クリスマスパーティーが終わると、悩み事が二つなくなった。
ダンスパーティーも無事にこなし、ダフネを喜ばせろという件も水に流して貰えた。
ダンス中にポケットに忍ばせたサプライズが効いたようだった。
そして後は金の卵の謎を解くだけだったが、それもすぐに解決した。
応援しに来たアストリアが、不慮の事故でヒントをくれた。
アストリアは、パンジーがドラコにしか渡さないと言った飲み物とタオルを俺に差し入れるつもりで森に来た。
そんなアストリアに、少し驚かせるつもりで金の卵を開かせてみた。
水筒片手にアストリアは好奇心を隠せずにワクワクとした表情で金の卵を開いた。
そして叫び声を聞いて、驚いて水筒の中身を卵にぶちまけた。
すると驚いたことに、水筒の中身が金の卵にかかっていた少しの間の事だが、叫び声がなくなった。
それがヒントになった。
金の卵を水に沈めると、叫び声がしなくなった。そして、その水の中に顔を突っ込むと歌が聞こえるのだ。
『探しにおいで 声を頼りに
地上じゃ歌は 歌えない
探しながらも 考えよう
われらが捕らえし 大切なもの
探す時間は 一時間
取り返すべし 大切なもの
一時間のその後は もはや望みはあり得ない
遅すぎたなら そのものは もはや二度とは戻らない』
金の卵の謎はこれだと確信した。
この歌の意味を読み解いて準備をすれば、第二試合を乗り越えられる。
俺は嬉しさのあまり、アストリアを抱きしめて大笑いした。
アストリアは金の卵で驚かされたことで拗ねていたが、俺があまりに喜ぶので拗ねるのを止めて一緒に喜んでくれた。
金の卵の歌の意味を考え、第二試合は水中で水中人の声を頼りに宝探しでもすることになるのだということが予想できた。一時間という時間制限付きで、だ。
試合会場が水中となると場所は限られている。間違いなくホグワーツのそばの湖で行われる。
それが分かれば、十分準備ができそうだった。
少なくとも、前情報なしにドラゴンの目の前に立たされることと比べればはるかに簡単であった。
金の卵の謎が解けた日は、直ぐに謎解きを切り上げてアストリアと共にスリザリンの談話室へ戻った。そしてアストリアのお陰で謎が解けたことをドラコ達に報告し、全員でアストリアをもてはやした。
アストリアは、俺達全員が自分を大げさに可愛がるので少し恥ずかしそうに怒った表情を作ったが、なんだかんだ楽しそうに受け入れていた。
次の日からは、金の卵から離れて図書館へと入りびたるようになった。
水の中で呼吸をする方法や、素早く移動する方法、湖にいるであろう障害物に対する対抗策など、考えることは山ほどあった。
特に水の中で呼吸をする方法は難航しそうだった。魔法使いの多くが水の中で活動する事は好ましいと考えておらず、水の中に引きずり込まれないようにする方法を書いた本の方が圧倒的に多かったからだ。少しばかりマイナーな本にも手を出す必要が出てきた。
ドラコ達も水の中で呼吸をする方法を一緒に探してくれていた。
代表選手は一人で試合の課題に取り組まなくてはならないが、俺が試合で命を狙われていると話してからはそんなもの関係なしに堂々と手伝うようになった。
もし先生に何かを言われても、夏休みに海に行きたくて、などと適当なことを言って誤魔化すとのことだ。
もっとも、先生達もドラコ達の協力は黙認をしているようだ。
図書館近くでばったりと会ったマクゴナガル先生は、パンジーが大きな声で水の中で息をする方法なんて分からないと言ったのを確かに聞いたのに、何も言わなかった。
余談だが、マクゴナガル先生は昨年末からパンジーのお気に入りの先生の一人になった。廊下ですれ違う時、パンジーは笑顔で手を振る時もある。
しかし、この時ばかりはパンジーは怯えたようにマクゴナガル先生を見たが、マクゴナガル先生がパンジーに小さく微笑むのを見て、直ぐに満面の笑顔になった。
パンジーはマクゴナガル先生を粋な先生だと言う。
俺はパンジーを単純な奴だと思った。
変身術の宿題が多い時は鬼教師と罵っているのを知っているからだ。
