日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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第一試合

杖調べから暫く経ち、俺の立場は変わらず厳しいものであった。

それでも試合に対する意気込みだけは生まれ、親友達はそれを感じ取って喜ばし気にした。

俺が腹をくくって、優勝を目指す気になったと映ったようだった。

 

実際には生き延びることが第一であったが、かっこ悪い姿を見せたくないという欲張った望みが生まれているのも確かであった。

 

少し前向きになった俺に対し、ポッターは随分と追い込まれていた。

原因は杖調べに立ち会った派手な女記者、リーター・スキーターの記事であった。

スキーターは日刊預言者新聞で対抗試合の記事を出していたが、内容はほとんどポッターのドキュメンタリーであった。それも、ポッターの事を知る者ならば一目で事実無根であることが分かる酷い内容。

その記事はドラコを始めとするスリザリン生だけでなく、他寮の生徒達のからかいの対象となっていた。

俺のことも一言だけ書かれていた。「ハリーに従順なでくの坊」。スキーターの記事の中では、ポッターが俺を使って二人で年齢線を越えたと書かれていた。事実無根であるが、この話を信じる人は何人かいた。

 

ハーマイオニーは宣言通りそんなポッターに寄り添うように一緒にいた。不思議なことにウィーズリーはポッターを避けているようで、いつもポッターとハーマイオニーの二人で行動をしていた。ポッターは日に日に苛立ちを抑えられなくなっており、廊下で誰かに怒鳴り返すこともままあった。

俺も、親友達が寄り添ってくれていなければ似たような状況になっていただろう。

しかし出たくもない試合の後押しをされる時は一人になりたいと思ってしまう時もあった。

結局、俺も酷い環境に身を置いていることには変わりないのだ。

 

そうして試合の内容も分からずに時間だけが過ぎ、試合が近づくにつれて生徒達の対抗試合への期待と興奮が高まっていた。

試合前日となれば、スリザリン生の多くが俺を囲い祭り上げた。準備はいいのか、負けることは許さない、ポッターだけは真っ先にぶちのめせ。そんな事を口々に、好き放題に言ってきた。

俺はそれが嫌で、移動も隠れて誰にも見つからないようにしていた。

他の代表選手も似たような状況であった。

デラクールは廊下を通る度に数々の男子生徒から応援を受けており、煩わしそうにしていた。

クラムはよく図書館にこもっていたが、前日となればクラム目当ての多くの女子生徒が押し寄せてきたため、図書館に入る事すら諦めたようだった。

ポッターは偶然か、スリザリン寮の近くを通っていたそうだ。それを見つけたスリザリン生がポッターに酷い罵りをし、ポッターはそれを受けてスリザリン生を睨みつけると足早に去って行ったとのことだ。それを見ていたドラコが面白そうに俺に報告をしてきた。

 

前日の夜は寝れそうになく、より一層食欲もわかなかった。

無理にでも食べないと駄目だとダフネが大広間からサンドイッチを持ってきた。俺を気遣ってドラコとダフネが一緒に俺の部屋で食事をすることとなった。パンジーとブレーズは俺の居場所が周りに分からぬよう大広間で俺を探す奴の足止めなどに徹してくれているらしい。

 

「大丈夫だ、ジン。君ならポッターよりもよっぽど上手くやるって僕は確信してるんだ」

 

ドラコは食事をしながらもそう俺を励ました。ドラコからの期待も、緊張している今の俺にとっては重荷でしかなかった。

ドラコからの励ましを受けて複雑そうにする俺の様子を、ダフネは失敗への不安と捉えたようだった。

 

「ジン、プレッシャーを感じるなって言う方が難しいでしょうけど……。私、本当に貴方なら問題ないって思ってるの。それにね、万が一上手くいかなくたって貴方が凄い人だっていうことは分かってるわ。貴方で駄目なら、他の奴らはもっと駄目だって本気で思うの」

 

