代表選手として俺の名前が呼ばれた。その事実を認識するのに時間がかかった。
「ジン・エトウ」
ダンブルドア先生が呼んでいる。それでも俺は動くことができなかった。
何か変だと感じた生徒達がザワザワと騒ぎ始める。俺が十七歳未満であることを知る者達が、驚き、怒り、不満、疑惑、様々な感情で話を始めたのが分かる。
俺は何をするでもなく、俺の名を呼ぶダンブルドア先生を呆然と見つめ返すことしかできないでいた。
「ジン・エトウ。ここへ来なさい」
ダンブルドア先生が、静かにそう呼びかけた。
そこでやっと俺はフラフラと立ち上がり、ダンブルドア先生の前へと移動をした。
周囲は、未だに混乱による騒ぎが収まっていなかった。多くの視線が、俺を串刺しにした。
何とかダンブルドア先生の前にたどり着いた俺は、震える体を抑えながら声を絞り出す。
「俺は、名前を入れていません、先生」
懇願するような声だった。しかし、ダンブルドア先生はそれに応えることはしてくれなかった。
「さあ、あの扉から隣の部屋へ」
真剣な表情で俺を見つめながら、静かに俺を隣の部屋へと促す。
俺は従うしかなかった。多くの視線から逃げるように、隣の部屋へと入る。
中では、フラー・デラクールとビクトール・クラムが暖炉のそばに立っていた。
俺に気が付いた二人は、体ごと俺の方へと向き直った。
クラムは相変わらずの不愛想な表情で俺を一瞥すると、直ぐに興味がないかのように壁に寄りかかり考え事を始めた。
デラクールは品定めをするように俺をじっくりと眺めたが、何も言うことはなく再び暖炉の火へと向き直って暖を取り始めた。
二人は、俺が十七歳以下だとは思わなかったようだ。それがありがたいことなのか、自分の首を絞める事なのか、今の俺には判断ができなかった。
俺は、何も言うことができずに二人から少し離れたところで壁にもたれた。
これは何かの間違いだ。俺は名前を入れていない。きっと誰かのいたずらか、何か致命的な欠陥がゴブレットにあったに違いない。
そう自分に言い聞かせるも、誰も何も言いに来ず、時間だけが過ぎていく。どうにかなってしまいそうだった。
そして、再びドアが開く音がした。
顔をそちらに向けてすぐに確認すると、そこに立っていたのはポッターであった。
なぜ、ポッターがここにいるのか? 当惑しながら眺めていると、ポッターのすぐ後に入ってきたバグマンがその説明をしてくれた。
「驚いたことだ、紳士淑女の諸君。ご紹介しよう、三校対抗試合の四人目の選手だ!」
その言葉を聞いてクラムとデラクールは強く反応した。
デラクールは笑いながら、それを冗談だと受け取ったようだ。
「とーても、おもしろーいジョークです。ミースター・バーグマン」
「ジョーク? とんでもない! ハリーの名前が、たった今、炎のゴブレットから出てきたのだ!」
クラムの表情が歪み、デラクールも顔をしかめた。
そして部屋の扉がまた開き、今度は大勢の人が入ってきた。
クラウチ氏、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、マクゴナガル先生、スネイプ先生、そしてダンブルドア先生。
全員がピリピリとした表情で、この立て続けに起きている異常事態を不愉快に思っているのは明らかであった。
そんな険しい表情の先生達へ、デラクールが恐れることなく食って掛かった。
「マダム・マクシーム! この小さーい男の子も競技に出ると、みんな言ってまーす!」
そう言いながらデラクールがポッターを指さすと、ポッターは怒りに顔を赤く染めた。
マダム・マクシームはその言葉を受け、ただでさえ威圧的な雰囲気を一層に強くさせ、ダンブルドア先生へと詰め寄った。
「ダンブリー・ドール、これは、どういうこーとですか?」
「私もぜひ、知りたいものですな、ダンブルドア」
カルカロフも冷たい笑みを浮かべながら、そうダンブルドア先生へと詰め寄った。
「ホグワーツの代表選手が二人? 事前にあれだけ会議に交渉を重ねたというのに、それを無駄にするのかね?」
「誰のせいでもない、カルカロフ。これは、ポッターが仕組んだことに違いない。ポッターは本校に来て以来、決められた線を越えてばかりいる――」
