日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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ビクトール・クラム

ムーディ先生と話をした次の日、俺は必要の部屋へと向かっていた。フレッドとジョージを介して、ポッターへ金の卵の謎の解き方を教えようと思ったのだ。

俺が直接ポッターの所へ押しかけて金の卵の謎をぺらぺらと話すのは、流石に問題だと思ったのだ。また、文通をしているネビルを介するのも俺がポッターへ金の卵の謎の解き方を教えた証拠を残すことになる為、避けるべきだと判断した。

それにフレッドとジョージにはクリスマスパーティー用のプレゼントを作るのに協力をしてもらった。その結果報告もしようと思っていたので、ちょうど良かったのだ。

 

必要の部屋を訪れると、二人は変わらず研究をしていた。

俺に気付くと、笑顔で手招きをした。

 

「やあやあ。クリスマスパーティーの結果報告かい? しかし、ちょっとばかし遅いんじゃないか? もう一月だぜ?」

 

「遅くなって悪かったよ。対抗試合の準備もあって、ちょっと忙しかったんだ」

 

フレッドがからかう様に俺に声をかけた。俺は肩をすくめて返事をし、そのままクリスマスパーティーの結果報告をした。

無事にサプライズが成功し、ダフネに喜んでもらえたこと。そして周りにも納得を得られたこと。二人に作ってもらった魔法具、ラッピング用のリボンを外すと元のサイズに戻る箱が上手く作用したこともしっかりと伝えた。

フレッドは魔法具が上手く作用したことを喜び、ジョージは喜んでもらって当然だという様に胸を張った。

 

クリスマスパーティーの結果報告を終えた後、俺は本題に入った。

 

代表選手が与えられた金の卵の謎の解き方を二人に教え、それを必要であればポッターにも共有をして欲しいと伝えた。

このことは二人を随分と驚かせた。

 

「こんなことを言いたくないけどさ、君がハリーに協力する意味が分かんないよ。だって、今やハリーはトップを走る優勝候補だ。君にとっては、出し抜かないといけない相手だろ? ……君の優勝の可能性だって、全くのゼロじゃないんだ」

 

「そうだぜ。なのに、もう優勝を諦めて自棄になったのかい? ……そりゃあ、正直に言うと、僕らはハリーに優勝して欲しいさ。グリフィンドールだしね。でも、君に優勝する権利がないなんて、思っちゃいないさ。正々堂々、君が勝ち取ったものなら、僕らは祝福するよ。……友達としてね」

 

二人は俺に暖かい声をかけてくれた。

それを嬉しく思いながらも、笑いながら俺は二人に返事をした。

 

「そもそも俺は、というか俺とポッターは、誰かの策略に巻き込まれただけだ。俺達の命を狙う誰かに嵌められたんだ。正式な代表選手じゃない。……先生達は代表選手として扱ってるけど、実際はそうじゃない。それに俺は、優勝が目標じゃない。俺の目標は生き抜くことだ。だから金の卵の謎の解き方をポッターに教えてポッターが優勝しても、何の問題もない。むしろ、俺がヒントを教えないでポッターが死ぬような事になれば、寝覚めが悪いくらいだ」

 

二人は俺の言い分に、理解はすれど納得はできないようだった。

顔を見合わせ、眉をひそめた。

 

「……優勝賞金一千ガリオン。それを獲得するチャンスも、いらないっていうのかい?」

 

「まあ、金より命が大事だしな」

 

俺の返事は、二人の気分を害するものだったらしい。

二人は全く同じ顔で顔をしかめた。

 

「……君って、お金で苦労したことないんだね」

 

そう言われ、フレッドとジョージがお金のことで困っているのだと察した。そして、フレッドとジョージなら、一千ガリオンを獲得するチャンスがあれば命を懸けることも分かった。

何も言えなくなってしまった俺に、フレッドとジョージは表情を緩めて、俺の依頼を快く受けてくれた。

 

「まあ、分かったよ。ハリーが謎解きで困っているんだったら、僕らから言っておく。君からの親切だっていうことは伏せておくよ。それとなーく、ハリーに気付かせる」

 

「君がお人好しだっていうのは、僕らは十分に分かってる。嘘を吐いてハリーを貶めようとも、思ってなさそうだしね。……君も試合、頑張れよ。生き抜く、だなんて言わず、いっそ優勝目指しなよ」