ダフネは俺に失敗しても大丈夫だと、そう言ってくれる。しかし、失敗が死を意味するかもしれないと思っている俺からすれば、あまり気持ちのいい慰めではなかった。

親友達の励ましは嬉しかった。一人になってしまえば心細く、堪えられそうにもなかった。しかし、すれ違った感情を向けられるのだけはどうも居心地が悪かった。

 

ハーマイオニーと話せれば、また少し前向きになれるかと思えた。

しかし、今やスリザリンとグリフィンドールは一触即発で話すどころか近づくことすら許されなかった。

 

モヤモヤした気持ちは収まらず、結局はサンドイッチを水で流し込んで早々にベッドに入ることにした。

最後の最後まで、ドラコとダフネは俺の試合の健闘を祈っていた。

 

 

 

当日の朝、いつも通りに朝食を食べ、授業を受ける。授業は午前中で終わり、午後からは試合が開始されるとのことだった。

何度か吐きそうになった。死にたくないという気持ちがどんどん強くなる。試合への恐怖も鮮明になってきた。しかし同時に、逃げることは許されないという諦めと、無様な姿をさらしたくないという意地も同じくらい強くなっていた。

妙な高揚感と緊張により、地に足がついていない感覚に襲われる。

大広間での食事を避け、少し離れたベンチで水だけ飲んでいると、とうとうマクゴナガル先生から呼び出しがあった。

 

「……こんなところにいたのですね。……エトウ、第一課題が始まります。すぐに競技場へ向かいなさい」

 

試合は競技場で行われるようだった。全校生徒の見守る場で行われるとなると確かに競技場くらいしか場所がない、と妙に冷静な分析ができていた。

マクゴナガル先生に促され、大人しく移動を始める。マクゴナガル先生は終始、俺の心配をしてくれた。

 

「……エトウ、何かあれば事態を収める魔法使いたちが大勢控えています。安心しなさい。貴方はベストを尽くせばよいのです。そうすれば、結果はどうあれ、あなたを責めるものなどいはしません。……大丈夫ですか?」

 

「……ええ、大丈夫です」

 

心ここにあらず、という俺を心配そうにしながらマクゴナガル先生は競技場近くのテントまで俺を案内した。

テントの前に着くと、マクゴナガル先生は最後にと俺に声をかけた。

 

「……がんばりなさい。幸運を、祈っております」

 

純粋な心配をする声であった。しかし、俺は頷き返すこともできずに呆然と示されるままにテントの中に入った。

テントの中は、既に他の代表選手がいた。

デラクールはいつもの落ち着いた様子はなく、椅子に座りながらも顔を青ざめさせていた。

クラムはより表情をしかめて、腕を組んで部屋の隅に立っていた。

ポッターも椅子に座っていたが、緊張で顔が強張っていた。ポッターは俺が入ってくるのを確認すると、一層に顔をこわばらせ、心底気の毒そうな表情を俺に見せた。

選手全員がまともではない姿を見て、ほんの少し安心した。不安なのは俺だけでなかった。

バグマンはテントの中に選手全員が集まったのを確認して、上機嫌に話を始めた。

 

「さあさあ、全員集合したな。話を聞かせる時が来た!」

 

そう言うと、小さな袋を取り出して俺達の前で振って見せた。

 

「この中に、君達が対峙するものの小さな模型が入っている。ちょっとした違いがあるから、一人一人順番に取ってもらう。それから、君達の課題は、金の卵を取ることだ! そう、これで全てかな……?」

 

バグマンはそう言うと、まずはデラクールに袋を差し出した。

 

「レディーファーストだ! さ、ひきたまえ」

 

デラクールは震えた手を袋に入れて、中から模型を取り出した。

それは、ドラゴンであった。鮮やかな緑色をしたドラゴン。首には「2」という数字が書かれていた。

呆然とする。俺達は今から、ドラゴンと立ち向かえと言われているのだろうか?