ダンブルドア先生へ詰め寄るカルカロフに、スネイプ先生が低い声でそう言った。
しかし、スネイプ先生の話をダンブルドア先生が手を挙げて遮った。
ダンブルドア先生が周りのものを鎮め静かになったところで、今まで黙っていたクラウチ氏が静かな声で話始めた。
「……魔法契約の拘束が働く。ゴブレットから名前を出された者は競わねばならぬ。例外はないでしょう」
それは、代表選手が四人の状況を肯定する初めての言葉だった。それにバグマン氏が明るい声で続いた。
「さすがだ、バーティ。規則集を隅から隅まで知り尽くしている! 私はバーティに賛成だね」
それに対し、二人の校長と代表生徒は不満げな様子であった。
「ダームストラングの生徒にもう一度、名前を入れさせる。ダームストラングの代表生徒が二人となるまで、それを続ける。それが公平というものだろう、ダンブルドア」
「ダンブリー・ドール、あーなたが年齢線をまちがーえたのでしょう?」
そんな二人を宥めたのは、先程からこの状況をよしとしていたバグマン氏であった。
「カルカロフ、そうはいかないんだ。先程、炎のゴブレットの火が消えた。次の試合まで、もう火が付くことはない……。そして、年齢線は誰がどう見ても正しく引かれていた。そうでありましょう、マダム・マクシーム?」
「次の試合にダームストラングが参加することはない! いや、次などと言っていられん! 今すぐにでも帰りたい気分だ!」
バグマン氏の言葉を受けて、カルカロフが爆発した。しかし。そんなカルカロフに冷たい声をかける者がいた。
「はったりだな、カルカロフ。代表選手を置いて帰るようなことはできん。そして、都合のいい事に選ばれた者は戦わねばなるまい。例外なく、全員がな」
ムーディ先生であった。ムーディ先生が義足を鳴らせながら、部屋へ入ってきたのだ。
カルカロフは、ムーディ先生へ挑戦的な表情を向けた。
「何を言っているか分かりませんな、ムーディ」
「簡単なことだ。ゴブレットから名前が出れば戦わねばならないと考え、誰かがポッターの名前をゴブレットに入れたのだ」
「もちろーん、だれかが、オグワーツにリンゴを二口も齧らせよーうとしたのでーす!」
「おっしゃる通りです、マダム・マクシーム。私は抗議しますぞ! 魔法省、国際連盟にも……」
校長二人がムーディ先生に向かって強く当たるも、ムーディ先生は動じる様子はなかった。唸るようにしながら、話を続けた。
「文句を言う理由がある者は、まずは不当に選ばれた者だろう……。真っ先に言うべきは、ポッターであろう」
「なんで文句言いまーすか?」
今度は、デラクールがムーディ先生へ食いついた。
「この人、戦うチャンスありまーす! 私達、みんな、何週間も何週間も、選ばれたーいと願っていました! 学校の名誉をかけて! 賞金の一千ガリオンをかけて! みんな、死ぬほどおしいチャンスでーす!」
本気で悔しがっている、怒っている形相であったが、ムーディ先生はどこまでも気にしなかった。魔法の義眼でせわしなくポッターと、俺と、その周囲の人間に目を巡らせた。
「あのゴブレットに四人も選ばせるとなると、これは相当腕のいい魔法使いの仕業だ。ゴブレットを錯乱呪文で欺き、三校しかない参加校を四校だと思わせたはずだ。そこまでして、何故ポッターを参加させる? 誰もが死ぬほど欲しいチャンスと、そう言ったな? そうだ。これは、誰かがポッターの死を望んでやったことだ」
「どうかしている、ムーディ。あなたは、誰かが常に自分の命を狙っていないと気が済まない人間だ!」
カルカロフがそう声を上げると、ムーディ先生はカルカロフを睨みつけた。
「何気ない機会をとらえて悪用する輩はいるものだ。闇の魔法使いが考えそうなことよ……。カルカロフ、君になら身に覚えがあるだろう」
「アラスター!」
ムーディ先生がこれ以上話すのを遮るように、ダンブルドア先生がそう呼び掛けた。
そして、まだ怒りにあふれている周囲の人間に向かって、落ち着かせるように話を始めた。
「どのような経緯でこんな事態になったのか、我々は知らぬ。しかし、結果を受け入れるに他あるまい。ジンもハリーも、試合で競うように選ばれた。したがって、試合にはこの二名の者がでるしかあるまい」