 

俺は確かに二人の気分を害したと思ったのに、二人は俺に優しかった。

俺はそんな二人にお礼を言って、必要の部屋を出た。また来ることを約束して。

 

 

 

必要の部屋を出て、廊下を歩きながら思う。これで、ムーディ先生も満足なはずだ。

少なくとも、俺が人を見殺しにしてまで自分が生きる確率をあげようとする人間ではないと判断するだろう。

 

だが、ポッターを救おうと思ったのはなにもムーディ先生の目を気にしているからではない。俺自身がポッターを見殺しにして自分の生きる可能性を上げるなどしたくなかったからだ。

生き抜くためには手段を選ばないつもりではあったが、ムーディ先生の言う通り、俺は十分に手段を選んでいた。どんなに追い詰められても人を殺すつもりはないし、闇の魔術に頼るつもりもなかった。それは俺の考えの根底に、闇の帝王であるヴォルデモートの様になりたくないという意識があるからだろう。

ふとした時に思い出す。俺にはいつしか、闇の帝王となるか俺自身となるかの選択をする時が来ることを。それがいつかなんて分からないし、どのような方法で選択を迫られるかも分からない。ただ、俺は少しでも闇の帝王にならない道を選び続けようとは思っている。

ムーディ先生によって視野を広げられ、より正しい道を、闇の帝王にならない道を選べるようになったと思う。

しかし一方で、ムーディ先生が俺にアドバイスをしなければ、俺は人の死を利用するだとか闇の魔術を使うだとかそんな発想自体思い浮かばなかっただろう。

より正しい道が分かるとともに、より間違った道というのも見えるようになってしまった。

ちょっとため息を吐く。

知らぬ方が良かったのか、知って選べるようになる方が良かったのか、実に判断に迷うところではある。

 

 

 

 

 

「すると、泡頭呪文は成功したけどまだまだ課題は山積みなんだね?」

 

「山積みってほどでもない。まあ、いくつか考えなきゃいけないことはあるが、最悪泡頭呪文だけでも十分に第二試合に挑戦できる。お前のお陰だな」

 

呪文学の授業中、追っ払い呪文でクッションを飛ばしながらドラコが俺に泡頭呪文の成果を質問してきた。

俺はクッションを目的地の箱の中に正確に飛ばして入れながら、返事をする。

ドラコとしては、自分が見つけた泡頭呪文が役にたって嬉しい反面、それだけでは力不足だとヤキモキしているようだった。

俺はそんなドラコにポッターの手助けをしたことは伏せていた。

ポッターに伝えたのはあくまで金の卵の謎の解き方。水中での息の仕方や問題点は伝えてはいなかった。これは俺だけでなくドラコ達と見つけたものなので、俺の判断だけでポッターに教えるのは気が引けた。

ポッターがどうしても水の中で息をする方法が分からないようであれば教えてもいいとは思っているが、本音を言えばドラコが見つけた魔法でポッターの手助けをすることはしたくなかった。

ドラコは俺に勝って欲しいのだ。優勝しようがしまいが生きていればいい、という俺の気持ちも理解はしてくれているが、それでも勝てるのならば勝って欲しいというのがドラコの本音だろう。

泡頭呪文を見つけた時など、俺よりもドラコが喜んでいたほどだ。ドラコは口にはしないが、この呪文で俺が優勝することを強く望んでいるのは分かる。そして、優勝を全く目指す気のない俺に少しだけヤキモキしているのも知っている。

そんなドラコに、ポッターを助けるためにドラコが見つけた泡頭呪文のことを教えていいか、など言えない。絶対にいい事にはならないだろう。

そんな自分の考えを誤魔化すように、対抗試合に前向きな話を続けた。

 

「泡頭呪文の改良と泳ぎを補助する呪文を探して、また図書館と湖の往復になるかな。今日は図書館に行くよ」

 

「そうか……。僕はまだ課題もあるし、今日は協力できないかな。何か成果があったら、教えてくれよ」

 

そうドラコは言いながらクッションへと追っ払い呪文をかけ、目的地の箱から離れたところに飛ばしてしまいため息を吐いた。最近は俺に構ってばかりいて、魔法の練習や課題もままならなかったのだろう。

