日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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覚悟を決める時間

目が覚めたら、医務室のベッドの横たわっているのが分かった。

ただ、いつも入れられている仕切りがカーテンしかない医務室ではない。個室だった。重病患者を隔離するための個室だ。

寝起きで、上手く頭が回らない。自分がなぜ、ここにいるのかも思い出せなかった。

 

「……目が覚めたようじゃな」

 

体が重く、顔を動かすのも億劫だった。

それでも首を動かし、声の主の方を向く。

 

ダンブルドア先生が、ベッドの横の椅子に座っていた。

 

ダンブルドア先生は意識を戻した俺に、ゆっくりと話しかけた。

 

「君はとても酷い目に遭った。……思い出せるかね? 自分が何を見て、何を聞いて、何を経験したか」

 

ダンブルドア先生に問われ、まだ回らぬ頭を動かす。

第三試合が始まって、迷路の中を走り、デラクールの叫び声を聞き、操られたクラムと戦い、そして――。

 

全てを思い出して、思わず体を起こす。傷の手当はされているようだが、まだ急に動かせるほど回復はしていなかった。ビキビキと鈍い痛みが走った。

ダンブルドア先生はそんな俺をそっと手で押さえ、優しく支えてくれた。

そんなダンブルドア先生に、俺は縋るようにしがみ付いた。

 

「先生、クラムは、どうなったんです……? あいつは、生きてますか? ……ああ、そうだ、それだけじゃない……。ポッター……ポッターだ……。先生、ポッターが、危ないんだ……手遅れかもしない……。闇の帝王が復活したって、そう言っていた……。ポッターが、闇の帝王の元へ行ったって……。ダンブルドア先生……闇の帝王が復活したんだ……」

 

俺は追い詰められていた。

自分がなぜ生きているかも分からない。一緒にいたはずのクラムがどうなったかも分からない。ポッターがどうなったかもわからない。闇の帝王が復活し、これからどうなるか分からない。分からないことが多すぎた。

そんな俺を落ち着かせるように、ダンブルドア先生は俺の背中を優しくさすった。

 

「大丈夫じゃ。クラムも、ハリーも、二人とも生きておる。治せぬ怪我もない。すぐに元通りになるじゃろう」

 

「……本当ですか?」

 

「ああ、本当じゃ。大丈夫、誰も死んではおらぬよ」

 

クラムとポッターが生きている。それを聞いて安心した。肩の力が抜ける。

そんな俺に、ダンブルドア先生はゆっくりと話を続けた。

 

「君は傷つき、確かな休息が必要じゃ。だがあと少し、協力をして欲しい。まずはわしと話すことを優先させて欲しい」

 

ダンブルドア先生は俺が落ち着いたのを見計らい俺から手を離すと、椅子に座り直した。

 

「君は既に知っておるようじゃが、伝えねばならぬ。ヴォルデモートが復活した。それは揺ぎ無い事実じゃ」

 

ダンブルドア先生の話に体が震える。ポッターが生きていると聞き、わずかに抱いた希望が無くなるのが分かった。

ダンブルドア先生の話は続く。

 

「ヴォルデモートはハリーを使い、以前と同じ強大な力を取り戻した。……君が一年生の頃じゃ。わしが言ったことは、覚えておるかね?」

 

「……ヴォルデモート卿が動きを見せる時、ポッターがかけがえのない存在になる、ということですか?」

 

「そうじゃ。よく、覚えておってくれた」

 

俺の答えにダンブルドア先生は微笑んだ。

 

「ハリーは生きておる。再びヴォルデモートの魔の手から逃れた。……ハリーは、これから我々の希望となる。どうかそれを、これからも忘れないでいて欲しい」

 

それからダンブルドア先生は打って変わり、真剣な表情となった。

 

「君が見つけられた時、君はクラムと共に倒れておった。そして側にはバーテミウス・クラウチ・ジュニアの死体があった。君の身に、何が起きたのか。それをはっきりとさせねばならぬ。……包み隠さず、教えておくれ」

 