納得する者は少なかった。しかし、数少ない納得をした者であるバグマン氏がダンブルドア先生から話を引き継いだ。
「さあ、それでは開始と行きますか?」
場にそぐわない、明るい声であった。
「代表選手に指示を与えねばいけませんね? バーティ、主催者としてお願いできますか?」
声をかけられたクラウチ氏は、急に我に返ったように話を始めた。
「フム……。指示ですな、よろしい。最初の課題は、君達の勇気を試すものだ。ここでは、どのような内容かは教えないこととする。未知のものに遭遇した時の勇気は、魔法使いにとって非常に重要な資質である。最初の競技は、十一月二十四日。全生徒、並びに、審査員の前で行われる。選手は競技の課題を完遂するにあたり、どのような形であれ、先生方からの援助を頼むことも、受ける事も許されない。選手は杖だけを武器とし、最初の課題に立ち向かう。第一の課題が終了した後に、第二の課題について情報が与えられる。試合の為に、選手たちは期末テストを免除される」
そこまで言い切って、クラウチ氏はダンブルドア先生の顔を仰いだ。
「アルバス、これで全てだと思うが?」
「わしもそう思う」
ダンブルドアがそう頷き、全員がこの状況は覆されないと確信した。マダム・マクシームはデラクールの肩を抱き早足に部屋を出ていった。カルカロフもクラムに合図をし、二人黙って部屋を去った。
ダンブルドア先生は、ここで初めて俺達に声をかけた。
「ハリー、ジン。君達も寮に戻るがよい。グリフィンドールもスリザリンも、君達と一緒に祝いたくて待っておることじゃろう。せっかくのどんちゃん騒ぎをする格好の口実を、無駄にするものでもあるまい」
ダンブルドア先生は優しく微笑んでいた。
ポッターの方を見ると、未だ呆然とし、どうしていいか分からないようであった。俺も同じで、この状況を何一つ呑み込めていなかった。
動こうとしない俺とポッターに向かって、ダンブルドア先生は再び優しく声をかけた。
「……君達にとってはきっと気の毒なことじゃろうが、君達は試合に臨まねばならん。ホグワーツの代表生徒として、厳しい試験をこなさねばならぬ。ならば、せめて楽しい事は逃さぬ方がよい。今日は、もう寮に戻りなさい」
そう言われては、もう戻るしかなかった。ポッターと俺は黙って二人で部屋を出た。
部屋を出て、二人で少し歩く。そんな中、ポッターから話しかけられた。
「……君は、自分で名前を入れたの?」
ポッターからかけられたのは、疑惑の声だった。俺はその声に、少なからずショックを受けた。少なくともポッターは俺と同じ立場で、気持ちを共有できる相手だと思っていたのだ。
「そんなわけないだろ? 俺はお前と同い年だ。年齢線は越えられない。なんで、そんなことを言うんだよ……」
「皆、君が代表選手であることを受け入れていたじゃないか。皆、僕だけがまるでズルをして名前を入れたという態度だった……」
「それは、俺が十七歳以上に見えただけだ。俺も、お前と立場は変わらない。誰かにハメられたんだ」
ポッターは、気まずそうな表情であった。
俺がポッターも自分で入れたわけではないと思っていることを伝えると、それ以上俺に疑惑を向けることはなかった。しかし、ポッターの中で不満がなくなるわけではなかった。
確かにポッターにとって、先程の時間は俺以上に苦痛であったはずだ。巻き込まれただけなのに、周囲からは悪者であるかのように非難をされる。一方で同じ立場であるはずの俺は何も言われず、俺もポッターを庇おうとはしなかった。
「……ポッター、俺とお前がはめられたのは、何か理由があるはずなんだ。……俺は、お前をはめた奴と俺をはめた奴は、同一犯だと思ってる」
「誰かが僕の死を望んでいたとして、そいつはなんで君の死も望んでいるんだい? ……僕も、君が自分で名前を入れたとは思わない。でも、君は誰かに死を望まれるよう心当たりがあるのかい?」
俺はポッターと協力ができることを期待していたが、それは厳しそうであった。
ポッターはポッターで、自身に降りかかった不幸に立ち向かうので精一杯だという態度であった。
「……俺も、何も分からずに巻き込まれたんだ。心当たりはないよ」
そう返事をすると、ポッターは俺に同情する表情となった。それから、少し柔らかい口調になった。