デラクールは毅然とした態度を取り繕ったまま、席に戻った。デラクールはドラゴンが出てきたことに動揺する様子を見せなかった。

続いて、バグマンはデラクールの隣にいた俺の方へ袋を差し出す。

俺は呆然としたまま、それでも袋から模型を引き抜く。

俺の模型も、ドラゴンであった。赤いドラゴン。やや細身で、尻尾が異様に長い。首には「3」という数字が書かれている。

クラムが引いたのは「1」と書かれた青みがかったグレーのドラゴン。ポッターが引いたのは「4」とかかれた、金色の全身が鋭いとげでおおわれているドラゴン。

バグマンは全員が模型を引いたのを確認すると、楽しそうに笑った。

 

「よしよし。君達は、これからその手元にあるドラゴンと戦ってもらう。番号は、ドラゴンと戦う順番だ。さあ、クラム。君はホイッスルが聞こえたら真っ直ぐ競技場へ入っておくれ。さあ、間もなく開始だ! 私は、解説をしなくてはならないからね。失敬」

 

そう言うと、バグマンは意気揚々とテントの外へと出ていった。

そして間もなくホイッスルが鳴り、クラムは競技場へと消えていった。

競技場からは、大きな歓声とバグマンの解説が聞こえてきた。

しかし、どれも俺にはそれらが現実味のないものとして聞こえてきた。

手元にあるドラゴンの模型をもう一度見る。赤いドラゴンはくねくねと動きながら火を吐くような動作をしていた。

 

これと戦う。正気ではない。そもそも、金の卵とは何なのか。

 

目の前のことを受け入れるので精一杯であった。心を落ち着かせようとも、馬鹿みたいに早くなっている心臓の鼓動がうるさくて落ち着くこともできない。

気が付けば二回目のホイッスルが鳴って、デラクールが消えていった。

 

次にホイッスルがなれば、俺は競技場へ行かなくてはならない。

 

ドラゴンと戦う。考えなくては。俺がどうすれば、ドラゴンと渡り合えるのか。

しかし、考えても答えなどでるはずもない、呆然と時が過ぎるのを待つだけだった。

 

そして、その時はすぐに来た。ホイッスルがなったのだ。

 

いつの間にか、デラクールも試練を終えたらしい。

俺は未だ夢見心地で競技場の中へと入って行った。

競技場では何百何千の人がスタンドから俺を見下ろしていた。割れんばかりの歓声が耳を打つ。そしてスタジアムに囲われている競技場の中で、赤いドラゴンがいた。金の卵を、足元にしっかりと置きながら。

競技場はごつごつとした岩場に変えられており、広さもだいぶ抑えられていた。精々、直径百メートルくらいであろうか。岩がところどころ盛り上がっている為、より狭く感じていた。

ドラゴンは自分のテリトリーに入ってきた俺に対して、鋭い目線を向けてきた。警戒心が酷く高い。

ドラゴンを前にすると、もう逃げられないのだとやっと諦めがついた。そうして初めて、少し冷静になった。ドラゴンが向き合ってすぐ襲ってこないことを確信したのも、冷静になる手助けとなっていたのかもしれない。

 

ドラゴンと向き合いながら、下手に動かずににらみ合う。ドラゴンは突然入ってきた侵入者に警戒はすれど、一向に動かない様子の俺に積極的に襲う様な事はしなかった。それよりも卵の方が気になるようだった。

 

何ができるか。何をするべきか。考えを巡らせる。

まず自分がやるべきことは、ドラゴンから金の卵を奪うことだろう。その為にはドラゴンの気を卵からそらさねばならない。何か気をそらすようなものが必要だ。ドラゴンが好きな物。正しいものは知らないが、恐らく血や肉は大好物であろう。

ドラゴンに近づかないようにしながら、競技場の端を移動する。ドラゴンは俺から目をそらすことはしない。首を動かし、常に俺に目を向ける。まだ襲い掛かってくる様子はない。