俺は全てを話した。

迷路であったこと。クラウチから伝えられたこと。そして、最後には死の呪文が確かに俺に当たり、跳ね返って、クラウチの胸を貫いたこと。

そしてそこで思い出し、指輪がはまっている左手の人差し指を確認した。

指輪は無事だった。だが、左手が少し変わっていた。

指輪をつけている部分から手の甲を通って腕に向かうように深い切り傷の跡のようなものが残っていた。

あれだけ激しい痛みがあったのだ。傷が残って当然だとは思っていた。気になるのは、何故指輪をした指が痛んだのか、だ。

ダンブルドア先生は俺の話を聞いた後、目を閉じて考え込むようにしていた。

そしてしばらくして、目を開けるとゆっくりと口を開いた。

 

「ありがとう。君は確かに、わしに伝えるべきことを全て伝えてくれた。さあ、今度はわしが君の質問に答える番じゃな。君が望むなら、わしは君の質問に答えよう」

 

俺も知りたいことがたくさんあった。

 

俺の身に何が起きたのか知りたかった。

ポッターの身に何が起きたのかも知りたかった。

俺の予言の事も知りたかった。

闇の帝王の復活によりこれからどうなるか知りたかった

俺はどうしていくべきか知りたかった。

 

だが、聞くのが怖かった。聞いてしまえば、避けようのない辛い未来が待っているのだと、薄々感じていた。

 

黙りこくってしまった俺に、ダンブルドア先生は優しく声をかけた。

 

「勿論、休んでも構わない。体を癒し、心を落ち着かせ、しかるべき時に話をするのも良い。君は、どうしたい?」

 

「俺は……」

 

話を聞きたくて、聞きたくなかった。答えに迷っていたら、ダンブルドア先生は悲し気に微笑んだ。

 

「……辛いのじゃな。君は実に聡明な子じゃ。わしとの話の先に何が待っているか、勘づいておる」

 

ダンブルドア先生は俺の中の恐怖を正確に読み解いていた。

 

「それでよい。今日は、ここまでじゃ」

 

ダンブルドア先生はそう言うと、立ち上がった。

 

「治療を受けながら、君が会いたい人達と、君に会いたい人達と、ゆっくりと話をしなさい。だが、約束して欲しい。今日の事は、まだ誰にも話さないと。そして、満足いくまで話したら、最後にわしともう一度話をすると」

 

「……はい、ダンブルドア先生」

 

ダンブルドア先生は最後に優しく俺の肩を叩くと、病室から出て行った。

そして少しして、入れ替わりでゴードンさんが入ってきた。

ゴードンさんは心配そうで、悲しそうな表情だった。

 

「……一週間もすれば、退院できると聞いた。今日はひどく疲れているとも」

 

ゴードンさんはそう言うと、椅子に座った。

暫く黙った後、再び話を始めた。

 

「……もう、お前は安全だ。ダンブルドアがいる。お前を守ってくれる。だから安心していい。……あと一カ月で、学校も終わる。そしたら俺の宿で、ゆっくりと休もう」

 

ゴードンさんはそう、俺に優しく言い聞かせた。

俺に何か聞くことなどしなかった。

 

「……何も、聞かないんだね」

 

そうゴードンさんに言うと、ゴードンさんは益々苦しそうな表情になった。

 

「……俺には、何もできないからな。だから、お前が話したいこと以外は聞かないさ。これ以上、お前を苦しめたくはない」

 

ゴードンさんは、自身がスクイブであることを気にしていた。

そして、ゴードンさんの中でできることとできないことの線引きがはっきりとされていることを感じた。

 

「……お前が話したいことがないのなら、話さなくていい。代わりに、ほんの少し俺の話をさせてくれ」

 

ゴードンさんは静かに話始めた。

 

「……俺はスクイブで、お前の父にとても助けられた。仕事を与えられ、生活の場所を与えられ、返し切れない恩をくれた。お前の父が闇の帝王と戦っていた時、その恩を返したかったんだ。……でも、何もできなかった。魔法使いの相手なんて、魔法使いにしかできないのさ。それを俺は、嫌と言うほど知っている。……俺は、俺が何もできないのは知っているんだ」

 

ゴードンさんは悲しそうな表情のままだった。

 

「だから、俺に気を遣うな。話せないことは話さなくていい。話したくないことなんて、話さなくていい。……俺といる時まで、辛い思いなんてしなくていい」

 

ゴードンさんの態度は、疲れ切っていた俺にはありがたかった。

 

「……ありがとう」

 

「……お礼なんて、言わなくていいんだ」

 