「……僕も、君も、何はともあれ試練をクリアしないと。……試合だから、僕らは戦うことになる。協力し合うことは、きっとできない。……でも、お互い、無事でいよう」
ポッターの言うことは正論であった。
試験内容は分からないが、対抗試合というからには、俺とポッターが戦うことは想定しなくてはならない。できることはお互いの無事を祈ることだけ、というのもその通りであった。
俺とポッターはそれ以上話すことはなく、それぞれの寮へと戻った。
寮へと戻りながら、俺は不安と戦っていた。
誰かが俺の名前をゴブレットに入れて、俺を代表選手とするように仕向けた。それはきっと、ポッターを殺そうとしている奴と無関係ではないだろう。
ムーディ先生の言うことが正しければ、相手はゴブレットに錯乱呪文をかけられるほどの熟練した魔法使いだ。そいつが本気になれば、俺やポッターを事故と見せかけて試合中に殺すことも可能なのではないだろうか。
不安で仕方がなかった。相談する相手が欲しかった。
そんな思いで寮へとたどり着いたが、そこで待っていたのは、俺の代表選手就任を祝う大勢のスリザリン生であった。
そんな光景を前に呆けてしまった俺を、代表選手に立候補をしていたグラハム・モンタギューが引っ張って談話室の中央に用意されている椅子へと座らせた。
「さあさあ、我らスリザリンが誇る英雄よ! 教えてくれたまえ! 君は一体どうやって、代表選手に名乗りを上げたんだい?」
「君はダンブルドアを欺いたってことだよな? すげえよ! それで代表になったんだ! 誰にも文句は言わせないよ!」
「試験の内容は、一体何なの? 代表選手は、あの部屋で何を聞かされるのかしら?」
口々にそう俺を質問攻めにする。誰もが嬉しそうで、俺が代表選手となったことを祝っていた。
俺は何も言えなかった。立候補をしておらず、ましてや代表選手を辞められるのであれば辞めたいと思っている。
しかし、俺がどうやって立候補したかを聞かなけらば、周りは俺を解放してくれる様子はなかった。激しい質問攻めに、俺は耐えきれなくなり本当のことを話す。
「名前を入れていないんだ! 俺は、立候補なんてしていない! 誰かに、仕組まれたんだ!」
そう話すと、周りは静かになった。しかし、それは一瞬のことで、すぐにまた口々に好きなことを話し始めた。
「つまり、誰かが君の名前を代わりに入れたってことか? そいつは、自分より君の名前の方が選ばれると思ったってことか……」
「ポッターも、誰かに入れてもらったってこと? そんな手があったのね……。それが本当なら、一本取られたわ……」
「だが、スリザリンから代表生徒が出たことには変わりない! おい! ポッターにだけは負けるんじゃないぞ!」
俺の気持ちなど、誰も汲んではくれなかった。誰もが、俺が代表選手であることを嬉しいことだと語り合っていた。
様々な憶測や期待が流れる中、一際目立つ声で、大勢の視聴者を獲得している者がいた。
「私、エトウの名前を入れたのはダンブルドアだと思うの。ダンブルドアが、エトウとポッターを選んだのよ! 考えても見て? あの人は一年生の頃、ダンブルドアから得点をもらってスリザリンを優勝させたわ。そして二年生はホグワーツ特別功労賞を授与。去年には、吸魂鬼とシリウス・ブラックから逃げてきたのよ? 代表選手にしたいって思うのは当然でしょう?」
声の方を見ると、見覚えのある少女だった。いつだったか、俺がダンブルドアから秘密の指令を受けているとか妄想を話してきた少女だ。
彼女は、大勢の者が自分の話を聞いていることに酔っているようだった。
「私、彼に聞いたことあるの。ダンブルドアから特別な指令を受けているんじゃないかって。彼、そのことは話したがらなかった。きっと、何かあるんだって思ってたの。そして、この事態よ! 彼は、ポッターと同じくらい、ダンブルドアから気に入られている特別な存在なのよ!」
聞くに堪えなかった。こんな場所、早く立ち去りたかった。辺りを見渡すが、ドラコ達はどこにもいない。それが分かれば、ここにいる理由は一つもなかった。
座らされた席を立ち、自室に戻ろうとする。止めようとする連中を振り切って自室に戻った。