金の卵の謎が解けてからほどなくして、ドラコが水の中で息をする方法を見つけ出した。
泡頭呪文。頭をシャボン玉の様な泡で包み、数時間息ができるようにする呪文だ。習得も簡単で、クリスマス休暇が終わる頃には二時間以上の呼吸ができる泡頭呪文に成功した。
俺は感謝を込めてドラコの肩を叩き、次のホグズミード週末で何か奢ることを約束した。ドラコは得意げに笑い、よほど良い物を奢らないと割に合わないと言って俺を煽った。
対抗試合の準備は凄く順調に進んでいた。
クリスマス休暇が明けて、対抗試合の準備とは別に気になることができた。
日刊預言者新聞である。
今までポッターの活躍や生い立ちなどを面白可笑しく書き綴っていたが、唐突に標的が変わった。
ハグリッドが半巨人であることを大々的に取り上げ、教職に就くことを問題視する記事が書かれていたのだ。ハグリッドの尻尾爆発スクリュートを使った授業内容への批判も書かれており、この記事は一部の生徒達に賛同と衝撃を与えた。
この記事を受けてハグリッドは休職し、グラブリー・プランク先生が代理として授業を行った。それにより、多くの生徒が喜びの声を上げた。授業内容が、実践的な内容から試験的な内容になったからだ。
ドラコもその一人だった。
「まさか、あの森番が半巨人だったなんてね。狼人間の次は半巨人ときたか……。ホグワーツの教師が人外で埋め尽くされるのは時間の問題じゃないか?」
ドラコは可笑しそうに笑いながらそう言った。
ドラコの言う狼人間も、半巨人も、俺にとっては尊敬と親しみを持っている人物だった。
この点においてはドラコとは意見が合うことはなかった。
しかし、直接的に対立をするつもりはなかった。
ドラコに悪気はなく、狼人間と巨人が魔法界にとって恐怖の対象であることは承知していたからだ。
だからハグリッドの事については詳しく議論するつもりはなく、別の気になる点を切り出した。
「……俺は、どうやってこの情報をリーター・スキーターが手に入れたのか気になる。こいつは確かホグワーツの出入りを禁止されていたはずだ。だというのに、これだけ緻密な内容の取材に、生徒の声まで書かれている。特に生徒の授業の様子なんて現場にいなきゃ知り得ない情報だ。……こいつ、何らかの方法でホグワーツに侵入してないか?」
部外者がホグワーツに侵入している。それは今の俺にとって看過できる出来事ではなかった。
そして俺は昨年の事を思い出していた。シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー。二人の魔法使いが、随分と特殊な方法ではあるが、ホグワーツを自由に出入りできていたのだ。
俺の勘繰りに対し、パンジーは気にしすぎだという態度だった。
「別に、この記事の内容なんてちょっと生徒に聞き込みをすればすぐに書けるじゃない。ただ面白くするために、あたかも見ましたみたいな書き方してるだけでしょ。私も、リーターに取材されたことあるし。ホグズミードでちょっとばかしお茶をしながら。ケーキも奢ってくれたし、ユーモアもあって、そんな悪い人じゃなかったわよ」
「……お前かよ、ハグリッドの授業を酷評したのは」
やや呆れ顔でそうパンジーに言う。パンジーは俺の反応が気に入らなかったようだ。
「何よ、事実を言っただけじゃない! ……でも取材を受けたのは随分前なのに、今更この話が記事になるなんてね。森番が半巨人だって特ダネをなんでわざわざ寝かせてたのかは、私も分かんないわ」
パンジーへの非難はそれ以上せず、話を打ち切った。ハグリッドの授業内容で痛い目を見たのは事実だと、俺も知っているからだ。
結局スキーターの情報収集の方法も曖昧なまま、話はいつもの他愛ない雑談へと変わった。
気になることは解決しなかったが、俺は雑談もそこそこにして湖のほとりへと向かった。
泡頭呪文を使って、本格的に水中を動く練習のためだ。
今日は付き添いとしてダフネとパンジーがいた。二人が暇だったのもそうだが、全員で見つけ出した魔法の成果を見てみたいという気持ちもあるようだった。
