日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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二転三転、そして躍る

膝から崩れ落ちたブレーズはしばらくそのまま動かなかった。

どうしたものかと首をかしげていると、ブレーズは深いため息とともに起き上がると、疲れた表情で話を始めた。

 

「……なあ、ジン。もう直球で言うわ。ラブグッドは断って、ダフネ誘ってこい。それでもう、万々歳だからよ」

 

「……なんでそうなるんだ?」

 

起き上がったブレーズの言葉は、あまり理解ができなかった。ブレーズの言う内容では、了承をもらったルーナを断って、クリスマスパーティーを楽しみだと言っていたダフネを誘う。二人同時に迷惑をかける行為に思えた。

ブレーズは疲れた表情のまま、こめかみ辺りに手をやりながら話を続けた。

 

「……お前が納得する理由をくれてやる。お前、ダンスはできんのか?」

 

「……いや、全くだな」

 

「だろ? で、ラブグッドもあんな感じだ。ダンスはそう上手くないだろ。代表選手で最初に大勢の前で踊るんだろ? 片方は踊れる奴じゃないと格好がつかねぇよ。そんで、また中傷の的だ。お前はいいかもしれないが、ラブグッドまでいらない中傷を受けるぞ?」

 

ブレーズの言葉に、はっとさせられた。ルーナが中傷の的になる誘いは、流石にまずかったと反省した。考えなしで動きすぎた。

 

「その点、ダフネはダンスに慣れてる。お前が踊れなくても、リードできるだろうな。それから、ダフネを喜ばせろってやつ、あったろ? ……あれ、ダフネをダンスパーティーに誘って、お前の思う女が喜ぶ行動を全部すればそれでいい」

 

「……いや、流石に雑じゃないか? ダフネをダンスパーティーに付き合わせて、その上、これで贖罪の件もチャラって言うのは」

 

「いいんだよ、それで。俺から他の奴らにも言っとく。それでチャラだ。というか、別に本気で償えって訳じゃなかったしな。ひたすら謝るお前を、ちょっとからかってやろうって全員が思っただけだ。……あのまま何もしなかったら、お前はずっと謝ってたろ? ただ落としどころが欲しかっただけだ。お前が真面目に考えすぎるから、俺達も悪ノリが過ぎた。これ以上は逆に面倒になりそうだから、もうこれで終わり」

 

ブレーズから呆れたように告げられる。

一応、ブレーズの話にも納得はいった。俺がダンスパーティーにダフネを誘って、ダフネを喜ばせようと頑張る。そうすることで、他の奴らも含めて贖罪だなんだと言っていたのはチャラになると。

 

「どうだ? ラブグッドを断って、ダフネを誘うのにメリットしかないだろ?」

 

ブレーズの提案は確かに俺が納得のしやすいものであった。

ルーナが気にしないからと言っても、わざわざ中傷されるような事に誘うのは軽率だったという反省があった。そして親友達が作った落としどころに大人しく収まることで、代表選手になってからのすれ違いはお互いに水に流せるということも理解した。

しかし、ブレーズの案にも問題があった。

 

「……しかし、それだとルーナがクリスマスパーティーに行けなくなる。元々帰る予定だったあいつを、わざわざ引き留めたんだ。今更、誘いを無しにするのは無理だ」

 

「誘いがなくなれば、わざわざ笑われに行く必要もない。ラブグッドもホッとするんじゃねぇの?」

 

「……いや、ルーナはパーティーには興味があるって言ってた。パーティーを楽しみにしてるとも。誘いを無しにする方が、ルーナに悪い」

 

「けど、このまま出てもいらぬ中傷を受けるだけだろ? ……ラブグッドの事を思うなら、断ってやれって」

 

ブレーズが呆れたようにそう言う。

ブレーズに言われたことを考える。要は、俺と躍る時にルーナが笑われるようなことにならなければいいという話だ。それならば、何とかできるかもしれない。

 

「……ルーナが無駄に中傷を受けない様にすればいいんだろ? ……クリスマスパーティーまであと一週間ないが、何とかするよ」

 

「……何する気だ?」

 

「マクゴナガル先生に相談して、ダンスの練習をお願いする。ダンスパーティーのパートナーは決まったが俺も相手もダンスの心得がないって言えば、何とかしてくれるだろ。……あの人も、俺の事はなんだかんだ心配してくれてたしな」