試しに、と足元にある石を拾ってあらぬ方向に投げる。

ドラゴンは投げられた石の方へすこし顔を動かしたが、すぐにこちらに顔を戻す。

スタンドからは依然として大勢の声が聞こえる。声援なのか野次なのかまでは判別できないが、ドラゴンがそれを気にしている素振りはない。音では、気をそらせないかもしれない。

続いて試したいことがあった。左手の甲に向けて呪文を唱える。

 

「ディフィンド(裂けよ)」

 

手加減して唱えた呪文のお陰で、手の甲から丁度いいくらいに血が出た。

それを拾った小さな石にべっとりとつける。

そして、血の付いた石とそれ以外の石を数個混ぜて魔法で浮かせる。

それから、未だ動く気配のないドラゴンに向かってゆっくりと飛ばす。

ドラゴンは突然に飛んできた石に意識をそらし始めた。

いくつか、ドラゴンの近くまで浮かせて周りを旋回させる。

ドラゴンはそれらを煩わしそうに眺めた後、長い尻尾で叩き落そうとした。

それを魔法でなんとかかわし、血の付いた石をドラゴンの右へ、血のついていない石をドラゴンの左へと動かす。

ドラゴンは明らかに、血の付いた石の方へ強く意識が割かれていた。血の付いた石を睨みつけ、そして噛むことも尻尾で叩くこともできない事が分かると、苛立たし気に歯を鳴らした。そして次の瞬間、火の玉を吐いて見せた。

血の付いた石は一瞬で炭になった。

それを見てゾッとしながらも、未だ無事に浮いている血のついていない石の魔法を解いて地面に落とす。

 

やる事は決まった。

後は、いくつか準備をするだけだ。ドラゴンに警戒されないように。

意を決して、ドラゴンにゆっくりと近づく。ドラゴンは近づいてくる俺を見て歯をむき出した。

ドラゴンに集中しながら、細心の注意を払う。近づける限界を見極めたいのだ。

じりじりと近づく俺に、ドラゴンはカチカチと歯を鳴らし始めた。

そして十五メートルほどのところまで来ると、ドラゴンが口を大きく開いた。

俺は大きく横に跳びはねて近くの岩場の陰に隠れる。すぐ横で火の玉が炸裂し、火の熱気が俺の顔を叩いた。

ここが限界。そう見極めて、火の玉で焦げた位置からドラゴンを中心に円を描くように移動をする。ドラゴンは依然として高い警戒心を持って俺を睨みつける。俺は別の岩の陰に隠れると、準備に取り掛かった。

近くのそこそこの大きさの岩に魔法をかける。魔法で犬の形をとると、別の魔法をかけて動くようにする。犬が問題なく作動することを確認してから、ドラゴンの方へと意識を向ける。ギリギリの場所にいる俺に向かって、まだ火を吐こうとはしていない。

続いて、ローブを切り裂いて帯を作る。それができてから、最後の仕上げにかかる。

自分の二の腕辺りに、意を決して呪文を唱える。

 

「ディフィンド(裂けよ)!」

 

呪文を受けた俺の腕は、ぱっくりと裂ける。吹き出した血を犬の石像に塗りたくる。そして作った帯ですぐに止血をすると、全身に魔法をかける。

 

「デオドラント(消臭)」

 

自分の体から血を含めた全ての匂いを消す。準備が完了した。

俺の血がべっとりと着いた犬を岩の後ろに控えさせたまま、俺は岩の陰から飛び出す。

ドラゴンは俺の方へ強く意識を向けた。にらみ合い、俺から目を離さない。俺はすぐさま、左手で左目を完全に覆いながら呪文を唱える。

 

「ルーモス・マキシマ(強き光よ)!」

 

杖から閃光が迸り目をくらませる。視界が真っ白になった。左手を外して左目を開けると、不安定ながらに視界が戻った。

望んだ通りにドラゴンが目をくらませていて、怒りの咆哮を上げていた。

すぐに犬を動かす。俺とは別の方向に走らせる。ドラゴンは血の匂いのする犬に強く反応した。

 