ダフネは水から上がったら寒いだろうからと焚火をしてくれた。パンジーはその焚火でマシュマロを焼いていた。パンジーは完全に物見遊山だ。
俺は服を脱いで泳げる格好になると、練習した通りに泡頭呪文を完成させ、ついでに耐寒の魔法を全身にかけて湖へと飛び込んだ。
泡頭呪文は、水の中で息をするには最適の魔法であった。
しかし同時に、問題もいくつか分かった。
一つは、泡頭呪文の強度の問題。何もしなければ崩れることはないが、簡単な切り裂き呪文をうけたり、勢いよく岩にぶつかったりするとシャボン玉が弾けるようにして壊れてしまう。
一つは、やはり泳ぎを強化する手段が必要であるということ。水の中は陸上と比べてはるかに動きにくく、体力も奪う。一時間も水中を自力で泳ぎ続けるのは至難の業であった。
そして最後の一つは、泡頭呪文の所為で水中の音がかなり聞こえにくいということだ。これでは、探し物の場所を示す水中人の声が聞こえない。聴力の強化か、少しの間だけ泡頭呪文を頭から外す手段が必要だった。
実際に泳いでみて分かることも多かった。そして長い時間を凍るような水中で過ごしたからか、体が上手く動かなくなっていた。耐寒の魔法も解け始めているようだった。
俺は急いで水面へ上がり、ダフネとパンジーの元へと戻ろうとした。
陸に上がり、疲れた体を引きずるようにして焚火の方に行くと、人が増えていた。
ダフネとパンジーだけでなく、ムーディ先生がいたのだ。
ムーディ先生は焚火に当たりながら俺を待っているようで、同じく焚火に当たっているダフネとパンジーは酷く気まずそうにしていた。二人は黙って俯きながら、マシュマロを齧り続けていた。
ムーディ先生は俺が陸に上がったのを見ながら、唸るように話始めた。
「するとお前は、見事に金の卵の謎を解いたわけだ。そして次の試合の準備も順調と見える。……良い友人を持ったな、ええ? 護衛、手伝い、そして観光か。よほど親しくなくては受け持たんだろうに」
魔法の義眼でダフネとパンジーの方を見ながら、ムーディ先生はそう言った。
ムーディ先生はダフネとパンジーの手伝いを咎める気もないようだった。それに安心した。
俺は服を着て焚火に当たり凍えた体を温めながら、ムーディ先生へ返事をした。
「ええ、自慢の友人です。まだまだ課題は残ってますが、まあ、準備は順調ですよ。……今日は何をしにここへ? 俺に何か用でしょうか?」
俺の返事を聞いて、ムーディ先生はクツクツと笑った。
「お前が気になっただけだ。少し前までは、警戒もせずに一人で森におっただろう。……ああ、わしは見ておった。こんな状況でお前を一人にする者など、おりはせん。ポッターも同様だ。お前達は、お前達が思っている以上に守られている」
俺が陰で先生方から守られていた。そのことに驚きはしたが、納得もした。マクゴナガル先生が常に俺の居場所を把握していたのも、無関係ではあるまい。
それよりも驚いたのは、ムーディ先生が俺と雑談をするために顔を出したことだった。
ムーディ先生は魔法の義眼を周囲にくるくると向けながら、話を続けた。
「わしはお前に興味がある。個人的にな。……代表選手になったからだけではない。お前の境遇や、能力も、非常に興味がそそられる。試させてもらいたい。お前がどれほどの者なのか」
ムーディ先生は獰猛な笑みを浮かべていた。
俺も杖を持ち直して身構え、ムーディー先生を警戒した。
ムーディ先生はそんな俺を見て嬉しそうにした。
「いいぞ、その気骨。お前を殺そうとする者は、随分と手こずるだろう。だが今日は杖を使わない。話がしたいだけだ」
杖を使わない、という言葉を聞いてダフネとパンジーが安心したように胸をなでおろすのが見えた。
俺は少し迷ってから杖を下した。疲れた体で杖を使う事態を迎えるのは、本意ではない。
俺が杖を下すのを確認してから、ムーディ先生は本題に入った。
