日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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たとえ袂を分かつとも

「今年も、終わりがやってきた。今夜は皆に、色々と話さねばならないことがある」

 

ダンブルドア先生が対抗試合の最終日に何があったのか説明をしたのは、今年最後の日の夜であった。

 

対抗試合の中に仕掛けられていた、バーテミウス・クラウチ・ジュニアの陰謀。

代表選手達が襲われ、命を落としかけたこと。

そして、ヴォルデモート卿が復活したこと。

ポッターがまたも、ヴォルデモートの魔の手から逃れたこと。

これから多くの困難が待ち受けていること。

何より、全員が団結をしなくてはならないこと。

 

最後の日の大広間というのはいつも笑いと喧騒に包まれていたが、今年は誰も声を上げることすらなかった。

誰もがダンブルドア先生の話を聞くだけで精一杯であった。

 

ダンブルドア先生の話が終わり、大広間にいた全員が寝室に戻るように言われ、やっと様々な声が聞こえるようになった。

ダームストラング生も、ボーバトン生も、それぞれの国の言葉を話すので何を言っているかは分からなかった。

ただ、彼らはダンブルドア先生の話が信じがたいと思っているのはなんとなく分かった。

 

 

ダンブルドア先生の話が信じがたいと思っているのは、ホグワーツ生も同じだった。

 

 

レイブンクローの誰かが言った。

 

「……果たして、ダンブルドアの言っていることは本当なのだろうか? だって、ヴォルデモートが復活したと言っているのはポッターなんだろ? ポッターがどんな奴かって、新聞を読んだら分かるだろ?」

 

ハッフルパフの誰かが言った。

 

「こんな重要なこと、今まで新聞にすら載ってないなんて変よ。……もしかして、何か裏があるんじゃないかしら? 今日の話だけを鵜呑みにするのは間違ってるわ」

 

グリフィンドールの誰かが言った。

 

「ダンブルドアやハリーが信じられないんじゃないよ。ただ、突拍子もないというか……。なあ、ダンブルドアだって、間違う時はあるんじゃないか?」

 

スリザリンの誰かが言った。

 

「……この話が本当でも嘘でも、どっちでもいいわ。どっちに転んでも、被害を受けないようにすればいいって話でしょ?」

 

 

 

真実を受け入れられる人の方が少なかった。

これから困難が待ち受けていると覚悟できている人など、いないに等しかった。

 

ダンブルドア先生の言うヴォルデモートに対抗するための第一歩、団結をすることなど、先の先だ。

団結以前に、真実を受け止めることすらできていないのだ。

 

 

 

 

 

大広間を出て寮に戻ると、自然と談話室で親友達と集まっていた。

全員がダンブルドア先生からの話について、思うところがあるようだった。

 

「正直な話、私、これが本当の事だなんて思えないのよ」

 

パンジーはちょっと首をかしげながら言った。

 

「だって例のあの人が復活したとして、何でポッターは生きて帰ってこれたのよ? 選ばれた男の子だから? そんなの信じられないわよ。皆、新聞とか読んでないわけ?」

 

パンジーはポッターに関する出鱈目の記事を鵜呑みにしている節がある。

頭のおかしい目立ちたがりな子どもとポッターが評されていた記事に激しく同意をしていた。

 

「……でもジンが襲われたのって本当なんでしょ? クラウチって人に襲われて死にかけたって。ジンだけじゃなくてあのビクトール・クラムも襲われたって。やっぱり、何かあったんじゃないかな?」

 

アストリアは不安そうだった。

何が本当か分からないが、怖いことが起きているとは感じているらしい。

 

「そんな不安そうな顔すんなよ。この話が本当だったとして、ぶっちゃけよ、心配しなきゃならねぇのは俺だけだろ? お前らは血統書付きの歴史が証明する由緒正しき名家達だ。一方俺なんて、父親すら分かんねぇんだぞ?」

 

そんなアストリアを慰めるように頭をポンポン叩きながら、ブレーズは明るく言い切った。

ブレーズはダンブルドア先生からの話を重くは受け止めていなかった。

その話が事実だろうが、出まかせであろうが、自分達は大した被害に遭わないと高を括っているようだった。

 

「そうよね。あんた、良いこと言うじゃない。ほらほら、アストリア! そんな怖がらないで大丈夫よ!」

 