ドラゴンの方へ全力で走って近づく。今や目の見えないドラゴンは血の匂いのする犬の方へと体を向けている。

 

犬をドラゴンに近づかせる。ドラゴンは噛みつこうと躍起になって暴れ始めた。

俺は巻き込まれないギリギリのところで身を潜ませ、犬を操って隙を窺う。

 

犬をドラゴンが噛める位置まで動かした時チャンスが訪れた。

ドラゴンは卵から完全に離れて、犬に飛びついた。

俺はすぐに金の卵へと飛びついた。

 

ドラゴンを出し抜いた! 金の卵を取った! 俺は、成功した!

 

そう思った。試合が始まって初めて、気を抜いたのかもしれない。

金の卵を両手で抱えた瞬間、顔を上げるとドラゴンと目が合った。

ドラゴンは、もう目が見えていた。目が見えていたからこそ、犬に正確に飛びついたのだろう。

体が恐怖で硬直した。それからすぐに、意を決してドラゴンから離れるように飛び退く。

 

次の瞬間、ドラゴンの尻尾が俺を襲った。

 

岩をまき散らしながら、俺の脇腹をえぐった。

 

視界が暗転する。衝撃で体が舞う。とてつもなく熱い感覚が全身を襲う。

何が起きたか分からなかった。

大きな音が耳を打ち、体温がどんどん抜け落ちていき、視界は依然として真っ暗。

何も分からなかった。

金の卵は無事なのか、俺の体はどうなっているのか、試練が終わったのか。

何一つ考えがまとまらなかった。

俺は、真っ暗の中で意識を手放した。

 

 

 

 

 

目が覚めた。医務室だった。

体は動かなかった。全身を包帯でまかれ、縛られていた。

身動きを取ろうとしたら、俺の意識が覚醒したことにマダム・ポンフリーが気が付いたようだった。

 

「ああ、エトウ! 意識ははっきりしていますか? 私のことが、分かりますか?」

 

焦った様子のマダム・ポンフリーに頷いて返事をすると、かなり安心した様子を見せた。

 

「……いいですか? 傷は全て治しました。完璧に、です。後遺症の心配など何一つありません。しかし、あなたは絶対安静です。一週間は様子を見てもらいます。どこか痛い所があれば、必ず言うのですよ? いいですね?」

 

そう言われ、俺は大人しく頷き返す。

辺りに目をやるが、誰もいないのが分かる。俺は隔離されているようだった。

 

何があったのか……。何故、俺は医務室にいるのか……。

 

そう考えることで、やっと今までの事を思い出した。

三大魔法学校対抗試合の事、代表選手に選ばれた事、ドラゴンの事、そして最後に尻尾で弾き飛ばされた事。

俺は体を思わず跳ねさせた。

 

体は無事なのだろうか? 俺は、どうなっているのだろうか? 動けないのは、包帯の所為だけなのだろうか?

 

不安と恐怖で一種のパニックになっていた。必死に身をよじり始めた俺を、マダム・ポンフリーは準備していたかのように必死に宥めた。

 

「エトウ、大丈夫です。あなたの体は全く問題ありません。大丈夫ですよ。もう終わりました。さあ、ゆっくり深呼吸をして……。これを飲んで……。大丈夫です、もう、大丈夫です」

 

そう宥められながら、ゆっくりと何か液体の入ったコップを握らされる。

次第に何とか落ち着いて、身をよじらせるのをやめる。震える体で言われた通りに飲み物を飲む。途端に、少し意識がボンヤリとして眠気が襲ってきた。

マダム・ポンフリーはそんな俺にゆっくりと語りかけた。

 

「包帯は緩めておきますよ。起きたら、あなたは問題なく体を動かせるはずです。しかし、無茶はしないでくださいね。体が痛むようなら、直ぐに言うんですよ?」

 