「さて、わしは言ったな。お前とポッターは命が狙われていると。その為に、代表選手に選ばれるように誰かが細工をしたと。お前は、どう考える? 自分が代表選手に選ばれた理由と、一体誰がそんなことをしたのか。そして、この先の危険にどう立ち向かう?」
ムーディ先生の質問は随分と大雑把なものであった。事実を追求するのではなく、言っていた通り、俺がどこまで考えているのかを試したいだけなのだろう。
俺は少し黙って考えをまとめてから口を開いた。
「まず、俺が代表選手に選ばれた理由。先生と同じです。誰かが俺とポッターを事故に見せかけて殺したかった。……代表選手に選ばれれば、魔法的契約で試合に出ざるを得ない。試合の内容によっては、ちょっとした細工で簡単に殺せる。第一試合では、俺は危うくそうなりかけました。……死ななかったのは、運がよかったのだと思っています。または、試合形式が理由かもしれない。……俺が先に死んでポッターの試合が中止になれば、俺は殺せてもポッターは殺せなくなる。それはちょっと、犯人としても避けたい事態でしょうね。ポッターより俺を殺したい人間なんて、早々いるとは思えない」
ムーディ先生は黙って俺の話を聞いていた。
俺は話を続けた。
「次に、誰がそれを行ったのか。……正直、明らかな動機を持っている人が見当たらない。だから手段から逆算するしかない。殺害の方法として代表選手の選抜を選ぶ可能性が高い、または選ばざるを得ない人達。ダンブルドア先生を除いた、対抗試合の審査員。マダム・マクシーム、カルカロフ校長、クラウチ氏、バグマン氏。この四名が有力どころ。ホグワーツの出入りができて、かつ、対抗試合に細工がしやすい人達です。……この四名の中から更に絞るのであれば、一番の有力候補はカルカロフ校長でしょうね。俺はあの人が死喰い人だったという話を、たまたま知っているので」
カルカロフ校長が元死喰い人。俺がそう言うと、ダフネとパンジーの方から小さな悲鳴が上がった。ムーディ先生は特に反応はしなかった。
「審査員四名の次に有力な候補は、魔法省の誰か。……これでは幅広いので、もう少し詳しく言うと、国際魔法協力部と魔法ゲーム・スポーツ部の誰かで、特に地位の高い人。対抗試合のことを事前に知って、運営に関与できるのはこの二つの部署だと聞いています。そして、ある程度の地位にいないと対抗試合を殺害方法として成り立たせられない。炎のゴブレットに錯乱呪文をかけ、試合に細工をする。一介の役員程度では、そのどちらかを実行するのも現実的じゃない。だから、ある程度の地位が必要だ。少なくとも、人事決定権を持つ程度の。……まあ、そうなると、やっぱり有力なのはクラウチ氏かバグマン氏になってしまいますがね。……そして大穴は、全く関係ない外部の人間、侵入者」
犯人の候補として外部の侵入者を上げた時、初めてムーディ先生が反応した。
体をピクリと動かし、義眼が俺を捉えた。
「侵入者……。お前は誰かがホグワーツに潜り込んで、わざわざこんな大掛かりなことをしていると考えるのか?」
「可能性の話です。気になることがありました。……日刊預言者新聞のリーター・スキーターの記事。内容があまりに詳細で、まるで現場を見てきたかのような印象を受けました。スキーターがホグワーツに侵入する手段を持っている可能性があります。そして、もしそれが本当の話なら、誰もがホグワーツに護りの魔法を潜り抜けて侵入する手段を持っていることになる。……看過できる話じゃない」
ムーディ先生は唸るようにしたが、それ以上口は挟まなかった。
俺は自分の話を再開させた。
「誰が犯人なのか……。この手の話は、手段と同じくらい動機が重要だと思っています。しかし動機が分からない以上、犯行が実行可能な人間を犯人として考える他ない。そしてホグワーツへの侵入経路が存在する限り、実行可能な人間は数えきれない。……だからお手上げです。犯人は絞れない」
両手を挙げて、お手上げのポーズをとる。ムーディ先生の表情は読み取れなかった。顔が傷だらけの所為で、細かい表情の変化が分からないのだ。