 

森でマクゴナガル先生に声をかけられた時を思い出した。

代表選手としての責務を俺に課したのはマクゴナガル先生だ。そんな俺からのダンスパーティーに関する相談なら、快く乗ってくれるだろう。

 

「最低限、俺がものになればルーナも悪い様にはならないだろ。……全員の前で踊ることはルーナも了承してるし、パーティーに参加できる代わりって割り切ってるだろうしな。少し躍った後はダンスを止めてパーティーを楽しめばいいわけだ。そうするのが、一番丸く収まる」

 

俺の返答に、ブレーズはまた深くため息を吐いた。

 

「……で、ダフネを喜ばせる件はどうするんだ?」

 

「それは次のホグズミードで頑張るさ。……俺が女性を喜ばせようと、頑張ればいいんだろ? なにもクリスマスをそれで潰す必要はない。ダフネもクリスマスは楽しみにしてたろ? 付き合わせるのは良くない」

 

俺としては、俺が最低限踊れるようになるのが全てを丸く収める方法だと思っていた。しかしブレーズは未だ難しい顔をしていた。まだ何か引っかかっているようだった。

それからブレーズは、確認するように俺に話しかけた。

 

「……なあ、お前はダフネを誘いたくないのか?」

 

「誘わずに済むならそれに越したことはないだろ?」

 

「なんでだよ」

 

「いや、なんでって……。俺のパートナーは貧乏くじ扱いだろ? 俺のパートナーになると、パーティーで俺以外のスリザリンと話すのは難しくなるし、大分からかわれるだろうな。そうなるとクリスマスパーティーを楽しめる状況じゃなくなる。……俺と躍るっていうのは、スリザリンじゃいい事ではないだろ」

 

ブレーズは突然、全て納得いったような表情になった。それから、すごく呆れた表情になった。

 

「お前、そんなことを気にしてダフネどころかアストリアにも声をかけなかったのか?」

 

「そんなことって……。ダフネも、クリスマスパーティーを楽しみだって言ってたからな。楽しませてやりたいだろ?」

 

「……だったらなおの事、ダフネを誘えよ。ダフネはお前と躍るのは嫌じゃないはずだ。それにあいつは、家絡みの付き合いは好きじゃないんだよ。お前が踊ってやれば、ダフネも面倒事を回避できる。お前から誘えば、ダフネも他の奴らを断る理由ができて助かるって話だ」

 

ブレーズから聞かされたことは、どこか心当たりがあった。二年生の時のハロウィンパーティー、抜け出した俺をダフネが追ってきた。家絡みの挨拶は疲れる、とも言っていた。

ブレーズにそう言われると、確かにダフネを誘うことが悪い事ではないように聞こえてくる。

 

「……なるほどな。また、俺の気にしすぎだっていうことか」

 

「そういうこと。だから、ダフネを誘って来いよ。それで丸く収まる」

 

「……だが、さっきも言ったがルーナをすでに誘ってて――」

 

しかし、ダフネを誘うことが悪い事ではないと分かっても、ルーナをすでに誘っていることに変わりはない。そのことを言おうとすると、ブレーズがとうとう叫びだした。

 

「分かったよ、分かったから! ルーニーも、クリスマスパーティーを楽しめればいいんだろ? 俺が、ルーニーと行ってやる! しっかりとあいつを楽しませてやるよ! それでいいだろ? お前は、ダフネを誘うんだよ!」

 

唖然とした。ブレーズがそこまでする理由が分からなかったのだ。

 

「……なあ、ブレーズ。それだとお前が楽しめなくなるだろ? なんでそこまでするんだよ」

 

「……このままじゃ、俺も楽しめねぇだけだ。こうなる方が、幾分かマシなんだよ」

 

ブレーズは達観したようにそう呟いた。

俺が知らないところで、何かあったのだろうか? 何が何でも、ブレーズは俺からダフネを誘わせようとしているようだった。

そう考えると、確かにブレーズが俺にしてくれたアドバイスの意味が急に納得できた。ブレーズは、俺がダフネを誘う様に誘導していたのだ。

 