俺はぼんやりと頷きながら再び眠りについた。

意識が薄れる中で思ったのは、今までのことは全て夢で対抗試合なんて本当はないんじゃないか、という馬鹿馬鹿しい願いだった。

 

 

 

 

 

もう一度目が覚めた時には、随分と冷静になっていた。

自分に何が起きたのかしっかりと把握できており、包帯が緩められて動けるようになっていて自分の体が無事であることも確認できた。

俺は生きている。

そのことを強く実感して、やっと安心した。

息を深く吐きながら、体をベッドの中に沈める。そこまでして、ようやく自分の体以外の事を気にすることができた。

 

俺が二日間も寝たきりであったことを知った。運び込まれた時は危険な状態ではあったようだ。

他の代表選手達はほとんど怪我らしい怪我を負わずに試練を終えたことも知った。入院しているのが俺だけだったことからも、それはなんとなく察していた。

 

そう言えば、試合はどうなったのだろうか。俺の試合結果を見て、審査員が点数をつけたはずだ。こうして大けがを負っている。あまり良い点数ではないだろう。

点数が低く優勝が不可能ならば、試合を辞退することは可能だろうか? もし可能ならば、俺は安全な立場に戻ることができる。

優勝にこだわりはなかった。むしろ、試合を辞退できることを期待してまでいた。

 

目が覚めてしばらくしたら、ドラコ、パンジー、ブレーズ、ダフネ、アストリアが見舞いに来た。

ドラコ達は、試合後からずっと見舞いの為に足げなく医務室へと通っていたそうだ。本来は人と会うのは早いようだったが、マクゴナガル先生が特別に許可を出したらしい。マダム・ポンフリーは仕方なく、五人を俺のいるベッドまで案内してくれた。

ドラコ達の表情は暗いものであった。心配してくれていたのかもしれない。

 

「……心配かけたみたいだな。まあ、でも、ドラゴン相手に死ななかった。上出来だろ?」

 

そう俺が声をかけると、五人それぞれ違う反応をした。

ダフネは緊張の糸が切れたように俺に泣きながら抱き着いてきた。

ドラコはホッとしたようにしながらも少し難しそうな顔をしていた。

ブレーズは何かを言うか言うまいか、迷っているような表情だった。

アステリアは気の毒そうに俺を見ていた。

パンジーはなぜか呆れた様な表情だった。

ダフネは分からないが、それ以外は純粋に俺の安全を喜んでくれているような表情ではない事が分かった。

俺の腹のあたりに顔を埋めながら泣いているダフネをあやしつつ、少し不安になって質問を投げかけた。

 

「……何かあったのか? お前ら、揃いも揃って不安そうな表情をして」

 

そう言うと、ダフネ以外の四人が顔を見合わせた。それからドラコが代表して話始めた。

 

「何かあったというか……。君は……ほら……対抗試合で、その、上手くいかなかっただろう?」

 

ドラコが最大限、俺への気遣いをしてくれていることが分かった。

しかし、何が言いたいかは分からず大人しく話を聞く。

 

「しかも、他の代表選手は上手いことやった。あのポッターもだ。それで、君の優勝が難しいって、みんなが思っているんだ。だから、まあ、スリザリンのみんなは君に期待はずれだっていう感想を持っている……。その、君への風当たりが相当厳しいんだ」

 

「他の寮の奴らも、お前がズルをして代表選手になったのに醜態をさらしたって思ってやがる。お前が休みなのをいい事に、好き勝手言ってんだよ。……正直、かなりムカつくことになってる」

 

「私達は、ジンが凄いって知ってるよ! それに、ドラゴンを出し抜いたのだって本当は一番早かったんだよ! 審査員が止めるのが遅かったから怪我をしただけで、本当は一番だって分かってるの!」

 

ドラコ達が口々に言う話の内容から、不安げな表情の理由が分かった。どうやら俺は試合開始前よりももっと厳しい環境となったようだ。

生きて帰ってきた、ということを喜んでいたのは俺だけだったのかもしれない。

親友達も試合の結果が散々であったこと、それで立場が悪くなっていることを心配していた。

ドラコ達が俺へ励ましやフォローをする中で、パンジーはずっと呆れた表情だった。

 

