日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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救出劇

森を走り抜ける。

奥に進むにつれて、冷気はどんどん強くなり明るさは失われていった。

それでも、俺は足を止めなかった。原動力は自分自身への怒り。それは吸魂鬼には奪えない感情だった。

そして森の奥にある湖のほとりに、四人はいた。

横たわったシリウスをかばうように、ポッターが守護霊の呪文を唱えて守っている。

そんなポッターの後ろで、必死に呪文を唱えながら守護霊を呼び出そうというウィーズリーとハーマイオニーがいた。

三人は身を寄せ合いながら、必死に吸魂鬼の猛攻に耐えていた。だが、もう長くはもたないようだった。

最初に意識を失ったのは、ウィーズリーだった。

ウィーズリーが倒れると同時に、ハーマイオニーも座り込んだ。もう動けないようだった。

今やポッターがたった一人で耐えているだけだった。

 

自分への怒りが爆発した。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッター達の所へ駆け寄り、呪文を叫ぶ。

俺の呪文に反応して、守護霊が姿を現した。銀色の靄となって、ポッター達を包み込んだ。

俺の守護霊に不意を打たれた吸魂鬼は、ポッター達から少しの間離れていった。

ポッターはその間に態勢を整えることができたようだ。突然現れた俺に驚いた表情をして、こちらを見た。

 

「どうして、君が……」

 

俺はポッターへ返事はしなかった。座り込んだハーマイオニーへと駆け寄り、支える。

ハーマイオニーは俺を見て驚いた表情をした。それから、少し安心したような表情をして、気を失った。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

もう一度呪文を唱え、守護霊を呼び出す。

先程よりも強い守護霊が現れて、その場にいる全員を包み込み。守護霊がカーテンのようになって、俺達と吸魂鬼を完全に隔てた。

ポッターは完全に態勢を整えることができたようだった。震えを止めて、俺の方へと向き直る。

そんなポッターに、俺は決意を告げた。

 

「生きて帰るぞ、ここから全員で。誰一人、死なせてたまるか」

 

このまま死ねば、俺はハーマイオニーの期待を裏切ったまま死ぬことになる。

ハーマイオニーの中で俺は、吸魂鬼の群れに怯え、立ちすくみ、人を見殺しにしようとした臆病者として終わることになる。

そんなこと、堪えられなかった。

俺を突き動かしたのは正義感でも仲間意識でもなく、ハーマイオニーが俺を見て悲しそうな顔をした時に感じた惨めな気持ちと自分への怒りからくる激情だった。

この激情を収めるには、誰一人死なせずにここから帰るしかないと分かっていた。

ポッターの目には、俺が全員を救うために奮起したように映ったのだろう。ポッターは強く勇気づけられたように頷いて、守護霊を呼び出した。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターが呼び出した守護霊は強い光を放ち、迫りくる吸魂鬼の多くを押し返した。

俺とポッターの守護霊が強く輝き、吸魂鬼の群れと対峙する。俺達の守護霊は吸魂鬼に押されはしないものの、完全に追い払うにはまだ力が足りていなかった。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

俺はもう一度、呪文を強く唱える。

守護霊は呼び出され、盾となって俺達を守る。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターが呪文を唱える。

ポッターの守護霊は、何か四足歩行の動物に似た姿をボンヤリと型取りながら吸魂鬼の群れを押し返し始めた。

二人で呪文を唱え続ける。吸魂鬼は押し返されては新たに現れ、また押し返されてはまた現れてと延々とそれを繰り返す。

汗がにじみ、のどが渇く。それでも一切の隙を作らずに守護霊を呼び続けた。

ポッターの守護霊が吸魂鬼を押し返し、俺の守護霊が全員を包み込む。そうして何とか吸魂鬼の群れに対抗をしていた。

 

その均衡が崩れたのは、一筋の光がさしてからだった。

 

スッと光が俺達の前を通り、吸魂鬼を蹴散らした。そして吸魂鬼を押し返すポッターの守護霊に寄り添うように佇んだ。

 