「……わかったよ、ブレーズ。ちゃんと俺の意志でダフネを誘う。お前に言われたから、とかじゃなくて、俺が踊りたいからって理由でダフネを誘うよ」

 

そう言うと、ブレーズはやっと安心したように息を吐いた。少なくとも、ブレーズの想定する最悪の状況からは脱することができたようだった。

そんなブレーズに、疑問を投げかけた。

 

「……なあ、なんでお前がそこまでして俺とダフネを躍らせようとするんだ? 何かあったのか?」

 

「お前は察しが良いのか悪いのか、ほんとに分かんねぇな。……まあ、ダフネを誘えばわかる。お前の察しが良ければな」

 

ブレーズは投げやりにそう言った。答えてくれる気はない様だった。

何はともあれ、俺はダフネを誘わなくてはならなくなった。若干納得がいっていないところもあるが、一番意にそぐわないことをする羽目になったであろうブレーズが良しとしている以上、俺からは何も言えなかった。

今度はブレーズから俺に疑問を投げかけた。

 

「なあ、お前はラブグッドとは何があったんだ? 恩人だなんだって言って、随分とラブグッドの肩を持つじゃねぇか。お前、あいつと接点なんてあったのか?」

 

「……ついこの間、話す機会があったんだ。そこでルーナに言われたんだ。俺が、お前らの事を信じてないから本心を話せないでいるんだろって。……ルーナにそう言われたから、お前らに本心を話そうって思ったんだ。あいつのお陰で、俺は少し立ち直った。だから、俺はルーナに借りがあるんだ。……本人は、あまり自覚がないみたいだけど」

 

ルーナの事を少し話した。ブレーズは随分と驚いたようだった。

 

「ルーニーがそんなこと言ったのかよ……」

 

「そのルーニーって言うの、本人も嫌がってるからやめてくれ。少なくとも、本人の前では言うなよ」

 

「……へいへい。ああ、安心しろよ。お前がダフネを誘うなら、俺もちゃんとラブグッドを誘う。あいつを楽しませるってのも本気でやる。だから、クリスマスパーティーの途中にラブグッドのことを気にしたり、他の奴と躍ってるグレンジャーを気にしたりはするなよ? それ、ダンスを誘った相手に一番やっちゃいけないことだからな?」

 

「……お前のそういうところ、素直に尊敬してるよ。分かった。ルーナの心配はもうしない。俺も、ダフネを喜ばせるように全力を尽くすよ」

 

ブレーズは女性に対しての扱いは紳士的であった。そんなブレーズを信じることにした。そして、忠告にも大人しく従うことにした。少なくともクリスマスパーティーの間は、他の事を気にせずにしっかりとダフネと向き合うつもりでいる。

ブレーズはやっと、満足そうにした。

 

「なら、ラブグッドには俺から言っとく。……へんな律儀を起こすなよ? お前が今すぐにラブグッドに何か言う必要もない。ラブグッドを先に誘ったこと、絶対にダフネに知られるなよ?」

 

「……それは流石に分かってる。ダフネだって良い気にはならないし、最悪断られるだろうしな。……そうなると、お前も困るんだろ?」

 

「……まあ、上手くやってくれればなんでもいい。とにかく、ダフネを誘ってこい。俺はラブグッドの片をつけるから。……もう、今日は謎解きなんてできないだろ?」

 

ブレーズにそう言われ、俺は頷いた。金の卵の謎よりも、クリスマスパーティーにダフネを誘う方が優先すべきことだとはよく分かっていた。

俺は金の卵を拾うと、ブレーズと共にホグワーツに戻る。ブレーズはルーナを探しに、俺はダフネを探しに別々に行動をした。

 

 

 

ダフネはすぐに見つかった。スリザリンの談話室でパンジーと二人で談笑をしていた。できれば一人でいる時に誘いたかったが、そうは言ってもいられない。もうクリスマスパーティーまで一週間もないのだ。誘うのであれば、一刻も早く声をかけるべきだ。

俺は談笑する二人に近づき、ダフネに声をかけた。

 

「なあ、ダフネ。ちょっといいか?」

 

声をかけられたダフネは俺に気づき驚いたようだった。パンジーとの話を中断させ、俺に向き直った。話を遮られたパンジーは不満そうな顔をしていた。

 

