バグマンから伝えられた第二試合の内容は、ダフネを一時間以内に取り戻せというものだった。
そして一時間以内に取り戻さなければ、二度と会えないと思えという。
「……二度と会えない、というのは脅しですか? 試合とは無関係の人を殺す気か?」
「ああ、心配はご無用! まさか人質が命の危険にあるだなんて、そんなことは我々もしないさ。ただ君は失敗したら君の大事なものと二度と会えないと思った方がいいというだけの話さ」
俺の質問にバグマンは肩をすくめてそう言うと、自分の席に戻った。それ以上は話す気がないらしい。
分かったのはダフネに命の危険がないということ。しかし、それでは二度と会えないというのはどういうつもりなのか。
先に座っているクラムに目を向ける。クラムも俺と似たり寄ったりな表情だった。
クラムの苛立った表情から、俺と同じ状況であることが分かる。そしてクラムの人質が誰かも、容易に想像がついた。
「……ハーマイオニーが人質なのか?」
俺の質問には、クラムはむっつりとした表情で頷いた。それからこちらに視線を投げかけた。
「……ヴぉくが失敗すれヴぁ、ヴぉく、彼女と会えなくなる。嬉しいか?」
「……いや、お前が失敗してハーマイオニーに万が一がある方が心配だ」
「君ヴぁ、余裕だな」
「余裕じゃない。優勝する気がないだけだ。……まあ、今回ばかりは失敗するつもりもないがな」
「そういうところだ、君が余裕というのヴぁ。……ヴぉくだったら、君が負けたら嬉しいと言う」
クラムの言葉に返事に詰まると、クラムはつまらなそうに鼻を鳴らしてそっぽを向いて黙り始めた。
俺もそれ以上は話す気はなく、大人しく試合開始を待つ。
次に控室に訪れたのはデラクールだった。そしてデラクールも俺と同じようにバグマンから取り戻すべきものが人質であることが告げられた。デラクールの人質は妹のガブリエルだという。そのことを告げられたデラクールは酷く取り乱していた。
「ガブリエルは無事なのでーすか? あの子に何かあれば、わたーし、許しません! 試合も、審査員も!」
怒りを露わにバグマンに食い掛り、バグマンを困らせていた。
バグマンは俺に言ったのと同じように、命の危険はない事が失敗すれば二度と会えないと思えと言う脅しをかけ、それ以上は話さなかった。
デラクールもクラムも、かなり苛立った様子でだんまりを決めた。俺も黙ったまま試合開始を待つ。
そしてしばらく、代表選手が第二試合の会場である湖の近くへと案内をされた。
ポッターが現れたのは、代表選手全員が湖へと案内をされてからであった。
試合開始前ギリギリ。息を切らして走りこんできた様子から、直前まで試合の準備をしていたのだろう。
ポッターが試合前に現れたのを見て、バグマンは酷く安心した表情になった。それから二、三言だけポッターに声をかけると意気揚々と試合開始の合図を始めた。
「さて、全選手の準備ができました。第二の課題は私のホイッスルを合図に始まります! 選手達はきっちり一時間の内に奪われたものを取り返します。では、三つ数えましょう。いーち……にー……さん!」
ホイッスルが響き渡った。
瞬間、クラムはすぐに水の中へと飛び込んでいった。
デラクールは泡頭呪文をかけた後にすぐにクラムの後を追った。
ポッターは靴と靴下を脱ぎ、ポケットから何かを取り出すと飲み込んだ。それからゆっくりと湖の中へと歩を進めた。
俺は、泡頭呪文と耐寒の呪文、そして手足に簡単な変身魔法をかけるとゆっくりと湖を見渡した。
何度か泳いだことがある場所だった。周辺の地形は頭に入っている。その中で人質が連れ去られそうな場所については、いくつか心当たりがあった。
数キロ離れたその場所に目星をつけて、呪文を唱える。
「デパルソ(除け)」
追っ払い呪文を自分に向けて発動をする。
衝撃と共に体が浮き、目星をつけた場所に向けて吹き飛んでいった。
吹き飛ぶ際に多くの観客の呆然とした表情なのが見えた。少し胸がスッとした。
軽くきりもみしながら吹き飛び、少しして目星をつけた場所に派手な水しぶきと共に着水する。
着水して気泡がなくなり視界がクリアになったところで辺りを見る。そこは望んだ通りの場所であった。深い所に広がる水草と岩場でできたアーチがある場所だ。