「第一声が上出来だろって……。強がりなのか何なのかは知らないけどだいぶズレてるわよ、あんた。優勝どころか次の試合に出れるかも怪しいじゃない。……みんな、あんたが優勝できるって本気で思ってたんだから。その為に協力もしてたし、応援だってしてたじゃない……。その期待を裏切ったんだから、へまをしてごめんって、それくらいは言ったら?」

 

パンジーがそう言うと、ドラコが焦ったようにパンジーの口をふさいでそれ以上話せないようにした。

俺は、パンジーの言葉に刺された気持ちになった。

すれ違った感情を向けられていたのは知っていた。しかし試合の後は、生きていて良かったと言ってくれるものだと勝手に考えていた。

しかし俺の想いとは裏腹に、親友達の心の底には俺が上手く切り抜けられずにがっかりしたという感情があることを思い知った。

親友達が見舞いに来てくれたことの喜びが、どんどん薄れていった。代わりに虚しさと孤独が強くなっていった。怒りすら、湧いてきた。

俺の表情に変化があったのだろう。ドラコは慌てたようにパンジーの腕を引っ張って、外へ行こうとした。

 

「ジン、パンジーも君を心配して口が過ぎたんだ! 君が入院してから、パンジーだってずっと医務室に来ていたんだ。本当に心配してたんだ! ……大丈夫、まだ第一試合さ。巻き返せるよ! 優勝の可能性はなくなってない。君が退院したら、他の奴らにも思い知らせよう!」

 

そう言うと、ドラコはパンジーを連れて一足先に医務室を出た。

しばらく沈黙が続いた。ダフネは依然と泣き続けているし、アステリアは俺を見て怯えてしまった。そんな状況を見て、ブレーズがため息をついて沈黙を破った。

 

「なあ、ジン。パンジーの事、悪く思うなよ。……お前がいない間、お前のことで悪くいう奴が多くいた。スリザリンにも、それ以外の寮にも。パンジーはそいつらに食って掛かったし、お前の悪口を目の前で言うのを許したことは一度もなかった。パンジーもお前なら優勝できるって本気で思ってたんだ。……だから、パンジーも悔しいんだ。試合の結果、よくなかったこと」

 

ブレーズにそう言われ、少し溜飲が下がる。試合前もパンジーが俺の為に動いていたことは事実だったし、やはりすれ違っているだけなのだと分かったから。

だが、虚しさと孤独がなくなることはなかった。むしろ、ブレーズの言葉で一層強くさせた。

親友達とはすれ違っているだけだ。しかしどこまでもすれ違っていて、俺の気持ちを分かってもらえそうにないのだ。

ブレーズは俺の怒りがなくなったことを察したのだろう。まだ怯えがちなアストリアを引き寄せると、医務室から出ようとした。

 

「とりあえず、体を早く治せよ。お前がいないと、やっぱ寂しいわ。……ダフネ、俺達は帰るぞ?」

 

そうブレーズがダフネに言うが、ダフネは動く気配がなかった。

俺はダフネの肩を叩いて、離れるように促す。

 

「……ダフネ、今日は帰れよ。他の奴らも帰る。そろそろ、マダム・ポンフリーに怒られちまうだろうし」

 

そう言ったが、ダフネは変わらず俺の腹に顔を押し付けたまま、黙って首を横に振った。動く気がないようだった。

ブレーズはそれを確認して、またため息を吐いた。ダフネを置いて、自分はアストリアと帰ることに決めたらしい。

 

「ジン、ダフネを落ち着かせてやれ。ダフネは、お前が怪我してからまともに飯も食えてなかったんだ。……お前と一番面会したがってたの、ダフネだからよ」

 