「何かしら? 珍しいわね、貴方がこの時間に談話室にいるのは……。流石に今日は謎解きもお休み?」

 

「ああ、今日はそんな気分にもなれなくてな。……ダフネ、もしよければなんだが、クリスマスパーティー、俺と一緒に行ってくれないか?」

 

俺は、笑いながら話しかけるダフネに単刀直入で用件を切り出した。

ダフネは俺の誘いに驚きで目を丸くした。隣で聞いていたパンジーは、口をあんぐりと開けて呆気に取られていた。

少しして、ダフネが少し笑いながら俺に返事を返した。

 

「……それは、皆から私を喜ばせろって言われているから?」

 

ダフネは少し笑いながらもどこか試すような口調であった。俺は少し考えながら、返事を返した。

 

「……確かに、お前を喜ばせる約束はクリスマスパーティーで果たすつもりだ。クリスマスパーティーでは、お前を喜ばせるように努力するよ。でも誘った理由はそればっかりじゃない」

 

「それじゃあ、どういう理由?」

 

心を込めて相手と躍りたいと言う。ブレーズのアドバイスに従う為に、俺は俺がダフネと躍りたい理由をしっかりと考えていた。

 

「パートナーがお前なら、俺も少しはクリスマスパーティーが楽しくなる。……クリスマスパーティーは正直、気が進まない。ならせめて、踊る相手くらいは気心の知れた相手が良い。俺にとってそんな相手は、ダフネだけなんだ」

 

それは俺の本心だった。ダフネとなら気の進まないクリスマスパーティーも多少は楽しくなるだろうとも思っていたし、そんな相手が今ではダフネしか心当たりがないのもそうだ。

ダフネは俺の返事に少し考えるようにしてから、笑いながら返事をくれた。

 

「分かったわ。私、クリスマスパーティーは貴方と行くことにする」

 

「ダフネ、いいの? 今年の特別なクリスマスに、こいつと躍るだなんて!」

 

ダフネの返事に俺はホッとしたが、隣で聞いていたパンジーは驚きのあまり悲鳴に近い叫び声をあげた。

ダフネはそんなパンジーを可笑しそうに笑った。

 

「そう驚かないでよ、パンジー。私、まだパートナーを決めてなかったもの。ジンが誘ってくれて、ちょうどよかったのよ」

 

「でも、だって……。ダフネにはもっといい相手いるわよ……。もっとかっこよくて、気の利いた、スマートな人……。何人かダフネを誘ってた人いたじゃない」

 

パンジーはダフネが俺と躍るのは気に食わないようだった。パンジーにとって俺は、ダフネのパートナーには役不足らしい。

ダフネはそれを受けて益々可笑しそうに笑った。

 

「ね、パンジー。私が家絡みの関係が苦手なのは知ってるでしょう? クリスマスパーティーに誘ってくる人、殆どが私の事を名前と顔しか知らないのよ? 私、そんな人達よりジンがいいの」

 

そう言われ、パンジーは弱ったような表情で黙ってしまった。ダフネがいいと言っているので、強く言えないようだった。

代わりに、と言わんばかりに俺に強く迫った。

 

「いい? 絶対にダフネに恥をかかせちゃ駄目よ? ダフネがあんたと躍ってくれること、感謝しなさい!」

 

「……ああ、分かったよ、パンジー。……ダフネ、ありがとうな。一緒に行ってくれて、すごく助かる」

 

俺にきつく言いつけるパンジーに返事をしながら、ダフネにお礼を言う。

パンジーはまだ不満そうではあったが、ダフネが笑っているのでそれ以上は何も言わなかった。

俺は二人から離れて、自室へとまた戻った。曲がりなりにも人前で女性をパーティーに誘った気恥ずかしさもあったのだ。自室で一息ついてから、少し考えを巡らせる。

ダフネがクリスマスパーティーに行くことを了承してくれたおかげで悩みが一つ解決し、クリスマスパーティー当日にダフネを喜ばせることで更に悩みがもう一つ解決する。

残り一週間弱、金の卵よりもクリスマスパーティーの用意に力を入れるべきだろう。

ダフネが喜びそうなことは何なのか……。その日は考えてもいい案は思い浮かばず、ドラコが帰ってくるまで頭を抱える事になった。

 

 

 

 