それは狼の姿をした守護霊であった。

 

狼の守護霊はポッターの守護霊に寄り添うように滑走し、吸魂鬼の群れを押し返すのに協力をした。

ポッターは突然の事に面食らったようだが、すぐに味方が増えたことを喜び、その喜びでさらに強力な守護霊を呼び出した。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターが呪文を唱えると、守護霊はよりはっきりとした姿になっていった。

四足歩行の、馬ほどの大きさの動物であった。

形を得た守護霊は森を駆け回り、吸魂鬼をさらに追い払っていった。

 

そうして少しずつ、少しずつ、吸魂鬼を追い返すようになっていった。

吸魂鬼が減る度にポッターはより強く守護霊を呼び出せるようになっていった。

いつの間にか狼の守護霊がいなくなっていても、ポッターの勢いは止まらなかった。

ポッターが守護霊を呼び出す度に、守護霊は大きく、強く輝くようになっていった。

吸魂鬼は今や俺達には全く近づくことはできず、ポッターの守護霊に追い回されていた。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターがひと際大きく呪文を唱えた。

ポッターの守護霊は完全な動物の姿になると、踊るように森の中を走り回った。

大きな光を放つポッターの守護霊により、吸魂鬼の群れはたちまち森から姿を消していった。そして全ての吸魂鬼を追い払ったのちに、守護霊はポッターの前に戻ってきた。

ポッターの守護霊は、大きな雄鹿であった。

ポッターが自身の守護霊をなでるように触れると、守護霊はたちまち消えてしまった。

全員を覆っていた俺の守護霊も消え、森の中には気を失った三人と俺とポッターだけになった。

 

「……僕達、生きてる。シリウスも、ロンも、ハーマイオニーも、みんな生きてる」

 

ポッターはかみしめるようにそう呟き、その場に座り込んだ。

俺も吸魂鬼がいなくなったことを確信して気を抜いた瞬間、疲労感が一気に襲ってきた。たまらず、ポッターと同じようにその場に座り込む。

俺とポッターはしばらく荒く呼吸をすることしかできなかった。

そして、森の入口の方からがさがさと人がこちらに向かってくる音が聞こえた。どうやら、今になって助けが来たようだ。

 

「ああ、よかった……。これで、やっと……」

 

ポッターはそう呟いて意識を手放した。相当、疲労がたまっていたのだろう。

俺もそれを見届けた後、同じように意識を手放した。

吸魂鬼の群れから、生きて帰ったという安心感に包まれながら。

 

 

 

 

 

誰かが口論をする声で目を覚ました。

目を開けると俺は医務室のベッドにいて、足やら全身やらを包帯でぐるぐる巻きにされていた。すでに治療を終えたのか、体の痛みは全くなかった。

声のする方へ目をやると、ポッターが小柄でふくよかな男性に声を荒げていた。

 

「僕は錯乱なんかしていません! 僕は真実を――」

 

俺が目を覚ますほどの怒声だ。そんな声を患者が医務室で出すなんて、治療の鬼であるマダム・ポンフリーが許すはずもなかった。

なおも声を出そうとするポッターの口に無理やりチョコレートの塊を詰め込むと、ポッターが声を荒げた男性に向かって厳しい口調で指示をした。

 

「さあ、大臣! これ以上患者を刺激しないでください! お願いです、この子達には治療が必要なので、どうか、出ていってください!」

 

大臣と呼ばれた男は肩をすくめ、ポッターの肩を慰めるように叩くとそのまま医療室から出ていった。

大臣が出ていった後も、ポッターは口の中からチョコをなくすとマダム・ポンフリーへと食って掛かった。

 

「お願いです、ダンブルドア先生に会わせてください! どうしても、どうしてもお伝えをしなくてはならないことがあるんです!」

 

ポッターのそばにはハーマイオニーとウィーズリーもいた。三人は必死な表情でマダム・ポンフリーへ懇願をしていた。

言うことを聞かない患者達に、とうとうマダム・ポンフリーの堪忍袋の緒が切れそうになっていたところで新たな訪問者が現れた。

ポッターが会うことを懇願していた、ダンブルドア先生その人であった。

 