ゴードンさんは俺が疲れて寝るまで、くだらない話に付き合ってくれた。

ホグズミードのお店の話とか、和食が恋しいだとか、両親が遺した本に書いてあったホグワーツのゴーストや絵画についての話だとか。

ほんの少し、辛かったことを忘れられた。

 

 

 

翌日、体の痛みは随分とマシになっていた。ベッドの上で動くには何の支障もない程に。

そして、面会の希望者は沢山いた。

 

最初に来てくれたのは、ドラコ、ブレーズ、パンジー、ダフネ、アストリア。

俺の親友達だった。

全員が俺が生きていることに安心し、怪我を心配してくれていた。

 

「……ダンブルドアからは、試合の事は何も質問してはいけないと、そう言われている。学期末にダンブルドアから話をするから、と」

 

ドラコはそう言った。酷く心配している表情だった。

そしてパンジーは少し拗ねた表情だった。

 

「ちょっとくらい言ってくれてもいいんじゃない? どうせ話すなら、こんなケチな真似しないでさ! あんた、またなんかやらかしたんでしょ?」

 

パンジーはただ試合の事が秘密にされているのが気に食わないようだった。

いつも通りの様子に、笑ってしまう。

 

「そういじけるなよ。……どうせ、嫌でも知ることになるからさ」

 

含みのある俺の言葉に、ドラコは眉をひそめた。

ドラコが何かを言う前に、アストリアが声を上げた。

 

「でもジン、良かったね! 試合が無事に終わったよ! ……優勝できなかったのは、ちょっと残念だけど。でも、すごいよ! ねえねえ、歴史の教科書にジンの名前が載るのかな?」

 

明るく、俺を励ますような口調だった。笑いながら、アストリアの頭を撫でた。

 

「優勝してないから載らないんじゃないか? ……優勝したのは、ポッターでいいんだよな?」

 

「ああ、お前それも知らねぇのか。そうだよ、ポッターの優勝。けど、ポッターもすごい混乱してたみたいでよ。優勝した後はすぐに医務室送りだ。だからみんな知りたいんだよ、試合で何が起きたかよ。……なーんか学校全体がピリピリしてるしな、このところ」

 

俺の質問にはブレーズが答えてくれた。

そして、生徒達がまだ何も知らされていないことも知った。

どうやら生徒達は、ムーディ先生が偽物であったことすら知らないようだった。

 

「ブレーズ、聞き出そうとするのは野暮よ。それよりもジン、傷はどう? ……ホグズミード週末は来週だけど、無理かしらね?」

 

「いや、それまでには退院できると思う。……そっか、もう試験は終わったのか」

 

「今日で終わった。……クラッブとゴイルは、今日で同じ学年じゃなくなるかもしれない」

 

「おいおい、あいつら相変わらずだな」

 

話はどんどん試合の事からずれていき、結局はいつもの様に楽しく話すだけだった。

 

「私、今回の試験の出来は史上最高だと思うの! ジン、あんたの力なんて借りなくても私はいい点数取れるのよ! そして、もうあなたのノートからはおさらばよ。試合も終わり。つまり、ハーミーと会えるのよ! ハーミーから勉強を教わるから、あんたはもうお役御免ね!」

 

パンジーは調子にのった様子で俺の事をからかい、これからハーマイオニーと遊べることを楽しみに語った。

 

「ねえねえ、それよりも聞いてよ! 皆、忘れてるかもしれないけど、来年から私もホグズミードに行けるんだよ! ね、ね、来年はみんなで行こうよ! 私ね、周りたいところがいっぱいあるんだ……。郵便局もそうだし、ハニーデュークスも行きたい。一番行きたいのはね、悪戯専門店ゾンゴ!」

 

アストリアは来年の事を楽しそうに語っていた。皆で遊べることを心待ちにして、キラキラとした笑顔を浮かべていた。

 

「そういや言ったっけ? 俺、ボーバトンの女子から告白されちまった。俺とこれからも連絡を取りたいんだと。いやぁ、辛いねぇ。何がって、俺、遠距離はお断りだからよ。友達でいようって言うのは、いつだって辛いもんだよ」

 

ケラケラと笑いながら、ブレーズは最近にあった自分の幸運をひけらかした。それを俺達が突っ込んだりからかったりするのさえも楽しそうに笑って聞いていた。

 