自室のドアを開けると、そこにはドラコ、ブレーズ、パンジー、ダフネ、アストリアがいた。五人は円になって座っており、俺が座れるスペースも空けていた。
固まっている俺に、ドラコは苦笑いを向けた。
「ドアを閉めなよ。どうせ、パーティーを抜け出したんだろう?」
呆然としていたが、言われるままにドアを閉める。ドラコは満足そうな表情をし、俺を手招きした。
招かれるまま、俺は開けられたスペースへと座る。何も言えないでいる俺に、ドラコは話を始めた。
「まあ、君のことだ。代表選手は面倒だって、思ってたんだろうね。騒がれるのは、きっと嫌だったろう?」
クスクスと笑いながらドラコはそう言った。俺はドラコの言葉に驚きで目を見開く。初めて、俺が代表選手になりたくないということを認めてくれたのだ。
見渡すと、他の奴らも笑ったり微笑んでいたりするが、ドラコの言葉に同意するように頷いていた。
「君は、自室でも立候補しないと言っていたからね。面倒だって。それが本気だったことくらい、僕はわかるさ」
胸が熱くなる。
こいつらは分かってくれる。そうだ、俺は誰かにハメられたのだ。命を狙われているかもしれない。そんな不安を、紛らわせてくれるかもしれない。
そんな期待を込めた視線を思わずドラコ達に向ける。俺の視線を受けて、ドラコはニヤリと笑った。
「君は本意ではないかもしれないね。だが、あえて言おう。おめでとう! 君は、歴史に名を遺すぞ!」
冷水をぶっかけられたかのように、興奮が冷め、頭が真っ白になった。
俺は今、何を言われているのだろう?
「僕が思うに、だ。誰かが君の名前で立候補したんだ。きっとそいつは、自分よりも君が選ばれる可能性があると思ったんだね。そいつの目は確かだったよ。こうして、君が代表選手になったんだから」
「まあ、これから大変だろうけど、俺達を頼れよ? なんだってやってやるよ。お前には、普段から借りがあるからな」
「タオルとか水とかの差し入れはドラコにしかしないけど、まあ、欲しいものがあったら言いなさい! 今年は、特別だから!」
「じゃあ、タオルと水は私が用意するね! ねえ、代表選手だよ、ジン! 流石だね!」
「代表選手は本位じゃないでしょうけど……。でも、私は貴方に優勝して欲しいわ。私もできることは何でもする。ね、何でも言って?」
こいつらは、俺が立候補したわけではないと本気で思ってくれている。それは、頭の鈍った俺でも分かる。
しかし、代表選手に選ばれたことが不幸なことだとは微塵も考えていなかった。
俺の代表選手選抜を心から祝福し、俺なら優勝できると、俺に優勝して欲しいと、前向きに考えている。
ああ、そうじゃないんだ。そうじゃないんだよ。
俺がかけて欲しい言葉は、向けて欲しい表情は、共有したい感情は――。
不安なんだ。怖いんだ。逃げ出したいんだ。
死んでしまうかもしれない、命を狙われているかもしれない、でも逃げることを許されない。
そんな不安や恐怖を一人で抱えられる程、俺は強くはない。
お前らには分かって欲しかったんだ――。
でも、応援する言葉を、期待している表情を、あふれんばかりの喜びを向けられて、それを壊す勇気も俺にはなかった。
俺は無理やりに笑って見せた
「ありがとうな。……俺が立候補したわけじゃないって、分かってくれて嬉しいよ。今日は、疲れた。また、協力して欲しいことがあったら言うよ。……寝かして、くれないか?」
ドラコ達は、少しバツの悪そうな顔をした。
「……すまない、そんなに疲れていたんだね。分かった。今日は解散にしよう。明日から、一緒に頑張ろう!」
そう言って、他の奴らは口々にお休みと挨拶をして部屋を去って行った。
ドラコも直ぐに部屋を片付けると、俺にお休みと挨拶をした。
「ジン、本当に何でも言ってくれ。僕、君なら優勝できるって信じてるんだ。……僕がクィディッチをする時、君がいつも協力してくれていること、忘れたことはないよ。僕に、協力させてくれよ」
「……ありがとうな、ドラコ。何かあったら、必ず言うから」
ドラコは俺の返事を聞くと、嬉しそうに笑ってベッドのカーテンを閉めた。
最後まで、俺の言葉を信じていた。
俺は、嘘が上手くなっていた。
多くの感想、本当にありがとうござます。
とても励みになっています。