「すまないね、ポピー。しかし、わしはどうしてもこの子達に話があるのじゃ。ことは急を要する。どうしてもじゃ」

 

ダンブルドアは怒り心頭のマダム・ポンフリーを宥め、奥の事務室へと追いやった。

マダム・ポンフリーが奥の事務室へ追いやられ、医務室にはポッターとウィーズリーとハーマイオニー、ダンブルドア先生、そして俺の五人となった。

ポッター達はすぐさま、ダンブルドア先生へ話を始めた。

 

「先生、シリウスは無実です! 僕達、本当にペティグリューを見たんです!」

 

「ペティグリューはネズミで、吸魂鬼に襲われた拍子に抜け出して――」

 

「ペティグリューは死んでなかった! アイツは、自分の指を切って、それで――」

 

ダンブルドア先生は手をあげて勢いよく話をする三人を止めた。

 

「今度は君達が、わしの話を聞く番じゃ。頼むから途中で遮らんでくれ。何しろ時間がない」

 

ダンブルドア先生は静かな口調で話を始めた。

 

「シリウスの言っていることを証明するものは何もない。君達の証言だけでは誰も納得はできん。わし自身、事件当時にシリウスがポッター夫妻の秘密の守り人であったことを証言しておる。それに一緒にいたというルーピン先生は、今は自室で狼となってうずくまっておる。ルーピン先生が人間に戻るのを待っていては何もかも手遅れになっておるじゃろう。シリウスが無罪となるのは、もはや不可能じゃ」

 

ダンブルドア先生の宣言に、ポッター達は絶望的な表情となった。最後の頼みの綱が切れてしまったと、そう思った様だった。

しかし、ダンブルドア先生の話は終わらなかった。

 

「シリウスが無罪となるのは不可能じゃ。しかし、彼を助けることができる。その方法は、彼を我々の誰の手にも届かぬ場所へと逃がすことじゃ」

 

それを不可能というのではないだろうか? 話を聞きながら俺はそう思った。

ポッター達もそう思うのか、絶望した表情は変わっていなかった。

 

「彼が助かるには必要なものがいくつかある。一つは、時間。一つは、誰にも見られない為の道具。最後の一つは、誰にも行けないような逃げ場所じゃ」

 

ダンブルドア先生はそう言うと、ポッター達だけでなく俺の方にも目を向けた。

ポッター達はそれぞれ心当たりがあるのだろう。ハーマイオニーは息をのみ、ポッターとウィーズリーは、目を合わせた。

そして俺も必要なものの一つに心当たりがある。誰にも行けないような逃げ場所を、俺は持っている。

ゴードンさんから引き継いだ、両親が俺に遺した部屋だ。あの部屋に行くためのメモは、俺の鞄の中にある。

 

「必要なものは、君達は既に持っておる。後はそれを使うことを選ぶだけじゃ。選ぶのは君達自身じゃ。そして、それは今すぐに決めなくてはならない」

 

ダンブルドア先生はそう決断を俺達に迫った。

決断を迫られた俺達で、真っ先に動いたのはハーマイオニーであった。

ローブからネックレスのようなものを取り出して、俺達に見せた。

 

「私は時間、逆転時計がある! そしてハリー、あなたは透明マント! あと一つ、逃げ場所があるはずなの!」

 

そう言うと、ハーマイオニーは俺の方へ目をやった。ダンブルドア先生の言葉から勘づいているのだろう。ブラックが逃げるための場所を俺が知っていることを。

俺はそんなハーマイオニーに返事をした。

 

「……逃げる場所なら、俺が知っている。でも、それは移動用の暖炉があって初めて行ける場所だ」

 

「上々。それは行けるということじゃ。今、シリウスは西の塔の八階にある、フリットウィック先生の事務所に閉じ込められておる。あそこには移動用の暖炉がついておる」

 