「ねえ、ジン。前に言ってたホグズミードの美味しいケーキを出す喫茶店以外にも、あなたの好きそうなお店をいくつか調べてみたの。……まあ、食べ物ばかりになってしまったんだけど。でね、最近は暑いから、冷たいデザートを出すところがいいと思うの。美味しいアイスケーキ、気にならない?」

 

ダフネは前にした約束を果たそうとしてくれた。次のホグズミード週末をより良いものにしようと準備までしてくれていた。それをダフネ自身も楽しそうに話してくれた。

 

「……なあ、ジン。早く治してくれよ。君がいないのは、まあ、退屈なんだ。部屋だって、僕一人だとちょっと広すぎる。試験も終わって、もうあとは自由時間みたいなものだ。やりたいことは山積みだ。これからは、楽しい事しかないぞ!」

 

ドラコはそう俺に言った。

ドラコは、話をしながらもどこか不安そうだった。きっと、勘づいている。今、何か悪いことが起きているということが。

それでもその不安を振り切るように明るく、これからの楽しい予定について話していた。

 

「……ああ、これからが楽しみだな」

 

俺は笑って、ドラコの話に乗っかった。

それからずっと、学期末までをどう遊んですごすか、六人で楽しく話をして過ごした。

 

思うに、ダンブルドア先生が試合の事を誰にも話さないのも、俺に口止めをしたのも、俺の為なのかもしれない。

何も知らず、笑って過ごせる日常を奪わないように。その時間を、少しでも長く味わっていられるように。俺が覚悟を決める時間を作る為に。

 

 

 

次の日に訪ねてくれたのはハーマイオニーだった。

ハーマイオニーはスリザリンの親友達とは違い、暗い表情であった。

すぐに分かった。ハーマイオニーは既に何が起きたかを知っている、と。

だが、ハーマイオニーは試合のことを口にすることはなかった。

 

「……調子はどう? あなたも酷い目に遭ったって、その、ダンブルドア先生から聞いているの。勿論、何があったかは詳しくは聞いていないわ。……何が起きたか聞いてはいけないって、言われているの」

 

ハーマイオニーはたどたどしく話始めた。俺のことが心配で来てくれたが、何を話したらいいか分からないようだった。

俺は苦笑いをしながら返事をした。

 

「その内、嫌でも聞くことになる。学期末にはダンブルドア先生から話があるんだろ? それまでは、まあ、我慢してくれよ」

 

俺が笑いながら話すので、ハーマイオニーはどこか毒気を抜かれたようだった。

それから少しして、再び話を始めた。今度は先程よりもたどたどしさはなかった。

 

「……試合が終わって、良かったって言いにきたの。本当に良かったわ。あなたが生きてて」

 

「心配してくれてありがとな。嬉しいよ、お見舞いに来てくれて」

 

俺が試合の事を話す気がなく、何か聞く気もないことが分かったのだろう。ハーマイオニーは困ったようにしながら、視線を泳がせて話題を探していた。

そんなハーマイオニーに苦笑いしながら、他愛もない話題を振った。

 

「ハーマイオニー、試験はどうだった? 昨日までだったんだろ?」

 

ハーマイオニーは少し驚いた表情をしてから、考えながら返事をしてくれた。

 

「あー……悪くなかったと思うわ。ああ、でも、古代ルーン文字学では、翻訳を少し間違えてしまったかもしれないの。私、『根源的』と訳すべきところを、『模倣的』と訳してしまったような気がするの。それから、呪文学でも追い払い呪文が少し的から外れてしまって……。的に当たりはしたのだけど、中心から少しズレてしまっていたの。もしかしたら、減点されてしまったかもしれないわ。ああ、それから――」

 

試験のこととなると、ハーマイオニーは饒舌になった。そんな気にすることでもない事を気にして、不安げに語るハーマイオニーは見ていて楽しかった。

ハーマイオニーは試験の話をしている内に、いつもの調子を戻していった。

 

「ねえ、そう言えば、夏休みに遊びに来てくれるって話なんだけど、その、よかったらハリーとロンも一緒にどうかって思うの。……ハリーとは、その、試合を一緒に乗りきった仲間って、思えないかしら?」

 

