断った。ジンが間違ったことをしないという十分な証明でしょ?」
「どうして、こいつがルシウス・マルフォイの誘いを断ったって断言できるのさ。あいつらのスパイをしているって、思わないわけ?」
「だとしたら、ジンの行動はおかしなことばかりでしょう? 盗み聞きをしようともしないし、自分から秘密を遠ざけるだなんて、スパイ失格もいいところよ」
ロナルドはそれでも納得しないようだった。
そんなロナルドに、俺は声をかけた。
「……どうすれば、信用してもらえる?」
単刀直入の俺の質問に、ロナルドは狼狽えていた。
そんなロナルドに、ハーマイオニーは追い打ちをかけるように声をかけた。
「ジンが信用できないって、本気で思ってるの? 二年生の時にジニーを助けて、三年生の時にはシリウスや私達を助けた。そして四年生では死喰い人から命を狙われて、今年に入ってルシウス・マルフォイからの誘いを断って命を狙われている。……これ以上、何をしろって言うの?」
「それは……」
ハーマイオニーの言葉に、ロナルドは言葉を詰まらせた。そして、嫌そうな表情で口を噤んだ。
それだけで、ロナルドの答えは「信用できない」というのは分かった。
ただ、ハーマイオニーの言葉に反論するだけの意見や論理を持ち合わせていないのだろう。
感情的なものなのか、言いにくいものなのか。だが、ロナルドは確かに自分の意見を持っているようだった。
「……ハーマイオニー、悪いが二人にしてもらってもいいか?」
俺がそうハーマイオニーに言うと、ハーマイオニーは驚いた表情になり、不安げに俺とロナルドに視線をやった。
「喧嘩はしない。ただ、話すだけだ。二人きりの方が、俺もロナルドも話しやすいと思うんだ」
俺の意見に、ハーマイオニーだけでなくロナルドも驚いた表情となったが、どこか喧嘩腰なむっつりとした表情で頷いて俺の意見に賛同した。
ハーマイオニーはしばらく悩まし気にしていたが、不安げに喧嘩腰なロナルドを見てから、念を押すように俺達に確認をした。
「……喧嘩はなし。言い争いもしないのよね?」
「ああ、しない。話をするだけだ」
ハーマイオニーは俺の答えを聞いて、渋々とした様子でベッドから腰を上げると部屋を出て行った。
それを見届けてから、俺は改めて口を開いた。
「……別に、俺と仲よくしようって思わなくていいよ。ただ信用して欲しいだけだ。俺が本気で闇の帝王に立ち向かってるんだってこと」
ロナルドは顔を顰めたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……なら、どうしてドラコ・マルフォイなんかのことを庇うんだい? 家族ぐるみで、例のあの人に協力している。本気で立ち向かうって言うのなら、あんな奴とつるむわけないじゃないか」
俺の事を庇うハーマイオニーがいなくなったお陰か、ロナルドは饒舌だった。相当に俺への不信感をため込んでいたようだった。
俺はその質問にできるだけ穏やかに返事をした。
「ルシウスさんはどうか知らないが、ドラコは闇の帝王がいない方がいいとは思ってる。それは確実だ。……ただ、ドラコは家族が大事だから闇の帝王に逆らえないんだ。ドラコが逆らうと、家族を殺すことになるだろうから。……ドラコは優しい奴なんだ」
俺がドラコの肩を持つことに、ロナルドは苛立ちを隠せないようだった。
「あいつが優しい? 冗談じゃないよ。お前だって覚えてるだろう? あいつがハーマイオニーの事を穢れた血と呼んでいること。それに本当に優しい奴が、人殺しをしている家族を庇うもんか」
ロナルドの主張は、的確に痛い所をついてくる。ドラコの事を受け入れられないという確固たる意志が伝わってきた。そして、そんなドラコを庇う俺の事も信用ができないのだと。
そんなロナルドの信用を得るためには、ロナルドの中のドラコの印象を少しでも変える必要があるのだと思った。