俺の言葉に、ダンブルドア先生が返事をした。

ポッターの表情がみるみる明るくなった。ブラックを救うための必要なものが全てそろったのだ。

そしてダンブルドア先生は俺達に話を持ち掛けた。

 

「それでは、君達がシリウスを助けるためにそれらを使うことを了承するのであれば、わしは君達にちょっとした手助けをしてあげよう。君達がそれらをどう使うべきかを教えてあげよう。よくお聞き――」

 

こうして俺はブラックの救出へと協力することとなった。

 

 

 

 

 

ダンブルドア先生のアドバイスにより、逆転時計を使うことになったのは俺とポッターの二人。

戻る時間は、事件当日のお昼前である。

戻ってから、やることは単純だ。それぞれが自室に戻り、ポッターは透明マントを、俺は部屋へ行くためのメモとフルーパウダーを取りに寮へ戻る。

俺とポッターは二人とも、昼過ぎまでホグワーツにいたことを多くの人に見られている。この時間帯に自室に戻るのを見られても不自然に思われることもない。この時間の自分達にさえ出会わなければ、問題にはならない。ダンブルドア先生からの入れ知恵である。

そして二人が目的のものを手にしたら人気のない場所で合流。二人で透明マントに隠れながら、隙を見てブラックが閉じ込められる予定のフリットウィック先生の事務所に身をひそめる。後は、ブラックが閉じ込められるのを待つだけだ。ブラックが閉じ込められたら、タイミングを計って両親が遺した部屋へと逃がす。

両親が遺した部屋は移動用暖炉の監視から外れており、使用後に調べられても行先を特定できないことはダンブルドア先生からのお墨付きであった。

合流を果たし、フリットウィック先生の事務所へ潜り込んでから暫くはポッターと二人でマントにくるまって過ごすこととなった。

ポッターからは透明マントの説明を、俺からはブラックの逃げ場所に使う部屋の説明をお互いにしてもなお、時間は有り余っていた。

ポッターは俺に対し、話したいことがあるようだった。

 

「……ありがとう、シリウスを助けてくれて。今回の事も、森での事も。……僕、君のことを誤解してた。……君は、その、本当にいい奴だ」

 

フリットウィック先生の部屋に潜みながら、ポッターは小声で俺にそう言った。

ポッターは俺への評価を改めたようだ。確かに森でブラックの救出に命を懸けたし、今もこうしてブラックの為に危険を冒している。ポッターが俺をいい奴だと評するのも、当然だろう。

しかし、それは過大評価だ。

 

「……別に、俺はお前が思う程いい奴ではないよ。森での事も、ここでブラックを助けるのも、仕方なくって思いが強いんだ」

 

ポッターは、いい奴だと評されることを頑なに否定する俺のことが理解できないようだった。不思議そうに、気まずそうにして黙ってしまった。

しかし事実として、ブラックが無実であることも、ポッターの名付け親であることも、俺の行動の決定打にはなっていなかった。

 

森へ行くことを躊躇し、ハーマイオニーの期待を裏切った。

 

俺はひたすらに、そのことを気にしていた。

俺が何より気にしていたのは、あの瞬間、森に行くことを躊躇したのは俺だけだったということだ。

森に入ることを躊躇しなかったのはポッターだけではない。ウィーズリーも迷うことなく森へ入っていった。ハーマイオニーもだ。

ポッター、ウィーズリー、そしてハーマイオニーの三人は、無実の人を助ける為に命を懸けた。人を助けることが命を懸けるに値することだと、当然のように思っていたのだ。

そしてハーマイオニーは、俺もそう思うだろうと期待していた。

でも、俺はそうではなかった。

俺が動いたのはハーマイオニーに悲しそうな顔をされ、そしてハーマイオニーが森へ消えていったからだ。無実な人を助ける為でも何でもない。ただ、ハーマイオニーに失望されることが怖く、ハーマイオニーが死んでしまうことが怖く、俺のせいでハーマイオニーが悲しむことに耐えられなかったのだ。