「ディセンディウム(降下)」
自分に呪文をかけて、一気に水底まで移動をする。降下しながら聴力強化の魔法をかけると、望み通り歌が聞こえてきた。
『探す時間は一時間。取り返すべき大切なもの――』
歌声が発する方はそんなに離れていないようだった。
運が良かった。本当はここで歌が聞こえなければ、同じことを二、三度繰り返すつもりであった。
水かきの生えた手足を動かし、歌声のする方へと泳いでいく。
岩場をくぐっていくと、時折、岩の壁に絵が描かれているのが分かった。
水中人と巨大イカのようなものが戦っている絵や、水中人が宴をしているような絵など。それらの絵を無視してひたすらに歌のする方へ泳いでいくと、藻に覆われた荒削りの住居が見え始めた。水中人の住居だ。そして、歌声はどんどんと大きくなっていた。
水中人の住居を越えると、突然に開けた場所に出た。
大広間の様な開けた場所の中央では大勢の水中人が歌を歌っており、大きな岩に四人の人が縛られていた。
ダフネ、ハーマイオニー、ウィーズリー、そして銀髪の幼い少女。誰が誰の人質であるかは、一目瞭然であった。
ゆっくりと人質の方へ泳いでいく。水中人たちは邪魔をすることはなく、ただ見ているだけであった。
人質のすぐそばまで行き、四人の顔色を窺う。
特に苦しむ様子はなく、眠ったような表情で口から細かい気泡が出ているだけであった。
そのことに少し安心し、まずは自分の人質であるダフネの縄を魔法で切る。縄を切られたダフネは、ゆらゆらと水中を漂い始めた。
続いてハーマイオニーの方の縄にも手をつけようとしたところ、今まで見ていただけの水中人に動きがあった。
数名の水中人によって素早く取り押さえられ、一際大きな体の水中人が二名、俺に槍を向けてきた。
「……自分の人質だけ、連れていけ」
しわがれた声だった。確かに、最初に着いた俺が他の選手の人質を連れて帰ることは試合の妨害行為に値する。見るに試合の運営に関わっているであろう水中人が俺を止めるのは納得がいく。
ならば、他の選手の手助けは問題がないはずだ。
そう思い、杖を上に向けて閃光を打ち上げる。
打ち上げた光のお陰で、この場所が遠目からでも分かるようになるはずだ。
そしてこの光は水上にまで届いている。俺が水中に上がった後でも、この光を目印にまたすぐに追っ払い呪文でこの場所まで飛んでこれる。
そこまでして、まずはダフネの安全を確保することにした。
クラムが上手くやれば、ハーマイオニーも安全の筈だ。
水中に漂っているダフネを引き寄せて、直ぐに水上へ向かう。
「アセンディオ(上昇)」
呪文により、すさまじいスピードで水面へ向かう。その勢いは水上に出てもとどまらず、大きな水音と共にダフネを抱えまま数メートル、水面から打ち上げられることとなった。
水面に出るとともに、どうやらダフネにかけられていた魔法は解けるようにあっていたらしい。水面から出た瞬間にダフネが目を覚ました。
「――な、何が……。あ、やだ、水――」
ダフネは水面に打ち上げられるとともに目を覚まし、次の瞬間に再び水面に打ち付けられる結果となった。
ダフネは相当驚いたのだろう。水に打ち付けられた瞬間、悲鳴を上げて体が強張り必死に俺にしがみついてきた。そしてしばらく溺れるように身じろぎをした。しばらくしてダフネは自分が溺れないと分かり、落ち着きを取り戻してから恐々と周りを見渡した。
そして俺に支えられて自分が水上にいる事が分かると、俺が試合をこなしたことを理解したようだった。
ダフネの表情が呆然としたものからみるみる輝くような笑顔に変わっていった。
「貴方、やったのね! 試合をこなしたんだわ! おめでとう!」
そう嬉しそうに言いながら俺に抱き着いてきた。水中なので上手く受けとめきれず、二人して再び水の中に沈む。そして再びダフネが悲鳴を上げた。
それが面白く、思わず声を上げて笑う。ダフネを沈まぬように支え、落ち着くまで待つ。
やっと落ち着いたダフネは、やはり水が怖いようでしばらく俺から離れようとはしなかった。
そんなダフネに、異常はないかを確認する。
「ダフネ、大丈夫か? 具合は悪くないのか? 何か呪いとか、かけられてないか?」