俺の試合への準備がひと段落したのを感じ、ドラコも自分の事に集中をしたいようだった。他の奴らも同じだろう。

今日は一人で準備をすることになりそうだ。

 

 

 

 

 

ドラコ達は課題に追われている為、図書館に一人で調べ事をしていると肩を叩かれた。

振り返ると、そこには意外な人物がいた。

ビクトール・クラム。彼が俺の肩を叩いていた。

驚いて呆然とする俺に、クラムは無言で外に行くように示した。図書館にいるクラムのファンの女子生徒達が固唾を飲んで俺達を見守っていた。代表選手が二人で何をするのか、随分と興味深げだった。

クラムはそんな追っかけを一瞥すると、振り切るように早足で図書館の外に向かった。

俺はおいて行かれぬよう、同じく早足で後を追った。

 

クラムは禁じられた森の近くまで移動した。クラムは人からの逃れ方を熟知しているようだった。追いかけようとしてきたファン達を全員振り切って今は二人きりになった。

禁じられた森の近くに来ると、やっとクラムは口を開いた。

 

「誰にも聞かれたくヴぁない。ヴぉく、君と話をしたかった」

 

ビクトール・クラム。クィディッチの世界的スター選手で、対抗試合のトップを走る男だ。

そんな彼が、俺に何の用だというのか。黙ってクラムが話を切り出すのを待った。

クラムは普段から不愛想な表情を一層固くさせて、俺を見ながら話を切り出した。

 

「……知りたいのだ。君は、ハーミー・オウン・ニニーの、何なのだ?」

 

クラムからの質問には驚いた。

クリスマスパーティーにハーマイオニーと踊ったのは、俺ではない。クラムだ。

だというのに、クラムがこの質問を俺にするのはどういう訳なのか。

 

「……もし、パーティーの前に睨んだことを気にしてるのなら、謝るよ。本当に、悪気はなかった。ただ驚いただけだったんだ」

 

不愛想な表情のクラムへそう言葉をかける。しかし、クラムは俺の返事には満足しなかった。

 

「それヴぁ、君は彼女の何でもない、ということか?」

 

クラムは真っ直ぐに俺を見ながら、そう言った。

俺は何と言えばいいのか分からなかった。

クラムの質問の答えはきっと、「大事な友達」だ。お互いを大事にしている、友達だ。

そう言えば、クラムは満足なのだろうか? 

クラムの聞いているのはそういうことなのだろうか?

分からずに黙ってしまった俺を見て、クラムは一層表情を厳しくし、話を続けた。

 

「……ヴぉくは彼女を、ヴぉくの故郷へと誘う」

 

クラムの唐突の話に、俺はただただ驚いて黙って聞く事しかできなかった。

 

「第二の試合が終わったらすぐに。夏休みに来てくれと、誘う。……ヴぉくは本気だ。ヴぉくは、彼女にすごく惹かれている」

 

クラムの口調は、どこか挑戦的だった。俺を挑発するような、敵意に近い感情が込められていた。

俺は戸惑っていた。

クラムが俺に、敵対に近い感情を抱いていることに。そしてそんなクラムに、何故だか無性に腹が立っていることに。

自分でも、自分の感情がよく分からなかった。

クラムはそんな俺を無視するかのように、挑戦的な態度を崩さなかった。

 

「彼女にとって君が何でもないなら、問題はない。ヴぉくヴぁ彼女を誘う」

 

クラムはそう言い切ると、しばらく俺を睨みつけたまま動かなかった。

俺はクラムの視線を受けてしばらく動けなかった。

ただただ、戸惑っていた。

クラムがなぜ、俺を敵視するのか。そして俺はなぜ、腹が立っているのか。

クリスマスパーティーの時もそうだった。ハーマイオニーの横を我が物顔で立っているクラムに、怒りに似たどす黒い感情が湧いた。

自分でも分からない自分の感情に振り回されそうだった。

それはきっと、良い事ではない。

俺は深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせた。

 

「なんで、お前はそれを俺に宣言する? お前が何をするかなんて、俺には口出す権利はないだろ。……クリスマスパーティーの時の様に」

 

落ち着かせたつもりだったが、わずかに敵意が漏れていた。

クラムは一瞬、不可解そうな表情をした。それから、唸るようにしながら返事をした。

 

「……確認したかったのだ。君と彼女が、何でもないと」

 