俺は俺の利益のために動いた。ポッターの言うような、いい奴ではないのだ。

それからは特に会話もなく、お互いに息をひそめてひたすらにブラックが来るのを待った。

そして待つこと暫く、日が落ちる頃になって部屋の外からガヤガヤと誰かがこちらに向かってくると音がした。

そわそわとしたポッターを前に部屋のドアが開き、とうとうブラックが縛られた状態で部屋に閉じ込められた。

部屋に閉じ込められてから、ブラックは呆然と窓の外を眺めるだけだった。

思わず飛び出しそうになるポッターを押さえ、ダンブルドア先生に言われた助け出すタイミングが来るまで静かにする。

この後、魔法大臣などがブラックを尋問しにくる。ブラックを助け出すのはその後でなくてはならない。

ほどなくして、魔法大臣がダンブルドア先生を伴って尋問をしに来た。

聞いていた通り、ブラックは無実を訴えるも証拠はなく今夜にも吸魂鬼のキスを執行することを言い渡された。

魔法大臣達が立ち去り、完全に物音がしなくなったのを確認して俺とポッターは透明マントを脱ぎ去った。

 

「シリウス! 助けに来たよ!」

 

ポッターはそう言い、直ぐにブラックへと駆け寄った。

ブラックは驚き、開いた口が塞がらないようだった。それはそうだろう。先程まで一緒に気絶をしていた者が突然部屋に現れて助けに来たなど、幻覚だと思うに違いない。

混乱を始めたブラックに対し、ポッターは逆転時計を取り出しながら説明をした。

説明を聞いた後、ブラックは自分が助かることを確信して表情を明るくさせ、感激に震えポッターを抱きしめた。

 

「……すまないが、説明の通りあまり時間はない。まずは逃げることを先決して欲しい。これを見てくれ。読み方は『ジンの部屋』だ」

 

そう感動をするブラックへ声をかけながら部屋へ行くためのメモを渡す。

ブラックは慌てたようにメモを受け取り、それを見る。書かれている文字が日本語である為、ほとんどの人は読み方を俺から聞かなくては分からない。

それからフルーパウダーを二人に渡し、暖炉から部屋へと移動をする。

部屋に着いてから、ブラックにこの後の事を確認する。

 

「そこの箱の中に、フルーパウダーがある。それを使って安全な場所へ逃げて欲しい。この部屋を介することで、暖炉での移動で足が付くことはない。……移動先に心当たりは?」

 

「ああ、とっておきの移動先がある。誰も行くようなことがない場所がね。……しかし、君達こそこの後はどうするんだ? 透明マントがあっても、暖炉に火が付くのを誰かに見られたら台無しだ」

 

ブラックは俺の確認に対して微笑みながら返事をする。逃げることに問題はないようだ。それどころか、俺達の心配までする余裕が生まれている。

ブラックの質問には、ポッターが返事をした。

 

「戻る時はダンブルドア先生の部屋の暖炉へ戻るんだ。誰もいない時間も事前に聞いてる。……あと五分ほどしたら、僕達は行くよ」

 

「そうか。何もかも、ダンブルドアはお見通しだったのかな……」

 

そうブラックは呟くと、ポッターと俺に笑いかけた。

 

「ありがとう。君達には本当に助けられた。ああ、他の二人にもお礼を言っておいてくれ。君達のお陰で、私はこうして生きていられる」

 

ポッターは微笑み返し、俺は頷いてブラックへの感謝に答える。

それから、しばらくは会えないであろう二人の時間を邪魔しないように俺は少し離れることにした。

 

「時間になったら、俺とポッターは移動をする。……時間まで、俺は向こうにいるから」

 

そう言って二人から離れようとしたところでブラックから声をかけられた。

 

「君、本当にありがとう。そして君を襲ってしまったこと、本当にすまなかった。……名前を教えてくれ。私は、君の名前すら知らなかった」

 

「ジン・エトウ」

 

「エトウ……。アキラの息子か……」

 

名前を教えるとブラックは俺の名字に反応を示した。どうやら俺の父親と知り合いのようだった。

それから改めて俺に向き直ると、真っ直ぐとお礼を言ってきた。

 