ダフネは俺の言葉に少し目を丸くしたが、微笑んで返事をした。
「心配しすぎよ? 人質だった私達の安全は、ダンブルドアが保証しているもの。私達に魔法をかけたのはダンブルドア。まさか、本当に私の身に危険があるって思ってくれてたの?」
「……バグマンに、失敗すれば二度とお前に会えないって脅されたからな」
「あら、酷い脅し。……だから必死になってくれたの?」
「……まあ、そうだな」
からかう様にダフネに言われ、少し恥ずかしくなり顔を背けながら答える。
ダンブルドアが人質の安全を保障している。それが何よりも俺を安心させた。未だ水の中のハーマイオニーも、もう心配はいらないだろう。
そう思い体の力を抜くと、ダフネが沈みかけてまた悲鳴を上げた。それを見て、湖でのほとりでの会話を思い出した。
「……そう言えば、ダフネは泳げないんだったな」
「泳いだことがないの。水の中に、入ったことがなかったから」
ダフネは恥ずかしそうにしながらも、少し顔を青くさせて俺にしがみついて離れない。
そんなダフネを支えながら、ゆっくりと岸辺の方へと泳ぐ。ダフネは水の恐怖を紛らわせるためか、しきりに俺に話しかけてきた。
「ねえ、第二試合はどうだった? 私の所に来るまで、何かあった?」
「実は言うと、水の中はほとんど移動しなかった。ここまでほとんど飛んできたから、水の中にある試合用の妨害は全部無視できた」
「飛んできた? 箒でも使ったの?」
「いや、追っ払い呪文を自分にかけて飛んできた」
移動方法を伝えると、ダフネは唖然とした。
「追っ払い呪文を自分にって、貴方、とんだ無茶をしたわね……。あれ、人にかけるような呪文じゃないでしょう?」
「そうかもな。でも、上手くいったよ。お陰でお前を連れてくるのにそんなに時間がかからなかった」
「上手くいったって……。怪我はないの?」
「ああ、全くない。練習もしてたしな」
「……貴方って、目を離すとすぐ無茶するのね。パンジーと同じくらい放っておけないわ」
「おい、それは言いすぎだろ」
クスクスと笑ったままのダフネを引っ張り、何とか岸辺へとたどり着く。
観客席では歓声とどよめきが上がっていた。多くの人が、まさか俺が最初に帰ってくるとは思っていなかったようだ。
審査員席の様子も、少し荒れていた。
カルカロフ校長が分かりやすく顔を怒らせ、文句を言いたげであった。俺が泳がずに飛んでいったことに不満なようだった。バグマンも酷く驚いた表情を隠すつもりもない様だった。ダンブルドア先生は微笑みながら、マダム・マクシームはただ無表情に俺を見ていたが。そして誰よりも取り乱していたのは、クラウチ氏の代理として出席していたパーシー・ウィーズリーであった。
俺がダフネを連れて帰ったのを見てかなり驚いた表情をした後に、何やら表情を青ざめさせながらこちらに向かってきた。
「なあ、君! ハリーの大事なものが何か、見てきたか? まさか、僕の弟じゃないだろうか? ロナルド・ウィーズリーが、水の中にいなかっただろうか?」
パーシー・ウィーズリーはそう叫びながら、服が濡れるのも気にせずに水の中へと走ってきた。
その様子に戸惑いつつ返事をしようとしたが、それより先にマダム・ポンフリーが現れてパーシー・ウィーズリーを引き留めた後、俺とダフネを水から引揚げて毛布にくるませて用意されていた焚火の近くまで誘導した。そして煎じた薬を俺とダフネに持たせると、それを飲み切るように指示された。
俺もダフネも黙ってマダム・ポンフリーの治療を受けていると、周りに抑えられてか先程よりも落ち着いた様子のパーシー・ウィーズリーがこちらに質問をしに来た。
「なあ、君……。頼む、教えてくれ。僕の弟は無事なのだろうか? ……歌では、一時間以内に戻ってこないと、二度と会えないと言っている。でも、まさか、そんなことないよな? 僕の弟は、無事だよな?」
心配げなパーシー・ウィーズリーには、ダフネが返事をした。
「大丈夫よ。人質の安全はダンブルドア先生が保証しているもの。どんな魔法をかけられるかも、しっかりと説明を受けたわ。……一時間以内にっていう歌は、ただの選手への脅し文句よ。一時間たっても、人質には何もないわよ」
そう言われ、パーシー・ウィーズリーはやや安心した顔をした。