ハーマイオニーは、夏休みもポッターやウィーズリーと一緒にいる事になるのだろう。

それを匂わせるような誘いだった。

俺はわざとらしく悩みながら返事をした。

 

「ポッターが仲間なぁ……。一応、優勝者と敗北者の関係だぞ、俺達? 仲良くできるかねぇ」

 

ハーマイオニーは少し笑ってくれた。

 

「あら? 優勝なんてどうでもいいって、泣きそうになりながら言ってたのは気のせいだった?」

 

「いや、それは……。くっそ、なんてことを掘り起こすんだ、お前は!」

 

ハーマイオニーは容赦なく俺の恥ずかしい過去を掘り起こしてきた。

本気で恥ずかしくて頭を抱えると、ハーマイオニーは凄く楽しそうに笑っていた。

 

「なあ、忘れてくれないか? その、前に医務室で弱音を吐いたのは……」

 

ハーマイオニーは驚いた表情をした。それから少し考える素振りをして、輝くような笑顔で返事をした。

 

「残念、お断りよ。私、一生忘れないわ。それに、あなただって私が弱音を吐いてるところを知ってるじゃない。それも何回も。私だけ忘れるなんて、フェアじゃないわ」

 

「一生、忘れてくれないのか……?」

 

「ええ、一生。何があっても忘れないわ」

 

ハーマイオニーは笑ったままだった。俺は諦めて肩を落とす。

ハーマイオニーはそんな俺を見て声を上げて笑っていた。

そして少しして、落ち着いてからハーマイオニーは口を開いた。

 

「私は、あなたが弱音を吐くところを知っているの。追い詰められて、泣きそうになっているところも知っているわ。……だから、隠すことなんてもうないわ」

 

からかいのない、落ち着いた声だった。

ハーマイオニーを見る。

ハーマイオニーも俺を真っ直ぐ見つめ返していた。

 

「これから辛いことがあっても、私には話せるはずよ。だって、私はあなたの弱いところもう知っているから。……言って欲しいの。辛いときは辛いって、助けて欲しい時は助けてって。私はいつでも、あなたの助けになるから」

 

確信した。

ハーマイオニーはもう知っているのだ。

これから厳しい戦いが避けられないことを。

俺がこれから先、とても苦しい思いをすることを。

 

色んな思いが溢れて、言いたいことがたくさんあって、でも、出てきた言葉は一つだけだった。

 

「……ありがとう」

 

ハーマイオニーは嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

その次の日に俺を訪ねてきたのは、なんとデラクールだった。

意外な訪問者に驚いた。

デラクールは相変わらずの強気な態度だった。

 

「なにを驚いてまーすか? お礼を言いに来たのでーす。……あなーたは、私を助けました。お礼はしっかり、言うべきでーす」

 

お礼を言いに来た、と言うにはどこか偉そうな態度に苦笑いを浮かべる。

そして、デラクールの顔に張られているガーゼが気になった。

 

「……その傷は、俺の所為か?」

 

仕方なくとはいえ、思いっきり顔を蹴り上げた。

そのことについてはしっかりと謝罪をするべきかもしれない。そう思っての質問だったが、デラクールを不機嫌にさせた。

 

「こんなの、何でもありませーん! あなーたとは、無関係です!」

 

どうやら謝罪すらさせてもらえないようだった。

困っていると、デラクールは椅子に腰かけながら話を始めた。

 

「お礼を、言いに来たのでーす。……わたーし、あなたに救われまーした。あなたがいなければ、死んでまーした。心から、お礼を言いたいのでーす」

 

「……大袈裟だ。そもそもお前に服従の呪いがかけられたのだって、ただ巻き込まれただけだ」

 

俺がそう言うと、デラクールは一層不機嫌な顔をした。

 

「あなーた、本当につまらない男でーす。お礼の言いがいがありませーん。断言しましょう。あなーた、モテません」

 

「……一応、お礼を言いに来たんだよな?」

 

デラクールの態度に思わず突っ込むと、デラクールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「そうでーす。お礼、言いに来ました。でも、あなたがお礼を言われようとしない。なら何の意味、ありますか?」

 

 

デラクールの言い分はもっともだ。

デラクールは不機嫌な態度のまま、話を続けた。

 

「お礼は受け取るものでーす。それ、礼儀です。……わたし、心から言います。あなたも、心から受け止めて欲しいのです」

 