「ジン、改めてありがとう。君には大きな恩ができた。いつかきっと、この恩を返させてくれ」

 

ブラックにそう言われ、なんとも言えない気持ちになった。

助けた相手に感謝をされ嬉しいが、助けた理由は利己的なものだ。

無言で頷いてブラックに返事をすると、少し離れたところにあるソファーに座って時間まで待つことにした。

ダンブルドア先生に言われた時間まで、ポッターとブラックは話し込んでいた。二人にとってはあっという間の時間だっただろう。ダンブルドア先生に言われた時間になっても、少し話したりない様だった。

 

「……それじゃあシリウス、元気で」

 

「ああ、ハリー。また会おう。いつか、君と暮らせることを楽しみにしているよ」

 

二人が笑顔で別れを言うのを見届け、俺はポッターと共にフルーパウダーを使ってダンブルドア先生の部屋へと移動をする。

ダンブルドア先生の部屋に着いてから、透明マントを二人で被ると医務室へと走る。ダンブルドア先生が医務室を出る前に、戻らなくてはならないのだ。

二人でマントからはみ出ないように注意をしながらなるべく早く移動をすると、ちょうどダンブルドア先生が俺達へのアドバイスを終えて医務室から出ていくところであった。

ダンブルドア先生が医務室から出てきたところで、俺達は透明マントを脱いでダンブルドア先生の目の前に姿を現す。

突然現れた俺達にダンブルドア先生は少し目を丸くしたが、すぐに微笑んで俺達に確認をした。

 

「さて、どうだったかね?」

 

「やりました! シリウスは無事です。僕もエトウも、誰にも見られてません!」

 

「大変よろしい。では、中にお入り。わしが外から鍵を閉めよう」

 

ダンブルドア先生はポッターの報告に嬉しそうに頷いた後、俺とポッターを医務室の中に入れて外から魔法で鍵を閉めた。

中ではハーマイオニーとウィーズリーが期待を込めた顔をしてこちらを見ていた。

そんな二人にポッターが声をかける。

 

「上手くいった! もう、大丈夫!」

 

そう言うと二人はほっと息をついた。

ポッターも俺も、それ以上は何も言えなかった。怒りに燃えたマダム・ポンフリーが事務室から戻ってきたのだ。

マダム・ポンフリーは俺とポッターがベッドから離れているのを見ると激怒した。縛り付けんとばかりに俺とポッターをベッドに追いやると、厳しい顔で俺達への治療を始めた。

それから患者四人が黙々とチョコを食べる時間が過ぎていった。その日は一言も言葉を発することを許されず、ただただ治療を受けて終わった。

 

ベッドで治療を受けながら思う。

これで、俺は胸を張ってハーマイオニーと話せるようになるだろうか? また、俺がいてよかったと思ってもらえるだろうか?

そんなことを考えてから、やはりどこまでも利己的だと自分が嫌になる。

そしてチラリとハーマイオニーの方を見ると目が合った。ハーマイオニーは俺に笑いかけてきたが、マダム・ポンフリーにそれが見つかり、特別大きなチョコのかけらを口に押し込まれてしまった。

そんな可笑しな光景を見て思わず小さく笑ってしまい、それがバレて俺もマダム・ポンフリーからチョコの塊を口に突っ込まれる。

ハーマイオニーに笑いかけられてから、心のどこかに刺さっていた針が抜けていくような感じがした。

それを自覚して、やはり俺は自分が利己的だと思う。

 

一年生の賢者の石を巡る騒動の時も、二年生の時の秘密の部屋の事件の時も、そして今年のシリウス・ブラックの救出の時も、俺は俺の為に動いていた。

ポッターやウィーズリー、ハーマイオニーのように正義感から動いたことは、一度もない。

いつかは俺も、誰かの為に動けるようになれるだろうか。

正義感に燃え、正しいことの為に命を懸け、自分の行いに胸が張れるようになれるだろうか。

全てが丸く収まったことの安心感と一緒に、俺の胸の中にはポッター達への小さな劣等感があった。

 

 

 

 


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