「そうかい……。いや、すまない。常識的に考えて、まさか選手でもない生徒が危険な目に遭うなんて、あり得ない。取り乱してしまった。君、ありがとう。僕は戻らなきゃ。ほら、僕はなにしろクラウチ氏の代理なものでね」
パーシー・ウィーズリーは取り乱したことへの照れ隠しか、早口にそう言うと審査員席へと戻っていった。
パーシー・ウィーズリーの反応を見て、代表選手の大切なものとして生徒が人質に取られているのは公にはされていることではなかったのだと分かった。そして、誰もが対抗試合に巻き込まれたらただでは済まないと思っているようだった。俺が第一試合で死にかけた効果もあったのかもしれない。
パーシー・ウィーズリーが去ったすぐ後に、岸辺の方で水しぶきが上がった。
驚いてそちらの方を見ると、意識を失ったデラクールが水中人によって岸に上げられていた。デラクールはすぐさまマダム・ポンフリーによって治療を施されて意識を取り戻したが、意識を取り戻すとすぐに水の中に戻ろうと暴れ始め、マダム・マクシームに抑えられていた。
「ガブリエル! ガブリエール!」
そう人質の名前を叫びながら取り乱し、抑えるマダム・マクシームにフランス語で何やら捲し立てていた。人質を取り返そうと泣きそうになりながら必死に足掻く姿は痛々しかった。そんなデラクールをマダム・マクシームが何やら説き伏せ、大人しく毛布にくるませながら薬を飲ませて火の近くに座らせた。
デラクールはすすり泣きながらマダム・マクシームにしがみついていた。
そんなデラクールに同情をしたのだろう。ダフネは立ち上がると、すすり泣くデラクールに寄り添って手を取った。
「……貴女の気持ち、よく分かるわ。私にも妹がいるから。でも、安心して。私も人質だったから、貴女の妹がどうなっているかは知ってる。ただ眠っているだけで、怖い事なんて何一つないの。それに、私達は何があっても安全だって言われていたわ。……貴女の妹は、時間になったら帰ってくるわ。大丈夫」
デラクールはダフネの言葉を聞いて少し落ち着いてきたようだ。涙ぐみながらもダフネの手を握り返し、お礼を言っていた。
「……ありがとう。あなーた、とても優しいです。でも、心配でーす。ガブリエル、あの子は、とっても怖がりです。それに、二度と会えないと、いわれまーした。そして私、失敗しました……」
「大丈夫よ。絶対に会えるから。心配しないで」
溺愛する妹がいる者同士、何か通ずるものがあるのだろう。
ダフネの励ましを受け、デラクールは少しずつ冷静さを取り戻していった。
そんな様子を眺めながら、他の選手が戻ってくるのを待つ。手元の時計を確認すると、もう四十分以上が経っている。だというのに、ポッターもクラムも戻ってくる様子はない。
そして制限時間の一時間が過ぎた頃、未だに現れぬ選手達に観客席が不安げな声が漏れ始めた。
俺も水の中で何かがあったのではないかと不安になった。
ポッターは誰かに狙われているのだ。それにクラムが巻きこまれた可能性もある。
やはり、戻るべきだろうか? 一時間が過ぎだのだ。もう試合は終わったと判断してもいいだろうか? ポッター達に、ひいてはハーマイオニーに何かがあったかもしれないのだ。
チラリと審査員席の方に目をやる。ダンブルドア先生は真剣な表情ではあったが、何か動く様子はなかった。
このまま待っていていいのか、それとも水の中に戻るべきか、迷っていると遠くの方で水しぶきが上がった。
そして、何かがすごい勢いでこちらに向かって進んでくる。
目を凝らすと、サメの頭をした男がハーマイオニーを抱えてすごい勢いで泳いでいた。
クラムが魔法で変身をしたのだろう。頭部だけを頭にして、呼吸と泳ぎの補助の両方を賄ったのだ。その方法には驚きと感心があった。頭部だけとはいえ、動物への変化は高度な変身魔法だ。
クラムが戻ってきたことで観客席が盛り上がりを見せた。
クラムはハーマイオニーを気遣わし気に岸まで上げたが、ハーマイオニーは岸に戻ると俺が既に戻っているのを確認して嬉しそうに微笑みながらこちらへ駆け寄った。
「ああ、ジン! 貴方も試合をこなしたのね! 信じていたわ、貴方は大丈夫だって!」