デラクールは不機嫌ながら丁寧に、なるべく訛りのないように話していた。

俺はそれを受けて姿勢を正し、真っ直ぐ話を聞く姿勢を取った。

デラクールは真剣な表情で言った。

 

「ありがとうございます。あなたは、命の恩人です。それを忘れることはありません」

 

「……どういたしまして」

 

俺の返事を受けて、デラクールは満足そうに笑った。俺も力を抜いて笑う。

それからデラクールは、試合の事とは全く関係ないことを話し始めた。

 

「あなーたの話、ダウネからよく聞きまーす」

 

「ダウネ……? ああ、ダフネか。そういや、デラクールとダフネは仲がいいんだったな」

 

「ええ、そう。彼女、とてもいい子でーす。ガブリエルも気に入ってます。妹、アストリアも、とてもいい子でーす」

 

「そうだな。ダフネもアストリアも、良い奴だ」

 

「なら、隠し事はやめてあげてくださーい」

 

デラクールの言葉にギクリとした。思わず、体を強張らせる。

デラクールは呆れた表情だった。

 

「あなーた、言わないことが多すぎでーす。ダウネ、あなたの心配ばかりでーした。……言えない事、多いのは分かりまーす。ダンブリ―ドーアから、口止めされてるのも、知ってまーす。……でも、言えること、あるはずでーす」

 

 

「……隠してることがあるのは認める。でも、言えないんだ。口止めされてるような事、ばかりなんだ」

 

俺の返事に、デラクールは呆れたように首を振った。

 

「でも、信じてくれとは言えまーす。秘密は言えないけど、彼女を大事に思ってるとは、言えまーす。……秘密は、よくありませーん。でも、本心を言わないの、もっとよくありませーん」

 

デラクールは少し怒っているようだった。

 

「彼女、ほんとにいい子でーす。でも、あなたの所為で、悲しんでまーす。……言って欲しかったのです、本当の事を。言えないなら、せめて、どう思ってるかは、言うべきでーす」

 

デラクールは遠慮なくズケズケと俺を責めた。

 

「……反省はしてるんだ。この一年、隠し事をしすぎたって。デラクールの言う通り、秘密は話せなくても、本心は伝えるべきだって、痛いほど分かってる」

 

「分かればよろしい」

 

しおらしく返した俺の返事に、デラクールは胸を張って返事をした。

少し笑えた。

 

「言いたいこと、全部言えまーした。わたーしは、もう帰りまーす」

 

デラクールはそう言うと優雅に立ち上がった。

そして出口の前で立ち止まると、振り返ってこう言った。

 

「そう言えば、わたーしの事、フラーでいいでーす。わたーしも、あなたをジンと呼びまーす」

 

「……お、おう。じゃあ、そうさせてもらう」

 

突然の事に驚いて気のない返事をすると、デラクールは呆れた様な表情だった。

 

「あなーた、やはりモテません。これで喜ばない男、久しぶりでーす」

 

そう言い捨てると颯爽と出て行った。

どこまでも自分らしさを忘れない奴だと、感心した。

 

 

 

フラーの次に現れたのは、クラムだった。

こちらの訪問にも驚いた。クラムもまだ入院をしていると思っていたのだ。思わず怪我の心配をする。

 

「クラム、怪我はいいのか?」

 

「君ほどの、重症でヴぁない。もう、動いて問題ない」

 

安心した息を吐くと、クラムは緩く笑った。

 

「お礼、言いに来た。君ヴぁ、最後までヴぉくを守ろうとした。聞こえてた。君、自分ヴぁ死にそうなのに、ヴぉくに逃げろと言った」

 

「……死んでほしくなかったからな。お前が死んだら、俺の所為だって思ったから」

 

クラムは、少し呆れたように笑った。

 

「……礼ヴぁ、受け取るものだ」

 

「……そうだな。じゃあ、どういたしまして」

 

デラクールとのやり取りを思い出して、すぐに態度を変えた。

クラムは笑った。

それから話を始めた。

 

「お礼の他に、話そうと思った。約束の事。勝負にこだわる理由、言いに来た」

 

驚いてクラムを見る。クラムは話すことに何の抵抗もない様だった。

 

「……いいのか? 優勝したのは、ポッターだが」

 

「君、命の恩人だ。聞きたいのだろう? だから、話すよ」

 