パンジーはブレーズの話に納得し、すぐにアストリアを元気づけようとした。

アストリアはちょっと笑ったが、直ぐに心配そうな表情でダフネの方を見た。

ダフネはダンブルドア先生からの話を重く受け止めていた。少し暗い表情で、ダフネは俺に質問した。

 

「……ねえ、ジン。あなたは、ダンブルドアの話を信じてる?」

 

「ああ、信じてるよ」

 

そんなダフネの質問に、俺は即答で肯定した。

俺の返事を聞いてアストリアは再び不安そうな表情を強くし、俺はブレーズとパンジーから空気を読めというように睨まれた。

そんな二人に苦笑いをしながら、俺は話を続けた。

 

「お前らに言おうと思うことがある。俺が何で、代表選手に選ばれたのか。なんで、闇の帝王に狙われるようなことになったのか」

 

パンジーもブレーズも、ダンブルドア先生の話を本気にしていない。アストリアとダフネは、半信半疑だ。ドラコはずっと黙ったまま。信じているか信じていないかは、分からなかった。

そんな中でも、俺は自分が闇の帝王に狙われる理由を話そうと思った。

 

「俺にはどうやら、とびっきりの闇の魔術の才能があるらしい。それがかなり厄介でな。闇の帝王からすれば、俺は捨てがたい人材だそうだ。色々と利用価値のある人間なんだってさ」

 

俺は軽い調子で説明をした。聞こえようによっては、冗談に聞こえるような言い方だ。

そんな俺の言い方にパンジーとブレーズは戸惑いながら、どこまで本気にしていいのか測りかねていた。

アストリアは不安そうに俺や周りの奴らの表情を窺っていた。

ダフネは俺の言葉を信じたようだった。そして信じたからこそ、俺達の中で一番怯えた表情をしていた。

 

「……それじゃあ、あなたは命を狙われないのね? ダンブルドアの話が本当だったとしても、あなたは安全なのね?」

 

ダフネはどこか縋るような声色だった。

 

「そうもいかないだろう。俺は何があっても闇の帝王に組することはない。邪魔になれば、命を狙われることになるだろうな」

 

俺は誤魔化すことなくダフネの質問に答えた。

いつになく不安を煽るようなことを言う俺に、ダフネは驚いたように固まった。

パンジーとブレーズも俺の態度に困惑を隠せないでいた。

そんな様子に苦笑いをしながら、俺は話を続けた。

 

「俺が言いたいのはさ、俺は命が狙われるかもしれないってことじゃない。俺には覚悟ができているってこと。そして、お前らに信じて欲しいんだってことを言いたいんだ」

 

「……何を信じろって言うの?」

 

呆然としたまま、ダフネは俺に問いかけた。

 

「俺はお前らの事が大好きだってことだよ」

 

軽い調子で笑いながら、なんてことないかのように話をする。

急な話についていけず、ダフネもブレーズもパンジーもアストリアも、唖然とした表情になった。

そんなことお構いなしに、俺は話し続けた。

 

「これから色んなことが起きる。闇の帝王絡みで色んな人が戦って、怪我をして、命を落とす。俺もきっと、命懸けで何かをすることになる。お前らに理解されないような行動に出たり、秘密にすることも多くなる。それでも信じて欲しいんだ。俺はお前らが大好きで、絶対にお前らに危害を加えるようなことはしない。加えさせるようなこともしない。何があっても、だ」

 

こんな話をしながら思う。

 

 

親友達を不安にさせたくない。

親友達に無茶をして欲しくない。

だから軽い調子で話した。重く受け止めさせたくなかった。

 

 

俺が闇の帝王に立ち向かい命の危機に瀕しても、親友達には安全な場所にいて欲しい。

だから俺が命を狙われる理由を話した。何もしなければ親友達には命を狙われる理由がないのだと、理解させるために。

 

 

もし俺を見捨てなくてはいけなくなったなら、迷わず見捨てて欲しい

もし俺に杖を向けなくなったのならば、迷わず杖を向けて欲しい。

だから伝えた。何があっても、俺は親友達が大好きなのだと。

 

 

そして、何より――

 

 

「信じて、待っててくれよ。全部が終わったら、お前らとまた楽しく過ごせるんだって、俺に思わせてくれ。……そしたら、俺はきっとなんだってできるんだ」

 