「ドラコにとって、父親が死喰い人で人殺しに加担していた事は随分と自覚のない事だと思う。そして、ルシウスさんは家ではきっといい父親なんだろうな。……そんなドラコが、家族を見捨てることなんてできないだろうさ」
「父親が死喰い人だって自覚がない? あり得ないよ! どうしてそんなことが言えるのさ!」
俺の発言は、ロナルドの癪に障ったようだった。激しい怒気を孕んだ声で俺に問い詰めた。
「……考えてみてくれよ」
そんなロナルドに、俺は辛抱強く、穏やかに話を続けた。
「俺達が物心ついた時には、闇の帝王はいなくなっていた。つまりドラコが物心ついたころには、ルシウスさんは死喰い人じゃなかった。きっと、自分の父親が闇の帝王に従っていた時の事なんて詳しくは知らない。元死喰い人であることを除けば、ルシウスさんは社会的に成功を収めた立派な人だ。……家柄も、地位も、名誉も収めた成功者だよ」
「あんな奴が成功者だなんて、間違ってるよ! 立派だって? 君が本当に例のあの人に、例のあの人に組する奴らに立ち向かうつもりなら、口が裂けてもそんなこと言えるはずがないんだ!」
ロナルドは声を荒げて立ち上がった。今や、ロナルドの怒りは抑えようのないものになっていた。
俺は思わず口を噤んだ。これ以上の説明は、ロナルドを刺激するだけだと分かったからだ。
ロナルドは黙った俺に、怒りを叩きつけた。
「なあ、あり得ないんだよ。今まで魔法界で生きてきた人間が、例のあの人と、その仲間が残していた傷跡を見ないでいるなんて。家族を殺された人が何人いたと思う? 今も墓に向かって語り掛けている人が何人いると思う? 今も苦しんでいる人が、どれだけいると思う? それを見ないでいるなんて、あり得ないんだよ」
魔法界で生きてきたロナルドの言葉は重く、心にくるものがあった。
ロナルドは俺に、挑戦的な口調で疑問を叩きつけた。
「ドラコ・マルフォイは優しい奴だ。父親が死喰い人で、今も例のあの人の下で動いていて、それを知りながらも父親を尊敬しているけど、優しい奴だ。……君、それを本気で言ってるのか? それを死喰い人に家族を殺された人達の前で、口にできるのか?」
答えられなかった。
ロナルドの言うことは正しく、重かった。
ロナルドの意志は否定できるものでも、間違っているものでもなかった。
俺は見ようとしなかったものを、ロナルドは正面から突き付けてきた。
俺が答えられない様子を見て、ロナルドは少しだけ怒りが収まったようだ。
「……とにかく、僕は君がドラコ・マルフォイ達と一緒にいる限り信用なんてできないんだ。あんな奴とつるんでる君を、信用する方がどうかしてる」
そう言い捨てて、ロナルドは言いたいことがあるなら言ってみろとばかりに腕を組んで俺を睨んだ。
俺は少しの間、黙りこくっていた。
ロナルドから突き付けられた、俺が見ようとしなかったドラコの一面を噛みしめていた。
そして、それから口を開いた。
「……俺達が二年生の時、秘密の部屋が開かれたよな。その黒幕は、ルシウスさんだった。知ってるだろ?」
ロナルドは呆けた表情になった。俺は話を続けた。
「それを知った時のドラコの表情はな、泣きそうだったんだ。父親が秘密の部屋の解放に加担したことに苦しんで、スリザリンの継承者の考えを必死に正当化して、自分の周りの人間が襲われないように必死だった。そして事件が解決した後に、言ってくれたんだ。ドラコはもう、マグル生まれの追放には賛同しないって。……俺が、それを望んでないからってな」
ロナルドは驚愕の表情を作って、固まった。
「三年生の時の話だ。クィディッチで、ドラコが初めてグリフィンドールを負かした試合があっただろ? まあ、吸魂鬼のアクシデントがあった試合だったのはよく分かってる。でもその後な、ドラコは寮の祝勝会を抜け出して医務室にいた俺の見舞いに来てくれた。寮のヒーローだったのに、誰もがドラコを祝福していたのに、そんな立場を抜け出して俺の見舞いに来てくれたんだ」