そう言うと、ブレーズはアストリアと共に医務室から出ていった。

部屋に残ったダフネは、しばらく俺にしがみついたまま動くことも話すこともなかった。

ブレーズから落ち着かせてやれ、と言われたがどうすればいいか分からなかった。

仕方なく、腹のあたりにある頭を撫でる。頭に手を置いた時、ダフネはピクリと動いてしがみつく力を一層強くさせた。しかし反応はそれだけで、話すことはなかった。

俺も何も言わずに頭を撫で続けていたら、やっとダフネが言葉を発した。

 

「……死んじゃったかと思ったの。貴方がドラゴンの尻尾に打たれるの、目の前で見てたの」

 

少し掠れた声だった。

俺は、何も言わずに頭を撫で続けた。ダフネは話を続けた。

 

「二日も眠り続けてたの。命に別状はないって、マダム・ポンフリーがそう言ってたわ。でも、心配だったの。……貴方が寝てる間、誰も彼も、貴方の事を悪く言うの。ズルして出場して、勝手にへまをして、ホグワーツの名前に泥を塗ったとも……」

 

既に聞いた話であった。俺は特に反応はしなかった。

 

「……ね、ジン。私、貴方が失敗しても凄い人だって分かってるって言ったわ。今でもそう思ってる。貴方は、凄い人よ。……でもね、心配なの。貴方が死んじゃうんじゃないかって。この後の試合を続けたら、いつか死んでしまうんじゃないかって」

 

親友達にかけられた言葉の中で、俺が死ぬかもしれないと不安に思ってくれている言葉を初めて聞いた。

撫でていた手を思わず止める。ダフネはやっと顔を上げた。ダフネの目は真っ赤だった。

 

「貴方は凄い人よ。貴方以外の代表選手なんて、考えられないくらい。……ね、安心していい? 貴方は死なないって……」

 

ダフネが、本気で俺を心配しているのが分かった。親友達の中でも、最も俺の生死を案じてくれているだろう。

そんなダフネからかけられた言葉は、ダフネの中にある葛藤であった。

目の前で俺が死にかけたことの不安。一方で、安全を保障された対抗試合の中で代表選手が死ぬわけがないというダフネの中の常識。その二つからくる葛藤。

ダフネは、俺が死ぬかもしれないということを認めたくないのだろう。それを認めることは、ダフネが度々口にしている「俺が凄い人」だということを否定することになるから。

ブレーズの安心させてやれ、という言葉の意味が分かった。

俺の口から言って欲しいのだ。俺は大丈夫だ、と。死なないし、きっと優勝できると。

親友達が望んだその言葉は、俺の想いとは真逆の言葉だった。

 

「……大丈夫だよ。俺は死なない。安心して、見てていい」

 

それでも俺は言った。言うしかないと思った。本当のことを話してはいけないのだと、思ってしまった。

ダフネは俺の言葉を聞いて、少し笑った。それから、少し顔を赤らめながらやっと俺から離れた。

 

「……私も帰るわ。ジン、早く良くなってね。また、お見舞いに来るから」

 

ダフネはそう言って帰って行った。

ダフネがいなくなってから、入れ替わりでマダム・ポンフリーがやってきた。少し不機嫌なマダム・ポンフリーの様子から、本当は早く面会を打ち切って治療をしたかったことを悟る。

俺は、むしろそうして欲しかった。面会を早く終わらせてくれれば、嘘を吐かずに済んだ。強がらずに済んだ。本音を、親友達に言えたかもしれない。

でも、もう遅かった。すれ違った想いを直さず、俺は親友達の期待に応えることに決めた。分かってもらうことを諦めてしまった。

俺のことを最も心配してくれているダフネですら、俺が死ぬかもしれないと認めたくなかったのだ。それなのに、他の奴らが俺の命が狙われているかもしれないなど、信じてくれるとは思えなかった。

 

俺は今までで一番、孤独に感じていた。

 




多くの感想、本当にありがとうございます。
今後も楽しんでいただけたら嬉しいです。

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