 

ダフネが喜びそうなこと。俺なりに一生懸命考えた結果、一つだけ思いついたことがあった。それにはいくつか準備が必要で、準備のためには協力者が必要だった。

協力者を得るために、俺はある場所に向かっていた。

必要の部屋。俺は、フレッドとジョージに協力を求めようとしていた。

必要の部屋に来るのは、殆ど一年ぶりだ。昨年のクリスマス、必要の部屋へ顔を出したが二人には会えなかった。そして最後に会ったのはクィディッチ・ワールドカップの貴賓席だった。その時はマルフォイさんと一緒にいた為、かなり印象は悪かったはずだ。

二人から何と言われるか、少し怖かった。

緊張しながら必要の部屋のドアを開く。中には目的の二人がいた。二人は、驚いた表情で扉の方を振り返っていた。

二人は入ってきたのが俺だと分かると、少しほっとしたような表情になった。それから二人は嬉しそうに笑いながら話しかけてきた。

 

「ジン、久しぶりじゃないか! 僕達、てっきり君はもうここには来ないのかと思ってた!」

 

「君って優等生だからね。悪戯はもう卒業だなんて、つまらないことを思ってしまったのかとひやひやしてたよ」

 

フレッドもジョージも俺への態度は変わらなかった。友好的で気さくな態度。俺は安心した。

 

「……久しぶりだな、二人とも。去年のクリスマスは会えなかったからな。でも研究品はいくつか貰ったし、二人とはすれ違いだったけど、たまに俺も部屋には顔を出してたんだ。今年こそカナリアクリームを完成させるんだって意気込んでいたが、調子はどうだ?」

 

「ああ、あれか。どうもなにも絶好調! すでに完成してる。今、寮でこっそり販売してるよ。一つ七シックルでね。どうだい? 部屋代の代わりに一つ持っていくか?」

 

俺の質問に、フレッドが調子よく返答をした。差し出されたカナリアクリームを笑いながら流し、俺は今日来た本題を二人に話した。

 

「今日はいたずらグッズじゃなくて、別の事をお願いしに来たんだ。なあ二人とも、こんな物を作りたいんだが、協力してくれないか? ……これを、クリスマスパーティーまでに完成させたい。難しいかな?」

 

俺は事前に用意した作りたい魔法道具の内容を記した羊皮紙を二人の前に広げる。

二人はそれを興味深げに眺めた後、口々に意見を言った。

 

「これは……そんなに難しい魔法じゃないな。クリスマスパーティーまでっていうことなら、まあ、何とかなりそうだ」

 

「似たようなものはいくらでもあるからね。実現自体はできるんじゃないか? ただ、これは少し凝ってるから時間は必要だな……。なあ、これを何に使うんだい?」

 

二人の意見では、作ろうと思えばそんなに時間をかけずに作れるということらしい。そんな意見を頼もしく思いながら、ダフネの事を少し話す。

 

「色々あってな……。クリスマスパーティーのパートナーを、まあ、喜ばせなきゃならないんだ。その為の仕込みで使いたくてな」

 

そう言うと、二人は目を合わせた後にだいぶ意地悪な表情になった。

ジョージが楽し気に俺に声をかけた。

 

「君、クリスマスパーティーのパートナーには誰を誘ったんだい? 喜ばせたいだなんて、随分と隅に置けないことを言うね」

 

「ダフネ・グリーングラス。俺の同級生の。知ってるか?」

 

俺は二人の態度を少し面倒に思いながらも、協力を依頼している手前無下にはできず、大人しく質問に返事をする。

フレッドは俺の返事に口笛を吹いた。

 

「ああ、知ってるさ。君とよくつるんでる別嬪だろ? 彼女を喜ばせなきゃいけないなんて、つまりは、そういうことかい?」

 

明らかにからかっている口調に、思わず呆れた表情になる。

 

「どういうことかは知らないが、多分違うな。……彼女に、ちょっとしたお詫びが必要なんだ」

 

俺の返事に、フレッドとジョージは少しつまらなそうな表情になった。

 

「君、この手の話はだいぶ苦手なんだね。冗談の通じなさが、うちの愚弟と同等だ」

 

「それなのに、クリスマスパーティーに誘ってわざわざ自作の魔法道具で喜ばせようとする……。君、それを無自覚でやってたら重症だぜ?」

 