「最後に、今後の危険にどう立ち向かうか。犯人の目的が、俺とポッターの試合中の事故死に見せかけた殺害なら、話は単純。……何が何でも、試合を勝ち抜く。試合への準備を万全にして、自分の身を守る。……こう言うと、他の代表選手とやる事は変わらないんですけどね。ただ、俺の目的は生き延びる事です。そこが普通の代表選手と決定的に違う。手段を選ばない。……最近、自分の取れる手段が増えました。頼れる友人がいる事に気付いたんです。幸せ者ですよ、俺は」
そう言って、ダフネとパンジーに目をやる。二人は緊張からか、カチコチに固まっていた。思わず、少し笑ってしまう。
「手段を選ばないっていうのは、人に頼るというのもそうですが、それだけじゃない。卑怯な手でも、聞こえの悪い事でも、生き延びるならなんだってする。優勝を人に譲ってもいい。それが犯人の思惑から逃れることになるのなら。……俺からは以上です。満足いただけましたか?」
俺が話しきっても、ムーディ先生はしばらく動かなかった。無言で焚火を見つめていた。もっとも、義眼はせわしなく周囲を窺っていたが。
パンジーが無言の空間に耐えきれずそわそわと体を動かし始めたところで、やっとムーディ先生が口を開いた。
「面白い。よく考えている。お前が持ち得た情報から、最大限の推測をしたと言ってもいい。……ここでお前に、新しい情報をやろう。それを受けて、お前がどう考えるかを知りたい」
「……何でしょうか?」
「今、ホグワーツにいる元死喰い人はカルカロフだけではない。セブルス・スネイプ。奴も元死喰い人だ。……さあ、お前はどう考える?」
一瞬、頭が真っ白になった。スネイプ先生が元死喰い人。衝撃的だった。
冷静になった俺の頭の中では、信じたくないという気持ちと納得の気持ちが同じくらい大きさで存在した。
スネイプ先生は、愛想は良くないが、俺の目から悪人には到底見えなかった。スリザリン贔屓なスネイプ先生に、日頃から優遇されていることもあるだろう。俺には、スネイプ先生が死喰い人として活動をする人とは思えなかった。
だがポッターが絡むと、話が変わる。スネイプ先生がポッターをとびきり憎んでいることは周知の事実だが、その理由は謎のままだ。もしスネイプ先生が元死喰い人であるならば、その謎が解けたと言ってもいい。死喰い人にとってポッターは、主君の仇なのだから。
俺は急速に口の中が乾いていった。そして口の中がカラカラになってから、話を始めた。
「もし、スネイプ先生が元死喰い人だというのなら、犯人の有力候補にスネイプ先生も加わります。ただ、それだけです」
「ほう、それだけか?」
俺の言葉に、ムーディ先生は挑戦的に言葉を投げかけた。
それを受けて怯む。それから、わずかな反抗心を込めて言葉を返した。
「スネイプ先生には、俺を殺す理由がないはずです。他の人と同様に。だから有力候補にはなりますが、カルカロフ校長よりも怪しい理由にはならない」
ムーディ先生は歯をむき出しにした。物凄い獰猛な表情であったが、ムーディ先生なりの笑顔であるのが分かった。
「まだまだ青臭いな、エトウ。お前が狙われているからこそ、スネイプが怪しいのだ。お前がポッターと一緒に命を狙われる理由はなんだ? 切っ掛けは何だったと考える? わしが思うに、最も考えられるのは、お前が二年生の時のことだ。お前が二年生の時に何をしたか、それを詳しく知っているのはカルカロフではなくスネイプだ。……下らん感情で視界を濁すな。お前の命を狙う理由が最もある人間は、セブルス・スネイプだ」
俺は黙ってしまった。反論をしたかったが、できなかった。
どんなに考えても、スネイプ先生が元死喰い人であるのなら、現時点で最も怪しいカルカロフよりも有力な犯人候補であるのは否定できなかった。
一方で、ムーディ先生は大層満足した様子だった。
重い腰を上げ、義足を鳴らしながら焚火から離れはじめた。ダフネとパンジーはやっと緊張から解放され、大きく息を吐いた。が、直ぐにムーディ先生が顔を振り返えらせたので二人は体を固くさせた。