ロナルドは黙り続け、俺は話し続けた。
「そして去年の話だ。ドラコは俺が代表選手になったのは不本意で、命を狙われているってことを信じてくれた。俺が辛いときは一緒にいてくれて、庇ってくれた。第一試合でミスをした後、陰で俺がどんなに責め立てられても、ドラコが俺を責めることなんて一回もなかった。……陰で俺を庇っていたことさえ、ドラコは俺に言うことはなかった。ただ、俺を信じていると励ましてくれていた」
俺が見ようとしなかったドラコの一面をロナルドが突き付けた様に、ロナルドが見ようとしなかったドラコの一面を俺は突き付けた。
「ロナルド、お前の言うことは正しいよ。ドラコが信用できないってことも、そんなドラコを庇う俺が信用できないって言うのも、その通りだと思う。……でもドラコが優しい奴だってことも、まぎれもない事実だ。俺は知ってるんだ、あいつの優しさを。ずっと見てきたから。……あいつが優しい奴だって、俺は誰にだって言えるさ」
ロナルドはしばらく黙り込んだ。ロナルドの表情に怒りはなかった。ロナルドの表情にあったのは驚愕と戸惑いと、葛藤だった。
お互いが黙ったまま、少し時間がたった。
そして少ししてから、ロナルドは俺に静かに問いかけた。
「……それじゃあ、君はなんで例のあの人に立ち向かおうって言うんだ? そんなにドラコ・マルフォイが大事なら、あいつと一緒にいればいいだろ? その方が君だって安全だ」
俺は笑った。やっとロナルドが俺の話を聞いてくれているような気持になったのだ。
「ドラコが闇の帝王のいる未来を望んでいないっていう事もあるけど、それだけじゃない。闇の帝王に対抗する人達の中に、ドラコと同じくらいに大事な人達がいる。ハーマイオニーが大事なんだ。ネビルや、フレッドとジョージもそうだよ。……俺の大事な人達を守るには、闇の帝王が邪魔なんだ」
ロナルドは少し不満げに押し黙った。そして、少ししてから口を開いた。
「それじゃあ、ハーマイオニーとドラコ・マルフォイのどちらかしか助けられないという状況になったら、君はどっちを助けるんだ?」
「……本当に、お前は難しい事ばかり言うな」
ロナルドの問いに、思わず苦笑いをしてしまった。
そして、その質問の答えはすんなりと口に出た。
「選べない。それが俺の答えになるだろうな」
「……それじゃあ、僕は君を一生信用できないだろうね」
ロナルドはそう吐き捨てるように言った。
俺は少し困ったように笑いながら、話を少し付け加えた。
「ドラコとハーマイオニーの二人を天秤にかけられないんだ。でも、もし自分と二人を天秤にかけるというのなら、俺は迷わないよ。……ドラコとハーマイオニーの為なら、俺は命を懸けるさ」
ロナルドは再び驚いた表情になった。口を開いた表情で、呆然と固まった。
そんなロナルドに、今度は俺から質問をした。
「なあ、もしポッターとハーマイオニーのどちらかしか助けられないとしたら、お前はどっちを選ぶ?」
ロナルドの表情が固まった。引きつったような表情になって、俺を見た。
俺は少し笑いながら、ロナルドが答える前に話を続けた。
「別に答えなくていい。ただ、考えて欲しかっただけ。……お前の質問に、何で俺が選べないって答えたかをさ」
ロナルドはむくれた表情で、押し黙った。
そんなロナルドに、俺は最後とばかりに声をかけた。
「俺とは仲良くならなくてもいい。そして、俺が正義の為に戦ってるだなんて思わなくていい。事実、俺は正しいことの為に命を張れる人間じゃない。……そうありたいとは、思ってるけどね」
ロナルドは困惑した表情で、しかし、しっかりと俺の話に耳を傾けてくれていた。
「でも、俺がドラコの為に命をかけられるように、ハーマイオニーの為に命をかけられる。……それは信じて欲しい」
ロナルドは押し黙ったままだった。