「……いや、本当に色々あったんだ。本腰入れてお詫びしないといけないんだよ。こうでもしないと、周りも納得させられないんだ」

 

「周りを納得……。君、何をした? 手でも出した?」

 

「でも、クリスマスパーティーでは踊ってくれるんだろ? だいぶ言ってることがちぐはぐだ。らしくない。錯乱呪文にでもかかっているじゃないか?」

 

二人は言いたい放題だった。詳しく説明をするのも面倒で、ため息とともに強引に話を戻した。

 

「とにかく、これを作るのに協力してくれよ。これ、いたずらグッズにも使えなくはないだろ? 俺だけだと実現が難しいんだ……。頼むよ……」

 

少し困ったようにお願いをすると、二人は顔を見合わせた後に肩をすくめながら了承をしてくれた。

 

「まあ、僕らにかかれば明日には仕上げられるんじゃないかな? 道具も揃えているんだろ? 君には大きな借りもあるしね。これくらいはお安い御用さ」

 

「これを使って何するか、ちょっと気になるしね。いいよ、手を貸してやろうじゃないか」

 

二人は結局、手伝ってくれるようだった。そのまま俺の持ってきた道具に魔法をかけて実験を始める。

俺は協力が得られたことに安心しながら、二人の実験に参加をした。

二人は自信ありげに言うだけあり、俺が望んだ魔法道具を着々と仕上げてくれた。宣言通り明日には完成品を作れそうだということで、今日はお開きとなった。

 

「明日の夕方には完成できると思う。好きな時に取りに来なよ。僕らもいつもここにいるわけじゃないから、完成したら机の上に置いておく。勝手に取って行って構わないよ」

 

「助かったよ、二人とも。ありがとうな、協力してくれて」

 

お礼を言うと、二人は笑って返事をした。

 

「いいよ、そんなお礼なんて。なあ、また気軽に来いよ。僕ら、君ならいつだって大歓迎だ」

 

「クリスマスパーティー、どうなったか報告はくれよ! 道具の結果も、楽しみにしてるからさ!」

 

二人は、俺が代表選手であることもスリザリンであることも気にした様子を一切見せなかった。ここにいる時、彼らはただ良き友人として俺に接してくれていた。それがとても嬉しかった。

 

「……また来るよ。二人の様子を見に。それに俺もいたずらグッズは結構気に入ってるんだ」

 

そう返事をして俺は必要の部屋を出た。フレッドとジョージは、何があっても俺の友人であることに変わりはなかった。そのことを少しでも疑っていたことを少し恥じた。

 

 

 

 

 

 

フレッドとジョージに頼んだ魔法道具は、翌日にはしっかりと完成されていた。それを受け取り、ダフネを喜ばせる準備を進めていると、クリスマスまでの時間はあっという間に過ぎ去って行った。

クリスマスパーティー当日、普段は閑静なホグワーツが多くの人でにぎわい、浮かれた雰囲気に包まれていた。夜のクリスマスパーティーまではスリザリンの談話室で親友達と過ごしていたが、夕方過ぎになるとダフネとパンジーとアストリアは準備があると言って部屋の方へと消えていった。

それを受けて俺達も自室で準備を始めることにした。自室で正装用のローブへと着替える。俺のローブは黒を基調とした銀の刺し色が入った大人しめのデザインのローブ。ドラコとブレーズに選んでもらったものだ。

ドラコは濃い緑を基調としたもので、ブローチなどの装飾品や髪の毛をセットし、かなり気品のある仕立てになっていた。

準備を終えて談話室に向かう。ブレーズは既に準備を終えて、談話室を出て行こうとしていた。

 

「じゃ、俺はパートナーを迎えに行くからよ。お前らはお前らで楽しんでくれや」

 

「ブレーズ、君は誰を誘ったんだい? 結局、教えてくれなかったが……」

 

「……見てのお楽しみだ」

 

ドラコの疑問に、ブレーズは肩をすくめて答えるとすぐに談話室を出て行った。

ブレーズは、ルーナをダンスパーティーに誘ったことは誰にも言わなかった。それを言ってしまえば、事情を話すうちに俺がルーナを誘っていたことがバレて面倒になるということで、俺も強く口止めをされていた。