クラムの目は真っ直ぐだった。

どこか怒っているようにも見えるが、真っ直ぐに俺の方を見ていた。

 

「君ヴぁ彼女の、何でもない。でも君にとって彼女ヴぁ、そうじゃない」

 

クラムはそう断言した。

俺は何も言えなかった。何と言えばいいのか、依然と分からなかった。

クラムは黙ったままの俺に、更なる質問を投げかけた。

 

「ヴぉくは言った。彼女をどう思うか。だから聞きたい。君が彼女をどう思うか」

 

そう言われ、俺はハーマイオニーをどう思っているのか考え始めた。

クリスマスパーティーに誘いたかった。一緒にいて、楽しいのだ。力になれて、幸せだと思うのだ。そして昨年の出来事を経て、ハーマイオニーの事が自分の命よりも大事なのだと自覚をした。

 

「……ハーマイオニーの事、自分の命よりも大事だって、そう思ってる」

 

それは恥ずかしくて誰かに言う気はなく、誰にも知られたくないと思っていた感情だった。

だが、クラムは俺にハーマイオニーへの気持ちを正直に言ってきた。ハーマイオニーに惹かれていると、恥ずかしげもなく。

それを受けて、気が付けば俺も自分の気持ちを吐露していた。

クラムは俺の言葉に目を丸くした。呆気にとられたようだった。

そんなクラム見て、少し我に返った。説明が足りないと思ったのだ。

 

「……去年ハーマイオニーに何があったかは、聞いているか? 吸魂鬼の群れに襲われたっていう話だ」

 

クラムは呆気にとられた表情のまま、首を横に振った。

それを見て、俺は説明を続けた。

 

「去年、ハーマイオニーは吸魂鬼の群れに襲われたんだ。そしてあいつが吸魂鬼に襲われてる現場に、俺もいたんだ。ハーマイオニーが吸魂鬼の群れに襲われるのを見て、俺は助けに入った。……その時に思ったんだ。ハーマイオニーを見捨てたら、死ぬほど後悔するだろうなって。ハーマイオニーに嫌われるのは死ぬほど嫌だって、そう思った。だから、俺がハーマイオニーの事をどう思ってるかを考えたら、自分の命よりも大事だって、そんな答えになったんだ」

 

説明をすればするほど、俺はだんだん恥ずかしくなっていった。

俺は大して親しくもない、なんなら対抗試合の対戦相手に、ハーマイオニーの事が自分の命よりも大事だと説明をしている。

クラムも、俺の説明を受けて呆然とした表情で固まっている。

そんなクラムの表情を見て、やはり恥ずかしいと思った。俺がこの気持ちを正直に言った相手はルーピン先生だけだ。ブレーズにすらここまで正直には言わなかった。

クラムが黙ってしまったので、今度は俺が話を振った。

 

「俺は正直に言ったぞ、満足か? ……誰にも言うなよ? こんな事、誰にも言ったことはないしな」

 

クラムは俺の言葉を受けて、益々驚いた表情になった。それから、ポツリと呟いた。

 

「……彼女にも、言ヴぁないのか?」

 

「ハーマイオニーに? お前のことが命よりも大事だって? ……なんでそんなこと言うんだ?」

 

「なんで、言ヴぁない?」

 

クラムは純粋に困惑しているようだった。俺が何で自分の気持ちをハーマイオニーに言わないのか、本気で理解できないようだった。

そんなクラムの態度に、俺もまた困惑していた。

 

「なぜって、そりゃ……」

 

返事に言い淀んでしまった。

なぜハーマイオニーに、自分の命よりも大事に思っていると言わないのか。

そんなこと聞かれるとは思っていなかった。聞かれるまでもないと思っていた。

 

「恥ずかしいだろ、そんなこと言うの」

 

クラムは俺に、理解できないものを見るような目を向けた。

俺は俺で、クラムがなぜ理解できないのか分からなかった。

 

「いや、だってそうだろ? 急に、お前のことが自分の命よりも大事だって言われたら、そんなの困るだろ? 言われる方は困るし、言う方は恥ずかしい。いい事はないだろ?」

 

クラムは、気難しそうな表情でしばらく黙ったまま返事をしなかった。

俺は、クラムが何を考えているのかさっぱり分からなかった。

少ししてクラムは気難しい表情をしたまま、再び俺に向かって宣言をした。

 