そう俺の手を取りながら飛んで喜ぶハーマイオニーに、俺はやっと人心地がついた。少なくとも、ハーマイオニーには何もなかったようだ。
「お前も無事でよかったよ、ハーマイオニー。……水中でお前が捕まっているのを見た時は、肝を冷やした」
「そんなにひどい様子だったの? 捕まってる時って、眠ってるのと同じで特に感覚がないから分からなかったわ」
ハーマイオニーはクスクスと笑いながら返事をした。
クラムは酷くむくれた表情で俺の方を見ていたが、何も言いはしなかった。
ハーマイオニーはひとしきり喜んだ後に改めて辺りを見渡し、ポッターがまだいないこと、そしてデラクールの隣にいるのがダフネでありデラクールの人質が戻っていないことに気が付いた。
「……ハリーは、まだ戻ってないのね。ねえ、ハリーはどうだった? ハリーは昨日のお昼まで水の中で呼吸をする方法が見つかってなかったの。……水の中で溺れてるなんて、そんなことないわよね?」
「そうだったのか? 見たところ、ポッターも何かしらの準備はしていたみたいだが……。少なくとも、水の中を泳げるような準備は……」
正直、俺がポッターを見たのは何かを飲み込んで水の中でジッとしている様子だけだった。何かを待っているようにも見えたが、何の準備もできていなかったように見えなくはなかった。しかし、こうしてこの場にいないということは少なくとも泳ぐ準備はできていたということだ。
そう思いハーマイオニーを慰めようと思ったが、その必要はなかった。
水しぶきが上がり、ポッター達が姿を現したのだ。
ポッターと人質のウィーズリー、そしてデラクールの人質であるデラクールの妹もだ。
ポッターが現れたことで、観客達とハーマイオニーが歓声を上げて湖の方へと注目をした。
ポッター達は水中人に囲まれながらゆっくりと岸の方へと向かってきた。そして岸の方にたどり着くと、数名が駆け寄った。
まずはデラクールが妹のもとへ駆け寄り、パーシー・ウィーズリーが弟のもとへと駆け寄った。二人は大丈夫だと励まされながらも、やはり心配が絶えなかったのだろう。
そしてポッターの元へはハーマイオニーが駆け寄った。ハーマイオニーからすれば、水の中で息をする方法も分からないまま試合に挑み、命を狙われていたのに返ってきたのだ。感激するのもよく分かる。
そんなハーマイオニーの後姿を見送っていると、いつの間にかダフネが隣に戻ってきていた。どうやらデラクールが妹の方に行ってからこっちに戻ってきたようだ。
「そろそろ、結果発表ね。流石に、この試合は貴方がトップよ! 時間内に、それも制限時間を大きく残して帰ってきた唯一の選手だもの」
試合が終わり残されていた人質達にも何事もなかったことが分かり、ダフネは俺が勝ったことに喜びを隠すことはなかった。
どこかワクワクとした表情で協議をしている審査員達の方を眺めていた。
俺もそれをボンヤリと眺めながら、大人しく結果発表を待った。
「俺が帰ってきた時、カルカロフは随分と不満そうだった。前の試合も俺に0点をつけてたみたいだし、トップになれるかどうか……」
「今回ばかりはカルカロフにだって貴方に減点なんてできやしないわよ」
「そうか? 気に入らないって理由で容易に減点しそうに見えるが……」
「今回は誰がどう見てもあなたがトップ。それなのに露骨に点数を下げでもしたら、この対抗試合そのものを否定することになるわ。第一試合の評価だって怪しくなる。折角クラムがトップなのに、そんなことするはずないわよ」
「……それもそうか」
ダフネの嬉しそうな表情を見て、卑屈になるのをやめた。
俺は確かに、今回はトップの成績を上げた。あのクラムにも、俺は勝ったのだ。そのことを思うと胸がスッとして晴れやかな気持ちになっていた。
チラリとクラムの方に目をやる。クラムはポッターの無事を喜ぶハーマイオニーを憮然とした表情で見つめていた。それを見て、胸の重しがなくなったように気が楽になった。
そしてすぐに、結果発表が始まった。
バグマンが魔法で拡大した声を響かせた。
「審査結果が出ました。水中人の女長、マーカスが湖底で何が起きたかを子細に話してくれました。そこで、五十点満点で各代表選手は次のような結果となりました」
ここで一息挟み、バグマンは聞き手の高揚感を最大限に引き上げた。