そして不機嫌な表情のまま、立ち上がって黙って部屋を出た。
俺は引き留めはしなかった。もう十分に話が出来たと思ったから。
ロナルドが俺に心を許すことはないだろう。
ロナルドの抱いている、例のあの人や、マルフォイ家や、死喰い人達への感情は、そう簡単に拭えるものではないとよく分かった。そして、それを少しでも擁護する俺は、ロナルドにしたら許しがたい人間なのだろう。
だが俺の話全てを跳ねのけ聞き入れないほど、俺の事を拒絶している訳でもないようだった。
ロナルドの中での俺の落としどころが、まだ見当たらないのだろう。
ここに来て初めて、ロナルドとしっかりと向き合えた気がした。
ロンにとって、ジンというのはいけ好かない奴だった。
ドラコ・マルフォイやパンジー・パーキーソンとつるみながら、ハリーや自分とドラコ・マルフォイ達が巻き起こす喧嘩には我関せずを貫いている。
お高くとまった優等生。そんな印象だった。
二年生の時に曲がりなりにもジニーを助けたとしても、嫌な奴だという印象は拭えなかった。秘密の部屋の騒動を解決したヒーローになれたのに、すかした態度を貫いていたから。
三年生の時にシリウスや自分達を助けた時も、好きにはなれなかった。シリウスを助けて終えた後も、ジンが嬉しそうな表情をすることがなかったから。
四年生の時に代表選手に選ばれて、ロンの中でジンへの嫌悪は決定的なものになった。代表選手に選ばれて、ちやほやされて、それでもすかした態度を崩さなかった。
ロンが欲しいものをジンは手に入れて、ジンはそれを興味なさげに捨てていた。
そんな態度のジンが、ジンの何もかもが気に入らなかった。
そしてそんな奴をハーマイオニーが庇うのも、面白くなかった。
ドラコ・マルフォイとつるむような奴だ。ジンがハーマイオニーを気に入るはずがない。ジンは心の中ではハーマイオニーのことを、利用しようだとか、使える駒だとか、そんな風にしか思っていないのだ。
そう、思っていた。
ジンが騎士団本部に来て、話をして、そうしてロンは自分の過ちを認めざるを得なかった。
少なくともジンが本気でハーマイオニーを大事に思っているという事は、認めざるを得なかった。
ジンのハーマイオニーへの態度は優しかった。
ハーマイオニーもジンへの態度は心を許したものだった。
二人の間にある信頼関係が確かなものだと、見せつけられたようなものだった。
だから尚更、気に入らなかった。
そんなにハーマイオニーが大事だというのなら、ハーマイオニーを穢れた血だと罵倒をするドラコ・マルフォイをなぜ許せるのか。
それがずっと気にかかっていた。それがロンの中での、最後の壁だった。
その最後の壁すら、ジンは会話で壊しにかかってきた。
ジンが見てきたドラコ・マルフォイが、ロンの知っているドラコ・マルフォイではないと言い聞かせ、その上でロンを否定する事すらせず、受け入れてくれと示してきた。
ジンのどこまでも誠実で、正しく、寛容な態度がロンを苦しめた。
これは一種の暴力だと、ロンは思った。
ここでロンがジンを拒絶すれば、ロンが嫌な奴になるのだと言外に脅している。
情と論理で訴えかけ、反論をかわし、こちらの選択肢を奪う。
ジンはロンの事を間違っていないと言う。だがそれはロンにジンも間違っていないと認めろと脅しているようなものではないか。少なくとも、ロンにはそう感じられた。
そして最も嫌なのは、自分がジンの事を信用できるのだと考え始めていることだった。
少なくともジンがハーマイオニーの事を裏切ることはないのだろうと、感じてしまった。
そしてそれを認める事は、ロンがどれだけジンを嫌っても疑わしいと思っても、ロンがジンを責め立てることが出来なくなるという事だ。
窮屈だった。
騎士団本部が、ジンを受け入れる環境が、ロンには息苦しかった。
そして、ロンはそれを誰にも言えなかった。