「……ヴぉくが次もトップなら、彼女を誘う。ヴぉくが、トップなら」

 

「……そうか」

 

今更、何故俺に宣言をするのかなんて聞く気はなかった。聞いても、クラムは答えてくれないだろうと思ったからだ。

クラムは俺の反応も意に介さず、勝手に話を続けた。

 

「……トップなら誘う。トップじゃなけれヴぁ誘わない。ヴぉくの決めたこと。誰にも文句ヴぁ言わせない。だから、もしヴぉくを止めたければ、君がトップになれヴぁいい」

 

「……お前は何を言ってるんだ?」

 

「君が言ヴぁないことだ。君が言ヴぉうとしないことだ」

 

フンっと短く鼻を鳴らしクラムはそう言い切った。今度は俺が呆然とする番だった。

クラムは今や、やや呆れた表情だった。

 

「君ヴぁ、ヴぉくがハーミー・オウン・ニニーを誘うのは、面白くない。なのに、君ヴぁそれを認めない。……ヴぉく、文句を言ヴぁれたくない。だから、君に言う。僕が勝てヴぁ誘う、君が勝てヴぁ誘わない。それだけだ」

 

そう言うと、クラムは去って行った。

おいて行かれた俺は釈然としなかった。クラムが好き勝手に話をし、質問をし、宣言をして去って行った。そんな感じだった。

 

クラムはハーマイオニーを誘うにあたって、執拗に俺が納得することにこだわっていた。

考えるに、ハーマイオニーとクラムの間に俺の事で何かあったのだろう。

ハーマイオニーがクラムの前で俺を庇ったか、気にしていたか、そんなところだろうか。それをクラムが気にして、俺が文句を言わなければハーマイオニーがクラムの誘いを受けやすいとでも思っているのだろうか。

 

なんだか馬鹿らしい。

 

俺にはクラムの誘いにも、ハーマイオニーの決断にも、口を出す権利などない。

二人の意志で決めたことに、俺が口を出す権利などないのだ。それを俺はしっかりと承知しているし、そのことはしっかりとクラムに伝えたつもりだった。

俺はクラムの態度に呆れた。

 

だがもっと馬鹿らしいことに、俺は次の試合に勝ちたくなっていた。

 

クラムはハーマイオニーに惹かれていると宣言をし、何か分かったような顔で俺に止めて見ろと挑発した。

喧嘩を売られたようなものだ。

これまでドラコに煽られて怒るポッターに呆れ、ポッターに煽られてムキになるドラコを宥めることはよくあった。

今、二人の事を笑えない。

喧嘩を売られることが、こんなにも猛々しい気持ちになるとは思いもしなかった。

これで俺が試合に勝ったら、さぞ気分がいいだろう。

喧嘩を売られて、相手を打ち負かす。しかもその相手は世界的クィディッチ選手ときた。想像するとぞくぞくする。

今までで一番、試合に対して前向きになっていた。

 

 

 

 

 

クラムからの宣言を受けてから数日、試合の準備に取り掛かかりいくつかの魔法を見つけた。

手足に水かきをつける方法。ちょっとした変身魔法で可能であることを知った。これで多少は泳ぎが早くなるだろ。水かきがあるとないとでは、泳ぎの速さが二倍以上違った。手に多少の水かきをつける程度であれば、杖を握ることにも支障はない。

耳をよくする聴力強化の魔法も見つけた。泡頭呪文をつけながら水の中の音を拾えるか試してみたところ、成功だった。ただ水から出る前に魔法を解かなければ、普通の話声すら耳元で叫ばれているように感じる為、普段使いはできるような魔法ではなかった。

準備はできた。後は、本番にどれだけうまく動けるかという問題だと思った。

談話室で課題をするドラコ達にそう報告をすると、安心したようにした。

 

試験まで残すところ一週間ちょっととなった頃、泡頭呪文を完成させただけでなく湖の中の探索も進めることができた。

湖は広大なため、試合前に湖の中を回りきるのは不可能だ。しかし陸からそう離れていないところの地形を熟知するには十分な時間があった。

どこでスタートをしても、地の利は取れそうだ。

しかし、どれだけ用意をしても満足できなかった。少し息抜きをしようと思った時には決まってクラムの顔が思い浮かぶ。自慢げに顔でこちらをあざ笑うクラムを思い浮かべると、ジッとしていられなかった。