ブレーズはクリスマスパーティーでも俺達に会わないように徹底するつもりらしい。

 

「なあ、ジン。結局、ブレーズは誰を誘ったんだろう? ……どうも、スリザリンにはいないみたいなんだ」

 

「……それよりも、ドラコ。今日はパンジーのエスコートだろ? お前もあまり周りを気にしてられないんじゃないのか?」

 

話を逸らすつもりで、ドラコにクリスマスパーティーの事を持ち出す。ドラコはあっさりと話に乗ってくれた。

 

「僕としては、君の方が心配だ。ダフネを喜ばせろなんて、からかうつもりで言ったけどさ。……君、ダンスパーティーすら初めてだろう? 君こそ、エスコートできるのかい?」

 

「努力するよ。……下手なことをするとパンジーに殺されかねんしな」

 

「ああ、違いない」

 

ドラコは面白そうに笑いながら、パートナーが来るのを待った。

二人はすぐに来た。

パンジーはピンクのフリルの付いたローブでかなり可愛らしく仕立てていた。パンジーは自分の仕上がりにそれなりの自信があるらしく、こちらに来るまで周りに見せつけるように堂々としていたが、ダンスローブを着たドラコを見てすぐにいつもの態度に戻った。

 

「ああ、ドラコ、貴方って本当に素敵! 早く行きましょ! 早く踊りたい!」

 

そうはしゃぎながらドラコの腕を引っ張った。ドラコは苦笑いをしながら、大人しく引きずられていった。

俺はそれを笑いながら見送って、こちらにやってきたダフネに向き直った。

濃い青を基調としたローブで、胸元はサファイアのネックレスが光っていた。談話室にいた多くの者がダフネに見惚れるほど、ローブを綺麗に着こなしていた。

 

「流石だな。すごい綺麗だ、ダフネ」

 

今日はダフネを喜ばせる。そう考えていたため、出会ってまずはローブ姿を褒めようと思っていたが、称賛の言葉はすんなりと口に出た。

ダフネは褒められて、恥ずかしそうにしながらも微笑んだ。

 

「……ありがとう。貴方も、素敵よ。その……うん、とっても素敵」

 

「ああ、ありがとう。……他の奴らも行ったし、俺達も行くか」

 

そう言ってダフネを誘い、大広間へと向かう。

大広間までの廊下は、多くの人でごった返しになっていた。色とりどりのローブで敷き詰められており、目がちかちかした。寮を越えてパートナーを選んだ者は相手を探すのに苦労しているようで、廊下をうろうろしているのが見受けられた。

そんな大広間前の廊下で、マクゴナガル先生の声が響いた。

 

「代表選手はこちらへ!」

 

代表選手は、他の生徒全員が入場してから列を作って大広間へ入場することとなった。代表選手とそのパートナーは、扉のわきで待つように指示された。

デラクールのパートナーは、レイブンクローのクィディッチチームのキャプテンであるロジャー・デイビースであった。デイビースはデラクールに見惚れているようで、穴が開くほどデラクールの顔を見つめていた。

ポッターのパートナーは、パーバティ・パチル。ピンクを基調としたドレスを綺麗に着こなしていた。ポッターはかなり緊張しているようだった。

そして何より驚いたのは、クラムのパートナー。

ハーマイオニーだった。それも、クリスマスパーティーにむけてかなり綺麗に仕上げた。

普段ぼさぼさであった髪はキレイにまとめ上げられており、優雅に結い上げていた。ふんわりとした空色のローブを着こなし、振る舞いもどこか優雅になっていた。

俺もダフネも、クラムのパートナーがハーマイオニーであったことに驚き、呆然とした。ハーマイオニーは俺達に気づくと、くすくすと笑いながら話しかけてきた。

 

「こんばんは、ジン、ダフネ! ……パートナー、内緒にしててごめんなさい。でも、あまりからかわれたくなくて……」

 

「いいの、ハーミー。これは言い出せないわ……。……ハーミー、貴女、その、とっても素敵。すごく、綺麗よ」

 

「ありがとう、ダフネ! あなたもとっても素敵!」

 