ムーディ先生は顔だけ振り返って俺に声をかけた。
「エトウ、お前は手段を選ばないと言ったが、わしからすればまだまだ甘い。お前は十分、手段を選んでいる。スネイプを疑いたくないと思い、事実から目をそらしたように、見ないようにしている手段がまだまだある。……だが、お前はそのままの方がいいだろう。それがお前の弱さでもあり、強さでもある」
ムーディ先生は上機嫌だった。どこか楽し気な口調だった。
「そんなお前に一つ、一般的なアドバイスをやろう。自分の強みを生かす試合をしろ。第一試合の前に、ポッターにもしたアドバイスだ。……深く考えるな。老骨の戯言だと、聞き流しても構わない」
ムーディ先生はクツクツと笑いながら、そう言った。俺は呆然とその言葉を受け取るしかなかった。
そしてムーディ先生は思い出したかのように呟いた。
「ああ、そうだ。ポッターと言えば、あ奴は随分と出遅れているようだ。金の卵の謎を未だに解けていない。代表選手の中で、ただ一人な。お前にとっては好都合か? ポッターが死ねば、試合が中止になるかもしれんからな。……手段を選ばんというのは、こういうことだ」
ムーディ先生は去り際になって、俺に大量の爆弾を投下した。
俺がムーディ先生の言葉の全てを受け入れる頃には、ムーディ先生はもう湖からいなくなっていた。
ムーディ先生がいなくなって、ホッとしたのはダフネとパンジーだ。
ムーディ先生が確実に見えないところに行ったのを確認してから、パンジーは俺に八つ当たりの様に噛みついた。
「あんた、マッドアイに随分と気に入られてるわね。こんなことになるなら、来るんじゃなかった。……ああ、本当に最悪! 生きた心地がしなかった! あんたが言ってることも、ほとんど意味わかんなかったし!」
パンジーは頭を掻きむしりながらそう言った。
一方でダフネは、青い顔をしていた。
「……ねえ、ジン。私、その、あなたが巻き込まれた事、甘く考えていたわ。……カルカロフ校長のこと、スネイプ先生のこと、本当なの?」
ダフネは俺とムーディ先生の話の内容が、ある程度は分かったようだった。
荒れている二人を見て、俺はため息をつきながら、落ち着かせるように話した。
「……ああ、カルカロフ校長が元死喰い人っていうのは事実だし、スネイプ先生も元死喰い人っていうのは本当だろうな。でも、俺が話したことは全部推測だ。違う可能性もある。……心配するなよ。やる事は変わらない。それに、良いことも聞けたろ? 俺は俺が思っているよりも守られている。今も、誰かが見張っていてくれているんだろ」
そう言いながら、俺も俺で戸惑いはあった。
ムーディ先生が去り際に言った言葉。聞こえようによっては、こう聞こえる。
俺の才能である、闇の魔術を行使しろ。
勿論、ムーディ先生は一言もそんなことを言っていない。
話をよく聞けば、むしろ引き留めている。
俺が無意識に闇の魔術を自分の取れる手段から外しているのを指摘して、そのままがいい、それが俺の弱みでもあり強みでもあると言った。
要は、俺の視野を広げようと言っただけの言葉だ。最後に本人も言っていたが、聞き流していいアドバイスのつもりなのだ。
そして俺の視野を広げるついでに、選択をさせようというのだ。
ポッターの手助けをするかどうか。視野の広がった俺を試しているのだ。
ポッターが困っていることを知った上で何もしなければ、ポッターを見殺しにするのと同義だと言外に言っている。
ポッターを見殺しにして、自分が助かる確率を少しでも上げる。まさに、俺が見ないようにしてきた手段のいい例だ。
ムーディ先生は意地悪な人だと思う。
あの人は、俺がポッターを助けることを確信している。闇の魔術を使うつもりがないことも、確信している。
ただ俺を試しただけだろう。それも、個人的な興味でだ。
大きくため息をついて、未だ不安そうなダフネと、マシュマロをやけ食いするパンジーと共にホグワーツへと戻ることにした。
全て順調だという晴れ晴れとした気持ちをぶち壊したムーディ先生を、少し恨んだ。