きっと、ドラコがポッターの事を考える時もこんな感情になるのだろう。

そう思うと、もう少しドラコに優しくしてやってもいいかもしれないと思い始めた。

 

根詰めた様子の俺を、親友達は度々心配してくれていた。

 

「試験まで一週間ちょっとだが、明日はホグズミード週末だ。……君、今年に入ってまだ一度もホグズミードに行っていないだろ? 明日くらいは、ホグズミードで息抜きをしようじゃないか!」

 

ドラコがそう俺をホグズミードへと誘った。しかし、俺はそれを断ることにした。

 

「悪いな、ドラコ。試合まであと少しなんだ。やれることは、全部やっときたいんだ」

 

ドラコは俺の返事に複雑な表情だった。

ドラコはホグズミードへ行きたいようだが、俺が試合の準備をしているのを放っていく気にはならないようだった。そんなドラコの様子に少し笑ってしまう。

 

「ホグズミードへ行ってこいよ、ドラコ。それに、試合の一週間後もホグズミード週末だろ? 試合が終わったら一緒に行こう」

 

俺がそう言うと、ドラコは複雑そうな表情を崩さなかったがホグズミードへは行く気になったようだった。ドラコは既にパンジーと約束しているのだろう。談話室の向こうでパンジーが楽し気にダフネに話しているのを、ドラコは少し気にしがちに目線を送っていた。

クリスマスパーティーから何か二人の間に進展があったのかもしれない。次のホグズミード週末の際に探りを入れてみるのも楽しいかもしれない。

そんな楽しみを見出しつつ、俺は次の試合の準備に意識を向けた。

 

 

 

 

 

ホグズミード週末、変わらず湖で試合の準備をし続けた。

泡頭呪文と耐寒呪文、簡単な変身呪文を自分にかける。水中を泳ぐのも随分と慣れた。一カ月弱も泳ぎっぱなしだから当然かもしれない。

水草や岩場をくぐり、湖の探索を続ける。試合用の障害や俺を殺そうとする奴が罠を仕掛けそうな場所を探りながら、速く泳ぐ練習もする。

水面へ急上昇をする呪文や、逆に水底へ素早く沈む魔法も用意できた。

暫く泳ぎ、耐寒の呪文が解けかけたので休憩の為に水面へ上がる。

水面へ上がり、準備していたタオルで体をふくと用意していた焚き木に火をつける。もう手慣れたものだ。

火に当たりながら楽な姿勢で休んでいると、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 

「やっと見つけた、ジン! 湖で泳いでるって言ってたけど、いっつも違う場所で泳いでるんだもん。見つけるのに苦労するよ」

 

アストリアだった。アストリアは嬉しそうに声を上げながら俺の方へ駆け寄ると、一緒に火にあたり始めた。今は二月中旬過ぎだがまだ冷える。俺を探して湖のほとりを歩き回っていたのなら、体はだいぶ冷えてしまっていただろう。

俺はアストリアが訪ねてきたことに驚きながら、少し嬉しく思い声をかけた。

 

「ああ、アストリア。また、応援に来てくれたのか?」

 

「そうだよ! 折角のホグズミード週末なのに、また試合の準備だって言って泳いでるって聞いたから」

 

アストリアは明るく笑いながら、袋を取り出した。中はチキンやサンドイッチと言った昼食に加えて、お菓子やケーキ、バタービールなどが詰まっていた。一人で食べきるにはあまりに多く、アストリアと二人でも食べきれるか分からない量だった。

少しばかり豪華な袋の中身に目を丸くする。アストリアはそんな俺の様子に可笑しそうに笑った。

 

「これね、ドラコがジンに持って行ってくれって用意してたの。でもね、全部ジンのじゃないよ。私のと、お姉ちゃんの分も入ってるんだ」

 

「ダフネの分?」

 

「そ、お姉ちゃん。後で来るよ。ドラコ達とホグズミードでお昼を食べてから。ねえ、私、お昼ご飯まだなんだ! 一緒に食べよ!」

 