ハーマイオニーはパートナーが誰かを隠していたことを謝ったが、ダフネはそれよりもハーマイオニーがかなり綺麗になっていることに驚いているようだった。事実、先に扉をくぐって大広間へと入って行く多くの生徒がハーマイオニーを凝視してしまうほど、とても綺麗だった。

しかし俺はと言えば、綺麗に仕上げたハーマイオニーも確かに気になっていたが、それよりもハーマイオニーの隣に立つ誇らしげなクラムの方が気になっていた。

今までクラムのことは、世界的クィディッチ選手であり、対抗試合のトップを走る、自分とはどこか次元の違う人間の様に思っていた。

しかし、今この瞬間はそれらを忘れた。

自分でも分からないが、どす黒い感情があった。目の前にいる不愛想な表情の男を、試合でも何でもいいからぶちのめしたいという、怒りに似たどす黒い感情。

クラムは、俺の感情に少し気付いたようだった。俺の視線を受けて顔をしかめ、受け立つように俺を見つめ返した。

俺とクラムの間に、少し険悪な空気があったのだろう。ハーマイオニーが慌てたように俺に声をかけた。

 

「ジン、あの、クラムって、悪い人じゃないわ! ……試験の事も、ハリーやあなたの事も、私から聞こうとはしなかったの。純粋に、その、好意で誘ってくれた人なの」

 

ハーマイオニーはそう俺に説明をした。俺が敵意を露わにするのは、クラムが対戦相手であることが問題だと思った様だった。ハーマイオニーの方を向くと、ハーマイオニーは不安そうな表情をしていた。

ハーマイオニーはクラムに誘われたことが満更ではなかった。そしてクリスマスパーティーも楽しみにしていた。それは、自分のよく分からない感情でぶち壊していいものではないと分かっていた。

俺は深くため息をついて感情を落ち着かせる。それからクラムに謝った。

 

「……睨んで、悪かった。驚いただけなんだ。……友達が、お前と躍ることになって」

 

クラムは特に返事はしなかった。しかし、少しばかり表情は緩くなった。少なくとも険悪な雰囲気はなくなった。

ハーマイオニーとダフネが、少し安心したように息を吐くのが見えた。離れた場所にいるポッターですら、胸をなでおろしたのが分かった。俺は、随分と敵意を露わにしていたようだった。

これ以上クラムが視界に映らないように視線を外し、ダフネへと向き直る。今日はダフネを喜ばせようと決めていたことを忘れてはいない。

 

「……悪かった、ダフネ。喧嘩するつもりはなかったんだ。ただ、クラムのパートナーがハーマイオニーってことに本当に驚いたんだ」

 

「……分かるわ。私も、言葉を失ったもの。……ハーミー、とても綺麗ね」

 

ダフネはダフネで、ハーマイオニーの変化に驚いているようだった。まだ少し呆然としながら、ハーマイオニーのことを見ていた。

当のハーマイオニーは、大広間へと入って行くパンジーがハーマイオニーに気づいて嬉しそうに跳ねて手を振るのを、笑いながら見送っていた。

俺が空気を険悪にした事は、そんなに気にしていないようだった。しかし、ダフネは不安そうな表情になって俯いていた。

なぜ不安そうなのかは分からなかった。傍目から見れば、ダフネはデラクールやハーマイオニーにも見劣りは絶対にしないと言い切れるほど、綺麗であった。本人もそれを自覚していると思っていたのだが、もしかしたら違うのかもしれない。

それから間もなく、代表選手が入場することとなった。マクゴナガル先生を先頭に、列になって。

まだ少し俯いているダフネの手を取った。ダフネは驚いたように、こちらを見上げた。

 

「まあ俺じゃ力不足だろうが、頑張ってエスコートする。……頑張って楽しませるよ」

 

ブレーズならもっと気のきいたセリフが出てくるのだろうな、と思いながら少しでもダフネを明るくさせようと言葉をかける。

ダフネは凄く驚いた表情になったが、すぐに満面の笑顔になって俺の手を取った。

 

「……期待してるわ。私、本当に楽しみにしてたのよ? 貴方と躍れるの」

 

ダフネが笑うのを見て、少しほっとする。俺は自分の中に未だ燻ぶるどす黒い感情を押し殺し、ダフネを楽しませることだけに集中しようと気合を入れ直した。

 

 

 

 

 

 


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