クラムはどこか呆れたようにしながら話をしてくれると言い切った。

俺は大人しく聞く態勢に入った。

 

「ヴぉく、ハーマイ・オウン・ニニーをクリスマスパーティーに誘った時、一度、断られてる」

 

衝撃的な話であった。目を丸くしていると、クラムは少ししかめっ面になって話を進めた。

 

「理由ヴぁ、君だった」

 

「……俺?」

 

「そう。あの時、君ヴぁ入院してた。そして退院しても授業に来ないと、心配してた。彼女、こう言った。『誘ってくれたのは嬉しい。でも、だから受けられない。ジンが、今はとても辛い思いをしてる。助けてあげたい。彼を差し置いて、楽しむことはできないから』、と」

 

「ハーマイオニーが、そんなことを……?」

 

「そう。結局、君ヴぁ元気になった。君ヴぁ立ち直ったのを見て、ヴぉくが何度も誘って、やっと受けてくれた。それで気になった。君ヴぁ、彼女にとってなんなのか。……だから、君ヴぉ森へ誘った。確かめたかった。そして、君ヴぉ負かすことに、こだわった」

 

少し合点がいた。

ハーマイオニーがダンスパーティーのパートナーを見つけたタイミングは、確かに俺が授業に出るようになってからだった。

そして、クラムが執拗に俺との勝負にこだわる理由も。

 

「でも結局、彼女ヴぁ、ヴぉくより君が大事だった。……間違いないよ」

 

クラムはどこか寂しそうに、でも諦めがついたかのようにスッキリとした表情で話をしていた。

 

「……なにか、あったのか?」

 

「嫌でも分かる。……彼女、君やハリー・ポッターや、友達の話ヴァかりだった。……ヴぉくが湖から助けても、気を引けなかった」

 

クラムは微笑んですらいた。

俺は何と言っていいのか分からず、黙ってしまっていた。

クラムはそんなことを気にせず、話を続けた。

 

「君ヴぁ、苦労するよ」

 

「……なんだよ、急に」

 

「友達以上になるのヴぁ、大変だ」

 

クラムのからかうように言われた言葉に、困惑していた。

そんな俺を見て、クラムは酷く驚いた表情をした。

 

「まさか、まだ自覚ヴぁないのか?」

 

「何を?」

 

「君ヴぁ彼女のこと、好きだろう? 愛してるんだ」

 

一瞬、固まった。上手く言葉が出てこなかった。

ハーマイオニーに対して、好きだとか、愛しているだとか、そんな言葉を当てはめたことはなかった。

 

いや、当てはめたことはある。

昨年の終わりに、ダンブルドア先生との話の時だ。

 

俺は人を愛せる。

 

その証明を、ハーマイオニーを助けに行くことで行った。

すなわち、ハーマイオニーを愛しているというようなものだ。

 

だが、クラムから指摘された愛しているは、少しニュアンスが違うように感じる。

俺はその愛しているというのは、もっと限定的で、恥ずかしいものの様に感じた。

 

「確かに、俺はあいつを愛してるよ。でも、それは何というか……命に代えてでも守りたいというか……。お前の言う愛してると、違う気がする」

 

「……何が、違うのだ?」

 

「……ニュアンスが、違う気がする」

 

俺の言葉に、クラムは酷く呆れた表情だった。

それから少し考えるようにしてから、俺に爆弾を投げてきた。

 

「……ヴぉく、彼女とキスをした」

 

「はぁ!?」

 

思わずでかい声を出す。クラムはその返事を聞いて、声を出して笑った。

 

「本当にしたか、気になるか?」

 

「……そりゃお前、気になるだろ」

 

「そう言うことだ。何ヴぉ、違わないだろ?」

 

クラムは肩をすくめるだけだった。少し納得がいってしまい、悔しい気持ちになる。

そんな俺にクラムは、これは親切だと言わんばかりの態度で諭すように言った。

 

「君ヴぁ、恥ずかしがってるだけだ。自分の本心ヴぁ、自分が一番知っておくヴぇきだ」

 

少しの間クラムからの言葉を噛みしめ、反論の余地がないことを悟る。

 

ハーマイオニーへの愛しているが特別なものであることは、もう自分でも誤魔化しようがなかった。

 