そう言いながら、袋の中からチキンとサンドイッチ、バタービールを取り出して俺に渡した。

俺はそれを受け取り、アストリアと一緒にかぶりつく。アストリアは外でのランチを随分と楽しんでいるようだった。アストリアは焚火でサンドイッチとチーズをあぶり、トーストを作り始めた。最近読んだ冒険小説で主人公がやっていて、憧れたようだった。自分で作った、少し焦げたトーストを熱そうにしながら頬張るアストリアは見ていて楽しかった。

そんなアストリアに、少し探りを入れてみた。

 

「ダフネがこっちに来るってことは、パンジーとドラコはデートか? クリスマスパーティーで、二人の距離が縮まったんだな。アストリア、パンジーから何があったか聞いてるだろ? 俺にも教えてくれよ」

 

「教えないよ! クリスマスパーティーのことも口止めされてるの! パンジーもね、珍しく私とお姉ちゃん以外の誰にも言ってないから、本気で秘密にしたいんだと思うの!」

 

「と言うことは、何かはあったんだな。パンジーから口止めされるような事か……」

 

「あ、ずるいよ! そういう質問の仕方!」

 

拗ねて俺を叩くアストリアに声を上げて笑う。

 

「悪いな、アストリア。俺も気になって仕方ないんだ。……ブレーズから聞かれた時は気をつけろよ? あいつは俺より容赦がないからな」

 

「……分かった。でも、これ以上はジンも聞かないで」

 

「悪かったよ、アストリア。ハメるような質問をして。俺もこれ以上は聞かない」

 

完全に拗ねたアストリアに謝りながら、そう言って話を切り上げる。

去年にホグズミードに行って何もなかったと落ち込んだパンジーが、クリスマスパーティー以降に浮かれているのだ。きっと、何かいいことがあったのだろう。

今日、夜に談話室で直接聞いてみるのもいいだろう。

そんなことを考えて笑っていると、またアストリアが叩いてきた。

 

流石にこれ以上はまずいと思い、アストリアとは別の話を始めた。

最近のアストリアの同級生とのやり取りや、授業や課題の事。そして俺は湖の中の景色の事を説明してやった。試しにアストリアも泡頭呪文をつけて湖の中を泳ぐかどうか聞いてみると、思いのほか乗り気だった。

昼食を食べて一休みしたら、アストリアにも耐寒の呪文と泡頭呪文をかけて、一緒に水の中を潜る。アストリアは水の中を泳ぐのは初めてだったようだ。最初は水の中の感覚にじたばたしながら、水中なのに息ができることになれない様子だったが、直ぐに楽しみ始めた。水の中を泳ぐ魚や揺れている水草を眺めたり触ったりしながら笑っていた。

少しして、まだ名残惜し気なアストリアを水上へ引き上げる。水中は思っているよりも体力を奪う。初めての水中で泳ぎすぎると、陸上で立ち上がる体力がなくなるのだ。

アストリアを水上へ引き上げると、魔法で服を乾かしてやり、改めて焚火に当たる。アストリアは初めての水中に満足げだった。

俺達が水上へ上がってすぐ、ダフネがやってきた。アストリアの言った通り、昼ご飯をドラコ達と食べた後にこちらに来たのだろう。ダフネは俺とアストリアが水中から上がった様子なのを見て心底驚いていた。

 

「……あなた、まさかアストリアを湖にいれたの?」

 

驚いたダフネの質問にはアストリアが返事をした。

 

「うん! 泡頭呪文をかけてくれたんだ! あと、耐寒の呪文もだっけ? とっても楽しかったよ!」

 

「でもアストリア、あなた、泳いだことないでしょう?」

 

「ジンが教えてくれたから大丈夫だよ! 水の中で息もできるし、溺れる事なんてなかった!」

 

アストリアの明るい返事に、ダフネは戸惑いながら何も言いはしなかった。それでもアストリアを心配しているのが分かったので、安心させるように声をかけた。

 

「俺は何度も泳いでるから危険がないのは分かってた。大丈夫だよ、少しでも危険だったらアストリアを湖になんていれはしないさ」

 

そう言うが、ダフネは少し複雑そうな表情だった。難しそうな顔をして、焚火に当たり始めた。

俺とアストリアは顔を見合わせた。ダフネが心配そうにしているだけでないのはなんとなく分かったが、俺もアストリアも複雑そうな表情でいる理由は分からなかったのだ。

アストリアはダフネに恐る恐る声をかけた。

 