心の支えを失いたくなかった。

何に代えても親友達との友情を守りたかった。

だから伝えたかったのだ。

これから袂を分かっても、対立しても、俺が親友達を大事にしていることを。

それを親友達に信じていて欲しかった。

 

 

暫く誰も口を開かなかった。

各々が俺の話を受け止めるので精一杯のようだった。

 

そして十分な時間を沈黙が支配してから、声が聞こえた。

 

「……僕らを大事に思うなら、どうして闇の帝王に抵抗するんだい? どうして、一緒にいようとしてくれないんだ?」

 

ドラコが、やっと顔を上げて口を開いた。

ドラコの顔は能面の様に無表情で、そこから何を思っているかは読み取れなかった。

そんなドラコに、俺は困ったように笑いながら返事をした。

 

「言えないんだ。こればっかりは誰にも」

 

予言の事は誰にも言えない。

だから俺が闇の帝王に組することが不可能だということは、理解してもらえない。

潔く言えないのだと口にした。

俺の返事はドラコを納得させるようなものではなかった。しかし、ドラコから追求が来ることはなかった。

 

「……そっか。なら言わなくていいよ。僕も、もう聞かない」

 

ドラコはそう言って話を打ち切った。そして、まだ呆然としている周りの奴らを正気に戻すように唐突に明るい声で話を始めた。

 

「まあ、こんなところであれこれ考えても仕方ないだろう? なあ、ブレーズ。今日はホグワーツ最終日だ。どうせなら、また夜更かしでもしようじゃないか。部屋からカードゲームでも取ってきてくれよ。そうだ、アストリア。ジンからもらったお菓子がまだ随分と余っているだろう? 家に持ち帰るには、荷物になって邪魔だろう? 今日ここで、みんなで食べきってしまおうよ」

 

ドラコの声で、ブレーズは我に返ったようだった。すぐに立ち上がり、部屋にカードを取りに戻った。

アストリアは少し呆然としたままだったが、大人しくお菓子を取りに部屋に戻った。

呆気にとられたようにしているパンジーとダフネに、ドラコは微笑みかけた。

 

「ダフネ、パンジー。よかったら、紅茶でも入れてきてもらえないかな? レディーの入れてくれた紅茶の方が、自分で入れたものよりもずっと美味しいからね」

 

パンジーは少し驚いた表情をした後、直ぐに考えるのを止めて笑顔で紅茶を入れに行った。まだ固まったままのダフネを連れて。

そうして談話室の席には俺とドラコの二人だけになった。

ドラコは完全に二人になってから、口を開いた。

 

「……君は勝手だ。なら僕も勝手にするさ。文句なんて言わせない」

 

ドラコはそう言い切ると、そっぽを向いてそれ以上の会話を拒否した。

ドラコは何か、決意をしたような声色だった。

そして、それ以上何か話せることはなかった。ブレーズがカードゲームを、アストリアがお菓子を持ってきたのだ。

それからすぐにパンジーとダフネが紅茶を持ってきて、カードゲームが始まった。

 

カードゲームは、実に楽しい雰囲気で行われた。

何やら機嫌のよさそうなドラコにすぐにブレーズとパンジーが調子を合わせた。

少し暗い表情を引きずっていたダフネは、アストリアが不安そうな表情をするのに気が付いてからは、明るい表情を取り繕うようにはなった。そしてそれからは周りに引きずられるように、徐々に気持ちも明るくさせているようだった。

その日は誰も部屋に帰ることもしなかった。

朝早くに起きてきた上級生が談話室に来るまで、俺達はずっと遊び続けた。

きっと、楽しい時間を終らせたくなかったのだと思う。

全員がこれからの事を考えないように、少しでも長く親友達と一緒にいたかったのだ。

 

 

 

 

 

寝不足で迎えた帰宅日。

ダームストラングとボーバトンの見送りの日でもあった。

ところどころで、学校を越えて別れを惜しむ姿が見られた。

ダームストラングの男子生徒と涙ながらに分かれるホグワーツの女子生徒や、ボーバトンの女子生徒に言い寄るホグワーツやダームストラングの男子生徒。また、ホグワーツを去るのを嘆くダームストラングとボーバトンの生徒達も多くいた。

 