クラムはそんな俺を見て満足げにした。そしてそのまま立ち上がり、帰ろうとした。

 

「君に会えて良かった、ジン」

 

名前を呼びながら俺に手を差し出した。

俺は少しそれを眺めてから、その手を握る。

 

「……俺もだ、ビクトール」

 

ビクトールは嬉しそうに笑った。

帰ろうと出口に手をかけるビクトールに、俺は最後にと声をかけた。

 

「なあ、本当にハーマイオニーとキスをしたのか?」

 

ビクトールは振り返ってニヤリと笑うだけだった。

無性に腹が立った。

 

 

 

 

 

それからも、色んな人がお見舞いに来てくれた。

 

 

ネビル。

俺が優勝を逃したことで、励まそうとしてくれた。すごく健闘をしていたとか、第二試合は感動したとか、一生懸命に俺を褒めてくれていた。

俺はネビルからの声援が本当にうれしかったことを伝え、改めてお礼を言った。ネビルは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

それから他愛もない話を楽しんだ。

ネビルは、何があっても俺の友人でいてくれる存在だと改めて感じさせてくれた。

ただ、期末試験で落第だけは避けて欲しい。

寮だけでなく学年まで違うとなってしまえば、益々会えなくなってしまう。

そう伝えると、ネビルは申し訳なさそうな表情になった。

ネビルの為にレポートの手伝いを申し出ようかと本気で考えた。

 

 

フレッドとジョージ。

二人してお見舞いがてら、何やら悪戯グッズをたくさん持ってきた。

そして、試合中に俺に何があったかをしつこく聞き出そうとした。本人達曰く、秘密にされると暴かないと気が済まない性質らしい。

それでも俺が何も言わないので、しぶしぶながらに諦めてくれた。

そして、ほんの少し愚痴を聞いた。

悪戯グッズ専門店を開くための資金がなくなったらしい。理由はバグマンとの賭けでのとんずらされたらしい。

バグマンは借金返済の為、小鬼と賭けをしていたとのことだ。

ポッターが対抗試合で優勝すると、大金をかけていたと。

その賭けの結果はバグマンの勝利だが、何とバグマンは小鬼への借金を返済すると他の借金を踏み倒して逃亡。

それもそうだろう。バグマンからすれば対抗試合の責任を取らされて仕事も危うく、借金を返すと一文無しだ。

それなら、わずかな可能性をかけて海外に逃亡し、心機一転を図る方がいいというのは理解ができる。

バグマンは最後まで、好きになれる人間ではなかった。

フレッドとジョージの気落ちした姿を見て、むしろ嫌悪感すら持った。

 

 

モリ―・ウィーズリー。

彼女は家に帰る前に、俺に挨拶に来てくれた。

あまり長い時間はいなかったが、俺の苦労をねぎらい、無事を喜んでくれた。

それから慰めるように、励ますように俺を抱きしめた。

彼女がとても優しい人なのだと良く分かった。

いくら娘の命の恩人とはいえ、たった一度しか会っていない俺を本気で心配し、励ましてくれた。

なぜだか少し、泣きたくなった。

 

 

ハグリッド。

彼は俺を見て、不器用に励ました。試合の事を聞いてはいけない、話してはいけないと言われていたのだろうが、ところどころ口が滑りそうになっていた。

俺はその度に笑って聞こえないふりを続けた。

ハグリッドは俺に対して強く励ますように言葉をかけてくれた。

一方俺は、スクリュートによってできた足の傷への誓いを忘れていなかった。

俺は三メートル近くあるスクリュートによって襲われた事を話した。

そして、二度とキメラを飼うなと言うつもりだったが、三メートル近くあるスクリュートに出会ったことをまるで幸運だと言うような態度のハグリッドに言葉を失った。

時には諦めることも大事なのだと、ハグリッドから教わった。

 

 

お見舞いには多くの人が来てくれた。

それぞれの時間はとても楽しく、有意義だった。満たされる気持ちになっていった。

 

 

そして退院した後も、素敵な時間を過ごすことが出来た。

ドラコ達とホグズミード週末を楽しみ、ルーン文字学や魔法生物飼育学をハーマイオニーやネビルとも楽しみ、全ての時間も友人達と過ごした。

 

 

そして、本当に気が済むまで遊び、話し、笑いあってから、

俺は校長室へ訪れた。

 

 


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