「お姉ちゃん、私がもぐりたいって言ったからジンは魔法をかけてくれたの。本当に楽しかったんだ。……危険なんて、本当になかったよ」

 

ダフネはアストリアに声をかけられて我に返ったようだ。ダフネは曖昧に微笑みながら話始めた。

 

「あなたが泳げるのが、ちょっと驚いただけ。……ほら、私も泳げないから。その脇に置いてある袋には、いつもの様にお菓子が入ってるの? 泳いで疲れたでしょう? 良かったら、今から食べない?」

 

ダフネが複雑そうな表情を止めて笑ったのを見て、アストリアは安心したように笑い嬉しそうに袋の中からバタービールとお菓子を取り出した。

暫くは三人で話しながらお菓子を食べて過ごした。

ダフネの話によると、ホグズミードでは予想通りパンジーとドラコがデートしているとのことだ。そしてブレーズはなんとボーバトンの女子生徒に誘われて途中で消えていったのだという。ボーバトンの女子生徒が言っていたこと全ては聞き取れなかったが、クリスマスパーティーのダンスが素敵だったとブレーズを褒めていたのだという。

ブレーズの情報にはアストリアも興味津々であった。談話室に戻ったらドラコとパンジーの事に加え、ブレーズのデートと聞きたいことがさらに増えた。

ダフネは手元にあるスコーンを食べ終えた後、俺に話を振ってきた。

 

「ジン、一週間後の試合の準備はどう? 足りないことや必要な物はあるかしら?」

 

「そうだな……。まあ、あらかた準備は終わってはいる。後は本番も動けるように、湖の中の事をよく知ることくらいかな」

 

「そう……。順調で何よりだわ。アストリアはどう? 一緒に泳いだんでしょう? 何か、ジンが気付かないようなことはあった?」

 

ダフネはそうアストリアに話を振った。アストリアはキョトンとした表情になったが、少し考えてから快活に言い切った。

 

「泡頭呪文があれば、私でも泳げたから大丈夫だよ! 気づけたことかぁ……。やっぱり、水の中って動きにくいよね。箒で飛んだ方が早くて正確だなって思ったよ」

 

「それじゃあ本末転倒ね」

 

アストリアの返事にダフネはクスクスと笑いながらそう言った。

俺もアストリアの返事に少し笑って湖の方に目線をやった。そして思った。

 

「……アストリア、それ悪くないな」

 

「え?」

 

「水に入らず飛ぶっていうのは気に入った。使える案だよ、それ」

 

呆気にとられた二人を見ながら、俺は笑った。

第二試合の準備にもう一つ用意したいことができたのだ。またしてもアストリアのヒントで。

俺は、次のホグズミード週末にはアストリアに大量のお土産を買うことに決めた。

 

 

 

 

 

第二試合の最後の準備が終われば、直ぐに試合当日になった。

第一試合の時ほど緊張はしなかったが、食欲が湧かないくらいの緊張は引き続きあった。

無理やりサンドイッチを流し込むと、直ぐに第二試合会場へと向かう。会場は、予想通り湖に設置されていた。

湖の周りに設置されるスタンドを眺めながら、選手控室へと入る。

控室には、クラムとバグマンがいた。バグマンは困った様子で、クラムは何やら憤慨した様子で席に座っていた。

クラムが何をそんなに怒っているのか。不思議に思っていると、バグマンが俺の方を向いて声をかけてきた。

 

「ああ、君か! ……君は、金の卵の謎を解いて何をするべきか分かっているね?」

 

「……ええ、準備はできています」

 

質問に答えると、バグマンは頷きながら話を続けた。

 

「よろしい。では、君が取り戻すべき大事なものについて説明をしよう」

 

そう言えば、試合の内容は一時間以内に大事なものを取り返すという内容だった。

あらかじめ取り返すものを教えてくれるというのは、予想外の親切だった。

少し面食らってバグマンの話の続きを待つ。

 

「君が取り戻すべき大事なものは、ダフネ・グリーングラス嬢だ。……気を付けたまえ? 一時間過ぎたら、二度と会えなくなると思って取り組んでくれよ」

 

対抗試合というのは、つくづく俺の癇に障るものだ。

反射で手を握りしめ、そう思った。

 

 

 

 


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