ダフネの所には、フラーが挨拶に来ていた。

二人は楽し気に会話をしながら、別れを惜しんでいた。

ブレーズの所には数名の女子生徒が押し掛けていた。ブレーズは楽しそうに笑いながら、それでいて全く別れを惜しむ様子はなかった。罪な男だと、本気で思った。

パンジーはダームストラングの男子生徒に何やら熱心に口説かれていたが、どこ吹く風だった。俺としては、本当にパンジーを口説くダームストラング生の存在に驚かざるを得なかった。

ドラコは、数名のダームストラング生とボーバトン生と、何やら簡単に挨拶をした程度だった。やや形式ばった挨拶だったので、恐らく家柄絡みの話なのだろう。

 

俺の所には、ビクトールが挨拶に来た。

眠たげにする俺の様子を、ビクトールは呆れたように笑っていた。

 

「ヴぉく、ホグワーツが好きだ。イギリスヴぁ、温かくて過ごしやすい」

 

「ああ、ダームストラングは、随分と寒い所にあるって話だからな。いつでも来てくれよ。お前なら、うちの全生徒が大歓迎だろ。……ま、ほとぼりが冷めるまではお勧めはしないけどな」

 

俺の言葉に、ビクトールは肩をすくめた。

ビクトールはダンブルドア先生からの話を全て信じていた。ビクトールも今回の件の被害者だ。ある意味、当然のことかもしれない。

そんなビクトールがイギリスには早々来ないであろうことは、予想が付いた。

これから大きな戦いが始まろうとしているのだ。そんな戦場ともいえる場所に気軽に訪れることなどないだろう。

ビクトールは名残惜しそうに暖かな空気を吸い込み、全身で夏前の晴天を楽しんでいた。

そんなビクトールに、俺は言いたいことがあった。

 

「……ビクトール、お礼を言わせて欲しいんだ」

 

「なんだ?」

 

不思議そうなビクトールに、俺は意を決したように伝えた。

 

「ハーマイオニーのこと。……気付かせてくれて、ありがとう」

 

ビクトールは少し目を丸くした。それから、楽しそうに笑うと俺の肩を叩いた。

 

「やっと、認めた。君ヴぁ、見ていてもどかしかった。……まあ、がんヴぁれ。苦労するぞ、君ヴぁ」

 

「……分かってる。お陰で色々と決心がついた。本気でお礼が言いたかったんだ」

 

「そうか。それヴぁ、よかった」

 

ビクトールは笑顔でそう言った。

それから俺達は握手をし、お互いに別れを告げた。

 

「また会おう、ジン」

 

「またな、ビクトール」

 

今年は嫌なことが多く、最悪な一年間と言ってよかった。

そんな一年間だったが、ビクトールとの出会いは数少ない幸運だった。

学校を越えた友情は、俺達の間に確かに存在した。

 

 

 

 

 

ダームストラング、ボーバトンを見送って、俺達もとうとう帰路につくことになった。

全員が汽車に乗りこみ、いつもの様にコンパートメントを確保する。

俺達は一つのコンパートメントに詰めて座ることにした。

誰かが言ったわけでもなく、自然と全員でそのようにした。

全員寝不足がたたってただ寝るだけの帰り道だった。

何かの拍子に目が覚めても、他の奴らは全員寝ているのを確認するだけだった。

正面ではブレーズが大口を開けながら寝ており、パンジーはドラコの肩に寄りかかるようにして寝ていた。ドラコも寄りかかっているパンジーに頭を預けるようにして寝息を立てていた。

隣ではダフネがややこちらにもたれながら寝ていた。そんなダフネの膝にはアストリアが横たわっていた。

 

もう一度寝ようかも思ったが、この光景を見ていたくなった。

 

なんてことはない帰宅の光景の筈だ。ただ、次のこれが見れるのはずっと先になるかもしれないのだ。

そう思うと寂しく、このまま寝るのは惜しかった。

 

結局、俺は駅に着くまでずっとみんなの寝顔を見て過ごした。

目に焼き付けるように。

 

 

 

 

駅に着いてから全員を起こし、それぞれの帰路につく。

俺も、駅に迎えに来てくれたゴードンさんと宿屋へ向かう。

 

 

 

不思議と、恐怖はなかった。

あるのは、確固たる決意だった。

 

俺はこの日常を守る為なら、何だってできるのだ。

 

 

 

 

 




炎のゴブレット編 終了です

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