隣で聞いていたダフネも、身を乗り出した。
「ミス・デラクール。素晴らしい泡頭呪文を使いましたが水魔に襲われ、ゴールにたどり着けませんでした。得点は二十五点」
「わたーしは0点の人でーす」
デラクールは傍らにいる妹を抱き寄せながら、のどを詰まらせていた。
バグマンの発表は続いた。
「ミスター・エトウ。彼は唯一、制限時間以内に人質を連れて戻ってきました。出だしの追っ払い呪文には度肝を抜かれましたが、これが効果的だった。さらに泡頭呪文、変身呪文で手足に水かきをつけて泳ぎも万全。移動魔法をいくつか備えており、人質を取り返してから戻るまでに常に迅速な動きを見せました。彼は文句なし、五十点満点です」
スリザリンから大きな歓声が沸いた。そして隣からダフネが飛びついてきて、はしゃぐように声を上げた。
「ほら、言ったでしょう? 貴方を減点なんてできやしないって!」
「……ああ、そうだな」
「もっと喜んでよ! それに周りの人達を見て!」
ダフネにそう促されて、観客席の方へと目を向ける。
スリザリン生は喜んで歓声を上げる者が多かった。そして他の寮生は呆然とした表情が多く、ただただ俺がトップの成績を出したことに驚いていた。
ダフネはそれを満足そうに見ていた。
「貴方が見返したのよ! あそこにいる人達をみんな! そして私達が正しかったの! 貴方が凄い人だって、全員に知らしめた!」
ダフネの言葉を聞いて、胸が温かくなる。
そうだ。試合に勝って、トップに立つことで、ドラコ達の期待に応えることができた。見返すことで、ドラコ達が俺を庇う必要もなくなった。
これまで以上に、過ごしやすく楽しい学校生活が送れるようになるのだ。
そのことを思うと、どんどん晴れやかな気持ちになっていった。
試合に勝って良かったと、自分でも思えるようになってきた。
そんな中、バグマンの発表は続いた。
「ミスター・クラム。変身術は中途半端でしたが、効果的なのは変わりありません。人質を取り戻したのは二番目でしたが、制限時間を五分オーバー。得点は四十点です」
ダームストラングから大きな拍手が送られていた。当の本人は喜ぶ様子はなかった。そして気の所為でなければ、むっつりとした表情を少し俺に向けていた。
拍手が収まるのを待って、バグマンは最後の発表を始めた。
「ミスター・ポッター! 彼の用意した鰓昆布の効果は特に大きい。戻ってきたのは最後で、制限時間を大きくオーバーしていました。しかし、水中人の長によれば、彼は十分制限時間内に戻れるだけの猶予があったのです。彼が遅れたのは、自分の人質だけでなく全員の人質を安全に戻らせようと決意したからです」
ここで観客からはがっかりしたような、囃し立てるような声が一部で湧いた。
多くの人が、ポッターの行為を試合を捨てた愚かな行為だと思った様だった。
ハーマイオニーとウィーズリーですら同情的な視線をポッターに送っており、ポッター自身も恥じた様子を見せた。
だが俺は、酷い敗北感に打ちのめされた。
俺は命を狙われていた。そしてポッターも命を狙われていた。
だというのに、どうして俺は人質が安全に地上に戻されるだなんて安易に思ったのだろう。
危険を仕組まれた試合の中で自分の大切な人を水中において戻ってくるなど、どうしてそんなことが出来たのだろう。
本当に試合の結果などどうでもいいというのなら、本当に命の危険を感じているというのなら、俺はあの場に残ってポッターと同じ行動をするべきだったのだ。
全ての人質が安全に戻れるよう、傍を離れるべきではなかったのだ。
バグマンの解説は耳に入ってこなかった。
なにやらポッターが良い点数を獲得したようだったが、そんなことはどうでもよかった。
隣で喜んでいるダフネも、俺に向けて暖かに拍手をするスリザリン生も、むっつりとした表情でいるクラムも、どうでもよかった。
笑顔でポッターへ拍手をするハーマイオニーを見た。
何が、命よりも大事だ。
早々に見捨てておいて、何が大切な人だ。
いつしかポッターへ感じた劣等感が、火をつけたように大きくなっていた。
俺は、結局は自分のためにしか動けない独善的な人間なのだと、そう思ってしまった。
俺は負けたのだ。
ポッターに、そして自分に。